まあ……強い人妻相手に主導権なんざ無理だ。
はぐれ悪魔の力を喰らった元士郎だが、まだその力は一誠と力を合わせて転生者と呼ばれる男に復讐を果たした全盛期に遠く及んでない。
だがそれでも充分に脅威となる事は間違いなく、シレッと討伐後に帰った次の日、元士郎はソーナ達に呼び出されていた。
「何時から、その力を使える様になったの?」
「ほんの数週間前っすね」
ソーナや眷属達の険を帯びた表情を四方八方から向けられながら、生徒会室の椅子に座って平然と答える元士郎。
「理由は昨日も言いましたけど、あそこまで力を落とされたら守るもんも守れないんで、友達の協力を獲て独自に修行して取り戻しました」
「……っ」
コキコキと首の関節を鳴らしながら平然とした顔で言う元士郎にソーナは鋭い視線を向けたままだ。
「どうやって魔王様の封印を解いたの? まさかあの兵藤一誠が……」
「いやいや違いますよ、一誠は修行に付き合ってくれただけで封印をどうこうなんてしてませんって。
てか、揃いも揃って勘違いされてる所申し訳無いんですけど、封印自体はされたままですよ……ほれ」
そう言ってYシャツの袖を捲り、両腕を露出させる元士郎の腕には、何やら複雑な形のタトゥーの様なモノが刻まれている。
これは、カテレアを絶対に渡さないと啖呵を切り、四大魔王の内の三人を一辺に相手取って絶命寸前まで追い詰めた際、何故か殆ど加勢もせず、寧ろ元士郎の言い分の味方をしたサーゼクスからの提案により、ソーナ・シトリーの眷属になる条件でカテレアの身柄を元士郎に一任するという事で施された封印式である。
元々最初は実力そのままに転生をしようと思ったのだが、悲しいかな元士郎の力はまだ燃え尽きて無い一誠との地獄みたいな鍛練により、ソーナ程度の実力では転生すら不可能な領域までになっていた。
なので、良いようにやられた魔王三人が力業で強固な封印を施し、元士郎のレベルをほぼ1にまで戻してから、ソーナの駒で兵士に転生をしたという経緯があったのだ。
ちなみに、そこまで封印を施して置きながら元士郎の転生に使用した駒が4つである理由は、元士郎の中に宿る神器を完全に越えて神器という在り方すら否定して暗黒騎士呀へと変異する前の、
「!?」
そんな経緯があって元士郎は封印を施された訳だが、昨晩はそれを嘲笑うかの様に……悪魔の誰もが恐怖を覚えた黒狼の鎧を召喚し、はぐれ悪魔を切り裂いた。
ソーナ達からすれば封印をどんなカラクリがあったにせよ解いたと思うし、だからこそこうして事情聴取の真似事をしてるのだが……元士郎の両腕に刻まれている強固な封印の証はちゃんと残っている。
その事実がまたソーナ達を驚かせるに充分だった。
「これのお陰で銭湯に入れなくて地味困っちゃうんですよねー」
「そ、そんな……!
封印はしっかりされてるのに、じゃあ何で!?」
「いえですから、『封印をされたまま鍛え直して、鎧を召喚する程度まで力を取り戻した』って、昨日言いましたよね? それが事実ですよ、嘘言ってません」
封印をされたまま鍛え直してある程度力を取り戻した。
だから文句を言われる筋合いは無い。
そう、遠回しにヘラヘラ笑いながら宣う元士郎にソーナ達はとても苦い表情で睨むことしか出来なかった。
何せ、言ってることにある程度納得してしまったからだ。
「大丈夫っすよ、出世の足掛かりとして会長さんや皆を信用してますから。
なんで、これからもバンバン雑用でも何でも押し付けてくださいっ!」
『………』
挙げ句の果てには『目標の地位に出世するまでは仲間としてよろしく!』と笑顔全開で言われる始末。
暗黒騎士はさておき、兵士としての能力だけは重宝できると転生させたソーナはその言葉に悔しさ混じりで睨み付ける事だけ。
「魔王様に……報告させて貰うわ」
「どーぞご自由に」
力で御せないソーナの口からは、せめてものという気持ちがありありと出ているが、それでも元士郎は涼しく微笑みながら好きにすれば良いと言い切るのであった。
鎧ってそんな騒がれるもんなのか?
