色々ありつつ、現場へと到着したハジメ御一行。
オルクスの迷宮にて唐突に出没し、ベヒモスを一方的に張り倒した怪物男に当初警戒していた畑山愛子達も、姿だけなら自分達とそう変わらない若者なのもあるせいか、ある程度の警戒心は薄れていた。
「社会科の教師で、担任じゃあないんだ?」
「はい……。
ここに来る前は教室に居まして……」
「ふーん……? にしてもホント……」
「な、なんですか!? ちっさいとでも言いたいのですか!?」
「そんなコンプレックスに思うこともないんじゃないかなと……。
世の中には先生のような姿が性癖に嵌まってる野郎も居るでしょうし―――――」
「フォローにすらなってませんけど!?」
「心配せんでもイッセーはお主みたいなお子さま体型なぞに興味なんぞない。
妾のような『ないすばでぃー』に――否、妾そのものにしか反応はせんからな!」
「捏造すんな」
「捏造してはおらんじゃろう? 少なくとも妾は既にイッセー無しでは生きてはいけないのじゃ!」
「言ってろ」
この道中、竜人族の少女におもくそ迫られ続けていた姿を見ているとそこまで冷酷非道にも見えず、話しかけてみれば普通に返しもしてくれる。
「あのー、昨日も言ってたけど、アナタは愛ちゃん先生より年上なんですか?」
「え? あー……そうだな。キミ達が想像しているよりは無駄に長く生きてるよ」
とはいえ、未だ謎の多い男であることに変わりないままとある人物の捜索の仕事をせんとするハジメ一行に着いていく畑山愛子一行は、一切休む事なく涼しい顔で山道を進んでいく。
「しかしホント器用な事するし、考えるよなぁ南雲くんは……。
元の世界の時もそうだったのか?」
「い、いや……どうだったかなー……?」
「あんまり関わりなかったからなんとも……」
「?」
山道を進みながら、遭難人の捜索にハジメが錬成して作成した
ドローンめいた道具が上空から索敵をしている中、常日頃からハジメの手先の器用さというか、自分には思い付かない力の使い方をしている事は知っていたイッセーが、元の世界からの付き合いがあると思われるクラスメート達に何となく訊ねてみると、何故かクラスメート達は挙って気まずそうに目を逸らす。
まさかクラスメート達も、実はハジメは元の世界では割りと笑えないレベルで苛められていた――なんて言えないし、直接何をした訳ではないが、見てみぬフリをしてましたとも言えない。
「そ、そもそも私達の方だってびっくりしてるし。
あんな見た目じゃなかったし南雲って……」
「ふーん……?」
そんな微妙な空気がながれながらも進んでいった訳だが、一切休憩せずに進んでいくハジメ達とは反対に、愛子やクラスメート達は疲労により足が止まり始めていく。
「ま、待てよ南雲。
お前ら速すぎだって……」
「あ?」
男子の一人が息を切らせながらハジメに言うと、残りの生徒達も次々と疲労を訴える。
「私達だってこの世界じゃ一般人の何倍も体力があるけど……」
「ちょ、ちょっとで良いから休憩しようよ…」
「……………」
ユエ、シア、ティオ、イッセーの四人は平気な顔をしているが、愛子やクラスメート達は確かにとても辛そうだと今気付いたハジメは、少しため息を洩らしつつその要求に応じることとし、滝が落ちる小川のある場所で小休憩を取ることに。
しかし偶然にも、その場所にて痕跡を発見することに……。
「ハジメさん、ここ見てください」
「この足跡は魔物のものだな……。
見たところ、2mから3mくらいのものだが……」
シアが発見した魔物の足跡からその大きさを予測するハジメだが、その表情は解せないといったものであり、視線の先は広大な破壊跡に向けられている。
「その足跡を残してる魔物がこの規模の破壊の仕方を出来るのか……?
