最初は訳もわからず、自分を見るなり『ちんちくりん』だの『貧相』だの『チェンジで』だのだのだのだのだのと、初対面の自分に対して失礼にしかならない事ばかりを言うだけの青年だと思っていた。
生存していたハジメの旅のメンバーの一人にしては随分と軽薄なただの男子かと思っていた。
だがその軽薄なだけの筈だった青年は、自分達の護衛をしていた神殿騎士が亜人である女の子に向かって放った一言によって一気に――それこそ恐怖すら感じる程に変化し、同じ人とは思えぬ残虐性を剥き出しに神殿騎士――つまりデビッドを半殺しにした。
いや、もし自分達やハジメ達が止めなかったら間違いなく彼はデビッドをあのまま殺していただろうと愛子は思った。
『このナリで本当に25なのかよ……? ガッカリ処じゃなく、最早詐欺に遇った気分でしかないぜ』
自分と目が合う度に本気でガッカリしている時の青年と。
『くっくっくっ、どんどん不細工になっていくなぁ神殿騎士様よォ……?』
デビッドをわざと嬲りながら嗤っていた時の青年が本当に同一人物なのかとすら疑ってしまう。
幸いデビッドは死んではいないものの、あの青年に向けられた途方もない殺意と残虐性によって完璧に心が折れてしまったのか、顔の下半分に痛々しい傷跡を残しながら、あの青年から有り金どころか財産全てを搾り取られてしまったのもあって、魂が抜け落ちたような表情だった。
「南雲君が生きていてくれて良かったですけど、南雲君自身も色々と様子が変わってました……」
だからこそ畑山愛子は心配であった。
再会したハジメ自身が、以前のハジメとは様子が違うのはもしかすればあの青年による影響なのかもしれないのだと。
元の世界で表すなら……そう、チンピラのような。
「い、いえいえいえ! まだそうとは決まった訳ではないですし、考えてみたらあの人だって仲間の亜人の方を罵倒されてからああいう行動に走ってしまったのかもしれませんし……!」
イッセーという悪いお友だちが出来たせいで、優しかったハジメが不良のような道に進んでしまったのではないかと、教師的な観点から考えてしまいそうになった愛子は、まだそうとは決まった訳ではないと必死に自分の考えを否定しようとする。
「ちょ……ちょっとやり過ぎな気はしますけど、仲間の為に彼は――」
しかしデビッドの悲惨な末路を思うとやはりどうしてもその考えを否定しきれない。
そもそもああまで人を壊す事への罪の意識や躊躇いが無い人間なんてそれこそ裏社会的な所に身を置く人にしか思えないのだから、仕方ないのかもしれないし、ある意味当たらずとも遠からずなのだ。
「確か南雲君達からは『イッセー』と呼ばれていましたね彼は……。
響きからして日本人のような名前に聞こえますが……」
皮肉にもイッセーという青年のことが頭から離れなくなってしまっている愛子は、ふとそのイッセーという名前がこの世界の人たちの名前としては些か違和感を感じる事に気づき、どちらかと言えばその名前は自分達の世界の名前に近いのではという考えに至る。
「いや、まさか……。
あの時私達がこの世界に召喚された時に彼のような人は居ませんでしたし……」
しかし現実的に考えてみれば、探せばこの世界にも自分達日本人に近い名前を持つ人たちだって居るかもしれないし、何よりもこの世界に召喚される前も後も、彼のような青年に見覚えなんてなかったのだしと、愛子は至った予感を直ぐ様否定しようと首を横に振ろうとしたその時だった。
「なに首振ってんだよ先生? ヘビメタの真似事か?」
場所としては宿屋の二階となる自分の寝部屋の窓の外から身を軽く乗り出すようにして現れた白髪化した男子生徒の出現に、愛子はギョッとなってしまう。
「な、南雲く――むぐ!?」
「ストップ大声は出すな。
他の連中に見られると話がややこしくなるなるからな」
思わず大声が出そうになる愛子だが、ハジメが指で愛子の口を塞ぐ。
「わ、わかりましたけど、こんな場所までどうやって……?」
「アンタがどの部屋に居るか気配を辿ってから壁を登っただけだよ」
「は、はあ……なんとなくはわかりましたけど、何故私を……?」
「さっきイッセーがスイッチを切り替えてあの神殿騎士を殺しそうになったせいで言い忘れてた事があってな。
それも一応先生にだけは教えておこうと思って……と」