俺はてっきり
「めっちゃ説教されちゃったぜ」
「やっぱりか。ま、奴等からすりゃ封印をしたのにも拘わらずだしな」
「そうだろうけどよ、あんな毛嫌いしなくても良いじゃん? まあ、確かにカテレアさんの身柄について向こうが寄越せ寄越せとうっせーからキレちまったけどよ」
「魔王相手にズタズタにしたんだ。
しかも四人中三人がだぜ? そら奴等からすりゃあ悪夢だろお前の鎧は」
「そう……か。世知辛いぜ」
1から鍛え直しただけだと思ったが、悪魔さん達にしてみればタブーだったか。
俺は強くなっちゃダメなのかよ……何かちょっと納得できねぇな。
「ま、お前からすれば転生した理由なんて寿命の獲得でしか無いんだし、イザとなったらはぐれにでもなれば良いんじゃないか? 一応手助けくらいはするぞ俺も」
「いや……それは流石に最終手段にするよ。
別に不満なんか無いし、仕事やってれば文句も言われねぇしな」
「……。甘いな元士郎は」
「一誠に影響されたんだよ」
軽口を叩き合いながら、お疲れジュースプチ宴会をする俺と一誠。
鎧の力を取り戻すのは当初の予定通りだし、ちょっとだけソーナ会長さん達には悪いが、このまま鍛え続けさせて貰うのと同時に、何とか悪魔さん達から信頼を勝ち取らないといけないな。
カテレアさんにさえ何もしないんだったら、俺は別に好き好んでヒャッハーするつもりは無いんだから。
「とはいえ、カテレアさんもカテレアさんで昔悪いことしてたみてーだし、道程は長そうだな」
「どっちが悪いとは思わねぇがな」
夢を叶えるってのも、中々難しいぜ。
「ところでよ、今度の休みにカテレアさんと出掛けるんだけどさ、何処に行けば良いと思う?」
「いや知らんよ。女と付き合った事なんてねーし」
意欲が全く沸かない。
何を目にしても感慨すら浮かべない。
全てに対して火がつかない。
原因は解ってるのだが、改善しようと思う事も無い。
火は消え、燃えカスだけが残る心は今日も変わらない。
なじみに切り捨てられるんじゃねーかとすら思うが……ぶっちゃけ正直それも良いかもしれないと思ってる自分が居る。
「暫く俺を見て貰った通り、グレイフィアさんが思ってる様な奴じゃ無いッスよ。だから――」
「イ・ヤ・です」
目的は果たした。
元士郎と共に全てを奪った奴に報いを受けさせた。
そうすればその後の人生ももっと高みへ――なんて思ってたんだけどね。
現実はこの様だ。
「予め言って置きますけど、安心院さんも悪平等達もアナタ様に幻滅はしていません。
まあ、あの煩い金髪小娘共が一誠様に幻滅してしまえばとは思いましたけど」
「…………」
意欲がまるで沸かない。
元士郎は復讐を終えても変わらずに生きてるのに、俺はまるでやる気がでない。何にも出る気がしない。興味が沸かない。
人として終わってしまってるまで燃え尽きてしまった俺に価値なんて無い筈だ。
しかし割りとなじみってのは中々慈悲深い奴らしく、こんなカス状態の俺を見捨てず分身であるグレイフィアさんを寄越して面倒を見てくれる。
最早役にも立たない俺なんていっそのこと見捨ててくれた方が良いのに、なじみもこの人妻さんも、金髪小娘二匹――つまりレイヴェル・フェニックスとかいうのとミッテルトだったかの堕天使は見捨てるつもりが無いらしい。
「燃え尽きてしまわれたのかもしれない、全てに対して意欲が無くなられたのかもしれない、腑抜けのフニャフニャになられたのかもしれない。
しかしそれでも、アナタ様は一誠様であり、私が歩んだ嘘だらけの人生で唯一の真実なんです。
ですから、手足が千切れて再起不能になられようとも、原型がなくなってしまわれようとも、私はこの命と身の全てを一誠様に捧げます。
それが私の生きる意味……ですから」
「……。はぁ」
