基本駄女神製造人間化しとる
自分の手で直接仇を取ることはついにできなかったが、全くの無駄死にではなかったという事実を知ってほんの少しだけ気持ちが軽くはなれたイッセーは、相棒のドライグと共に女神が導く異世界での生活をスタートすることになった。
その女神曰く、「なるべくアナタ達が戸惑わない――されどアナタ達にとって多少は新鮮に感じる世界」
と言っていた通り、自分達の世界ではなかったモノや種族が普通に生きている世界という意味では確かに新鮮さはあった。
コンビニもゲームセンターは流石に無かったけど、それでも誰かを殺す為だけに憎悪と怒りを溜め込み続ける生活からある種解放されたというだけでもイッセーにとっては『新しい』ものだらけなのかもしれない。
ましてや、その女神が砕け散った自分の肉体を生前と一切変わらぬレベルで再構築した事で神力をほぼ全て失い、何食わぬ顔で一緒に異世界に降りてきたともなれば、『今までドライグ以外の者と行動すらしたことがない』イッセーにとってはそれだけでも新しいのだ。
「おー……獣を取っ捕まえるだけで本当に200万エリスもくれた」
『元の世界の仕事よりもボロいというか、俺達に適している仕事だな』
それはそうと、異世界で生活を開始して早半年。
元の世界では年齢を誤魔化して日雇いのアルバイト等をしてなんとか食いつないでいたイッセーは、このギルドなる組織から斡旋される仕事は報酬もそれなりにあるのもあって天職に近いものを感じていた。
それが例え、この町の冒険者では間違いなく手が出ないレベルの仕事――つまりクエストでも、イッセーはやり遂げてしまう。
つまりはじまりの街などと言われているこの街の上級クエストはこの半年の間で殆どイッセー達によって制覇されているのだ。
「あのー、早速で悪いんですけど次のクエストは……」
「や、流石にマンティコアとグリフォンの生け捕りをたった二人でやり遂げられてしまわれた時点で、それ以上の報酬が約束されているクエストは暫く此方には回って来ないですねー……」
「マジか……」
「いやー、ヒョウドウ様がこの街に滞在されてからは埃を被っていた上級クエストを次々と制覇されてしまうものですから、一応本部に掛け合ってはいますので、暫くお待ち頂けますでしょうか?」
「うぃ……」
危険度に比例した報酬の高いクエストばかり片っ端からやった事で、皮肉にも元の世界に居た時よりは小金持ち状態になっていたイッセーは、受付のお姉さんに暫くクエストの受注は不可と言われてしまい、大人しく引き下がることに。
一応それなりの貯蓄も出来ているので、結構生活にも余裕があるイッセーは、すぐ真後ろで何故か受付のお姉さんをジトーっと見ていた『力を失い中』の元女神のアクアに声をかける。
「暫くは無いんだってよ。
取り敢えず飯でも食うべ?」
「………うん」
『?』
「お待ちしてますねヒョウドウ様ー♪」
半年も行動を共にしていれば、イッセーの方もそれなりにアクアへの態度が軟化している訳で、何故かジトーっとした目線を受付のお姉さんにやめないアクアを連れてギルトに設備されている食堂へと向かい、食事をする。
「んめーんめー」
『妙な生物を材料にした料理だから、最初は警戒していたが、すっかり慣れてしまったな?』
「まぁな~
でも考えてみりゃあ元の世界でも金が無くて腹減った時はそこら辺の虫だなんだ焼いて食ってたし、それを考えたらこの世界の飯は実にまともで結構美味い」
「何故かは知らないけど、イッセーと一緒じゃなかったら今頃かなり貧相な食事をしていた気がするわ」
妙にカラフルな鶏肉をもしゃもしゃと食べるイッセーと、変な電波を受信しつつもこの世界では結構な高級食材らしい蟹を食べるアクア。
そんな二人+一人のテーブルの周辺では、ここ最近現れた新人――なのに高い難易度のクエストを遅くても半日で完了させる異次元冒険者であるイッセーを遠巻きに見ているのだが、色々と図太い二人は気にしない。
