地獄のような世界を生きた。
地獄のような世界に対して肩を並べ、抗いながら生きた。
その果てに待ち受けるものが例えどんな未来となろうと、彼等は自由の為に闘い続けたのだ。
自由の為に。
愛する者との平穏の為に………。
そんな精神を持つ兵藤一誠は所謂『ドスケベ』のレッテルを貼られている。
別に異性に対してセクハラじみた真似を働いた訳でも無いと言うのになぜかそんなレッテルを貼られていた。
されど本人はそんなレッテルを貼られていても気にはしなかった。
何故なら彼は、他人にはなんの興味もなければ、最初から心に決めている相手が居るのだから。
『あの子が自由であることさえ出来ればそれで良い。
その邪魔となる全てをぶっ壊してやる……!』
その者の為だけに強さを求めた。
その者との平穏を掴みとる為に世界そのものに抗ってやった。
どこに居ようと、どんな末路を辿ろうと、己の魂が消えぬ限りは永遠に燃え続ける。
『俺はここで死ぬ。
だけど、俺一人では地獄には行かない……! お前ら皆纏めて道連れにしてやるっ!!』
己が愛する者を守る為に怪物へと成り果てても。
全てを思い出したのは『三度目』の死からこの世へと戻った時であった。
自由を勝ち取る為の戦いを経て、阻む全てを道連れにして散った少年が目覚めた事は誰も知らない。
ただ唯一、死するその瞬間まで共に戦い続けた相棒の龍以外は。
「前後の記憶がハッキリしない」
『記憶を取り戻す前の事は覚えているのか?』
「そこの所は一応……」
『それなら簡潔に説明する。
記憶を取り戻す前のお前は人間に化けた堕天使の女に騙されて殺された。
だがその直後にリアスが―――いや、自由を奪い取られなかったリアスというべきか? ともかくリアスがお前を悪魔の駒で転生させたのだ』
「なるほどね。
けどなんでその彼女が俺の横で全裸で寝てるんだ?」
『さぁな、俺とお前の知るリアスだったら何時もの事だが、記憶を取り戻す前のお前とこのリアスは今の今まで接点なんてなかったからな。
単なる戯れなのか……』
「…………」
記憶を取り戻す前の自分のやんちゃさで人間に化けた堕天使に騙されて殺されたところを、現れたこの世界のリアス・グレモリーによって悪魔の駒で転生悪魔へとなって蘇ったと記憶を取り戻す事で会話が可能となった相棒の龍から聞かされた少年は、複雑な表情となりながらすやすやと眠る『この世界』のリアスを見つめる。
「転生悪魔か……。
あの時はならなかったってのに、よくわからない因果だなぁ」
『安心院なじみも言っていた事だが、俺たちが生きたあの時代が異常だったらしいし、多分この世界が正常なんだろう……』
「俺がこの子の転生悪魔になることがか?」
『そこまではわからん。
ただの偶然なのかもしれん……。
だがどうする? 俺もまさか一度殺された事でお前が記憶を取り戻すとは思わなかった。
ある意味で安心といえば安心ではあるが、この世界は俺達が生きた時代とは違うぞ?』
「父さんも母さんも生きてるし、この子もグレモリーの子として普通に生きてる時点で根本的に違うってのは理解できるけど……」
『そういう事だ。
ちなみに確認だけするが、まさかお前はこのリアスと……』
「……………」
かつて生きた時代におけるリアスとの関係は言葉では表現できるものではないものだった。
互いの傷を舐め合って生きたというべきか……。
「いや……」
互いが互いを必要としながらなんとかもがいて生きた。
眠るリアスを暫く見つめていた少年はゆっくりと首を横に振る。
「俺はあの子――リアスちゃんとの約束も果たせなかった。
確かにこの子だって間違いなくリアス・グレモリーだろうけど、俺にとってのリアスはあの子だ」
『つまりお前は……』
「ああ、転生悪魔になったってのならこの子の未来を守るくらいはするさ。
だが……それ以上の事だけは絶対にしない」
ただのリアスとなった彼女を愛したのであって、この世界のリアス・グレモリーの事ではない。
