色々なIF集   作:超人類DX

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ぐだったなぁ……


破壊の龍帝

 

 

 

 騒がしい、もう少し静かにできやしないものか。

 

 

 前方に獣型の魔物、後方に人型に近しい骸の魔物に挟まれる形となってパニックになっているクラスメート達や騎士団の声を耳障りだと思うイッセーは、まるで他人事のような顔をしながら持ち込んでいた林檎っぽい果物を齧っていた。

 

 

「皆慌てずに陣形を立て直すんだ!!」

 

「騎士団の人たちを援護しつつここを突破するわよ!」

 

「っしゃあ! やってやらぁ!!」

 

 

 不慮の事故――というよりはクラスの誰かのやらかしにより、本来来る予定ではない迷宮の下層の地点まで飛ばされてしまい、そこに居たのは訓練として戦ってきた魔物達とは文字通り比べ物にならない強さと狂暴性を秘めた魔物達。

 

 そんな突然とも言える戦いに誰しもが浮き足立つのは無理らしからぬ事だろう。

 

 しかしイッセー……そしてイッセーの傍に立つ恵里と鈴だけは、まるでテレビ画面の向こうでの出来事を観ているかのように、ぼんやりとパニックになるクラスメート達の中に混ざりながら見ている。

 

 

「あーぁ、もう少し冷静になれないのかね」

 

「いっちーが逆に冷静すぎるんじゃあない?」

 

「まー……どうでも良いしなぁ」

 

「さっき檜山がグランツ鉱石というものを取ろうとメルド団長さんの忠告を無視したらこうなったみたいね」

 

「じゃあソイツにケツ拭かせろよ。

えーと、檜山ってのはどれだ?」

 

「あそこに居るよ。

ほら、いっちーがこの前ぶっ飛ばした……」

 

「あぁ、あのなんちゃって半チクコゾーの事だったのか。

ほとほと余計な事しかしねーんだな」

 

 

 他のクラスメートに混ざり、炎系の魔法を無駄に乱発してパニックになっている檜山という男子生徒のやらかしだと恵里から聞いたイッセーは、それでも呑気に水筒の水を飲むと、恵里と鈴に『お前らも飲むか?』と差し出す。

 

 

「いっちーは戦わないの?」

 

「このままほっとけば、何とかなりそうな気もしないでもないしな……」

 

「でもイッセーなら、あのベヒモスというのと、トラウムソルジャーという魔物を倒せるんじゃあないの?」

 

「あー……多分殺されやしないとは思うぞ」

 

 

 目の前で起こっている大惨事なんて知らないとばかりに、呑気に飲み食いする三人だけが異常に見えてならない状況。

 

 そんな三人に――というよりはイッセーの姿に気付いたのか、前線でトラウムソルジャーと戦っていた八重樫雫が余裕の無い声でイッセーに言う。

 

 

「ちょっとそこの三人! 何を呑気に飲み食いしているのよ!?」

 

 

 雫のその怒声に漸く他のクラスメート達もイッセー達の怠惰そのものな姿に気がついたのか、次々と責め立てる。

 

 

「そ、そうだよ! 皆必死なのに!」

 

「お前らだって死にたくねーだろう!?」

 

「なんでそんな真似ができるんだ!?」

 

 

 トラウムソルジャー達の攻撃を必死に掻い潜りながらというのもあってか、全員が全員凄まじい形相となっているのだが、言われた張本人達の顔に反省といった色は皆無だ。

 

 

「………」

 

「流石に動かないと後が面倒だよイッセー?」

 

「うん」

 

 

 一応形だけでも戦ってました感は出すべきだと言う恵里と鈴はどちらかと言えば戦闘型ではなく後方支援型だったりする。

 そんな二人から言われたともなれば、まあ仕方ないとイッセーは手に持っていた果物の残りを一気に口へと放り込んで食べ終えると、心底怠そうに首の関節を鳴らしながらやいのやいのと騒がしいクラスメート達の中へと歩き、自分達に怒声を向けてきた――イッセーからすれば名前すら記憶もしていない八重樫雫の後ろまで近づく。

 

 

「! 兵藤君……!」

 

「?」

 

 

 そんなイッセーに気付いた雫は、何故か知らないが歓喜の表情を浮かべてきたのでイッセーは眉を潜めつつ、彼女の肩を掴むと……。

 

 

「邪魔」

 

