少年は、悪魔の執事と出会して負けた事で主人公キャラになってしまった。
その男を初めて見たときの印象は、目付きも顔色も悪い病人のようだといったものだった。
学校嫌いの三千院のお嬢様の新たな執事としては見たままに頼りがなさそうな……そんな印象。
とはいえ、多くのお金持ちとそのお金持ちの執事が在籍する白皇学院内では、あの三千院ナギの新たな執事というだけでも注目されるものがあり、また複数の者はその執事の力量を計らんと試すような真似をしていた。
だからなのだろう。
見た目は目付きの悪い病人のような顔色をしていたその執事がある日突然キレた時……。
『クズ共が……』
『これが本当の『屍の山』という奴か……。
なんてことをしてくれたのだイッセー。
これでは確実にお前と主である私は学院から謹慎処分を言い渡されるではないか……。
あー、本当に仕方のないやつだなー(棒)』
努力をすれば乗り越えられない壁はないと信じて生きてきた少女の信念を真っ向から破壊する程の恐怖と挫折をこの日より知ることになる。
そして、どんな状況でも己のペースだけは崩さない姉ですら、冗談が一切通じない怪物を前にきっと初めて心をへし折られた。
『行かないで良い口実ができたんだ、文句はねーだろ?』
『それはそうだが、後でマリアに凄く怒られてしまうかも……』
『俺がやらかしたとでも言ってろ。事実その通りだしな』
『うむ……。しかしこのリアルな屍の山はどうするんだ?』
『知るか。骨の2~3本へし折った程度で済ませてやったんだし、死にはしねーよ。
おら、とっとと帰んぞ』
それが少女の刻まれし、怪物の記憶……。
「それで、どうでした久しぶりの学校は?」
結局伊澄と昼飯を半分こして食べただけでさっさと帰ってきたイッセーに、ほぼ予想通りであったマリアはわざとらしく笑みを溢しながら訊ねてみれば、コミュ障の極みである日之影一誠は少屋敷の庭の植木の手入れをしつつふて腐れた様子で口を開く。
「どいつもこいつもうざったい視線ばかり寄越してきて、ただただ不愉快だっただけだ。もう二度と行かないからな」
「あらま……」
余程周囲からの視線が嫌だったのか、吐き捨てるように言う一誠にマリアは苦笑いだ。
「アナタの性格はある程度わかっていたつもりとはいえ、アナタってとことん人嫌いというか……。
でもナギやハヤテ君や伊澄さんととご飯を食べたと聞いたけど?」
「あのド天然のチビ娘が食いきれないから手伝えと言うから仕方なくだ」
「ふーん……? 聞くところによればその伊澄さんと同じ箸を使って食べていたらしいと聞いたけど?」
「一膳しか無かったからな。
割り箸でも誰かから奪えば良かったが、面倒だったし」
何て事ないとばかりに返す一誠にマリアは自分でもよくわからない解せない気分になる。
何故かいつのまに伊澄から懐かれていて、本人も微妙に対応が甘い事を自覚していないし、更に言えば伊澄はただ単に懐いているとは言えぬ雰囲気を醸し出している。
「おい、邪魔だクソ猫」
「ぴぃっ!?」
「ホワイトタイガーであるタマがあんな声で鳴きながら逃げていくなんて……。
やっぱり初めてタマと会わせた時にアナタが眉間に一撃を叩き込んだのがトラウマになっちゃったのかしら?」
「………」
それがマリアは微妙に納得ができないとどこかで思ってしまう。
屋敷で飼っているホワイトタイガーですら見た瞬間虎なのに脱兎のごとし逃げ去るのを何とも言えない気分で見ながらマリアは屋敷の植木の剪定の仕事をする一誠に同行しながら会話を続ける。
「まあ、伊澄さんの話は置いておいて、アナタに手紙を送り続けてきた方とは会えたのかしら?」
「一応はな。
二度と送るなと言ってやったぜ」
戦闘の際は荒れ狂う狂犬のような殺意を振り撒くくせに、使用人としての仕事をする時はそれが嘘のように、いっそ神経質なまでに丁寧かつ迅速に動く一誠がマリアの質問に対して何故かちょっとだけ得意気な声で返す。
