色々なIF集   作:超人類DX

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恐怖

 

 

 

 少女は竜人の一族の姫だった。

 

 少女は『その日』が来るまで、数百年を掛けて築き上げてきた楽園と呼ぶ世界の片隅で家族達と共に静かに生きてきた。

 

 しかし少女は『神』によって父や故郷を喪った。

 

 そのつもりは無かったというのに、神に牙を剥く『神敵』と見放され……。

 

 少女は喪った。

 故郷を、家族を――それまでが当たり前だった平穏の全てを神によって。

 

 

 月日が経った今でも忘れることはできない。

 戦いによって傷を負った父からの最期の言葉を。

 

 一族としての誇りを――

 

 そして――伝説の帝王を。

 

 

『帝王は必ず存在する。

神が唯一恐れ、神をしてもその存在を抹消することも敵わない最強のドラゴン。

ティオ、お前には幼い頃から伝説として教えたな? だがそれは決して伝説ではない。

確かに帝王は――赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)は実在する! だからお前は生きなさい! そして耐えるのだ! 異界の伝説がこの世界に降臨するその時まで!』

 

 

 父を喪った。母を喪った。故郷も喪った。

 

 しかしそれでも少女が『希望』を捨てなかったのは、父や母から聞かされてきた伝説の赤い龍の存在があったから。そして父自身が、伝説は決してお伽噺ではないのだと教えられたから。

 

 

 異界にて神により、人の身に宿る神器として封じられし二天龍の片割れ。

 悠久の時を受け継がれた人間と共に片割れの白い龍と戦いを繰り広げ、最期の器との邂逅により神をも屠る領域まで到達せし最強唯一の赤き帝王。

 

 砂粒よりも小さき望みでしかないのは、自分だってわかっていた。

 

 けれど、それでも少女は伝説を伝説として想い馳せるだけで終わるのは嫌だった。

 

 最後の相棒となる人間と共に龍の頂点へと到達し、様々な神を粉砕した――神に見放された者達にとっての英雄を。

 

 

 そんな少女の想いを誰かが汲み取ったのか……それとも単なる偶然と奇跡なのか。

 数百年という時を経ても尚、赤い龍への想いを変えることなく探し求めてきた少女は遂に見つけたのだ。

 

 

「………………」

 

「お、おう……? どうしたドライグ? 生身で寝るのが久々でよく寝れんかったのか?」

 

「…………………………………………解ってる癖に、わざと惚けたことを言うなよイッセー」

 

「………………。なんかごめん」

 

 

 想い馳せたその姿よりも、理想以上だった赤い龍を。

 

 

「~♪ あ、おはようなのじゃ宿主殿」

 

「………あ、ああ、ど、どーも」

 

「? 何故そんなによそよそしいのじゃ?

あ、そうか……妾の声が気に入らないのじゃったな、そういえば……」

 

「や、まあ……でも――」

 

「……よし! それならば妾は喜んで二度と声が出せなくなるようにこの喉を潰そう! それならば宿主殿にもドライグ様にも不愉快な思いを少しはさせなくて――」

 

「ま、待て待て待て待て!? そこまでしなくても良いっての!」

 

 

 

 

 

 

 かつての世界でドラゴンすらも皆殺しにするほどに怒りと憎悪の赴くままに生きてきたイッセーでも、恵里や鈴が生きる世界に生まれ変わり、そしてそれなりに共に生きてきた事で実はひとつだけは後悔していたのだ。

 

 

(流石にドライグの同族まで皆殺しにしたのは良くなかった気がしてたんだよなぁ。

お陰でドライグの嫁さん候補も居なかったし……)

 

「ドライグ様~♪」

 

「…………」

 

 

 ドライグの同族を皆殺しにしてしまったことへの後悔。

 もっとも、当時の下馬評では二天龍の片割れと呼ばれていたドライグよりも上位種と目された無限の龍神と真なる赤龍神帝を決闘で倒して殺した事への罪悪感は全く無いし、ドライグ自身もその二つのドラゴンを超えられた事に対して喜んでいた。

 

 とはいえ、下位種までその勢いで全滅させたのは、今思えば必要な事ではなかったかもしれない――――と、凄まじくげんなりした顔でティオというこの世界を生きる竜族の少女にひっつかれているドライグを見て思う。

 

 

(確かにあのクソ悪魔女の声に似てるは似てるんだが……こうも見た目やら喋り方が違うとなぁ……。

なにより、ドライグに近い種族ってのがデカいよなー……)

 

 