「きゃっ!?」

 

 

 無理矢理引っ張って自分の後ろへと下がらせる。

 当然雫だけではななく、他のクラスメート達も同様に『邪魔でしかない』とばかりに無理矢理後方に下げる。

 

 

「な、なんのつもりよ!?」

 

「そ、そうだ! 急に割って入ってきたかと思えば――」

 

「あの虫けら共を全滅させれば良いんだろ? キミ等が居ると邪魔なんだよ」

 

 

 無理矢理後ろへと引っ張られたせいで尻餅をつく雫達からすれば『完全に見下しきった目』にしか思えない、石像のように冷たい目をしたイッセーがそう言うと同時に先頭に居たトラウムソルジャーの一体を手刀で切り裂く。

 

 

『!?』

 

 

 その現象に驚愕するのと同時に言い知れぬ生理的な嫌悪を催すクラスメート達は、元の世界においてもこの男だけはどこかしらおかしかった事を今更のように思い出す中、雫だけはその生理的な嫌悪よりも、自分達が苦戦を強いられていたトラウムソルジャーを、血を吸う蚊を叩き殺すかのように簡単に倒したイッセーの異常さに目を奪われてしまう。

 

 続けざまに放つ、軌道すら見えない回し蹴りでトラウムソルジャーの胴体を切断するその姿と。

 

 

「今更ものすら言わない畜生共風情を何万匹殺した所でなんの足しにもならないが………消えてな」

 

 

 翳した右手から放たれる、魔法とは明らかに違う巨大な赤い閃光によって無数のトラウムソルジャー達を一瞬で消し飛ばして見せたその背中を。

 

 

「う、嘘だろ……? あ、アイツ……一瞬であの数の……」

 

「今何をしたんだ兵藤は……?」

 

「手から赤い何かを出してたけど……」

 

 

 この世の誰よりも異常な男の姿を。

 

 

 

 

 

 一瞬でトラウムソルジャーの群れを絶滅させたイッセーの異常な結果に戦慄して茫然となっていたクラスメート達だったが、背後から聞こえる獣の咆哮によって現実へと引き戻される。

 

 

「そ、そうだ! まだ後ろにベヒモスって魔物が居る!」

 

「今光輝とメルドさんが戦っている筈だ!」

 

 

 現実に引き戻された生徒達の視線がイッセー一人に向けられる。

 いくら異質で薄気味の悪い男であるとはいえ、トラウムソルジャーの群を一瞬で葬ったその強さに嘘は無いし、今に限れば頼もしさすら感じるからこそ、暗にベヒモスもなんとかしてくるかもしれないという期待の籠った目を向けるのだが……。

 

 

「このまま上に逃げれば良いだろ。

一々倒さなきゃならないって訳でもないんだし」

 

『…………』

 

 

 本人のやる気は全く無く、なんならそのまま上への階層へと続く階段へと向かおうとしている。

 

 

「そ、そんな! 光輝やメルドさんが危ないかもしれないし、このまま全員が無事に逃げられる保証は――」

 

「その時は事故にでもあったと思って諦めるんだな」

 

『』

 

 

 あまりにも他人事過ぎる物言いに、今までイッセーを薄気味の悪い奴と腫れ物のように思っていたクラスメート達は言葉を失う。

 

 

「帰るぞ恵里、谷口」

 

 

 実は密かにトラウムソルジャーの群の周辺に結界を張って逃げ道を封じるアシストをしていたりする鈴や、その規模結界を張る為の魔力を貸していた恵里の二人を呼びながら、さっさと自分達だけ先に出ていこうとするイッセーを、慌てて雫が呼び止める。

 

 

「ま、待ちなさい! 今ので確信出来たわ! アナタならベヒモスを倒せる筈よ! だから――」

 

「怠い。嫌だ。眠い。だからパス」

 

「っ! そ、そこをなんとかお願い! このままじゃあ光輝達が――」

 

「知らないな。

てかお前が行けば済む話だ。俺はソイツ等がくたばろうがどうでも良いんでね」

 

 

 完全に見下しきった目をしているイッセーの血も涙も無い言葉に光輝に近しい友人達は怒りを覚えてイキり立とうとするが、そういった者達を手で制した雫は、イッセーに向かって頭を下げる。

 

 

 

「お願い……! 弱い私では助けることなんてできない……! だから兵藤君……どうか……!」

 