「………。渾身の告白をそんな反応で返されると地味に傷付きますわ」
「あー……すいません」
特にこのグレイフィアってのはおかしいわ。
何をそこまで駆り立ててるのか、そしてどうしてそこまで俺に拘ってるのか。
解らない……俺にはまだ理解できない。
時折誘惑じみた真似をするのはそういう意味なのか……はたまた単に俺の腑抜けを正す為の詭弁なのか。
わかんねぇよ。
「いっそ
そうすりゃ俺に価値なんて無くなるでしょうし」
「それは別に一誠様のお好きにされれば宜しいですが、そうなっても私はアナタ様から離れませんよ? 寧ろ厄介なスキルが消えた事をチャンスに思い、一誠様の子を孕むまで……ウフフフ」
「…………」
元士郎の夢の後援をするのが、今の俺の役割であるのは認めてる。
しかしそれでも何かが違うというか、昔みたいな活力が身体を通らない。
じゃあいっその事もう片方のスキルをなじみに明け渡してしまえば、グレイフィアさんも見限ると思ったのだが、渡したら渡したである意味死ねる真似を仕掛けてくると、グレイフィアさん曰く勝負服らしいメイド服姿で新調した畳に正座しながら微笑む。
サーゼクス・ルシファーとの事情は昔なじみに聞かされた事もあり、今にして思えばイタイくらいやる気だらけの俺は、そんな彼女に何かを言った覚えはある。
だがしかしだ、今の俺は元士郎の様にカテレア・レヴィアタンを『例え全部を敵にしても守る』なんて覚悟をこの人に抱いちゃいない。
理由? 燃え尽きてるからだよ。
「俺にはもう何の期待も出来ないと思うけどな。
多分だけど、アンタが目の前で変な奴に拐われそうになったとしても、俺は恐らくボーッと見送るだろうさ」
「…………」
「それにだ、キツイ言ってしまうかもしれないが、アンタはどうであれなじみに送り込まれた悪平等だ。
どんな真似をして来ようが、それ以上でもそれ以下でも無い。
ま、あんたの『運の悪さ』についてはアイツから聞いてるからな……若干の同情はしてやらんこともないが――それだけですわ」
燃え尽きてしまった……。じゃあもう互いの為にもなりゃしない。
だからこそ、いっそこっちから突き放してやろうと敢えてキツイ言い方をしてやる。
「…………。お夕飯の買い出しに出掛けて来ます」
するとそれまで微笑んでたグレイフィアさんが急に俯きながら立ち上がると、メイド服のまま夕飯の買い出しにと家を飛び出していった。
「ドア、閉めてくれよ」
これで良い。
毒にも薬にもならない俺と居るよりは、もっと有意義な人生を送るべきだ。
良い奴の典型な元士郎が聞いたら殴ってきそうだが、ダラダラとしか生きることしか出来なくなってる俺なんぞを気にして生きるよりかは、これがベストなんだよ。
「あー……もう人生って儘ならねぇよな」
開けっぱなしの玄関のドアすら閉める気力も無く、ゴロリとその場に寝っころがった俺は、もう帰って来ないかもななんて思いながら、動く気力もなく瞼を閉じる。
さっきからうざったく家の周りをチョロチョロしてる気配は無視して。
私は生まれた時から運が悪い。
今でこそ致命的な運の悪さによる被害はある程度コントロールすることで抑えられ、日常生活に支障は無くなったが、その昔は酷いものだった。
運悪く怪我をする。
運悪く戦争をする。
運悪くボロ負けする。
運悪く人身御供でウザい男と契りを結ばれる。
だからこそ人生なんて全部無駄だと思っていた。
例え安心院さんと分身になったとしても、私の人生は全部終わってると。
『よし、決めた。
俺がもっと強くなったら、アンタを面白いと思わせる毎日を送らせるぜ!』
だけど私は出会った。
分身では無い……後継者であるあの方と。
そして小さな子供の身でありながら、笑って言ってくれた言葉を私は終生忘れず、あの方にこの命と身の全てを捧げようという想いを確かに私は貰った。
