この世に存在してはならない『害悪』と自嘲しようとも。
他を破壊することでしか自分を表現できない人格破綻者であったとしても。
中村恵里という少女にとってのイッセーは、奈落の底にしか居ることを許されなかった自分を引っ張り上げてくれたヒーローなのだ。
親からすらも認められなかった自分を、自分として見てくれたのはイッセーだけだった。
自分の知らなかった『世界』を教えてくれたのもイッセーだった。
あらゆる理不尽から守ってくれたのもイッセーだけであった。
今の自分が――中村恵里があるのは全てイッセーが居てくれたらだった。
『俺は頼まれただけだし、お前に関しては結果そうなったってだけの話だ。
だから俺に感謝なんてしなくても良いし、お前はお前が思う通りに生きろ。
てか、今後『普通』に生きたいのなら俺の事は忘れた方が良いぞ』
故に恵里はイッセーを心の底から信頼している――いや、依存している。
イッセーが存在しなければ今の自分はなかった。
イッセーが自分の知らなかった世界を見せてくれたから諦めずに居られた。
そんなイッセーを忘れることなんて出来ないし、離れる事なんて考えられない。
イッセーがもしも自分の傍から居なくなれば、自分の生きる意味は消える。
自分からイッセーを奪い取ろうとするものは神であろうと許さない。
全ての生物が自分やイッセーを恐れ、拒絶し、否定しても構わない。
だけど、イッセーを自分から奪うのだけは絶対に許さない。
イッセーの性格がまともじゃない異常、普通の生物が敵意を持つ事は当たり前なことは解りきっている。
結局誰もイッセーの立つ領域なんて理解できる筈もないのだから。
だからこそ恵里は、そんなイッセーに向けられるもの全てを壊す。
敵意も、殺意も、憎悪も――そして愛情も。
ずっとイッセーの傍に居るために……。
「ひとつ南雲に聞いてみたい事があるんだけどさ。
前に一度イッセーにぶちのめされて差を理解した癖に、どうしてそう懲りないのか……」
「ぐ……ぐふっ……」
「どうにもイッセーに対してコンプレックスからか何だかは知らないけど相当な恨みがあるのは見ててわかるけど、イッセーに殺されかけておめおめと逃げた身分で強気な事がどうして言えるのか、ぼくには理解できないよ」
邪魔をする奴等は皆殺しにしてやる。
そんな事を素面の状態であろうが至極真面目に考える――それが中村恵里という少女なのだ。
ハジメの後に乱入してきたイッセー――の更に少し後に乱入してきた鈴、雫、ティオは、共にしていた恵里が南雲ハジメを、彼のお仲間達が止めようとするのを無視し、ひたすら蹂躙をしていた。
天職が降霊術師である恵里は本来結界師であるスズ同様、一応は前線タイプではないのだが元の世界からのイッセーによる『教え』により燻らせていた『気質』を、異世界に召喚された事を機に本格的に教え込まれた事により扉を開いてしまった。
加えて、勝手にイッセーについてきた雫が脅威的な速度で『イッセー側』に踏み込んできた事への焦りと、雫への対抗心を糧にし続けた事で、剣士という前線タイプの雫相手に、お互いが血みどろになる程の殴り合いを可能にするだけの戦闘力を持つまでに至った。
「これ以上ハジメさんを傷付けるなぁぁぁっ!!!」
加えてこの世界で得た降霊術師の天職も自分なりに使いこなしており、仮にほぼ互角の殴り合いが可能な雫やスズと『本気の殺し合い』となった場合の恵里の全戦力は、二人を上回る厄介さがあるわけで……。
「あぁ、確か兎人族と吸血鬼だったかな? それは南雲から貰った玩具かなァ?」
「ぎっ!?」
「ぐぅ!?」
「シア! ユエ!! や、やめろ中村――がはぁっ!!?」
一度ぷっつんしてスイッチが入った恵里を止められるのはイッセーだけであるという現実を示すように、ハジメを嬲る恵里から助け出さんと向かってきたシアとユエの二人をまとめて蹴散らすのだ。
「ぁ、あぅ……ぁ……」
「ぐ……ぅ……」
