理由なんてどうだって良い。
それが例え作為的なものであったのだとしても構わない。
どんな姿であろうとも、生きてくれていたというだけで俺はちょっとだけ救われたから。
「ドライグが何故生きていたかなんて話は後で考えれば良い。
まずはお前を『正気』に戻す――それだけだァ!!」
【グォォォォォアッ!!!】
「がふっ!!? く……! くっくくく……! あぁ、痛ぇ……! そうだ、これだ……! 殴って、殴られて、生きるか死ぬかの喧嘩こそ生きているって実感が得られる……!」
【ガォァァァッ!!!】
「そうだ! まだだ……! もっと殴り合おうぜドライグゥ!!」
親を殺された俺をずっと見守り、そして一緒に戦ってくれた――俺にとっては親のように慕い続けたドラゴンと喧嘩が出来る。
その邪魔は誰であろうが許さない……この世界がぶっ壊れてしまおうが構わねぇ。
「アッハハハハハハハハハハハ!!!」
俺は今はっきりと自覚できるんだよ。
昔のように『生きている』って実感をさ。
強大な力と力のぶつかり合いにより、山脈全土が――否、世界全土が悲鳴をあげるように震えている。
これが異界の伝説と呼ばれた男の戦いであり領域。
「こ、ここまで来れば一先ずは安心……ですよね?」
「多分……。さっきから何度も大きな地震が起きてるけど」
「本当にあのイッセーって男一人に任せて大丈夫なんだよな南雲?」
「…………………」
認識が甘かった。
甘さを捨て、魔物を喰らい、神代魔法を手に入れていけばきっと自分もあの領域に到達できると思い込んでいた。
だけどイッセーは―――異界にて神をも殺した伝説の龍の帝王の力はそんな己の認識を消し飛ばしてしまった。
「あ、あの男は何者なのだ? あの竜を相手に一人で………」
「………」
一般人からすれば、イッセーの力は悪夢そのものだろう。
いや、もしかしたら皮肉にも『神』にすら見えるのかもしれない。
「だ、大丈夫なのでしょうかイッセーさんは……?」
「わからない……。
私もイッセーがあんな傷を負う所は初めて見た。
何度か本気の魔法をぶつたこともあったけど、あんな傷を負わせられた事なんてなかったのに……」
「少なくとも、あの竜――いや、赤い龍の攻撃力はイッセーに届いているのだけは間違いない」
「…………」
山脈を降りたハジメ達は、自分達の居た箇所から感じる絶大な力と力の衝突の余波を感じつつ顔を曇らせていた。
『ここは俺一人でやるからキミ達はその探してた坊主を連れて先に山を降りてな』
一見すれば自分達を助けようとしてくれている男の台詞に聞こえるが、逆を返せば自分達の力では足手まといだと言われてしまったのと同義だ。
事実、今のハジメ達ではあの正気を失って狂暴化している赤い龍を倒せる手立てはない。
「………まずいな」
結局、仲間だなんだと一方的に思っていたのは自分達だったのではないか……と、イッセーとの差に歯噛みをするハジメ、ユエ、シアの三人。
そんな三人の傍に居たティオがイッセーとイッセーがドライグと呼ぶ竜の衝突が行われている場所をジッと見つめながら顔を歪ませる。
「どうしたティオ?」
「……ずっとイッセーと、イッセーがドライグと呼ぶ竜の気配を読んでいたのじゃが……」
「?」
「先程までイッセーの方が上回っていた力の波動が、今逆転しておるのじゃ……」
「なん……だと……?」
そのティオの言葉に、まるでどこぞのオサレポイントバトルシステム漫画の主人公みたいな声が出てしまうハジメとユエもすぐに意識を集中し―――冷や汗を流す。
「な、なんだこのパワーは……」
「空の上に海があるような力……」
怪物だ化け物と揶揄するだけでは到底足りない程の神同士の殺し合いを思わせる異次元の力を察知したハジメとユエは気が狂いそうになりつつも、確かにイッセーとあの竜の力の均衡が破られ始めている事になんとか気がつく。
「な、南雲君……?」
そんな四人の背後から畑山愛子が恐る恐るといった様子で声をかけてくる。
「………。オレはイッセーを助けに戻る」
その声に気付いているのかいないのか、ハジメは鋭い目付きと共にそう宣言すると、後ろに居た愛子に向かって言う。
「先生、先生はそいつを連れて町に戻れ」
「な、南雲君達は……」
「決まってる、イッセーを助けに行く」
意地もあった。
