昔、平等なだけの人外とか名乗っていた女は言っていた。
この世界に現れたイレギュラーによってキミは対抗しうるイレギュラーを掴んでしまった。
イレギュラー――つまり、人を将棋やチェスの駒のように扱い、絶対安全圏からほくそ笑みながら見下ろす神のようなモノによって送り込まれた存在に人生を壊された事で生まれてしまった異常。
親を殺された事で芽生えた復讐心によって発現してしまった異常。
曰く、本来の人生を歩んだ俺――兵藤一誠ならば決して生まれやしなかった精神の力。
それがイレギュラーによってイレギュラーへとなってしまった俺の切り札。
あらゆる状況や環境に対して、即座に適応し、それを糧として進化する。
それが今の今まで封じ込めてきた俺の異常。
「流石にドライグとの喧嘩を前に片腕だけじゃあ失礼だよな? ―――フンッ!!」
ドライグと共に最強へと到達し、リアスちゃんと共にもっと先の先へと歩き続ける為の異常。
「再生完了ってね。
これで完全に後戻りできなくなっちゃったな……。
再封印も出来そうにないし……」
『グルル……!』
「こうなりゃあ後は野となれ山となれだ。
さぁてと、そろそろドライグ……お前をたたき起こさないとな?」
『グゥゥゥ……!!』
「理性が飛んでいようとも、お前ならわかるだろドライグ? ふふ……今度の俺はちょっと強いぜ?」
永遠に頂へは到達できない運命となる俺の異常。
「右腕が再生しただと……?」
今までの人生でもっとも『永い』と感じた30秒を乗り越えたオレ達は、『奥の手』というものを引っ提げて戻ってきたイッセーの失われた右腕が生々しい音と共に再生していく様を見て絶句してしまう。
「ガキの頃、ある一定の壁を越えた辺りから脳ミソ以外の臓器が損傷しても再生できるようになってね」
荒れ狂う狂暴性をむき出しに、唸りながらこちらを見据える獣人のような姿へと変貌している赤い竜を前に、複雑そうな顔をしながらその再生した右腕の調子を確かめるように軽く振っているイッセーの言う奥の手というものがこれなのか。
「といっても、これは所詮進化の副産物でしかないんだけど……」
だとすればイッセーの奥の手というのは高い自己治癒能力なのかと、オレには不可能な再生能力を示すイッセーの背中を見つめながら考えていれば、イッセーは複雑そうに口を開く。
「再封印するまで何百年掛かることやら。
いや、下手したらもう二度と封じ込めないかもしれない……かもな」
「「「?」」」
再生している右手の掌を開いたり閉じたりしながらそう溢したイッセーの言葉の意味をオレ達はまだわからない。
ただひとつ、わかっているのは―――
「ハッキリとわかる。
今のイッセーはさっきまでのイッセーとは別次元」
ユエの言うとおり、今のイッセーは30秒時間を稼ぐようにオレ達に頼んできた時のイッセーとは明らかに違うということ。
纏う覇気。
背中越しに伝わる、比較することも烏滸がましく思えてしまう力の渦。
なにもかもが別人だと錯覚してしまうほどに、今のイッセーから伝わる力は強いのだ。
「さて南雲くんにユエさんにシアさん。
後は俺に任せてくれ」
『グルル……!!』
そう軽い調子でオレ達にそう言ったイッセーは獣のような唸り声を放つ赤い竜に向かって構え――
「来い! ドライグ!」
空へと飛翔する。
それを追いかけるように赤い竜もまた空へと飛び、そして最終ラウンドは幕を開けた。
『ウォォォォッ!!!』
「へへ……! そらっ!!」
まるで蜥蜴の尻尾のようなお手軽感覚で肩から先から失われた腕を再生させたイッセーは、これまた先程とは明らかに別次元のパワーを以てして暴走している赤い竜を叩きのめす。
『グゥォォォアッ!?』
先程までとは次元の違う速力で肉薄され、無数の拳を一瞬の内に全身に叩き込まれた赤い竜を覆う外骨格を思わせる鎧が砕かれ、剥がされていく。
「シッ!!」
『ガッ!?』
「だだだだだだっっ!!」
『ゴハァッ!?』
高速を超えた拳を叩き込まれていくドライグが苦悶の声を出す。
「ぬんっ!!」
『うがっ!?』
空もろとも掬い上げるようなアッパーにより、ドライグの視界が強制的に空へと向けられる。
しかしそれでもドライグは倒れず、即座に視界をイッセーへと向き直すと、力任せの拳を突き出す。
「へへ……ぬぅん!!」
『っ!?』
それに対してイッセーは突き出された拳の軌道を捌き、がら空きとなったドライグの胸元に強烈な肘打ちで貫き、悶絶するその隙を突くように空中で一回転して勢い付けた蹴りを頭に叩き込む。
