別に最強になりたかった訳でない。
ただ、強くならなければ生き残れなかったから。
強く在らなければ食い物にされてしまうから。
強ければ誰にも文句を言われないと思ったから。
強ければ自由でいられると思ったから。
強ければ我を通せると思ったから。
だから俺は。否、俺達は――
「まずは自分を知れ」
「知る?」
「ですか……?」
「ああ。それもただ単に『知る』だけじゃあダメだ。
自分がどんな人間であるか。自分がどうしたいのか。
その全てを知り、そして受け入れろ。
知った結果、その『自分』がどれだけのゲスであったとしてもな。
自分を知り、受け入れた時こそ初めて自分の中の扉を開け放つことが出きるのさ」
怪物になったのだ。
ひょんな事から異世界の裏ボス候補キャラに転生してしまった元女子大生は、まさかの別作品の主人公――それも彼女が記憶する原作とはまるで違う人生を歩んだ結果によるチンピラ化してしまった青年と出会い、そして彼からの地獄すら生ぬるい特訓を受けた事で見事にその力を開花させた。
自身の家の専属使用人という体で彼を傍に置くことに成功し、あわよくば―――と、前世の記憶もあって実は彼が推しだったりする彼女の人生は不安もあれど割りと充実しているものだろう。
しかしその平凡を目指した彼女――ユミエラの人生は思わぬ衝撃的な展開に突撃することになる。
「えー!? い、イッセーさんとユミエラさんは国王陛下に謁見していたのですか!?」
「ブラックホールを放ったのが目立ちすぎたせいね」
「そ、それで大丈夫だったんですか?」
「まー……主にイッセーが陛下を脅――ではなく、説得してくれたお陰で変な事に巻き込まれることはないわ」
「よ、良かった……」
つい先日ユミエラとイッセーは国王に呼び出され、レベル99の件やらそこに至らせたイッセーの手腕についての話をしなければならなくなったのだが、イッセーがそこはかとなく『一々うざったい監視をつけるなら三秒でこの国の連中を絶滅させてやる』と脅した事で普段の生活に戻る事が出来たとユミエラは窓の外を眺めながら『お、あの女の子は中々の
(まさかどこぞの地上最強の生物がアメリカ大統領と交わしたような友好条約を結ぶなんて思わなかったわ………)
てっきり国外追放でもされるのかと思いきや、国そのものとの友好条約を結ばれるどころか国王自らが宣誓までするとは思わなかったユミエラは、流石にこの件をそのままアリシアに言うわけにもいかないと考える。
(けれどポジティブに考えれば、これである程度の平穏は保証されるわ。
……イッセーから関係を切られなければだけど)
とにもかくにもイッセーの傍に居る限りはある程度の平穏が確約されたも同然なこの状況は決して悪くないと思うと同時に、イッセーとの関係を絶対に切るわけにはいかないと決心を固める。
それにはまずイッセーの立つ領域への到達と
「むぅ……イッセーさんが窓の外に居る女の人ばかり見てます…」
「振り向かせるにはやっぱり99の壁を越えるのと胸のサイズアップしかないわ……!」
「ええ……!」
あまりにも破天荒すぎるイッセーの存在のお陰により、誰よりも警戒していたこの世界の主人公と仲良くなれたのだから。
「ぬ!? あ、あの子の戦闘力はざっとGはあるぞ!? すげー! 揺れが半端ねー!」
「おっほん! あ、あー……最近胸が大きくなったのかしらー? 下着がきつくてー」
「私も少し肩がこっちゃってー」
「は? ………………………………………ふん、雑魚が。
くだらねぇ嘘かましてねーでとっとと扉を――もぷ!?」
アリシア・エンライトはここ王立学院では唯一の庶民出の生徒である。
何故庶民である筈の彼女が通えるのかと言われれば、それは彼女の扱える魔法属性が稀少種の『光』であるからであるわけで。
本来なら乙女ゲーの世界の主人公として親しくなった男性と魔王討伐の人生を歩む事になる筈だった彼女だが、その人生のレールは彼女の自覚がないまま外れたといっても過言ではないのかもしれない。
それは闇魔法を扱い、入学式の際にレベル99と鑑定された同級生のユミエラ――――の傍に居る青年の存在があまりにも圧倒的過ぎたから。
本当に使用人なのかと疑いたくなるほどに言動からなにからチンピラ丸出しな態度。
レベル99のユミエラを文字通り子供扱いする異次元の領域。
なにより星をも一撃で消し飛ばす圧倒的にてどの属性でもないパワー
それが光属性を扱うからと推さない頃から周囲に期待され、それに応えようと本当の自分を殺してまで振る舞ってきたアリシアにはなによりも『自由』に見えた。
王族や貴族のような高貴な振る舞いとは程遠い、粗暴さと野蛮さを持ちながらも、周りの視線なぞ意にすら返さずに生きるその姿がアリシアには酷く羨ましくも見えた。
だからアリシアは当初、そんな彼を傍に置けるユミエラが気に入らなかった。
早い話が嫉妬をしていた。