 自分自身でも実は驚いている事の一つなのだが、どうにもこのティオなる女は、自分の中の殺してやりたいという気分を削いでくるし、実際ティオのドライグへの懐きっぷりを見ていると殺意より戸惑いの方が勝ってしまっている―――という自分の気持ちにイッセー自身は困惑するのだ。

 

 

「いい加減オレから離れろ小娘。

オレはそろそろイッセーの中へと戻る」

 

「む……そう、ですか」

 

 

 これが仮に竜族でもなければ秒でさようならしていたのだろうが……。

 ドライグに言われ、悲しげな顔をしながら離れるティオを見ながら、イッセーは暫く様子を見ていこうと、戻ろうとするドライグに言う。

 

 

「分離した時にドライグの力と無神蔵を半々に分けているだろ? 再統合(リユニオン)しなきゃなんない程追い込まれてるって訳でもないし、暫く分離したまんまにしとこうぜ?」

 

「!」

 

「……。オレは不要なのか?」

 

「バカ言え、んな訳あるかよ。

ドライグが居なきゃ俺は今でも半端なバカだって自覚してるし、今までもこれからも俺はドライグ無しじゃ無理だ。

けどよ、ドライグってやっと神器としての枷が外れたってのに一向に自由になろうとはしないだろう?」

 

「お前が枷を外してくれた時から――いや、お前が最後の宿主となってくれた時からオレはお前の力となることに不自由なんて感じなかったからな。

それは今でも変わらん。お前の中でお前の相棒として死ぬまで共に生きる事がオレの生きる意味なのだ」

 

「はは、こんな人格破綻者に成り下がった俺にそこまで言ってくれるのはドライグぐらいだって俺もわかってるよ。

でもよ……ちったぁ俺と誰かをぶちのめす事以外にも目を向けてみてもいいんじゃないのか?」

 

「…………………」

 

「ま、そういう訳だからよ竜女。

今はまだお前をぶち殺したりはしねーから暫くドライグを頼んでやらんこともねぇな?」

 

「!!!? ほ、本当か――「ただし!」――っ!?」

 

「もしもお前がドライグを裏切るような真似をしたら……その時は確実に俺はお前を殺す。

ただ殺すだけじゃねぇ、俺が持ちうる全ての手を使ってでも俺はお前をとことん苦しませてから殺す」

 

 

 

 ドライグ自身に自由を楽しんで貰うからこそひとつには暫く戻らない。

 ティオに忠告という名の見えない釘を刺したイッセーは、幼き頃、適当に作詞作曲した『おっぱいドラゴンの歌』のサビ部分を口笛で吹きながらなんとも言えない顔をするドライグを背にその場を去るのであった。

 

 

 

 

 

 イッセーの力の全てはこの世界に召喚される前からの自前であり、そして内に宿すドラゴンすらも元の世界から共に在った。

 

 そんな嘘にしか思えない事実を聞かされた南雲ハジメは、それが嘘には思いたかったけど思えなかったし、納得もしてしまうのだ。

 

 何故イッセーの性格がああも傲慢であるのかを。

 

 

「…………」

 

「清水君の身柄は王宮に報告し、元の世界に帰る方法が見つかるまでの間、預かって貰う事になりました。

……どちらにしても、全身の骨が徹底的に砕かれてしまって再起不能となっていますし、清水君自身精神的に衰弱してしまっていますから……」

 

「ああ……」

 

 

 当初の依頼となる捜索人は生きている状態で発見し、無事に依頼主へと届ける事は出来そう――という意味では成功だし、依頼を受ける前に依頼主との間で行った交渉も上手く行くだろうという確信がある。

 しかしハジメの気分はどこも晴れない。

 

 

「ティオはどうするの? まさか本当にあの人達と一緒に……?」

 

「うむ。

妾の目的は一つは果たされたが、それはあくまで序章に過ぎぬから」

 

「えーと、それはそちらの厳つい顔をした――」

 

「…………………………………」

 

「ぴぃ!? ご、ごめんなさい! つ、つい……」

 

「…………………………………………………………」

 

「当然、ドライグ様のお嫁さんになる事じゃ!」

 

「……。あまりお勧めはできない。

その赤い龍はまだまともだろうけど、あの人間は――」

 

「? おかしな事を言うのお主等は? ドライグ様がまともであるだの、宿主殿がまともじゃないだのというのは何処の誰が決めたのじゃ?」

 

「「…………」」

 