「暫くはクエストも無いとの事だけど、なにかしたいことはないの? いっそのこと他の街や王都とかに行って観光したり」
「んー、いや別にこの世界の魔王を倒すだなんだって気はないし、観光はちょっとしてはみたいが……アレだわ、その前に何時までも宿暮らしだとコスパ悪いから、いっそ安い家でも買おうかなとか思ってる。
どっちにしろある程度遠出してもすぐ帰れるし」
寝泊まりする度にお金が発生する生活はコストパフォーマンス的に宜しくないと言うイッセーに、貧乏どころか結構な小金持ち生活を満喫させて貰っているアクアは確かにと頷く。
このアクア、女神としてのパワーのほぼ全てを現状失っていて、ギルドとしての職はアークプリーストという上級職ではあるものの、上級クエストを受けるだけのレベルではない。
言ってしまえば特定の職が存在しない……所謂『すっぴん』の職であるイッセーにそのまま寄生している状況だったりする。
「それにお前の力を取り戻す為の事も考えなきゃいけないしよ。
あれから戻った気配はないのか?」
「まったく無いわ。
正直全然それでも良いんだけど」
寄生しているだけというと聞こえは悪いが、イッセー本人がそもそもその現状に対してなにも思ってないばかりか、クエスト報酬の半分を律儀にアクアに渡してしまっている訳で、元来相当な怠け者女神であるアクアからしたら、女神の間では英雄と呼ばれているイッセーと生活を共にしているだけでも最高だというのに、殆ど養ってすらくれるそのなんやかんやの面倒見の良さが実に心地よくなってしまったらしく、今現在アクアは自分の力を棄ててまでイッセーを復活させた事への後悔が一切ない。
(どう考えても足手まといな私の面倒まで見てくれるなんて、菩薩なの? イッセーは聖人なの? もう女神の地位とかどうでも良くなるわ……)
適当に菓子食べながら女神業務をしていた頃より余程今の生活の方が楽しいとすら思うアクアは、別の意味で駄目になりまくるのだ。
(ただ……)
しかしこの半年の間行動どころか衣食住すら共にしてきたアクアは気づいたことがある。
「あ、あのー……?」
「んぇ?」
「と、突然でごめんなさい。
わ、私達初心者なのですが、今度一緒にクエストをしてた貰えたらなぁって……」
「んぐ………は? 俺?? なんで……??」
「………………………………」
今までの人生が人生だったのでアクア自身も気づかなかったが、このイッセー……何故か妙に若い女の子から声を掛けられることが多い。
確かに彗星の如く現れた初心者冒険者が、異次元の速度で高い難易度のクエストを短時間でクリアしてしまうという話は実に広まりやすいのだけど、こうやってパーティへのお誘いの声はいつも決まって若い女子ばかりだった。
単に誘うというのならまだしも、今声をかけられてキョトンとしているイッセー自身は気づいていないが、掛けるがわの女子は殆どもじもじしながらなので、それを横で見ているアクア的にはあまり面白くはない。
「そ、そのぉ……色々と教えて欲しいなぁって……」
「俺に? でも俺達って割りと新参者なんだぞ? 俺よりもっと経験豊富な冒険者の人探した方が……」
「でも凄いですから! マンティコアとグリフォンを生け捕りしたとも聞いてますし!」
「お願いしますっ!」
「うーん……」
「……………」
なんというか、推しのアイドルが週刊誌にすっぱ抜かれた記事を見てしまった気分だ。
「だ、だめですかー?」
「駄目っつーか、俺等暫く休業するつもりなんだよ」
「え……」
「まあでも、キミ等のやるクエストの手伝いくらいなら――」
「んんっ!! イッセー、家の件は?」
「あ、そうだった。
すまん、俺等家探しするからちょっと手伝えないぞ。
また機会があったら声かけてくれよな?」
「あ、はい……」
気づいてないせいなのと、復讐の念から解放されているせいか、地味に爽やかな青年化しているイッセーは声をかけてきたこの女子だらけパーティ達の思惑に気づくこと無く頷きかけたので、アクアが咄嗟に牽制して阻止を図る。
