気に入らなければ神にすら平然と中指を立てて喧嘩を売るような男。
友達を馬鹿にしたという理由だけで敵の勢力を皆殺しにした男。
そんな男から過去に言われた言葉。
『俺が危険ってのはわからないでもないし、理解はしてやるさ。
だけどねぇ? だからと言って何故俺がアンタ等ごときの管理下に置かれなければならないのかがわからないな?
今言った言葉ほとんど建前だってのがあまりにも見え透いてるせいでどうにも笑いそうになってしまう』
己のみならず、他人すらをも引き上げる才能を持ちながら、歴代最強最悪と呼ばれた赤龍帝にて、同世代の男の力がどうしても欲しかった。
この男を取り込めば自分は誰よりも自由に生きる事ができると。
だけど男は自分達のどんな誘惑に対して鼻で笑い、そして見下した。
『そもそもよぉ悪魔のお姉ちゃんよ? なんで俺より弱い奴なんぞにへーこらしないとならないんだよ?』
思い入れもなければ、自分より弱い奴の言いなりになる理由が全く無い。
そう言った男は強大な殺意を剥き出しに嗤う。
『俺を従えたかったら……俺に勝ってから命令しろや!!』
そう吼えると同時に襲いかかってきた男により、自分達は徹底的に叩きのめされた。
自分や仲間達が同時に掛かっても傷ひとつすら付けることも叶わずに……。
記憶を取り戻した事で、その精神も少しずつ蘇りはじめているイッセーは、記憶を取り戻す前と後の人格の豹変に戸惑う『両親』を横目に、女の子として生まれ変わっていた前世の親友の力を借りる形でその力を取り戻していた。
「兵藤……アンタって兵藤よね?」
「は? なんだ急に?」
記憶を取り戻した事でリアス・グレモリー達以下オカルト研究部の面々との関係性が急転直下のドライ状態へと変わったのは、過去のイッセーはリアス・グレモリー達――牽いては悪魔そのものになんの関心も興味もなかったからだ。
寧ろ何度かうっとうしい干渉をしてこようとしたことにキレて当時はヴァーリであったエレーナや曹操の子孫であり、未だこの世界では行方が掴めていない神牙という青年の三人で殴り込みをして冥界の地を滅茶苦茶にした程度には仲間意識もない。
つまり記憶を取り戻したイッセーの態度は、何も知らない学校のクラスメートにすら違和感を覚えさせるものであり、オカルト研究部に入ってからは少しだけ距離感が開いたクラスメートの一人にイッセーのそのドライさに違和感を持たれていた。
「どこからどう見ても俺だろう? 何でだ?」
「いやだってアンタ……何時ものスケベ根性が無いというか、アーシアに対してもどこかよそよそしい気がしてね……」
「? アーシア……ってーと、ああ……」
そういやそんな女も居たなと、記憶を失っていた時期に紆余曲折あって助けてしまった形となり、今は兵藤家に住んで同じ学校に通っているアーシア・アルジェントの悲しげにこちらを見る姿を一瞥する。
「よそよそしいってか、べつに元からこんなんだぞ?」
「………」
アーシアと親しいクラスメートの女子である桐生藍華にそう素っ気なく言いいながらつまらなそうにペンを器用に指で回す。
その時点で藍華からかなり不審がられた目をされるが、他人も他人な彼女にいくら疑われようとも痛くも痒くもない。
「アンタ等、まさか喧嘩とかして……」
「してないしてない」
今のイッセーの頭にあるのは、イッセーとエレーナの共通の親友である神牙の行方だけなのだから。
「ほれ、先生来たからさっさと席ついた方が良いぜ?」
「…………」
記憶を取り戻す前のことだから仕方なかったにせよ、今にして思えばあのアーシアも妙な行動ばかりだった。
まるで待ち構えていたように言葉がわからないと現れたり、自分は逆らえないからと囚われのヒロインみたいな台詞を何度も宣っていたり。
(ヴァーリが女として生まれ変わっていた事を掴めなかったのがアンタ等の誤算だったな。
お陰で自分をやっと取り戻せた―――後は神牙だ)
そんな奴に対して何をどう思えというのか。
記憶を取り戻したイッセーは極端すぎるまでの区別主義者であり、席に戻った藍華がアーシアに何やら話しているのを最後に一切視界に入れなくなったイッセーが担任の話を聞いていると……。
「エレーナ・ルキフェルさんです」
