きっと香織は私を恨むだろうし、既に崩壊していた関係も二度と元通りにはならない――というのは、イッセー君が南雲君を嗤いながら何百と惨殺していく様を黙って見ていた私を見ていた時の顔でわかる。
「オレの力が……オレのこれまでの全部が……」
「は、ハジメ……」
「は、ハッタリですよ。
きっと一時的に謎の力でハジメさんの力が封じられているだけですぐに元のハジメさんに戻れますよ……!」
「そうでなくても私はハジメくんの味方だからね……!」
香織からすれば、想い人を嗤いながら傷つける男の側に付いている私が理解できないだろうし、以前から南雲君を好いていると知っている癖にと思うでしょう。
現に久し振りとなる再会から暫く時間が経った今でも香織は私と目を合わせすらしない。
「兵藤……その……」
「? なに?」
「いやあの……お前のやり方はともかく、その……皆を助けてくれて……」
「? 助けた? 俺が? 誰を??」
「え………」
「俺別にキミ達を助けたつもりなんて全くないし、偶々そうなったというだけだろう? てか、あの白髪小僧にキレ過ぎたせいでキミ等を巻き込んで何度か殺っちまったしな? 礼を言うのなら、キミ達の受けたその現実を否定してくれた谷口に言うんだね」
先程の『ぷっつん』したイッセー君の行った事に対して、今まで以上に恐れを抱いた光輝達が、顔色を伺うように次々とイッセー君にお礼を言おうとしているけど、当然ながらそんな光輝達の行動を香織達は納得してない顔をしながら見ている。
「おかしいよ絶対に。
悪いのは兵藤君なのに、先に助けてくれたのはハジメ君なのに……」
「「………」」
「………」
そう呟く香織に対して、恐らく同じように南雲君を好いている――ええと、誰だったかしら? 確かユエさんだかシアさんとかいう名前の女の子二人は無言で頷いているわけたけど、気付いているのかしらね?
「こ、この期に及んでまだ言ってるし……」
「兵藤達に聞こえたらどう責任とるつもりなのよ……」
「前々からうっすら思ってたけど、香織ってあんな子だったのね……」
同時にほぼ巻き込まれた他のクラスメート達の何人かが今の香織の言葉を聞いて頼むから変にこれ以上拗らせたり、イッセー君に喧嘩を売るような真似はしないでくれと不満を口にしている事に。
まあもっとも、呆気に取られた顔をしている光輝達には悪いけど、イッセー君は文字通りの他人を助けるような性格ではないから、お礼なんて言わなくて良いし、今更香織の不満の声なんて聞いたところで気分を害したりもしないわ。
そもそも今まで適当にしていたイッセー君が急にスイッチを切り替えたその理由は中村さんなのだしね……。
「しかしお前達が何故ここに? お前達は確か畑山と共に農地改革の任務をしていた筈だが……」
「そうだ。
それに清水はどうしたんだよ? 見当たらないが……」
こうして最悪な空気の状態で地上に向かって歩く最中、死にかけていた現実を谷口さんによって否定された事で、全快しているメルドさんが思い出したように私達に質問をしてきたので、イッセー君か中村さんが口を開く前に私がオブラートに包みながら説明をする。
「その任務の要である畑山先生が任務を放棄してそこでブツブツ言いながら肩借りて歩いてる南雲君達に付いていっちゃったのよ。
一応残された私達だけで任務先の町に留まってやれることはやってきたのだけど、これ以上は畑山先生が居ないと進展しないと分かったから、任務放棄の説明をしに戻ってきたわけ。
ちなみに清水くんはウルの町に残って貰って外敵から町を守る護衛をしてもらっているわ」
『は?』
前半の説明は嘘じゃないけど、後半――清水くんの件に関しては完全に嘘も交えた説明をする私に光輝達全員が驚きの顔となり、その流れで南雲君達を見る。
「え、雫? 本当に愛ちゃん先生が任務を放棄して南雲達についていったの?」
「ええ、どういう訳か一緒に居る筈の先生の姿は見えないけど間違いないわ。