しかしそれ以上に、下手をすれば死ぬ可能性すら出てきたイッセーを見捨てる事なんて、それを理由に『変わった』ハジメには出来ない選択だった。
それはユエも、シアも同じだった。
「私も行く」
「も、勿論私も行きますよ!」
「そ、そんな……! 危ない―――」
「悪いが、オレにとっての優先順位はコイツ等とイッセーなんだよ。
役に立つか立たないなんてこの際関係ねぇ………アイツを犠牲にしてオレだけがのうのうと生き残るなんて、オレ自身が許さねぇ……!」
その言葉と共にその手に銃を握るハジメの言葉に、シアとユエも力強く頷く。
「………わかりました。
それなら約束してください。
必ず全員生きて帰ってくると……!」
それを受けた愛子も、覚悟を理解したのかハジメ達に生きて戻ることを約束させる。
「勿論、イッセー君もですよ? あの人にちっさいって鼻で笑われた事に対してごめんなさいして貰うんですからね……!」
「「「…………」」」
愛子の言葉に三人が無言で頷く。
【それなら妾に乗れ】
こうして黒い竜へと変化したティオの背に乗った、ハジメ達は再び戦場へと戻るのであった。
本来のドライグの力はこんなものではない。
何故ならドライグ自身の力のほぼ全てはイッセーの中へと託されているから。
言うなれば、今のドライグはその残骸であり、押さえ込む事自体は簡単――な筈だった。
【ゴァァァッ!!!】
「ぐおぉぉっ!?」
しかしイッセーは未だドライグを落ち着かせることは出来なかった。
いや、それどころか喧嘩を始めてからのドライグは明らかにその力を増していた。
……………そう、かつてドライグが自身に力を分け与えたように、イッセーが分け与えた『進化』の異常のように。
「ま、参ったなこりゃあ……。
思ってたよりパワーを取り戻してやがる」
咆哮と共に振り下ろされた巨大な爪の攻撃により地面へと叩き落とされたイッセーは、既に全身が傷だらけになっており、久しく無かったダメージに渇いた笑いが込み上げてしまう。
「いってー……食いちぎられちまった」
加えて先程の衝突の際、少しずつ自分のパワーを上回り始めていたドライグにより右腕を食いちぎられしまった。
【ぐ……グルル……! グォォォガァァァォッ!!!】
おまけに、食いちぎられた右腕をドライグが口から取り込んだ瞬間、異次元の咆哮と共にドライグの姿が変質していく。
竜の姿から、人と竜が混ぜあったような姿へと……。
【オォォォォォッ!!!】
「お、オイオイオイ……死ぬんじゃねーか俺?」
そしてその身には、赤い龍帝の鎧に包まれ……。
【ふー……ふー……!】
赤い竜はイッセーの一部を取り込むことで更なる変貌を遂げたのだ。
むろん……その力も。
『ふー……ふー……ガァッ!!』
「!? チィッ!」
より人に近い姿へと変化したドライグの手から放たれる深紅の光線が周辺の山々を一瞬で消し飛ばす。
「ったく、ガキの頃ドライグから聞いた事ある、神器として封じられる前の頃のドライグみたいだぜありゃあ……。
とんだ暴れん坊将軍だったみてーだな……!」
強烈な爆撃音と紅い閃光に飲み込まれ、荒れた平地へとなってしまった箇所を見ながらイッセーは自身のちぎられた右腕の様子を確認する。
「真面目にサボり過ぎたかぁ。
そろそろ生えて来ても良いのに、血が止まった程度しか修復できてねぇ……」
血こそ止まったものの、再生がかなり遅い。
それだけ今の自分が衰えている証拠であり、このままサボり続けたら何時か死ねるかもしれないと喜びそうにはなる。
「だけど、流石にお前を止めないままくたばる訳には……いかねーよなぁー!」
だが今殺されるわけにはいかない。
このまま正気を失ったドライグを野放しにしたまま死ねば、ハジメ達が殺される。
それだけは何となく嫌だったイッセーは右腕を失っている状態で立ち上がり、その身に紅い闘気を纏い飛翔する。
『ぐ……ぅぅぅ……!』
「今お前に殺されてやるわけにはいかないんだよドライグ。
この世界には世話になっちまってる子達が居るからな……」
人の形に近づいている鎧を纏ったドライグが、咆哮というよりは何かに苦しんでいる声を出しているその姿に、まるで自分の事のように悲しげな顔をしているイッセー。
「昔、お前とリアスちゃんが俺を助けてくれたように、今度は俺が必ずお前を助ける……!