『グォォッ!?』
「せーのっ…!!」
強烈な蹴りにより地面へと勢いよく落下していくドライグに、イッセーは間髪入れずに両手を空へと掲げながらエネルギーを生成しそのまま両手を振り下ろす。
「すげぇ……」
「まるで光のシャワー……」
「え、あの……普通に地面に向かって打ってますけど、私達は大丈夫なのでしょうか……?」
振り下ろされたその両手から放たれる光のシャワーが落下したドライグを取り囲むように大地を破壊していく様を見ていたハジメとユエは、ただただ感嘆の声を出す横で、シアが不安そうに呟く。
そのそのシアの不安は的中し、山々は破壊され、山脈だった場所は荒れ果てた荒野へと変わり果てる。
「イッセーの野郎、オレ達が居ることを忘れてるのかよ……!」
「ティオに乗らなかったら危なかった……」
「山があっという間に荒野になってしまいましたね……」
【……】
咄嗟に竜へと変化したティオの背中に乗り、空へと避難することで被害は免れたものの、後で小言のひとつや二つは絶対に言わなければとハジメ達は破壊された大地から飛翔してきたドライグと、超高速の肉弾戦を展開するイッセーをジト目で睨む。
『グルァァァァッ!!』
「ハァァァァッ!!!」
速すぎて最早何をしているのかもわからなくなる程の速度による肉弾戦の余波が衝撃波となり竜の姿へと変化しているティオやその背に乗るハジメ達の身体を痛いくらいに叩くが、それでも四人は決してその場から避難しようとはせず、やがて互いの手から放たれる光線が衝突したことで次元の一部がガラスのように破壊される様を見続ける。
『グォォォォッ!!! ガァァァァッ!!』
「っ!? ぐおっ!? ………………デァァァッ!!!」
いつ果てるかも解らぬ、怪物同士の戦いは佳境へと突入し、獣人のような姿へと変貌していたドライグの肉体がよりマッシブな体つきへと変化したのを皮切りに、少しずつイッセーを再び圧し始めていく。
「ウォラ―――むっ!?」
『ぐぅぅ………ゴァァァァッ!!』
それまでイッセーの攻撃に怯んでいたドライグが、マッシブな姿へと変質した事で防御力が増大したのか、イッセーの渾身の一撃を顔面に貰っても一切怯む事無く、強引にイッセーの腹部に拳を叩き込んで吹き飛ばす」
「ごはっ!?」
『ガァァァッ!!!』
割れた次元の裂け目の壁らしきなにかに背中を叩きつけたイッセーに更に追撃の一撃を叩き込む。
「チッ………………………ハァァァァッ!!!」
ここに来てドライグが更なる成長を遂げていると理解したイッセーは、全身に纏っていた燃えるような赤い闘気を全解放し、やがてその赤い闘気は激しいスパークを伴った赤と金色が入り交じったものへと昇華。
その頭髪はリアスの在りし日を思わせる鮮血の赤となり、瞳は龍を思わせる縦長に開いた金色の瞳となる。
「セリャァァッ!!!」
『グァァァッ!?』
精神的には全盛期へと戻ったイッセー解放により再び優劣が逆転されたドライグは、その一撃と共に大きく殴り飛ばされた。
『グ……ググ……ォォォ……!!』
「こんだけやっても正気に戻れないのか。
………胸くそ悪すぎるぜ」
全身がひび割れ、外骨格のように覆われた鎧の節々が砕かれても尚狂暴さを剥き出しにするドライグに、イッセーは『ドライグをこうさせた誰か』への嫌悪に顔を歪める。
「………」
『グゥゥ……! ゥゥゥ……!!』
ボロボロな姿となっても、立つことすらやっとでも尚闘うことをやめようとせず、此方へと向かってこようとするドライグにイッセーは決意をする。
「待ってろ、今お前を助ける」
自分を導いてくれた父親にも近い感情を持っていたドライグを必ず救う為、イッセーは全身から溢れ出る闘気をその両手に全て集約させると、一度大きく両腕を広げてから前へと突き出す。
「さぁてと、ドライグだったらこの構えがなんなのか――わかるよな?」
それは幼き頃実の父親と共に見ていたアニメの主人公の必殺技。
それを忘れなかったイッセーがドライグと共に再現し、今もまだ己の
「これで終わりだ……!!」
突き出された両手に生成されしエネルギーを更に増幅させながら、足下すらおぼつかないドライグに向かってイッセーは奥義を放つ。
「100倍・ビッグバン――――――――――――――
――――――――――――――ドラゴン波ァァァッ!!!!」
殺すのではなく、救う為に放たれた巨大な光線は――ドライグの全身を飲み込んだ。