「お前さん達だって、人間の小僧(ボン)と共に旅をしておるのじゃろう? そういう意味では似たようなものではないのか?」

 

「……。ハジメはあの男とは違う」

 

「そ、そうです。私のような亜人にも優しいんです……!」

 

「なら、それで良いじゃろう? お主達にとってあの小僧(ボン)はまともに見えるように、妾にとってドライグ様と宿主様はまともに思える……。

なにか問題でもあるのか?」

 

「あなたが殺されるかもしれない」

 

「そうかもな。

じゃがそうなれば、妾の器が所詮それまでだったというだけの事じゃ」

 

 

 あの男に深く関わる者は総じてまともではなくなる。

 あのティオもきっと、近い内にあの男――イッセーのイカれ具合に染まるだろう。

 八重樫雫がそうなってしまったように。

 

 

「なるほどね、ドライグのお嫁さん候補を探す為に敢えて分離しておくと」

 

「ああ、声はアレだけど、ああもドライグ自身に懐くのなんて天然記念物レベルだからな。声はアレだけど」

 

 

「ずっと言ってるけど、なんでそんなにティオさんの声が嫌なのよ?」

 

「最初会って声を聞いた瞬間、凄い怖い顔したもんねいっちー」

 

「お前等の知らない所で……色々あったんだよ」

 

 

 

 ハジメそれが不安だった。

 決して言葉にも態度にも出しはしないが、ハジメは怖いと感じている。

 この世界が、ガン細胞のようにあの男の異常さによって侵食されてしまうのではないかと……。

 

 

「本当に香織には教えなくて良いの?」

 

「ああ……」

 

「そう。それならば、南雲君には南雲君なりの考えがあるんだと思うから、アナタの生存については手紙には書かないけど……」

 

「……そうしてくれ」

 

 

 既に半分以上はそのガン細胞に犯されている雫にはハイリヒ王国に居る香織に自身の生存を教えないようにと釘を刺すハジメの視線はずっと離れた箇所から自分達のことなんて興味すらなさげに恵里や鈴達と談笑しているイッセーへと向けられており、その視線に気付いている雫は、ちょっとした親切心でハジメに耳打ちをする。

 

 

「今更こんな事を言うのは遅いのかもしれないけど、彼に関しては深く気にしない方が良いわよ。

下手に気にするよりは、彼はああいう人間性なのだと割り切れば――」

 

「戦った所でお前じゃあ勝てないから関わるな――そう八重樫は言いたいのか?」

 

「すごい大雑把に言ってしまえばね。

だって南雲君ったら、再会してからずっとイッセー君に対して苛立ってばかりじゃない?」

 

「…………」

 

 

 雫の指摘に軽く視線を落とすハジメ。

 

 

「彼は彼、アナタはアナタ。

そうねー……お互いに違う世界を生きているというべきか、TVに出ているタレントを見ているような気持ちを持てば良いわ。

そうすれば一々苛立つこともないでしょうし」

 

「オレごときじゃあ近づくことすら出来ないと言いたいのかよ?」

 

「だからそうじゃなくて……」

 

 

 本人は真面目なつもりなのだが、やはり大なり小なりイッセーの影響を受けているのか、ナチュラルに煽っている言い種な雫に、ハジメは鋭い目付きで睨み返すその姿に雫は内心『私くらい拗らせてるわね……』と、思う。

 

 

「だったら見せてやるよ……!」

 

「あ、ちょっと……!?」

 

 

 そんな雫の思った通り、ハジメは無限に沸き上がるコンプレックスによる怒りのまま、おろおろする愛子の制止をも振り切って雑談しているイッセーの前に立つ。

 

 

「? なんだ、どうかしたか?」

 

 

 恵里や鈴達と雑談をしていたら、何故か殺意剥き出しの白髪少年が睨んでいる――――と、イッセー目線ではそうとしか説明できない状況に恵里や鈴と共にきょとんとしていると、ハジメはその顔すらも気に入らないとばかりにイッセーにこう言い放つ。

 

 

「今すぐオレと戦え兵藤」

 

「はい?」

 

「「………」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チビな社会科教師に言われて仕方なく、元クラスメートらしい男子をお見送り的なことをしていただけというか、単に恵里や鈴とくっちゃべっていたらいきなり決闘を仕掛けられた。

 

 

「だ、だめハジメ……!」

 

「そうですよ! い、今のハジメさんでは……」

 

「お前達までオレよりあの野郎が強いと言うのかよ……? だったら見てろ……!」

 

 

