……なんか気持ち悪い展開になっちまった。
『南雲がこれまで積み重ねてきた力は『壊させて』貰ったよ。
つまるところ、南雲は昔の南雲と同じくらいの力になった。
そしてお前は今後どんな手を使っても『もう二度と元には戻らない。』』
それはある意味で死よりも残酷な宣告だった。
無能であった自分から、何度も死ぬ思いをした事で抜け出せたというのに、そんな自分を嘲笑うかのように再び元の無能の奈落へと突き落とされた。
ハッタリだと思いたかった。
嘘だと思いたかった。
ただな嫌がらせのブラフだと思い込みたかった。
けれど、自分を見下す傲慢な男の傍に常にひっついて回っていただけだと思っていた女の言葉は皮肉な事に何一つ嘘はなかった。
「な、南雲君が全ての力を失った……ですって?」
「ええ、それがどうかしましたか?」
「どうかしましたかですって!? ふ、ふざけないでください中村さん! 失ったとはどういう意味ですかっ!? 何故そんな事に――」
「正確には南雲の持ってた力の全部を『壊した』んですよ」
「こ、壊した……?」
「そうです。
ぼく個人としては南雲等はここで完全に消してしまいたかったのですが、それだと困るとそこのマゾビッチが煩いので仕方なく手出しはしない事にはなりましたけど、それじゃあ今後またイッセーがウザ絡みされるかもしれませんよね? だからもう二度と絡めなくなるように、南雲の培ってきた力や、今後の努力次第で開花するかもしれない潜在能力の全てを『破壊』しましたが………別に構いませんでしょう? そこら辺の野良犬にすら下手したら食い殺されるくらいの力になってもアナタ達が愛しの愛しの南雲を守れば良いのでしょうしねぇ?」
「な、な……!」
「つまり――『ぼくは悪くない。』」
死ぬ思いをしながら掴んだ力や、今後開花する可能性があった
「何を悲観するのかぼくにはわからないな?
中途半端な力を身に付けてイイ気になって早死にするより、平穏な人間として普通に生きる方が良いでしょうに」
「ダメ押しのつもりじゃないんだけどさ、えりりんが『壊した』モノに関してはスズのスキルで『否定』して戻すのはかなり難しいというか時間が掛かるから、そんな期待するような顔しないでね? というか出来る出来ないの話以前にスズはやる気ないし」
「だから言ったでしょう南雲君。
イッセー君の事は割りきってしまわないと碌でもないことになるのよって……。
言っておくけど私の場合は畑違い過ぎてどうにも出来ないわよ」
兵藤イッセーという破滅した人格のまま進化をし続けてきた怪物により見出だされた怪物。
「そんなのって! アナタ達まで兵藤君のような事を……!!」
「いやぁ、イッセーの方がマシなんじゃないかな?」
「いっちーは殺すか半殺しにした後はほっとくし」
「そもそも前の時は南雲君の方から喧嘩を売った挙げ句、重火器をイッセーくんに向かって何度も乱射していた訳だしね。
つまりやっぱり私は―――
「スズは――
「ぼくは――
―――――――――――『悪くない。』」
怪物によって怪物への道へ自ら踏み外した怪物達。
当たり前のように話が拗れに拗れている状況でも、元凶の一人の癖に呑気に寝ていたイッセーが目を覚ます。
「え、今後について?」
「ああ、そうだ。
畑山が任務を放棄したという事実を確認した今、お前達はどうするつもりなのか聞いておきたい。
……俺も馬鹿ではあるがそこまでのバカのつもりではない。
お前達が王国――この世界の人間達の為に戦うつもりは無いのだろう?」
「まあ3%くらいはあるにはある……か?」
寝ぼけ眼の欠伸混じりでメルドの質問に答えるイッセーだが、メルドは内心『その3%ととはどこから出てきた数字だ?』と突っ込みたい衝動とキリキリと痛む胃と戦いながら重々しく頷く。
「わかった。
教会の方には俺から説明し、お前達の任務を取り下げさせる」
「はぁ……」
メルドとして慎重にならざるを得ない。
イッセー達の力は凄まじいが、だからといってこの四人が大人しく制御下に留まる訳が無いし、なによりあの力を教会側や王国が知れば間違いなく『余計な事を』してくる。
そうなればまず間違いなくこの国どころか全世界の人間が滅ぶ。
「だが畑山。
貴女は俺と共に教会まで来て貰うぞ。
あの任務は元々貴女の持つ天職を核としたものだからな。
貴女の口でしっかりと任務を放棄した理由を話して貰うぞ」
「…………」
「向こうがその理由で納得するかしないかに関係なくな……」
厳しい顔をしたメルドに言われた愛子が無言で俯く。
「その後、兵藤達はどうなるのですか?」
