『別に見下してないが、なんだ? そう思わせていたのならちゃんと謝るぞ? すまんね――――――あ、しまった。君って誰だっけ?』
こんな台詞を吐く奴の事をナメてないわけがない。
何から何までイチイチ癪にさわる野郎。
自分と世界そのものを切り離しているかのような傲慢な男。
気に入らない。奴の全てが、奴の存在が、何もかも全てが気に食わない。
必ず奴だけは――兵藤だけはオレの手で……!
屈辱と余計に肥大化したコンプレックスによる怒りにより殆ど眠ることが出来なかったハジメだが、ギルドとの交渉の為に請け負った仕事だけはちゃんとしなければならないという事で、早朝には捜索に取り掛かろうと町の外へと続く門までやって来たのだが、昨晩の事もあってか、ユエとシアに心配されていた。
「大丈夫ハジメ……?」
「殆ど眠れていなかったみたいですけど……」
「……」
偶然再会した、ハジメと同じ世界からこの世界へと召喚されし者達――――の内の一人であり、嫌な雰囲気を常に纏っていた不気味な男の、どこを切り取っても傲慢にしか見えないし、聞こえない真似によって、普段は冷静沈着で通っているハジメがえらく感情的になっていた。
元々ハジメからは元の世界については触りの部分しか聞いていなかったユエとシアからすれば、あれだけ感情を剥き出しにするハジメは珍しく、またそんな感情を引き出すあの兵藤とかいう男は――怖いくらいに不気味であり、そして傲慢だった。
「心配は要らない。
問題なく動けるし、捜索は早い方が良いからな……」
妙にハジメが敵視するあの兵藤という男は、昨晩のやり取りと向けてきた目から察するに、ユエやシアといった非人間族を毛嫌いしている事がわかった。
つまり、機嫌がもしあの時点で悪かったら、あの男がユエとシアを殺しに襲いかかってきていたのかもしれない訳で……。
「あの兵藤という人と、何かあったのですか……?」
「あの男と会ってからのハジメは何時ものハジメらしくない」
「……。別に、なんでもねーよ」
直接彼が戦っている場面はみたことが無いが、昨晩激昂したハジメの一撃を一切受け付けていなかった事から察するに、もしかしたら今の自分達より遥かに強いかもしれない。
いや、彼だけではなく、彼によって鍛えられたとされるあの女子三人もまた……。
「あの野郎の事は今は考えたくもねぇ。それよりも行くぞ」
「「………」」
これ程まで敵視するともなれば、何か理由があるのだろうとユエとシアは考えるが、一体ハジメと彼の間に何があったのかまではまだ聞くことができないまま、どう見てもイラついているハジメの後に黙って続くしかできない。
(どっちにしろ、今ハジメにあの男の話はNG)
(ええ……そうでなくても、非人間族の時点で私達はあの人に良い印象は持たれてませんからね……)
暫くはイッセーという男の話題は完全にNGだと、ユエとシアは互いに無言で意志疎通を計りながら頷き合っていると……。
「待ってください南雲君!」
割りと大声でハジメ、ユエ、シアを呼び止める小柄な女性が、黒髪の女子と共にこちらへと走ってくる。
「はぁ、はぁ……ま、間に合った」
「ちょうどでしたね畑山先生?」
「先生……それに八重樫……?」
畑山愛子と八重樫雫。
多分、きっと、恐らくは、ハジメ目線でまだまともに見えるその二人の人物は、二人の出現と同時にイッセー達は居やしないかと殺気立ちながら辺りを伺うハジメに気がついたのか、安心させるつもりイッセー達は居ないという。
「はぁ、ふぅ、私と八重樫さんだけです。
兵藤君と、中村さんと谷口さんはここには来ません」
「昨日の南雲君の様子を考えたら顔を合わせても気まずいでしょう?」
「……………なにか用か?」
息を切らせる愛子に代わって、苦笑いを浮かべながら説明する雫に、ハジメ達は取り敢えず警戒を解きながら用件を問うと、息を整えて落ち着いた愛子がハジメ達の仕事の同行を申し出る。
「清水君に関する情報もこれ以上この町では獲られそうにありませんし、何より私は教師である以上生徒を元の世界に帰す責任がありますから……。
嫌だと言ってもついていきますからね……!」
「私はそんな畑山先生の護衛役よ。
だから南雲くん達のお仕事の足は引っ張らないと誓うわ」
「…………」
愛子らしい理由と、その愛子を一人にすれば危険だからと護衛役として同行すると話す雫に、ハジメは苦々しい顔をする。
「………一応聞くが、兵藤達には言ってないのか?」
「え? え、ええ……まあ。
八重樫さんが言わない方が良いと……」
「…………」
「そんな疑り深い顔をしなくても、本当に言ってないわよ?
