これも特に意味なし
半ば当て付けのつもりでイッセーとタッグを組んだ箒は、改めて自分は他の者と比較しても一夏に関するアドバンテージが無いことを自覚してしまう。
幼馴染というアドバンテージにしても一夏には鈴音――なによりマコトという存在が居るので強みにもなれない。
自分には毎日訓練に入り込める為の専用機もない。
早い話が最近の箒は一夏や一夏を取り囲む人間達に対する疎外感を感じていた。
だからこそ今回の試合に出れば何かが変わるのかもしれないと、一夏がある意味意識を向けるイッセーと組んでみたのだが……。
「俺も別に織斑君の事はあまり知らないけど、何となく彼がモテるってのは見てるとわかるぞ」
「……………」
「その、別に怒らせるつもりじゃなくて言うけど、彼が神崎君に拘り過ぎているせいで、キミや他の女の子達が不満に思うことも」
訓練の合間にふとした事から始まった一夏に関した話をイッセーにしていた箒。
マコトがこの目の前の先輩と妙に仲良く――それもコソコソと何かを話をしているせいで、基本的に『他人』には関心を向けない一夏が珍しく敵意を持つ存在からなのか、なんとなく話をしてみたくなったのが始まりであり、イッセーもどうやら一夏が異性を惹き付けやすいタイプだというのは見ていてわかるらしい。
「俺はモテた試しなんて無いからなんとも言えないけど、結局は織斑君の意思だからな。
彼が鈍いにせよなんにせよ、だからと言って無理に迫っても逆効果なんじゃなかろうかとは俺は思うぞ」
「………」
遠回しに、このまま自分のやり方でやっていると取り返しがつかなくなるぞと言ってくるイッセーに、当初ムッとなってしまっていた箒だが、自分のやり方で上手くいけた試しはただの一つもないのもまた事実だった。
(って……なんで俺が人生相談の真似事をしてるんだか)
『対人関係の経験が極端に無いイッセーに相談したところで満足の行く答えなんて返せる訳なかろうに。
そもそもこの小娘といい、他の小娘といい、あの小僧に自分の意思を押し付けようとするやり方だから上手くいかんだけだろう』
(この子なりの焦りなんだろうよ。
ただこればかりは織斑君の意思次第だからなぁ……)
割りとどうとも思わない人間には辛辣だったりするドライグの言葉に若干同意してしまえるイッセーは、色々と劣等感を抱えていそうな箒を見ながら『大変だなぁ』と、どこか他人事のように思ってしまうのだった。
『まあ、人間関係に関しては力になれないけど、まずは彼に自分はそこまで弱かないって見せることじゃないか?」
「………ええ」
更識簪はその大人めな見た目を裏切る程に実はファンキーな性格である。
別に元からそうだった訳ではないのだが、コンプレックスを吹き飛ばした反動がそうさせたとしか言い様が無いほどに――ファンキーだった。
それこそ相方の布仏本音が突っ込み役になってしまうくらいに。
「な、なぁ……この服を着るだけで本当に強くなれるのか? ちょっと足元がスースーして落ち着かんぞ……」
そんな――所謂簪ワールドに最近引きずり込まれつつあるラウラは、簪でも想定していない破壊力があった。
「ぎ、銀髪だからと思って冗談半分で着せたけど、なんという破壊力……! しかも恥じらいかたもポイント高し。
ぐ、ぐぬぬ……まさかここまでの逸材だったとは……」
簪に騙された事で袖を通したその衣装により、ラウラは現在メイド姿になっていた。
しかしその姿の破壊力は簪をも戦慄させるほどの破壊力を秘めており、もしここにラウラの部下が居たら大はしゃぎでもしそうなくらいに……。
「きょ、今日の所はこの辺にしてあげる! お、覚えてろー!」
結果、簪は珍しく戦略的撤退をするのだった。
そしてちょうど箒への軽い人生相談と訓練から戻ってきたイッセーのもとへと本音と押し掛け、悔しげに話をした。
「く、ラウラ・ボーデヴィッヒめ。
私の言うことを何の疑いもなくホイホイ聞くせいでますます属性盛り盛りになってしまった……!」
眼鏡属性こそが至高の萌えだと勝手に思っている簪にとっては初の敗北感だったらしい。