「し、雫! お、お前そこまで……」

 

 

 最早その場で土下座までし始める雫にクラスの者達は騒然となり、やがてここまでしているのに何故助けようとしないのかといった責め立てる視線をイッセーに向け始める。

 

 

「どうするの? シズシズにここまでされちゃってるけど……」

 

「勝手にそれがやり始めた事だろ。くだらねぇ」

 

「けどこのまま放っておくと面倒なオチになりそうな――――」

 

 

 勝手に土下座までしてくるだけのどうでも良い存在としかそれでも思わないイッセーが鼻を鳴らし、それでも無視して行こうとすれば、今度は話を途中から聞いていた白崎香織までもが頭を下げ始める。

 

 

「わ、私からもお願い! このままじゃ南雲君が……!」

 

「か、香織!?」

 

 

 恵里の言った通り、確かに面倒な展開となっていってしまう状況にイッセーは舌打ちをする。

 というのも、イッセー本人は雫共々頭を下げてきた香織の事なぞ記憶すらしていないが、どういう訳か香織が頭を下げ始めたその瞬間にクラスメート達が異様に殺気立ったのだ。

 

 

「カオリンまで……」

 

「ほら面倒な事になった……」

 

 

 恵里と鈴は当然この二人を知っているので、この二人にそういった真似をさせたらどういう反応を周りがするのかを理解しているし、万が一この状況をあの天之河光輝とかに見られでもしたら――

 

 

「兵藤ォ!! 雫と香織に何をしたァ!!!」

 

「面倒その3……」

 

「タイミング最悪だ……」

 

「………」

 

 

 

 しかし悪い予感というものは当たってしまうものらしく、ベヒモスと戦闘をしていた筈の天之河光輝がクラスメート達の掻き分けながらやって来たかと思えば、イッセー相手に膝をついて地面に額を擦り付けている幼馴染みを見た事で、何を勘違いしたのか激昂してしまったのだ。

 

 

「答えろ兵藤! 何故二人に土下座を強要させている!?」

 

「……………」

 

 

 トラウムソルジャーの群が消えている事も、その理由が何なのかという疑問も忘れて冷めた目をしているイッセーの質素な服の胸ぐらを掴んで詰め寄る光輝に、横に居た恵里と鈴は揃って『アチャ~』と片手で顔を覆い、イッセーは『面倒だから頭でもカチ割って黙らせてやろうか……』とどこまでも冷めた目をし続けていると、雫が慌てて光輝に説明をする。

 

 

「ち、違うのよ!? 骸骨の群を兵藤君が全滅させてくれたから、次は向こうに居るベヒモスを倒すために力を貸してほしいって頼んでいただけで……」

 

「だからといってコイツに二人が土下座までする必要なんて無いし、普通に口で頼めば良い話だ!」

 

「そ、それもそうだけど――」

 

「…………」

 

 

 言われてみれば土下座までする必要はあまりない気もしてきた雫だが、イッセーのあの冷めきった態度を考えたらここまでしなければ動いてはくれそうもなかったのでなんとも言えない。

 

 

「恥ずかしくないのかお前は!? 女子にこんな真似をさせて――」

 

「…………………………………………………」

 

「いやあの、そこの二人がやり出した事で……」

 

「そ、そうそう……。

確かにいっちーにも冷たい所があったけど、別に強要は――」

 

「キミ達二人は元の世界の時からずっとこの兵藤にくっついているから庇い立てしたい気持ちはわかる。

だが俺は二人の幼馴染みとして兵藤が許せない!」

 

「「………」」

 

 

 とにかく雫と香織に土下座をさせた事が気にくわないらしい光輝に何を言っても取り付く島が無い状態で引き続き怒りの形相でイッセーの胸ぐらを掴んでいる。

 

 

 

「………」

 

「なんだ……! 何か言うことでも――」

 

 

 その時だった。

 そろそろ本格的にめんどくさい気分で精神が埋め尽くされていたイッセーが徐に左手の人差し指を咆哮と共に暴れている真っ最中のベヒモスに向かって指すと、周囲や胸ぐらを掴む光輝の怪訝そうな表情を他所に――ただ小さく口を開いた。

 

 

「起きろ――――ドライグ」

 

 

 

 ここに居る誰でもない誰かの名を口に出したその瞬間、イッセーの左腕全土に赤い鎧のような装甲が一瞬にして現れて覆われていた。

 