 別にその喧嘩を買うなんて一言も言っていないのに、既に向こうはやる気満々で部下だかなんだかの人外種族二匹と何やら揉めているハジメを眠そうな目で見ながら、イッセーはため息を吐く雫を呼ぶ。

 

 

「おい八重樫。お前今そこの小僧となんか喋ってただろう? 急になんだよこの展開は?」

 

「先に断っておくけど、私は悪くないわよ? 常にアナタを見ながらイライラしてる南雲君に、一々気にしていたら疲れるだけだから、気にせず自分の目的の為に頑張って……みたいなニュアンスで言っただけだもの」

 

「それでなんであの白髪コゾーが殺る気満々なんだよ……意味わかんねーな?」

 

「どうせ、八重樫さんが無自覚に焚き付けたんじゃないの?」

 

「シズシズの小さな親切が、大きなお世話になっちゃった的な?」

 

「あの様子から見てそうかも。

でも『私は悪くないわ。』」

 

 

 必死に止めようとするユエとシアとまだ揉めているハジメへの親切心が普通に焚き付けたと解釈されている雫は少々不満げながらも、自分は悪くないと言い切る。

 

 

「ふむ。妾が洗脳から抜けた後、思い返せばシズクから宿主殿の話が出た途端、あの坊や(ボン)はあきらかに宿主殿を気にしておったな。

あの坊やと宿主殿間になにがあったのかドライグ様はわかりますか?」

 

「さてな。接点も関わりもなかったし、オレもあの小僧にはなんの興味も無いからな。

ただ、どうにもあの小僧はイッセーに対してコンプレックスを持っているらしい」

 

 

 別の箇所では、ティオと赤髪男となっているドライグが果物を呑気に噛りながら野球観戦している観客気分で見ている。

 

 

「あの坊や自身も中々の力を持っているようでしたが……」

 

「一応お前の洗脳を解かせるだけのものはあるのだろう。

だが、言ってしまえばあの小僧はそれだけだ」

 

 

 一応、洗脳から解けたのはハジメ達のお陰なのでティオにしてみれば恩人ではある。

 だがそれでもあの様子を見るに、ハジメではイッセーを倒せないと思った。

 

 

「あの小僧がそれなりの経験を詰んだとしても、この先力を上げたとしてもイッセーには勝てん。

100億回戦っても100億回イッセーが勝つ」

 

 

 所詮、普通(ノーマル)の感性である以上、イッセーには勝てない。

 そう締めたドライグはスッとティオに手を差し出す。

 

 

「?」

 

「今の果実をもうひとつくれ。

久々に直に食ったせいか、なんでもかんでも美味くてな」

 

「はい!ですが今度は妾の手でドライグ様に食べさせてあげるのじゃー!」

 

「要ら――むぐぁ!?」

 

 

 誰も彼も緩い空気を醸し出す中、ハジメ達だけはまるで死地に赴く者みたいな雰囲気を出しているので、落差が酷いとあわあわしつつも見ていた愛子や捜索人だったウィルは思ったそうな。

 

 

 

「取り敢えず頼むから南雲君を殺さないで」

 

「はぁ? なんだよめんどくせぇな……。

そりゃああの小僧はなんか歪ではあるものの人間と言えなくもないから、殺す対象からはギリ外れてるけどよ。

なんで喧嘩を吹っ掛けられてる側が、そんな事に気ィ効かせなきゃなんねーんだ?」

 

「お願い。

ここで南雲君に死なれたら、本当に香織が救われなくなるわ……」

 

「カオリ……? そういや前からお前はその名前を呼んでるが、誰だっけ?」

 

「あぁ、やっぱり香織の事すら視界に入ってもなければ記憶すらしなかったのね。

ねぇ、アナタって異性に興味ないわけ?」

 

「同じことを谷口と恵里に前も聞かれたが、そんなのあるに決まってんだろ」

 

「……」

 

「? なんだその目は?」

 

「いえ……」

 

 

 ユエとシアを振り切り、痩せた野良犬の威嚇を彷彿とさせるハジメが此方を睨んでいるというのに、殺すなと耳打ちしてくる雫に納得できない気分しかないイッセーだが、殺したい気分でもないので一応その通りにすることにした。

 

 

 

「お前は殺す……!」

 

「殺すて……。穏やかじゃないが、俺ってなんかしたか?」

 

「その態度が気に入らねぇんだよ!!」

 

「態度ぉ?」

 

 

 どこまでもすっとぼけた反応をするイッセーハジメの激昂する。

 

 

 

「ずっとそうだ! オレが無能だった頃からテメーは常にそうだ! オレが檜山だなんだにやられていた時もテメーは通り道の邪魔という理由だけで奴等をぶちのめした!」

 

(え?? そんな事あったか?)

