色々なIF集   作:超人類DX

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精々じゃないシリーズのネタのそれ。
……単に纏めてるだけなんだけど。


クレイジーでサイコな白兎と、師匠な黒兎

 師匠と弟子

 

 

 余計な事をしたから、全てが拗れた。

 

 だからもう、誰にも教える事はしない。

 

 

 そう決めた青年は何の因果なのか、正真正銘この世界の人間として生を受けた者として、ただ静かに――そして誰にもその培った技術を教える事無く孤独に生きるつもりであった。

 

 かつて自分の持つ技術を教えた者達は、今ではただの他人。

 自分を父の様に慕った姉弟も、その特殊な出生が故に少し心配であったが、自分が居なくても、技術を持たなくても、きっと生きていける筈と信じ、一切の接触もしなかった。

 

 そして信じた通り、普通に育った姉弟は無事に今日までを生きていた。

 IS界隈で世界最強と呼ばれるだけの普通の姉と、世界で最初に男でISを起動した普通の弟。

 

 その無事な姿を見届ける事ができた青年は、これからも姉弟の前に姿を見せる事無く、見知らぬ他人として生きていく――つもりだった。

 

 

 けれど運命は――彼が好む好まざる関係なしにかつてその『技術』と『生き方』を見て『記憶』する者は、ひっそりと青年が生きる事を許さなかった。

 

 二度と姉弟に技術を教えない事を条件に……そして何より技術を知らずに育った姉弟を影から守らせる為に――

 

 かつて、何をしても越えられなかった青年への狂気と執念によって到達した天才に見つかってしまってその日から、青年は再び……そして今度は初対面の他人同士として姉弟の前に姿を現す事になる。

 

 天才の裏工作によってISを起動させられ、姉弟が居る学園に――二人目の男性起動者として。

 

 そして、青年は再会するのだ。

 

 師と仰ぐ――記憶し、青年が今も宿し続ける相棒の龍の力をその身に宿した銀髪の少女と。

 

 

 この再会が、ただの影として生きる青年の中で止まり続けていた時間を蘇らせる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男性としては世界で最初のIS起動者であるが故にIS学園に通う織斑一夏は、当初女子だらけで肩身の狭い思いを幾度と無く感じてきたが、漸くそんな学園生活にも慣れ始めた。

 

 それは、幼馴染みの少女や少々の喧嘩を経て友達となった者達が居たからなのが大きいし、何より世界で二番目に男でISを起動したこの学園内では唯一無二といえる同性のクラスメートの存在があったからに他ならない。

 

 女子や幼馴染みにはちょっと聞きにくい事でも、彼になら気兼ね無く聞けるし、ちょっとした相談事なんかもできる。

 

 こういった環境に置かれたからこそ、一夏は改めて同性のクラスメートの存在のありがたみを噛み締める事が出来た訳で……。

 

 だが、そのクラスメートは会話こそ気軽にできるのだが、どこか壁を感じる事が多かった。

 いや、自分に対して遠慮をしているというべきなのか……。

 

 とにかく、唯一の同性クラスメートとして行動を共にしようとしても、彼はやんわりと断って単独行動をするし、昼ご飯の時間になったら誘う前にどこかへと消えてしまう。

 

 だから一夏は中々二番目の起動者――兵藤一誠と仲良くなれずに居たまま今日までを迎える事になったのだが、そんな一誠が、どういう訳か先日やって来た二人の転校生の片割れに対して、それまで見たこともない――なんというか、忠犬を思わせる懐きっぷりを見せた時は心底驚いた。

 

 聞けば担任であり、姉である千冬が教官を勤めたドイツのIS部隊に所属していたらしいのだが、そんな少女と一誠に接点なんてありそうもないと一夏は思うのだが……。

 

 

「では今日はここまでにして、今から昼休みに――」

 

「っしぃ! ラウラ師匠! 飯行きましょう! 飯!!」

 

「わかったから落ち着け……まったく」

 

『…………』

 

 