 

「な……!?」

 

「!?」

 

 

 

 その怪現象に、異世界へと召喚されて二週間もの間に魔法やらなにやらを知った生徒達をしてギョッとさせた。

 

 

「お、お前……その腕は一体――うっ!?」

 

「……………」

 

 

 間近で見せられた光輝もまた、イッセーの左腕に現れた謎の何かに驚くも、何よりもその左腕に現れた何かと同時に放たれたイッセーの言い知れぬ雰囲気に思わず胸ぐらを掴んでいたその手を離し――そして恐怖して後退してしまう。

 

 

「…………………………………」

 

「兵藤……君……?」

 

「は、早く……南雲くんが……」

 

 

 何がなんだかわからないが、何となくやる気になった気がしたと思った香織が、とにかくハジメを助けて欲しいと急かし、雫は左腕を覆う赤い装甲と共に放たれるイッセーの冷たい殺意のようなオーラにどこか惹きこまれるものを感じてしまい、茫然とその名を呼ぶも、イッセーはといえばそんな二人の少女に一瞥すらくれることなく、同じように雰囲気に飲まれてしまったクラスメート達が開ける道を悠然と進むのだった。

 

 

「これはしばらく機嫌が悪いわね……はぁ」

 

「でも久しぶりだよね、ドラちゃんの籠手を使ういっちーも」

 

「そこまでする程の魔物じゃないんだけど、多分イラッってなってストレス発散がしたくなったって所でしょうね……」

 

 

 当然のようにその後をついていく鈴と恵里と共に……。

 

 

 

 

 

 

 悔しいが、浮き足立つクラスメート達を纏められるのは光輝をおいて他ならない。

 だからハジメは光輝に後方へと下がってクラスメート達を落ち着かせて欲しいと懇願し、自らがベヒモスの猛攻への時間稼ぎを買って出た。

 

 そしてメルドと共にハジメは錬成の力をフルに駆使し、襲い掛かるベヒモスの周辺に足止めになる壁を作ることで何とか時間を稼ごうとするのだが、魔力に限度があるハジメも限界が来ていた。

 

 

「ぐ……ぅぅ!」

 

「い、良いぞ坊主! ベヒモスの動きが止まったぞ! そのまま走れ!!」

 

 

 意外な活躍をするハジメをメルドは称賛しつつ逃げるように促す。

 しかし足止めの為に体力の殆どを使い果たしてしまったハジメは走ろうにも身体が上手く動いてくれない。

 

 

 

「う……ぁ……!」

 

【グォォォォッ!!!】

 

「坊主!!!」

 

 そうこうしている内に錬成された壁を破壊したベヒモスの破壊的な一撃が動く事ができずに膝をついていたハジメに襲い掛かる。

 

 その刹那、ハジメはこれまでの人生が走馬灯のように己の頭の中を過る。

 

 

(や、やっぱり僕には無理だったんだ。

異世界に召喚された主人公は僕なんかじゃなかったんだ……!)

 

 

 

 異世界ファンタジーものの主人公にはなれない自分。

 ありふれた職故に戦うことすら儘ならない自分。

 

 そしてなによりも……見下しきった目をする兵藤一誠へのコンプレックス。

 

 

 結局何も自分にはないのだと迫り来るベヒモスの爪に目を閉じようとしたハジメだったが、その刹那―――

 

 

 

【ギャウ!?】

 

 

 横から襲い掛かる赤い閃光が、ベヒモスを吹き飛ばし、ハジメは命を拾うことになる。

 

 

「なん…だ……?」

 

 

 その突然の事にハジメはその場に尻餅をつきながら茫然と顔半分が焼き焦げているベヒモスがのたうち回る姿を眺めていると、背後からゆっくりとした足音が聞こえる。

 

 

「っ!?」

 

 

 振り向くハジメは目を見開く。

 何故ならそこに居たのは……そして歩いてくるのは。

 

 

「……………」

 

「ひょ、兵藤……君?」

 

 

 抗えない自分とは違って、抗える全てを持っている男であり、ハジメにとってすればコンプレックスの矛先そのものである暗い茶髪の男―――イッセーなのだから。

 

 

 

【グゥォォォォッア!?】

 

「お、お前は兵藤!? な、何故……」

 

 

 自分と同じように突然の出現に戸惑いを見せるメルドに、イッセーは返答する事もせず、顔の半分が焼き爛れたベヒモスの怒りの唸り声に対して冷めた顔を崩さない。

 