そもそも、仮に言った所でイッセー君は『契約外じゃ金になんねーからパス』と言うでしょうし、中村さんも谷口さんもイッセーくんにべったりでしょうし」
雫の話を聞いたユエとシアは、あの他人にとことん無関心な顔をしている男の事を考えたら確かにと納得するも、ハジメは不愉快そうな顔だ。
「………わかった、同行を許可してやる」
しかし言い出したら聞かない愛子はともかく、昨晩自分達の動体視力を遥かに上回る高速戦闘を繰り広げた雫の力は足手まといにはならないと考えたハジメは渋々了承すると、錬成の力でジープ的な乗り物を出現させると、ユエ、シア、愛子、雫を乗せて町より更に北にそびえる山脈へと走らせるのであった。
その道中、改めて元の世界の者同士としての話をしている。
「では南雲君は大迷宮を攻略したことでこのような力を?」
「ああ、そんな所だ」
「へぇ? 大迷宮か……。
世界各地にある大迷宮の中なら、もう少し修行に耐えられそうな魔物が居そうね……」
やはりどことなくズレた発言が目立つ雫に、ハジメは結局今の今まで聞くことができなかった唯一の気がかりを然り気無く聞いてみる。
「天之河達は今でもオルクス大迷宮に居るのか?」
「はい、手紙にはそう書かれていました。
それと――」
「私を返せという手紙もね……。
確かに元々私は正式に先生のお仕事に加わる立場ではなかったのを無理矢理同行しただけだから……」
「……」
あははと困ったように苦笑いする雫だが、改めてハジメからすればその雫の行動が解せない中、愛子が手紙で知り得た天之河達に関する近況を話す。
「今は天之河君を中心に数名が実戦訓練を続けています。
ですが、その中で一人だけ……白崎さんだけは南雲君を探す事を目的としているようです」
「………」
元の世界で数少ない、自分に悪意を向けなかった者の一人、白崎香織の名前を聞いたハジメは表情にこそ出さなかったものの、どこか複雑な――されどどうやら無事に今を生きていると聞けてほっとする。
「――……白崎はどうしている?」
だからこそ無意識に彼女の近況を聞いたハジメに、愛子は思い出したような――そして雫はどこかニヤニヤとした顔をする。
「あ、気になりますか? 二人は仲が良かったですもんね?」
「できればすぐにでも香織に会って欲しいわね?」
「………いや、別にそんなつもりじゃないんだが」
「へぇ?」
思わず誤魔化したハジメだが、雫が意味深な笑みを向けてくるので、話題を逸らすつもりで雫に問う。
「お前こそどうなんだ? 白崎とは元の世界では親友って間柄じゃあなかったのか? それなのに何故あの野郎の傍に居るような真似を……?」
ハジメからすれば実は一番に気になっていたこと。
それは元の世界では一切関わりが無かったと思われるイッセー達に何故雫が関わっているのかだ。
そもそも雫の性格から考えなくても、イッセーのあの他を徹底的に見下した男と馬が合うわけもないのだから。
「あー……うん、それが香織からは絶交宣言されてて……」
「……………は?」
そんなハジメの疑問に対する雫の答えは、ハジメの予想を斜めに上回るものだった。
「し、白崎にだと? あの白崎にか?」
「ええ……そのあの香織にね。
尤も、原因の全ては私なのだから、仕方ないと言えばそれまでなのだけど……」
「ど、どうしてですか? 私も今初めて聞きましたけど…」
どうやら愛子も寝耳に水だったらしく、ショックを受けた顔だが、雫は困ったような顔をしたままぽつりと話し始める。
「私が、イッセー君に戦い方を教わろうと香織に話してしまってね……。
まあ、そうでなくてもその前から常にイッセー君達の行動を追っていたから、皆にはバレてたのだけど……」
「そ、それだけであの白崎さんが……?」
「そりゃあそうでしょう? 香織からしたら、イッセー君は自分の――おっと、助けられるだけの力を持ちながら全く動こうとしないのだから」
うっかり想い人(ハジメ)を見捨てた非情な男と言いかけた所を、本人の口から以外のネタバレは良くないと誤魔化しながら話す雫に、ハジメは香織の気持ちがわかるように小さく頷いている。
「なるほどな……」
