結局一週間近く待っても畑山愛子が戻ってくることは無く、その時点でイッセー達は『任務放棄』と判定し、別に報告義務こそないし、する必要性もあまりない気はしたものの、一応仕事を振ってきた教会側に説明をするべく、一度王国へと戻るという話になった。
「えー……? 俺が行く意味とか無いだろ」
「無いと言えば無いでしょうけど、居ないと居ないであらぬ疑いを掛けられるわ」
「別に誰に何を疑われても、どうでも良いんだけどねー……」
魔物の大群を殲滅させた事により、既にウルの町の人々からは守り神的な扱いにまでなっているイッセーは、実は案外住み心地が良かったりするこの町で半自給自足な生活を気に入ってしまっているらしく、一度ハイリヒ王国に戻ろうと言う雫に、町の長が用意してくれた家の寝室のベッドの上でゴロゴロとめんどくさそうな態度だ。
「八重樫さん一人で行けば良いんじゃない? ついでにそのまま戻ってこなくても良いし」
「そうは行かないわよ。
そろそろ香織に南雲君の生存について話しておきたいし、畑山先生の事もちゃんと話しておかないと……」
ベッドの上でゴロゴロしながらめんどくさいと宣うイッセー達に、それでも真面目な雫はそこら辺のケジメだけは付けておかないと後々面倒な展開になるだろうと話す。
「正直言えば、確かにここでの生活は悪くないとは私も思うわ。
だからこそ今後何の柵も無い生活を送りたいのなら宙ぶらりんとなっている任務の後始末だけはしなければならないわ」
決して間違ってはいない雫の意見にイッセー、鈴、恵里の三人は『確かにそうかも』という気持ちに傾く。
ちなみにドライグとティオはこの場を留守にしており、二人は現在町の外へと出て、それぞれ龍と竜に変化してお空のデートをしているらしい。
「まー……言わんとしている事はわからなくもないわな。
仕方ない、一旦戻って任務は失敗した的な報告をしに行くかぁ」
「はぁ、勝手に任務を放棄したのは畑山先生なのに、なんでぼく達が……」
「そこら辺の事を説明すれば良いんじゃない?」
こうして、世界を越えて結成されたチームD×Dは生きているのか死んでいるのかすら最初から無関心のクラスメート達が居るであろうハイリヒへと一旦帰還する為に、お空のデート中のドライグとティオを呼び戻すのであった。
「………ん?」
「どうしたのイッセー?」
「……いや、今遠くで気配が」
何かを感じながら……。
「まさかな……」
徹底的な挫折と恐怖を与えられた南雲ハジメは、任務を放棄してでも自分を気遣ってくれた畑山愛子を仲間として迎え入れ、叩き込まれた苦痛により、イッセーという存在がトラウマとなりつつあったものの、退くわけにも止まるわけにもいかないと、何とか自分を鼓舞しながら復帰することに成功をした。
まだイッセーのせいでイカれてはなかった愛子を加えてフューレンへと戻ったハジメは交渉を上手く進めさせ、ひょんな事から助けた海人族の少女にパパ呼ばわりされたりと、少しずつイッセーから与えられた恐怖を忘れるようになってきた。
その後、これまたひょんな理由からハイリヒ王国へと戻る事になった。
そしてそこで再会した遠藤というクラスメートだった男子からオルクスの迷宮の89階層に魔人族が現れたので助けてくれと懇願される。
その懇願に対して、ハジメもハジメでどこか精神が壊れたまま突き抜けてしまった道を歩んだイッセーに考え方が無意識に近くなってしまった事もあって断ろうと考えたが、義理を果たしたい相手が居るという理由により結局は了承し、オルクスの迷宮へと再突入するのだった。
そしてキズだらけとなっていたクラスメート達の中に、その義理を果たしたい相手――白崎香織が居ることを確認して内心安心したハジメは、魔人族の女を倒し、『殺す必要はない』と宣う天之河光輝の訴えを無視し、魔人族の女にトドメを刺そうとした―――
「殺りなよ。
こんな所で死ぬとは思わなかったし、心残りはあるけど、あたしの敵は―――『アイツ』がとってくれる」