 

「ほら南雲くん、回復薬」

 

「危なかったね南雲君?」

 

「た、谷口さん、中村さん……あ、ありがとう」

 

 

 イッセーの後ろをついてきていた恵里と鈴から渡された回復薬でなんとか回復が出来たハジメは改めてイッセーの姿を見る。

 

 

「あの左腕は……?」

 

 

 やはり目を引くのはその左腕全体を覆う赤い装甲のようなものだ。

 ただの防具にしては中途半端だし、そもそもどこであんなものを手に入れていたのか……。

 様々な考察をしようとしていたハジメだったが、その考察も途中で強制的に中断させられてしまう。

 

 

 

『Boost!』

 

「消えてろ」

 

 

 

 どこからともなく聞こえてきた気がする声のようなものと同時に徐に左手をベヒモスに向けた翳したイッセーから放たれた巨大な光線が、断末魔すら許さずにベヒモスを一瞬で消滅させてしまったのだから。

 

 

「う、嘘だろ……」

 

「い、一撃であのベヒモスを」

 

 

 まるでコンビニに行ってきただけだと言わんばかりに、目の前を飛んでいた羽虫をはたき落としただけだと言わんばかりに、メルドやハジメや光輝があれだけ苦しめられてきたベヒモスをたった一人の男が、それも一瞬で倒したのだ。

 

 

 

「……チッ」

 

『こんな程度の獣ごときにオレをわざわざ起こすなよイッセー』

 

 

 まさしく異質。

 まさしく異常。

 

 

「チッ、あの女共め。

後で金でもせびってやらなきゃやってらんねーわ」

 

「あの二人にそんな事言っちゃう辺りがいっちーというか……」

 

「見事にチンピラね……」

 

「うっせーな、自覚しとるしほっとけ」

 

 誰にも届かぬ龍の帝王の領域。

 

 

 

「ま、待ってくれ兵藤くん! そ、その……」

 

「………………」

 

「っ……!(ま、またあの目を。僕の事なんてゴミとしか思ってない、あの嫌な目を……!)」

 

「…………ふん」

 

 

 

 その出で立ちだからこそ、ハジメは更なる劣等感を刺激する。

 

 

 

 そして―――

 

 

「あ、ありがとう兵藤くん、皆を助けてくれて―――」

 

「………檜山ってのはどこだ?」

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 

「ギャァァァッ!?!?!?」

 

「ひっ!?」

 

「な、なにをするんだ兵藤!? なんのつもりで――」

 

「元を辿ればこのカスが余計な真似をしたからこんな面倒な事になったらしいじゃねーか。

あ? テメーでケツも拭けもしないでのうのうとされてもイラつくからなァ……?」

 

「ギィ……ァァァァァァ……!!!!???」

 

「や、やめて兵藤君!! このままじゃ檜山君が……!!」

 

 

 あまりにも残虐で傲慢すぎるその姿がハジメは怖く、そして大嫌いだった。

 

 

「きゃあ!? は、ハジメ君が穴に落ちちゃった……!!」

 

「なっ!? 何でよ!? ちょ、ちょっと兵藤君!? な、南雲君が穴に――」

 

「知るか。落ちたテメーの責任だろ」

 

 

 そんなモヤモヤに支配されたせいなのか、うっかり足を踏み外して奈落の底へと落ちてしまったのはまさに不運としか言えないだろう。

 

 

 

終わり

 

 

 嘘なちょっと予告。

 

 

 

 

 

 『かつて異界にて神をも葬り去った最強の龍の帝王がこの世界召喚されたかもしれない、その帝王を探している』

 

 そう話した竜族の娘は、召喚人の一人であるハジメの旅に同行した。

 

 

 そして皮肉な事に、ハジメにとってコンプレックスに思っている残虐な男こそが―――赤き龍の帝王だったのだ。

 

 

「お、お主があの赤龍帝――ぐがっ!?」

 

「あぁ……その声。

マジで殺してやりたくなるくらい不快だぜ?」

 

 

 暴虐にて傲慢。

 おおよそ一族に伝わっていた伝説とはあまりにも正反対な精神性をしていた事へのショックもそうだが、なによりその男は自分の声が気にくわないというあんまりな理由で殺そうとしてきたのだ。

 

 

 

「兵藤ォォォッ!!」

 