俺が死ぬのは、それからで良い……!」
『ぐ、ぁ…ぉ……い、……っ…せ……!』
死ぬときは後腐れ無い状態になってからだと言いきったイッセーは、この世界に来て初めてとなる現状可能な『全力』を出さんと自身に眠る力の全てを解放する。
『お……おぉっ……!!!』
「来な、ドライグゥ!!!」
その力に呼応するかのようにドライグもまた少しずつ甦り始めたその力を全身に解放し、両者の喰い合いにも近い闘争が始まる。
『グォラァッ!!!』
「ぐがっ!? ウォラァッ!!!」
『ギッ!? ガァァァァッ!!!』
「ゴボッ!? 舐めんナァ!!!」
互いが互いの血に染まりながらの喰らい合いは永遠に続くと思われた。
しかしここに来て再びドライグの力が一段階増すと、右腕が失っている状態のイッセーを明確に上回り始めた――
「がはっ!?」
赤き一撃が紅き一撃ごと粉砕し、地へと落とすのだ。
「う……く……! マジかよ、力負けしちまうなんて……」
『ウォォォォォッ!!!』
久しくなかった『敗北感』が地に落ち、大の字で横たわるイッセーの精神に浸透していく。
それとは正反対に、より強大に力を取り戻していたドライグは雄叫びにも近い咆哮をあげると、全てを消さんと強大なエネルギーを両手に集束する。
「…………」
『グォォォォッ!!!』
それは皮肉にもイッセーが必殺技としているドラゴン波の構えに酷似しており、エネルギーを極限まで溜めたドライグはその照準を眼下で大の字で倒れているイッセーに向ける。
(やっちまったな……ホント、俺ってダメな奴……)
その瞬間、イッセーは『負け』と『死』を悟る。
転生者の男やそれを操る黒幕の神を相手にした時ですら思わなかった『敗北感』がイッセーに諦めるという感情を与え、その場から逃げようとせずにただ自分にトドメを刺そうとする姿を見上げている。
そんなイッセーに向かってドライグが全てを破壊する紅き光線を放とうとしたその瞬間――
「「「「させるかァァァァッ!!!」」」」
『グォアッ!?』
「なっ!?」
黒き竜とその背に乗った三人の少年と少女がドライグを轢き飛ばす勢いで突撃してきたのだった。
危うく世界そのものを失う寸前で、なんとか阻止する事が出来たハジメ、ユエ、シア、ティオの四人は、最早人でも竜でもない何かへと変質しているドライグが吹き飛ばされていくのを確認すると、直ぐ様地面に横たわっていたイッセーのもとへと駆けつける。
「大丈夫かイッセー!!」
「み、右腕が……!?」
「待ってて、今可能な限り治療する……!」
「あの姿はどうなっておるんじゃ……?」
右腕が肩から失われ、かつてない程傷だらけなイッセーを全員して心配しつついつでも闘えるように備えているハジメ達に、イッセーはのろのろと身体を起こす。
「…………逃げろって言ったじゃんか。
なんで戻ってきたんだよ……」
「うるせー! 足手まといになるなんて百も承知なんだよ! だがここでお前見捨ててオレ達だけが生き残ったら、それこそオレが前に奴等からされてきた事と一緒だ!」
「それに、来なかったらイッセーは危なかった……違う?」
「偏見の目もなく、普通に接してくれた恩を返せないなんて私だって嫌です!」
「………………………」
そう言いながら全員してテンパった様子で傷だらけのイッセーの身体にグルグルと包帯を巻こうとしているせいで、なんだか色々と肩の力が抜けてしまう。
「チッ! そろそろ戻ってくるぞ……!」
「教えてイッセー? あの竜――何でか知らないけど色々と変化しているアレは本当にイッセーの昔の相棒なの……?」
「……。ああ、間違いない。
やりあってる最中にどんどん本来の力を取り戻していったからな。
……正直今の俺じゃあ止められない」
