見下されるという以前の問題だった。
彼はそもそも見下してすら居なかった。
見下されるという事自体もまたひとつの権利だった。
そして私にはその彼から見下されるという権利も資格もなかった。
彼にとって私なんて、その程度にもなれないだけの物体でしかなかった。
結局南雲ハジメの捜索は難航となり、そして遺体すらも見付けることは出来ず、死亡したものだと見なされてしまった。
そして誰も彼もイッセーについて語る者は居らず、メルドもまたイッセーについて教会に報告する事はしなかった。
それは余計な事を吹聴することでの教会側の反応が怖かったからだ。
決して教会側ではなく―――それによって起こすであろうイッセーの行動が。
誰の指図も受け付けないイッセーの爆発させる殺意が。
「俺の戦い方を知りたい?」
「「………」」
そんな事はさておき、地上へと生還し南雲ハジメが行方不明となってから1週間後。
結局誰も彼もがそれ以降よりイッセーには近寄りもしなくなってしまい、ただ黙々と力を磨こうと迷宮の下層を目指している中、最早完全に勇者達とは別行動をしているイッセーは、同じく別行動をする恵里と鈴の二人から戦い方を教えて欲しいと頼まれていた。
「流石にこのままだとイッセーの傍に居るだけで迷惑になりかねないと思って、昨日から鈴と話し合ってね」
「少しでもいっちーの迷惑にならないように、自分の身は自分で守れるようになりたいなって。
それと、少しでも良いからいっちーの助けになれたらなって」
「そんな事はお前達がわざわざ気にする事じゃないぞ……」
二人ともどちらかと言えば『非戦闘タイプ』の職とステータスであるということはイッセーも分かっていたし、別にそんな二人をわざわざ戦わせるつもりもなかったし、そもそも誰かと肩を並べて戦うという概念も考えも無かったイッセーは、初めて二人からそんな懇願をされということもあってか、少し驚いた表情だ。
『オレ達のやり方を見て、出した結論がそれか……』
これにはドライグも少しばかり驚いている様子だった。
「第一、お前達は所謂後方の支援をするタイプだろう? それならそっちの技術を磨くべきだし、そんな真似しなくてもお前達なら俺が――」
「それじゃあダメなんだ! それじゃあぼく達が納得できない!」
「このままだともっといっちーが遠くに行ってしまいそうだから……! 置いていかれるのは嫌なの!」
あくまでもイッセーの傍に立てるようになりたいと話す恵里と鈴にイッセーは、並々ならぬ覚悟を二人から感じ取っていると、イッセーの中に宿り続けている相棒のドライグがこう言う。
『どうせなら鍛えてやったらどうだ? 流石にお前と同等――とまでは行かないのかもしれないが、こいつ等を鍛える事で更なる進化のヒントを得られるかもしれんぞ?』
「…………」
ドライグの言葉にイッセーは考える。
生まれ変わった十数年から現在に至るまで、イッセーは過去何度となく経験してきた進化の感覚が一度も無い。
それはがむしゃらに戦い続けるだけの敵が存在しなかった事もそうだが、一番は自分の命を脅かすだけの存在と出会してないからだ。
(鍛える、か……)
そんな状況で、もしも自分に追従できるだけの力を持った者が居たら、それは確かにトレーニングとかには困らなそうではある………。
「……二人とも、もう少し俺に寄ってくれるか?」
「「?」」
考えてみれば、こんな人格破綻も甚だしい化け物野郎に懐ける精神性が二人にはある訳で……。
そういう意味ではもしかしたら『才能』があるのかもしれないと考えたイッセーは二人を手招きして目の前に立たせると、ズイッと顔を近づかせて二人の顔を――いや、目を無遠慮に観察する。
「…………」
「え、あの……」
「ち、近いよ?」
ちゃんと確認したいので、恵里が掛けていた眼鏡をこれまた無遠慮に外してじーっと見るイッセーに、恵里も鈴もドギマギしてしまう中、其々一分程じーっと見ていたイッセーはやがて離れると……。
「なるほどね、俺に懐くだけの精神性してるし、やってみる価値は十二分にありそうだ」