「………………」
「……………」
「……………」
「?」
「………………」
それにより女子に囲まれることは阻止できたものの……。
「………………チッ!」
「ぺっ!」
イッセーにはしおらしい態度だったその女子が見えない所でアクアに向かって舌打ちをしながら去っていくわけで。
アクアもアクアなのでそんな女子達に中指を突き立てながらおとといいきやがれと返しているのでどっちもどっちなのかもしれない。
「最近になってよく声なんかかけられることが多くなったけど、有名なのか俺等?」
「そりゃああも簡単に高難易度のクエストをクリアしてればね。
それにあやかろうとする変な輩も居るわ」
「ふーん……?」
「気を付けなさいよ? 単に楽して報酬だけ貰おうとして寄生しようと声をかけてくる奴も居るんだから」
「おう……」
『それは貴様そのものの事じゃないのか?』
「わ、私は良いのよ! 一応回復役としての仕事はしてるし!」
『まともなダメージなんてこれまで負ってないだろ。
大体お前がポカして怪我をしているだけで……』
やはり力を全部棄てたのは正解だったと、食事を再開するイッセーの遅れてやって来たモテ期に警戒するアクアなのだった。
「まあ言ってやるなよドライグ。
そうなった原因は俺等にもあるんだしよ……」
『それはそうかもしれんがな……』
その三日後に最悪の敵が現れる事になるとはこの時まだ知らずに……。
そもそもの発端は短くは決してない女神人生の中で超全力を尽くして他の女神達とのジャンケンバトルに敗北した事から始まった。
『イヨッシャァァァッ!!!!』
『そ、そんな……!』
『よ、よりにもよって怠惰そのものと揶揄される女神・アクアが英雄殿の導き役になるなんて…!?』
『女神としての加護を総動員させたのに……!』
別系統の神がやらかした事で完全なる無法地帯となり、手出しすら不可能となったとある世界にて、本来の人生から外された少年が復讐心を糧に地の底から這い戻り、女神達にとっては英雄的な働きをした後、力尽きて死を迎えたという話から始まった女神間での騒動。
その少年が死力を尽くし、敗死こそすれど世界そのものに甚大なダメージを与えた事でようやく自分達女神の干渉が可能となったという点では少年の行動は決して他には理解されぬ英雄的な行動そのものだった。
そうでなくても無理矢理蹴落とされ、地に這いつくばる人生から見事這い戻っていった少年の軌跡は女神達にとってすればひとつのドラマのようなものであり、時折観る事が出来た少年が負の感情を糧にしているとはいえ人の限界を越えて進化していくその姿は相当な刺激となった。
『さ、三回勝負な筈です!』
『残念でしたー! そんな取り決めはしてませーん! つまり私の勝ちは揺るがないし、彼と直接会う権利も私でーす!』
『ず、ずるいですよ先輩! そもそも先輩は普段から女神としてのお仕事ですら碌にしていないのに、美味しい所だけは持っていくなんて理不尽です!』
『けけけけ! 何度でもほざくが良いわ。
何を言っても私の勝ちであることも、会う権利が私にあることも揺るがないのよ! わーっははは!』
『ぐ、ぐぬぬー!』
つまるところ、本来は一切関わる事がない別の管轄の世界を生きる少年の行動は、女神達の間でファンが発生するほどであり、とある女神が発足したファンクラブなんかも出来ている始末。
『ぐ、ぐぬぬ……怠惰という点では僕だって負けてないのにアクアなんかに負けてしまった』
『あ、あっこでチョキを出していればウチの勝ちやったのに……!』
『………』
『ほーっほほほ! 負け犬共が何か吠えているけどよく聞こえないわねー!』
童顔巨乳のツインテール女神だの、胡散臭い関西弁の貧相な胸をしているとある女神だの二人に至っては完全に別の管轄だというのに、此度の件をどこからは聞き付けたのか、自分達の管轄する世界に導くと言い出して参戦したりと、とにかく少年本人からしたら実に複雑極まりない程に、少年のファンは多かった。