 休み時間となれば、真っ先にその転校生の片割れであるラウラ・ボーデヴィッヒの席へと飛び付き、犬の耳と尻尾でも幻視できちゃう程の懐きっぷりを示している。

 

 

 一夏と比べたら、顔のレベルは落ちるし、別に専用機を持っている訳じゃないし、微妙に取っ付きにくいというか、壁を感じる態度をしていただけに、ラウラに対しては飼い犬のような態度である一誠の態度には、一夏を含めたクラスメート達も驚き半分だし、千冬も教官時代から妙に落ち着いた態度であったラウラが、一誠に対して呆れつつも優しげな表情を浮かべていることに驚いている。

 

 

「まるでボーデヴィッヒさんの飼い犬みたいですわね、兵藤さんは……」

 

「今まで二人目の起動者というのを忘れるくらい影が薄かったのに、ボーデヴィッヒが転校してからはかなり目立つようになってるぞ」

 

「仲良いんだな……」

 

 

 仲良く手まで繋ぎながら、教室を出ていく姿を、果たして単に仲が良いだけなのかという疑問は残るが、とにもかくにも、ラウラが転校してからの一誠は、それまで押さえ込んでたものを解放しているかの如く活発だし、よく笑うようにもなった。

 

 それは、まるで今の彼の姿こそが素であったかのように……。

 

 

 

 

 

 

「私が転校した途端、お前の態度が露骨に変わってると、織斑教官や弟やその友人達から怪しまれているのだが……」

 

 

 そんなラウラは、師匠師匠と犬みたいについて来る一誠を連れて、食堂の券売機で買ったパンと飲み物を持って屋上―――だと一夏達と鉢合わせするかもしれないので、校舎裏の軽い人工森林地帯にて昼食を取っていた。

 

 ラウラが転校して以降――正確に云うと、三年振りの再会以降、目に見えて一誠の態度が昔のそれに戻っている事自体は良いとしても、その前の一誠は、事前にクラスメート達に聞いた限りでは、居るのか居ないのかわからないくらいに一夏と比べる真でもなく影が薄いし、喋ってもどこか壁を感じるものだった……らしい。

 

 それが、ラウラが転校してからは今までが嘘みたいによく喋るし、よく笑うものだから、クラスメート達はただただ困惑するし、そうさせるラウラとの関係は何なのかと興味を持たれてしまう始末だ。

 

 特に一時的にかつてと同じくラウラの部隊の教官をしていた千冬は、一応世界で二番目に起動した男子と知り合いばかりか、犬みたいに懐かれてる事に驚いてるし、いったい何時知り合ったのかと疑問に思われてる様だし……。

 

 

「ラウラ師匠が来るのを糧に今日までこの学園の生徒やってたもんからね。

それに、あの子達に深く関わる訳にはいかないだろ? また人生を滅茶苦茶にしてしまうかもしれないし……。

だから出来るだけ関わらない様にやってきたんだ」

 

「だろうな。

お前にあれだけ執着していた教官や織斑一夏が、今はあんな感じだし。

何より、あの織斑一夏が篠ノ之箒と仲良くやれている事に私は驚きだよ。

……まあ、若干振り回されてる感じではあるが」

 

「うん、だから余計に思ったよ。俺が関わらなければ、イチ坊も普通に友達が作れる子だったんだって」

 

「……」

 

 

 ははは、と苦笑いする一誠の心中に『後悔』しているといったものを感じたラウラは、チビチビと菓子パンを頬張る。

 

 

「だからまさか三年前に師匠が俺の前に現れた時はビックリしたし、正直本当に嬉しかったよ。

あの子の他に俺を知ってる子が居たんだって……」

 

「あの子……『彼女』の事か。彼女は今?」

 

「自由にやってるみたい」

 

「お前をここに通わせるように仕組んだのは彼女だろう? お前への当て付けにしか思えないんだがな」

 

「そうかな? 俺は師匠の弟子として大手を振ってまたなれる様にお膳立てしてくれたって思ってるけど」

 