まるでレーザーで抉り飛ばしたような……」
魔物だけでは説明できない規模の破壊跡を見ていたハジメが、何となくイッセーとティオを見る。
「イッセーかティオじゃあるまいし……」
「む、失礼な」
「これくらいなら今の南雲くん達でもできるだろ?」
「「「………」」」
少なくとも出会したら『簡単にはいかない』戦いになりかねないと判断するハジメは、ふと愛子達が居ない事に気付く。
「つーか先生達は何処行った?」
「あっちの方で休憩してる」
そうユエが指差した先は滝の水が落ちている滝壺であり、その方向に目を向けたハジメが何かに気付く。
「あの滝の奥に生命反応があるな……」
「マジで? よく気づけるな南雲くん」
ホント器用だなぁ……と感心しているイッセーを後ろに、ハジメはユエに声をかける。
「頼めるかユエ?」
「ん…」
ハジメに言われたユエが短い返事と共に滝壺へと近づき、水面から覗く岩場の上を飛び乗りながら滝の前へと立つと、指先に魔力を溜め、波城という詠唱と共に落ちる滝の水を割った。
その光景にギョッとなる愛子達を背に滝の奥から覗く洞穴を見たユエは、その入り口付近で倒れている人影を発見するのだった。
「………見つけた」
斯くして捜索人であるウィル・クデタを発見したハジメだが、無理矢理たたき起こしたウィルはなにやら焦燥したようにここから逃げ出そうと喚いている。
「…………………………!」
「………………………気付いたかイッセーも?」
奴が来ると青ざめた顔をするウィルと困惑するハジメ達を暫く眺めていたイッセーが何かに気付いたような顔をするのと同時ににティオも同じく真面目な顔となる。
「少しデカいな……」
「うむ、しかも気配は妾達に近い……」
「近い? ………まあ確かに近いが、おかしくないか?」
「? なんじゃ?」
「これだけのパワーを何故俺達は『今になるまでまったく感じ取れなかった』んだ?」
まだ喚いている捜索人を拳骨で落ち着かせてから、話を聞こうとしているハジメ達はどうやらまだ気付いていないので、イッセーとティオは近付いてくる巨大な『同族』の気配を警戒しながら話し合う。
「南雲くん達があの坊主を発見した瞬間に現れた気がするが、お前はどこから気付いていた?」
「気付いたのはイッセーとほぼ同じじゃ。
確かに言われてみれば急に現れた……」
その会話は、ハジメ達が捜索人を発見したその瞬間に巨大な気配が現れた事への疑問だった。
しかし敵にせよなんにせよ、もうすぐそこまで近付いているこの気配に対してなんとかしなければならないのだけは間違いない。
「まあ、考えるのは後だなこれは……」
「うむ……そうじゃな」
どちらにせよ、禍々しい力と咆哮と共に飛来してきた灰色の竜を相手に『お話』は通用しそうにもないのだから。
「来たっ!?」
「っ!? こ、コイツは……!」
この時点で気付いたハジメは、上空に君臨する灰色の竜に戦慄する。
「こ、こいつだ! こいつが私達を……!!」
どうやらウィルの反応的に、他の冒険者達はこの灰色の竜によって全滅をしたらしい。
その証拠に、灰色の竜は咆哮と共に容赦なく自分達に向けて口から強大な破壊光線を放ってきたのだから。
『うわぁっ!?』
巨大な光弾が襲い掛かかんとする中、先に立っていたイッセーが左手から放つ赤い光弾を放って相殺する。
「マジで話が通じなさそうだなこりゃあ……」
「先程から妾からも語りかけようとしているのじゃが……」
強烈な爆撃音こそしたものの、ハジメ達は無傷で済む。
「イッセー! ティオ!!」
第一波から守られたハジメ達が武器を手に加勢しようとする。
しかしイッセーはハジメ達に向かって片手で制止する。
「南雲くん達はそこの彼を守っててくれ。
どうもあの竜、こっちが話しかけても反応0な癖に殺意はMAXだからな」
「……言葉は悪いが、今の妾達ではイッセーの邪魔になってしまうからの」
「っ……」
ティオの言葉に唇を噛むハジメは、イッセーの左腕に赤い龍の籠手が纏われ、そして全身から星が震える程の闘気を迸らせるその背中を見つめる。
「………すまねぇ」
「はっ、寧ろ普段の俺なんぞはただの木偶の坊でしかないんだ。
こんな時くらいは役に立たせて貰わないとな」
力不足に歯噛みするハジメに向かってニヤリと笑みを浮かべたイッセーが瞬間移動を思わせる速度でもう一度光弾を吐こうとする灰色の竜の目と鼻の先まで跳ぶと、眉間に向かって拳を叩き込み、その巨体を吹き飛ばす。
「!」
【グルァァァァァッ!!!!】
吹き飛んだ竜が空中で姿勢を制御して止まり、怒りの咆哮をあげ、一直線にイッセーに向かって突っ込んでくる。
「あ、あの竜、イッセーの一撃に耐えてるばかりか反撃しようとしてやがる……!」
「……あの竜はティオの知り合いとかじゃないの?」
「いや、妾の同族であることは間違いない。
しかしあのような竜は初めて見る……」
襲い掛かる竜と迎撃するイッセーの攻防に、愛子や生徒達やウィルはただただ単独で竜を殴り飛ばしているイッセーに驚愕しているのだが、ハジメ達からすれば寧ろイッセーの攻撃を何発も耐えているどころか、堪えた様子もなく襲い掛からんとしているあの灰色の竜に驚愕していた。