そんなやり取りを暫く黙って聞いていた光輝が呑気な顔でお茶飲んでまったりしているイッセー達をチラチラと伺いながら質問をする。
「いくらオレでも兵藤達がオレ達と共に戦ってくれるなんて思いませんし、今まで散々兵藤を避けてきたのはオレ達ですから、何を言っても虫の良い話であることは重々承知しています」
キレたイッセーの異次元のパワーを察知し、ある程度飲み込んでしまっているからなのか、意外にも光輝達は自分達が今までイッセー達を避けていたと告白しつつ、それでもと頭を下げる。
「ですが、先程の魔人族側に居た白龍皇と名乗ったあの男の強さはオレ達ではどうにもなりません。
それこそ兵藤達に力を借りなければオレ達はあっという間に殺される……」
『………』
イッセーの異次元さ。
そしてそのイッセーと向かい合い、同等の圧力を放ったヴァーリの双方を目の当たりにしたからこそ、光輝は特にヴァーリとは戦える土俵にすら上がれていないと自覚し、故にイッセーの力が
必要なのだと訴えると、クラスメート達も次々と頷く。
「兵藤、オレは正直今でもお前が怖い。
元の世界に居た時からどうやらオレは本能的に『格が違う』お前の存在を認めたくないと避けてしまっているし、今もそれは変わらないし変えられない。
お前にしてみればお前の力を把握した途端にすり寄る浅ましい人間の一人でしかないと思われても否定もできない」
「……」
「光輝……」
四人組の中では光輝との付き合いが長い雫が、その態度を前に意外に感じて目を丸くする。
「オレを卑しい人間だと思っても構わない。
オレをそこら辺の虫けらだと罵倒してくれても構わない。
オレを見捨てても良い。だけど、オレ以外の人達だけは助けてくれ」
生きていたハジメが自分の上を行く強さをもって苦戦を強いられた魔人族の女を相手に楽々と追い詰めたのを目の当たりにし、そんなハジメですら簡単に何度も殺せるイッセーの『異質さ』を、元の世界の頃は見て見ぬふりをしてきたのが光輝だった。
「お、俺からも頼む。
俺なんか光輝と比べるまでもなく、どうしようもないチンピラでしかないし、お前達から見たらそこら辺のゴミ以下だってのは嫌でも自覚している。
多分だが、南雲がお前にコンプレックスみたいなものを拗らせさせたのは俺が南雲を苛めてたからなんだと思う……。
だから俺の事なんてどうでも良いから、他の奴等だけは……」
しかし先程の出来事は、激情の赴くままに暴れたイッセーから与えられた恐怖と痛みという名の記憶として刻み付けられた以上、最早逃げることも目を逸らすことも、現実逃避もできない。
だからこそ光輝に続き、あの檜山をもその場に床に額を擦り付けながらイッセーに懇願するという状況に最も驚いたとは他ならぬハジメだった。
「お、俺からも頼む」
「わ、私も……! お願い……!」
「勿論、役に立てる事があれば、なんでも兵藤達にするから……!」
光輝や檜山に続くように次々とクラスメート達がウルの町で『英雄呼ばわりされた』時と同じように微妙に困惑しているイッセーに頭を下げていく。
「デジャブって奴を感じるんだけど……。えぇ……?」
「思ってもない流れになっちゃったねこれは……」
「どうしましょう……?」
「なんかむず痒いかも……」
気味悪がられるとか、嫌悪されるとか、殺意を持たれるといった感情を向けられることには慣れっこなイッセーも、これには微妙に困っていると、それまで力を破壊されて色々とへし折れていたハジメが世の中への憎悪を凝縮したかのような形相へと変質する。
「ふ、ふざけるな……! ふざけるなっ!! どいつもこいつも気が触れてんのか!? 何でそいつ等にそんな真似が出来るんだ!?」
『……………』
自分を地に叩き落とした連中に対するクラスメート達の態度に激昂するハジメと、そんなハジメに同意するような眼差しを向けてくるユエ、シア、愛子、香織、ミュウ。
「その人たちは間違ってもアナタ達の事なんて助けない」
「み、皆さんだって見たでしょう? 嗤いながら、人の命なんてなんとも思ってないかのようにハジメさんのことを……それどころかアナタ達まで……!」
「そ、そうだよ! そんな事よりすぐにでもハジメ君を元に戻せば力になってくれるよ! ……兵藤君達よりも絶対に!」
『…………』
ある意味一切間違いの無いイッセー達に対する言及を次々としていくのだが、クラスメート達の表情は誰一人として賛同する意志が全くなかった。
「そんな事は百も承知だ香織。
……だが、仮に南雲が先程まで持っていた力を復帰させた処で本当にオレ達と戦ってくれるのか?」