「お前の身体の一部を食いちぎって、自分で付けた傷口に移植してまでお前の領域に近づこうとする執念だらけの女が、そんな優しい真似をするとは到底思えないがな……。

かつての織斑一夏と同等に、お前が私を師匠と呼んで寄って来る度に、殺意を見せてたし」

 

 

 『彼女』について苦い表情で語るラウラ。

 自身以外で一誠を知る唯一の人物であり、屈折し過ぎたものを一誠に抱き続ける執念の塊の様な人物――というのがラウラの認識であり、それはほぼ間違いはない。

 

 ただ、その執念を向けられてる一誠だけが呑気に構えているのだが。

 

 

「直接会うとするなら、夏頃になるか……」

 

「多分そうかも」

 

「………。今度はそう簡単にお前は渡さない様にしなければな」

 

「え、あの子結構ほったらかすタイプだぜ?」

 

「……………。お前に限ってそうならないんだよ」

 

 かつての頃から何度も衝突してきた、一夏と並んで厄介だった存在との近い再会を前に、気を引き締めるラウラは、相変わらず彼女を――今は年齢すら逆転しているのに子供認識している一誠にため息を洩らす。

 

 そんなだから余計に執念を持たれるんだ――内心呟きながら。

 

 

「ところで、例の生徒会長やその妹はどうなんだ?」

 

「さぁ……? この時代のたっちゃんとかんちゃんとも一切関わりなんて持ってないし……」

 

「そうか……。あの生徒会長はお前に懐いてたから、気になってな」

 

「はは、そうだったね。

あの子達に余計な事をしちゃったばかりに、従者の子達に迷惑かけちゃったし、この先も関わらないつもりだよ俺は」

 

「……それが本当に正解かは知らないが、そのつもりなら私も合わせるよ」

 

 

 自身で思う過去の過ちに対する罪悪感なのか、罰の悪そうな顔で言う一誠に、ラウラは静かに一誠の背中を撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

 アイツは――一誠は、かつて行った自分の行動を『間違いだった』と思っている。

 だから一誠は、この時代においては自分の技術を教える事はしていない。

 

 彼女からそう釘を刺されているというのもあるのだろうけど、一誠自身も教えるべきではないと思っているのだろう。

 

 だから教官やあの狂暴だった弟とも一切関わらないし、生徒会長とその妹とも関わってはいない。

 それが果たして良いのか悪いのかはわからないけど、織斑一夏は普通の男子として周りと仲良くやれているのを見ると、少し複雑だ。

 

 

「タッグマッチか……。

今回私は出ないつもりだが」

 

「え、どうして? ボーデヴィッヒさんって専用機を持ってるのに?」

 

「転校したばかりだから、まずはこの学園の生徒の技術がどれ程か見てみたいんだ」

 

「なるほどー

ボーデヴィッヒさんって冷静よね?」

 

「……。そうでもないさ」

 

 

 だが、一誠がそのつもりなら私も付き合おう。

 普通に育った教官や織斑一夏がこの先どう生きていくのかを見守り、時には外敵から影ながら守り、一誠を絶対に独りにはさせない……。

 アイツから貰ったこの力をもっと磨き、アイツの隣に――いや、一歩だけで良いから先に立つ。

 

 そしてアイツの手を取って先の道を歩んだ。

 

 

「てっきり兵藤くんと組んで出場するかなって思ったんだけどねー?」

 

「一誠と?」

 

「うん、だって凄く仲良さそうだし、今まで凄い影が薄かったあの兵藤くんが、犬みたいにボーデヴィッヒさんの後ろをついていくから、そう思ったのよ」

 

「次の機会があればそうなるかもしれないが……」

 

「あ、やっぱり? ねぇねぇ、兵藤くんとはどんな関係なの? 初対面って感じが全くしなかったし」

 

「どんな……か。一言で言うなら師と弟子みたいな関係ではあるが」

 

「あるが……?」

 

「ふふっ、まあそんな安い関係ではないといった所だな……!」

 