二人の目の奥から感じた確かな『こちら側』のそれに、イッセーは了承するのだった。
「思えば、カスと思ってた白い猫ガキが一度は俺と同等まで進化しやがったことを考えたら、もしかしたら―――」
「「…………」」
「? どうした二人とも?」
その二人が生娘みたいに顔を真っ赤にしている理由はわからずに………。
こうしてイッセーは、光輝等といった勇者組とは完全に別行動をする形で、恵里と鈴の二人に『戦い方』を教えることとなり、それから更に一週間が過ぎた。
南雲ハジメが行方不明となったと、あの時迷宮には入らなかった社会科教師の畑山愛子も少しずつ落ち着きを取り戻しはじめた――ということすらそもそも興味が無いイッセーは、たまにすれ違う他のクラメート達から怯えられるような顔をされつつ誰一人からも絡まれる事なく街の外の山を利用して、恵里と鈴に徹底的に戦い方を教える。
「15分か……。
ちと時間は掛かったが、ちゃんと二人で倒せたじゃあないか」
「はぁ……はぁ……! う、うん……!」
「少しは……強くなった気がするよ……!」
と言っても修行はかなりシンプルなものであり、イッセーがどこからか生け捕りにした強そうな魔物と戦わされるという、実戦式のものだった。
当然当初は、本気で死にかけたりもしたものの、やはり恵里と鈴にだけは甘さがあるのか、危ない場面はきちんとイッセーはフォローを入れたりしていたので割りと安全ではあった。
「わっ! 凄い! 筋力と俊敏と耐久のステータスが2500まで上がってる!」
「魔力に関してはあまり上がらないのは、やっぱりイッセーの専門外だからかな……」
そんな修行の甲斐があったのか、それともイッセーの持つ『隠れた特性』がそうさせたのか、ほぼ5日目の段階で恵里と鈴の二人はステータスの一部を急上昇させており、元々の職の特性から大きく離れ始めていた。
しかしそれでもイッセーに近づけているという実感は二人にとって嬉しいものらしい。
「ま、待て! 話が違う!? そ、そこの人間の女二人の修行相手を一週間続けたら命は助けると約束したではないか!?」
「はて、さっきからお前が何を言ってるのかわからんな? 生憎俺は『畜生生物』の出す言語が理解できねなくてね?」
そんな二人を他所に、イッセーはといえば、二人の修行の為に生け捕りにしてきた――魔人族を名乗る生物に、『お前はもう用済みだ』と言って処理をしようとしている。
当然魔人族の男は、約束が違うと死人のような顔色で言うが、イッセーはそんな魔人族に向かって……言語は理解できているくせにわからないと半笑いで宣うと、あっさりと手から放った赤い光弾で『この世』から逃がしたのだった。
「? あれ、さっきの魔人族は?」
「(この世から)逃がしてやった」
「ふーん? でもまた修行相手を探さないといけなくなっちゃったね?」
「なぁに、サンドバッグならこの世に腐るほどあるさ」
慈しみという概念に中指でも立てるような所業を止める者も、そして止められる者も居ない。
イッセー自身、かつての世界でそうやって他の生物を殺して進化をし続けて来たからこそ、こういうやり方しか知らないのだから。
誰しもが元の世界の時以上に、イッセーのことを恐怖し、近寄りもしなくなった。
どうやらメルド達はイッセーの異質さを教会側には知らせていないらしいので、不要なイザコザは今のところ起きてはいない。
だが、あの日以降、殆どの生徒達は――特に香織はイッセーに対して恨みのような感情を持つようになった。
力を持つくせに、あの時ハジメを助けに行けたくせに、それをせずあっさりとハジメを見捨てたからなのかもしれない。
ましてや香織はハジメに想いを寄せていたのだ。
そう簡単に割りきれるものではないということは、香織に付き合わされていた雫も理解できる話だ。
だが雫も雫で別の意味でイッセーが許せないでいる。
力を持ちながらハジメを簡単に見捨てたから? 違う。
すがりついた親友の香織を、虫けらのように蹴り飛ばしたから? 違う。
自分を容赦なく叩きのめしたから? 更々違う。