「そうかい。
それならそいつも必ずお前の後を追わせてやるよ」
―――――――その
「任務失敗。査定大幅マイナスだな」
『っ!?』
突如響き渡る誰のものでもないその声に、トドメを刺さんと銃のトリガーを引き掛けていたハジメの手が止まってしまう。
「なっ!?」
その一瞬の緩みの隙を突かれるように、今まさにトドメを刺さんとしていた満身創痍の魔人族の女の姿が忽然と消えた事にハジメは大いに動揺をしつつもとっさに気配探知のスキルを使って気配を探り―――二メートル程前にそれが居ることを探知し、銃口を向けながら目を凝らす。
するとそこに居るのは満身創痍である魔人族の女と、その女が信じられないとばかりに目を見開きながら、女の身を若干雑に抱えている青年。
「あ、アンタ……ど、どうして……?」
魔人族の女としてもこの謎の男の出現は予想もしていなかったといった様子であり、ハジメ達は謎の援軍が来たと内心舌打ちをする中、段々と見えてきた青年の姿に息を飲んだ。
「フリードから聞いてね。
俺がスカウトした者の中では最弱であるお前一人の任務というとは少しばかり心配だったんだ。
案の定――といっても予想外の展開にお前は完全に後手に回された挙げ句死にかけていたようだからこうして割り込ませて貰ったのさ」
灰色に近い銀髪と深海のような蒼い目をした美青年。
一見すればその青年に抱えられている魔人族の女よりも遥かに人間と見紛えるその青年は、『だ、だって……』と叱られた犬のように拗ねる魔人族の女を下ろす。
「任務は終わりだ。引き上げるぞ」
「だ、だけど……!」
「フリードには俺から言っておくから心配はするな。
ここでお前を無意味に失うわけにはいかない」
「っ!? (こ、こいつ! オレの攻撃がまるで通じてないのか!?)」
当然、その隙だらけの姿を見逃すわけがなかったハジメは手に持っていた銃を打ち込むが、その弾丸は全て青年の身体を傷つける事ができず、青年もハジメや勇者御一行に一瞥もくれずに魔人族の女の頭に手を乗せる。
「応急処置にしかならないが、俺の力をお前に分け与える。
そうすれば動けるくらいには回復できる」
「うん……。
あ、ありがと……」
青年の言葉通り、青年の身体から流れ出る白い光が魔人族の女の全身を包むと、瞬く間にハジメから与えられた致命傷を含めたキズが塞がってしまう。
「まずい、あの魔人族……回復してしまった」
「ど、どうしますハジメさん? あの男の人も只者には見えません……」
「………………」
応急処置どころか、見た目だけなら完全に回復している魔人族の女は、自身のダメージの具合を確かめながら立ち上がると、口を歪めた笑みを浮かべながらハジメ達の前に立つ。
「ふ、ふふふ! あたしも運が良い。
どうやらここで死なずに済みそうだからねぇ?」
「……チッ」
どうやら戦闘を続行するつもりらしい魔人族の女にハジメ、ユエ、シアは陣形を組ながら構える。
正直この魔人族の女自体は大した事はないが、その後ろに控えるあの謎の男は厄介そうだとハジメは感じていた。
「よせ、引き上げると言っただろうカトレア? 帰るぞ」
しかしそんなハジメ達の警戒を他所に、銀髪の青年はカトレアと呼んだ魔人族の女に撤退を命じる。
「な、なんで!? そりゃあさっきはフリード様に借りた魔物共に任せっぱなしで油断してたけど、今度は――」
「今のお前ではそこの人間達には勝てないよ。
特にそこの義手の男にはな」
「な……」
「何故ならお前はまだまだ発展途上だ。
だから今は引け。そうすれば俺がお前を強くする」
「………………」
青年の言葉に、カトレアと呼ばれた魔人族の女は渋々矛を収める。
「わかったよ。
下手をしたらあたしはそこの坊やに殺されていたところをアンタに助けられたことだしね……」
そう言って、さっさと青年と共にその場を去ろうとしたその時、ハジメがその足元に向かって銃撃をする。
「これだけの真似をしておきながら、タダで帰れると思ってんのか?」