けれどそんなユミエラも自由に生きる為に彼から学んでいると知った時からそんな気持ちは薄れた。
なんなら揃って『
「流石に秘薬を使った豊胸は邪道になるわね」
「ですよね、あくまで自然に成長しないと認めて貰えないと思います」
それにより仲良くなりかけていた男性達からや他の者達から『化け物』を見るような目をされたけど、ユミエラ――そしてイッセーは変わらない。
なんならイッセーに至ってはユミエラ共々『ひよっこ』扱いだ。
「ところでアリシアはどこまで自分を知れた?」
「まだなんとも……こうして言われてみたら自分の事の筈なのに結構難しいですよね?」
「ええ、自分を知るって意外と難しいわ。
取り敢えず私のお部屋で瞑想してみる?」
「あ、良いですね! というかいっそ泊まっても良いですか? 寝ながらお話したいですし」
「ふふ、良いわよ」
つまるところ、アリシアは今とても……楽しい日々だった。
「見つけましたわよとユミエラさんとアリシアさん!」
「げ……」
「ま、またあの人……」
そんな共通の目標を持つもの同士として、すっかり仲良しになったアリシアとユミエラだが、ここ最近の二人はとある同学年の女子生徒に行く先々で絡まれていた。
「これからお茶会なのですが、お暇ですよね!?」
「「…………」」
喋り口調から出で立ちまでの全てがThe・お嬢様な女子生徒……名をエレノーラ・ヒルローズという女子生徒はユミエラとアリシアに向かって暇なのを勝手に確定させつつ自身の主催するお茶会に招こうとする。
(そういうの苦手なのよ私……)
(お金持ちの流行りとかよくわからないし……)
お察しの通り、片や元女子大生で片や庶民出のユミエラとアリシアはそういうお金持ち特有のやり取りが頗る苦手であり、そもそもこのエレノーラ・ヒルローズの目的は半分察している。
それを踏まえてもご遠慮したい案件なのだが、エレノーラな方は逃すかとばかりにユミエラとアリシアの肩を、爪が食い込む勢いで掴んでいて放してくれそうもない。
「わ……かりました」
仕方ない、適当に聞き流して乗り切るしかないと考えたユミエラは渋々頷くと、反対にアリシアは遠慮がちな顔で言う。
「あ、あのー……私は所詮庶民出ですから、皆様のお茶会に出るなんて恐れ多いといいますか……」
(ぐ、上手い言い訳だわアリシア……)
いかにもな顔で上手く逃げようとするアリシア。
だがエレノーラはといえば無駄に笑顔のままアリシアに言うのだ。
「あら、この学院の生徒である以上、庶民出なんてものは関係ありませんわ! ほら貴女も是非来てくださいな!」
「…………」
うっそだろ? と絶望顔をするアリシアをよそにぐいぐいと二人の背中を押しまくるエレノーラ。
アリシアもユミエラもエレノーラを苦手とする理由があるのだが、一番の理由は……。
(う……私よりも戦闘力が……)
(う、羨ましい……この人くらいのおっぱいだったらイッセーさんも……)
その戦闘力が二人よりも高いので、妬み半分で苦手だったりするのである。
こうしてお茶会に無理矢理引きずり込まれたアリシアとユミエラは、本人達はそういう対象ではないというのに延々とエドウィン王子には手を出すな的な話を聞かされることになるのであった。
「妙に遅いと思ったら、そんな理由だったか」
「ええ……エドウィン王子が好きだか推しらしくて、牽制されていたわ」
「た、多分私がエドウィン王子に良くして頂けてたから目を付けられてたようで……」
結局三時間も無駄にお茶会させられたユミエラとアリシアは精神的な意味で疲れきった表情で仲良くベッドに横になりながらエレノーラとのやり取りを説明する。
「そのボンボン小僧ならさっきまで会ってたぞ。
アリシアが急激にパワーアップしたのは俺が理由だからって俺に鍛えて欲しいとかなんとか……」
「え? エドウィン王子が?」
「それでイッセーさんは?」
「取り巻き共も似たようなことを言ってきたから取り敢えず俺の言うとおりにトレーニングさせたらすぐに泣き言を言い出してな。
ムカついてしまってつい広場の噴水に沈めてやっといたわ。
ああ、別に死にはしねーから安心しろ」
「「…………」」
しれっとこの国の王子に対してのやらかしを事もなく言いながら食堂から頂いてきたフルーツの盛り合わせをパクパクと食べているイッセーに、ユミエラとアリシアはなんとも言えない顔をしながら起き上がる。
「国王陛下に知られたら極刑物よそれ……」
「だから? 寧ろ殺せるもんなら殺してみろってんだ」
「なんという暴君っぷり。
でもドキドキが止まりません……」
「奇遇ねアリシア、私もよ」
『お前らも大概だろ……』
最早取り繕うのすら辞め始めているイッセーのこれまた暴君な言いっぷりに、幻滅どころかドキドキしている辺り、ユミエラとアリシアも大分アレだとドライグが突っ込む中、三人揃ってフルーツの盛り合わせを食べる。