それこそ、普段はこういった事に興味すら示さない筈の美の女神ですらジャンケンに負けて全力で悔しがっているほどに。
こうして別の管轄の女神達ですら参戦する規模の競争を勝ち抜いたアクアによって少年は新たな世界で人生をやり直す事になったのだけど、そんなアクアに対する嫉妬の念が最高峰に強いのがアクアの直の後輩に当たる女神だった。
『…………………』
怠惰で適当なアクアとは反対に、女神としての責務には実に忠実であったこの女神の名はエリス。
エリスは一応先輩に当たるアクアが他の女神達との競争に勝ち残り、遂には直接あの少年を導く役を掴んだ時は、今までに無いレベルで嫉妬した。
その嫉妬は凄まじく、挙げ句の果てにはアクアが神としての力を棄てて少年と共に異世界へと下天したのを知った時は、アクアの顔写真がプリントされた藁人形に向かって何度も五寸釘を打ちまくる程だった。
『ご、ごめんなさい。自覚はしてたけどここまで力が無いとは思ってなくて……』
『まあ……しょうがないだろ』
『あの、今の私ってぬめぬめしてて嫌じゃないの?』
『んな事言ってる場合じゃないってくらい俺でもわかるよ』
『…………………ぐ……が……!? お、おんぶされて……だと……!?』
力を失って余計ぽんこつ化した先輩が蛙に丸のみにされてベトベトになった際、なんとも言えない顔をしていた少年におんぶで運ばれている光景を見た時は女神なのに呪い殺したい気分になったりもしたし、元々少年自体が相棒のドラゴン以外とまともにコミュニケーションを取ったことがないせいか、神としての力を失っているからなのか、日を追う毎にアクアへの態度が軟化しているのを見て、発狂したり。
つまり、真面目で通っていたエリスはあの敗北を境に、皮肉にも少々軽蔑をしていた先輩のような怠惰さが出てきてしまうようになっていた。
そんな屈折した嫉妬心を抱えた状態で女神としての業務がまともにできるのか? 答えは当然ノーであり……。
「はあ……アナタは生前ニートでしたが、そのまま事故を起こして死にました。
なので……あー、もうめんどくさい、適当な異世界で適当に生きててください」
「な、なんだよそれ……」
「やる気が出ないんですよこっちは……本当なら私の役目だったのに、先輩が横取りするから……」
「はぁ?」
その後の業務は実に杜撰だった。
だがその杜撰がある意味エリスに色々な代償はあれど、大いなるチャンスを与えたのかもしれない。
具体的には引きニートのままこの世を去った――されど凄まじく悪知恵は働くとある世界の一般人青年によって。
簡単に言えば、あまりにも適当にやってる女神にイラついた青年が自分の転生特典を犠牲にエリスを無理矢理転生する異世界に引きずり込むという――事故みたいなそれで。
こうして青年のせいで別の意味で女神としてのパワーの殆どを失ったエリスは、当初やってくれた青年に向かって偶々持っていた五寸釘でも投げつけてやろうと考えたが、転移した世界が『彼』の居る世界だと察知した事で考えを改めた。
取り敢えず右も左もわからないカズマという青年にこの世界での生き方を適当に教えつつ、エリスは全力で彼の姿を探した。
既に高難易度のクエストをピクニック感覚でクリアする新人凄腕冒険者としてある程度名が知れわたっていたこともあって居場所は特定出来た。
後はどうやって接触しようかと……ギルドの登録にお金が必要であることをすっかり――いやうっかり忘れていたエリスが騒ぎ立てるカズマと喧嘩をしている時――――
「アンタ、なにしてんのよ?」
呆れた顔をする先輩女神――ではなく、その後ろに立つ赤き龍帝を宿す少年と相対するという運命的な出会いをすることになるのだった。
「知り合いか?」
「一応私の『本業』の後輩だわ。なんでここに居るのかは知らないけど」