そのまま部屋へと入るハジメが言うには、自分に教えておきたいことがあるらしく、どうやら真面目な話でもあるらしいので愛子はそのまま招き入れる。
「取り敢えず簡潔に言うとだ。
この世界の神は余裕で狂っている」
「………はい?」
そして話を聞いてみれば、その内容は思っていたよりも壮大であり、思っていたよりも今後の自分達の身の安全が保証できないものであった。
「狂っている、とは?」
「そのまんまの意味だ。
そもそもオレ達が何故この世界に召喚されたかは覚えるか?」
「それは魔人族達から人間族を助けるため……?」
愛子自身の言う通り、元々ハジメを含めた自分達はこの世界の神の使途を自称している人間により魔人族との戦争に勝つために『勇者とその一味』として召喚された―――というのは召喚した側の人間達の話していた事であり、愛子達は帰る手立ても無いのとクラスメートの一人である『勇者』となった天之河光輝の一声によって魔人族と戦うことになった。
だが確かに言われてみればその理由はあくまで召喚した側からの言葉であり、それが本当かどうかはわからないままだった。
だからこそ愛子はハジメの話を聞き入ってしまう。
「そう、あくまでその体でオレ達は奴等に召喚された。
だが何故魔人族と人間族が争っているかは誰も聞いていないな?」
「た、確かに……。
そういう世界なのかと思っていて疑問には思っていませんでした」
「それこそが奴の手なんだろうな。そう仕向けるように仕組んだ―――奴のな」
「奴……?」
「………創造神エヒト。
奴は戦争という遊戯の為に人々を駒にしている」
「!?」
この世界そのものが神の遊び場だと言われた愛子は驚愕し、そんなバカなと返したかった。
だが行方不明となったハジメが七つある迷宮の内の二つを制さた際に得たこの世界の『真実の記録』による話は嘘だと断ずるには思えないものだった。
「で、では南雲君はその解放者の意思を継いで旅を?」
「まさか、奴等の意思は関係ない。
オレはただ元の世界に帰る方法を探しているだけだ。
この話を先生にしたのも、単にオレ達的には都合が良いからだ」
生き残ったハジメからもたらされた情報を受けた愛子はただ困惑しつつも考える。
例え話、この話を他の生徒達に話しても信じてはくれないとハジメは考えたからこそ教師である自分にだけ話してくれたのだと。
「………」
「取り敢えず話はこれだけだ。
この話を信じるかどうかは先生の判断に任せるよ」
話を終えたハジメはそう締めると再び窓から外へと出ようとする。
史実ならばここでスプーンの先によって軽傷を負ったデビッドが愛子の部屋に誰かが侵入したと嗅ぎ付けて突撃してくるのだが、この世界では既にイッセーのせいでほぼ再起不能にされてしまっているので誰にも悟られないし、誰にも突撃をされない。
故に愛子はそのまま出ていこうとするハジメに問うのだ。
「話はわかりました。
正直話が大きすぎて上手く呑み込めてません。
ですが今度は私から質問をさせてください」
「………なんだ?」
「彼は……イッセーという人は何者なのですか?」
イッセーというこの世界の人間にしては違和感を感じる男について……。
その愛子の問いに対してハジメは一瞬だけ静止してから振り返ると、とぼけたように返す。
「変な質問だな? イッセーはイッセーだよ。
タガが外れると何しでかすかわかんねぇ狂犬みたいな側面があるってだけの、女に鼻の下伸ばすただの―――」
「そのイッセーという名前に違和感があります。
まるで私達の世界――日本人のような名前に」
半ばハジメが惚けるのは見抜いていた愛子はイッセーという名前自体がこの世界を生きる人間にしては違和感があると言いながらじっとハジメを見る。
「……。私達がこの世界に召喚された時、そして召喚される直前まで居た教室にも彼という人は居ませんでした。
ですが、何故か私は彼からは私達側のようなものを感じてしまいます」
「……………」
イッセーという男に深く踏み込むべきではないのかもしれないと、本能ではそう思っている愛子だが、どうしてもその違和感の正体を知りたいという矛盾した気持ちを抑え込みながら今一度切り込む愛子に対して、しばらく無言で愛子の顔を見ていたハジメがやがて深くため息を吐く。
