オレが神器としての枷から解き放たれたのはこの世界に流れ着いてからの事だ。
イッセーが『二度目』となる他者の為に己の命を賭けた『あの日』を境に、イッセーが自身の力の大半を失いながらも強引にオレを神器という『檻』を破壊してくれたことでオレは神器で居ることも、ただの龍へと戻る事も選べるようになった。
だが、そうなるには余りにも手痛い代償をイッセーが払ってしまった。
本人はあんな性格をしているから『失った分、また取り戻せば良い。別に前みたいに急ぐ必要もないんだし』と言っていて気にしていないようだが、イッセーが自分のこれまでの人生における『積み重ね』を捨ててでもオレを檻から解放し、シアの命を吸い上げられたという事実は変わらないし、納得だってしない。
オレがすべき事はただひとつ。
力の大半を失い、その
『それじゃあ神器にされてた頃と変わらなくないか?』
などとイッセーは言うが、神器として生かされていた過去と、『選べる』現在では心の構え方が違うのだ。
「あの……とにかく面倒をかけた。すまない」
「………………」
その為には過去そうであったように、イッセーには様々な経験を積ませる。
その経験こそがイッセーの糧となり、永遠の進化を促すのだからな……。
尤も、今回のこの件に関してはオレ自身がオレに近い種族の力がどれ程のものか試したかったのでついはしゃいでしまったわけだが……。
「食事が済んだようなので、改めて名乗りたい。
妾はティオ・クラルス――竜人族・クラルス一族の一人じゃ」
「………」
竜人族……か、やはりオレとは似て非なるものだったようだが、暫く話だけは聞いておこうとオレは本来の姿から人の姿へと化けながら集まってきたイッセーや小僧共と共に耳を傾ける。
神器という名の檻から解放され、条件が揃えば自由にイッセーの中から出て暴れられるという事で、ついテンションが上がってしまっていたドライグに思いきりボコられた竜人族を名乗る少女とも言える容姿をした女性は、途中からそこら辺で魔物を狩ってから焼いて食べていたハジメ達に、自分が洗脳されていて正気ではなかったのだという前置きをしてから、事情を話している。
「いててて……この分じゃ暫くまともに動けそうもないか」
「ハジメさんから湿布薬を貰ったので、貼っておきましょう」
「おう、腰の部分頼むよシア」
無理にパワーを解放した代償により全身が絶賛筋肉痛に近い痛みで動けなくなり始めて居たイッセーは、思ってたより美人で、下手したら成長著しいシア以上のメロンを持つティオ・クラルスなる竜人族の少女に関してはハジメに任せ、シアに湿布を貼って貰っている。
「数ヵ月前に何者かがこの世界にやって来たと感知した者がおってな。
此方としても何も知らずに放置はできないという結論に至り、妾が調査役としてやって来た。
そして人里に紛れる前にこの辺りで休息を取っておったのじゃが、その眠っている間にその者に見つかってしまったのじゃ」
「今言ってた天才的な闇魔法の使い手にか……?」
「そうじゃ。
竜化は魔力の消費が激しくての、一度眠ると丸一日は動けずに……」
「竜化……か」
イッセーがシアに介抱されている間にハジメ達がティオから話を聞くその中には、人に変化していたドライグも聞いており、竜化という言葉に対してやはり似て非なる存在かと、自分と竜人族は違うと断定にも近い結論を出していると、同じく話を聞いていたウィルが怒りの様相で声を荒げた。
「ふざけるな……! 操られていたから仕方がないとでも言うつもりか!?