雫がイッセーを許せないのはそういう理由ではない。
結局、何をどうしようとも、イッセーにとって雫は見下す見下さない以前の問題でしかないという認識であることだけだ。
今更イッセーの終わっているとしか言えない人間性についてあれこれ思うことなんて無い。
問題なのは、あれだけの事をしておきながら、その後一切自分達とは関わることなく、身勝手に過ごしている事が雫は許せないのだ。
それも、孤高を気取って一人で好き勝手やっているのならまだ良い。
そんな男が、他をゴミのように認識している男が、自分と何ら違いも無さそうな女子二人にだけは、人間性を見せる事。
それが自分でもわからなくなるくらいに腸が煮えくり返るのだ。
ましてや、ここ最近どこからか拐ってきた魔物やら他種族の者を使ってその二人に修行まで付け始めていると、偶々街の外へと歩いていく姿を目撃したらしい光輝達から聞いた時は、思わず持っていたカップを床に叩きつけてやりたくなった。
だから雫のここ最近は、光輝達と共に少しでも強くなろうとオルクスの迷宮へ潜る――――のではなく、中村恵里と谷口鈴の二人を連れて街の外へと出掛けていくイッセーの後を――こっそり付け回す事だった。
そんな悠長な事をしていて良いのかという疑問は何度も自問自答はした。
親友で治癒師の職を持つ香織ですら、何かに取り付かれたように強さを求め始めているというのに、自分はこんな遠くから憎くて気になってしまう冷酷無比な男を見ているだけで良いのかと何度も思った。
しかし、イッセーが二人に施す修行は、悔しいが中々に参考になってしまうわけで……。
『イッセー、小娘共の次の訓練相手の事だが……』
「?」
『どうやらこの世界にはオレに近い種族が居るらしい。
一匹程拉致して戦わせてみたらどうだ?』
「………」
『? どうかしたのか?』
「いや、近い種族ってそれはつまりドラゴンなんだろ? 良いのかよ? ドライグの親戚みたいなものだろ?」
『何を言っているんだ? 近いだけで同種ではないし、そもそも同種のドラゴンなら昔散々オレ達で殺してきただろう?
白いのや、オーフィスや、グレートレッド等々をな』
「まあ、お前がそう言うのなら次は適当なドラゴンを生け捕りにして二人の相手をさせるけど……」
おまけにイッセーの事をひとつ知ることが出来たのは大きい。
どうやらあのイッセーの左腕に時折現れる籠手のような赤いそれには意思のようなものが宿っており、ドライグと呼ばれているらしい。
そしてそのドライグとは対等な関係を結んでおり、イッセーもその声の主の言うことは聞くらしい。
(……。相変わらず渋い声をしてるわね)
恵里と鈴に休憩をさせている間に、少し離れた場所で黙々と筋トレをしているイッセーとドライグなる存在との会話に聞き耳を立てている雫が、あまり意味の無い感想を抱きながら、じーっとイッセーのトレーニング姿を見つめ続ける。
「ふっ……ふっ……!」
嫌味にすら見える、鍛えられた肉体。
腕や脚はギリギリまで絞り上げられたワイヤーロープのように引き締まっており、一切の無駄がない。
例えるなら、戦闘に適応された肉体と云うべきか。
「………………」
イッセーは確かに傲慢ではあるが、その傲慢さに裏打ちされた積み重ねだけはきちんとやっている。
それがここ暫くイッセーを『ちゃんと見た』事で気づいたことのひとつ。
「いっちー! 休憩の時間終わったよー」
「次は何をするの?」
「おう、そろそろ並の畜生程度ならお前達でも殺れるようになってきたからな。
今度は俺が直接相手になってやるから、全力でかかってきな」
その積み重ねが異質さのバックボーンなのだと。
「その前にさ、そろそろイッセーの本気って奴を見てみたいのだけど……」
「うん、いっちーがどれくらい凄いのかってのを分かりやすくして貰えると、目標にしやすくなるし……」
「え? ああ……」
そして八重樫雫は知るのだ。
「ドライグ」
『わかっているが、全解放はやめた方が良いな。
コイツ等の指数になり得ん』
(? またあの左腕を――――っ!?)
