どんな欲よりも執事が求めるものは『進化欲』
何を考えているのかがわからない石像のような男。
故に関わり合うことなんて殆ど無かった。
されどそんな石像男が初めて見せた獣のような狂暴性。
「ガァァァッーーー!!!」
「ヌゥゥゥッ!!!」
宇宙の覇者であるララの父、ギド・ルシオン・デビルークを相手に一歩も引かず、退屈から解放された喜びを剥き出しにしか果たし合い。
「グゥ……! ぅぅぅ……!!」
「ギギ……!! ギィ……!!」
互いが互いの額を叩きつけ合い、互いが負けじと迸らせるオーラで周囲を壊しながら殴り合うその姿が。
「やるな小僧……! 前より更に強くなっている!」
「ほざけ! まだまだ見せてやるよ俺の本領を……!!」
気高く、そして跪きたくなる程に眩しく見えた。
「サーゼクスをぶちのめす為の餌だテメーは!!」
「オレを餌呼ばわりとはな……! くく、少し気になってきたぞその男がな!」
実はここ最近、『大人』へと成長したことで『分離』を果たした友人と何時ものトラブルが発生していたりするリトは、その分離した片割れ――ララ関連で暫く敵視されていたレン・エルシ・ジュリアから呼び出され、そして唐突にこう言われた。
「イッセー先輩に強くなれる方法を聞きたいと言われてもな……」
「結城リト、キミは唯一といっても良い程彼とまともに会話ができるだろう?」
「だからオレに先輩を説得しろと言いたいのか?」
「そういうわけだ。
残念な事に僕もルンもただの一度も彼と会話どころか顔や目を合わせた事が無いからね。
しかも彼はキミくらいしかまともに話をしないだろう?」
「………まあ」
何か企んでいるのかと少し警戒したリトだったが、つい最近大人となった証としてルンと分離をしたレンは、頭こそ下げはしないもののリトに口利きをして欲しいと頼んできた。
その理由はギドを相手に真正面から殴り合える強さを持つイッセーに強さの秘訣を聞きたいとの事だが、リトは善意でレンに対してやめておくべきだと忠告する。
「なぜだ?」
「レンは知らんだろうけど、あの人のトレーニングは常軌を逸しているってか、普通の奴はまず付いてこれないぞ?」
何度かイッセーがトレーニングをする姿を見たことがあるリトだからこそ、自分とあまり変わらない貧弱さであるレンには不可能だと話す。
だがレンはそんなリトの忠告を意地悪だと捉えでもしたのか、ムッとした顔をする。
「なんだい? 僕が強くなるとララちゃんを奪われるからって警戒しているのかい?」
「そうじゃなくて……」
「なに、心配しなくても強くなったからと言ってキミから暴力で奪い返すなんて野蛮な真似はしないさ。
ただ、彼のあの異質な強さの秘密が知りたいんだ」
「……………」
駄目だコイツ……全然聞いてくれない。
と微妙なるプラス思考発言のレンに困った顔をするも、このまま忠告したところで一歩も退かないのは目に見えた話なので、仕方なくイッセーに頼んではみると約束をする。
「言っておくけど、先輩が断ったらその時点で諦めろよな?」
「キミに命令されているようで腹立つがわかった」
「あのな……」
こうしてレン・エルシ・ジュリアは大人の男に変わろうとするのであったのだが―――
「げほっ! がばっ!?!?」
「ちょ!? だ、大丈夫日之影君!?」
「お水を用意します!」
リトからレンを紹介されがてら、トレーニングの旨を伝えたその瞬間、イッセーの顔色は死人のように変わり夥しい量の血を吐き散らかしたのだ――ギリギリ教室内ではなくて水道のある場所で。
「ほら、どうみても無理だろ?」
「お、おい結城リト!? なぜそんなに平然としていられるんだ!? し、信じられぬ量の血を彼が吐いているのに!?」
その吐き散らかしっぷりは最早ドン引きでは済まされないレベルであり、水道の洗面台に顔を突っ込んで吐き散らかすイッセーの背中をモモと唯が交互に擦るのも相俟って、凄まじくシュールだった。
「げほ……な、なんだって?」
「えっと、まず聞きますけど、このレンってのは知ってます?」
「ぜ、全然知らん」
「」
挙げ句の果てに少し落ち着いたイッセーがモモから貰った水を飲みつつレンの存在を一切知らないと言いきる始末。
悪魔の執事となったことで日之影イッセーとなり、異世界での交流と生活を経て多少のコミュ障が改善され始めたとはいえ、根っこの部分はやはりまだコミュ障のままなようだ。
「えーっと、つい最近までルンって子と一つの身体を共有するメモルゼ星人で……」
「どっちも知らんもんは知らん」
「」