ただの下僕として彼女の未来を守るだけでそれ以上の事は絶対にしないし望みもしないと言う少年に龍は少し悲しげに『そうか……』とだけ言う。
「それよりもまずはどこまで俺の力があるかだよ。
普通に生きてきた時点で鈍ってるだろうし」
『…………』
ただ一人の為に。
その為だけに無尽蔵の進化をし続けた少年は密かに……再びその炎を灯すのであった。
眠りから覚めたリアス・グレモリーは、聞いていたのとはあまりにも違う――どことなく達観したような雰囲気で自分の話を聞いてひとつずつ状況を理解していく、学園では悪い意味で名が知れ渡っていた少年と話をする。
「詳しくは明日部室で話をしようと思うのだけど……」
「わかりました……。あの、服はちゃんと着た方が良いんじゃないかと……」
「あ、え、ええ……」
思っていたリアクションではないリアクションの少年の言葉にちょっと萎縮と羞恥を感じたリアスはいそいそと服を着て帰宅する。
そして次の日、眷属の一人に頼んで放課後彼を迎えに行かせたリアスは自分達が悪魔である事を打ち明けてみても、少年のリアクションは淡々としていた。
「驚かないの……?」
「………一応驚いちゃいますよ」
「そうは見えないけど……?」
「昨日から色々とありすぎてリアクションする気になれないだけです」
「…………」
やはり聞いていた人物像とはかなり違うとリアスは思いつつも少年の身に何が起きたのかを説明するために、転生悪魔へとなった経緯を、その元凶である人物の写真を見せながら説明する。
「天野夕麻と名乗ってアナタに近づいたこの女の招待は堕天使よ。
多分、アナタの中に眠る神器を狙ってでしょうね」
「…………」
「デートを申し込まれた身としてはショックなのはわかるけどこれが真実――」
「そういうのはありませんよ……」
心の底からどうでもよさげに話す少年に、リアス達は訝しげな顔となる。
(こんなのに殺られたのか……)
『状況的に仕方なかっただろう。
記憶がないお前はただのガキだった』
(まあ良い、昨日彼女を帰らせた時点でどこまで戦えるかの確認はできた。
この女は後で八つ裂きにしてやるさ)
そんなリアス達の視線を流しながら、堕天使の女の顔を覚えておく事にした少年はきっちりと仕返しをすると誓う。
「状況からして俺は貴女に助けられたのでしょう? 構いませんよ、その眷属ってのになるのは」
「そう……話が早くて助かるけど、本当に良いのね?」
「ええ……」
この世界のリアスは奪われることもなく、裏切られた眷属達とも普通に上手くやれている。
個人的にはリアス以外の眷属達など死ぬほどどうでも良いにしても、それなりの対応はわきまえなければならない。
「それじゃあ早速悪魔のお仕事についての説明をするわね?」
「お願いします……」
どうあっても、自分は約束を果たせなかった負け犬なのだから。
これはレイナーレに殺された事で『無神臓』の精神と記憶を取り戻した少年のその後。
「元浜と松田が騒いでたけど、アンタはやらないの?」
「興味がなくなったんだよ。もう全てがどーでもいい」
「…………」
リアス馬鹿も復活したので、一気に頑固化してクラスメート達に怪しまれたり。
「部長に言われて、今日は私が先輩と見回りです」
「…………………」
かつてリアスを裏切った眷属達の仲間になっていることに複雑な気分を持ったり。
「先輩はもっとスケベなイメージがありましたし、お喋りな方だと思っていましたので意外です」
「…………」
「それになんというか、ちょっと強いし……」
「…………………………」
生きる理由が半分以上消えてしまっていることで無気力気味だったり。
「やはりおかしいです、まるで別人のようです……」
「転生悪魔になったばかりで戸惑いが大きいのかもしれないわね」
「それだけではなく、この前のはぐれ悪魔の討伐の時もなんの躊躇いもなく殺していました……。怖いくらいに冷酷に」
「確かに妙に場馴れしている気はするわ」
その無気力と冷徹さのせいで警戒され始めたり。