ここでまた『逃げろ』と言っても絶対動かないだろうと思ったイッセーは、確実に人型へと変化しているドライグについての説明を簡単にしていく。
「お前で無理だとしたらもう誰も……」
「『今の俺』ならな」
「?」
「………。まさかイッセー」
確実に今の自分では勝てないと言ったイッセーにハジメ達は絶望しそうになるも、イッセーの表情は『なにかを決意』した顔をしていた。
「……正直、死ぬまでもう二度と絶対に使わないと決めてた奥の手がある」
その言葉と共によろよろと立ち上がろうとするイッセーに肩を貸そうとするハジメ。
『ガァァァァッ!!!』
遠くから聞こえるドライグの咆哮に反応する四人を見たイッセーは大きなため息を吐く。
「出し惜しみなんてできる相手ではないからな。
………………やってやるよ」
最早一刻の猶予もない。
ここで渋ってハジメ達を死なせたら元も子も無いとイッセーはかつて封じた己の精神を甦らせる決意をする。
「頼む30秒で良い。時間を稼いでくれ」
「「「!?」」」
「30秒もあれば引っ張り出せる。
それとティオはこの場に残れ……引っ張り出した後にお前に渡すものがある」
「え……」
「要するにオレとユエとシアで時間稼ぎをすれば良いらしいが、その奥の手は時間がかかるのか?」
「一度引っ張り出せば後は常時そうなっちまう。
だが何百年って封印しっぱなしだったからな、流石に今すぐって訳にもいかない。
だから頼む、挑発でもなんでも良い時間を稼いでくれ」
恐らく初めてイッセーから受けた懇願にハジメ、ユエ、シアは暫く目を丸くし、そして直ぐに笑みを溢す。
「やっと、仲間らしいことができるなお前に……? はん、上等だよ」
「絶対にやってみせる……」
「絶対に皆で帰ってまたお風呂に入りましょう!」
得物を持つシアとハジメ、その手に魔力を放つユエ。
『グォォォォッ!!!』
「っ!? 来たぞ! ユエ! シア!」
「お前はこっちに来いティオ!」
「う、うむ……!」
そして始まるは、命がけの30秒。
そして甦るは―――
「昔、平等なだけの人外の女が呼んでいた異常―――
英雄と呼ばれた男。
「ティオ」
「は、はい……」
「? まあ良いか……えーと、あれだかんな? 断っとくけど、これは貸すだけであって、色々とノーカンだからな?」
「へ? 一体な―――んむっ!?!?」
「ごめん、待たせたな……!」
「い、イッセー! 成功したのか!?」
「ああ……これでもう大丈夫だ。
今度こそ終わらせる」
「………………」
「……? イッセー、ティオがなんか変」
「ずっと俯いてますけど……」
「あー……まあ、ちょっとね……」
『っ……!? グルル……!!』
「すまねぇ待たせたなドライグ。
そろそろお互い本気を出して、決戦も決戦……。
超最終決戦と行こうじゃねぇか……!」
「……………………………」
「お、おいどうしたんだよティオ?」
「………い、いきなり『貸すだけだしノーカン』と言われたと思ったら思いきり口づけされたのじゃ……」
「あ?」
「な、なにしてんですか!? こっちが死ぬ気で時間稼ぎをしていたのに!?」
「わ、妾だって訳がわからんのじゃ! 接吻されたあげく、これでリアス・グレモリーの『おーるこんぷりーと』が妾の中にどうたらこうたらと……」
「……色々とイッセーから話を聞く必要がありそうだな」
「案外イッセーって大胆……」
「うー……顔が熱いのじゃ……」
補足
異常を封じ続けて怠けまくってたことで相当実は弱くなってた模様。
が、流石にハジメきゅん達を放置して自分が死んだらダメな気がしたと、なにより止めなければいけないのもありその封印を解く決意を固めた。
その際、ティオさんになにかやらかしたらしいのだが……