 

 

 だって私は、一誠の師匠なんだからな。

 

 

 

 終わり

 

 

 

 

 

オマケ

 

師匠と弟子の放課後

 

 

 実はそれまで寮のお部屋は一人部屋であった一誠だが、二人の転校生によって本日より相部屋となった。

 

 その相手は勿論……。

 

 

「あの時も思ったけど、何でこの学園は二人だけ居る男子を別部屋同士にさせるんだろう?」

 

「ある意味好都合だろう? 今織斑一夏と同部屋になったら困るんじゃないか?」

 

「そりゃそうだけど……」

 

 

 ラウラ師匠だった。

 ちなみに箒と同部屋だった一夏は、まだ男装中のシャルロットと同室になり、その際箒とひと悶着あった模様。

 

 

「私とてお前と同室の方が都合が良い。

訓練の時間なんかもここでなら周りに気を使うこと無く決められるしな」

 

「俺もラウラ師匠となら何の文句もないけどさ」

 

 

 そうとは知らず、師と弟子関係のラウラと一誠はのほほんと寛いでいた。

 ここでなら、互いに秘めた気質を交えた訓練も出来るし、一誠の中に宿る龍とも気兼ね無くお喋りができる。

 どこかで誰かさんに観られてる気はしないでもないが、それでも気楽なのは変わりないのだ。

 

 

「さてと……」

 

 

 それにラウラはやっと再び可能になったのだ。

 

 

「明日も早いし、今日はこのまま休むぞ一誠」

 

「おっす。

けど師匠……? なんで両手を広げて俺を見るんですか?」

 

「決まってるだろう? お前が()()()の悪い奴なのはとっくに知っているんだ。

だから、よく眠れるようにしてやるのも、師である私の努めだ。

だから遠慮なんてするな?」

 

 

 最早遥かな過去の事になったとはいえ、誰も知らない過去を抱え続けた一誠を師として受け止められる事が。

 眼帯を外して露になる金色の左目と赤き右目で優しく見据えるラウラに、一誠は照れ臭そうに目を逸らす。

 

 

「ホント、昔から思ってたけど、師匠がもしあの時点で俺と同年代だったら、間違いなく口説いてたぞ?」

 

「今は同年代だろ? 口説かれた記憶なんて無いんだがな?」

 

「嫌がられたら立ち直れそうもないと思ってさ……」

 

 

 ゆっくりとベッドに腰掛けるラウラの前に膝をつく一誠を、ラウラは引き寄せるように抱き止めると、そのままベッドへと共に横になる。

 

 

「そういう不安がりな所は変わってないなお前は……。

師である私を信じてないのか?」

 

「違う。

昔から失敗ばかりしてきた俺だからと思って――」

 

「同じ間違いを起こさせないのが師である私の務めだ。

それに、これはお前が弟子だからやってやってる訳じゃない――――お前にしかやらないし、お前だからこうしたいんだよ一誠?」

 

 

 自分をこの世界の癌と自虐し続けてきた青年を、例えその通りだったとしてもラウラだけはその存在を認め続けるし、師であり続ける。

 

 一誠の抱え続ける全てを受け止める覚悟はとっくの昔から決めているラウラは、成長の足りない身体でしっかりと受け止め、物足りない胸元に顔を埋める一誠の頭を優しく撫でる。

 

 

「お前の居場所が無いのなら、私その居場所になってやる。

お前が弱さをさらけ出せる場所に――だからもっと私に頼れ――だって私はお前の師匠なんだから……」

 

「っ……ははは……。

ホントにどんどん好きになる様な事をポンポン言うんだから」

 

「ふふ、それはお互い様だ……」

 

 

 ただ優しい、師弟だけの時間はこうして過ぎていくのだ。

 

 

「ラウラ師匠の匂いって、安心するから俺好きだよ」

 

「まったく、赤龍帝の癖に、これじゃまるで犬だぞ? ふふふっ……♪」

 

 

 