「チッ……!」
【グォォォォッ!!!】
「思ってたよりタフだなお前……!」
【ガッ!?】
2・3発ひっぱたけば黙ると思っていたイッセーも、灰色の竜の想定外のタフさに驚くも、まだまだ余裕だ。
だからこそ、もう少し遊びたかったという本心を隠しつつイッセーは一気に終わらせんと竜の巨体を蹴り上げると、両手を前へと突き出し、赤いエネルギーを生成する。
「行くぜ、ビックバン・ドラゴン波っ!!」
そして生成したエネルギーを灰色の竜へと目掛けて巨大な光線として放ち、竜を飲み込んだ。
………だが、しかし。
「……!?」
【グルル……】
竜は生きていた。
「なっ!? イッセーのあれをまともに喰らった筈だぞ!?」
「殆どダメージを受けていないみたい」
「そ、それどころかあの灰色の竜、色が変わってませんか……?」
「赤色の竜……じゃと……?」
その身を灰色から赤へと変化させて……。
【グォァァァァッ!!!】
「っ!? がはっ!?」
「!!? イッセェェッ!!!」
色だけではなく、その力も………。
【コ………ロ…………………シテ………ヤ………ル……】
何かに怒り、何かに抗おうと苦しむ赤い竜に……。
【ガアァァァッ!!!!】
「ま、まずい!! ユエ、シア、ティオ!!」
「わかってる……!」
「い、イッセーさんが……!」
「イッセーなら大丈夫じゃ! それより奴がこちらに気付いた!」
するどい爪による一撃によって滝壺へと叩き落とされたイッセーから、ハジメ達へと標的を変えた竜がハジメ達に向かって襲い掛かる。
【ガァッ!!】
「くっ!! や、やはりこ奴……!」
「なんのことだティオ!?」
「この赤い竜は正気ではない! 何者かに精神を強制的に操られておるのじゃ!」
「なに!?」
全力の魔法や攻撃を駆使してもまるで効いていない様子の赤い竜の一撃をなんとか避け、周囲を破壊しながら戦う最中発せられティオの言葉にハジメ達は驚くも、赤い竜を止めなければならたい事には変わりない。
【ゴォォォッ!!!】
「ま、まずい!? またあのブレス……!
その証拠とばかりに、赤い竜は周辺一帯全土を破壊せんと口にエネルギーを溜めており、ハジメ達は全力で防護の体勢を取ほうとすると、滝壺の底へと叩き落とされたイッセーが戦線に復帰し、ブレスを吐こうとしていた竜を横から殴り付けて破壊光弾の軌道を無理矢理逸らす。
【グルァ!?】
「まだ俺はくたばっちゃねーぞ……!!」
再び竜の巨体が吹き飛び、今度は地面へと墜落していくのを見届けたイッセーは、ハジメ達の傍へと降りるのだが、ハジメ達はここで初めて気付き、そして驚愕してしまう。
「いててて……」
「お、お前……それ……」
「はは、久しぶりだよ、こんなダメージ負ったの……」
軽口こそ叩くイッセーの右肩部分が裂け、大量の血を流している。
それは紛れもないイッセーの怪我であり、鬼のような耐久性を持つイッセーにこれだけのダメージを与えるあの竜は『異常』であるということだ。
「今すぐ治療を……!」
「いや、この程度の傷ならすぐに塞がる」
治療をしようとするシアを左手で制して断ってしまうイッセーの言うとおり、イッセーの肩の傷が生々しい音と共に塞がっていく。
「……流石にこうまでサボりまくると弱くなるもんだな。
……アレがちゃんと封じられてるままって証拠だなこりゃあ」
「アレ……?」
「それより探し人や先生さんやクラスメートさん達は死んでないか?」
「あ、あぁ、先生達には退避して貰ってるが……」
「ならちょうど良い。
キミ達も合流してできるだけ遠くまで逃げろ」
完全に傷が塞がり、調子を確かめるように右腕を回すイッセーにハジメ達の顔が曇る。
「それは、オレ達が足手まといだからか……?」
悔しさを滲ませるハジメの声に、イッセーは苦笑いしながら違うと首を横に振る。
「そうじゃない。
単純に、アレとは俺一人でやりたいんだよ。
…………………どうも知り合いみたいでね」
「え……!?」
「なんじゃと……?」
驚愕の連続であるハジメ達は信じられないような顔でイッセーを見る。
「知り合い……まさかとは思うが、あの竜はイッセーの元の世界の竜とでも言いたいのか?」
「まぁね、てかアイツ多分ドライグだわ」
『…………は?』
あまりにも軽い調子でのカミングアウトに、ハジメ達の思考が止まったのは言うまでもない。
「途中まで全く気付かなかったけど、俺が放ったドラゴン波が全く効いてないのを見る限りはほぼ間違いない。
何せ、俺の力の元々はドライグのものだしな」
再び世界を震わす咆哮が聞こえる中、イッセーはハリボテとなった赤い籠手を撫でる。
「今のドライグは力の殆どを失った状態で、しかも正気じゃねぇ。
その正気が失われてる理由がもし人為的なものだとしたら、それをやった奴は確実にぶち殺す。
だから俺は今から本気でドライグを止める……」
その意思と共に両の瞳をティオに近い、赤みがかった龍の瞳へと変質させたイッセーは今初めて――そして久しくなった『生きているという実感』に満ちていた。
補足
過去への区切りイベントの始まり。
寧ろ、この後の誰かさんの死亡フラグがえぐい事に……