何とか一年生のパートナーを見つける事が出来たイッセーはその日から毎日放課後になるとパートナーである篠ノ之箒との訓練をする為にわざわざ教室まで迎えに行くようになった。
「失礼しまーす、篠ノ之さんの迎えに来ましたー」
一応世間的には世界で三番目に男性としてのIS起動者という事もあってそれなりに顔も割れているに加えて二年生なのに一年生の試合に出るという話もあるせいか、ここ最近になって急速に一年生達に顔を知られるようになっていたイッセーが、まさかの箒とタッグを組むという話には当初箒の所属する一年一組の生徒達から驚かれた。
それは意外だったという意味でマコトと一夏も同じであり、基本的に気むずかしい性格をしている箒と果たして上手く行くのかとすら思ってしまったのだが……。
「普通は私の方から先輩を尋ねるべきだと思うのですが……」
「ああ、そういう変な堅苦しさとか苦手だし気にしなくて良いぞ? そもそも中々決められないで居た俺に助け船出してくれたのは篠ノ之さんの方だし」
「はぁ……」
基本的にあるイッセーの人懐っこさが上手く作用しているおかげか、両者の雰囲気は決して悪いものではなく、毎日先輩であるイッセーの方から迎えに来て貰う事に謝る箒と、そんな彼女にヘラヘラ笑うイッセーのやり取りは一夏もマコトも、他の生徒達にも意外に見えた。
「箒ったらあの兵藤って人と組んだのね」
「箒さんにしては意外でしたわね」
『なんとか訓練機二機を借りれたぞ』というイッセーと『よく借りれましたね?』と返す箒が意外なほど普通に成立する会話と共に教室を出ていくのを見つめていた二組の凰鈴音とセシリア・オルコットのペアの言葉に、聞こえていた殆どの生徒達が無言で同意する。
「箒と兵藤先輩か……」
「意外な組み合わせだよね」
「そうだな。 けどこれであの先輩が出場できるのならまずは一安心だ。
さて、俺達もそろそろ訓練に行くぞ?」
「…………」
不敵に笑う一夏もまた相方となるシャルロットを連れて教室を出る。
負けたくないという気持ちを燃やしながら。
「おい、お前の義兄とやらは実際どれ程の実力なんだ?」
「ISに関してはまだ素人だけど、イッセーって『慣れ』が早いからなぁ。
ちなみに生身でバトルしたら秒で張り倒されるくらいの差はあるね」
「火遁の術を使えるお前でもか?」
「まぁねぇ? それより私達も訓練に行こうか? 今日はトンファーキックを教えてあげる」
「トンファーキック? なんだそれは……?」
あまりにも私に興味がない一夏と、その一夏の心の大半を占領するマコトへの当て付けのつもりで、特例で一学年の試合に参加するこの兵藤という先輩とタッグを組んでみたわけだが、ISに関しての操縦技術は下手をしたらあまり動かす機会がない私とどっこいどっこいなレベルだったりする。
「何故か先輩は動きが固すぎる気がします。
ですのでここは『シュ!』っという動きを交えて『バッ!』っと攻撃すべきですね」
「なるへそ~」
ただ、何故か先輩は実に教えやすかった。
私の説明を聞くと大体その通りに動けるし、理解もすぐしてくれる。
一夏の時は出来なかったのだが、やはりこれは一夏の覚えが悪いのかもしれない。
「フッ! ハッ! シィッ!!」
「………」
それにしても、ISに関する技術は下手をせずとも一夏よりも拙いが、所々の動きがやはり素人ではない。
これまで見てきてわかったが、明らかに場馴れしている動きだ。
場馴れ……と言っても実の所私も具体的には説明できないのだが。
「オラァッ!!」
「………」
この人には何かがある気がする。
