愛し合った悪魔の少女との未来の為に戦い続けた最後の龍帝の青年は、自由を勝ち取った代償を払った事で情熱を燃やし尽くし、何時しか二度と目覚めることのない眠りに付いた筈だった。
人を超越し、死ぬことも老いる事もなく孤独に眠り続けた筈の青年が目覚めた場所は、パラレルワールドの過去の世界。
そこでは古代の中国とも言える世界であり、歴史に名を残す偉人達の性別が軒並み女性という不可思議極まりない外史と呼ばれる世界。
そんな外史と呼ばれし世界へと来る筈のない龍の帝王が眠りに付いていた間に迷い込み、そして目覚める事で世界のパワーバランスが激しく崩壊することになるのだけど、自由を代償に愛する者達を失った事で既に情熱を失っていた青年は、その外史の世界で初めて出会った母娘の世話になっているだけの――所謂紐生活を送った。
後にその母娘が属する勢力の主が替わっても青年は紐だった。
それでも彼なりに世話になっている母娘に対して借りを返そうとはしているものの、かつての頃の燃えたぎるような情熱は再燃しなかった。
群雄割拠の時代である今の時代故に、何度か母娘の身に危険が迫った時のみ、ほんの一瞬だけ『現役の頃』に戻る事はあるにせよ、その現役の頃の姿を実は密かに見ていて、青年を主だと勝手に言い出す女性にしつこく言われるから仕方なくこれまで自分が培ってきた『戦闘術』を教えてあげたりしていても、悪魔の少女と時代――いや、世界そのものに抗いながら生きていた頃の情熱は戻らないまま。
共に行動をする内に母娘や部下を自称する女性は青年の過去を知ることになり、複雑な想いを抱かれても――青年が向く先は常に『過去』そのものなのだ。
「まさかこんな妙ちくりんな世界で生まれて初めて逆ナンされるとはなぁ……」
「その話は紫苑から聞いたよ。
ふらふら町中をふらついてたって報告もあったし、本当なんだな?」
「ここの勢力の実質的なリーダーであるキミならわかる話だし、経験なかったから驚いたよ」
「よく町の子供達と遊んであげている男の人って有名だったりするからな兵藤は。
多分そういった姿を見て良いなと思われたんじゃかないか?」
「そんなもんなのか? うーん……」
「そのせいで紫苑や星の機嫌が悪かった訳で……」
「え? ああ、よくわからんけどすまん?」
私と娘が文字通り天――というより空から落ちてきた男性との出会い、彼のどこかの諦観している姿や懐いた娘を可愛がる姿を近くで見ていく内に、忘れかけていた気持ちを抱いてしまった。
彼は自分を指して『人であって人でなしになった、好きな子を守れなかった馬鹿な怪物』と自嘲するように――そして懺悔をするように称する。
その時は何のことだかわからなかった。
けれどその理由と過去をある時から知った時から、愛する者の為なら世の全てを敵に回して戦い続けた燃えたぎる心を持つ人なのだと……実は私よりも倍以上生きている彼に惹かれていった。
「それで主様はその声をかけてきた女とどうするおつもりか?」
「どうするおつもりか? どうもしないし、丁重に断ったわ。
俺は浮気はしない主義なんだよ」
「主が見せた不思議な箱に写っていたとされるリアスという方の事を指して言っているのですか?」
「おう」
「…………………」
彼はもう自ら戦おうとする意思が薄い。
その文字通りに次元の違う力を以てすれば、この混沌となっている世を治めて平定へと導こうと思えば可能だけど、彼はそれをしない。
それは彼自身の力が支配には興味がないから。
そして別の世を生きた存在だからこそ無闇に行使はしない方が良いと考えているから。
私はそんな彼の意思に対してどうこう思うことはない。
あれだけの過去を生き、そして喪ったのだから。
同じ――いえ、恐らくは別の天からやって来たご主人様もそういった彼の心情を察して貰えている。
……他の方々達は事情を知らないので、寧ろ彼の自由奔放――悪く言えば怠惰な態度を快くは思わないのだけど。
「もう良いか? 今日は良い天気だし、璃々と昼寝したいんだけど」
「お昼寝するならおかーさんも一緒がいいなー? できればおとーさんとおかーさんが手を繋ぎながら寝たり……」
「だから俺は璃々の父ちゃんじゃないっつーに。
………なんか最近訂正するのもめんどくさくなってきたぜ」
「お、お待ちください主様! 今日の分の稽古がまだですぞ!?」
「んぁ? んなもんキミは基礎のスタミナが――あー、つまり体力が不足気味だから適当に走り込みでもしてなさいよ」
「そ、そんな……! そういうものよりも、主様の仰っている『すたいる』なるものを教えて頂きたいのに……」
以前一度だけ見せてくれた激しいまでの情熱。
彼の心の中にあのリアスという方が永遠に存在する以上、私だけではどうあっても彼の心の中に入る余地は無いけれど、きっといつかは……。
生真面目な者達からはよく一誠は怠惰だなんだと言われるし、事実今の一誠は常時リアス馬鹿時代の頃と比べるまでもないレベルに怠け者だった。
それでも何度か発生する国境外との小競り合いの際は最前線へと出て殲滅する程度の働きをするようにはなったりはしているし、直近にあった大きめの戦の際も一個連隊を一人で殲滅する戦果をあげてもいる。
外史の蜀の実質的な舵取りをしている未来から来た少年こと北郷一刀からしても、一誠の存在は欠かせない仲間だと思っている。