「八割オレが盛ったせいでとはいえ、ああも言われた奴のことを知りたがるとは先生も結構変わってるな?」
「………」
「ああ、そうだよ。アイツは、イッセーは確かにオレ達のように別の世界からこの世界に来た」
「!? やっぱり……!」
元からイッセー本人は自分の秘密について特に隠すといったスタンスではなかったので、そのまま愛子に話す。
「と、ということは彼も私達のようにこの世界の人達に召喚されて……」
「いや、アイツは違う。
正直アイツがここに来てしまったのは全くの偶然であり、それこそエヒトからしても全くの想定外――イレギュラーだ」
「イレギュラー……?」
神の意思の外からやって来た存在だと語るハジメに愛子は驚きつつも納得してしまう。
「イレギュラーとは一体……」
「詳しくは本人に聞いてくれ。
それこそさっきの解放者とエヒトの件よりも『荒唐無稽』な話ばかりだからな、言った所で先生だって信じられないだろう」
「そ、そんな事は……」
全く違う方法で別世界からこの世界へとやって来た理由も、何故そうなったかも聞きたかった愛子だが、それ以上は本人に聞いてくれと言われてしまう。
(一体彼は何者なのか………って、なんでこんなに気になってるんでしょうか私)
もう少し教えてほしいと思う愛子だったが、ふと考えてみればなんで自分はこんなにイッセーを知りたがっているのかと思う。
口を開けば『寸胴』やら『ちんちくりん』やら『まな板女』と、自身のちょっとだけコンプレックスな見た目を集中的に罵倒してきた挙げ句、デビッドに対して過剰を超えて殺人未遂レベルの残虐性を向けた――それこそ元の世界の頃を含めて愛子的には関わるべきではないような青年なのに、何故か愛子は知りたくて仕方なかった。
「なんなら今この宿のすぐ外に居るから、聞いてみたらどうだ?」
そんな矛盾した自分の気持ちにモヤモヤしている愛子を見て察したのか、ハジメは窓の外を指しながら自分で聞いてみたらと促す。
「へ?」
「ほれ」
ハジメが義手の方の指で窓の外の下を指差すので、釣られる形で――ちょっと小柄なのでよじ登るようにしながら身を乗り出して下を見てみると……。
「よし、それじゃあ合わせるぞ。
ユエっち、その画面に表示されてる再生のボタンをタップしてくれ」
「わかった」
「ふー……お願いします!」
ユエとシアとイッセーが居て、なにやらシアとイッセーが人一人分程の間合いを取って並んで立っている。
そんな状態でイッセーがユエに声を掛ければ、頷いたユエが……そう、何故かこの世界には存在しない筈の機器であるスマートフォン的な携帯端末を操作している。
「えっと、三人は一体……というかユエさんが持っているものってスマートフォン?」
「諸々の説明は後でしてやるよ。ま、見てな」
愛子は当然、三人が何をしようとしているのかがわからないし、なんならユエがなんでスマホなんて持っているのかも含めて余計疑問が増えたのだが、ハジメに言われた通り黙って見ていると、携帯から楽曲が流れ始める。
King & Queen - 夢の始まる場所 -
「「……」」
スピーカーから流れるノリの良いテンポの楽曲が流れると、軽くテンポを取っていたイッセーとシアがぴったりと息を合わせたタップダンスをする。
「た、タップダンス?」
「そうだ。イッセーが元の世界で『バイト』をしてた時に覚えた芸のひとつらしくてな。
シアもそんなイッセーに教えられてああして踊れるんだ」
曲調のテンポが上がるに連れて、二人のタップダンスを見て居たユエが曲に合わせて身体を揺らしてノリ、綺麗に合わせてタップを踏むイッセーとシアは楽しそうに笑っている。
「わぁ……!」
最初はあの残虐性を見せた男とは不釣り合い過ぎる真似事に戸惑っていた愛子だったが、あまりにも楽しげに踊るイッセーを見ている内に、完全に目を奪われてしまっており、それを横で共に見ていて気づいたハジメもフッと笑みを溢す。
「~♪」
やがて曲も終わり、綺麗に同時にフィニッシュを決めたイッセーとシアは互いに顔を見合わせながら拳と拳を突き合わせながら互いを労う。
「ふー……綺麗に決まりましたねイッセー?」
「おうよ……!」
「うん、何時見ても凄い」
躍りが終わり、ユエに拍手をされるシアとイッセーは満足そうに汗を拭っていると、ハジメが愛子を抱えた状態で上から降りてくる。
