緊張感はない
生まれたその瞬間から化け物であることを運命付けられた憐れな小僧。
オレを宿して生まれ落ちた事で平穏で居られる事が許されなくなる運命を強いられた小僧。
そして、これまでの宿主達には無かった
「こんにゃろー! そこの野生のドラゴン! お前のせいでシアに買った新しい衣装が台無しじゃねーか! 弁償しろ弁償!!」
【グォォァォ!!!】
「言ってる場合か!? どう見ても言葉が通じる相手じゃねーだろうが!」
「良いから私が援護している間にハジメとシアと一緒に戦う!」
誰にも愛されず、誰にも認められず、人間であることすら許されなかったこの小僧こそがオレの新たな―――――そして最後となる宿主なのだとオレ自身が悟り、そして決意した時から、オレは死ぬまでコイツの傍を離れないことを誓った。
「ドラゴン波ぁぁぁッ!!」
誓ったからこそ、世界に拒絶されて追い出されてもオレは傍に居たし、別世界へと流れてもその繋がりは変わらない。
「げげっ!? 割りと渾身込めたのに全然効いてない……」
「危ないイッセー!!」
「どぅわ!?」
「チッ、このドラゴン……! オレのドンナーを直撃させてもてんで効いちゃいない」
この世界に流れ着き、かつて唯一イッセーをイッセーとして見た半吸血鬼のようなビビりな亜人の一族の世話となり、一年程が経過したある日、ある事が原因でその一族の中でも年が近かったこともあってか、特に関わりの深かった兎人族の小娘の命が消えかけた。
「気を付けてくださいイッセー……。
二年前までのイッセーならともかく、今のイッセーは私のせいで……」
「へん、今の俺の状況についてを一度もお前のせいだとは思っちゃいない。
自分の意思で決めた事だし今でも後悔なんてしちゃいない」
その時、怪物に至るだけのモノを持っていたイッセーが、そのほぼ全てを捨てるような形で小娘の命を繋ぎ止める為に使い果たした。
【グゥゥゥ……!!】
「またブレスか……! チッ、狙いはウィルみたいだが――ユエ!!」
「任せて! ――波城!」
今のイッセーは、15の頃よりも大幅に力を喪ってしまった。
自身の
いや、ひょっとしたら今のイッセーにとってオレ自身は枷になってしまっている。
オレがイッセーの燃えカスのように小さくなった
「ユエのお陰でなんとかなったか……。
よし、ユエは引き続き守りに専念してくれ、奴はオレとシアとイッセーでやる」
「ん……任せて」
「ライセン大迷宮でデカブツ&人形共をぶち壊した時より割りと苦戦するぜ……」
本来なら、あんな小竜程度に苦戦するイッセーではない。
それこそオレの力も必要とせずに叩きのめせていた筈だ。
しかし今は思い通りに力を引き出せずに歯噛みしている。
ならばオレがやることは一つ。
『あの竜、まだ若いようだが、先程から見ている限り、正気とは思えん』
「? どういうことだドライグ?」
「あ、そうか。ドライグからしたらあのドラゴンは同族に近いのか……で、正気じゃないとはどういう意味だ?」
『何やら外部から精神的な干渉を受けているらしくな、人間で例えるならヤバイ薬でラリッたような目をしている』
「つまり、強い衝撃を叩き込めば正気に戻るかもしれたいって事だな?」
『そこまでは保証せんが……やってみる価値はあるだろう』
必ず這い戻るその時まで、オレが今度は―――いや、今こそ本当の意味でイッセーの力になる。
『ふっ、心配することはない……。
今回はオレも『直接』加勢してやる。この世界に棲むオレに近い種族の力がどれ程か知りたいしな……!』
周囲から拒絶される原因の半分であるオレを当たり前のようにイッセーが受け入れてくれた時から、オレはもうただの神器として縛られる人生は辞めたのだから。
『オレが直接出向けるまでの間、お前達は時間を稼げ。無論、その間に倒せるのなら倒せ』
イッセーに宿るドラゴンの意識からそう言われたハジメ達は、途中から加勢に入ったクラスメート達と共に正気ではないドラゴンと激戦を繰り広げる。
「凍柩……!!」
クラスメート達が遠距離から魔法を放って牽制している間に、ユエがすかさず凍結系統の魔法を放ち、ドラゴンの下半身を凍結させて動きを封じる。