そもそも南雲くん達とはウルの町で一度会ってたのよ」
「そ、そうだったのか? では何故畑山先生は任務を放棄してまで南雲に……?」
「あー……それはイッセーくんと南雲君がさっきやってた事がその時もあってね。
例によって南雲君がイッセーくんに突っかかったから少しだけ相手になったわけだけど……ほら、イッセーくんの強さってあんな感じでしょう? 端から見たら最早一方的な虐めかなにかに畑山先生は見えたのでしょうね? 私達もろとも『おかしい』と言ってそのまま南雲君の方に……」
『………………』
これは嘘ではないわ。
イッセーくん的には自分の周りを飛び交う蝿を追い払うつもりの手加減モードだったのかもしれないけど、端からみたら見事な公開処刑にしか見えないだけの差があった。
それを畑山先生は非情に思い、そして南雲君を憐れんで――といった理由なのでしょうし。
もっとも、その話を終えた途端メルド団長はなんとも言えない渋い顔をし、光輝達は南雲君達に向かって微妙に責める視線を向けているわ。
「ちょ、ちょっとまってよ! 今の話は私も初めて聞いたし驚いちゃったけど、それはあくまでし、雫ちゃん達側の主張でしかないじゃない! それだけでハジメ君が悪いなんて……」
「いや、別に悪いなんて思わないけど、任務を放棄するのはどうなのかなって……」
「何時も教師としてだの大人としてだのって言ってた人が……ってちょっと思っただけだし」
一瞬私を睨んだ香織が南雲君を擁護しようとするが、やっぱりさっきの巻き込まれが効いてるせいなのか誰も彼も良い顔をしてないわね。
「南雲……は、ダメか。
えと、キミ達に聞きたいのだが、畑山先生は今どこに?」
今までにない香織へのクラスメート達の反応に嫌な予感でもしたのか、光輝が強引に話を変えようと先生が今どこにいるかを南雲君――には聞けそうもなかったのでお仲間さんのお二人に聞いてみると、二人は地上に待たさせているとだけ返して俯いてしまった。
「も、諸々の話は地上に戻って一旦落ち着いてからにしよう。
今はとにかく無事に地上へと戻ろう」
『……』
こうして以降は地上に戻るまで誰も口を開くことはなくなったわけだけど……。
「…………」
「ねぇシズシズ? カオリンから親の仇みたいな顔して睨まれてるんだけど……」
「香織からしたら、私達は南雲君を虐める最低グループにしか見えないのでしょう……」
「絡んできたからちょっと相手してやったら被害者面されたら堪んないんだけど。
イッセーは最早アレ等の事をミドリムシ以下のなにかとしか思ってないだろうから、ぼくも気にしないけどさぁ」
「そもそも何故あの童は宿主殿にああも敵意を抱いていたのかがイマイチわからんのじゃが……」
「まー……イッセーくんが普段から他人に対してああなのが南雲君的に気に食わなかったからじゃないかしら? 前の私もそっちの傾向あったし」
本当の意味でぷっつんしたイッセーの殺戮モードに巻き込まれたクラスメート達からしたら、ナリが変わって生きていた南雲ハジメとその仲間達は迷惑でしかなかった。
確かにイッセー達もイッセー達で薄気味悪いというか、生理的な嫌悪感を増してる感はあるにせよ、元の世界でも何もしなければ基本的に無害だった事を考えれば、よくもまあ余計な事をしてくれたのだとしか思えないし、愛子が任務を放棄してハジメ達の仲間になったのもどうなのかとも思う。
「………」
「落ち着け檜山。色々と言いたいことはあるだろうが……」
「チッ、分かってるよ。
つーか色々と冷めちまった……」
元の世界からハジメに対して色々とやってきた檜山は、今回の件に巻き込まれた事への恨みを強くハジメに抱くようになったのだが、それ以上に香織の行動を見たせいか色々と香織に対して冷めたらしく、皮肉にも冷静になれている。
「つまり、兵藤が執拗に南雲をいたぶったから、南雲に付いたと……?」