振り下ろしてきた機械的なフォルムのハンマーごと、シアの腹部に拳を貫かせ、とっさに魔法を放とうとしたユエの目には瞬間移動をしたとしか思えない速度で肉薄して両腕と両足をへし折ってからヘッドバッドを叩き込んで吹き飛ばす恵里に、左腕の義手を粉々に砕かれ、右腕も潰されて使い物にならなくなっていたハジメが二人を助けんと地を蹴ろうとするが、それよりも速く恵里のかかと落としがその脳天を叩き、そのまま地面に縫い付けられてしまう。
「心配しなくてもまだ死んでないよ」
「な、中村ァァ……!!」
「へぇ? まだ吠える程度の事はやれるんだ? 穴に落ちる前のアンタのことを考えたら改めて随分と変わったねー?」
ハジメの背中を踏みつける恵里が、過去スイッチの入ったイッセーがする凶悪な笑み―――――否、そんなイッセーですら『もう二度と殺り合うのはゴメンだ』と言わしめた白い猫を彷彿とさせる笑みを浮かべている。
「落ちてからのアンタ――まあ、そもそも元から興味なかったけど、どうやら落ちてからはそれなりに力を持ったらしい。
そうでなければイッセーだの、あのヴァーリとか言う男相手に啖呵きれるわけもないしね」
「ぐ、ぁぁぁっ……!!」
何故か吸血鬼であるユエですら先程恵里から叩き込まれた一撃のダメージが抜けず、シアと共におびただしい量の血を吐きながら苦しんでいるその声がハジメに怒りと焦りを与え、抜け出そうともがくが抜け出せない。
「ぼく相手にすらこのザマな癖に、イッセー並の銀髪男やイッセーに勝てると思ってるのだとしたら、滑稽にもほどがあるよ南雲?
これはぼく達全員にも言える事だけど、中途半端な力を持った奴は却って早死にするのさ」
「う、うるせぇ……! テメーも許さねぇ……! シアを……ユエを……!!」
「今そうやってアンタがぼくに言った台詞をそっくりお返しするよ。
イッセーの敵にもなれない奴が、一々突っ掛かるなんて鬱陶しいんだよ」
シアとユエを傷付けたという意味で、憎悪を向けるハジメだが、そんなハジメに対して恵里は段々と声を低くさせながらそう言うと……。
「ウガァァァァァァァァァァッ!?!?!?」
踏みつけていた脚に力を込め、マッチ棒のように呆気なくハジメの背骨を踏み壊したのだ。
『ひっ!?』
「な、中村の奴、わ、笑いながら南雲の……」
「あ、あんな奴だったかアイツ?」
苦痛の悲鳴をあげるハジメに耳を塞ぐかドン引きするクラスメート達は、元の世界から谷口鈴と共にイッセーという異常者にくっついていただけの大人しい女子だと思っていた中村恵里に恐怖している。
「やめてぇぇっ!!」
先程の魔人族の女――カトレアとの戦闘跡も相俟って、すっかり場が地獄絵図となっている中、ハジメの生存に喜ぶ暇もなく、今まさに殺されかけていると認識していた白崎香織が苦痛に叫ぶハジメの背中に向けて駄目押しの一発を叩き込もうとしていた恵里に向かって飛び出す。
「おっと」
「ぅ!?」
しかしそんな香織の命がけの突進も虚しく、呆気なく避けられてしまうと、これまたあっさりとハジメから離れる。
「誰かと思えば、色々と余計な真似をしてくれちゃった白崎さんか……」
「くっ……! も、もうやめてよ! ハジメ君をこれ以上傷付けないで!!」
距離を離した恵里の前に、ハジメを庇うように立つ香織が涙目になりながらも恵里を睨む。
「どうして! どうして兵藤君もアナタも谷口さんもハジメ君を!? 恨みなんてないでしょう!?」
「か、香織……」
香織からすれば、今の恵里や……そんな恵里の所業を目の前に無関係だとばかりにヴァーリなる謎の男と相対して、周辺を少しずつ破壊しながら圧力をぶつけ合っているイッセーやスズ……。
「雫ちゃんも! 前の雫ちゃんはあんな子じゃなかったのに!」
そして、この世界に召喚されてから考え方が理解できなくなるくらい変わってしまった雫に向かって悲痛な叫びを放つ。
「これ以上ハジメ君を傷付けることも、雫ちゃんを悪い道に誘うのもやめて!! 返してよ!!」
「………」
まるでヒロインっぽい事を言いつつ、ちゃっかり治療師の力を駆使してハジメを治癒している香織に、恵里は――そしてヴァーリとメンチの切り合いをしていたイッセーの傍に居た鈴――そして雫は『え?』と目を丸くする。
「えーと、ごめん。急になに?」
「ちょっとごめんねー? どゆことカオリン?」
「あの……悪い道ってなんのこと?」
「え?」
