まだ『価値』があるので現状維持……
後ろ暗い過去というものは誰しもあるし、俺にもある。
でも、そんな後ろ暗い過去があってこその今があるとも思える。
確かに俺は――いや俺達は普通とは言えない生き方をしてきたのかもしれない。
そんな生き方を普通の者達は『異常』だとか『狂ってる』と言うのかもしれない。
でもその異常と狂気の果てに掴んだこの繋がりだけは本物であると俺は確信しているし、これからもそれは変わらない。
異常で、親にすら見放された者同士の単なる傷の舐め合いだと揶揄されようがなんであろうが……な。
兵藤一誠という名の青年の現状は悪魔の下僕だった。
そして下僕としてそれなりに悪魔である主や仲間達と上手くやれてはいた。
しかしそれはあくまで『ただの兵藤一誠』である場合であり……その一誠がひょんな事から『全ての記憶』を取り戻してしまった事で、鉄砲玉ともいえる下僕を手に入れられたとほくそ笑んでいた悪魔とその仲間達は、報復の『恐怖』を感じるようになる。
「むんっ!!」
「はぁっ!!」
特に従順な手駒であった彼の記憶を呼び戻した存在はまさに悪魔にとっての恐怖そのものだった。
「あの白龍皇によって記憶を取り戻してしまったイッセー君が日増しにあの時のような手の付けられない強さを取り戻していますわ」
「……ええ」
「……。どうするのですか? このままでは遠からず先輩は私達の前から居なくなりますし、下手をしたらこれまで記憶が無かったことを良いことに良いように使っていた報復をされてしまいます……」
「本人はそれほど気にしてはいませんが……あの女性として生まれ変わっている白龍皇は僕達に敵意を向けていますし……」
「わ、わかっているわ! な、なんとか方法を考えるわよ……!」
親友であるイッセーを記憶がないことを良いことに、自分達の『我』を通す為の道具にしたと敵意をむき出しにする白龍皇の少女を悪魔達は、笑い合いながら楽しそうに豪邸化している兵藤家の庭で殴り合っている光景を前に身震いするしかないのだ。
記憶と精神を取り戻した事で、その異常も蘇ったイッセーは当初笑えないくらいに弱くなっていったが、オレが毎日のように戦う事ですぐにオレの知るイッセーの強さを取り戻してくれている。
「てて……流石にまだフルパワーは無理だったか」
「いや、それでも昨日よりは更に強さを戻している。
流石無限に進化し続ける異常を持つだけはある」
それでもまだオレが男である頃のイッセーの強さには遠く、今のところはオレが全勝している。
ふふ……だがもう少ししたら本気で殴り合えるようになると思うとオレは武者震いが止まらない。
「今日は此処までにしておこう。
ラーメンが食べたくなった」
「だな……向こうで俺の両親含めた悪魔さん達がビクビクしてるし」
「ふん……あんな連中なぞ怯え続けていれば良い」
過去とは違い、今のイッセーは記憶を失っていたからなのもあってか普通に両親の下で生活をしている。
オレ自身はイッセーの両親に思う事は特には無い。過去の時もイッセーは両親に対しては割りきった考え方をしていたからな。
寧ろオレが許せないのは、その横でオレとイッセーの殴り合いを青白い顔して見ている悪魔連中だ。
オレも一応半分は悪魔の血を持つハーフなのだが、あんなのと同じ血を一部でも持つと思うと反吐が出る。
「知ってた上で記憶を無くして従順だってお前を散々利用してきたんだ。
お前の異常の恩恵を奪おうとな……昔からそうだが、オレは奴等のそういう所が嫌いなんだ」
そうだ、加えて奴等はオレのように過去の記憶を持って生まれ変わった存在だ。
故に過去のイッセーの持つ特性を知っているし、過去の頃からその恩恵を奪おうとしていた。
当時は奴等の力量ではどう足掻いてもイッセーを支配することなんて不可能だったし、オレ達もそれを許さなかった。
だからオレは奴等が前よりも嫌いだ。
そうやって誰かに寄生しながら隙間だけで生きている奴等がな。
完全に記憶を取り戻したイッセーは誰にも懐くことのない狂犬のような男であることは過去に身を以て知っているのがリアス・グレモリー達である。
故に記憶を取り戻させない――もしくは取り戻しても自分達に対して情を抱くように少しずつ一誠を取り込む算段だった。
しかしその目論見も計画も、ヴァーリというイッセーの親友の一人にてこの世界には存在しなかった筈の白龍皇によって全て台無しにされてしまった。
何せまさか白龍皇が女として生まれ変わっているかなんて誰が想像できたか。
「今後についてちゃんと話がしたいわ……」
「はぁ……」
「……………」
想定外ではあった。
だが同じく想定外にも記憶を取り戻したイッセーは、記憶を取り戻す前の自分達との関わりも作用しているのか、過去のような制御不能さがマイルドになっている。