久しく感じなかった血沸き、肉踊る戦いの一度目を制した白き龍皇を宿す青年―――ヴァーリは、必ず訪れるだろう宿敵との更なる戦いの切欠を探す為、何度か赤き龍帝を宿す青年を観ていた。
「学校か……俺には縁の無かった場所だが、彼はそれなりに楽しそうに溶け込んでいるな」
背に白龍皇の光翼を広げた銀髪の青年、ヴァーリが眼下に広がる人工島のIS学園を見下ろしながら、自分には縁が一切無かった『学生』という存在達と楽しそうにISの操縦をしているイッセーを興深そうに観察しつつ呟く。
人と魔の間に生まれし半人半魔であったヴァーリは、幼い頃から普通とは程遠い生き方をしていた。
そんなヴァーリの目には、学生という存在は未知そのものなのだ。
「ふふ、あの様子では心は折れては居ない。
良いぞ、やはり俺が思っていた通り―――いや、それ以上だぞ兵藤イッセー。
俺達が生きた世界では会えなかった宿敵……」
だがそれ以上にヴァーリの心を震わすは、元の世界では一度も会うことが叶わなかった宿敵の持つ精神のあり方だった。
ひょっとしたら自分達と肩を並べてあの腐りきった世界に反逆し、戦っていたのかもしれないと思わせる程の強い精神と異常性。
自分や、自分の仲間達と同じ領域へと独自に到達していたという事実はヴァーリの戦闘欲を刺激してやまない。
「キミはまだ強くなれる。
そして俺もまだ強くなる。
その時こそ、互いの意地を本気でぶつけあえる本気の喧嘩ができる……」
何よりも戦う事を、そしてその戦いによる『先への到達』を生き甲斐にするという、師の一人である悪人顔の堕天使と同じ精神を持つヴァーリにとって、己の命すら脅かす程の可能性を持っていた宿敵の存在はなによりも歓迎する。
全力の戦い、本気の殴り合い、互いの意地を懸けた究極の殺し合い。
それがヴァーリという青年の生きる意味なのだから。
「その時までに、キミのパートナーと共に精々強くなっていてくれよ? 俺もその時までにアイツと必ず強くなる」
奇しくも自分と彼は似ていた。
自分達と同じ領域に踏み込める才能を持ったパートナーと出会い、こちら側に引き込んだ所も。
そのパートナーの進化を見ることで自分達も進化をしていく所も。
何もかもが似ている。
もっと早くに出会えていたら二天龍の宿命を終わらせ、親友同士になれたかもしれない程に。
「俺とキミ、どっちの意地が強いか。そしてキミのパートナーと俺のパートナーのどちらが強いか……。
ふふふ……今からでも楽しみすぎて夜も眠れないよ俺は」
故に戦いが楽しみだと武者震いをするヴァーリはそろそろ学園の監視システムに引っ掛かるとその場を飛び去るのだった。
予備として作られた。
スペアとして見なされた。
だけどスペアとしての価値すら示す事は出来ず、そのまま闇に葬られた。
そんな自分に生きる意味なんて見出だせる訳もない。
あるとするなら、自分を無意味に作成した存在への、記憶を消されたことで自分の存在を消した『表を生きる者』への憎悪しか少女にはなかった。
本来ならそういった生き方を選んでいた少女だったが……。
『キミはもしも俺がアザゼルやコカビエル、そしてガブリエルと出会えなかった辿っていたであろう俺そのものだな。
きっと俺もキミと同じ事を考えたのかもしれない』
人であり、魔である光の翼を背に広げた龍を宿す少年がドロドロとした場所から引きずり出してくれた。
『あらゆる理不尽や不条理を捩じ伏せる力をキミはもう持っている。
だが、キミは使い方を知らない。
だから俺が教えてやろう―――そもそもラーメンも食わずにここで朽ち果てるのは勿体無いだろう?』
世界という途方もない大きな存在を相手にバカ真面目に喧嘩を売ってみせた青年の手を取ったその瞬間から、少女の運命は変わったのだ。