 見た目とは裏腹に爆発させている母性と共に。

 

 

 

 

 

 規格外と呼ばれても、彼の到達した側の才能は欠片も無かった。

 

 だから、親友とその弟を自分が理解できない領域へと連れ去った龍を宿す異常者を憎んだ事もあった。

 

 その感情は自分と同じく、扉を開く事が出来ない者達も同様であり、妹もまた想い人を変える事になった男を最後まで憎み続けた。

 

 しかし彼女は――天然の規格外と呼ばれた彼女だけは憎むだけに留めることは無く、強引に彼の立つ領域へと侵入した。

 

 彼の肉体を食いちぎり、その一部をその身に埋め込むという歪な方法で。

 

 

 だから彼女は、方法こそ違えど、ある意味でラウラに似ているのだ。

 彼という存在によって、永遠に開ける事など無かった筈の扉を開いたという意味では……。

 

 

 そんな特殊な繋がりとなったからなのかは定かではないが、彼女は同じように過去をやり直す事になった。

 

 徹底的に親友とその弟との接触を彼に禁じ、されど自衛手段を失うことになる姉弟を影ながら守れと命じて。

 

 本当ならその役目は自分がするべきなのだろうが、近くに居続ける事はできない。

 

 なので、かつて二人の親代わりであった彼にその役目を嫌々ながらも譲ったのだ。

 決して姉弟に深入りせず、その技術を教えず、ただ悟られずに守る事を。

 

 認めたくはないが、彼は自分に――――篠ノ之束に唯一初めて『敗北した者』の気持ちを叩き込んだ男なのだから。

 

 

 だから……だから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『すぴー……』

 

『そろそろ着くみたいだけど、まだ兵藤は寝てるのか?』

 

『着いたらちゃんと起こすつもりだから、あまり気にするな』

 

『気にするなと貴女はおっしゃいますがね……。

当たり前のように貴女の膝で眠っているようなお姿を見せられるせいで、微妙に恥ずかしい空気になってしまっているのですけど』

 

 

 

 

 自分に黙って、自分に少し似た少女(ラウラ)と楽しそうにしているというのだけはイラッとする。

 

 

『すぴー……』

 

『幸せそうな顔して寝てるわ……』

 

『ホントにラウラちゃんが好きなのね、兵藤くんったら』

 

『どうかな……。

コイツの中での『好き』と、私の中での『好き』の意味は違うのかもしれないからな。

……まあ、それでも構わないがな……ふふっ』

 

『聖母だ……聖母が居るぞ……』

 

 

 

 ここ最近不覚にも知ることになったラウラという、自分と似た理由で扉を開いた少女に対して異常に距離感が近い一誠の姿に、篠ノ之束は、右肩の傷跡を強く――爪が食い込む程に押さえながら視ているのだ。

 

 

「………………。死刑決定」

 

 

 

 

 

 

 

 

 私にとって、一番の脅威と呼べるのが篠ノ之束である。

 三年前に一誠と僅かな時間の再会を果たした時から、彼女がこの世界の普通の彼女ではない事は既に聞いたので知っている。

 

 彼女は、私以上に強引な方法で一誠の領域に踏み込んだ者だ。

 それは今生でも変わらないらしく、年齢が逆転して今の一誠より年上である彼女から色々とされたのも知っている。

 

 その証拠に、かつて様々な傷跡を全身に刻まれていたものが消えた一誠の身体には、ただひとつだけ傷跡がある。

 

 

「うーむ、イチ坊が女の子とあんなにも普通に遊んでいるとはなぁ……」

 

「ああ、本当に別人そのものとしか思えないぞ」

 

 

 その傷跡は、寮の部屋が一緒になってからは毎日一緒になって風呂に入る時に見ている傷跡。

 

 腕にある――何者かに食いちぎられた様な痕。

 

 

「お、見ろ。凰さんに肩車させられてフラフラだ。

……意外と足腰弱いのか?」

 