「ハジメ」
「よぉ、話は終わったか……って、あれ? なんで連れてきてんの?」
「しかも放心してますね……」
『先生に話しておく事がある』と言って一人愛子の居る場所に向かったハジメを待っている間に、トレーニングの一貫としてタップを踊って待っていたら、何故かハジメが放心気味の愛子を抱えて戻ってきたので、どうしたのかと訪ねてみると、ハジメは苦笑いしながら降ろした愛子の肩を軽く叩く。
「…………はっ!?」
「?」
「なんだ?」
ハジメに肩を叩かれた愛子が放心していた顔から現実へと戻ると、いつのまに目の前に立ってこちらを不思議そうに見ているイッセーと目が合い、これでもかと挙動不審になる。
「あ……やっ……! そ、その……!!」
「はい?」
何故かは知らないが、イッセーが直視出来ずこれでもかとテンパる愛子は上手く喋れず、身振り手振りで『違います!』と連呼する。
「……? どうしたんだ彼女は?」
「さぁな? お前がシアとタップやってる所を見せたらこうなっちまった」
「なんだそりゃ? あ、まさかこの先生はタップの経験者で、俺が変に見えたのか? ……まー、俺のタップってほぼ見よう見まねの素人タップだしなぁ……。
そりゃあ経験者からしたら変に見えても仕方ないか……」
「そ、そうじゃないです! た、タップダンスもやったことはありません!」
「え? あ、そう……」
タップの経験者じゃないとだけハッキリ宣言する愛子は再び俯きながら『あー』だの『うー』と言った声を出すと、意味がわからずに居るイッセーに意を決したように顔を上げて目を合わせると……。
「ず、寸胴とかまな板とかちんちくりんって言ったことを許したつもりなんてありませんからねっ!!」
「は? あー……気にしてたんですか? えーとすいません……?」
「そ、そんな気持ちの籠らない謝罪じゃ私は許しませんよ!」
「………………えぇ?」
見てくれは幼女に思いきりキレられてる大人の男にしか見えない構図に、自分がガッカリ勢いで言ってしまっていたとはいえ、わーわー子供みたいに怒る畑山愛子(25)に対してどうしたら良いのか、イッセー(18)はハジメやユエ……そしてシアの方を見て助けを求めるが、ハジメとユエはそっと目を逸らし、シアは―――何故か急に不機嫌そうにイッセーをジト目で睨んでいた。
「あ、アナタなんか……アナタなんか! 大嫌いですー!!!」
挙げ句の果てには思いきり大嫌いだと宣言され、そのまま元居た宿の中へと爆走して行ってしまう始末。
「言い返す暇もなかったわ……」
「余程体型のことを言われた事に対して腹に据えかねてたんだろうぜ?」
「なるほど……納得しかないわな」
「…………………」
「ん? なんだよシア?」
「知りません、イッセーのばか」
「は?」
「多分イッセーは半分くらいは悪くないとは思わなくもない」
「その残りの半分くらいはなんでだよユエっち?」
「それは―――自分で考えるべき」
結局イッセーからしたら自分がほぼ間違いなく原因で、愛子に大嫌い宣言されてしまったとしか思わないわけで、なんでそれでシアが不機嫌になるのか、ユエの意味深な言葉の意味が理解できないままなのであった。
「ドライグはなにかわかるか?」
『オレが知るわけが無いだろう。
が、シアの機嫌はちゃんと取ってやれとだけは言っておこう』
「言われなくてもそのつもりだけどよ……うーん?」
こうして、少年達の夜は更けていく。
補足
タップダンスの元ネタはNetflix版の浅草キッドのアレです。
というか何でスマホがあるのかについては、イッセーがこの世界に迷い込んだ際に、壊れた状態のまま持っていて、はっつぁんことハジメきゅんがそれを知って錬成師パワーで通信不可能とはいえ修復させたからです。
通話やその他通信系統の機能はオンミットされていますが、動画再生や楽曲再生機能は可能で、データ自体は残っていたので再生できたという形です。
ただし――アレな動画に関しては存在を知って操作方法をハジメきゅんから聞き出したシアさんによって全て消された挙げ句、シアさんの自撮りアレ写真やら動画に侵食されてるとかないとか。
その2
多分畑山先生は不良が野良犬に餌あげてます的なアレ的心理が一時的に発動しただけです。