所謂燃え尽き症候群
大切な肉親を目の前で殺され、そして自分だけが生き残ってしまった。
そんな幼き頃の少年の心に宿ったものは無尽蔵に膨れ上がる強大なる『報復心』だった。
何があろうと、どんな手を使おうと必ず殺す。
まだ無垢であった少年の成熟していない精神に宿るにはあまりにも残酷な決意と覚悟は、少年がこの世に生を受けたその瞬間に宿った龍の興味を引き、そして復讐に荷担する道を選んだ。
決して正道ではない、血にまみれた道を時には友のように、時には少年が失った両親のように言葉を交わしながら共に歩き続けた。
復讐心を糧に宿した異常性と共に。
『「今お前を殴ったこの拳は、お前が笑いながら殺した父さんと母さんと分だ。
顔面のどこかの骨が砕けた音がしたが、それは父さんと母さんがお前の顔面を殴り砕いたと思え……』」
遂には歴代の赤龍帝の誰もが到達できぬ領域へとたどり着いた。
「『そしてこれも二人の分だ!!』」
それが最強最後の赤龍帝と呼ばれた所以。
「『これも! これもッッ!!! これもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれも!!! 父さんと母さんの分だァァァァッーーー!!!!!」』
そして神々に見放された世界を駆け抜けた英雄。
「『これで全員まとめてあの世に送ってやる!! ファイナル・ビッグバン――――」』
後一歩の所で失敗してしまった英雄の半生。
乗り越え、復讐する事こそが生きる動機であったイッセーにはどれだけの月日が流れても未だに他の生き方を探すことはできなかった。
本来の人生を歩むイッセーだったら、ハーレム王になるだの、美女や美少女とお近づきになりたいだのといった欲望を持つのだが、外れたまま生き続けた彼にはそれが無く、もっと言えば他人からの『愛情』に懐疑的ですらあった。
「ハァァァ……!」
愛情自体を疑っているのではない。
何故なら亡き両親と相棒の龍への愛情は欠片たりとも疑うことはしていないのだ。
「ヌォラァァァァッ!!!」
つまる所、イッセーという自分の生きるべき世界を失った男はちょっとした他人不信気味な面があるのである。
「ふー………」
さて、そんなイッセーは世界の外から観ていたとされる多くの『ファン達』によって別世界にて今を生きている。
不様に負け、最早永遠に復讐は果たせなくなったが、こうして今も生きている。
「人一人が持つ力としては異次元だね……。
力を解放するだけでオラリオ全体――いや、この星全体が揺れているし」
目的を見出だせず……ただ本能的に。
「フルパワーまでは解放しないよ。
ご近所に迷惑になってしまうしな」
「いやー……多分ご近所どころが世界中が謎の大地震で大騒ぎになってるんじゃあないかな」
ファンを自称する者達からの『好意』を理解できず、疑いながら。
基本的にオラリオの外に暮らして、外界や人との接触すら避ける生活をしているイッセーは、眷属が誰一人居ない貧乏下天元女神のヘスティアのホームに居た。
「ここに居れば他の鬱陶しい神共に絡まれにくくなるからね」
「その鬱陶しい神共の中には僕も入っていると思うんだけど?」
「アンタの場合は鬱陶しいの種類が違うんだよ。
一々ツラ見る度にギャーギャー騒がんし、ウザ絡みもしないし」
「そう言われると嬉しいけど、正直言うと僕もロキ達とそう変わらないかも……。
なんというか、その内イッセー君に幻滅されやしないかとビクビクしてたり……」
「……。そういう変なネガティブさが却って信用できるわ」
ヘスティアが所有するホームは、他の名だたる神々の構えるホームと比べると大分みすぼらしいのだが、そのみすぼらしさが逆にちょっとした居心地の良さをイッセーに与えていて、更に言えばせっせとお茶を入れている黒髪ツンテールの童顔女性はいまいち神らしさを感じないこの世界の神達の中でも群を抜いた神らしさの無さがある。
それ故なのか、それなりに顔見知りとなっている神達の中ではある意味で別次元ともいえる『普通のやり取り』が成立しているのだ。
例えばこうして向かい合って雑談混じりのお茶飲みなんて、他の神達ではまず成立しない。
「誰か一人でも良いから眷属ってのを雇ってみたらどうだよ? 少なくとも話し相手に困ることは無くなるんじゃないか?」
用意して貰ったお茶を飲みながら、下天してからずっと鳴かず飛ばずなヘスティアに言ってみると、ヘスティアは眉をさげながら苦笑いを浮かべる。