「アナタは覚えてたの? その方の事を」
「ナギと綾崎君にも言ったんだがな、まるで覚えがないし、そもそもの話興味もなかったよ。
それもナギに代弁させてソイツに言ってやったぜ……だからこれで二度とあの迷惑手紙も来ねーさ」
「素直に酷いわね……」
結局の所、名前も顔も一切認識すらしていなかった事実に灰となった桂ヒナギクが手紙の送り主だったということだけは理解して文句は言ったものの、そのヒナギク自体を記憶はしていないし、恐らく三日と経たぬ内に記憶から消えているのは間違いない。
「あのな、何度か行かされた学校に居たような奴の事なんて俺じゃなくても覚えてるわけないだろ? そりゃあソイツが仮にサーゼクス並のパワーを持ってたとか、リアスやソーナ並のじゃじゃ馬姫だったとか、セラフォルーみたいな濃すぎるアホさとか、ヴェネナラのババァみたいな喧しさがあるならまだしも、所詮はただの
てか、前にぶちのめしてやった有象無象の中に居たらしいけど、それじゃあ余計覚えてるどころか認識もできねぇっての」
「一応、生徒会長で学院内では男女問わず人気があるようだけど……」
「ナギと綾崎君と鷺ノ宮のチビ娘も同じような事を言ってたな。
けど、それだったら俺の関係のないところでせいぜい好きなだけ持て囃されてれば良いだろ。ウザ手紙を送りつけて来ないのなら俺の人生にはなんの影響も興味もない」
「徹底的というか辛辣を通り越して鬼畜というか……」
どうやら桂ヒナギクに対する認識はそこで止まってそこで終わりらしい。
つくづく自分達は特殊な認識をされているのだと、徹底した他人嫌いの一誠の言動を聞いて微妙な気分にさせられるマリア。
「まあ、そういう意味ではその春菊だか榎茸だかそんな名前の小娘の姉で教師の女の方があらゆる意味で印象はあるがな」
「………」
自分自身だって、一誠の言うところの
「それよりマリア、大体の剪定は終わらせたがこんなもんか?」
「ええ、充分すぎるわ。
ホント、ハヤテ君もそうだけど相変わらず器用にこなすわねー?」
「綾崎君の方は確か親がしょうもなくて働かなきゃいけない状況で身に付けたんだろ?
俺の場合はガキの頃からあらゆる事を徹底的にババァ共に仕込まれたからな……」
「ババァ共って……私の事じゃないでしょうね?」
「ちげーし、お前は一々気にしすぎなんだよ。
そりゃあ確かに初見の時は俺より年行ってると思ってたし、軽く笑ってしまった事もあるけど」
「内外に拘わらずよく弄られるからついね……」
こうして見ると実に自分は奇跡的な立ち位置なのだとマリアは改めて思うのだった。
ハヤテとナギが学院にて体育座りをしながら塞ぎ込んでぶつぶつと言うヒナギクにどうしたものかとまだ悩んでいる頃、マリアと手分けして屋敷内の仕事を終わらせたイッセーは、元の時代においても日課である鍛練を行っていた。
「ふー……」
死にかけた状態でパラレルワールドに流れ着いてからもずっと欠かさぬ鍛練は、元の時代へと戻る為に必要な事であるのと同時に、病的なまでの進化への渇望を満たすためだった。
「チッ、現状でMAX60%か……。
これじゃあまだ足りねぇ」
故に屋敷の一部を借りて行われる鍛練は常にハードであり、日之影一誠は己の異常性による渇望を満たすために汗を流すのだ。
「それがアナタの中での60%だとしたら、多分10%もあれば世界征服はできそうだけど……。
現に去年は5%で帝おじいさまに敗北感を与えたらしいし」
「いつまでもここに居るつもりはないんだよ。
ただでさえ本来のパワーを持っててもアイツには勝てないんだからな」
そんな一誠の鍛練をマリアは出会ってからナギの執事となった頃からずっと見守っていた。
「……? なんだよ?」
「いえ……」
背中に刻まれたその『傷跡』も、無駄を極限まで落とした鋼のような身体も……マリアは見てきたし、今も見ている。