「……」
「グレイフィア……」
「…………。リアスお嬢様ですか……いえ、元を付けた方が宜しいですかね」
お夕飯の買い物に行くと称して家を飛び出した。
本当の所は、かつての覇気がまるで無くなった一誠様の言葉に悲しい気持ちになったのもあるけど、それ以上に最近家の周りから感じる気配の元と、そろそろ話を付けなければいけない。
そう思って一人で外の道に出てみると、私の目の前に小さな魔方陣が現れ、そこから血の様な――忌々しいストーカー男と同じ色の髪を持つ少女が、私に対して何とも言えない複雑な表情を浮かべて姿を現した。
「家に戻るつもりは無いの?」
リアス・グレモリー
あの男とは真逆に真摯な姿に私は少なからず好意を抱ける唯一グレモリー家の悪魔。
不運な私を姉と慕う変わり者。
彼女はどうやら私とあの男が本気で愛し合ってるんだと信じていたようで、グレモリー家から出る際に浮き彫りとなった現実に未だショックと信じられないといった顔である。
「残念ながら、お嬢様のご期待には応えられません」
「……。彼が居るから? 今、彼の家から出てきた様だけど……」
「はい、あの男と結婚させられたのは一誠様と出会う前ですが、私はそれでも一誠様こそ全てを捧げるに値するお方だと思ってますので」
「……っ!」
断りの意思と共に、一誠様こそがと告げた瞬間、お嬢様の表情が歪んだ。
かつてカテレアを巡っての騒動の際、冥界に乗り込んだ元士郎殿と共に一誠様も姿を見せたので、彼程では無いにしろ一誠様の名前は冥界に知れ渡っている。
「そ、そう、なのね」
「誤解無き様言いますが、これは私自身の意思ですので」
サーゼクス・ルシファーの妻を洗脳して奪った大罪人として。
勿論そんな事実はある訳もなく、サーゼクス本人も『馬鹿馬鹿しい、元々僕はキミ等が勝手に思い込んでる様な関係じゃ無いんだよ』と言ってフォローじみた真似をしたのだが、思い込んだらそのままソックリ信じてしまう連中が理解も納得も出来る訳もなく、一誠様は匙元士郎と並んで冥界ではタブーとされてる名前にされてしまっている。
まぁ、一誠様からすればどうでも良い話ですがね。
「勿論アナタが洗脳なんてされてないのは解ってるわ。
でも、他の者達はそうは思ってない」
「でしょうね。
サーゼクスが無理矢理止めてる様ですが、それも何時まで続くか……」
「そうよ。私も既にお兄様から聞いている……でも、それでも……」
そう言って辺りを何故か伺いだすお嬢様。
………。なる程、そういう事ですか。
「だから私を連れ戻すと? 無理にでも」
「……。私みたいな小娘の言葉はまるで聞き入れられなかった……ごめんなさい」
辛そうな表情で頭をお嬢様が下げた瞬間、辺りに認識阻害の障壁が私達を囲うように張られ、辺りから複数の気配が次々と転移用の魔方陣と共に出現する。
「グレイフィア・ルキフグス様。
魔王ルシファーの女王である貴女を冥界に連れ戻しに参上した」
「大人しく我々と共に来ていただきたい」
「……………」
上空に現れるは、目視だけで50は居るだろう悪魔の兵隊。
私を連れ戻す為に数で押し潰すつもりだろうから、多分まだまだ居ると見て良いが……。
「これ以上の身勝手はグレモリー夫妻の顔に泥を塗ることになりますぞ、グレイフィア様」
「あら、サーゼクスは何と?」
「…………。あの方はお忙しい」
……。どうであれ私は利用価値の残る存在であるらしく、詭弁を並べて無理矢理にでも拐うつもりで殺気を放つ……あー……名前なんかどうでも良いような悪魔の一人が腰にある剣を抜く。
サーゼクスの許可は無い様だ。
「ま、待ってください! グレイフィアを傷付けるのは……!」
「ですがリアス様、相手は銀髪の滅殺女王です。
こうでもしなければ我等の手に余る」