「本業? ほう? じゃあその横の彼は?」
「さあ?」
「お、おいエリス。もしかして知り合いか? だったら―――エリス?」
この瞬間、エリスの行動は考えるよりも早かった。
呆れた顔をしている先輩を押し退け、何故かその手に持っていたペンと色紙を差し出しながら――
「さ、サインください!!」
「は?」
ミーハー丸出しな事を言うのだった。
青年ことカズマは困惑していた。
突然謎の年の近そうな少年に対するエリスのいきなりな行動もそうだが、どうもその少年の横に居る水色髪の間抜けそうな女性がエリスにとっての先輩の女神である事に驚かされる。
「えと、つまり話を整理するとアクアはエリスの先輩の女神で、このイッセーと一緒にこの世界で生活していると………なんで?」
「色々な事情があって今私自身が女神としての力を失ってるから…………なんだけど、エリスからまるで力を感じ取れない事の方が疑問なんだけど?」
「そ、それはこの方が……」
「は? アンタこんなしょぼそうな一般人にしてやられたっての?」
「うぐ……」
しょぼそうな一般人呼ばわりをしてくるアクアに少々イラッとなるカズマだが、否定できない事なのでグッと堪えつつ、そういえばさっきからエリスがチラチラとこの世界のジュース的な飲み物を飲んでいる少年を見ている事に気づく。
(いきなり何をトチ狂ったのか、エリスがサインくれなんて言ってたが、有名人なのかコイツ? 見た感じ俺とそんな変わらないけど……)
アクアの嫌味に言い返せないでいるエリスを横に、マイペースに飲んでいる少年――イッセーの出で立ちを観察するカズマにはイッセーが自分と何ら変わらない人間にしか見えない。
「で? さっきギルドの受付で揉めてたのはなんだったの?」
「そ、それがギルドに登録するのに金が必要だって知らなくて、オレはてっきりエリスが持ってるのかと思って……」
「も、持ってませんよ。貴方のせいで私は力ばかりか着の身着のままでこの世界に落とされたのですよ!?」
「それで喧嘩してたって訳? 呆れるわねぇ……」
「うぐ! せ、先輩にだけは言われたくなかったのに……」
アクアの場合は金が必要とわかった途端、イッセーが売れそうな鉱物を険しい山々やら洞窟から持ってきたお陰ですんなり登録できたし、その後も高難易度のクエストばかりやってきたのもあって早い段階から生活に余裕があったというのもあるのか、いつの間にかポンコツになっている後輩に呆れている。
「せ、先輩だってイッセーさんに寄生してるだけなのに……」
「そこに関しては正直言うと返す言葉はないわね……」
エリスに痛いところを突かれて少し苦笑いをするアクアだが、その妙な余裕さが余計エリスの嫉妬心を煽っているとは気づいていない。
「凄まじく言いにくいんだけど、金を貸してくれないか?」
そんな状況を察したカズマがとにかく登録をしなければ話にならないからとアクアとイッセーにお金を貸してくれと懇願する。
するとそれまでチビチビと飲んで居たイッセーが懐から財布を取り出しながら口を開く。
「良いぞ。
取り敢えず50万エリスくらいで良いか?」
「ぶっ!?」
「ご、ごじゅうまん!?」
金銭感覚が狂ってるのか、たった今会ったばかりの初対面の者に貸す金額ではない額のこの世界の通貨を平然と取り出しながらテーブルの上に置いて差し出そうとするイッセーに、流石のカズマもビビってしまう。
「い、いやいや登録料だけで良いからな!? て、てかそんなに貸して大丈夫なのかよ?」
通常運転のカズマなら初対面の人間だろうが借りパクくらいは考える程度の精神性があるのだが、異世界に来たばかりな事もあってか少し引き気味だった。
「一応そこそこ貯金してるし、ついこの前も家買ったし、かといって無駄遣いするほどの娯楽ってのはこの街にはあんまりないしね。
ああ、返せないってんなら別に返さなくても良いぞ?」
「ま、マジかよ……その代わりオレ達を奴隷のようにこき使うって事じゃあ……」