「………………。今更ふざけた事を抜かしている自覚はある上で言うが、南雲からすれば特に俺は殺してやりたいと思われても仕方ない馬鹿な事をしてきたからな……」
「それに、元に戻った瞬間また兵藤に喧嘩を売りそうだし……。
もう嫌なのよ私達は、あんな殺され方されるのは」
「第一、さっきまでの南雲が相当強いってのはなんとなくわかったが、あの白龍皇とかいう男に勝てるほどなのかよ?」
『…………』
ヴァーリという、現状イッセーしか対抗不可能な怪物に勝てるのか? という問いにハジメ達は声を詰まらせる中、イッセーが鼻で笑ながら口を開く。
「無理に決まってんだろ。
仮にそいつ等が1000万体居ても奴に10秒以内に皆殺しにされて終わりだね」
『』
『まあ? 俺なら2秒で殺せるけど……』 と、ヴァーリに対して対抗心が見え隠れするイッセーのあんまりな評価にハジメ達の顔がひきつり、光輝はため息を吐く。
「そうか、なら尚更オレ達だけではあの男に勝つことは不可能だ。
そしてあの男に対抗できるのは恐らく兵藤だけならば、無理だと言われても食い下がるしかオレ達に出来ることはないんだ。
それをわかってくれないか香織?」
「そ、そんな……! ハジメくんを苛めた人たちなんて……!」
「…………苛めたのは俺だ、兵藤は一切関係ねぇ。
南雲……お前が俺を憎むのは当たり前だし、俺は抵抗なんて一切しねぇ。
殺したいのなら俺を殺して良い」
「な……い、今更……!!」
「ああ、今更だよな? わかってるよ。
どうも俺は香織が好きだったみたいで、そんな香織がお前を気にするのが気に食わなくてお前に色々とやっちまった。
今更その事実は覆らねぇし、許して貰うつもりもねぇ……」
そう言いながら懐に忍ばせていた鞘に納められたナイフを取り出した檜山は、そのナイフをハジメに寄越しながら言う。
「俺を刺すなり切り刻むなりして殺して、それでお前の気が晴れるなら好きにしろ。
……その代わり、もうこれ以上兵藤に拘るのはやめてくれ――頼むから」
「なっ……なぁ……!!」
「檜山、お前……」
「ここで兵藤達にソッポ向かれる訳にはいかねーだろ? そうなりゃあ確実に俺達は全滅だ。
なぁ兵藤よ? お前からすりゃあ俺みてーなカスの命なんてなんの価値もねーだろうけどよ? 俺の命をくれてやるから、コイツ等を助けてやってはくれねーか?」
「え? あ、あぁ……えーと……?」
「えぇ? 本当に変な方向に飛んでるんだけど……」
「流石のイッセーくんも困惑しっぱなしね」
何故か変な方向に覚悟が完了している檜山が自身の命を代わりにクラスメート達を助けてくれと言い出すせいで、そもそもクラスメート達の人間関係から外れに外れていたイッセーは普通に困惑しかない。
「ひょ、兵藤ォ……! テメーはこんな奴等まで使ってオレを貶めたいのかァ!!?」
「いや知らんから!? どう考えたらそんな結論になるんだよ!?」
「最低……」
「卑怯です……」
「そうやって雫ちゃんの弱味でも握って良いように使ってるんだね……」
「あ゛……? 人間から言われるならまだしも、なんでテメー等みてーな糞畜生生物に言われなきゃなんねーんだ? あー、今のでムカついたぞ。
今度は谷口に否定もさせず、テメー等の生皮剥いでやるわ」
「………。流石に今の言われ方には腹が立ったわよ香織」
「よろしい、ならば戦争だ。
ふふふ……今度は徹底的に壊してやるよ?」
「スズ達をあまり見くびらないで貰いたいなぁ」
そんなハジメの発言を十全信じるユエ達が余計な事まで言ったせいで、再びどころか今度は雫、恵里、鈴までもが臨戦体勢に入ってしまい……。
「あ゛ぁ゛っ……!? い、胃が……胃が痛い……!うぐぐ……」
「これが中間管理職の苦労とやらか。貴様も大変だな」
「胃に優しい薬草があるが、煎じて飲んでみるか?」
メルドの胃に対して更なるダメージを与えてしまい、同情した龍男と竜娘コンビに介抱されるメルドなのだった。
「だからなんで余計な事を言うのよ!?」
「頼むから黙ってろよお前ら!?」
「た、頼む兵藤! 落ち着いてくれ!」
「く、くそ……! な、南雲の野郎……やっぱり合わねぇ……!」
続く
補足
ある意味で先にヴァーリきゅんの脅威を感じ取れたからこそ慎重になっている勇者組達。
ウルの町の人達みたいな事されて普通に困惑する龍帝チーム。
とにかくイッセー達のやることなすことが気に食わないハジメチーム
―――の、間に挟まれて胃がオカリナみたいに穴だらけになりそうなメルドのとっつぁんと、同情するデキ婚寸前D×Dコンビ。
頑張れメルドさん!