傲慢な男の力はこの世界の理では縛り付けられない程に――――――
「きゃっ!?」
「わぁっ!?」
「はぁぁぁっ!!!!!」
あまりにも大きすぎるものだったのだと。
分かりやすい目標が欲しいと恵里と鈴の二人に言われたの
で、全力では無いにせよ久しぶりに『マジ』な解放をしてみたイッセーは、全身から目視可能な闘気を解放する。
「す、凄い……まるで世界全体が震えてるみたい」
周辺の木々や岩を破壊するほどの力の奔流を前に恵里と鈴は、ある程度鍛えられたからこそ感じ取れてしまうイッセーの力に戦慄するのと同時に、歓喜に打ち震えてしまう。
他人を人と思わぬ傲慢さ。
どんな相手でも情け容赦なくぶちのめす粗暴さ。
おおよそ人に好かれるような要因が皆無であったとしても、やはり恵里や鈴にとってはイッセーという青年はヒーローそのものだった。
血のように赤い闘気がイッセーの全身を炎のように覆い、更にその闘気は激しさを増す事で、周囲の全てを破壊する。
「ずっと、ずっと昔から押さえ込んでたんだねいっちー……?」
まさに理不尽。
世界そのものを震撼させる圧倒的なパワーは一定のラインを越えた辺りから逆に落ち着き始め、霧散する。
「…………」
それは世界そのものですらそのパワーを計れなくなったのかもしれない。
暴力的なパワーを越えた先は無である事への示唆かもしれない。
『そこまでだイッセー』
「おう」
周囲を破壊し、立ち上る砂煙が晴れた先に君臨するは、その頭髪と瞳を赤く染めた龍の帝王だった。
「と、まあこんな感じだが、わかったか?」
「あ、うん……」
「凄すぎて逆に今のいっちーからは何も感じないけど、なんとなくは……」
「………」
当然、吹き飛ばされないように必死に踏ん張りながら見ていた雫も、強すぎて逆にクリアにすら感じる今のイッセーの姿に茫然と――されど目を奪われてしまっていた。
暴虐な男が放つにはあまりにも清々しい気配。
まるで静かに流れる川のせせらぎにも、頬を撫でる優しい風にも感じる。
「……綺麗」
思わずそんな言葉が雫の口から出てしまい、直後にハッと口を抑えた雫は悔しさに顔を歪めた。
憎く、許せないまでの傲慢な男に、自分は一体何を言っているのだ。何を思っているのだ。
「私は……私はっ……!」
親友を傷つけ、自分を虫けらのように扱ったあの男に自分は――
「こんなの……! こんなのって!!」
悔しさで固く握りしめた拳で固い岩肌の地面を雫は何度も叩いた。
皮膚が裂け、血が流れ出ようとも雫は構わず地面を叩き続けた。
「う……うぅぅ……!」
何をどうしても越えられそうにもない、挫折という名の毒が雫の精神を蝕むのだ。
「この場所はもう使えないな。
明日から別の場所を探すとしよう」
「あ、髪の色がいつものイッセーに戻った」
「あのー、それよりも今気付いたというか、向こうの方で何でか知らないけど、シズシズが地面を叩きまくってない?」
運悪く、色々と刺激されて感情が滅茶苦茶にされた雫の奇行を発見してしまった鈴と恵里は、『ほっとけば良いだろ』と言うイッセーの言葉に傾きかけたものの、光輝達といった勇者組と行動している筈の雫が何故ここに居るのかが気になったので、取り敢えずブツブツ言いながら血まみれの拳で地面を殴り続けている雫に声をかけてみたのだが――さしもの二人の少女も声に反応して顔を上げた雫を見て思わず後退してしまう程の圧力と形相に引いてしまう。
「えーと、シズシズ――うぇ!?」
「なんで八重樫さんがここに―――う……!?」
カースト上位で、美少女ながら同性にもモテるともっぱらの評判である八重樫雫が、逆に美少女だからこその迫力のある負の形相なのだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
「なんでも、ないわ……。
ぐ、偶然通りかかっただけだから……」