「そんな事しないっての。
キミ、所謂転生者なんだろ? しかもそこの二人が話した限りじゃ力を持ってない……」
「あ、ああ……コイツ(エリス)を道連れにする事ばっかり考えてたから……」
「だったら大変だろ? あんま溜め込んでてもしょうがないし」
「……………」
ぼ、菩薩かコイツ? と、一切の表裏ゼロで事実上上げると言っているイッセーに、カズマは戦慄するのと同時に自分の中に存在する悪魔の精神が悲鳴をあげている気がした。
そしてふと先程から黙っていたエリスを見てみれば。
「ひ、ヒーロー……私のヒーロー……!」
「…………」
感激に頬を上気させ、ヤバイ薬にでも手を出したかのようなトリップフェイスでイッセーを見つめていた。
「と、登録料だけで本当に構いません! で、ですから今後は共にクエストをしていただけますでしょうか!!?」
「なっ!? お、おいエリス……!?」
そして素早くイッセーの前に立つや否や、床に膝を付き、その手を握り始める始末。
これには本人も若干引いてしまっており、困った顔でアクアを見る。
「やっぱりこうなるのね。
言っとくけどあんまりおすすめしないわよ? ファンはファンでもこの子の場合ほぼストーカーのそれだし」
「えぇ……?」
「ファン? どういうことだよ?」
「一般人転生者のアンタには信じられない事でしょうけど、イッセーは人間でありながら女神達の間では英雄と言われるだけの行いをした男なのよ。ファンクラブなんかも発足されたくらいのね」
「は……?」
「いや、俺もよくわかんないんだよそこら辺のこと。
というか言われても微妙な気分でしかないし……そもそも神は嫌いな側だったし」
「…………」
女神がファンクラブを作るほどの男……とあまりにも信じられぬ話を聞いて困惑するカズマだが、後に彼は転生前から異次元のパワーを持っていた事を知り、なんとなく納得するようにはなる。
「うへへ、イッセーさんと手を繋いじゃったぁ♪」
「う……」
「ちょっと、いい加減離れなさいよ。
引いてるわよイッセーが?」
「うへへへへー」
「お、おい……そのファンってのはこんなのばっかなのか?」
「一部界隈だけよ……まあ、この界隈でもこの子は過激タイプだけど」
「…………お前はまだマシな側なのか」
こうしてカズマ青年はある意味イージーな異世界ライフを手に入れられた………のかもしれない。
「龍拳・爆撃ィィィッ!!!」
「ほわぁー!? 生の龍拳です! 転生者についた悪魔達を一撃で粉砕したあの龍拳を目の前で! きゃー! きゃー!!」
「ビデオキャメラは!? ビデオカメラはどこ!?」
「余計やり辛い……」
「……オレはさも当たり前の顔して山を消し飛ばしてるお前に驚きなんだが」
「一応姿を変えるだけの程度の力は残っていたから、今後はエリスじゃなくてクリスって呼んでね?」
「あ、うん」
「それで早速なんだけど、いくら支払ったら同じお部屋で眠れる権利が買えるのかな?」
「は?」
「だってアクアは当たり前の顔でイッセーと同じ部屋で寝てるじゃないか? だったらアタシにもその権利が欲しいじゃない?」
「じゃない? って言われてもな……。
だってアクアがいうには寝る前に誰かとくっちゃべらないと寝れないって言うから……」
「おい、それって完全に騙されてるぞイッセー?」
「なあカズマ、何故あの三人は当たり前のように同部屋なんだ?」
「流石に私でも引くのですが……」
「完全にイッセーに押し掛けてるだけなんだよなあの二人が……」
終了
補足
原作駄女神さんポジにエリス様がなっており、道連れ転移させられた模様。
しかし推しの人間が同じ世界に居ることを思い出して速攻切り替えたらしい。
その2
ファンの女神の中には後にどこかのファミリアの長がチラホラ居たとかなんとか。
その3
多分きっとカズマ君のせいで若干悪い遊びを知ってしまう可能性が高く、少しだけ本来の彼に近づく―――かはわからない。