「どうかな。
正直言うと下天した理由ってイッセー君を追っかけたかったからなんだよね。
確かに眷属が出来たら嬉しいけど、そうなったら多分こうしてイッセー君が来てくれることがなくなる気がしてさ……」
「…………」
ヘスティアの言葉にイッセーは無言でカップをテーブルに置く。
「本音を言えばイッセー君が僕の眷属――いいや、家族になってくれたら他は何もいらないんだけど……」
「俺は……」
「うん、わかってるよ。
イッセー君がどこかしらのファミリアに入った瞬間、そこが例え芋虫以下の弱小ファミリアであろうと一瞬でオラリオの全勢力の頂点に君臨してしまう。
一部はそれを目論んでイッセー君を勧誘しようとしているけど、イッセー君が決して首を縦には振らないってのも、その理由も」
「…………」
赤龍帝を懐に招き入れられた者はこの世の頂点へと到達できる。
異世界の英雄の力はそれだけ強大であり、その力の恩恵を得ようと目論む者は決して少なくはない。
そしてイッセー自身も他人の為に力を使う事はせず、また他人への不信感が彼を一匹狼ならぬ一匹龍にしている。
「ま、ロキだフレイヤだイシュタルがずっと空振りしまくってる時点で僕なんかと家族になるなんて嫌だろうからね」
「いや、単純にわからないだけだ。
奴等神々の眷属達の持つ繋がりってのが。
だって所詮は他人だし……」
「イッセー君にとっての家族はドライグ君だけ……だよね?」
「そうだ」
「はは……ドライグ君に妬けちゃうなぁ」
なんとも言えない表情のイッセーの胸元―――の中に宿る龍に向かってそう呟くヘスティア。
「でも良いんだ。
見ることしかできず、話しかけても声が届かなかったあの世界で戦い続けたヒーローと今はこうしてお話できるだけで十分さ。
……それに、この前はしつこかったロキを張り倒したらしいし、その前はフレイヤに往復ビンタして黙らせたって聞いて笑わして貰ったし?」
「……しつこすぎてうざかったんだよ」
「だろうね。
アイツ等は僕もキラいだけど、あのしつこささえ少し控えたらマシになるのにねー?」
「どうかな、微妙だろ」
「違いないや! あはははっ!」
孤独な女神と孤独な赤き龍帝の緩い時間はこうして過ぎていく。
ヘスティアとのお茶会も終わり、今度こそ街の外へと帰ろうと出口の門を目指して歩いていたイッセーは、ふとヘスティアとの話の中に出てきた眷属の言葉を思い出しつつ、街の中心街に存在する『ギルド』の建物の前で足を止める。
『あの中が今どうなっているのか気になるのか?』
「いや……それもあるけど、あの中に入っていく人達は神共の下僕なんだろうなってな」
何かしらの目的を持って生きている所謂『冒険者』の姿を見つめながらイッセーは進化はしてもどこか腑抜けた今の自分にはとても眩しく見える。
『久々に入ってみたらどうだ? あの時は最下層までは進まなかっただろう?』
「あの時と違って今は登録だ条件だが色々あって今の俺じゃ門前払いだよ」
ドライグの提案に対して乗り気ではないイッセーは何かから目を背けるように歩き出そうとしたのだが……。
「赤龍帝……」
「あ?」
自身が生まれ、そして自覚をした時から持つようになった称号を呼ばれた事で足を再び止めて振り向く。
するとそこには金髪金眼の美少女が立っていた。
「…………………………あのエセ関西弁神の所の下僕か」
微妙に見覚えがあったイッセーは、ロキの所でそこそこ名が売れている者――アイズに向かって軽く手を振る。
「主は近くに居ないみたいだし、お仲間も居ないが、一人でなにしてんだ?」
「それはこっちの台詞。
ロキから逃げた後、とっくに外に帰ったと思っていたらアナタがギルドの建物をじーっと見ていた」
「ああ、だから話しかけてくれたって訳ね。
いや、ちょっとした私用って奴があって、今から帰るつもりなんだよね」
本来のイッセーならヒャッハーとアイズ程の美少女を前にはしゃぎ倒すのだが、悲しいまでのドライな態度なのがこのイッセーだった。
「じゃあ暇?」
「………………今から帰るって言ってたのをちゃんと聞いてたのか?」
『相変わらず抜けてるなこの小娘……』
巷じゃ剣姫をもじって戦姫だかと呼ばれる、ロキ・ファミリアの中心人物かつ高嶺の花であるアイズだが、その実戦闘能力の向上心以外は微妙に抜けた面が多い――若干ぽんこつ臭のする少女なのは、ロキに絡まれていく中顔見知りになっていった過程で知っているイッセーは、ドライグと共に微妙にあきれてしまう。