そんな二人の態度に気付いているのかいないのか、雫はといえば今さっきまでの負形相とは正反対の――されど違和感丸出しの人の良さそうな笑顔を浮かべて、偶然を装うのだが、ボタボタと裂けた皮膚から流れ落ちる両手のせいで普通にホラーにしか見えない。
「あ、あのさ、差し支えなければその両手の傷を治療しようか?」
「う、うんうん! それが良いよ! 賛成!」
「…………」
『たしかイッセーにぶん殴られた小娘だったか』
笑っているけど、完全に目がイッちゃってる雫に、これはただ事ではないと鈴と恵里は急いで雫の両手の怪我を治療せんと持ち込んでいた治療道具を取り出して治療に取りかかる。
雫はそんな二人に抵抗をすることもなく大人しくしているも、その視線の先は明後日の方角を見て、一切雫には無関心のイッセーに向けられている。
「さっきからなんだ?」
しかしこうも見られると不愉快にもなるのか、ここに来てイッセーが不快感を隠しもしない顔と声で雫に声をかける。
「っ!?」
その瞬間、親の仇のような殺意増し増しな形相をしていた雫がびくんと驚いたように跳ねると、今度はどういう訳かカタカタと震え始める。
「ちょ、ちょっと八重樫さん? そんなに動かれると……」
「なんだか変だよシズシズ? 本当にどうしちゃったの?」
「な、なんでもないわ……! ほ、ホントになんでも……」
「?」
三人とドライグから見れば、確実に今の雫は情緒不安な不審者のように見えてしまう。
結局理由を語る訳でもなく、冷めた目をしていたイッセーから目を逸らすように俯いてしまった雫が何故ここに来ているのかを聞き出す事は出来ず、仕方ないのでそのまま雫を連れて共に街に戻ることに。
「ねぇ、天之河君達と迷宮で鍛練してる筈だよね? なんであんな所に居たの?」
「そうだよ。ここら辺って魔物も多いし、特に何があるわけでもないのに一人で……」
「偶々アナタ達が街の外に出ていこうとするのを見ちゃって、ちょっとだけ気になったから着いていっただけで……」
少しだけ落ち着きを取り戻した雫に、改めて恵里と鈴が質問をするも、曖昧な返答をする雫の視線は先頭を気だるげに歩いているイッセーに向いている。
「あ、アナタ達こそ皆に内緒でこんなところで訓練をしてたみたいだけど、今のアナタ達は結構厄介な立場になりかけているって分かっているの?」
「あー……多分そんな気はしてるかな? まあでもいっちーの方に着いていくって決めてる以上は覚悟してるしー……」
「寧ろぼく――じゃなかった、私たちと八重樫さんが居るって天之河君達に知られたら、また面倒な展開になりそうなのだけど……」
その雫の向ける視線に、恵里は若干ムッとしながら嫌味を飛ばす。
「わかっているわ……。
光輝達には言わないつもり。この事も、さっき兵藤くんが見せたアレの事も……」
「……」
「そうしてくれるとありがたいかも、ね?」
「……………うん」
何だか気に入らない目をしてる。
ずっと無言で前を歩くイッセーの背中を見つめている雫に、不快感を抱く恵里は、徐にイッセーの隣まで移動すると、そのままイッセーの手を取って、指を絡めるように手を繋ぐ。
「? どうした?」
「なんでもない。そんな気分になっただけ……」
「? まあ別に良いけど……」
恵里のそんな行動に対してイッセーは特に嫌がりもせず、なんなら甘えるように腕を組んで身を寄せてくる恵里を受け入れている。
「………ふ」
「は?」
その姿に……なにより一瞬振り返った恵里に勝ち誇ったような顔をされた雫は、面を喰らうと同時に何故かイラッとしてしまっていると、今度は鈴が『あー! ずるいっ!』と言い出しながらげんきよくイッセーの背中に飛び付いた。
「ふふーん! 鈴は背中に乗っちゃうもんねー!」
「わかったから、ちゃんと掴まってろ」
「うん! ……えへへ♪」
「………………………………」
雫からしたら、聞いたこともない――どこか優しげな声色で鈴にそう言って背中にしがみつくことを許しているイッセーを見て、包帯を巻いた手に再び拳を作り上げ、強く握りしめてしまう。