リアス様の懇願は無視される。
………。ハァ、運の悪さはやっぱり0には出来ない、か。
「大人しくご同行願えれば手荒な真似は致しませんが――っ!?」
何人来ているのかは知らないけど、こうなれば死ぬまで抵抗してやろうと身構えようとした私だったが、剣を抜いた悪魔の一人が急に目を見開きながら私を見るではないか。
はて、特に何もしてないのに何故――そう思った私だったが。
「人間様が住まう場所で何してるんだ……それもこんな大勢で?」
私のすぐ後ろから聞こえる、愛しい声で全て納得した。
「き、貴様……! 兵藤一誠!」
「一誠……様……?」
ビーチサンダルを履き、膝辺りの丈のハーフパンツと黒のTシャツ姿の……とても眠そうなお顔をした一誠様が現れたのだから。
「貴様、どうしてっ!? 認識阻害の障壁を張った筈だ!」
「は? あぁ、あの邪魔な網戸の代わりにもなりそうもない奴の事か? 普通に通れたが?」
「なっ!?」
招かねざる存在に私を捕らえに来た悪魔達は顔を強張らせながら、それまでの殺意を一気に一誠様へと向ける。
その時点で一発ずつ蹴りでも入れてやろうかと思いましたが……此処は敢えて黙って一誠様のお姿を見逃さずに目に焼き付ける。
「グレイフィア様の洗脳を今すぐにでも解き、身柄を渡せ!!」
「はい? 洗脳だと……?」
「そ、そうだ! サーゼクス様の奥方欲しさに貴様が施した洗脳術だ!」
…………。馬鹿なのか彼等は。
いや、魔王の妻が人間に惚れて離婚したいというのを、体裁だなんだで認めたくないからだと思うが……。
次々と悪魔達が一誠様を罵倒し、仕舞いには人間ごときがとまでほざきだした辺りで、ソイツを殺してやろうかと手に魔力を溜めようとした私だったが……。
「洗脳ねー……?
ハッ、まぁ天下の魔王の嫁さんを連れ回してる人間が気に食わないのは解るが、それはまた無理矢理過ぎる話じゃあないか?」
一誠様が悪魔達に目を向けながら、黙って私の手を抑えた。
どうやら一誠様は私が手を出してはならないとお思いらしい……ならば私は我慢しなければいけない。
「ぐ……よくもぬけぬけと!」
よく見ればお嬢様も一誠様に対して……憎しみの籠った視線を向けており、一誠様の態度が癪に触ったのか悪魔達の殺意は更に膨れ上がる。
「殺されたくなければ黙って消えろ!」
「おいおい、此処は人間界だろうが。
貴様等が冥界に帰れば、俺の顔なんて見なくて済むだろう? それにだ――」
このまま言い争いが続くのか……と少々面倒な気持ちになっていた私だったが、スタスタと私の横に並んだ……かつては小さく、今は私よりも背が伸びた一誠様は、フッと久し振りに見る挑発的な笑みを見せると、ソッと私の肩へと手を回し、そのまま抱き寄せてきた。
「本人はこの通りなんだがな? クックックッ!」
「いっせー……さま……?」
あ、まずい。
こんな事を一誠様からされるのは初めてだ。
多分挑発してやるつもりでされたに過ぎないのだろうけど、どうしましょう……さっきから心臓の鼓動が早鐘し、全身が火照ってしまう。
「!? き、貴様……!」
「サーゼクス様の奥方になんたる無礼を!!」
その行為にいよいよ以て全員が攻撃体勢を取り始める。
だけど、そんな連中に一誠様はだからどうしたと薄く微笑む。
「無礼ね。
知らねーな、俺は人間様だぜ? お前等の物差しで計るなよ?」
「なんだと!?」
一部の悪魔が未だに人間を見下すかの如く、柔らかい微笑みのまま逆に見下す発言をする一誠様に、抱き寄せられている体勢の私は高鳴る胸の鼓動と幸福感に包まれてしまい、連中の喧しい声すらどうでも良くなっていた。
この時点で、一誠様がどんな気紛れを起こしたのかのもどうでも良かったのに……。
「だけど、アンタ等が無礼と言うのならやってやろうか? 例えば――」