「ていうかよ毎日毎日こんなの見ててもつまんねーだろ?」
「それが案外退屈とは思わないのよね。
私も護身術程度は嗜んでいるし、ちょっとだけ参考になったりもするし」
「………。お前ってホント、そういう所はアイツ等みたいだわ」
呆れた顔をする一誠にマリアも内心自覚はしている。
だけど何故か惹かれるものがある。
病的なまでに強さを求める人間が更に突き詰める光景が新鮮に感じるからなのか。
それとも一誠の背中にある『庇ったが為に』ついた傷跡をつい見ていたくなるからなのか。
(アサルトライフルで蜂の巣にされても、戦闘機のミサイルが直撃しても、刃物で切り刻まれても平気な顔で戦闘を続行するばかりか、直ぐに治るのに『あの傷』だけは跡としてずっと残っているのよね……)
それはマリア自身もわからない。
他人に見られていたら気が散って鍛練どころじゃないが、マリアに見られている時に限れば特に気が散ることもなく集中できていたりする一誠が引き続きトレーニングに精を出している頃、唐突にマリアが持っていた携帯が鳴り響く。
それでも一誠がトレーニングの手を止める訳ではないのだが、その電話に出たマリアの表情が微妙に困ったものになっていたので、なんとなく手を止めて電話をしているマリアを見る。
「イッセー君なら私の目の前でトレーニングをしていますが。
ええ、本人からも聞いたけど、そちらでは今そんな事になっている訳だと……」
「?」
何やら自分の事について話をしているらしいが、一体なんだろうかと聞いてみると、マリアが携帯電話の通話をスピーカーモードに切り替える。
「今スピーカーに切り替えたのでイッセー君にも聞こえてるから話しても良いですよ?」
『あ、ありがとうございます。
えーっとイッセー先輩、そこに居ますよね?』
どうやら電話の相手はナギと現在学校に居るハヤテからだった。
「聞こえているが……なんだ?」
『いえ、ずっと先輩の携帯に電話をいれていたのですが、出てくれなかったので……』
「ああ、俺の携帯なら部屋に置きっぱなしだからな。
あんまり使わんし」
『そうなんですか? いや実はお昼休みの後イッセー先輩が帰られたじゃないですか? あれからヒナギクさんがその……』
ヒナギク――つまり迷惑手紙を送りつけていた例の生徒会長に何かあったらしく、微妙に言いにくそうな声であるハヤテに一誠はめんどくさそうな顔をする。
「またそいつか。
何があったかは知らんし興味もないが、そんな小娘の戯言なんて放っておけよ。
それよりそろそろ授業も終わる頃だろう? さっさとナギを連れて帰ってきて欲しいんだが。
………昨日ボロ負けしたム◯キングのリベンジしたいし、その為にキミの分の仕事もやっておいたんだぞ」
『そ、そこまでしてリベンジしたかったんですねムシ◯ングを……。
いえですがその……ヒナギクさんがナギお嬢様を帰してくれないんですよ。
ナギお嬢様って一応籍だけは剣道部でありまして、そこの部長であるヒナギクさんがそれを理由にナギお嬢様を引き留めていまして……」
「はぁ……?」
どうやら生徒会長で剣道部の部長だったらしいヒナギクが意味不明な理由でナギを引き留めていて帰れないらしい。
こっちは先日ハヤテにもナギにもマリアにもボロ負けしたムシキ◯グのリベンジをする為の準備を予て今日分の屋敷での仕事をハヤテの分まで完璧に終わらせたというのに、その邪魔を生徒会長某がしている……。
「んなもん、そいつを張り倒してナギを引っ張って帰って来れば良い――」
「あのね、アナタじゃあるまいし、ハヤテ君にそんな真似できるわけないでしょうが……」
『そ、そうですよ! い、一応女の子ですし……』
「チッ……変な所で甘い奴め。
そもそも何故ソイツは今更になってナギを引き留めてるんだ?」
『それがその……お昼に先輩から言われた事が余程ショックであったみたいで。