「私が知る織斑一夏だと、乗られた瞬間、凰を水切り宜しくに海に向かって投げ飛ばした後、お前に肩車をせがむだろうな」

 

「あー……あんまり否定はできないかも」

 

 

 その傷跡の正体は知っている。

 だからこそ、私は彼女を脅威に感じている。

 彼女は初めて会った時から、一誠に対して憎悪に近い感情を向けていた。

 

 

「お? ちーちゃんと山田先生だ。

ふっ、こうして見ると、ちーちゃんも普通に育てば、普通の女の子なんだなぁ……」

 

「……。今の教官も充分教官らしいのに、お前くらいだろ、教官をただの女の子だと思えるのは」

 

「そうっすかね? にしても、何時見ても山田先生ってすげー戦闘力(おっぱい)してるぜ……!」

 

「…………どうせ私は戦闘力3のゴミだよ」

 

「う……!? い、いや大丈夫っす! 戦闘力(おっぱい)は関係なく師匠はプリチーですぜ!」

 

 

 だが、私だからあの時から解った。

 篠ノ之束は確かに一誠を本気で憎んでいたのだろう。

 だが、それと同時に一誠が到達し、自身が理解できない領域に一種の羨望を抱いていたのだと。

 だから、初めて本当の挫折と敗北感を叩き込まれた一誠に対する憎悪と同時に持つ感情を……。

 それはまだ一誠を知らなかった私が抱いていたものに近く、一誠を知ってから抱いたものにとても近い……。

 

 

「…………。篠ノ之ちゃんの様子がおかしいな。

何時もだったらオルコットさんとか凰さんなんかと張り合ってるのに、妙に静かだ」

 

「劣等感だろうな。

自分だけ彼や彼女達と違って専用機を持っていないという疎外感さ……」

 

「あの時と同じか。つまり――」

 

「間違いなく彼女は現れる」

 

「……。だよな。

まあ、他人のフリをしてくれる筈だから、大丈夫だと思いたいけど……」

 

 

 そうでなければ、一誠の身体の一部を自分の身体に埋め込んでまでして、一誠に近づこうだなんて考える訳もない。

 ………指摘したところで、彼女は絶対に否定するだろうがな。

 

 その点においては私と彼女は違う。

 

 

「ところで、三年前に一度会っていた事を彼女に言わなかったのか?」

 

「へ? そうだけど? だって別に言わなくてもあの子にはすぐバレてるだろうし……」

 

「……………。嵐が来るな」

 

「へ? そんな気配なんてしないっすよ?」

 

 

 それなのに、一誠自身は例え互いの年齢が逆転しても彼女を子供扱いする。

 だから拗れるというのにな……。まあ、わざわざ脅威相手に塩を送るような真似なんて私もしないから言わんがな。

 

 

「もたもたしていると、一誠を本当に私の嫁にしますよ……博士?」

 

「師匠師匠……? それ昔から思ってたけど逆っすよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 一夏と千冬が異常者(アブノーマル)の存在知ること無く、異常者の領域に踏み込む事ない世界。

 そうする事で妹の箒の想いが最期まで報われないという未来を今のところは回避しているという意味では束とて満足である。

 

 この状態で果たして報われるかは別にしても、一夏から徹底的に他人扱いをされないだけでも大分マシなのは間違いないのだから。

 

 だから、今の世界については特に不満はない。

 領域を知らない事で、一夏と千冬の力はその特殊な出生を除けばただの普通(ノーマル)なので、自衛の手段が無い分、自分と一誠が影ながら守れば良いだけの話なのだから。

 

 後は、一夏と千冬を取り巻く厄介な事を所々消し、一夏が自立をしさえすれば、大嫌いな男(イッセー)は用無しとなる。

 

 そうなれば、一誠が今後余計な真似をしない様に束だけしか知らない場所に封じ込め、永遠に飼い続ける。

 それが今生における篠ノ之束の目標だった。

 

 

 だから、年下となった一誠を探し当てた時から、徹底的に一誠に釘を刺してきた。

 絶対に一夏と千冬に余計な事をするな。教えるな。話すな。触れるな――と。

 