ついでにルンの事も一切知らなかったし興味もなかったらしく、意図せずレンのプライドがズタズタにされていく。
「いや、同じクラスなのになんで知らないのよ?」
流石にそれは盛り過ぎやしないかと唯が突っ込むが、そんな唯に補足するかのようにモモが説明を代行する。
「私たちは例外の枠に入れてますけど、基本的にイッセーさんは人との関わりを極限まで避けるタイプですよ? その証拠に学校の時は殆ど喋らないじゃないですか」
「あ、確かに……」
なるほどと納得してしまう辺り、筋金入りのコミュ障であるイッセー
「あの、私からも一応言っておきますけど、レンさんにイッセーさんのトレーニングは不可能ではないでしょうか?」
「ああ、それはオレもレンには言ったんだけど、納得してくれなくてさ……」
「確かに日之影君のトレーニングは生き急いでるようなハードなものよね……」
「そ、そうなの?」
流石にリトだけではなく、唯やモモにまで同じような事を言われたレンも察したようだ。
「し、しかしだからこそ彼は強くなったのだろう? ララちゃんの父上と互角に渡り合える程に……」
「まあ……それはそうでしょうけど」
「だ、だからこそなんだ! ルンと分離できた今、なぜだか知らないけどこのままだと僕の影がますます薄くなってしまう気がしてならないんだ!」
『………』
あぁ、だから……とレンの切実そうな顔での訴えにリトとモモはなんとなく納得してしまう。
されど納得をしたところでイッセーに教える気が零なら無理な話ではある。
「た、頼む日之影イッセー! いや日之影師匠! 僕を鍛えてくれ! 絶対に弱音は吐かないし途中で辞めもしない!」
「………」
しかしレンはこれでもかと食い下がった。
このままだと半身だったルンに色々と御株を取られまくった挙げ句にフェードアウトという結末になりそうなのだからと。
「………………」
「必死ね……」
「ですね……」
「でもまあ、男としてわからないでもないんだよなぁ……」
途中から本気で嫌そうな顔をしていたイッセーだが、実は押されると弱い面もあるし、弱いせいで惨めな目にあった過去もあって、強さを求める事に関してだけは同意できる部分もある。
故に仕方なくイッセーは、フィジカルからして5歳頃のミリキャスよりも貧弱そうなよくわからん男子に―――ではなく、すぐ近くに居た唯に耳打ちをするのだった。
「自分でそれくらいは言いなさいよ――――ぅ、わ、わかったわよ! そ、そんな捨てられた子犬みたいな目で私をみないでちょうだい!」
「………」
こうしてレンは自身の強化の為のトレーニングを見て貰う事になったのだが、そのトレーニングに使う場所に関してモモの提案により、ララの発明品を使うことになった。
「この空間の中ならいくら暴れてもある程度大丈夫だよ!」
「おぉ……」
言動と行動こそアッパラパーだが、生み出すアイテムは凄いものだということはイッセーも知っていたこともあり、結城家の自宅を魔改造して設置された簡易トレーニングルームを前に珍しくイッセーの目が子供のようにキラキラとしたそれだった。
「頑張ってねレンちゃん」
「ら、ララちゃん! 見ててくれ、僕は必ず強くな――」
事情を聞いて用意してくれたララがレンにエールを送ることでテンションを上げたのだが、直後に耳をつんざくような大爆発が背後から発生し、振り向いてみれば……。
「お、おぉ……! 割りとマジでぶっぱなしたのに壊れねぇ!」
手からビームを出して仮想空間の一部を玩具を与えられた子供のように破壊しているイッセーを見て決意が一瞬揺らぎそうになるレンだった。
以前ヴェネラナから、イッセーは受け入れた存在のレベルを文字通り引き上げる特性があると聞いたことがあった。
しかしそれに至るまでの過程は―――文字通りの地獄だと。
「がばばばばっ!?!?」
100㎏に届きそうな重石をくくりつけられ、仮想空間とはいえ現実にほぼ近い激流の川へと放り込み、泳いで戻ってこいと冷酷な顔で言うイッセーを見れば、確かにその通りなのかもしれないとモモやリトは思った。
「かばっ!? がぶぼ!?」
「ちょっと!? れ、レンを殺す気!?」
どこかで聞き付けてきたのか、ルンが完全に溺れているレンを冷たく見下ろすイッセーに抗議するも、イッセーは一切ルンの言葉に耳を傾けようとはせず黙ってもがくレンを見下ろす。
「こ、この冷酷鬼畜殺戮変態男!!」
「…………」
第一印象の時点で下手すればララ以上にイッセーを嫌っていたルンはついでだと言わんばかりにイッセーに様々な暴言を吐くが、それでもイッセーは一瞥たりともくれたりはしない。