「ナイスですユエさん!」
「お礼にはっつぁんとベッドイン出来る券をあげよう!!」
「要らん事言ってんじゃねー!!」
その隙を突く形でシアとイッセーが軽口を叩きながらドラゴンの眼前へと揃って跳躍すると、驚く程息の合ったコンビネーションのラッシュを叩き込む。
「「デリャア!」」
【ギッ!?】
「「セイッ!!」」
【グゥ!?】
やはり大したダメージには至らないものの、怯んでいる様子のドラゴンにシアとイッセーはドラゴンの巨体を足場にして更に上空へと跳躍し―――
「「龍兎・メガトンキーック!!」」
ドラゴンの脳天目掛けて強烈な飛び蹴りを叩き込む。
「やったか!?」
「やりましたか!?」
「バッキャロー!! それは所謂フラグだ!」
完全前線タイプのイッセーとシアが時間を稼いでいる内に、錬成師の力で作成していた対戦車ライフル型の武器の準備をしていたハジメは、元の世界における所謂『お約束台詞』を言ってしまっている二人に思わずツッコンでしまう。
【グルルル……!】
「「げげっ!? 全然効いてない!?」」
案の定そのお約束通り、ギラギラとした両目が着地しようとしていたイッセーとシアを捉えると、拘束されていた下半身の氷を強引に破壊しながら二人を吹き飛ばし、強烈なブレスを撃ち下ろす。
「くっ!」
咄嗟にユエが魔力を駆使したバリアーのようなもので防いだものの、威力全てを防げずに全身にダメージを負い、上空へと吹き飛ばされたイッセーとシアは二人仲良くボロボロになったユエの近くへと落下する。
「や、ヤロー……! シアとの無敵コンビネーションキックが効かんとはな……!」
「ぐぬぬ、手応えはあったのに……! それに折角イッセーから貰った新しい衣装が……」
「!? なんてこった! シアがサービスカット状態に――ええぃ、ダメだ! 良い若いもんが! 俺のコートを着ろ!」
「ぁ……ありがとうございます……」
「わ、割りと元気そうねアンタ達……?」
ユエと同じく服の所々が破け、擦り傷や切り傷だらけである筈な筈なのにどこか緊張感が無い台詞と共にさっさと立ち上がる浸りに、見ていたクラスメート達は肩の力が抜けてしまう。
「この能天気バカップル! アホな真似して無駄な体力使ってんじゃねぇ! 撃ち落とすから合わせろ!」
そんなイッセーとシアに怒鳴りつつも準備を終えたハジメは、対戦車ライフル型の銃で上空へと飛ぶドラゴンの肩翼を撃ち抜き、地面へと落下させると、即座に落下してきたドラゴン目掛けて跳躍しながら声を上げる。
「今だ! 全員で合わせろ!」
その掛け声に三人がニヤリと笑う。
「おっしゃあ!」
「待ってました!!」
ハジメと同じくイッセーとシアが落下するドラゴンを挟み込むように跳躍しながら拳を握る。
「決める……!!」
ユエが地上から最大量の魔力を込めながら魔法を放とうと構える。
そして肩翼をもがれて重力に従うように落ちてきたドラゴン目掛けて、ハジメは頭部へ渾身の蹴りを、イッセーとシアは左右から脇腹付近への渾身の拳を、ユエは魔法で生成した巨大な氷の槍を放ち――
「「「「Jackpot!(大当たりだ!)」」」」
凸凹なカルテットコンビネーションで竜を落とすのだった
【グルルル……!】
そんな四人の同時攻撃によって地へと墜ちたドラゴンだが、それでも大したダメージは無いとばかりに唸り声を上げながら立ち上がる。
「うへ、マジでタフだなぁ……」
「久し振りの苦戦ですね」
「いや、確かに頑丈さや一撃の威力はそこら辺の魔物と比較するまでもなく高いが、攻撃自体は単調だし図体がデカい分当てやすい」
そう分析するハジメの腕にはガンランスのような武器が生成されている。
「ドライグの出番はどうやら無さそうだぜイッセー?」
そうニヒルに笑いながら肩翼をもがれたドラゴンが迎え撃たんと四足歩行の構えをすると、ハジメはガンランスを突き出しながら突進する。
【ガァァ!!】
そんなハジメに四足歩行の構えとなったドラゴンが光線のようなブレスを放つ。
(チッ、まだこんな力を残してたか……! だが!)