 

「その時テメーはやられてるだけのオレを虫けらでも見るような目で見下した! オレの存在なんてテメーからしたらゴミなんだよってな!」

 

(ほー……? そんな覚えもないんだけど……)

 

「今もそうだ! テメーはオレにはなんの関心も持たねぇ! だから解らせるんだよ! 見下したそのゴミにぶちのめされる屈辱をなァ!!」

 

(えー……めんどくさ。てか別に見下してないし俺……。

態度か? そんなに俺の態度ってそう見えるのか?)

 

 

 どこまで行っても互いの感情が全く噛み合わない。

 

 

「オレは無能じゃない! もうテメーに見下されていた頃のオレじゃねぇ! だからぶちのめす! 兵藤ォ……テメーをなァ!!」

 

(仮に俺がこの……えーと、誰だっけ? あ、そうだ。ナグモだっけ? それを見下してたとしても、それを理由に殺すって辺り――なんだろ、屈折した生活でも送ってたのかねぇ?)

 

 

 

 どうにもハジメが自分を殺したい程気にくわないというのだけは理解できた。

 

 

 

「何とか言えよクソ野郎がっ!!」

 

「…………」

 

 

 

 なのでイッセーはフッと軽く鼻で笑いながら両手を軽く前に出し、まるで宥めるように言った。

 

 

「はっ、良いよ良いよ。わかったわかった。

そこまで言うのなら、無能じゃなくなって俺に見下されないだけの強さとやらを持ったキミの実力を―――見せて貰うとしようか?」

 

 

 まるで癇癪を起こす子供を宥めるような――それこそ煽っているようにヒラヒラと手を振りながらハジメにかかってきなさいと言うイッセーの言葉と態度な顔をする。

 

 

「ナメるなァ………!!」

 

 

 その煽りに対して一気に火が点いたのか、ハジメは自身の錬成師としてのスキルで作り出したガトリング砲だジャベリン砲を呼び出し、ぬぼーっと突っ立っているイッセー目掛けて一斉射撃を開始する。

 

 

 

「は、ハジメさん!」

 

「ハジメ……」

 

 

 皮肉な事に、心配してくれる自分やシアよりもイッセーしか見えていない今のハジメにとても複雑な顔をするユエは、雄叫びのような声と共に乱射するハジメを見つめる。

 

 

「………」

 

「もう終わったか?」

 

 時間にして10分以上にも渡って乱射したせいで、イッセーが立っていた場所とその周辺の地形が悲惨な事になってしまったのだが、イッセーだけは無傷でその場に立っており呑気にカシューナッツ的なものを引き続きポリポリと食べていた。

 

 

「チッ!」

 

「おー、このナッツ的な奴も結構美味いな―――ん?」

 

 

 無論、ハジメもそんな事は解りきっていたので即座に二つの武器を捨てると、これまで培ってきたスキルを総動員させてポリポリと呑気におつまみナッツ的なものを食べているイッセーへと肉薄し、無呼吸の連打を叩き込む。

 

 

 

ウォォォォァァァァァッ!!!

 

 

 

 まるで怒り狂う獣を思わせる連打だが、やはり悲しいことにイッセーはそれを真正面から全て受けても微動だしていない。

 それこそ、金的等といった急所への攻撃をもイッセーにダメージは通らない。

 

 

「ガァァァァァッ!!!」

 

「ハァ……」

 

 

 自分が好かれない存在なのは自覚しているイッセーではあるものの、直接なにかをした覚えが全く無い筈のこの白髪少年を、一体何が駆り立てているのかがわからない。

 だがしかし、喧嘩を売られた以上は買わない訳にもいかない。

 

 

 

「売るならもうちょいマシになってきてくれないか? 加減とかめんどくさいんだよ」

 

 

 故にイッセーは優しく、そして撫でるようにそっと手を上げると、がむしゃらに連打を続けるハジメの頭にむかって羽毛のように軽く振り下ろした。

 

 

「あがっ!?!?」

 

 

 するとそれまで連打をしていたハジメが頭から地面へと勢いよく叩き付けられ、そのまま動かなくなった。

 

 

「ハジメ……!」

 

「あ、あんな軽く叩いただけで……」

 

 

 