「まさか『これを着たら強くなれる』ってアホでも嘘だとわかる話を本気で信じてメイド服まで着るとは。
ぽんこつ属性まで持ってるなんて……!」
元を辿れば簪の自爆とはいえ少し焦っていた。
ラウラのスポンジを思わせる吸収能力に。
「ドライグは眼帯っ娘より眼鏡っ娘派だよね!?」
『知るか』
「さっきから簪は何を言ってんだ?」
「かんちゃんが自爆してるだけかなー……」
最近はすっかり行動を共にするようになっていたラウラの潜在能力の凄まじさに戦々恐々とした面持ちの簪はどうやらとんでないモンスターを育ててしまったと思っているようであり、もしゃもしゃと本音と一緒になって行儀悪くケーキを食べていたイッセーの左腕に出ていたドライグに、眼帯っ娘派なのか眼鏡っ娘派なのかを鬼気迫る顔で聞いている。
「いーや! ドライグは絶対にのほほんとした雰囲気の眼鏡っ娘フェチだよ! つまり私と本音こそドライグのストライクゾーン!」
『何がお前をそこまで駆り立てているのかが理解不能なんだが……』
「ちなみに私は異種姦肯定派です! ただし! そこに愛があればだけど!」
『………………』
「半分はドラちゃんのせいでかんちゃんの性癖がぶっ飛んでるんだよなー……」
「すげーなドライグ……いたいけな女の子の性癖をねじ曲げるとか」
『俺のせいなのか!? 俺は何もしちゃいない!』
いつの頃からか、妙に本音と簪に懐れてしまっていたドライグからしたらそれこそ知るかな件。
「しかし流石に眼帯メイド属性ともなれば眼鏡属性だけでは勝てないかもしれない。
そんな訳で本音、今から私達もこのメイド服を着てみよう! そしてのほほんメイド&眼鏡メイドサンドの完成だ!」
「え~? しょーがないなぁ」
「本音も中々にフットワーク軽いな」
「まー、それでドラちゃんが嵌まってくれるなら儲けもんって奴だし」
『だから何故一々俺が関係するんだ……!』
「ちなみにかんちゃんと同じで私も種族違いの愛を信じる派かなー?」
「だってさドライグ?」
『知るかっ!!』
ここ最近イッセーとの秘密の会合を控えざるを得ない状況であるマコトは、その剣筋が変質している事に気づきつつ、シャルロットを相手に実戦形式の訓練をしている一夏を見ていた。
「す、凄いよ一夏! 結構僕も本気で仕掛けたのに全部防ぐなんて!」
「訓練だから出来たってだけで、実戦で使えるまでにはまだ至ってないな」
一体どこで覚えたのか、一夏の近くにある意味一番居た筈のマコトですら知らなかった一夏の、本来の一夏とは違う側面にどこか複雑な眼差しで見つめ続ける。
「……」
そんなマコトの視線に気づいたのか、目が合った一夏が他の誰にも見せない笑みを浮かべる。
(待ってろよマコト。
絶対にそっち側に追い付いてやるからな……!)
悲しいほどにヒロインには目もくれず、皮肉なまでに『一途』な主人公――それが織斑一夏なのだと。
「もう一度だシャル」
「え、う、うん。
でもあの……五の型で戦うのは止めて欲しいかも。
その時の一夏の顔が怖いというか……」
「大丈夫だ、次は七の型を試すから」
ラウラも妙にノリが軽くて緩い簪と組む事になったせいなのか、自分の知る未来のような展開にならないような気がするし、マコトは色々と不安を抱えるのだった。
しかしそんな一夏をあらゆる意味で変えているのはマコトの存在だけではない。
確かにマコトの存在は切っ掛けなのかもしれないが、意思と覚悟を持ったのは一夏本人なのだ。
「三番目の更識の犬君が箒ちゃんとねえ……?」
「俺も意外には思いましたよ。
それにしても本当なんですか? 更識って家が政府お抱えの暗部一家だって……」
「まぁね。
何度か『鬼ごっこ』をしたことがあるし。
もっとも、三番目の彼のことは知らなかったけど……」
そしてその覚悟を汲んだ協力者との密かな交流によって一夏は誰も知らぬ一夏として覚醒し始めている。
「正直ここ数年で連中はちょっとだけ厄介になってね。
だから下手に学園内に入り込んでも、連中に勘づかれてしまいそうだったから、いっくんには『外』に出て貰ったのさ」