「リト君からもなんとか言ってよ!?」
「これに関してはレンが頼んでやっていることなんだ。
それにいよいよ危なくなったら先輩は助けてくれる」
「そ、そんなの信じられないんだけど……」
敵と断定した相手への執拗な攻撃を何度か遠くから目撃してしまっているルンにとって、イッセーとは理性のないケダモノにしか見えないらしい。
「養豚場の豚でも見るような目をしてるのに、なんでレンは行きなりそんなことを……」
「まあ、男の世界ってやつだな。
実はレンの気持ちはオレもよくわかるし」
「なにそれ……変なの」
リトの言葉によって多少冷静になれたものの、このままレンが溺死からそれならそれで仕方ないとばかりな冷酷顔でもがくレンを見下ろすイッセーを信用のない目で睨み付けていると、いつの間にか紛れ込んでいた褐色肌の金眼少女が興味深そうにレンの修行を眺めていた。
「イッセーに呼び出されたので来てみれば、誰かのトレーニングを見ているのか。
しかし随分と原始的なトレーニングだな」
「げっ!? ね、ネメシス!? どうして貴女が……!?」
「先程イッセーから連絡があってな。
好きなものを作って食わせてやるから来いと言われて来たまでだ。
別にお前らにどうこうするつもりはないから安心しろ」
「安心ですって!? そもそも何故貴女がイッセーさんの連絡先を知って――」
「この前携帯端末を手に入れた際、自慢がてら登録させておいたのだ」
「わ、私だって実は知らないのに……!」
もがく力も無くして気を失ったレンを引き上げているその近くで、何故か微妙にドヤ顔なネメシスにぐぬぬとするモモ。
「まさか本当に修行をつけてやる前の4歳頃のミリキャスよりフィジカルが貧弱だとはね」
「うぅ……」
「まあ良い。
宣言通りキミは確かに弱音は吐かなかったし、もう暫くは見てやるよ小僧?」
レンがちょっとだけ認められるという快挙を成し遂げているのも見ずに……。
レン・エルシ・ジュリアの進化の道篇――始まらない。
オマケ――無神臓
地球という歴史が意図せずに生み出した怪物。
道を強制的に外されさえしなければ生まれなかった異常者。
それが日之影イッセー
「っ!? は、速い……!?」
「くっ! こちらがトランスするよりも速く動けるって訳ですか……!!」
ヴェネラナ・グレモリーが一度だけ口にした事がある。
イッセーは、イッセーであることを一度失った事で、本来持つはずが無かった精神の力を宿したと。
その力は人間という種そのもののあり方をひっくり返す程のものであると。
「ぐびゃ!?」
「や、ヤミお姉ちゃん!? こ、この―――ひべっ!?」
「…………」
あらゆる状況や環境……そして力に対して適応し、糧にして永遠の進化をし続ける異常こそがイッセーの力の源であると知った時、私は思わず変な声で笑った。
生体兵器が生易しい――正真正銘の怪物こそがイッセーなのだと。
「い、何時見てもすげぇ……。
ヤミと黒崎を両方同時に相手にしてても尚圧倒的だし」
「そうでなければヴェネラナさんたちの執事なんてやってられなかったとイッセーさんは言っていました。
けど、何より一番はイッセーさん自身の途方もない『向上心』という名の『欲』がそうさせているのかもしれませんね……」
「どれだけ強くなる気なんだろうな……」
何かの役に立つと思い、事前に金色の闇とメアを連れてきて戦わせてみた私は、今この瞬間にも二人の特性を学習して強くなるイッセーを、唖然とする結城リトや複雑な顔をしながら見ているモモ・べリア・デビルークを横目にひたすら二人を追い込むイッセーを見る。
「まだだ。まだだ……!」
「う……」
「こ、怖っ……!? さっきから完全に目がイッてるし……なんかブツブツ言いながらだし……」
飢えた獣のような狂気に染まった目を前に恐怖を抱く二人。
生体兵器にすら恐怖を感じさせる程の飽くなき力への渇望こそがイッセーの本質だということは何度か本気の殺し合いに近いトレーニングに付き合わされてきたことで理解している。
「こういう時の方が楽しそうなんですよね、イッセーさん……。
私達と遊ぶ時よりも」
「そんなことは……」
「…………」
モモ・べリア・デビルークの悔しげな言葉を否定しきれない様子の結城リトを見て私も内心同意する。
アイツは一度失った事による『トラウマ』があることで力を渇望し、自分の限界を越える事こそが快楽となっている。
それは恐らく多くの生物にある『交わり』よりもアイツにとって己の限界の壁を越えることが強い快楽なのだ。
