段々ぶっ飛び始めます。
誰よりも近くでイッセーを見ていたからこそ分かる。
イッセーは過去の出来事が理由で他人を滅多に信用しないし、敵と断定した存在は地獄の果てまで追い掛けて殺すという執念深さも確かに持ち合わせている。
だが最初から敵意やゲスな考えを持たずにただ近寄ってきた者に対しては、少々心配になる程に『チョロい』のだ。
「物凄くポジティブに見ても、パトリック君は全治半年だ」
「………」
「申し訳ございません……」
本人に指摘すると本気で否定するのだけど、イッセーは確かに『チョロい』。
そうでなければこのユミエラやアリシアをわざわざ『自分側』の領域に引きずり込むなんて手間にしかならん真似なぞしない。
これは恐らくユミエラもアリシアも初めから何の損得も無くイッセーに対して好意を以て接することを貫き続けているからだろうと相棒として、時には親代わりとしてイッセーを見てきたオレは思う。
そして一度でもそうなれば最後、無意識であろうともイッセーは少々歪んでる『情』を示し始める。
今回は偶々その情が爆発した結果、よくも知らん貴族の小僧が割りを食わされた訳だが……。
「パトリックさんは私が必ず回復させます。
私が治療をすれば半日で全快させられます」
「………うん、色々ととんでもない事をサラりと言われてるけど、確かにキミなら不可能ではないだろう。
しかしだね……」
「??」
「先程からその……隣の彼の殺気がバシバシと私に向けられてしまっているのだよ」
まあ、交通事故に遇ってしまったと諦めてくれたら幸いだとオレは思う。
オレはそれがどんなに悪であろうがイッセーの意思を否定しようとは思わないからな。
というより、どうでも良い人間の小僧に同情する程オレは優しくもないからな。
「イッセー、やめなさいって……。
昨日も散々話し合ったでしょう? 取り合えずパトリックさんはちゃんと治療をするって」
「……………」
パトリックという貴族の青年をぶちのめした件は個人の喧嘩で済ませるにはあまりにも被害が酷すぎたので、取り合えず学園長は両者の言い分を聞いたのだが、結果とするなら単なる痴情の縺れとしか思えないものだった。
曰く、突然パトリックに呼び出されたユミエラが、最近になってイッセーというのは完全復活するまでの魔王の仮の姿ではなかろうかという囁かれ始めた事についての話をされ、それを否定したら何故か食い気味に触れられ、それを見てしまったイッセーがプッツンして八つ裂きにしてしまった…………との事だが、学園長からしたら一人の女を巡った抗争にしか思えず、なんとも微妙な気持ちだった。
いや、無論状況的にパトリックがユミエラに対してそんな意識があるとは思えないのだが、どうやらこのイッセーという正体不明の怪物青年は思いの外ユミエラに対して思うところがあるらしい。
「出来れば治療をしてくれるとありがたいが、それによって彼の機嫌が損ねられてもそれはそれで非常に困る。
彼とは陛下自らが友好条約を結んだ存在なのでね」
「ですが……」
「まあ、私個人としては思いの外キミ達も年頃の仲なのだなというか、イッセー君も人並みに―――」
取り敢えず場をなごませるつもりの冗談を口にしようとした学園長だが、その言葉が最後まで紡がれる事はなかった。
何故なら学園長の顔面スレスレに赤い光弾が通りすぎ、そのまま背後の壁を盛大に破壊したのだから。
「今すぐにでもそのムカつくニヤケ面をやめねーと、二度と笑えねぇようにしてやんぞ?」
「…………………………」
そう三下のチンピラそのものな言葉を吐き捨てるイッセーに学園長は笑みの表情のまま固まり、冷や汗をダラダラと流す。
「……。わかった、すまなかった。無礼を許してくれ」
「イッセー!」
「ふん」
陛下が一目で『敵に回す行動や言動は絶対に控えろ』としつこいくらいに厳命してきた理由がわかってきた学園長は、この手の冗談は通用しないと学習しつつ別方向への舵切りを決断する。
「しかしどうか許して欲しい。
我々とて貴族の子息を生徒として預かる立場上、生徒の復帰の方法があるのを目の前に諦めるわけにはいかないのだ。
どうかユミエラ嬢――キミの主の力を借りる許可をくれないか?」
だがここで屈服してしまったら、学園は最早世紀末と化す。
それだけは回避したい学園長は一個人として頭まで下げるのだが……。
「……………………………………」
((うわぁ、凄く嫌そうな顔……))
イッセーの顔はどこぞの白ひげ海賊の長を彷彿とさせる程に嫌そうな顔だった。
そのあまりにも露骨な顔には学園長とイッセーの横に座るユミエラが同じ事を同時に思う。
「も、勿論ただそのまま治せとはいわない。
キミはあくまで粗相を働こうとした者から主であるユミエラ嬢を守ろうとしたのだ。
故に治療をしてくれた暁にはパトリック君に私が直接、授業の事以外はどんな理由があろうとユミエラ嬢に近づく事を禁止する様に約束させよう」
「………………………」
(め、めんどくせぇ。
この男、思ってたより重いタイプなのか?)