「いつのまにオカルト研究部に入ってたの?」
「まぁな……」
「それにしては嫌にテンションが低いわねぇ。
アンタの事だからハシャギ回ると思ってたけど……」
「……」
妙に絡んでくるクラスメートにも怪しまれたり。
だがそれでもこの世界のリアスの自由を阻む全てを破壊していく。
約束を果たせなかったことへの贖罪の意味も込めて。
「な、何をしているのイッセー!? これはレーティングゲームなのよ! それ以上は死んでしまうわ!」
「……………………」
その負の感情とも取れる精神は、誰が見ても異常者であり、異質。
それ故に皮肉にも密かに未来を守ると誓った相手であるリアスが、あまりにも『普通』の感性のまま生きてきた事もあって、恐怖されてしまったり……。
「大丈夫ですよ先輩。
部長もきっと先輩が部長の為にしたんだってわかってくれる筈―――」
「わかったような事を抜かすなよ」
「………………先輩」
過剰になりすぎて空回りし続ける姿を見て、これもまた皮肉なことにかつての時代ではリアスを裏切った眷属達には寧ろ好意的に見られたり。
「ひとつだけ教えてください。
どうして先輩はそこまで部長の為に? 確かに部長の眷属だからとはいえ、先輩の場合は少し過剰というか……」
「それに眷属になる前の君といまの君があまりにも違うとも感じるし……」
「何か事情がおありなのですか?」
「……………………」
ある種突き抜けているからこそ、リアスの眷属のままの歴史を歩む他の眷属達の態度に戸惑う。
「も、もう一度お願いしま――ガバッ!?」
「……………………」
「と、止めなくて良いの? イッセーが小猫の顔面に向かって鉄パイプをフルスイングで……」
「小猫ちゃんがイッセー君に鍛えて欲しいと頼み込んだからですし、一応イッセーくんも死なない程度に手は抜いていますから……」
「僕たちも生ぬるいやり方じゃあダメだと思い知らされまから……」
「だ、だからってあんな……」
鬼のようなトレーニングにドン引きされ。
「ほ、本当に……まるで昔から恨まれてるかのような容赦のなさ……ですね……。
あは、あはは……」
「……………」
「私、先輩に嫌われるようなことを過去にしちゃいました……?」
「別に好きでも嫌いでもない。
ただ興味がない」
「…………………い、今のは本気で傷つきました。
私、最近になって気づいたのですが、先輩の事―――ごばっ!?」
この先の事を考え、この世界のリアスを絶対に裏切らない精神を眷属達に宿させようとする彼の真実は彼に宿る龍のみぞ知る。
「俺が言えた事じゃないが、部長さんの眷属であるアンタ等にひとつだけ教えておいてやる」
この世界にとって己こそが害悪であると、自分を恐れるこの世界のリアスを見て悟ったからこそ、自分がこの世界のリアスにすべきことは無いと理解したからこそ、なにより結局の所この世界とリアスと自分が生きた時代のリアスは違うのだと心の底から分かったからこそ、イッセーは裏切ること無くリアスの眷属としての生きる者達の精神に刻ませる。
「悪魔の眷属ってのはな、単なる僕とは違う。
悪魔のゲームに敗けたから敗者になるんじゃねぇ……。
主を守る為に最期まで『張り続けられなかった』奴が……敗けるんだよ」
「先輩……」
「それは、この前のフェニックスとのゲームの事を言っているのかい?」
「確かにあのゲームは結局新人であるイッセー君が一人で戦うことで勝ちましたし、私達は足手まといでしたわ……」
決して裏切らぬ鋼の精神を宿させる為に。
「彼女に借りがある以上、腕がちぎれようが、脚が砕けようが……彼女に嫌われようが、そんな事は構いやしねぇんだよ。
命ある限り、どんな汚名や悪名にまみれても――地獄に落とされても、何度でも這い戻って彼女の自由を守る」
『…………』
「だからよぉ……。
テメー等みてーな寧ろ守られてるだけで役にも立たねぇ半端モンを見てるのが一番ムカつくんだよォ……!」
『っ!?』
「いっぺん死ねやボケがァ!!!」
スパルタを越えた何かを叩き込んでいくのだ。