『おおっ!?』
今朝家の庭で朝のラジオ体操感覚で殴り合っていた親友が学園の制服姿で何故か担任の隣に立っていて紹介されていたのだった。
長い銀髪に蒼い瞳。
透き通るような白い肌にこの学園で騒がれる美少女達と謙遜無しな美少女が転入したということでクラスの男子達は大騒ぎとなるのだが、その少女が発した一言が一気にヘイトを向ける事になる。
「先生、イッセーの隣の席が空いているようなのであの席で構いませんよ。
知り合いなので……」
『………』
「………」
「あ、そうですか」
イッセー一人に。
かれでもかと言う恨みの籠った視線を向けられる中、エレーナは平然とイッセーのとなりに座るし、イッセーもイッセーで流石に驚いた顔を崩せずに隣に座る親友に一言……。
「なにしてんのお前?」
そんな話の一欠片もしなかった親友の出現なので仕方ないのだが、ヴァーリ改めエレーナはドヤァとしながら一言。
「お前の好きなサプライズって奴さ」
案の定休み時間になる度に男子達から取り囲まれては尋問されるイッセーだが、その全てを適当にスルーしてやり過ごす。
やがてイッセーに何を言っても答えが無いとわかったのか、今度はエレーナが質問責めに遇うのだが、エレーナもエレーナで根が天然なせいか、一切オブラートにせず答えてしまう。
今はイッセーの家に居るだの、寝る部屋まで同じだのと、誤解されてもしょうがない事ばかり言ってしまうものだからますますイッセーにヘイトが向けられる。
「オメーのお陰でただでさえ最近恨まれがちだったのが、完全に嫌われものだ」
「他人に嫌われようが関係ないだろう? それにオレは事実を言ったまでだ」
『………なあ白いの? ヴァーリ――いや、今はエレーナか? 昔より随分イッセーに拘るようになってやしないか?』
『なんだ……その、女に生まれ変わったせいか、扱いがある意味でヴァーリの時より色々と悲惨だったんだ。
当時はエレーナも完全には力を取り戻せていなくて……』
人を撒くつもりで屋上へと移動したイッセーとエレーナは、昼休みの時間でもあったので購買で適当に買ったパンと飲み物を口にしながら雑談をする。
「そもそもこの事を部長さんは知ってるのか?」
「言う必要があるのか? 一応『正規の手順』を踏んで転入したのだから文句を言われる筋合い等ない」
「こりゃあ放課後呼び出し確定だねー……」
それぞれに宿るドラゴン達も会話しつつ、悪びれもせず言うエレーナに、放課後がめんどくさいとため息を吐くイッセーだが、怒るつもりもない。
「……。今度からは一言でも良いから私に話を通して欲しいのだけど」
「管理をただ任されているだけのお飾りのキミの許可を一々取る理由が見当たらないと判断したまでさ。
大体、言ってキミが頷くとも思えないが?」
「当たり前でしょう? アナタは堕天使サイドの――」
「奴等とはもう手を切ったと言っただろう?」
案の定放課後になって部室に連行され、説明を求められたイッセーは、代わりに説明するエレーナと言い争うリアスを前に『あー帰りてー』とぼんやりしていると、横からリアスの戦車である搭城小猫が話しかけてくる。
「あの先輩……。
先輩は記憶を取り戻したようですけど、その前の失っていた頃の記憶はちゃんとあるのですか?」
「あ? あー……一応ある」
「……。それでも私達のことは受け入れないんですか?」
その言葉に騎士の木場祐斗や女王の姫島朱乃、僧侶のアーシア――それからエレーナと言い争っていたリアスが一斉にイッセーを見る。
ちなみに先日の聖剣騒動で聖書の神が不在であることを、ただの戦争狂でしかなかったコカビエルに暴露されたことで自棄になってリアスの下僕となったゼノヴィアが居たりするのだが、前世含めてイッセーとは関わりが薄かったので、黙って静観に留めている。
「興味ないからな。キミ等の全部に」
そんな状況に対してイッセーはただ一言、冷酷とも取れる
一言で終わらせた。
「それを言うならキミ等だって俺――ではなくて、俺の『異常』にしか興味ないんだからお互い様だろ?」
『…………』
過去の時点でリアス達がイッセーの異常性を取り込みたがっていたのは知っていた。
それ故に記憶を取り戻したイッセーは彼女等には絶対に心は開かないし慈悲もない。