とにかく今すぐにでもリベンジをしないと立ち直れないと、ナギお嬢様ですら引くほど泣きわめいてまして……』
「あら……」
「うざってぇことこの上ないな」
ナギが引くというのに辺り、相当にそのヒナギクとやらは荒れているのだろうと想像しながら一誠を見るマリアは、既に一誠の顔がとてつもなく嫌そうなものに変わっていた事に気づく。
(これは何を言っても動かないって顔ね……。
はぁ、仕方ないわね)
恐らくこのままでは一誠が要求に応じる事はないだろう。
結局のところ、ある意味ナギよりも子供じみた所があるのが一誠であるし、ここは同僚として少し干渉してあげることにした。
「わかりましたハヤテ君。
すぐにでもイッセー君を再び向かわせますので、そうヒナギクさんに伝えておいてくれますか?」
『え!? あ、は、はい! あがとうございます! では先輩! なるべく早く来てくださいね!!?』
「なっ!? お、おいコラ! それはマリアが勝手に―――」
「はい残念、もう切れちゃいましたよ?」
わざとらしく通話終了の画面を見せてから電話をしまうマリアに一誠が抗議の視線をこれでもかと向けまくる。
「アナタが行って場が収まるならそれに越した事はないでしょう?」
「ふ、ふざけんな、またあんな所に行かなきゃいけないのかよ……!?」
「ヒナギクさんの望み通りにしてあげればアナタが妙に燃えている◯シキングのリベンジも早く出きるんじゃあないの?」
「う……」
確かにナギもハヤテも自分とは比べるまでもなく人が良いので、癇癪起こしているその生徒会長を無視して帰るという真似はできないだろう。
そうなれば何時までムシキン◯のリベンジは果たせないし、負けっぱなしということになる。
「ぐ、クソが…!!」
「決まりね。じゃあトレーニングはそこまでにしてシャワーを浴びなさい。
その間に私はアナタの着替えを用意しておくから」
「クソガキが……ツラの形でも変えてやるくらい駁のめさなきゃわかんねーのかよ……!」
「ナギとハヤテ君にリベンジしたがるアナタと同じ気持ちなのよ、今の彼女は」
「……チッ!」
こうしてもう二度と近寄ることないと思っていた白皇学院に再び向かう事になってしまう一誠は、早く準備をしろと背中をぐいぐい押してくるマリアに押される形で屋敷へと戻るのだった。
「……! ちょっと待て。マリアお前、確か飛び級であの学院を卒業したんだよな?」
「? ええ、そうだけど……」
「ならお前も来い!!」
「は? ……なんで私まで?」
「受け付けで手続きするだけで吐きそうだったし、あの視線も嫌なんだよ! お前が横にいたらその視線も緩和できるだろうが! つーか最早お前も道連れにしてやる!」
「別に良いけど……アナタってホント――まあ良いわ」
途中で学院OBであるマリアを道連れにするという、マリア的には特に痛手にもならない事を思い付いて。
綾崎ハヤテと三千院ナギはとても面倒な気持ちだった。
何故ならイッセーがあまりにも非人道的な物言いで、ヒナギクの心をへし折ったせいで、そのヒナギクがとにかく今すぐイッセーをここに呼ばなければ泣きわめき続けると、脅しなのか微妙すぎることを言って剣道場に連れ込まれてしまったのだ。
「あの、取り敢えず理由を説明したら先輩が来ると言ってましたので今しばらくお待ちください」
「ほんとに……?」
「ああ、だからその何とも言えない真似はやめてくれ。
私とて流石に居たたまれない気分にしかならん」
「……わかった」
『……………』
どっと疲れたような顔をするナギとハヤテは、少しだけ精神を持ち直した様子のヒナギクを見て心底安心する。
「殆どイッセーのせいだぞ……まったく」
「困った事に、先輩の方は本気でヒナギクさんに興味がありませんからね……」
「しかもヒナギクが騒いだせいで見物人というか―――」
「ひ、日之影一誠が来るのか!? の、野々原……」
「来ますか……あの怪物が」