そのブレスごと貫かんと、ハジメは全身の力を騒動員させると強引にブレスを突破し、遂にドラゴンの腹部へと到達したのだが……。
【グルァァァッ!!!】
その刃は届かず、逆に弾かれてしまった。
(な、なに!? 弾かれ―――)
そして驚愕する暇も無くドラゴンの強靭な一撃がハジメを叩き、ガンランスを破壊されながら岩場に叩きつけられてしまう。
「ちくしょう……! ぐ、やってくれたな……!」
一気に追い込まれたハジメはすぐに体制を立て直そうとするが、全身を叩きつけられたダメージのせいで身体にうまく力が入らない。
「させませんよ!!」
「アナタの相手はハジメだけじゃない、私達も居る!!」
「何時までも小竜程度に手間取ってたまるかってんだい!」
そんなハジメに向かってドラゴンがトドメを刺そうと近付いてくる中、イッセーとシアとユエがハジメを守らんとドラゴンに攻撃をする。
その攻撃にドラゴンが多少怯んだ隙にユエとシアがなんとか立ち上がったハジメに肩を貸す。
「大丈夫ハジメ?」
「ああ……見誤ってた。
まさか奴がああも頑丈だとはな……」
少しずつダメージが抜けてきているとはいえ、まさかこうまで苦戦を強いられるとは思わなかったハジメはユエに肩を借りながら何か秘策はないかと考え始めた頃だったか。
それまでずっと沈黙を貫いていた――いや、力を溜めていたドライグがイッセーの左腕に籠手として姿を現す。
『よくやったなイッセー、小僧共……』
「ドライグ……?」
「その言い方はもしかして――」
『ああ……後は任せろ』
ハジメが策を閃くまさにその直前、ドライグが準備が完了をしたという声がハジメ達の耳に入る。
『イッセー、この世界で覚えた小技を――オレをお前から引き剥がせ』
「おう、待たせた分はぶちのめしてくれよなドライグ?」
ドライグの声にイッセーが軽口を叩くと、右手で左腕に纏われた赤龍帝の籠手に触れながら小さく呟く。
「
イッセーが呟いた言葉に呼応するように、籠手から眩い閃光が発せられる。
【っ!?】
「うっ!?」
「これは……!」
その閃光が辺りを飲み込み、やがてその閃光が晴れた時……ハジメ達の目の前には――そして相対するドラゴンの目の前には。
「ウチのガキ共が世話になったな小蜥蜴よ?
喜べここからはこのオレが遊んでやろう」
この時空軸ではほんの一瞬だけしか邂逅が無かった赤髪の悪魔の一族に程近い鮮血を思わせる真っ赤な頭髪を揺らす………イッセーが順当に10数年程年を重ねたような容姿の青年が降臨する。
「っ……」
「これが、ドライグの姿なのか……」
初めてドライグの生身としての姿を見たユエとハジメは、目の前の青年から感じる尋常ではない覇気に戦慄し、クラスメートや畑山愛子やウィルは突然光だしたかと思えば目の前に赤髪の男が立っているという状況に困惑し……。
「ぅ……」
ドライグの傍に居たイッセーはその場に膝を着いて息を切らせていた。
「ぜぇ、ぜぇ……す、スタミナまでポンコツになっちまったよ」
そう軽口を叩いて立とうとするイッセーだが、その足取りはおぼつかず、傍に居たドライグが支える。
「後はオレに任せろイッセー」
優しげに言ったドライグがシアを呼び寄せ、イッセーを預ける。
「イッセーを頼む」
「はい……任されましたよお義父様?」
「そんな柄じゃあないぞオレは……」
立つこともギリギリでシアに身を預けるように凭れるイッセーを抱き寄せるシアは、ドライグにイッセー仕込みの軽口で返す。
【ぎ……ひ……!?】
そんな――ハッキリ言って隙だらけで、正気ですらないドラゴンならこんな会話をする暇など本来なら与えない筈。
しかし竜は金縛りにあったかのようにその場から動けず、赤い髪の青年を目の前にカタカタと震えていた。
それは竜自身の本能なのかもしれない。
「さてと……この姿で貴様と遊ぶのはつまらん。
『本来の姿』で遊んでやる」
男の全身から発せられるドラゴンとしての格の違いを示すかのような覇気が竜を縛るのだ。
【光栄に思うが良い小蜥蜴? このオレと遊べることをな……!】
人の形をしていた男の姿がみるみると自身に近い竜の姿へと変質していき、見下ろしていた筈の姿がやがて自身が見上げる程の巨大な―――赤き龍の姿へと変わった。
【ぐ……グゥゥゥ!!】
自身を越えた大きさの赤き竜に見下ろされる黒き竜は、恐怖を誤魔化すように吠えた。
【ガァァァァ!!】
その姿を前にしただけで抱いたこの恐怖を振り切らんと、赤い竜へと挑んだ。
【その意気や良し……!】
そんな赤き龍の帝王からすればまだ『子供』である竜の活きの良さに獰猛な笑みを溢しながら迎え撃つのだった。