お前は隊の皆を殺したんだ! その罪はどうやっても消えやしないぞ!」
襲われた張本人からすればごもっともな言い分に、先程までテンションMAXなドライグに散々嬲られていたティオも返す言葉は無く、ウィルの糾弾の言葉を黙って聞いている。
「そもそも今の話だって本当かどうかなんてわからないだろう! 死にたくないから適当に話をでっち上げたかもしれない!」
「言い訳はせぬ。
しかし今の話だけは本当じゃ。
竜人族の誇りにかけて嘘偽りはない……」
「だ、だったらどうそれを証明する!」
隊の者を殺され、自身も下手をすれば殺されていたウィルからすれば嘘偽りないとい言われても信じられる訳がなく、証明しろと言うと、それまで黙って聞いていたユエが静かに口を開く。
「多分嘘は言っていないと思う。
竜人族は高潔な種族。その彼女が自分の誇りにかけてと言っていたのなら嘘ではないと思う」
竜人族の性格を知るユエがウィルにそう説明しながら、先程からすぐ近くで腕を組ながらティオを見下ろす金色の瞳と赤髪の青年に視線を移す。
「ドライグならわかる筈。そうでしょう?」
イッセーとドライグの『事情』をある程度知る者の一人として訊ねるユエに、ドライグは鼻を鳴らすように口を開く。
「ふん、さてな。
この小娘と暫く遊んでいた時も感じ、その後今この小娘が『竜化』という聞きなれん言葉を口に出した時には確信したが、やはりオレとこの小娘――いや、竜人族とやらは近いだけで別の存在だ。
だからこの小娘の宣う『誇り』とやらなぞオレにはわからんし、興味もないし、理解もできん」
割りと他を下に見て物を言う傾向のあるドライグが暗に竜人族自体が自分よりも下位の種族だと言うと、今度はティオの方が目を丸くする。
「なんじゃ、貴方様は妾達の同族ではないのか? 竜化の際の姿を見ても会ったことは無かったが……」
「オレは人から魔力とやらを消費して竜に変化する側ではないし、龍から人に変化する側――正真正銘の龍だ」
「!」
ドライグの説明に、ティオは大層驚いたように目を見開く。
「では一体貴方様は……」
「言っただろう? オレはそこら辺の野良ドラゴンだとな。
イッセーという人間の中に相棒として宿るだけの……な」
二天龍の片割れであることも、龍の帝王と呼ばれた過去も捨てているからこそ、人間に宿るだけのそこら辺の野良ドラゴンだと名乗ると同時に、シアにマッサージされているイッセーを『父親のような優しい眼差し』で見つめるドライグにティオは先程まで容赦なくボコボコにされたのもあってか、そのギャップに驚いてしまう。
「人に宿るドラゴン……? ますますわからないのじゃ」
「貴様にわかって貰うつもりもない」
自分を一切の反撃も許さず、というか反撃してもかすり傷ひとつすら付けられなかった強大な龍の事がますます気になってしまうティオだが、ドライグの反応は割りと冷たい。
「う、嘘偽りが無いにしても、殺したことには変わりなんてないじゃないですか。
もしまた操られたらどうするんですか? それならいっそ今ここで……」
「その事に関しては、妾も言い訳なぞせぬ。
しかしどうか奴の計画を止めるまでの猶予をくれまいか?」
「奴?」
「うむ、妾を洗脳した者がその闇魔法を使って同じように操った魔物達を使って町を襲おうとしておるのじゃ」
殺したいのなら抵抗はしないが猶予をくれと、理由と共に話すティオに、イッセーと談笑をしていたクラスメート達がハッとなりながらティオに訊ねる。
「そ、そうだ闇魔法を使う奴!」
「そいつがどんな奴だったかは覚えていませんか?」
元々彼等は失踪したクラスメートの一人を探すつもりでハジメ達に同行をしていた。
そしてティオに洗脳を施していた何者かがその失踪したクラスメートの扱う力と同じだと知り、後はその特徴が一致するかしないかだった。
「奴は黒髪黒目の人間族の男じゃった。
『俺が本当の勇者だ』とかなんとか言っておったぞ」
『…………』
ティオの説明に、クラスメート達はほぼ本人かもしれないという結論に至り、何故かシアから『貼り方が雑です』と言って湿布をイッセーの背中に貼っていた愛子に駆け寄る。
「愛ちゃん先生……もしかして本当に清水かも……」
「まだ決まった訳じゃありません……! 清水くんを探し出すまでは――」
「ちょ、ちょっとチビ先生? さっきから何回失敗してんだよ? シアの方が普通に貼るの上手い……」
「………………」
「ぎょえっ!? な、なにしやがる半合法ロリ教師!?」
そうであって欲しくないという気持ちがある愛子はそう言いつつ文句を言うイッセーの背中に思いきり張り手をして悶絶させている。
「な、なにしてるんですか!?」