「一誠さま――あ……」
抱き寄せた時に支えていた手はそのままに、私の身体の向きを一誠様と向かい合うように向けさせ、もう片方の手を私の後頭部に回すと……。
「んっ……はむ……ぁ……あぁっ……はぅ……!」
『なぁっ!?』
初めて一誠様から接吻を授けてくれた。
しかも……結構長くて激しいタイプのを。
「はぁ……や……ぁ……一誠、さまぁ……!」
最初は理解が追い付かなかった私だけど、それが一誠様から授けられたものだと分かれば拒絶するなんてありえず、私は全身を駆け巡る快楽に身を委ねながら一誠様の背に両腕を一杯に回し、何度も何度もキスを続けた。
下腹部に帯びる熱も、そこから溢れる悦びも何もかもが気持ちよく……ただ抑えきれない幸福感が堪らない。
「一誠さま……も、もっとください……。そうでないと私……お、おかしくなってしまいます……」
「あー……はい……家に帰ってから、裸にひん剥いてエロイ事するんで、それまで暫しお待ちを……」
そしてたっぷりと2分はした後、一誠様は私を抱き締めながら……せがむ私に悪戯っ子の様に笑うと、見ながら唖然としていた悪魔に一言。
「ほーら、魔王の嫁を寝取ろうとした大馬鹿野郎の出現だぜ? 早く処刑してみろよ?」
以前、元士郎殿がカテレアを背に守るように仁王立ちし、冥界の悪魔達に啖呵を切った時と似たような台詞を、かつてと同じ覇気を纏いながら言い切った。
その瞬間、悪魔達は何を言っているのか解らない怒声と共に一斉に襲いかかった。
だけど一誠様はそれでも嗤ってこう言ってくれた。
「元士郎から電話で説教されて、今目標が出来たよ。
クソ野郎で構わねぇな。だからこの人は頂くぜ!」
私を自分のモノにする……そう、ハッキリと。
「勘を戻す相手に不足無し!
クククク……アッーハハハハハーッ!!!
やっちまった。
やらかしてしまった、完全に勢い任せで突っ走ってさまった。
「…………。何やってんだ俺は!」
多数の悪魔達の山。
無論殺しては居ないが、それでも俺は呻き声を挙げながら倒れ伏す悪魔の山々の真ん中で、己のしでかしかテンション任せの所業に頭を抱えたくなった。
「……。兵藤一誠」
「あ? って……何だ居たのかアンタ」
どうであれグレイフィアさんは人様――いや悪魔様の嫁さんであり人妻さんだ。
なのに俺は、グレイフィアさんが出て行った後に掛かってきた電話で元士郎に――
『行けよこの馬鹿! あの人は腑抜けになってもお前の事をちゃんと見ててくれてるんだぞ!? それを自分から切り捨てるなんて、いくらお前が脱け殻になっちまったとしても見たくねーよ!』
何て怒鳴るから、何と無く跡を付けてみたらグレイフィアさんは大量の悪魔共に囲まれてて……。
いや、それでも最初は何もせず黙って見てるだけにするつもりだったんだぜ? だってグレイフィアさん強いしあんな程度の輩に運が悪かろうが関係ないと思ってたし。
なのに、何か気付いたら身体が勝手に動いて、奴等の前に姿晒して……。
それだけなら良いのに、不倫相手ですよーとまでほざいた挙げ句、公開キスまでやらかすなんて、俺は馬鹿通り越して死ねば良いのにとすら今は本気で思う。
「あのストーカー男のサーゼクス・ルシファーの妹だったよな……確か」
「ス、ストーカーですって? アナタ何を言ってるのかしら?」
「いや……何でもない。意味を知らないなら知らないままの方が良い。
で、そんな事よりアンタも俺を殺すか?」
「……。いえ、これだけの数の悪魔を2分と掛からずに全滅させたアナタ相手に挑む程、私は自信家じゃないわ。
悔しいけど、今回は退かせ貰うわ」
そう言ってリアス・グレモリーは屍共を転移の魔法か何かで片付けてから、俺……じゃなくて俺の隣で惚けたままのグレイフィアさんに複雑な眼差しを向けてから去っていった。