「ね、ねぇヒムロ? 僕たちは退散したほうが……」
「いいえタイガ坊っちゃん。
彼が本当にここに現れるというのなら退散すべきではない……」
「学院在籍の執事達が集まってしまったし……」
「本当に先輩って有名なんですねー……」
「悪い意味でだがなー」
本人からしたら心底迷惑でしかないが、日之影一誠という執事の名前は良くも悪くも他の名家に遣える執事達の注目を集めてしまう証拠とばかりに剣道場には部の在籍ではない執事達が『悪夢だった一ヶ月』の元凶である怪物の降臨を待っていた。
その中には何故か橘ワタルがどこからか拝借した竹刀を肩に担ぐように持ちながら戦闘モードとなっている。
「なんでお前まで居るのだワタル?」
「決まってんだろ、あのチンピラ執事に一発かましてやるためだ。
あ、あの野郎……! お、オレの目を盗んで伊澄と、か、カカカ、間接……!」
「「ああ……」」
定期的に喧嘩を売っては返り討ちにされている事へのリベンジというよりはほぼ個人的な嫉妬で燃え上がっているワタルにナギとハヤテは納得するのと同時に、すぐ近くでその伊澄が再びの一誠の登場を聞き付けたのか、頬まで染めて待っているわけで……。
「ふふ、一日に二度もイッセー様と会えるなんて……」
「! あ、あのチンピラ執事はオレがぶっとばーす!!」
橘ワタルの精神は灼熱の太陽のように燃え上がっているようだ。
「ちょっと待ちなさい橘君。
アナタもどうやら日之影君と因縁があるみたいだけど、今回は私に譲ってくれないかしら?」
「は?」
そんなワタルに気付いたのか、さっきまでメソメソとしていた筈のヒナギクが無駄にキリッとしながらリベンジをするのは自分が先だと主張する。
「アナタはまだ子供だし……」
「あ? 言わせて貰いますがね
「アナタなら勝てるとでも?」
「そこまで自惚れちゃいませんよ。ですが、アンタよりはやれる自負はある……ここで試してみますか?」
「………へぇ?」
「ちょ、ワタル君とヒナギクさんの間に火花が……」
「ワタルの奴、言えば全力で否定するが、イッセーにボコボコに負ける度に言動がイッセーに似て来てる気がするぞ……」
「でも実際ヒナギクさんとの実力差はどうなのでしょうか?
前に先輩と戦ったのは見てましたが、僕が見た限りはワタルくんは結構強いですが……」
「対イッセーの為だけに鍛えまくったと聞いたから間違いではないだろ。
下手したら剣道のルールでもヒナギクに勝てる可能性が―――」
リベンジの度に確かな成長を果たしている辺り、ワタルの努力は本気の本気だというのはナギから見ていてもわかるし、ハヤテも先の剣道部としてのヒナギクとのやり取りを見た限りでは、ひょっとしたらワタルの方が実は強いかもしれないという分析をしていると、剣道場の外が騒がしくなるのと同時に伊澄がピクンと反応をする。
「イッセー様が来ました……」
地味にどうやって察知したのか気になるところだが、表の騒がしさからして来たのは間違いなく、ざわざわと周囲の生徒達や執事が道を開けたその先には――
「イッセー先輩……とマリアさん?」
「何でマリアが学院の制服を着ているのだ? しかもイッセーの奴、頬に手の跡がくっきりとあるが……」
頬に見事な紅葉の跡を付けたイッセーと、何故か不機嫌な白皇学院の制服を着ているマリアだった。
頬に紅葉の跡をくっきりと引っ提げているせいなのと、ツーンとした態度で前を歩くマリアの様子を伺うような顔をするせいで微妙に締まりがないのはきっと気のせいではない。
「はい、わからず屋を連れてきましたよ?」
「お、おう……」
「な、何故マリアさんが? というか何故白皇の制服を……?」
「これでもOBですし、本来なら普通に通っていてもおかしくない年齢ですから?」
「は、はぁ……ではイッセー先輩が見事な紅葉を頬に付けているのは……」
「さぁ? 本人に聞けば良いんじゃあなくって?」
「う……」
機嫌悪っ!?