そんな呆れ顔のイッセーに不満でもあるのか、若干むっとした顔をするアイズは言う。
「ちゃんと聞いていた。
ドライグが子供扱いしているのもちゃんと聞いてた」
イッセー……ではなくイッセーの中に宿る龍に対して子供扱いされたと不満を口にするアイズにドライグは『見たままのガキだろうが』と訂正するつもりはなく尊大に返してやる。
「あー……ドライグと仲良くお話してくれるのは実に喜ばしいのだけど、特に用がないのなら俺達は帰るぞ?」
放っておくとしばらく続きそうな予感がしてきたので、街に入ってからずっと続く『観られている目』への鬱陶しさから解放されたいとアイズに背を向けるのだが。
「ま、待って! 用ならある……!」
本当に帰ろうとするのを察したのか慌てて止めるアイズ。
「は? どんな?」
「えと……あの……ど、ドライグと遊びたい」
「『あ?」』
思わず変な声がドライグと同時に出てしまうイッセー。
「今度何時この街に来るかわからないから、今の内にドライグと遊びたい……」
『何故オレがガキなんぞと……』
「そ、そう言っているけど、ドライグが優しいドラゴンだってわかっているつもり……」
『黙れ。オレの優しさはイッセーのみにしか向けん』
「………………………」
「そんな悔しそうな顔を俺にされても、その……普通に困る」
「………ずるい」
「ずるいて……」
ドライグがわざわざ左腕の籠手の状態として出てきてまでバッサリ言ってしまうせいで、アイズに悔しげな顔を向けられるイッセーは、『そういえばこの子がまだちっさい頃から妙にドライグに懐いてたっけか』と若干遠い目をする。
『わかったらさっさとあの似非関西弁の胡散臭い神の所に帰れ。
そして良く食べて良く寝るんだな』
犬でも追っ払うかのような物言いをするドライグに、アイズは目に見えてしょんぼりとしてしまう。
それこそ悲しげに垂れてしまっている耳と尻尾が幻視できてしまうくらいに。
「……………」
「……あれか? 前みたいに俺とドライグの精神を入れ換えてやろうか?」
「え!?」
『おい』
「いやだって……ちょっと可哀想だし」
偉そうな物言いではあるが、その実そこら辺の人間より余程人間臭くなっているドライグに好意を持つその気持ちは、イッセーこそが一番よくわかるので、同類というわけではないがドライグに懐いているアイズの気持ちはわかるし、ちょっとした同情をしてしまう訳で……。
「少しくらい良いだろ? ほら」
嫌がるドライグと無理矢理精神を入れ換えたイッセー。
こうして無理矢理イッセーの肉体を器に実体化したドライグは、猛禽類を思わせる縦長に開いた瞳孔の金眼となる。
『んじゃあ後はよろしく。
俺は寝るから』
「オイ!? ……くっ、何故オレが……」
声まで渋いものへと変化し、イッセーの肉体を器に人化したドライグは変化していることを既に察知しているアイズに微笑まれていて、微妙にその視線がむず痒い。
「ずるいって思ったけど、イッセーは親切」
「この小娘が……。
チッ、仕方がない――それで? 何をどうして遊ぶつもりだ? 言っておくがつまらんことなら即座に帰るぞ」
以前、そっけなく接したら本気で泣かれてしまったこともあるせいなのか、それともイッセーとの過ごした時間がそうさせたのか、どこか非情になれないドライグが少しふて腐れた声で問えば、アイズはドライグ状態となっているイッセーの手を握る。
「お散歩しながらお話する。
それから誰も居ない所でドライグに修行をつけて貰いたい。その後ご飯を一緒に食べて、ウチに来て一緒に眠って――」
「修行の件までは良いが、その後の事までは付き合えん」
「むぅ……」
そしてロキ・ファミリアの戦姫が容姿とは裏腹に声が渋い謎の青年と手を繋ぎながら歩いていた姿を、そしてそのアイズが見たことがないくらい楽しそうに笑っている姿を目撃されながら街の中へと消えていくのであった。
「…………………え!? ロキとヘスティアには会ったのだし、この流れでは次は私と会うんじゃないの!?」
実はずっと近くでこそこそ隠れながらスタンバイしていたどこかの美の女神が華麗にスルーされるというオチを添えて。
補足
気ままにフラフラしてるだけというニート気味状態。
スイッチが切り替わったらそれはそれでヤベーけど。
その2
このシリーズではよく居るパパイグ。
パパやりすぎて美少女に好かれたドラゴン。
尚ボイスはマダオ。