復讐の為に―――なにより生きる為には人としての『普通』を捨て去らないといけなかって俺が綺麗な赤い髪をした悪魔の女の子と出会ったのはまさに人生の『岐路』だった。
俺と同じく、あるカス野郎によって自由を奪われたその女の子を助けたあの瞬間からどこか脆かった俺の『生きる意味』は決して折れぬものへと変われた。
この子の為なら復讐を捨てでも守ろうと誓えた。
この子の為なら人間であることを辞めてまで強くなり続けてやろうと決意できた。
守られてばかりでは嫌だと自分と同じ場所まで来てくれたあの子と背中を合わせて戦えたあの日々は今でも忘れることはないし、これからも永遠に忘れやしない。
そんな思い出のひとつを異世界の他人に預けた訳だが……。
「チッ……身代わりの術みてーなもん使いやがって。
まあ良い――あの塵のツラは覚えておいたし、今ので少しは理解できただろう? それがリアスちゃんだけが掴んだ領域だ」
「解りはしたものの、使いこなせるかどうかはまた別なのじゃが……」
「別に無理して使いこなす必要なんてない。
正直そこまで期待はしちゃいないしな」
「む……」
すまないリアスちゃん――いや、リアス。
少しだけ、ほんの少しだけこのティオって子の可能性を知りたくなったんだ。
清水の背景に居たとされる魔人族に恐怖を植え付ける事だけは出来たものの、迂闊にも逃がしてしまったイッセーはリアスの異常について少しだけ理解したティオと共にハジメ達の元へと戻ってみると、清水は虫の息ながらも生存していた。
「あれ、まだ生きてたんだそれは?」
「正確には動けない程度に生かしておいたんだよ。
で、そっちはどうだったんだ?」
「逃げられた。
どうやら本体じゃなかったらしい」
「そうか……」
自分達を遠くから覗いていたとされる何者かには逃げられたと言うイッセーだが、服のあちこちに新鮮な返り血が付着している事に突っ込む勇気はなかった。
「んで? これはどうするんだ?」
どちらにせよ、次見た瞬間何もさせずに殺すつもりであるイッセーは、呻き声をあげている清水を顎で指しながら問う。
「治療を条件に色々と聞いてたんだよ。
………どうやらドライグの件はコイツには無関係だったらしい」
「………へぇ?」
ハジメ達もただ待っていた訳ではなく、イッセーとティオが出払っている最中、清水から色々と聞き出していたらしい。
それによれば魔物の大群の件は完全なクロであるものの、ドライグの件は本人のものではないとのこと。
「お、俺もあの竜とアンタ等が、戦っている所は見ていた!
だ、だがあの竜は俺が洗脳した訳じゃない! い、一応しようとは思ったが跳ね退けられた挙げ句危うく殺され掛けたんだ!」
「ほー……?」
嫌に素直に――というよりは返答次第では命がないと理解しているのからなのか、必死に自分は無関係だと血を吐きながら訴える清水にイッセーは目細めた。
「それを聞いて安心したな。
お前程度の虫けらごときにドライグが操られるわけもないからな……」
「た、助けてくれ! お、俺はこんな所でまだ死にたくない………!」
となれば、今度はこの小僧の背景に居た例の魔人族共から話を聞く必要があるなと、別の目的を手にしたイッセーの表情から何を察したのか、焦ったように命乞いを始める清水。
「助ける? なぜ俺が?」
「こ、コイツ等がアンタの許可が降りたら俺を治療すると言ったからだ! だ、だから……」
「え、そーなのか?」
「色々と疑いの多い清水をこっちの裁量で生かしても仇で返されそうだからな」
ハジメ達はイッセーが頷きさえすれば助けるつもりであり、つまり清水の命は実質イッセーが握っている。
だからこそ清水も必死にイッセーに命乞いをしているようだが……。
「あ、あの……私のことなんてどうでも良いので清水君をどうか助けてください!」
「わ、私達からもお願い……!」
愛子達も同じように清水の延命を嘆願してくるのだが、イッセーの顔は微妙だった。
「助けてください言うのは勝手だがな。
仮にこいつ生かしたとしても、この町に大群けしかけてきた件を無かったことにするのは無理だろ。
てか、こいつが犯人だと知ったら、町で暴動でも起きそうだし」
「そ、それは私がなんとか説得をします!! ですから……」
「説得? …………………本当、なにからなにまでおめでたい脳ミソしてんなお前? もし今の台詞をコイツのやらかしで巻き込まれて死んだ生物達が聞いたらなんて言うのかなぁ?」
「そ、それは……」
そろそろこの畑山愛子という存在にうんざりし始めてきたイッセーは大分昔、自分のやっていることを棚に上げて似た様な主張をしてきた金髪のシスター服を着た女を思い出す。
「ガキの頃、お前に近い台詞をテメーが散々やったことを棚に上げて俺に吐いたカスみたいな女が居たよ。
……まあ、流石にあれとアンタを同列にするつもりはないが」
「そ、その女性は……?」
「えーと、確か顔面の皮ひっぺがしてから、ソイツがよく喜んで股開いてた野郎目掛けて投げつけてやったっけか……。
あ、いや腸引きずり出してから口の中に捩じ込んだんだっけ? まーどっちにしろぶち殺したって覚えはあるな」
『………………』
イッセーの先程の残虐ファイトを見ていた愛子達の顔色が死人のように血の気を失せさせる。
「あまり出来もしない事を勢い任せで口走るべきじゃないと思うぜ? お互いにな……」
事実は、自分等が散々リアスを裏切り、罵倒し、傷つけてきたくせにイザ報復に出向いたら、それを全部棚に上げて綺麗事を並べてきた事に本気でキレて惨殺してしまっただけの話なのだが。
「そもそもこんなの生かした所でねぇ……?」
「! い、生かしてくれたらアンタの力になる……!」
「そういうのは間に合ってるんで……」
「なんだってする……! アンタの為の魔物の軍隊だって作る……!!」
「話はそれで終わりか?」
この時点で殺す価値すら無いと断定しているイッセーは、そのまま無視してハジメ達に後を任そうとその場から立ち去ろうとしている。
つまりこのままなら清水は生き残れた可能性があった……。
そう、あったのだ。
「お、女だって洗脳してやる……! アンタと思う通りに……!」
「………………………………………………………………………………………………」
イッセーにとっての最高に最悪な『地雷』を踏んでしまうその瞬間までは。
「………………ほう?」
「っ……」
(イッセーの雰囲気が一気に変わった……?)