「ふぅ、これで香織に借りを作らなくて済みそうね……。

ああ、言っておくけど中村さん。イッセーくんに喧嘩を売ったからと云って南雲君を秘密裏に消すのはやめてちょうだい」

 

「チッ……わかってるよ。

正直言うとこの時点で後で殺してやろうと思ったけど、あれじゃあ一生かかってもイッセーに傷なんてつけられないってわかったしね」

 

「でもなんであんなにいっちーの事憎んでるんだろうね?」

 

 

 

「ほらな。

所詮は普通(ノーマル)だ」

 

「技術もそうじゃが、経験が圧倒的に足りておらぬようじゃなぁ……」

 

 

 たったそれだけ。

 もはや一撃と言えるのかもわからないそれだけで終わってしまった決闘にそれぞれの場所から見ていた者達は戦慄し、釘を差し合い、呆れていた。

 

 

「で、でもこれで一先ず安心ですよね?」

 

「うん、ハジメは死んでいない。

だからこのままハジメを連れて……!」

 

 

 

 こうしてハジメは初めて直接的にイッセーによって敗北感を与えられることになるのだが、結果はどうにせよハジメは死んでは居ないし、このままハジメを連れてこの場から逃げようとユエとシアはぴくりとも動かないハジメのもとへと近づこうとしたその瞬間……。

 

 

「おーいおい、まさかこれで終わりな訳ないよなぁ?」

 

 

 それまでヤル気のヤの字もない顔をしていた筈のイッセーが、内心段々腹が立っていたこともあって、呆気なく沈んでしまってそれで終わりな筈だった決闘を無理矢理続行させようと、倒れ伏すハジメの髪を掴んで吊るし上げるように持ち上げたのだ。

 

 

「なっ!?」

 

「な、なにを!? は、ハジメさんはもう戦えません!」

 

「兵藤君! やめてください!!」

 

 

 軽く呻き声をあげる顔面が汚れているハジメを見せつけるように吊るし上げたイッセーに、ユエ、シア、そして愛子が止めようと声を出す。

 

 しかしイッセーはそんな三人の声には全く耳を貸さず、呻き声しか出せないハジメの耳元でこう呟く。

 

 

「心配しなくても八重樫が五月蝿いから、殺しはしないさ。

だがなぁ……。キミの言い分とやらを聞いてマッサージされてる間に段々腹が立ってきちゃってさぁ?」

 

「がはっ!?」

 

 

 今度撫でるではなく、拳を作ったイッセーが吊るし上げたハジメの背中の脇腹付近に拳をめり込ませると同時に解放すると、ハジメは吐血しながら前のめりに倒れる。

 

 

 

「理由はどうであれ、喧嘩を吹っ掛けて来た以上……タダでは済まないって覚悟くらいはしてんだろ? え?」

 

「う……!」

 

「なぁ……白髪小僧?」

 

「ぐはっ!?」

 

 

 

 そして再びハジメの首根っこを掴んで締め上げるように片手で持ち上げたイッセーは、先程と同じ箇所へと寸分たがわずに拳を何度も叩き込むのだ。

 

 

「がはっ!? あぁっ!? おぐぇ!?」

 

「こんくらいなら流石に死なないだろ? え?」

 

 

 痛々しい声と、生々しい打撃音に、足がすくんで動けなくなってしまうユエ、シア、愛子の三人。

 

 

「ぎぃ!? ぐ……ガハァ……!?」

 

「そ、そんな……! や、やめて……!」

 

「は、ハジメさんがぁ……!」

 

「や、やめてください……兵藤くん……ど、どうか……!」

 

 

 三人は血反吐を吐き続けるハジメを助けてくれと、恵里、鈴、雫、ドライグ、ティオをすがるように見るが、誰一人として動かないし、誰一人として表情を変えない。

 

 

 

「止めないの?」

 

「一応殺さないみたいだし、イッセーくんの言うとおり、吹っ掛けたのは南雲君だからね……」

 

「うわー……痛そー」

 

 

 

 何故ならイッセーに殺す気配がまるで感じないから。

 

 

「う……ぁ……」

 

「おっとそうだった……。よー? コイツを助けたかったら――何時でもどうぞ?」

 

「「「う………」」」

 

 

 そんな三人の存在を思い出したように、ハジメの血が顔面に付着しているイッセーが半笑いで振り向き、助けたいのならやってみろと言い、再びハジメの背中に拳を叩き込む。

 

 しかし三人は金縛りにあったかのように動くことができない。

 

 イッセーという恐怖を前に……。






どこまでも感情が噛み合ってない――悲しき現実

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