 何の因果か、今生では一夏と同い年である一誠をIS学園に送り込む決意をしたのは賭けにも近かったが、確かに一誠は約束した通り、必要以上に一誠や千冬――そして箒と関わることを避けた。

 

 そして、あの忌々しい暗部の姉妹とも、全くの接触をせずに。

 

 自分の言うことを聞いているという点では、束はゾクゾクとした。

 最期まで自分をガキ扱いしてきた一誠が自分より年下で、自分の言うことをなんでも聞く。

 

 まったくもって愉快で、愉悦で、ゾクゾクさせる。

 

 

 …………。あの銀髪の小娘さえ居なければ。

 

 

「…………」

 

 

 唯一一誠が自分に背を向けた真似とすれば、まさにこれだろう。

 まさか一誠が三年も前に自分に近いやり方で一誠の領域に踏み込んだ小娘……ラウラと会っていたなんて。

 

 だからIS学園に入って二人に悟られずに守れと言った時、一誠は素直に頷いたのだと思うと、腸すら煮えくり返るし、何よりも腹が立つのが、一誠がラウラに対して明らかに好意を持っている点だ。

 

 自分より弱いラウラを師匠だなどと呼び、飼い犬みたいに懐き、イチャイチャばっかりしている。

 

 

「私の言った事を忘れて、盛ってんじゃねーよ……!」

 

 

 ムカつく……。ムカつく……! ムカつくっ……!!

 自分に見せた事なんて無い、楽しそうなその顔をラウラには向けているのも。

 ラウラがそんな一誠を受け止めていて、一誠もまた幸せそうな表情であることも。

 

 当たり前みたいに同じ部屋で、同じ寝具で眠るのも。

 当たり前みたいに互いにその力を高め合う鍛練を楽しげにしているのも。

 当たり前みたいに風呂に入っているのも。

 当たり前みたいに、寝起きの一誠にキスをするのも。

 

 そんなラウラに心底心を許している顔の一誠が。

 それ以上に、そうさせているラウラが。

 

 束は自分でもわからない程に気にくわなかった。

 

 

『もたもたしていると、一誠を本当に私の嫁にしますよ……博士?』

 

 

 挙げ句の果てには、空から視ていた自分に向かって宣ったラウラのこの台詞は、束のプライドを刺激した。

 

 

「オーケー

この束さんに喧嘩売ってるって事だね? 上等だよおチビちゃん、買ってやるさ」

 

 

 ラウラの存在を感知できなかったのは自分のミスである事は認めてやる。

 

 

「別にそんな奴なんて要らないけど、売られた喧嘩は買う主義だからさ。

誰に喧嘩を売ったのかを教えてやるし、後悔させてやる」

 

 

 一誠を制御できるのはこの世で自分だけだと慢心していたのも認めてやる。

 だから束はそんなラウラからの『宣戦布告』に応じるかの様に……一誠やラウラと同じ赤きオーラを全身から解き放つ。

 

 

「ホント、別にキミと違ってアイツなんて『大嫌い』なんだけどねっ……!」

 

 

 左肩に残る彼の一部を指でなぞりながら、不敵に笑う――これが篠ノ之束なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!? 師匠……」

 

「ああ、やはり上から視ている様だ……彼女が」

 

「大丈夫かな? 微妙に不安だ……」

 

「大丈夫さ。彼女は少し意地っ張りなだけなんだ」

 

「そりゃ知ってるけど……嫌われてるからな俺……」

 

「……………。まあ、そう思っても仕方ないか」

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世でたった三人である赤き龍の系譜を持つ者達は、邂逅する。

 

 

「ひとつ聞いても良いか?」

 

「なに?」

 

「……師匠がイチ坊達と押さえ込んだISを暴走させたのは束ちゃまか?」

 

 

 普通に育った一夏が仲間達と共に、ラウラの影ながらの援護を受けながら、ISを進化させることで倒した軍用ISについて、嵐が去って天の川が広がる夜の海岸にて訊ねる一誠。

 

 

「だったらなに?