強いて一刀が思うというか、もどかしい気持ちにさせられるのが、紫苑との関係性とかやり取りなわけで。
「ぐぬぬ、今日の主様は特段やる気がありませぬ」
「申し訳ございません、ご主人様。
そういう事ですので、今回の合同訓練はあの人抜きになります」
「事実上誰も一誠のやる訓練にはついていけないし、俺達がすべき事は一誠の訓練についていけるような身体作りからだな」
「ええ……本人は『現役の頃より相当手を抜いてる』とは言ってはいましたけど……」
蜀内ではお姉さん枠であり、常に落ち着いた雰囲気を醸し出す紫苑はため息混じりに一刀に謝罪をする。
「えーっと、一誠とは上手くいってないのか?」
「……娘の面倒はきちんと見てくれますし、娘もあの人を父と呼ぶ程度には信頼して懐いています。
……それだけですが」
「そ、そうか……」
紫苑が一誠に対して仲間といった意識以上の感情を持っているのは仲間内では知られている事だった。
一見すると軽薄そうで、何となく女性にだらしないように見える一誠が子供の面倒見の良い、割りと誠実な男性だからこそ紫苑は信頼していくのと同時にそのような感情を抱いたのだろう。
問題はその一誠が紫苑に対してそのような感情が無さすぎる事なわけで。
「紫苑がそんなに悩むとはな……」
「主様の心には常に例の女しか居ませんからね……」
「? 星は違うのか?」
「や、まあ……そうだったらそれはそれで実に嬉しいとは思いますし、私も私なりに仕掛けてはみていますが、主様の精神は最早鋼鉄を越えたなにかというほどに頑丈でしてね……」
「というと……?」
「眠っている主様に全裸となって誘いをかけてみたのですが猫でも追っ払うように投げ飛ばされて追い出されました……」
「な、なるほど……」
無さすぎて不能を疑うレベルの態度らしい一誠に一刀は何故か畏敬の念がちょっぴり沸く。
自分がされたらまず抗えないので。
「てことは紫苑も……?」
「…………」
それは紫苑とて同じであり、一誠はとことんそのリアスという女性しか見えていないようだ。
(前途多難どころじゃないなこれは……)
一誠に対してはどことなく普段の大人の雰囲気とは違った様子を見せる紫苑の道は果てしなく険しいのが現状だった。
璃々と宛がわれた自宅の庭で遊んだり、昼寝したりとニートまっしぐらな一日を過ごした一誠はといえば、帰宅してきた紫苑の子供っぽい膨れっ面に『はて?』と首を傾げつつも食事を終えると、今度は一人で自宅の縁側から星空を眺めていた。
「…………」
元の世界でもよく山奥の洞窟でリアスと生きてた頃はこうして星空を眺めながら、互いに身を寄せあってた事を思い返し、ちょっとだけセンチな気持ちになっていると、帰宅からずっと何故かムスッとしていた紫苑がやって来る。
「璃々は?」
「今寝たわ」
そんな紫苑の気配に気づいていた一誠は星空に視線を向けたまま、璃々が眠った事を確認すると、両腕をあげて身体を伸ばす。
「んー……。キミも寝たら?」
「ええ、もう少ししたらそうするつもりよ」
そう静かに言いながら身体を伸ばしていた一誠の隣にちょこんと座る紫苑は、暫し言葉を発することなく一誠と共に星空を眺め――
「今頃ご主人様は皆さんと仲良くしているのでしょうね……」
「仲良く? …………って、ああ、そういう意味か。
まー……そうなんじゃね?」
「ご主人様達は若いものね……」
「俺からすりゃあキミも十分若いと思うぞ?」
「………」
「??? なんだよ、もしかしてキミも北郷君達に混ざりたかったのか?
なるほど、むすくれてたのはムラムラしてたからだったのか、だったら璃々には内緒にするから行ってこい――ごへっ!?」
またしてもデリカシーのない発言をする一誠のがら空きだった脇腹に鋭い肘打ちを叩き込む紫苑はそのままジト目になる。
「どうせ私はリアスさんの足下にも及ばない女ですよ……ふん」
「てて……なにリアスちゃんに対抗意識燃やしてんだよ?」
「アナタが後ろばかりで前を見てくれないからですよ……」
そう言いながら身体を寄せて一誠の肩に頭を乗せる紫苑は嫉妬の念を吐露していく。
「アナタに出会えて良かったと思う反面、アナタと出会わなければ良かったとも思う。
そうだったらアナタにこんな想いを抱かなかったし、こんなに胸の中が苦しくもなかったって……」
「あー………」
不機嫌だった理由をここでやっと理解した一誠は誤魔化すような声をだす。
紫苑には一番世話になったし、好ましい人間とは思う。
けれどそれ以上の感情に至ることはない。
「良いの。今は何も言わないで良い。
でもお願い、今だけで良いからこうさせて……?」
態度でそれは示してきた。
けれど紫苑はそれでも一誠から離れることはせず、すがるような眼差しで見つめながら身体を預けてくる。
「璃々が……」
「ん……?」
「弟か妹が欲しいって言うのよ……」
「……………………………………そこに関しては俺じゃあ力不足だよ」
「知ってるわ。
アナタはいっそ潔癖なまでに彼女を想う人だもの……。
悔しくて、悲しくて……辛い程に……」
過去を見続ける龍の帝王との夜は過ぎて行く。
補足
リアス馬鹿なので美女だろうが美少女だろうがスルーする。
その頑固なまでの一筋のせいで未亡人さんがモヤモヤしっぱなし的なお話。