あれこれ条件を提示しても尚嫌そうな顔を止めないイッセーに、段々学園長も内心めんどくさい奴だと思い始めつつ、やはりイッセーとユミエラの主従関係はブラフだと理解する。
「治療をする所をイッセーも同席すれば良いでしょう? 今度はイッセーの言う通り、一切触れさせないから……」
「……………」
ユミエラのこの一言で漸く――されどやはり嫌そうな顔のまま渋々頷く事で、パトリックの復帰は確約されることになる。
しかし学園長はユミエラに下手な真似をしたらそれだけでアウトになるとしっかり王国に報告しなければならないと思うのだった。
「完了です。
どこか痛む所はありますか?」
「な、無い……」
「そうですか。
……この度はうちの者が申し訳ございませんでした」
「あ、う、うん……」
そしてユミエラの回復魔法(闇)により回復を完了させたパトリックは、ぺこりと頭を下げるユミエラの謝罪を医務室のベッドの上から受けつつ――――
「…………………………………」
(か、彼は一切謝る気がないのか……?)
その後ろで態度悪く腕を組ながら、不機嫌そうにソッポを向くイッセーにムッとなるのだったとか。
「主にこんなに頭を下げさせているのに、キミは何とも思わないのか?」
そのムッとなった気分そのままについイッセーに言ってしまったパトリックに同席していた学園長や他教師の顔色が一気に青白いものになる。
「確かにユミエラ嬢に対して失礼を働いたのはこちらの落ち度だ。
キミは使用人として彼女を守ろうと行動したのも――少し納得いかない部分もあるが認めよう。
しかしキミのやり方はあまりも暴虐が過ぎるし、一体何を考えて――」
そろそろユミエラ含めた教師達がパトリックを止めようとしたその時、それまでそっぽを向いていたイッセーが恐ろしく冷たく暗い目をしながらパトリックに向かって言う。
「蚊がよ、少しでも血ィ吸ってきたら潰して殺すだろ? 今そんな気分なんだけど、気持ち伝わったか?」
「っ……」
『………』
冷たく、そしてどこまでも見下しきったその暗い瞳と共に放たれたその言葉にパトリックはそれ以上の言葉が出せずに俯いてしまう。
人間性はともかく、生物としての性能があまりにも違いすぎるからこその言葉。
『…………』
「逆に聞きたいもんだね。
俺がオメーを半殺しにした事と、オメー等が授業とやらで魔物を叩き殺していることの何が違うのかをよ?」
「そ、それは……」
「魔物だから殺しても良いってその考えは実に人間らしくて個人的には好きだが……中途半端に善人ぶってる奴は人間だろうが畜生共だろうが反吐が出る」
国に――否、この世界に存在してはならない破壊の龍帝の無慈悲な言葉が無情にも医務室の空気を冷やすのだ。
「第一、俺の存在がユミエラにとって害だなんて、オメーごときに言われんでも自覚してんだよ。
だが俺はコイツから離れるつもりは無い……。飯の種以上に結構コイツを気に入ってるからな」
『………』
「…………」
最後のその言葉に一人だけキュンキュンとしているユミエラ以外は……。
未来ありそうな青年の心を完全にへし折ってしまったイッセーは、完全お通夜状態の医務室からユミエラと共に出ると、そわそわしながら隣を歩く彼女に対して質問をする。
「今更だが、あの野郎についての『知識』とやらはあるのか?」
「え? あ、一応名前だけは原作ゲームでも存在はしていたけど所謂モブキャラの立ち位置だったわ。
つまり攻略対象でもなんでもないわね」
「そうか……」
今まで殆ど知識については聞いてこなかったイッセーからのその質問にぽけーっとしていたユミエラがハッと現実に返りつつ知識におけるパトリックの立ち位置について説明をすれば、イッセーは短く返事をしてから小さく笑う。
「なんつーか、つくづく俺って害悪そのものだな」
「え……?」
「だから俺が引っ掻き回してしまっているから、こんな事になってんだろ? アリシアだってオメーの言う主人公やってる筈だったのにさ」
自分をはっきりと害悪だと言いながら、どこか自嘲めいた笑みを溢すイッセーにユミエラは慌てて否定する。
「そ、それを言ったら私だってこのユミエラってキャラの皮を被った害悪よ。
なまじ知識があるから立ち回れているし、それのせいで本来の物語とは全く違うものになってしまったし……」
「そうさせたのは俺の存在だろうが。
お前は単に切っ掛けにすぎない」
「そんなことは……」