だとするなら、どうであれ自分の兵士であるイッセーをなんとか留まらせる形にする為に話し合う必要があると、リアスは仲間達と共にイッセーの部屋を尋ね、なるべく下手になってみる。
「確かに、私達は少しだけ邪な気持ちもありつつ記憶がなかったアナタを兵士にさせたかもしれない。
けど、どうであっても今のアナタは私の兵士なの……これはわかる?」
「まあ……」
「……………」
一応話を聞いてくれているイッセーの横で、氷のような無表情となって自分達を見下す白龍皇だった少女に少し圧されつつも、あくまでも今のイッセーは自分の兵士だと主張するリアス。
過去の世界では兄であるサーゼクス達魔王が直接の抗争を回避する戦力だったコカビエルとアザゼルがこの世界ではただの堕天使の域をでない存在だった事は幸運だった。
だからこそ記憶を失ったイッセーと共に先日の聖剣の騒動を潜り抜けられたとリアスは回想しつつ話すと、イッセーは気の抜けた顔のまま口を開く。
「まー……貴女方の主張もわからんでもありませんね。
どっちにしろ、記憶取り戻す前の俺はアンタ等の世話にはなってますし」
「…………」
何か言いたげな顔をする白龍皇の少女の額を牽制のつもりで軽くペシンと叩きながら頷くイッセーにリアスは少しだけほっとする。
「じゃあ……」
「ええ、もう暫くはアンタ等の下とやらに居ますよ。
こっちも色々と『準備』しなければいけませんからね」
下僕でいることを了承したイッセーにリアスのみならずその仲間達もまた安堵の表情を浮かべる。
「ただ、アンタ等が勝手にどこぞの誰かにぶち殺されそうになっても多分気分とか乗らずに助けもしませんけどね」
『………』
あくまで互いに『価値』があるから現状維持を了承しているにすぎないと釘を刺されたもののだ……。
「ええ、肝に銘じておくわ」
その釘をリアスは敢えて刺さっておく。
(その間になんとかしてイッセーをこちら側にさえ引き込めさえすれば良いわ)
そんな思惑を隠して……。
「ところで、そこの白龍皇の彼女は何時までここに? アナタは確かアザゼルが寄越した者よね? 戻らなくても良いのかしら?」
「戻るも何もオレが戻る場所は
元々アザゼルの下に居たのは奴の下に居た方がイッセーと接触できる機会が増えると思っただけにすぎない」
「……。けどそのアザゼルからアナタについてと聞かれるのよ。
早く返せと……」
「返せ……だと? あの人がそんな言い方を――」
「……。まあ、オレ達の知るアザゼルではないんだよイッセー」
「そう……か。
コカビエルさんもそうだったし、なんだか物悲しい気持ちだな」
そういう意味ではこの白龍皇の少女はかなり邪魔になるのだが、本人は堕天使側とは完全に手を切っているつもりらしく、去るつもりもないらしい。
「べつにコイツが居ても構わんでしょう? 俺的には居て貰いたいですしね」
「そういう訳だリアス・グレモリー。
オレは誰の命令も聞かないし、生き方もオレが決める」
「………」
不敵に笑う長い銀髪に碧眼の人形のように造形が整っている少女にリアスは内心舌打ちをするのだった。
「本当なら今すぐにでもアンタ等を皆殺しにしてイッセーとの手を切らせても良いんだが……」
「お前、そんなキャラじゃなかっただろ。
呑気にラーメン食ってるような奴だったのに……」
「色々あったって昨日の夜話しただろう? 女に生まれ変わったせいで男の時よりエグい真似をされてきたんだ。
お前と神牙の事を考えながらじゃなければとっくに死んでいたと思うくらいに、な」
「それは聞いた……悪かったな。
最初から覚えてりゃあお前にそんな真似なんてさせなかったのに……」
「良いさ。こうしてまた会えたからな」
宿敵の運命を越えた強固なる絆に。
「…………」
「な、なんだよ?」
「いや、改めてお前の気配と匂いを覚えておこうと思ってな。
今のお前は力をほぼ失っているし、何かあったらすぐ駆けつけられるようにと……」
「ああそう……」
「だ、だからってなんでそんなくっつくのよ……?」
「お前には関係ないだろうリアス・グレモリー?」
簡易人物紹介
イッセー
記憶を取り戻し、エレーナ(ヴァーリ)との喧嘩により恐ろしい速度でパワーを取り戻している最中な少年。
リアス達については特になんとも思わないけど、取り敢えず価値がある内は下僕的な位置を維持している。
性別が変わってもラーメンは大好きな親友に苦笑いする。
エレーナ・ルシファー(ヴァーリ)
白龍皇少女に生まれ変わったラーメン大好きさん。
真面目にリアス達を消してやりたい程度に親友が取られることを密かに恐れてる節が所々あるのは、女として生まれ変わってからの人生が地獄だったから。
なので微妙に距離感が近いとイッセーに戸惑われていたりなかったり。
特技は一度覚えた気配と匂いでその者の位置を特定する。(好きなもの以外を覚えるつもりなし)