そして……。
【ひぎぃ!? も、もうやめてたも~!】
【ん? どうやら今の衝撃で正気に戻ったようだな】
【そ、そそそ、そうじゃ! 妾はもう正気に戻っとる! だからやめて――】
【ダメだな。オレがこの姿に戻れるのは一時だけという事情があるのだ。
だからもう少し付き合え……いや、付き合わせる】
そこからの戦いは文字通りの『大人と子供』だった。
あれだけハジメ達を苦戦させた頑丈さや一撃の強さを誇った竜ですら、真の姿へと戻っているドライグには一切通用せず、逆にドライグの手加減した一発だけで竜はボロボロにのされてしまうのだ。
【お、おいそこで呑気に肉を喰らっとる者達! みての通り妾は正気に戻っておる! じゃから早く――】
「ぷはー! 運動後の飯はうめーうめー!」
「ああ、まったくだな」
「ハジメ、そっちのお肉が焼けてる」
「いやーよかったよかった!」
【む、無視じゃと……?】
【おい小娘、何をぼさっとしている構えろ。そして死ぬ気で抵抗をしろ。一瞬の気も許すな!!!】
【あぎゃん!? じゃ、じゃからもう降参というか、お主は何者じゃ!? 妾の故郷では見たことがないぞ!?】
【当たり前だ、オレはお前等とは無関係のそこら辺の野良ドラゴンだからなァ……!】
【ひぎぃっ!? い、痛いのじゃ! 痛いのじゃ~!!】
【当たり前だ! 痛いようにしているのだからな!!】
【あひぃ!? い、痛いのに……怖いのに……な、なんじゃこの気持ち……】
【あ?】
【あ、あの……もう少し強くやってほしいのじゃが……】
【………】
【ギエピー!? ぉ……ぁ……………あぁん♪】
いたいけなドラゴンさん。
久々のフルパワーを発揮できてテンション高い異界の龍の帝王にボコられるの回―――終わり。
ヒャッハーしまくりで、テンション的に某世紀末覇者化していたドライグも満足した処で解放されたドラゴンさんだが、どうやら竜人族という種族だったらしく、女性の姿へと変わった。
「す、凄かった……本当に容赦の欠片もなかったのじゃ」
涙目で同じく人型へと変化したドライグを見る竜人族の少女―――
「で、デカい……!」
の、メロンを見て戦慄するイッセー
「…………」
「? なんだシア? ちょっと待て、何を――いだだだだぁ!? やめろ! 今俺筋肉痛で―――」
ムッとなったシアにメロンのプレゼント攻撃をされているイッセーを放っておくことになったハジメは、彼女から色々と事情を聞いていく。
だがそれはティオ・クラルスと名乗る少女の方も同じであり……。
「本当にお主――というかご主人様は何者なのじゃ? 妾と同じ竜人族に見えるのじゃが」
「ご主人様ァ?」
「ふざけているのか貴様?」
「ふざけてなどおらぬのじゃ。
妾の尊厳を蹴り飛ばして踏み潰してグリグリとしたのじゃから、それはつまり妾のご主人様ということになるじゃろう?」
『…………』
なぜかドライグがご主人様と呼ばれるせいで、ハジメ達と何とも言えない視線がドライグに突き刺さり。
「ご、ご主人様だぁ!? ど、ドライグめ、あんな短期間でそんなおっぱい姉さんを……ちくしょー!!!!」
「い、いやオレはそんなつもりじゃ……」
「そんなつもりでもこんなつもりじゃないか! ちくしょー! ちくしょー!! ドライグのあんぽんたん! グレてやるぞ! 一日の野菜を二日かけて飲んでやるし、プッチンプリンもぷっちんしないで食べてやるぞ!!」
「どちらもこの世界にはないだろうが……」
それを血涙流す勢いで羨ましがるイッセーだったり。
「はーいご主人様~? ご主人様の大好きなシアのおっぱいですよ~?」
「や、やめ――い、息できね……っ!?!?」
それを見てティオの胸を思いきり睨みながら、イッセーに追撃するシアだったり……。
「人を器に生きるドラゴン……うぅむ、聞いたことがないのじゃ」
「オレくらいしかこの世界には存在しないだろうからな」
「なるほど、ご主人様にますます興味が沸いてきたぞ」
「だからそのご主人様というのはやめろ」
「しかし、妾はもう既にご主人様が居ないと生きて行けぬ身体にされてしまったのじゃ。
なのでご主人様には出来れば妾を貰って欲しいのじゃ」
「………………」
「嘘だろドライグ!? お、お前! 興味ない感じで今までスカしてた癖にそんなドラゴンお姉さんと!? ずるいぞ!」
「その辺にしないとまたシアに食われるぞお前……」
こうして一時のテンションに身を任せたせいでフリーターマダオ化した某グラサン髭オヤジように、ドライグもまた少し後悔するのだった。
補足
えーと……ドライグに嫁さん候補が出てきた回でした