らしくもないイッセーの言葉にユミエラは自分でも分からぬ焦りを覚える。
もしここで肯定してしまえば、イッセーが自分の前から居なくなってしまうのではないかという不安と共に。
「俺の勘だが。
あのパトリックとかいう野郎、多分お前が気になってたんだろうな」
「え……」
「で、これもただの勘だが、もし俺が存在せずお前が自力で99のレベルになってこの学校に居た場合、もう少し穏やかにお前と関わるようになってたかもしれねぇ」
「…………」
「ひょっとしたらそこから『そういう仲に』発展し――」
「やめて!!」
「っ!?」
思わず声を荒げたユミエラに、イッセーは声を止めながら立ち止まる。
「それ以上そんな意味の無い話なんて聞きたくない……!」
感情的な表情でイッセーにそう話すユミエラ。
「もしもイッセーが居なかったとか、そんな事考えたくなんてない。
私にとっての現実はイッセーと居る今なの……! 害悪なんて当たり前でしょう? イッセーはそもそも他作品のラノベ主人公なんだから……!」
「……」
そもそも存在すらしていなかった者と一緒に生きると決めたとは他でもない自分だし、それによる弊害なんてとっくに覚悟していた。
もしかしたら原作の裏ボスルートよりも酷い末路をたどるかもしれないという考えなんて何度も頭を過った。
「でも、それでも私が望んだ事なの。
アナタに戦い方を教えて貰う事も、99の先の領域に入ってアナタの傍に居たいと思った事も……全部私が決めた事なの!」
「……………」
それでもユミエラはイッセーと離れることはしないし出来なかった。
原作の一誠とはあまりにも違った鬼畜さとヤサグレっぷりであったけど、それでも時折見せる表情や仕草はアニメや原作で描写されたイッセーそのものだったと。
「私の生き方や意思は私が決めるわ。
誰かの決めた正しさなんてどうでも良い……! 私はイッセーと生きたい――それだけよ」
「……………」
死にたくはない。
裏ボスルートになって主人公に殺される人生なんてごめんだ。
けれどそれ以上に、イッセーとの未来を歩きたい。
その為ならこの世界の原作の流れになんか逆らってやる。
それがユミエラの覚悟であり、想い。
「そうよ、これが私よ。
身勝手で、自分本意で、他を蹴り落としてでも自分の望みを叶えようとする……それが私よ」
それこそが彼女の『
「だから覚悟しなさい。
うっとうしいってぶん殴られたってアナタから離れてやるもんですか……! 一生イッセーに付きまとってやるわ……!」
触れ合えてしまったからこそ抱いた本心。
「……」
「な、なによ? どうせ胸が足りないアホな女がなんか言ってる程度しか思ってないんでしょう? 別に良いわよ……私は諦めないから」
そんな本心を前にイッセーは暫しの間呆然となると……。
「お前……部屋に戻ったら覚えてろよ」
「う……お、お仕置きされるの? む、寧ろ構わないわ! いくら罵倒されようとも――」
「言わなきゃ良かったと後悔するくらいのセクハラをしてやるからな……」
「―――――――――へ?」
ひょいとユミエラを抱え、彼女の耳元で普通に最低発言をすると、偶々見ていて赤面中の貴族の生徒達からの視線を受けながら部屋へと帰るのだった。
「なるほど、それで起きてるイッセーくんがユミエラちゃんを抱き枕に……」
「ぜ、全然離してくれなくて……。
先にお風呂に入りたいって言ったのにそれもダメだって……」
「それはちょっとデリカシーに欠けるんじゃないかなイッセーくん?」
「知らん。てか別に変な匂いなんぞしねーぞ、普通にただのユミエラの匂いしかしねーし」
「ば、ばか! ど、どこを嗅いでるのよ!? そ、そんなとこ……うぅ……!」
「いいなー……」
終わり
人物紹介
ユミエラ・ドルクネス
悪役令嬢でもなくなった少女。
飼い主にしか懐かない狂犬のように暴れるイッセーと本音トークした結果、オープンにセクハラされるようになってしまった。
そしてこの度『自分』をやっと知ることになるのだが、意識のある本人から抱き枕にされてそれどころじゃない。
イッセー
ハッキリ言って邪魔・害悪な赤龍帝
一度でも懐に入れた者への独占欲が、過去の育ち方のせいでかなり重いそれなのは言うまでもなかった。
アリシア・エンライト
オマセな主人公。
オープンにセクハラされているユミエラがとても羨ましいいが、それでも諦めないスーパーメンタルガール