「チビとか合法ロリとか言うからですよ……。
昨日の夜の感動を返してください」
「知りませんよそんなの! ま、まったく……! 大丈夫ですかイッセー?」
「ふんだ!」
悶絶しているイッセーに子供みたいな顔で拗ねる愛子と、そんなイッセーを心配するシアを他所に、ティオがウィルに懇願する。
「どうか奴の起こす悲劇を止める時間を与えてくれまいか……?」
「ぐ……」
懇願するティオに少しだけ決意が揺らぎかけるウィルが動揺しながら黙っていたハジメに視線を向けると……。
「知るか。散々手間取らせてくれたんだ、とっとと死ね―――」
当のハジメはただの捜索任務だったのに、余計な手間しかなかった現状にうんざりしていたらしく、無慈悲な一言を放ちつつドライグを見る。
「―――というのがオレ個人の意見だが、悔しいがお前を止めたのはオレ達ではなくドライグだ。
その裁量はドライグに決める権利があるから、命乞いをしたいのならドライグにしろ」
「………え」
「小僧、面倒だからとオレに押し付けてやしないか?」
「半分はな。
けどオレは、ドライグの出番は無さそうだとデカい口を叩いておきながら、結局見くびって追い込まれたんだ。
つまりオレはこいつに勝ってない。勝ってもない奴に決める権利なんてありはしねーよ」
自分の中で決めた自分なりのルールを語るハジメに、ドライグは内心『こういうところはガキの頃のイッセーだな』と、思いつつ此方を見上げていたティオを見る。
「後生じゃ……妾にケジメをつけさせる機会をどうか。
その後なら貴方様に殺されても構わぬ」
「………」
そう地面に額まで付け始めるティオにドライグは静かに口を開く。
「消えろ。どこへなりともな。
貴様なぞ、オレが殺してやる価値なぞない」
「…………え?」
暗に逃がすという判断を下したドライグの言葉に一番驚いたのは他でもないティオ自身だった。
「わ、妾を逃すのか?」
「そう言った。
それと人間の町を襲う襲わないの件に関しても貴様は何もせずそのまま消えろ」
「なっ!? 何故じゃ! 妾は罪を犯したのじゃぞ!? それなのに何もせず生きろだなどと……」
「それこそ罰みたいなものだろう? 良かったな、誇り高いらしい種族である貴様からすればまさに生き地獄というわけだ」
竜人族の種族としての個性を完全に逆手に取った判決には、それまで大人しくなっていたティオですらも納得できない顔だ。
「ど、どうしてそんな事を……。
先程まで妾を嬲っていたのに、そんなに冷たい言い方を……」
「なら貴様は、そこのウィルとかいう小僧の仲間を殺した最低な竜だと言えば良いのか? それとも洗脳されていたからお前は悪くないとでも言って欲しいのか?」
「ぅ……」
ティオと同じ金色の瞳が鋭く彼女を居抜きながらドライグは続ける。
「生憎オレは貴様の罪悪感だか自己憐憫とやらに付き合ってやる程暇ではない。
そんなものは自分で勝手に処理しろ、罪とやらの意識に耐えきれずに死にたいのならどこかで勝手に一人で死ぬが良い……甘えるな!!」
「………………」
『…………』
完全に突き放したような言い種のドライグにティオは叱られた子供のように項垂れてしまう。
「そういうことだ小僧共。
オレは最早この小娘に興味はない。
お前等で殺したくば勝手に殺せば良い」
そうハジメとウィルに言い捨てるドライグは、それ以降一切ティオを見ることは無かったという。
「わ、妾は……」
「とにかく下山するぞ。
ウィルを保護した以上、ここに居る理由はなくなったからな……」
「彼女はどうするの……?」
「ドライグが『見逃す』と言った以上、殺しはしないさ……。
ウィルはどうする?」
「………今はそれよりも町を襲う魔物達の事です」
こうして竜との戦闘を潜り抜けられたハジメ達は、急いで町へと戻ることに。
「…………」
「あ、あのー……。
やはり見過ごせないのでどうしても付いていこうと思ったのじゃが……」
「勝手にすれば良いだろう。
一々オレに言うな」
「は、はい……。
(先程までは嫌だと言っても無理矢理されたのに、打って変わって氷のように冷たくされてるのじゃ……)」
その車中の荷台では、付いてきたティオがしきりにドライグに話しかけているのだが、ガン無視されてしまっており、同じく荷台乗りしている男子生徒は気まずくて仕方ないのであった。
補足
若干イッセーに過保護なドライグ。
過保護過ぎてその他に対しての当たりが割りと偉そうなのはご愛敬。
これでも認めたラインに踏み込めれば変わりますので。
その2
現在、全身筋肉痛で弱ってるイッセー。
なのに余計な事を言うので愛ちゃん先生に怒られたり、シアっちにおっぱいアタックくらったりしてる模様。