そして現在―――
「ふむふむ……鈍い男にはもしかしたら誘い受けが良いか」
少女は実は天然過ぎてフリーダムな白き龍皇の青年のパートナーとして毎日を自由に、それなりに楽しく生きていた。
「しかしこういう手がヴァーリに通用するのかな? やっぱりこういう雑誌よりもガブリエルという天使に直接聞いた方が確実な気もする」
自分を閉じ込めていた場所を物理的な意味でこの世から消し飛ばした青年と共に気儘に雇われ傭兵のような真似をしながら暮らす少女、マドカは『気になる彼をその気にさせる100のテクニック』なる雑誌を真面目な顔をしながら読みながらチビチビとお茶を飲んでいる。
ブリュンヒルデと呼ばれた織斑千冬とあまりにも似すぎている容姿を持つ少女は、その価値を知る者からしたら何をしてでも確保すべき存在なのだが、マドカ自身の実力が着実に進化してしまっているのと、なにより彼女を守る騎士のような青年の力がどうにもならない程に強すぎる為、既に大半の追っ手はこの世から消えている。
故にこんな呑気にしていられるし、そのお陰で復讐心しかなかったマドカの精神もかなりの余裕が出来ている。
「ふー……」
そんなわけでマドカという少女は欲求が戦闘欲とラーメン欲に振り切れ過ぎている青年をどう振り向かせられるかを真剣に考える時間の方が多くなっており、考えれば考える程、ヴァーリと同等の戦闘欲に振り切れた、ヴァーリの師の一人である悪人顔の堕天使を捕まえたとされる天使と是非とも会ってみたいと思いながら雑誌を閉じると、ホテルの部屋が開く音が聞こえる。
「おかえりヴァーリ」
誰が入ってきたのかは見ずとも気配と匂いで判別できるマドカは、穏やかな表情を浮かべながら部屋に入ってきたヴァーリを出迎える。
「連中からの召集とやらは無かったか?」
「うん、おかげで割りと暇だったな。
ヴァーリはどこに?」
「兵藤イッセーとそのパートナーの確認と、ついでに織斑千冬と織斑一夏の様子も見てきたぞ。
特に特筆することはなかったが、近々ISとやらの試合があるらしい」
「ふーん?」
以前やり合い、この世界にて生存していた赤龍帝とそのパートナーの様子の確認と聞き、恐らくは自分にとっての好敵手になるであろう……確か更識楯無を思い出すが、千冬と一夏については特に考えなかった。
何故なら既にマドカにとってその二人は『同じなようでまるで違う存在』だと割りきってしまっているから。
「一応織斑千冬と織斑一夏についてもう少し話せるが……」
「そっちは別に良い。
死んでたって言うのなら驚くが生きてるんだろう? ならそれで良いだろ。
どっちにしろ私にとっては最早過去の話でしかないし」
割りきり過ぎて最早興味すらないと言いきるマドカにヴァーリはそうかとだけ返しながら着ていたジャケットを脱ぎつつベッドに飛び込む。
「あの二人は私に関する記憶を消されてるしね。
今更何を言った所でな……」
「お前がそれならそれで良いとは思うが……」
「大事なのは過去よりも今とこの先だ。
ヴァーリとの未来を考える方が余程うきうきする」
それに倣ってマドカもヴァーリと同じベッドに飛び込んで共に部屋の天井を見つめる。
自分が決して祝福されぬ生であった過去はどこまで行っても消せない事実。
だからこそその過去に囚われて殻に閉じ籠るよりは、この鈍くて戦闘バカな男との歩む未来に想いを馳せた方が建設的だし、何よりも自分自身がそれを望んでいる。
「あ……しまった」
「? なんだ?」
「冗談半分で買ってみた手錠をうっかり自分にかけてしまったせいで身動きが取れない」
「は?」
「困ったぞこれはピンチだ。
このままではヴァーリに凄いことをされてしまいそうだ……!」