そこそこ修羅場を潜らせないといっくんも自立なんてできないでしょう?」

 

「……………」

 

「あっれー? 怒った? 怒ったの? 他人を異常者に引きずり込んで人生滅茶苦茶にしてきた男にとって、こんな程度は可愛いものじゃん?」

 

「……。ああ、確かに否定なんてできやしないよ俺には。

キミをそうさせたのも――元を辿れば全部俺のせいだからな」

 

「………あ?」

 

 

 そんな束の挑発的な返しに、一誠は目を伏せるだけで束を咎める様な事はしなかった。

 

 

「キミがそうなったのも、全部俺が中途半端にしてきたせいだ。

だから俺はキミのやり方を否定する気なんてない」

 

「…………」

 

 

 肯定するような言葉に、束は苛立つかの様に一誠に近づく。

 

 

「なにそれ? この束さんに対する罪悪感ってだけで今まで言うことを聞いてきたって訳?」

 

「…………」

 

 

 束の質問に一誠はなにも答えない。

 しかし、その無言が肯定を意味するとすぐに理解した束は、怒りに駆られるように一誠の手首を爪が食い込むように掴む。

 

 

「あの子にはそんな顔をしない癖に……! 私にはあの子に向ける様な顔をしない癖に……!! やっぱりアンタなんて大嫌いだっ!!」

 

「…………ごめん」

 

「うるさいっ! アンタのそういった言葉もう聞きたくもない!! いつもそうだよアンタは!!?

私に対して何時も暗い顔だ! あの子にはしないくせに! あの子にはアンタ自身の弱い所をさらけ出す癖に! なんで……どうしてよっ!?」

 

「…………」

 

 

 

 束に捕まれた手首から血が流れる。

 それほどに強く握られ、愛憎入り交じった表情で叫ぶ束に一誠は何も言えない。

 

 それが余計に束の感情を爆発させる。

 

 

「許さない。アンタだけはこの先どうなろうが絶対に許さない……!

あんなおチビちゃんなんかにアナタは渡さない……! アナタは私のだ! 私だけがアナタを好きにできるんだっ……!

ふふふっ……! あっははははははっ!!」

 

「束ちゃま……」

 

 

 愛憎入り交じった表情から、何かに吹っ切れたかのような笑顔と共に涙を流す束は、受け止める事も拒絶することもできずに戸惑う一誠を抱く。

 

 

「ふふ、アナタなんか大っ嫌い……♪ だからあんなおチビちゃんには負けないよ」

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 そんな二人のやり取りを、少し離れた所からただ黙って見守っているラウラ対して向けられた束からの言葉。

 向け方こそ違えど、やはり同じだとラウラは思うからこそ、黙って見ていたのだった。

 

 これは、一夏と箒が別の場所で若干良い雰囲気になりかけたところに、女子達が襲撃して騒ぎになっている現場から少し離れた所で起こっていた、複雑なやり取り。

 

 

続かない

 

終了




簡易人物紹介

イッセー
人外絶対殺すマン系にほぼ近めな赤龍帝。

他人をあまりにも変えてしまった自責の念が強すぎて基本受け身気味。


ラウラさん

色々な意味でイッセーの師である少女。
母性と見た目が反比例しているを通り越して、イッセーに対しては最早聖母のように甘やかすタイプ。


束ちゃま。

過去においてイッセーのあまりの怪物さに挫折し、色々とねじくれてしまった天才。

イッセーの立つ側への才能がなかったのに、イッセーの血肉を食い千切り、それを吐き戻して自分の身に埋め込むというクレイジー過ぎる方法で強引に才能を開花させる辺りは紛れもない天才。

しかし、ねじくれ過ぎたせいた、基本的にイッセーへの当たりが強いようでそうでもない。

簡単に言えば、土下座して足でも舐めながら結婚してくださいとイッセーが言えばyesと返す程度。

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