「「「え?」」」
『え?』
一瞬だけシリアスな空気が消し飛ぶやり取り。
「だ、だってハジメくんをいじめてるし、雫ちゃんに変な事を言って悪い道に誘ったし……」
「誰が?」
「だ、だから兵藤君が……」
「いっちーが? なんで?」
「な、なんでって状況からして……」
「あの香織? 別にイッセーくんは南雲君を苛めてるわけではないわよ?」
「へ?」
もとは親友同士だった相手と久しぶりに会話する香織は、その親友の微妙に困惑した様子を見て同じく混乱する。
「だ、だって雫ちゃんが急に兵藤君についていくって……」
「ええ、本人は当初あっさりと『うざい、消えてろ』と突っぱねたけどね」
「そう言われたのに勝手に付きまとったんだよ、このドMビッチは」
「うん、だからスズ達がシズシズを悪い道ってのには誘ってないよカオリン?」
「で、でも! 前の雫ちゃんじゃなくなってるもん!」
「私自身変わったつもりは無いけど……。
しいて言うなら取り繕うのを辞めただけで……」
「違うもん! こんなの私の知ってる雫ちゃんじゃない! ハジメ君が苛められてるのに、何もしないなんて私の知ってる雫じゃないもん!」
「それはだって、元々吹っ掛けてきたのは南雲君ではあるし……」
「ほら! やっぱり!」
「なにがやっぱりなんだろ?」
「さぁ? (さっきから白崎さんが暗に南雲のことをイッセーより下扱いしてるせいで、地味に南雲に精神ダメージ貰ってるんだけど、気づいてないのかな?)」
「のう、お互いの今後を考えたら、あまり関わり合うのは辞めた方が良いのではないか?」
一切の悪気はない香織の擁護発言が却ってハジメの精神にダメージを与えているなと、あれこれ言ってくる香織に対して、最早どうして良いのか解らずに居るクラスメートの中に居る天之河光輝の幼馴染みなだけはあるなと恵里は思ったそうな。
「随分と向こうは――お前の知り合い達が愉快な事になっているようだが……」
「俺には関係ないな」
「……相変わらずの男だなお前は。
リアス・グレモリーに受けた仕打ちによって壊れたまま、何も変わっていない」
「けっ、懐かしいカスの名前だぜ……」
「お前からすれば思い出したくもない名だろうけどな。
特にアイツの妹であった白音は……」
「まったくだな――と、言ってやりたい所なんだがな、あの白猫のチビに関しては正直忘れようにも忘れられないぜ」
「だろうな……。
なあ赤龍帝ひとつだけ聞かせてくれ……彼女とはどうなった?」
恵里達がハジメ達とひと悶着起こしている状況を背に、イッセーはあらゆる意味で懐かしき者との再会を無意識に会話という手段を使って楽しんでおり、ヴァーリの傍で怯えながらも立ち向かおうとする意思のある目をしている魔人族のカトレアを一瞥しながら、先に死んだヴァーリより後にあったことを少しだけ語る。
「べつに何もない。
お前が死ぬ前となんら変わらない。
鬱陶しく付きまとってくるからぶちのめして―――やっとこさぶっ殺してやったさ」
「…………。そうか、お前が勝ったのか」
ヴァーリとの戦いを制し、その瞬間を以て二天龍の宿命も完全に終わらせ、そして吐き気すら催す執念のみで自分達の更に先の領域に到達していた白い猫をも殺したと語るイッセーに、ヴァーリはどこか憐れむような――そして悔しそうな表情を浮かべる。
「黒歌には言いにくい話だなこれは……」
「黒歌……? どこかで聞いたような――」
「白音の姉だ。
お前もかつて何度か戦ったことがあるだろう?」
「へっ、俺は一々殺った畜生のツラも名前も覚えてられない質なんだが、そういや居たな。
今の名前が出た途端、何故かそこのガングロメス畜生が不満そうなツラしながら無言でお前のふくらはぎにローキックしてるわけだが……」
忘れようにも忘れられない白音という怪物の姉がかつて居たことをヴァーリからその名を聞くことで思い出したイッセーは、その名前が出た途端、不満顔でヴァーリのふくらはぎに向かってローキックをしているカトレアの奇行に軽く引いている。
「何時もの事だからあまり気にするな。
何故かカトレアは黒歌の事となると機嫌が悪くなる」
「……あ、そ」
「このっ! このっ! あの乳お化けメス猫!」