「この移動式のラボに招いたのはそれが理由でしたか。
無理を言ってすいませんね……」
「んーん、まあ他ならぬいっくんからのおねだりだもん。
お姉さんとしては可能な限りは汲まなきゃちーちゃんに怒られちゃうし」
一夏が誰も知らぬ方向へと向かい始めた理由の一人である束との密会は、現在束の移動式のラボにて行われている。
「消灯まで外を走ってくるとマコトやルームメイトには言ってありますから、1時間半はまだ余裕がありますよ束さん」
「え、5分くらい会ったら帰ると思ってたんだけど…」
「そんな短い時間の為に貴女にリスクを承知で来て貰う訳無いじゃないですか。
サシで会うのも久々ですし、ギリギリまでここに居るつもりですよ俺は」
「………あ、そう」
長い赤紫色の髪に機械的なウサ耳のカチューシャを付けたこの女性こそが篠ノ之束であり、皮肉な事にあらゆる意味で現在の一夏の精神の根となる影響を与えた女性。
そしてマコトの次に一夏が『大切』だと思う存在。
「えーっと、取り敢えず白式を見せて貰える? 今の時点でどんな成長をしたか確認したいし」
「ええ、どうぞ」
ある意味で一夏が師と仰ぐ女性は、時間ギリギリまで居ると言い切る一夏から思わず目を逸らしながら待機状態の白式を受けとり、小型のコンソールを使って調べる。
「稼働時間に反してコアの成長が早いね……。
この分じゃ夏頃には第二形態移行も可能になるかな?」
「結構真面目に乗ってはいましたからね」
「うーん、これなら箒ちゃんの誕生日プレゼントとして送ろうと考えている専用機と高い連携が……」
「……………」
一人呟きながら高速でコンソールを操作する束をただ黙って見る一夏。
先の領域という概念を知った同志であり、その自由で縛られない生き方を教えてくれた師のような人。
「はい。整備も一応しておいたぜ? これで明日の試合はバッチシさ」
「どうも」
「ただ、その更識の犬君に関してはいっくんがそこまで意識する程の実力でもないと思うけど……」
「ISだけじゃなくて、あらゆる事であの先輩には負けたくないだけですよ。
マコトがああもあの先輩を慕うのにも理由はあるんでしょうけど、やっぱり悔しいですから」
自分の大事な人さえ居たら、この世界そのものがどうなろうと知ったことじゃないとさえ言い切れる程、思い入れの深い者への執着が強い一夏の言葉に束は苦笑いだ。
「なんでちーちゃんじゃなくてそういう所が束さんに似ちゃったのかなぁ……」
幼い頃はもう少し純粋な子だったのにと、今でもある意味で純粋な一夏に対して複雑そうに言う束。
似れば似るほど、妹の箒への関心を無くしていくのは姉としてはとても複雑なのだ。
ましてや幼い頃から箒が一夏に対してそういった感情を持っているのを知っているからこそ余計に。
「根の部分が元から似てたからじゃないですかね? 束さんからしたら親友の弟ってだけにしか思わないのでしょうが、俺はこうしてアナタと喋っていると不思議な程に落ち着けますし」
「……………。箒ちゃんに聞かれたら死ぬまで恨まれそうだよ」
真顔で言い切る一夏に束はいつか後ろから刺し殺されやしないかと冗談半分で言うが、実の所束も束で今の一夏とのなんの生産性も無い無駄話をするだけで妙に落ち着く気はしていた。
「箒は友達だと思ってますよちゃんと。
ただ、別にそれ以上思うことはなにもないだけです。
箒か束さんのどっちが大事かと聞かれたら束さんだって思うだけの話です」
「…………そっかぁ」
いっそ冷徹にまで聞こえる徹底的な『区別主義』に束は複雑ながらも『理解できてしまう自分』が居るのであまり強くも言えない。
「俺のしょうもない我が儘を聞いてくれるのはマコトか束さんだけですからね。
なんだろ、つい甘えちゃうんですよねー」
ヘラヘラと笑う一夏の言葉に嘘はない。
無いからこそ、束は親友の弟で妹の想い人である少年に心を揺さぶられていく。
「だから、たまにでも良いので頼ってください」
これまで持つことなんてなかった感情を……。
補足
全員の意識が完全に一方向に向けられているせいで微妙にドロッているのは内緒