「ティオを離して……!」

 

「こ、このぉっ!!」

 

 

 ハジメ達が締め上げられている自分を助けようとしてくれる。

 だがそんなハジメ達を嘲笑うかのように、龍の帝王は皮肉な事に伝説通りの異次元のパワーを見せつけてくる。

 

 

「こ、こんなにも差が! オレとアイツの間にはあるのかよっ!?」

 

「ハ、ハジメ……」

 

「こ、殺される……み、皆殺される……!」

 

「う、うぅ……や、やめてくれ。

妾はどうなっても良い、だからこの者達だけは見逃して―――」

 

 

 

 

 

 

 

「くっくっくっくっ………! くくくくく……!!!

フッ………はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははァ!!!!」

 

 

 

 探し求めていた伝説は、確かに伝説であった。

 神をも葬り、そして全てを消し去る――伝説は本当に存在していたのだ。

 

 

 

「俺が……この俺が!

畜生共の命乞いに耳を貸すとでも思ったのか? 散々そっちから吹っ掛けて来たカス共を見逃す程俺は出来た奴じゃあないんだよッッ!!!」

 

 

 破壊の赤き龍帝の伝説。

 

 

「畜生共は光栄に思って死ね。

俺の全力を見た時――それがテメー等の最後だァァァァっ!!!!」

 

 

 全てを破壊したことで心を壊した異常者。

 

 

「こ、こんな事が……」

 

「嘘……だろ……?」

 

「か、勝てるわけがありません。

こ、こんな力を持つ人に……」

 

「は、はは……わ、妾のせいじゃ……。

皆……すまなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『さぁ……始めようかァ!!」』

 

 

 

 ラスボスを越えた裏ボスによるバッドエンドルート―…嘘です。

 

 

 

 

 その2

 

 

 中村恵里からすれば、そもそも谷口鈴が気づけばイッセーに懐いていること自体が地味に気にくわなかったりはするのだが、ご覧の通りイッセー本人は異性関係に対して明確に縁が無いので、ある程度は見逃してきた。

 

 美少女を前にしても淡白な態度を変えないし、なんなら名前と顔すら記憶しないのだから。

 

 そんな傲慢な性格だからこそ同性にも異性にも嫌われている―――そう思っていたのに。

 

 

 

「あ、兵藤くん……おはよう」

 

「………」

 

「? 聞こえなかったのかしら? おはよう!」

 

「………」

 

「お! は! よ! う!!」

 

「…………………煩い黙れ」

 

「む、聞こえてるじゃない。

それなら返してくれても――」

 

「おはよう。そしてさようなら。消え失せろ。二度とそのツラ見せるな」

 

「……よし!

今日の朝は1分以上も兵藤君と会話が出来たわ。

ふふ、良い一日になりそう!」

 

「………………………………」

 

 

 なんだこの女は。

 何を馴れ馴れしく自分のイッセーに話しかけている。

 

 と、中村恵里は基本今まで鈴以外にはしなかった嫉妬というものに支配されていた。

 

 

「最近シズシズに絡まれるねいっちー?」

 

「鬱陶しいだけだあんなの」

 

「……。それなら一発なぐって二度と近寄れなくしてしまえば良いんじゃないの?」

 

「は?? いや、前にそれをしようとしたらお前らがマジで止めてきたんじゃねーか」

 

「そ、それはそうだけど……。

なんだかイッセーにしては対応が丸いというか……」

 

「シズシズが近寄ろうとするだけで露骨に嫌そうな顔や舌打ちしまくるいっちーの対応が果たして世間的に丸のかどうか聞いてみたいかも……」

 

 

 こんな事なら、以前イッセーが二度と近寄れなくしてやろうとスイッチを入れた際に庇うような真似なんてしなければ良かったと後悔する恵里。

 

 しかしそんな後悔を笑うかのように、八重樫雫というクラスメートの行動は色々と大胆なものだった。

 

 

「あら三人ともここに居たの。

相席するけど良いわよね? それとはい、今日の分の1000ルタよ」

 

「………………もう要らねーから俺に絡むな――」

 

「嫌よ。この前偶々アナタに助けて貰った分を含めてまだ10万ルタは分割で払うし、要らないのなら募金箱にでも入れてちょうだい」

 

「こ、この女……」

 

「し、シズシズ? シズシズが来る事で周りの視線が……」

 