ハヤテとナギはマリアのツンツンした態度と格好を見て、大体イッセーが何を言ってしまったのかを察してしまいつつも、微妙な顔をしていたイッセーに問いかける。
「マリアの奴に代弁とか手続きとか諸々やらせるつもりで無理矢理連れてこようとしたら、別に頼んでねーのに制服に着替えてたんだよ。
でまあ、思えば普通に初見だったもんで、その見事なまでの似合わさに笑い転げちまったんだ……うん」
「それはイッセーが悪いな」
「10対0で先輩の負けですよ……」
普通に酷い事をマリアにやらかした結果が頬の紅葉だったと知ったナギとハヤテは、マリアの今の格好が似合う似合わないはさて置いてもイッセーが悪いと言う。
「で、来たけど俺はどうすれば良いんだ? てかなんだこの人だかりは……気持ち悪くなってきたんだけど」
「ヒナギクがどうしてもリベンジしたいと聞かなくてな。
それでお前が来ると知った途端こんなにもギャラリーが増えてしまったのだ」
「ヒナギクさんどころかワタル君までやる気満々なんですよ……ほら」
ツーンとしたマリアがそのまま伊澄と何やら話し始めているのを横にハヤテが指を差した先には確かに昼間見たピンク髪の絶壁少女と、やる気MAXなワタルがこっちを見ている。
「ワタルはどうでも良いが、ヒナギクのリベンジの相手になってやれ。
じゃないとずっと泣きわめかれる」
「チッ、わかったよ。めんどうな……」
ざわざわと自分を檻にでも閉じ込めた宇宙人でも見るような目をしてくるギャラリー共にイライラしつつも、そうでもしなければ収まりが最早付かないと言われたので嫌々了承したイッセーは、ソワソワしている剣道着姿のヒナギク―――――
「よぉ、変態チンピラ執事……会いたかったぜある意味なァ……?」
「今度は変態を付けんのかよ。
ったく、懲りないガキだなお前は……」
――ではなく、驚くほど普通にワタルと言葉のドッジボールを開始した。
「……………え、あ、あれ?」
え、自分にはなにも無し? と、一瞥すらくれずに見たこともないヘラヘラとした笑みを浮かべながら、逆に睨みまくるワタルと会話をしている一誠に、ヒナギクだけではなくギャラリー達も驚き、そしてそれまでただの威勢の良いだけの少年だと思っていたワタルに注目が集まる。
「ね、ねぇちょっと? 呼んだのは私――」
「聞いたぞ、お前がその……い、伊澄と昼間アレしたって……」
「は? アレ? なんの事だよ?」
「ちょっと話を聞きなさ――」
「アレはアレだこの野郎! オレの目を盗んで伊澄に粗相を働いたんだろうが!!」
「働いてねーわ。
あのガキが飯が食えねーってんで俺に半分押し付けてきたんだよそもそも」
「ねえってば!」
「なんだとこの野郎!? そうやってまた伊澄とお前は!!」
「うっせーな、御託並べてねーでかかって来いよ? 仕方ねーから遊んでやるぜ? ……お坊っちゃん?」
「む、無視しないで――」
「て、テメーはこの橘ワタルが直々にブチのめす!!」
そしてあまりにもスルーされ過ぎてとうとう泣き出してしまったヒナギクをそれでも尚スルーした状態でワタルとイッセーが戦闘を開始してしまう。
「い、イッセーのバカー! 全然私達の話を聞いてないではないかー!」
「当たり前のようにヒナギクさんはガン無視からのワタル君とのバトルが始まってしまいましたね……」
「……ここまでスルーされる彼女を見ていると流石に不憫ですね」
「………良いなぁワタル君ばっかり」
竹刀を武器に完全な我流で攻め立てるワタルの太刀筋をヘラヘラと笑いながらほぼ紙一重で避けるイッセー。
ナギ達にしたら見慣れた光景なのかもしれないが、事情を知らぬ者達――特にある一定のレベルを越えている執事達からすれば、粗こそ多いがワタルの力強い攻め入りに驚愕を隠せない。
「の、野々村……もしかしてあの橘ワタルってのは……」
「完全に知りませんでした……まさか彼を相手に」
「もしかしたら将来化ける可能性がありますね……彼は」
竹刀の筈なのに道場の備品を名刀のように切断しまくりながらイッセーに肉薄していくワタルへと注目が集まる中、そのど真ん中で見事に無視され続けたヒナギクもヒナギクで、ワタルという少年の実力にただただ驚かされた。
「か、彼ってあんなに強かったの……?」
「まー、ある意味イッセーと一番戦ってるのってワタルだからなー」
「え、そ、そうなの!? あの日之影君とどうやって……」
「定期的に屋敷まで乗り込んで先輩に挑むんですよ。