下手したらこの世界全てを破壊しかねない光線をぶっぱなした男は、歪な人型へと変質していた赤い竜が元の竜の姿へと戻って倒れ伏しているのを確認すると、真っ赤に染まっていたその頭髪を元の焦げ茶色へと戻し、ふぅと一息吐く。
「「「イッセー(さん)!!!」」」
その様子を見ていたハジメ達がティオの背中から飛び降り、パキパキと首の関節を鳴らしていたイッセーのもとへと集まる。
「終わったのか……?」
「一応はな……」
「ドライグは……死んだの?」
「いや、死んではないよ」
「だ、大丈夫なのでしょうか? 気を失っているみたいですけど……」
「仮に起きてまた暴走しても、もう大丈夫だ。
………完全に『慣れた』からな」
「慣れた……?」
イッセーの不可解な言葉にハジメは訝しげな顔をするも、今はとにかく気を失った赤い竜がどうなっているかや、先程からティオの様子が変なことだった。
特にティオに関しては何時ものイッセーへのイケイケな態度が全く無く、寧ろウブな少女のようにシアとユエの背中に隠れてイッセーをチラチラとみている。
「なにしてるんですかティオさん……?」
「や、そ、そのぅ……」
「さっきから変……」
「べ、別になんでもないのじゃ…」
なんでもないと言いながらイッセーに近寄ることを躊躇っているのは、とてもではないが何でもないようには見えないのだが、イッセー本人はといえばそんなティオを放置してゆっくりと気を失っている赤い竜へと近づく。
「大丈夫なんだろうな?」
「………ああ」
ハジメもイッセーについていき、改めて赤い竜の傍に立つ。
イレギュラーとはいえ、自分達ではどうにもならなかった最強の竜であり、イッセーのかつての相棒。
そんな最強の精神を操っていたのは果たして誰なのかといった様々な考察がハジメの脳内を旋回する中、傍まで来ていたイッセーが優しく気を失っているドライグの頭に触れる。
「………」
「ぐ……ぅ……」
「!!? 意識が……!」
イッセーが触れた瞬間、赤い竜の小さな呻き声を聞いたハジメが反射的に銃を構えるが、イッセーはそんなハジメを手で制しながらじっとドライグを見つめるていると、ドライグはゆっくりと目を開く。
「イッセー……か……?」
「……!?」
その瞳は先程までの狂暴性は失われ、理性を感じさせる。
なにより、イッセーの名を呼んでいる。
それはつまり、目の前の竜は正気に戻っていて、尚且つ本物の赤い龍なのだとハジメはやっと確証を持つことが出来たのだ。
「永い間、俺はどうやら、意識を……幽閉されて……いたようだ……」
思っていた以上に渋い声をしている赤い龍は、自分が何故生きているのかも、何故ここに居るのかも分からなかったらしい。
「俺は、確かに……リアスと共に、お前に全てを託して先に逝った筈だった……」
「…………ああ」
「すまない……どうやら、手間を掛けさせた……みたいだな……」
「別に良いさ。
手間をかけさせてきたのは俺の方だからな……」
気付いたらここに居て、気付いたらイッセーが居たと話すドライグにイッセーはどこまでも愛しそうな眼差しと共に相づちを打つ。
「………。そこに居る子供達は、お前の友人か……?」
やがてドライグの視線がハジメや、恐る恐る近づいてきたユエやシアへと向けられる。
「………どうかな、微妙―――」
「ああ、オレ達はイッセーの友達だ」
ドライグの質問に対して、微妙な関係かもしれないと返そうとしているイッセーに割り込むように食い気味で友人を名乗るハジメに、イッセーは少し驚いた目をする。
「アンタの事は話だけはイッセーから聞いている。
昔のイッセーの相棒だってな……」
「そうか……」
「……………」
何か言いたげな顔をしているイッセーに気付かないフリをするハジメを暫し見ていたドライグは、再びイッセーへと視線を戻す。
「………。面を見れば分かるぞイッセー? ……あれから随分と永い時間を生きてきたのだとな……?」
「………。1000年近くは生きてたよ。
もっとも、途中から殆ど寝ていたがな」
その言葉にハジメ達は改めて驚く。
思っていた以上の永い年月を生きていたのだと。
「なる……ほどな。
では、仇は討てたのだな……?」
「ああ、その背景に居た傍観気取りのクソ神もぶち殺してやったよ」
そうどこか複雑そうに笑いながら話すイッセーにドライグは『そうか……』と、力の無い――されどどこか安心したような声を出す。
「どうやら、この場所は、俺達が居た場所とは色々と違うようだが……いや、世界そのものが違うのか……?」
「ああ、異世界って奴らしい。