「?? そんなの感じないわよ? それにアナタ達――特に兵藤くんはそんなの気にしないでしょう?」

 

「「「………」」」

 

 

 食事をするにしてもついてくる。

 

 

 

「「ドラゴン波ー!!」」

 

「よーし、二人とも今のは良い感じだぞ。

もう少しパワーを練られたら山くらいは一撃で消し飛ばせる―――」

 

「もう、何も言わずに三人だけで秘密の特訓だなんて水くさいわよ!」

 

「「「………………」」」

 

「む、その構えはひょっとして兵藤くんの必殺技の練習? それなら私にも教えて欲しいわ」

 

 

 誰にも教えてない場所での鍛練にも現れる。

 

 

 

「……。白崎さんが南雲君のチームに付いていったのだし、八重樫さんも付いていけば良かったんじゃない?」

 

「そ、そうそう! カオリンとは親友同士なんだしさ!」

 

「そりゃあそうだけど、香織の邪魔はしない方が良いというか、南雲くんったら随分とモテるようになったみたいだし、南雲くんを巡った戦いの空気は私には合わないわ」

 

「アンタの場合、ボク達の空気の方がよっぽど合わないっつーの……」

 

 

 何ならこれまで三度程イッセーにぶちのめされた事もあるのに、ぶちのめせばぶちのめすほど近寄ろうとする。

 思わず素で毒づく恵里に、雫は困ったように笑う。

 

 

「それにもう私って、香織から絶交宣言されてるもの……」

 

「「………は?」」

 

「………」

 

「や、南雲くんと兵藤くんは仲が悪いでしょ? ……悪いというか、南雲くんに兵藤くんが敵視されているというべきかしら?」

 

「まあ……」

 

「そうなるかな……」

 

「兵藤くんが南雲くんの仲間の人達を『畜生共』と呼んで殺そうとした事にも原因があるのでしょうけど、そもそもの話、どうも南雲くんって兵藤くんを一方的に敵視しているようにも思えるのよ。

もちろん兵藤くんの冷酷鬼畜な性格だからと言われたら理解は出来るわ。

でも兵藤君がお仲間さん達を殺そうとする以前から妙に敵視している南雲君にもほんの少しだけ原因があるんじゃない? ……って言ったら香織に信じられないような顔をされちゃってね。

そこからギクシャクして――香織が南雲くんについていく事になった後に『さようなら雫ちゃん』って言われちゃって……」

 

「「……」」

 

 

 思ってたよりも関係性が崩壊している事を聞いてしまった恵里と鈴は、我関せずな態度で大きな木を使って懸垂をしていたイッセーを見ると、一応会話だけは聞こえていたのか、イッセーは懸垂をしながら口を開く。

 

 

「そんなのテメーが勝手にやって勝手に友達関係を解消されただけの事だろ。

俺のせいにしてんじゃねーよ」

 

「「………」」

 

「勿論そんなつもりは無いわ。

ええ……これは私が選択した事だもの」

 

 

 身も蓋もない言い方に恵里と鈴と雫は複雑な表情をする。

 

 

「傲慢で、人を人と思わない見下しきった態度で、人ではない生物を簡単に殺す残虐な男で、おおよそ人に好かれない最低男だとしても、困ったことに、それを引っくるめても私はアナタが気になって仕方ないのよ」

 

「クソ程迷惑だ」

 

「でしょうね。

アナタの僅かな人間性や優しさの全てはこの中村さんと谷口さんにしか向けないのはわかっているわ。

正直言って私は二人が羨ましくて――妬ましいとすら思うわ」

 

「え……」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 カースト上位陣の美少女の一人にここまでハッキリ言われてしまったせいか、さしもの恵里と鈴も面をくらってしまう。

 

 

「私はもっと兵藤くんの事が知りたい。

という訳だからそんなに懸垂ばっかりしていないでお話しましょうよ?」

 

「消えろ、ぶっ飛ばされんうちにな」

 

「……ぶっ飛ばされてもし生きていたらお話をしてくれる? それなら好きにして構わないわ」

 

「……………………」

 

(い、イッセーが少し圧されてる)

 

(白音って人に追い回された事があったとか言ってた時の顔してる……)

 

 

 裏ボスチームの日常―――嘘です。




補足

なんてこった! せっかく落ちないフラグ立ったのに、足を踏み外して落ちてしまった! ………みたいなオチになってしまった

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