去ろうとしたイッセーの足が止まり、倒れている清水へと向き直される。
その時点でハジメ達は色々と察したのだが、ほとんどイッセーを知らない清水は食いついてきたのだと勘違いし、必死になって更に地雷ワードを口にしてしまう。
「そこに居る竜人族の女よりも気に入った女が居たら俺がアンタのモノになるようにしてやる! だ、だから助け――」
「はいはい、わかったから少し黙れ、助ければ良いんだろ?」
「ほ、本当か!? や、約束は必ず守る……!」
さも仕方ないような顔をするイッセーを見て助かったと安堵する清水。
「ああ……………………………………………………………………………………………………………………死ね」
「…………………………………え」
「っ!?」
直後、どこまでも冷たい声と顔をしたイッセーによる『死刑宣告』を下された事で一気に絶望へと叩き落とされるのだ。
「ま、待っ―――ぎゃぁぁぁぁっ!?!?!?」
『ひっ!?』
そしてイッセーは倒れている清水の髪を掴んで無理矢理立たせると、その膂力で四肢を引きちぎり、悲鳴をあげるその声を黙らせようと下顎を無理矢理もぎ取る。
「ぁ…ぁ……」
「し、清水が……」
最早人間としての形を失っている清水を前にショックで卒倒する者までいる中、イッセーはそれでも引きちぎられた事で失われた下顎のせいで喋れない清水が命乞いをしているのを無視して上空へと空高く投げ飛ばすと、呆気なく消滅の魔力を使って清水をこの世から消し飛ばしたのだ。
「へ、汚ぇ花火だ」
下手をすれば自分達が戦う相手となる魔人族よりもこの目の前の男の方が余程
園部といったハジメのクラスメートの者達は、人一人を殺したというのに平気な顔をしている男を見て戦慄を通り越した恐怖を抱く他なかった。
「な、何故殺してしまったのですか……! わ、私の生徒を……!」
この期に及んでまだそういった怒りを抱ける辺り、畑山愛子のメンタルも中々なのかもしれない。
だが、それ以上にこの男の思考回路は――
「蚊がよ、血ィ吸ってきたら潰して殺すだろ? 今そんな気分なんだけど、気持ち伝わった?」
「………」
自分達とは根本的に違いすぎた。
この世界とも、自分達とも違う――まさに異界の存在。
「そ、そんな理由で! そんな理由でアナタは私の生徒を殺したのですか!?」
「一々話した所で理解なんぞして貰えそうもないお花畑頭に言うつもりはねーよ。
理由なんぞアンタ等で勝手に解釈してろ」
「清水君が改心する可能性だってあったのに! 王宮で預かって貰って! 一緒に日本に帰れば――」
「じゃあ俺を止めれば良かっただろう? 力付くでよ?」
「………!」
「それも出来ずに殺した後にギャーギャーとしゃしゃり出て喚くだけならガキでも出きるんだよ。
ホント……うぜーなお前?」
「う……く……!」
力が無いから全てを奪われ。
力があるから全てを失った。
「なんなら今から小僧の仇討ちでもするか? 俺を殺すか? 良いぜ来いよ?」
『…………………………』
「……………。で、誰も来ないと。
ホント、何から何まで口だけだったなテメーは?」
力を以てしなければ生きられなかった男。
力がなくとも生きてこられた女。
故に二人は永遠に相容れないし、永遠に解り合えない。
「第一、さっき殺した小僧一人すらまともに抑え込めてもねー癖にこの期に及んでまだ良い子ぶるのかよ? 盾にされて、南雲君に助けられてるだけのテメー一人じゃ何もできやしねぇ…………カスが」
「…………………」
「何度でも言ってやる。
そうやって一生口先だけで生きたいならどうぞ勝手に生きてくださいよ―――マニュアル先生様よ?」
肯定は出来ない。
されど否定も畑山愛子にはできなかったのだ。
補足
生きる為に他を喰らってきた。
それ以外の生き方を知らない。
自分のやってることに正しさなんて一切問わないし、それを正しいとも思わない。
故に一生話なんて通じません。