「でも私はともかく、アリシアはこれからも彼女に絡まれるんじゃあないかしら? エドウィン王子と一番距離も近かったし……」
「でもその王子さま達には最近挨拶をしようとすると悲鳴をあげ逃げられますけど……」
「ちょっと鍛えてパワーアップしただけでそんな反応するとか、どこまでヘタレなんだあの小僧共は……」
「まー……普通の人間からしたら一週間で一気に99にアップするなんて異常そのものだし」
「そうエレノーラさんには説明したけど、あまり信じてはくれませんし……」
「それは彼女の性格もあるから……」
もひもひと、どこぞの小動物みたいに三人してフルーツを食べる光景は端から見ると気色悪い距離感の近さだったりするが、生憎そこへの突っ込みは誰も見ていないのでされることはない。
「やっぱりここは『私はイッセーさんというユミエラさんの使用人さんに滅茶苦茶にされるのが好きであって、エドウィン王子には特に思うことはありません』と言うべきでしょうか?」
「……それ、普通に変態発言にしかならないわよアリシア?」
「それと俺の名前を出すんじゃない」
「むぅ、でも実際は私もユミエラさんはそうですし。
昨日のトレーニングの時にイッセーさんに馬乗りになって殴打された時はその……お腹の下の部分が熱くなって気持ち良く――」
「あーあーあー、知らん知らん! 俺のせいじゃないしそんなん」
「本当に気が合うわね……。
私も実は昨日イッセーにぐりぐりと踏まれてた時、自分の下着がとても大変な事に――」
「うるせー!! フルーツ食ってる時にきたねーんだよ!」
『………難儀な小娘達だ』
主に鬼畜赤龍帝のせいで。
「早く99の限界を越えて頑丈にならないと」
「そうすればイッセーさんの……あ、赤ちゃんの元を……!」
「するかバカ!!」
そして……。
「んぁ…? 朝か……いっ……!? あ、頭いてぇ……」
『………。起きたか』
「あ、ああ……な、なんだこの頭の痛みは? てかなんで俺は全裸なんだ?」
『やはりなにも覚えてないのか……?』
「あ、ああ……確かフルーツの盛り合わせ食いながらブドウジュースを飲んで、そのジュースが変な味だったところまでは覚えてるんだけど……」
『そうか……』
「な、なんだよドライグ? 妙に生やさしい声なんて出し……て……?」
『…………………』
「おいドライグ、俺の両腕が妙に重いし、なにかがすっぽり入ってるんだけど?」
『………………自分で見てみろ』
「………いやいやいやいや? まさかだろ? そんなエロゲーみないな―――――――――」
「「すーすー……」」
「…………………………………………。何故、こいつらが寝てる? 何故……全裸なんだ?」
『覚えてないのなら、起きたそいつらに聞けば良い』
「まず、身体を隠せ」
「ええ」
「はい」
「…………………………何故こうなった?」
「まずイッセーがブドウのジュースと思ってた飲み物を飲んだのだけど、それが普通にワインだったのよ」
「一口でひっくり返ってしまったイッセーさんが、そのまま酔っ払った状態で起きたかと思ったら、私とユミエラさんをベッドに放り投げて……」
「まあ……色々されたわ」
「されちゃいました」
「…………………………」
「それにしても困ったわ。
首筋にもこんなに痕を付けられてるから、普通に見られてしまうわ」
「あ、ユミエラさんのおっぱいにも痕が……」
「それを言うならアリシアの胸も痕があるわ……」
「本当ですか? いやー困っちゃいましたー」
「ホントに困ったわ~」
「「ねー♪」」
「……………………………………………」
『良かったな、一応合意だぞ』
終了
簡易人物紹介
ユミエラ・ドルクネス
ご存知悪役令嬢転生者。
この度のナイチチ同盟により99の限界突破を本格的に目指し始めた。
この世界の主人公と普通に仲良くなれたお陰で割りと自分の欲をオープンにし始めたのは気にしない。
この度イッセーの弱点が発覚と同時に大人の階段を駆け上がらされたけど本人はアリシア共々その後の授業は延々と某嵐を呼ぶ5歳児のようにニヤケ顔で周囲からドン引きされまくる。
イッセー
アルティメット鬼畜赤龍帝。
ユミエラとアリシアを鬼畜トレーニングにより自身の領域に引きずり込む事を本格的に開始した。
鬼畜だが、無意識でも認めた相手への思い入れはかなり強い方で、寧ろ重くすらなる。
知らずに飲んだ飲み物のせいで割りと取り返しのつかないことをやらかし、リアルに頭を抱えている最中。
アリシア・エンライト
主人公だったけど、無自覚にその座を自分から手放した少女。
性癖から異性への好みからなにまで同じ過ぎたことであっさりとユミエラとずっ友――寧ろ一緒になって将来設計すら語り合う仲になった。
ユミエラと同じく、予期せぬ朝チュンデビューにより授業中は延々とニヘラニヘラしてるし、流石にどうしたら良いかわからないイッセーに向かってユミエラと一緒に腹部を撫でながら、嫌に慈しみ全開の笑みを浮かべているらしい。