「南雲君が穴の底に堕ちた時、香織はベヒモスやトラウムソルジャーを一瞬で倒したイッセー君なら穴の底に堕ちた南雲くんを助けられる筈だと、本人に懇願したのだけど―――」
「……へ、どうせ奴の事だ『勝手に落ちた間抜けの為に動くなんて無駄だ』とでも言ってたんだろう?」
「………ふふ、概ね正解。
当然そんな血も涙も無い言い方をされたとあれば香織は怒るし、私も腹を立てて食い下がろうとしたわ。
けどね、彼はそれでも――南雲くんもよくご存じの『目』をして、半笑いで言ったわ」
『畜生生物を少しばかり狩ってやった途端、俺に力があるとわかった途端それか。
これで俺がそこに居る連中共と同じで力もないカスだったらすがりもしなかっただろうに――――随分と調子の良い奴だな? え?』
ハジメがあの日落ちた直後にあったイッセーとのやり取りを話す雫に、当時現場に居なかった愛子もかなり居たたまれない顔をしながら聞いており、同じく大人しく聞いていたユエとシアは、『その時イッセーが動かなかったからこそ自分達はハジメと出会えた』のだと思ってしまうので、気まずそうだ。
「まー当然私はカッとなって言ったのよ、『それでも人間なのか?』とね。
そしたら……ふふっ……ふふふふっ!」
「………八重樫?」
そんな時だったか、当時の事を語っていた雫が突然笑いはじめたのだ。
様子がおかしいとハジメ達がクスクスと笑う雫を見ていると、雫は頬を上気させ、メス堕ちでもしたのかと思う潤んだ瞳で自身の頬に触れている。
「イッセーくんは初めて、明確に嘲笑いながら言ったわ――
『何がそれでも人間なのか? ……だ。
言うことだけは一端で、テメー等じゃ何も出来ねぇカス共が』――ってね」
「っ……」
以前イッセーが雫達に向けた言葉とはいえ、そんな事を言っていたのだと聞いたハジメは無意識に歯を食い縛りながらハンドルを持つ手に力が入る。
「まさかそんな暴言まで言われるとは思わなかったのと、私も当時は無意識に彼に対して劣等感を持っていた事もあって、思わず掴み掛かかろうとしたのだけど―――まあ、彼に勝てるわけもなく、締め上げられた挙げ句ボロクソに詰られたわ」
「ひ、酷い……」
「そ、そんな事があったんですね……。
でもそれなのにどうして八重樫さんは……」
「誤解していたと気づかされたからよ。
その後は締め上げられた私を止めようと香織が止めようとしたけど、そんな香織を容赦なく蹴り飛ばした後、私は思いきり顔面を殴り抜かれたわ」
「う、うわぁ……」
確かにあの男なら平気な顔でやりかねないだろうとハジメとユエとシアは聞いてて思っていると、歯軋りをするほど怒りを示しているハジメに向かって雫は言う。
「南雲君、アナタが彼に抱いているものに関してはわかるつもりよ。
私もそうだったから」
「そうだった……だと? じゃあ今は違うとでも言うのかよ?」
「いいえ、変わらないわ。
今でも私が彼に――イッセー君に思うことはかわらない」
「それならどういう……」
まさか、諦めて媚びたのか? と言いかけそうになるハジメに雫は薄く微笑みながらイッセーの根の一部を教える。
「あのね南雲君。
彼は別に誰も見下してないわ。
いいえ、そもそも見下されるというラインにすら私達が立てていないというべきね」
「…………は?」
「み、見下されるというライン?」
「どういう意味……?」
「簡単よ。
例えばここに居る人達は、食べるために育てられた家畜を食べる時、わざわざ見下してながら食べる? 違うでしょう?」
見下されているようで、見下されてはいない――――それ以下だったという事実を。
「つまり、あの野郎にとってオレ達は家畜も同然って言いたいのかよ……!?」
「いえ? 別に彼はそうとも思わないでしょうね。
うーん、強いて言うならそこら辺で生えている雑草? 消ゴムの欠片? そんな所じゃあないかしら?」
「「「………」」」
誰も見下してはない。
いや、誰に対しても見下す以前の認識しかしていない。
それだけの生物的な強度の差があるのだと雫は、自らがイッセーとの対峙によって悟った事を伝えた。
「そもそも見下されるとかナメられるというのも一種の権利よ。
私達は彼からそう見なされる権利すら無い……ただそれだけの事だったのよ」
「…………………」