「記憶がなかった時もある程度その恩恵をくれてやってたんだ。
寧ろ戻った時点でアンタ等を皆殺しにしないだけ感謝して貰いたいくらいだよ………エレーナじゃないけどさ」
それが徹底的な区別主義であるイッセーの本懐なのだ。
「……。わかっているわ。
けど今は彼女のことよ。ここ最近はずっとアザゼルからしつこい程に返還を要求されているの」
「本人が戻る気が無いんだから仕方ないでしょう? ……気は進まないけど、それでもと向こうが言うのなら『力付く』で黙らせるしかないでしょうし」
己の力は己が認めた友の為だけに。
完全に関係性がギスギスしているものの、一応悪魔の兵士のままである以上はそれなりに悪魔としての仕事をしなければならない。
その一つが先日コカビエルが起こした騒動に置ける後始末と今後に対する傾向と対策を話し合う三大勢力のトップ同士の会談だ。
「その会談にアザゼルは来るけど……」
「ちょうど良いじゃないですか。
その時に俺が直接言えば良いんでしょう? アザゼルさ――いや、アザゼルに」
呑気にラーメン屋のガイドブック雑誌を読んでいるエレーナの隣で不敵に指をボキボキと鳴らしながら言ってのけるイッセーにリアスは、それが不可能ではない事を嫌というほど知っているので閉口してしまう。
「今のアナタはどうであれ私の兵士なのよ。
その兵士であるアナタが堕天使のトップと事を構えたら自動的に我々悪魔と堕天使の関係が悪化するから……」
「だったらオレがアザゼルを捻り潰して二度とオレに関われなくすれば良い」
「……………」
一応の理屈を並べようとしても、今度は雑誌から目を離さず、コンビニで買い物するような感覚で言うエレーナが言うものだから再び閉口してしまうリアス達。
「あのアザゼルはただの神器研究好きな変態だからな。
オレ達にとってのアザゼルが馬鹿にされていると思うと殺すことにすら躊躇いもない」
「変態って……そんな酷いのかよ?」
「ああ……女に生まれ変わった事をこれほど呪った事はなかったよ。
もっとも、奴に拾われる前から他の奴にも色々やられたがな……」
「マジかよ……」
どうやらかなり言えない真似をされてきたらしく、言葉の端々に殺意が滲んでいる。
リアスも同性故かエレーナの言葉の意味を察して驚きつつも引いている。
「だけどそんな屈辱もこうしてイッセーを取り戻せたのだから些細な事さ。
後は神牙さえ探し出せればオレ達はまた昔のように自由気儘に生きることができる」
全ては親友との再会の為に。
そう語りつつ、ここで雑誌に向けていた視線がリアスへと移り、そして睨む。
「記憶を取り戻した以上、今のイッセーがアンタ等のくだらないやり方に騙されるとは思わない」
「…………」
「そうなるくらいならオレの身をイッセーにくれてやってでも止めるがな」
「あのな……」
「気を付けろと言いたいだけだ。
お前の傍から離れないためにはなんでもすると決めてるしな」
確かに白い龍――アルビオンの言うとおり、余程友達が居なかった時期が辛かったのだとエレーナの言葉から察したイッセーは何となくエレーナの背中を軽く叩いてあげるのだった。
「アザゼルがもしお前を拉致るつもりなら、俺が話をつける。
…………殺してでもお前を連れては行かせないさ」
親友への想いの強さはイッセーとて強いのだ。
簡易人物紹介
エレーナ・ルキフェル(ヴァーリ・ルシファー)
TSして生まれ変わった白龍皇。
女として生まれ変わったせいか、過去が余計悲惨だったせいか唯一心を許せる親友二人に対する拘りが強くなっている。
だけど一番ショックだったのは、前世では義父と呼べたアザゼルが三馬鹿にとってのアザゼルではなかった事。
そしてそのアザゼルに神器研究のサンプルにされてた間に『色々』された事。
イッセー
記憶を取り戻し、取り戻す前の人たちへの態度が一気にドライになった人。
エレーナに隠れがちだが、この人こそ親友二人への想いが重く、二人の為なら平気で世界をぶち壊すことにすら躊躇いゼロ。
どこにでもついてこようとするエレーナのことを内心『なんか子犬みたいになってんなぁ』と思いつつも特に咎めもしないし、引っ付いてくることにも慣れはじめた。