「そ、そうです。
兵藤君はやりすぎなんです!」
「………………。理解はしたが、それと貴女に下された任務の放棄となんの関係がある? 兵藤が南雲を痛め付けたから任務を放棄したなんて説明で理解が得られるとでも思っているのか?」
「そ、それは……」
皮肉にも全員が『無傷』で地上へと生還した後、ハジメ達についていた海人族の少女と共に出迎えた畑山愛子を発見したメルドは、クラスメート達やイッセー達、そしてハジメ達全員を宿へと連れていき、改めて話し合いの場を儲けたのだが、雫の言った通りの話にメルドはストレスで胃がキリキリしてしまう。
「で、ですが、あんなに傷つけられた生徒を放っておくなんて――」
「へー? イッセーは生徒じゃないんだね畑山せんせ?」
「うっ!?」
「ま、イッセーもぼくもアンタを先生として尊敬した事なんて全くないし、生徒だと思わなくても一向に構わないんだけどねぇ?」
「スズは割りと傷ついたかなぁ……まーでも仕方ないかな?」
愛子の主張を嫌味ったらしい笑みと共にナイフで刺すような事を吐く恵里と鈴がいたり。
「……………」
「は、ハジメには手を出させない……!」
「絶対に許しません!」
「ぱ、パパを守る……!」
力を破壊されて凡人以下にされているハジメを今にもリンチしようと殺気を向ける男子生徒数人が居たり……。
「白い龍からも妾はドライグ様のモノだと認識されましたね?」
「………………………」
「えへへぇ♪ 頑張ってドライグ様との子を沢山産みますのじゃあ……♪」
「……分かったからひっつくな。
くそ、オレに負けた癖に、よりにもよって白いのにドン引きされるなんて……」
なんか……気付いたら赤い髪の男が竜人族の女にひっつかれてるし。
「なんで、どうして雫ちゃんが兵藤君なんかに……。
ハジメ君との事を応援してくれた雫ちゃんはどこに行っちゃったの?」
「やっと話をしてくれたかと思えば……。
私はこれまで通りアナタの恋の応援はしているつもりよ。
だけど、その事と私がイッセーくんについていく事は関係ないでしょう? アナタが南雲君に惹かれているように、私はイッセーくんに惹かれてしまってるだけの事なのだから……」
「「「「え゛!?」」」」
「ちょ、雫!? 今の話ホントなの!?」
「だって兵藤ってどう見ても鈴か中村さんと……」
「? それが?」
女子同士でなんか修羅場ってるし。
「わ、私は……私は……! そ、それでもやっぱり兵藤君のようなやり方は納得できません……!」
「別にイッセーはアナタの理解も納得も得たいなんて思いませんから勝手に納得しないままぼく等とは無関係にそこで折れてる南雲引き取って生きてくださいよ?」
「すぴーすぴー…」
「見ての通り、ぼくは今イッセーの抱き枕になれて死ぬほど幸せなんで」
「」
「むー……良いなぁえりりんだけ。
いっちーも絶対えりりんしかそうしないもんなぁ……」
「こ、こんな状況で寝てる時点で異常ですよ!?」
「それは
「うー……! いいなーいいなー……!」
「…………。絵面的にイッセーくんが普通に変態にしか見えないけど、何故か中村さんが恨めしいわ」
「年季が違うのさ年季が……ふふ♪」
間違いなく元凶であるイッセーは、こんな状況だろうと関係なく、見たこともない優しい顔をしながら当たり前のように受け入れている恵里の下腹部付近に顔を埋めて抱き枕にしながら寝ているし……。
「………胃薬が欲しい」
メルドの胃に確実にダメージを蓄積させていくのだった。
補足
今の雫さんは確かに端からみたらイッセーになんかされたと思われるだけ変化――ではなく取り繕うのを放棄しました。
そのせいでカオリンとの友情が崩壊気味に……。
清水くんは町に残ってます。
……………………えりりんの『天職』によって。
メルドのとっつぁんは否定により復活してるものの、濃すぎる面々が合流してしまった挙げ句好き勝手やってるせいで胃にダメージを……。