ハジメのその言葉に、助かったかもしれないと安堵しかけていたクラスメート達はギョッとなるが、ハジメは知らない顔をしながら特に銀髪の青年を睨んでいると、傍に居たカトレアが呆れた顔をする。
「後ろの坊や達よりは出きる坊やだと思っていたけど、わからないのかい?」
「なんだと……?」
「あたしは確かにアンタにしてやられたのは事実だけど、こいつは違う。
こいつがここに来た時点で戦況は完全にひっくり返ってるのさ」
アンタ等の負けって意味でね。
そう銀髪の青年を指しながら語るカトレアにハジメの目付きはより鋭くなる。
「そいつが、オレ達全員を皆殺しにできるとでも言いたいのか?」
「だからそうだって言ってるだろう? あたし程度を殺す寸前まで追い込めて余程気分が良いみたいだけど、こいつはあたしなんかとはモノが違うのさ」
「……………」
お前達人間では絶対に勝てない。
そう断言するカトレアに、ハジメは先日自分を叩きのめしたイッセーの姿が頭の中に過り顔を歪める。
「負けたお前が挑発をするなカトレア」
「う……わ、わかってるけど、あの白髪の坊やが……」
「そこそこの経験を積んでいるのは見てわかるだろう? それを見抜けなかったお前が言うだけ小物みたいにしか見えないだろう?」
「あ、あたしは別に大物になる気なんてないよ。
元々ここまでになれたのもアンタのお陰だしさ……」
そうチラチラと照れ臭そうに話すカトレア。
「俺はただ切っ掛けにすぎない。
ここまで来たのも、その先に進むのも全てはお前次第だ」
「ぅ……きゅ、急にそんな顔をするのは卑怯だよアンタ」
「?? なんの事だ? それより早いとこ引き上げるぞ、スープの仕込みの最中だったんだ」
「ま、またあのらーめんってやつかい? ホント好きだね……」
「お前だって結構美味そうに食うじゃないか?」
「ま、まあ……正直アンタが作ってくれるものならなんでも――」
そんなカトレアにそう返しつつ雑談さえかます余裕を見せる青年は、我慢の限界だとばかりにいつの間にか重火器を構えていたハジメに気がつくと、忠告するように片手を上げる。
「よした方が良い。
それは武器だと思われるが、その程度では俺は殺せない」
「なんだ――――っ!?!?」
忠告をする青年がなぜかイッセーに被って見えてしまうハジメは、ついカッとなりかける。
しかしその瞬間、青年の身から発せられるけた違いのパワーの奔流にハジメのみならずユエ、シア……そして傷だらけのクラスメート達は重苦しい
「俺を殺せるのは、あの男だけだったからな」
その異次元の重圧がまたしてもイッセーと被ってしまったハジメは、トラウマを掘り起こされたかのように震え出しながらも、ユエ、シア、クラスメート達と共に見たのだ。
「うちのカトレアが世話になったお詫びとして、俺の名前だけは教えておこう」
青年の背に広がる白銀の翼を――
「俺の名はヴァーリ――地の底から這い戻った白龍皇」
天から叩き落とされ、這い戻りし己の名を。
「人でもなければ魔でも龍でもない――ただそこに居るだけの
簡易人物紹介
ヴァーリ
ご存じ白龍皇。
イカれルート入ったイッセーこと赤龍帝や白い猫とは過去何度も殺し合ったのだが、最後の最後で敗北し、そして死んだ筈の男。
過去世界ではイッセー、白音たん、ヴァーリきゅんで三大災厄と呼ばれるまで進化していたので、実はその力は普通に人外クラス。
何故生きているのか、何故この世界にいるのか、何故魔人族側なのかの詳細は現状不明だが、目に止まった魔人族何人かをスカウトしてチームを結成しているもよう。
カトレア
原作ではハジメに負けて殺された魔人族の女だが、この世界では過去に出会っていたヴァーリの目に止まることで人外ルートに踏み込むかもしれない、チームの新参者。
現状はまだ原作レベルだが、生き残った事でそうはならなくなる可能性は高いまである。
ちなみに、恋人は居ないとのことで、その原因はヴァーリにあるとかないとか。