多分冥界の誰かに俺のやらかしを報告するんだろうが……ハァ。
「テンションに身を任せすぎた」
冷静になった後支配するのは……こんな気分だけだった。
「が、何か身体に力が入る……とんだ皮肉だぜ」
燃えカスだった心に火はほんの少しだけ灯ったまま。
喧嘩を売った後、グレイフィアと共に家へと戻ってきた一誠。
テンションのままグレイフィアを奪い取るなんて宣った訳だが……。
「一誠様……あは、一誠様……!」
「………」
余りにもグレイフィアにしてみれば幸福過ぎたのか、帰って一段落した今でも頬は紅潮し、大人の女の色気が大層滲み出た惚けた表情で一誠の身体に抱き着く……というか絡み付いており、豊満な胸も以前の五倍増しで一誠は顔面に押し付けられていた。
「もう理由なんてどうでも良です。愛してます、大好きです、死んでも離れません」
「はいはい」
まるで幼子の様に何度も一誠に対する、もはやその言葉では足りない程の想いを抑えきれず、抱き着くグレイフィアの頭をよしよしと撫でる。
「カテレアの気持ちが今なら解ります。
もうどうしようも無く一誠様が大好きです」
「地味に照れるんであんま言わないでくださいよ……」
そこまで好かれてるとは思ってもなかった一誠も、若干気まずい気分になるものの、何時もの様にグレイフィアを突き放す事はしない。
「一誠様……先程のお言葉通り、私を一誠様のモノにしてください」
「え……あー……」
豊満な胸に顔を埋めたまま、耳元で囁かれるグレイフィアの言葉に一誠はちょっと躊躇いの気持ちが出てきた。
いや、これで本当に良いのか? という意味で。
「んっ……んんっ……」
でもグレイフィアはそんな一誠の躊躇いなんて知らないとばかりに身体を密着させ、媚びるように身体を揺らす。
「お願いします、頭がおかしくなりそうなんです。
一誠様が欲しい……欲しくて欲しくて、どうしようもなく……」
「……」
その言葉に一誠は、グレイフィアに覆い被さる様に上に押し倒した。
「んっ……♪」
「……。ま、約束ですからね」
そしてその胸を鷲掴みにしながら、瞳を潤ませながら頬を上気させるグレイフィアに半分自嘲めいた笑みを見せると……。
「思春期の小僧は覚えたての猿以上……とだけは最初に警告はしときますよ。
だから止めてと言っても満足しなかったらやめない……良いですね?」
着ていたブラウスのボタンを引き千切るようにして乱暴に脱がせ……。
「馬鹿な人だよ……アンタって女は」
「元から馬鹿ですから……フフッ」
部屋の光は消え、影は重なるのだった。
そして――
「ま、まって……グレイフィア、さん? も、もうおれ、無理……」
「ごめんなさい一誠様、もう後一時間……いや三時間――じゃなくて五時間程まだ一誠様を愛したいです……あは♪」
後に一誠は言った。
『溜め込み過ぎた人妻ヤバイ』
偉そうにカッコつけて喰おうとした少年は、後々バツイチとなる人妻から逆に貪られるのだった。
ちなみに――15時間目である。
補足
グレイフィアさんが家を飛び出したあと、匙きゅんから電話越しにエライ説教されたので、取り敢えず追い掛けたらすんごい囲まれてるグレイフィアさんを見て、急にそれまで燃え尽きてた火がガソリンぶちまけられたの如く一時的に復活し、そのテンションに任せて、公開チッスをした……みたいな。
まあ、本人は強気ですが、未経験持て余しの人妻は嘗めない方が良い。
その2
その後、ミイラになった一誠と、死ぬほど幸せそうな、お肌ツルツル姿のグレイフィアさんを、様子を心配して見に来た匙きゅんとカテレアさんは目にしたのだという。
総時間――約21時間後の事である。
まあ、一誠は二時間寝たら普通にケロっと復活しましたけどね、だってベクトル違いの無限進化持ってるから。