俺は色々あってそこの竜人族の子に『起こされた』んだ」
「竜人族………? そこの黒髪の小娘か?」
ドライグの視線が、もじもじしているティオに向けられると、ユエとシアがグイグイと背中を押してイッセーの隣に立たせる。
「確かに……俺に近いものをこの小娘には感じる……。
しかし、イッセー……この小娘に、何故かリアスの異常と全く同じものを感じるのだが……」
まだもじもじしているティオの中にリアスと同じ波動を感じ取るドライグに、イッセーが気まずそうに目を逸らす。
「俺は異常を二つ同時にコントロールできるほど器用でもないからな……。
暫くこの子に預けておこうと思って……」
「
リアス馬鹿のイッセーが他人にリアスの力を貸すなんてまず有り得ないと思っていたドライグが疑問を投げ掛けると、その答えはすぐに解った。
「あ、あの……妾の名はティオ・クラルスじゃ。
貴方がえとイッセーの父上のような方じゃとは聞いておる……」
「!? お前、その声……」
声が、口調や多少の声色こそ違えど、その声があまりにもリアスの声に酷似していた事にドライグは傷ついた大きな竜としての身体を震わせるほどに驚愕した。
「よ、よく知っておる。
妾の声と、イッセーが愛した女性の声が似ていることも……」
「………………。これも、なにかの運命というやつなのか」
チラチラと先程から恥ずかしそうにイッセーを伺いながら話すティオに、ドライグはそう呟く。
それと同時に理解もしたからこそ、ドライグは満足そうに口を開く。
「既に五月蝿いくらいに聞かされているとは思うが、イッセーは筋金入りのリアス馬鹿だ。
リアスを傷つけたという理由でそいつを種族ごと皆殺しにするのすら躊躇わん程にな……」
「わかっておるよ……痛いくらいに。
でも妾はそれでも……」
「そうか……しかし頑固だぞ?」
「それもわかっておるさ……!」
独りにさせてしまった後ろめたさはあった。
しかしなんの因果か、こうして再びイッセーと会うことが出来たし、自分とリアスしか居なかったあの頃とは違って仲間も出来たようだ。
「そうか……」
向こうで待っているリアスに良い土産話が出来そうだと、ドライグは静かに一度目を閉じる。
「それなら、俺からもお前達に渡さんとな……」
もう『時間が無くなってきた』ドライグの身体から淡い光が放たれ、その光がハジメ、ユエ、シア――そしてティオに注がれる。
「こ、これは……」
「暖かい……」
「それと、安心します……」
「そして力強い……」
それはイッセーの父親代わりとしての、友人達への贈り物。
「微々たるものだが、俺の力をお前達に分け与えた。
少しは役に立つ筈だ」
少しだけ自分に近い存在であるティオには多めに力を分け与えたドライグは再び目を閉じる。
「向こうでリアスに話したら喜びそうだな……」
「!? か、身体が……!?」
「消えていく……!?」
これで良い、思い残すことはない。
精神を操られていたとはいえ、我が子同然の、最後の宿主と闘う事も出来た。
「そろそろ俺も限界が来たらしいな……」
その気持ちが引き金とばかりに、竜としての肉体が脚の先から少しずつ砂のように消えさり去り始めていくのを感じながらドライグは、既に解っていたであろう、泣きそうな顔をしていたイッセーに向かって言う。
「どうせ俺は元々お前に全ての力を託して消え去る筈の存在。
どこぞのカスによって、こんな仮の器に押し込められて無理矢理生かされていたのだ。
……洗脳が解けた今、奴にとって俺はもう用済みでしかないのだろう」
「…………」
既に身体の半分が消えているドライグに、イッセーは一筋の涙を流す。
「済まんなイッセー。
ようやく俺もリアスの所へと逝ける……」
「……」
「泣くな。
お前ももう大人だろう……? お前に全てを押し付けてしまった俺が今さら上から言えた事ではないのはわかっている。
恨んでくれても構わん――だが、これだけは言わせてくれ」
全てを終わらせた後、イッセーがどれだけの虚無感を抱き続けて来たのかを察すれば、自分が今更偉そうに言えた話ではないのは百も承知だ。
しかしそれでも、ドライグは――そしてリアスはイッセーに生きて欲しかった。
「お前がこれからどうなろうと、俺とリアスはお前をずっと愛している……」
「……………」
その言葉を、あの時言えなかった言葉を最期に、ドライグは光の塵となって空へと還っていった。
補足
こうして四人は基礎的なドライグパワーを継承――つまり赤き龍の系譜を継ぐのだった。