『良いのか?』
「多分な。
悟ったんだよ……この世界のあの子の近くには居るべきじゃない。
だったら、この世界のあの子の眷属達を絶対に裏切らせないように叩き込む――それが唯一俺にできることなんだ」
約束を果たせなかった贖罪の為に。
「ドライグには悪いと思ってる。
だけど頼む、俺に付き合ってくれないか?」
『わかりきった事を聞かなくても俺はお前の相棒だ』
「………ありがとな」
そしてこの世界のリアスの未来を守る為に修羅となった赤き龍の帝王は――
「本当に良いのかイッセー? いくらお前にとってのリアスじゃなくとも……」
「良いんだよ。
正直言ってお前達が俺の知るヴァーリとアルビオンってだけでもちょっとは救われた気分だし、なにより、これ以上あの子の近くに居てもあの子にとっての害悪にしかなれねぇってわかった。
それにこの世界では眷属達も裏切ってないし、そうならない程度の精神力まで鍛えさせた。
出来ることならはぐれ悪魔となった俺を彼女達が討伐すりゃあ、箔もつけられる」
『赤いのよ、お前はイッセーのやり方に反対ではないのか?』
『思うところはある。だがよくよく考えたら今の俺達はあの時代で言う『奴等』みたいな存在に近い』
『だからわざと殺されようとする道を選んだのか……? お前も変わったな赤いの』
『貴様にだけは言われたくはないな』
はぐれ悪魔となった事で親友と再会し、この世界の癌として排除される道を選んだ事を打ち明けた。
「……わかった。
俺とアルビオンもその道に付き合わせて貰う」
「は?」
『薄々俺達も思っていた事だったからな』
「それにガブリエルもコカビエルもアザゼルもこの世界の存在だったし、ある意味お前の気持ちは痛いほどわかるんだ。
良いじゃないか、史上最悪の赤龍帝と白龍皇という悪名でこの世界の歴史に刻まれるのも悪くない」
不敵に笑う親友。
こうして最強最悪のラスボス的な存在として排除される道を歩む事を誓い合う二天龍と宿主達だったが、皮肉にもそんな彼等の放つ危うい雰囲気に惹かれる者達が集まることになる。
「そうか、オーフィスがやけにイッセーに懐いているのは、イッセーの異常性がオーフィスのそれと同質のものだからか……」
「チッ……」
「イッセーの持つ我とは違う無限……とても落ち着く。
我の求めていた静寂はきっとイッセーの傍……」
『なるほど、俺達の時代でももし奴よりも先に出会っていたらこうなっていたのかもしれなかったのか……』
「……………」
『だが赤いのよ、そのイッセーは本気で嫌がってるが?』
ラスボス化した二天龍の悪役道中記――始まらない。
「手っ取り早く冥界の都市でも破壊したら悪い奴っぽいと思わんか?」
「いや待てイッセー、それより一日分の野菜を二日間かけて飲んでやったり、最近同盟を組んだらしい三大勢力達の目の前で『プッチンプリン』をプッチンせずに食べてやった方がもっと悪役っぽいと思わないか?」
「お前は天才だなヴァーリ!? それで行こう!」
『………おい赤いの、イッセーもヴァーリも精神的な意味で無理してるせいで迷走してる気がするのだが』
『………。気の済むまでやらせてやれば良いだろ』
「よーし、念には念を入れてばかうけせんぺいを真顔で食ってやろう。
おい無限の龍神、お前は表情が乏しいしお前も真顔で食えや?」
「??? よくわからないけどイッセーがそうして欲しいのなら我は従う」
「凄いな、まさかオーフィスがこんなにもイッセーに懐くとは。
あれ? ひょっとして組織の裏ボスになれてないか?」
補足
途中まではシリアスに悪役ムーブ噛まそうとしてけど、色々と無理してるのと天然ヴァーリのせいでアホの子みたいな方向に飛ぶみたいな話。
多分その後、ラスボス(笑)認定されてるとは知らずに、ラスボスムーブ噛まそうとしても久瀬の兄貴的な精神を叩き込まれて鋼の精神化した眷属さん達が、仲良さげなヴァーリやらオーフィス見てイラッとしたりして兄貴ばりに何度も挑みかかる可能性は高い。