「だから南雲君、昨日の事もそうだけど、彼の言動や態度に一々カッとする必要は――」
無い。
そう励ますつもりだった雫だったが、ハジメは怒りで顔を歪ませながら口を開く。
「わかってないのは八重樫だろうが……!」
「?」
「何度でも言ってやる、そういうのをナメてるってんだよ……!」
見下される対象ですらない? だからなんだ、結局された側からすれば同じなのだ。
そして奴をぶちのめして超えなければ、最早自分は一歩も進めなくなる。
やはり自分とイッセーは水と油だと改めて、そして故にいつか必ずぶちのめすと誓ったハジメを、雫は『へぇ?』と面白そうに見ている。
「そう。
ちょっとだけ似ているわね。私達は?」
「あ? オレはお前とは違う。
オレは絶対にあの野郎なんかには媚びたりはしねぇ……」
「確かにやり方は違うわね。
アナタはアナタなりのやり方で、私は私なりのやり方があるもの。
でも勘違いしないで欲しいのは、私は別に彼にそういった感情は無いわ。寧ろ憎いくらいよ。」
「……は?」
最早重すぎて話に入れないユエ、シア、愛子が引きながら聞いているのを横に、雫の言動で思わず振り向いたハジメに雫は輝きの消え失せた瞳で、粉々に自尊心を砕いてくれたイッセーへの己の野望を語る。
「私の最終目標はイッセー君と同等以上の領域に到達すること。
でも、我流では到底追い付くことはできない。
それならどうするか? 中村さんと谷口さんと同じように、彼の『領域』を学ぶことで、彼と同じ土俵に立ち――やがて超える」
恐らくは親友だった香織にも話したことがない、雫の抱える野望は、無謀であり、そして不可能にすら思える野望だ。
しかし不思議な事に誰しもが聞き入り――
「そうなったらどうなるでしょうね? 超えて、彼を地に叩き伏せたらきっと彼は清ました顔なんてできなくなるわ。
悔しさといかり怒りで感情を爆発させた顔をしながら見下ろす私を見上げるわ。
ふ、ふふふふ……! 『お前は直々に俺がぶちのめす!』もしくは『殺してやる……!』それとも―――――――――ふふふふ」
「「「………」」」
「ちょ、あの……や、八重樫さーん……?」
妄想交じりの戯言を発する雫は先程と同じように、頬を上気させながらのそれであり、ハジメ達は勿論、愛子もドン引きしている。
「いずれにせよ、その時点でイッセーくんは絶対に周りが見えなくなるわ。
それこそ谷口さんも――幼馴染みらしい中村さんですら見えなくなり、私を叩き潰す事しか考えなくなる。私だけしか見えなくなる……! 見下す以前の認識しかしなかった女一人に本気の顔になる……あははは」
「「「「…………」」」」
「そうなったらと思うだけで身体が熱くなるのよ。
ふふふふ、中村さんや谷口さんは悔しがるでしょうねぇ? イッセーくんが私しか見えなくなれば絶対に……。
でもそうなったら絶対に二人には渡さないわ……。
だって永久に、私だけを見て、私だけを追いかけさせるのだから――あはははは♪」
思っていた以上に、自我を爆発させていて、思っていた以上に八重樫雫は『終わっている』という事実に。
「はぁ……♪ と、まあそんな訳で、根本的に話が香織とは合わなくなっちゃってね。
尤も、まともなのは香織の方で、おかしいのは私だって自覚はしているのだけど、もう直す気も思い止まる気もないわ。
まともじゃあイッセーくんの立つ場所には近づけないもの。
アナタ達を含めたこの世界の人達全てが異常だと思うことは、イッセーくん―――そしてイッセー君の領域を知って、踏み込んだ私達にとっては正常なの」
途方もない殺戮と、破綻する程の進化を経て到達してしまった、歴代最強最悪――そして最後の赤龍帝の立つ領域を知ってしまった不幸が招いた変化と覚悟。
「く、狂ってる。
どうしてお前までそんな……」
「あら、南雲君なら多少は理解してくれると思ったのだけど……。
まあ、別に共感して欲しいって訳ではないから別に良いのだけど」
「………」
それが八重樫雫の今なのだ。
補足
どっちかてーと、どこぞの世界のクレイジーサイコな天災兎に近いというかなんというか……。
えりりんはもろ白い猫に近い
え、じゃあスズちゃまは? ………………まだわからん。