ゲシゲシとカトレアに蹴られているのに、ノーダメージであるヴァーリの様子がシュールに見えるイッセーは若干ながら気が抜けそうになるが、カトレアの悔しげな発言に『はっ』と何かに気づく。
「…………。おい、そこのガングロメス畜生はどういう訳かあの黒猫とは顔見知りのような言い方をしてるがよ……」
「? ああ、黒歌はこの世界に居るぞ。
昔と同じく今もコンビを組んでいるから、同じチームであるカトレアとも知り合いだ」
「……………」
あっさりと白状するヴァーリにイッセーはとてつもなく嫌そうな顔をする。
というのも自分を殺したいほど恨む者は数多くいるが、黒歌は特に自分を恨んでいたのだ。
妹を怪物に変貌させたばかりか、妹の想いに唾を吐くように切り捨てたイッセーを。
「チッ、ここに来て厄介なのが居たとはな。
ということは今ここでオメーと殺し合ったら、あの黒猫女が来るのか……」
「まあ、そうなるかな」
今の状況で実質2対1に持ち込まれるとなると、流石のイッセーも不利を悟るしかない。
白音という稀代の怪物猫と比べたら若干薄いところがあるが、あの姉の方も姉の方で、当時コンビを組んでいたヴァーリと共に異次元の速度で進化したのだから。
「心配しなくても黒歌は今別件で動いている。
正直俺としては今ここで殺り合うのは止めて、後日改めて邪魔が居ないどこかで存分に戦いたいと思うのだが……。
どうも今のお前には、お前を慕う者が何人かいるようだし、巻き込むのはお前とて不本意だろう?」
「…………」
そんなヴァーリの言葉にイッセーはムッとした顔をしながらも構えと圧力を解く。
「俺たちが殺し合う場所としてはここは些か狭いしな?」
「チッ……」
「ははは、お互い少しだけ昔から変わったな赤龍帝? 昔のお前ならこんな交渉すら応じず問答無用で殺しに来ただろう? そうでなければお前があの竜人族の女と行動を共にしなかったしな」
「けっ! 彼女はドライグの嫁候補だからだよ」
「は?」
『なんだと? 赤いのお前、あんな小娘と……?』
『ち、違う! 向こうが勝手にだな……!!』
流石に今の状態で二人まとめて相手をすればタダでは済まないと解ったイッセーが矛を収めるのを少し面白そうなものを見る目をするヴァーリだったが、傍にいた竜人族らしき少女がドライグの嫁候補という話には流石に相棒の白い龍ことアルビオン共々驚き……そしてドライグがロリコンなのではないかと疑う。
『赤いのお前……いくらなんでも若すぎるだろう。
オレの見た限り、あの小娘はまだ1000年も生きてないと思うが……』
「560年ちょいだよ」
「ドラゴン基準では若いな」
『だから違う! ティオが一方的に――』
「よく言うぜドライグ? この前初ベッドインしてから毎晩一緒に寝てんだろうが」
「えぇ……?」
『手が早すぎて引くぞ赤いの……お前も変わったな』
『ちがーーう!!!!』
こうして世界を破壊する規模の闘争は回避されるのであったのだが……。
「ウォラァァァッ!!」
「ぶっ!?」
「ちょ、えりりん!?」
最悪なことに、別の誰かがイッセーの地雷を踏んでしまった。
「……………………………………………」
「カトレア、離れるぞ」
「へ? な、なんでだい?」
「一応何度も奴とは殺り合ってきたからわかる。
今、奴の中のスイッチが完全に切り替わった……」
そもそも虐めてすらないのに何故か虐めの主犯格のような言い方をされた時点でイラッとなった恵里。
確かに、向こうでこっちを見ているクラスメート達の中からこちらを吐きそうな顔で見ている檜山等がかつてハジメを虐めていたのは知っていたし、興味もなかったのでほっといた――という意味では虐められていた側からすればイッセー達も同類だと見なすのかもしれない。
とはいえ、それは他のクラスメート達も同じなのだからイッセーだけが槍玉に挙げられる謂れはない――と、ギャンギャンとあーでもないこーでもないと騒ぐ白崎香織を少し黙らせてやろうかと考えた恵里は、香織の治療師の力によって義手以外の部分を回復させたハジメの不意打ち全力顔面パンチによって殴り飛ばされてしまった。
「ぜぇ! ぜぇ! ぜぇ!」