「どうした金髪のガキ? 望み通り俺を殺せるチャンスだぞ? だからそこの赤髪のガキと共に立て、そして俺を殺すことに持てる技術を全部投入しろ!」
「………」
「と、とんだバトルジャンキーだね……」
故に他に対する欲が極端に薄い。
異性に対する欲も、名声欲も、富に対する欲も。
望むものはひとつ――己こそが最強であるということ。
「止まれ」
「「!」」
「あ? おい、準備運動が今終わったばかりなのに何故止める?」
「これ以上やってもソイツ等を相手にお前の望む進化は無理だ」
それ以外の全てが不純物だと至極真面目に考えている男――それが私の感じたイッセーというバグの塊のような奴だ。
そしてその力を――精神をヴェネラナ・グレモリーはこう呼んでいた。
「ギドを抜かせばお前の
「あ? そんなゲスなもんと同列にすんじゃ――」
「似たようなものだろう? 誰かを糧にしなければ生きていけぬ性こそがお前の本質なのだしな?」
「……」
そのことにモモ・べリア・デビルークと結城美柑も薄々は感じ取れているが、認めたくないのだろうか目を逸らす傾向がある。
アイツを物にしたいという『欲』を持つが故にな。
「だから私が相手になってやる」
「!」
「ネメシス! 何を……」
意味合いは違えど、私も似たような欲を持ってしまっている。
だが私は奴等と違ってコイツの在り方を否定なんぞしない。
「誰かを相手に殺し合いをしている時のイッセーが何よりも生気に満ちているが、それを否定したがるお前等とは違うのだよモモ・べリア・デビルーク」
「!」
皮肉なものだな。
考え方すら真逆な私がある意味コイツの生き方に同意できてしまうことが。
「そこで指でも咥えながら精々見ていろ。
コイツを今から『満足』させる様をな……クックックッ」
「………」
「オメーが出張るってんなら文句はねぇ。
さっさとヤるぞ」
「わかったわかった、せっかちな奴め」
私が相手になると言った途端、これでもかと玩具を与えられたガキを思わせる顔をしながら、金色の闇とメアの時にはセーブしていたパワーを一気に解放し始めたイッセー。
「う、嘘でしょ? 私とヤミお姉ちゃんの二人がかりでも手加減されてたの?」
「くっ、デビルーク王との戦いを思わせる威圧感です……!」
どこまでも楽しそうに、そしてこの瞬間だけは他の誰でもない私だけを見る事を知った事で私も持ったのかもしれない。
「はははは!! 良いぞチビ! 三日前より強くなってるな!? オメーも壁を越えはじめてやがる!」
「一日中お前に求められもすればそうもなるだろう……!!」
コイツを手に入れたいという欲を……な。
「ぐ、ぐぬぬ……ね、ネメシスゥ……!」
「お、落ち着けってモモ……! そりゃ確かに戦ってる時の先輩の方が生き生きとしてるだろうけど、別にそれ以外はないんだし……。
それに美柑とモモは泥酔した先輩に――ってアドバンテージが……」
「その事なんですけどリトせんぱい。
この前日之影先輩のお部屋に行った時、爆睡していた先輩がネメちゃんを抱き枕にして離さなかったから一晩そのまま寝たとか言ってました」
「え!? イッセー先輩が!?」
「後で先輩のお母さんから聞いた話だと、寝てる先輩の近くにある程度気を許してる人が近寄ると抱き枕にする習性があるって……。
それを聞いてからのネメちゃんって用も無いくせに毎晩行くように……」
「や、やはりネメシスは危険でした! というか何ですかその習性!?」
「わ、私に言われても……。
でもこの前ネメちゃんの胸元に虫刺されみたいな跡とかあった時はびっくりというか、ネメちゃん自身が妙に楽しそうというか嬉しそうだったというか……」
「ネメシスゥゥゥゥッ!!!!」
「のわっ!? お、落ち着けモモォ!!」
「? なんか結城君たちが騒々しいな……」
「おい、余所見をするな」
「ん、ああ、悪い……」
「ところでイッセーよ? お前に一晩中全身に付けられた痕なんだが……」
「ぶっ!? あ、あれはオメーが人様の寝部屋に不法侵入するからであって俺は悪くねぇ!!」
「別に悪いとは言ってないだろ……。
ただなぁ……ヴェネラナ・グレモリーに話しをしたら妙にワクワクされたが」
「喋ったのか!? よ、よりもよってババァに!?」
「御門涼子も聞いてたぞ? ……少し機嫌悪そうにだが」
「お前マジ……クソっ! か、帰りたくなくなったぞ……!」
どんどん逃げられなくなる執事――続く?
補足
進化の壁を越えることこそが執事の快楽みたいなものなので、他に対する欲がナーフされてしまっている。
その2
地味に出し抜くネメちん。
そしてひとつまた責任案件が増えた模様