先輩も先輩でワタル君には思うところがあるのか、普通に相手をしてますし、ご本人の努力もあってかワタル君は先輩と戦う度に少しずつ強くなってたり……」
「な、なによそれ!? ず、ずるい……!」
実はワタルが高頻度でイッセーに挑んでいるとここで初めて知ったヒナギクは、ただただワタルを羨み、悔しげに二人の割りと凄めの攻防を見つめる。
「ふむ、この前の時より強くなっていますねワタル君……」
「そうですね……。
ああやってイッセー様に構って貰えて……ワタル君だけが」
「あ、いや……伊澄さんも結構ご自身が思ってるよりはイッセー君に構って貰えてると思いますがね……」
「でもイッセー様は私よりワタル君やマリアさんとお話するほうが楽しそうです……」
「え? あ、う、うーん……」
なんか、子供がしちゃいけない目をしながら見つめてくる伊澄にマリアは微妙にどうしたものかと困ると同時に、制服が似合わないとゲラゲラと地面に転がりながら大爆笑された怒りもどこかに飛んで行ってしまった。
「く、クソ……! この前までと違って動きがトリッキー過ぎる……!」
「オラどうした小僧? もうバテたのか? あぁん?」
「誰がだよこのチンピラ執事! ぜってーぶっ飛ばす!!」
「くく……来な!」
確かにワタルの相手をしている時のイッセーは生き生きとしたものを感じる。
その感情を引き出しているワタルが羨ましい――と思わないのは嘘にもなる。
とはいえだ――
「まぁでも何をしても彼にとことん相手にされない方もおりますし、それはきっと贅沢なお悩みなのかもしれませんよ?」
「…………」
「む、無視しないでよぉ……!」
「お、落ち着けヒナギク! きっとワタルとのバトルが終わったら今度はヒナギクだからな!」
「そ、そうですよ! さ、流石の先輩だって……ええ、そうに決まってますから!」
「………ぐすん」
「………ね?」
「確かに……」
ワタルに色々と横取りされた感満載でメソメソ泣いているヒナギクが蟻とするなら、自分達は恐竜レベルでマシというマリアの言葉には伊澄も同意するのだった。
「ダァァッ!! ――――んなっ!?」
「……」
「げげっ!? の、野々村! ひ、日之影があの少年が思いきり振り下ろした竹刀を歯でキャッチして防いだぞ!?」
「真剣白刃取りならぬ、真剣白
「あの橘ワタルなる者が振るう竹刀は剣圧だけで周囲の物を切断するレベルだというのに、彼はその太刀筋すら軽々と受け止めますか……」
「ひ、ヒムロ……やっぱりあの人が怖いよ……」
「ぐっ、こ、この―――」
「ふんっ!」
「がっ!? くっ、し、竹刀が―――」
「ウラァッ!!!」
「ごへっ!?」
歯で止めた竹刀を、噛んだまま力んでいたワタルを蹴り飛ばして奪い取り、そのまま柄の先を掌で思いきり押し込むようにしてワタル目掛けて投げ返せば、避けるのが遅れたワタルの腹部を直撃し、そのまま道場の壁を派手に破壊しながら吹き飛ばす。
「おお、あれも先輩の必殺技なのかな? ちょっと練習すれば僕でも出来そうですし、参考に――」
「え、出来るのか……?」
「なにげにハヤテ君も大概ですねぇ……」
「やっぱり私って、彼にとっては虫けらなのかしら……。
ええ、きっとそうだわ。私は地面を這いつくばるミミズ……あは、あははは……」
終わり
補足
まあその……ひんぬーといえば彼の中じゃあソーたんしか居ませんからねうん。
その2
道連れにされることに同意したついでに折角の母校だからと学院制服に着替えてみたら、嘘みたいに笑い転げられたもよう。
『なんてそんなに絶望的に似合ってねーんだお前って!? ギャハハハ!』と……。
そらひっぱたかれるわい。
ま、まあでも一応原作でも変装目的で着たら『おお……』みたいな反応されたし似合ってないわけじゃないとは思われるけど……。
その3
呼び出しに成功したのも束の間、主人公化中のワタル少年にリベンジを横取りされる不憫な生徒会長。
挙げ句、竹刀なのに剣圧だけで切断しているワタル少年の異次元さにまたしても自信が折られる哀しき状況。
しかも今のワタル少年にはサキさんブースト入ってないので、まだまだパワーが上がるとは知らない。
サキさんブースト入ると正面から今のハヤテきゅん――じゃなくてハヤテ君と殴り合えるという噂。
なんつー主人公さよ。
そんなワタル少年を吹っ飛ばした執事の技の元ネタは、若かりし頃の真島の兄さんのダンサースタイルのヒートアクションのあれ
その4
あらゆる意味で感情をナチュラルに引き出せているのがマリアさんとワタル少年と思っている伊澄さんはこの二人を特にライバル視してるとかそうじゃないとか。