「………自分で取れるだろそれ」
「むぅ……やっぱりあの雑誌は宛にもならないか」
「雑誌? また変な知恵でも獲たのか?」
「まあそうなんだけど……この程度でヴァーリがその気になるなら苦労なんてするわけもなかったね」
それがルシファーの名を超え、ただの半人半魔のヴァーリとなった青年のパートナーとなりし、ただのマドカという少女の現在だった。
オマケ・体型と母性はうんぬんかんぬん。
約二年半程前、歴史の闇に隠れていた巨大な秘密結社的な組織が、災害と揶揄――たった一人の人間によって大打撃を受けた事で殆どの規模を失った。
しかし残党はそれなりにまだ残っていて、その残党達が組織した新たな組織はあの災害に対抗する為の戦力を欲していた。
そして見つけた戦力はあのブリュンヒルデのクローンと……災害に近いパワーを持つ青年だった。
「久しぶりに来てみたら、また随分と自由にやっているみたいね?」
その二人組を雇う形で囲う残党組織のとある女性幹部はこの日、久々の仕事の依頼の為にあちこちと転々としては自由にやっている傭兵二人のもとへと事実上部下である女性と共に訪ねたのだが、ちょいちょい顔合わせをする度に言動から行動の全てがフリーダムとなるクローンに部下の口が悪い女性共々しょっぱい顔をしていた。
「ZZz……」
「来るのは構わないが、あまり大きな声は出さないで貰えないか? ヴァーリが起きてしまう」
具体的には事前に話があるとアポを取ってた筈なのに、着いてみたらグースカとクローンの少女な膝を枕にして眠る、組織的には対災害人間の切り札になりうる青年。
「話があるって連絡したのに寝てるとかどんな神経してんだコイツ……!」
そのあまりの――言ってしまえば失礼すぎる態度に部下の女性が憤慨するが、女性幹部は『構わないわ』と宥める。
「変に機嫌を損ねて組織から抜けられた方が困るし、ある程度の事は流すことにするわ」
「で、でも……! 本当にこんなグースカ寝てる野郎があの赤い化け物鎧野郎とやりあえるのかよ?」
「む……ヴァーリをバカにするんじゃない。
そもそもお前こそそいつの腰巾着でしかないだろう?」
「んだと!?」
「頼むからどっちも引いてくれる?」
売り言葉に買い言葉とばかりに喧嘩に発展しそうな両者をなんとか抑えた女性幹部は若干の苦労人の顔色だ。
「慢性的な人手不足でね、どうしてもアナタ達にも手伝って貰いたいのよ」
「すぴー……」
「ふふ、こういう時のヴァーリは子供だなぁ……♪」
「…………聞いてないぞコイツ等」
「…………」
何が悲しくてクローンと得体は知れないがISの概念がカスになる程の異次元パワーを持つ青年がイチャイチャやってる場面を見せられなきゃならないのかと、独り身ゆえに内心イラッとする女性幹部は、それでもぐっと堪える。
「そろそろ彼を起こしてくれると助かるのだけど……」
「ダメだ、もう30分は寝かせる。
睡眠は大事だからな」
「すぴー……」
「な、なんだコイツ、人形の癖になんつー慈愛に満ちた面してやがる……」
「………母性本能って奴かしら?」
こうして女性幹部とそのお供の女性は、すやすや寝ているヴァーリと、そんなヴァーリを母性フルマックスなマドカが慈愛の表情で撫でているという、近づくだけで自分達の悪の心が消し飛びそうな光景を見せつけられるのだった。
「むにゃむにゃ……」
「ふふ……♪」
「「………」」
終わり
補足
このシリーズ系によくある話。
母性と体型は反比例する。
その2
今の時点で過去を過去と割りきってるせいで割りとフリーダムに生きているマドカさん。
現在の目標は悪人顔の堕天使を捕まえられた天使さんに会ってノウハウを学びたい。