「ねーねー、ぼくの胸、また大きくなったでしょ?」
「あ? 昨日そう言ってわざわざ目の前で全裸になって見せてきたんだから知ってるよ」
「ぼくとしてはそのまま襲ってくれても良かったんだけどね……」
「じーっとだけ見て、なんかナチュラルに触りながら『おぉっ、確かに』とだけ言ってからさっさと寝ちゃったもんねいっちー」
「まあ、昔からイッセーってこうだからね。
わかってたとはいえちょっと寂しかったかな?」
「ばっかオメー、それで襲ったら犯罪だろ……?」
「魔物とか他種族を簡単に殺しまくってる時点で今更なんじゃないかな?」
「……………」
ほんわかと三人だけから醸し出される空気の外から見ているだけしか出来ない。
その現実が、どこまで行っても自分はイッセーの関心に触れることすらないという事実が、包帯から滲み出る血のように雫の精神を血のように赤く染め上げていくのだ。
「や、やっぱり、三人は仲が良いのね?」
「え、そう見えるの!?」
「ええ……少なくとも私から見たらとてもね」
「まー……イッセーとは小さい頃からの仲だし?」
「………」
「……っ!(くっ! な、なんで私が話した途端露骨に黙るのよ!?)」
「そ、それだけ普通に接する事ができるのなら、少しは他の人にもそういう態度になれば、ちょっとはまともに見えるんじゃないかしら? だから試しに私と―――――
「お前ごときとくだらねぇ会話するくらいなら、そこら辺でゲコゲコ鳴いてるカエルと喋る方がまだ有意義だと思うんだがな……」
「」
「わぉ、辛辣ぅ……」
「最初の頃の鈴もこんな感じだったなぁ……」
もっとも、赤くなった直後に液体窒素を思わせるイッセーの罵倒じみた言葉のせいで、色々とへし折れる事になるのだが…。
簡易人物紹介
イッセー
傲慢、残虐、人でなしといった、とにかく人格面が全てにおいて終焉してしまった壊れし赤龍帝。
そんな自分に懐く二人の少女の意思を叶える為、そこら辺から色々な他種族の者を拉致ってきては二人の修行相手にさせ、二人がそれを越えたらさっさと殺すという、血も涙もない修行方法を確立させている。
ちなみにちゃんと性欲はあるし、あるからこそ、恵里とかが成長を見せてきた時は内心『おっ!?』とはなる。
けど、彼女の幼少期の出来事を考えたら、とてもじゃないがそうう真似はできないの、やはり彼女に対してはかなりの人間性と優しさを向ける。
……逆に本人からしたら不満の種だと知らずに。
中村恵里
基本的にイッセーが傍に居るので安定しているように見えるが、一皮剥けば彼女はやっぱり中村恵里であると言える人格。
なので、イッセーの行動にはなんの疑問も抱かないし、否定もしない。
強いて言うなら、成長しても扱いが子供のままな所。
一応、かなり色々と攻めたりはするのだが、常にイッセーは『こんなイカれ野郎なんかの為にしちゃダメだ』と、優しく包んでくれちゃうので結構複雑だったりする。
ちなみに、イッセー式トレーニングにより、既に身体能力だけはこの世界でも上位のレベルに進み始めている。
谷口鈴
恵里とイッセーにこれでもかと懐く少女。
感情の向けかたが分かりやす過ぎて、かなりの苦労はあったものの、あのイッセーに心を開かせたという快挙を成し遂げている。
恵里共々イッセー式トレーニングによって身体能力の限界突破が始まっている。
八重樫雫
最低最悪……されど目を奪われてしまう程のパワーを持つイッセーの傲慢さにある意味でやられてしまった悲劇の少女。
その上、目の前で恵里やら鈴にはかなり穏和な態度を見せる所すら見せつけられたせいで、色々と感情がぐちゃぐちゃになっている。
南雲ハジメ
運悪く足を踏み外した事で色々と運命を変えた主人公。
現在魔物を生で貪ることでパワーアップを遂げ、吸血鬼のヒロインと邂逅した。
しかし、心の奥底にはやはりイッセーへのコンプレックスが残ったままである。