「は、ハジメくん……?」
「た、助かったぞ白崎。
だが、頼む……向こうで倒れているユエとシアも治療してくれ……。
この神薬を使えば、なんとかなるはずだ……」
「え? う、うん……!」
自作していた回復薬を手渡しながら、ユエとシアの治療を香織に頼んだハジメは、地面に横たわる恵里と、その恵里に駆け寄る鈴と雫―――そして恐ろしい程無表情でこちらを見ていたイッセーを睨む。
「横から勝手にしゃしゃり出て、オレの仲間を傷付けて……オレを見下して……! 気に食わねぇ、テメー等全員オレの敵だっ!!」
怒号と共にハジメは本気を越え、全力の先である全戦力を解放する。
左腕の義手は使い物にならなくなっているものの、それでも極限まで追い詰められた事で脳のリミッターが外れたせいか、それを不利とは思わず寧ろ妙な万能感すら感じる。
「よ、よせ南雲!」
そんなハジメの放つ圧に驚き、戦慄しつつもこのままでは仲間である雫にも襲い掛かるのではないかと思った光輝や龍太郎が咄嗟に止めようとハジメに掴みかかろうとするが、そんな二人をハジメは右手の裏拳でまとめて吹き飛ばす。
「ぶばっ!?」
「ぐほっ!?」
「こ、光輝!? 龍太郎!?」
「な、なにやってのよ南雲!?」
「邪魔をするナァ……!」
怒り狂い、脳のリミッターが外れたせいか野獣のような形相でクラスメート達を黙らせたハジメは、ギロリとイッセー達へと視線を戻すと、ちょうど『いたた……油断しちゃったよ』とあまりダメージが無さそうな様子の恵里を抱えていたイッセーを見る。
「げ、眼鏡が割れちゃったし奥歯がグラグラする……」
「顔も腫れているわよ……」
「だ、大丈夫?」
「え? うんべつに……って、イッセー?」
「………………………」
眼鏡が割られ、殴られた箇所がいつぞやの雫の時のように腫れている恵里自身は心配する鈴と雫に大丈夫だと返すも、イッセーが無言でそんな恵里の頬に触れ始めたせいか借りてきた猫のようにフリーズしてしまう。
「……」
「い、イッセー……?」
「お、おっふ……」
「い、いっちーの手付きがなんか……おっふ」
優しく、そして慈しむように頬を撫でるイッセーに、ちょっとドキマギしてしまう恵里に吊られて『おっふ』する雫と鈴だったが、そのまま優しく恵里を下ろしたイッセーの表情が――――
「くっくっくっくっ……!」
「「「おっふ……」」」
見たこともないくらい凄まじい形相で嗤うのだから、三人娘の口から二度目となる『おっふ』が飛び出る。―――別の意味で。
「ね、ねぇヴァーリ? あの男、笑ってるけど笑ってない気が……」
「完全にスイッチが切り替わるとああなるんだよ。
……しかし、見た限り少々歪とはいえ、人間が奴をああさせるとはな。
ある意味快挙とすら思うぞ」
そんなイッセーを見たカトレアは怯え、ヴァーリは『俺、しーらない』とばかりに白髪の少年の行く末に南無南無と手を合わせるのだった。
「そんなに俺と殺り合いてーか白髪野郎? 良いぜ、殺ってやるよ」
「うっ……!?」
こうなったら最早止まらないイッセーは、自身の力に適応し始めていた恵里に、ヴァーリがカトレアにしたのと同じく自身の力を注いで治癒力を高めさせると、ぽわーんとした顔をしている恵里の頭を撫でながらニタニタとハジメの前に立つ。
その異質さに一気に怒りが引いて冷静になってしまったハジメは全身を氷付けにされたかのような恐怖が駆け巡るが……もう遅かった。
「初めてだわ。人間相手にこんな気分になったのは……。
一応こんなでも人間相手には加減くらいはしてきたんだからな」
『Welsh Dragon Balance Break!』
イッセーの全身を赤い龍の鎧が包み込む。
『&#Lonsday Light Power』
そしてその赤き鎧が黄金に輝いた時。
「陳腐な台詞だが、敢えて言ってやるよ―――
地獄以上の恐怖が始まるのだ。
―――――恐怖を教えてやろう……!」
「地獄の九所封じその1――大雪山落としーーっ!!!!」
終了
補足
感情がぐちゃぐちゃになりすぎて、最早どこに怒りを向けて良いのかもわからんくなってるハジメさん。
まーその……イッセーもイッセーなんでお互い様やね