ただのその後みたいな
成の果て男と黒猫
何で自分だけが生き残ってしまったのか。
いっそ死んでしまった方が楽だ。
けれど俺は死ねない。
死のうと思っても死ぬことができない。
大好きだった人にすら会うことができない。
いっそ考えるのを止められたらどれだけ楽なのか。
ただ死んでいないだけの無意味な生とはまさにこの事なんだろうな……。
かつて、愛する悪魔の少女と同じ時を生きる為に人間である事を越え続けた少年の成の果ては、誰にも理解されぬ怪物であった。
外からの存在に共に抗い、自由を掴みとる為に戦ってきた頃の情熱は失せても肉体は死ぬことを許さない。
それに加えて過去とも並行世界ともいえる時代に逆行し、ただ独り生き続ける青年の目には『運命を狂わされなかった自分自身』と『同じく運命を狂わされずに悪魔として生きる愛した少女』が居る。
平穏に生きることができている自分自身と悪魔の少女の存在は運命を狂わされた青年にとっては確かに希望ではあったけど、同時に絶望でもあった。
運命が狂わなかったから出会うことがなかった。
運命が狂わなかったから地獄のような日々を共に身を寄せ合いながら生きる事もしなかった。
厳密に言えば平穏に生きている自分自身が高校生となる年齢へとなった際に平穏に生きていた悪魔の少女と出会い、彼女の眷属となる事を知った時は、運命的なものを感じはしたしちょっとだけ嬉しい気持ちにもなれた。
けれど結局は運命がネジ曲がらなかった自分とはいえ自分自身ではない。
少々下半身的な意味で正直な性格に育った彼が『ハーレム王』なるものを目指して転生悪魔として悪魔の少女に遣えるという話を聞いた時はかなり複雑な気持ちにさせられたのと同時に、自分は相当に歪んだ世界で生きてきたのだと理解させられてしまう。
つまるところ、同じく運命をねじ曲げられた悪魔の少女だけを一心に愛しながら生き続けた自分とねじ曲げられることなく育ったこの世界の自分は根の部分が違うのだと……。
「ここまで来ると最早別人と言うべきかもしれないわね」
「…………………」
「勿論、アナタのようにリアス・グレモリーだけしか見なくなる可能性も否定はできない。
でも今の彼は……なんというか……」
「………………」
自分でもそう思っていた上に、ある時を境に勝手に相棒を自称しては頼んでもないのに付きまとう猫妖怪の女性に言われると余計凹む訳で。
「『ハーレム王に俺はなる!』かぁ……」
「……。まだリアスちゃんの事をよくわかってないだけで、知っていけば変わる可能性だってあるだろうが……」
「そうかもしれないけど、どうだろうね。
マコトの場合と彼の場合とでは生きた過程が違いすぎるし、それにリアス・グレモリーの方もマコトから聞いてるリアス・グレモリーとはちょっと違うっぽいじゃない?」
「……………」
生きた過程が違えばその思想や根にある精神の構造も変わっていくものなのはなんとなくわかる。
しかしだからといって自分達の生き方を彼や彼女に強要なんてできる訳もない。
「それで? 彼等に無理矢理干渉して引っ掻き回そうとしていたこの男はどうするの? …………どうするも何ももう死んじゃってるんだけどさ」
「……。そんな奴は最初から居なかった。彼等はそれに気づかないで今を平穏に生きている――それで良い」
ましてやこの世界にも似た存在はちらほら居る。
ならば自分が可能な限り平穏に生きている自分とリアスに気付かれずに排除する。
そうすれば歪む事だってなくなる。
確かに自分達とは違う精神を育んだ結果、ハーレム王となってしまう可能性しかないのかもしれないが、それならそれで仕方ない。
「俺のような人間は一人で十分だ……」
「………」
奴等のような存在に壊されるよりかはよっぽどマシだ。
相棒の黒猫の質問に対して無機質で気力がまるで感じられない濁った瞳と共に淡々と返す並行世界における兵藤一誠の成の果てである怪物青年は数分前に殺害した『外からの引っ掻き回すだけしか能のない誰か』の遺体を、かつて彼女との時間により扱えるようになった『消滅の魔力』を放ってこの世からサッパリと消し飛ばすのであった。
堕天使・レイナーレの一件により存在を確認した謎の青年は、それ以降一切自身の管理する人間界の町で見かけることはなかった。
故にその存在も忘れかけていたリアスは、自身にかけられた望まぬ婚約話をなんとか回避することに成功したのもつかの間、堕天使による聖剣奪取の騒動の鎮圧に四苦八苦させられることになった。
その騒動事件の黒幕のなる堕天使の身柄を押さえにきた白龍皇の出現等の様々な要因が絡んでなんとか収束させられることには成功したものの、この件により自分の力不足を実感させられることになった。
その力不足感に苛まれつつも三大勢力のトップ同士による会談の際に襲撃してきたテロ組織をなんとか退け、夏休みによる帰省を使ってなんとかレベルアップをしようと考えていたリアスや眷属達は気付いてすら居ない。
「…………」
「そろそろ帰らない……? 冥界にまで来てリアス・グレモリー達を見る必要なんてないと思うんだけど。
それに私って一応はぐれ悪魔だから見つかったらかなり面倒になるというか……」
「別についてこいなんて言った覚えはない。
嫌ならそのままどこへでも消えろ」
「…………。そこまで心配する理由はわかるけど、マコトだってわかってるでしょう? もう既にリアス・グレモリーも兵藤一誠も違う存在として生きてるって……」
「………」
「………。はぁ、わかったわ。
そこまで頑固になられると、余計嫉妬したくなるけど気が済むなら手伝わせて貰うにゃん……。
一応白音の無事も確認できるしさ……」
わざわざ冥界にまで不法侵入してこの世界のリアスと一誠の様子を見続けているマコトに、唯一その存在理由を知り、相棒を自称するようになった黒歌がテコでも動かないとばかりにグレモリー城の庭で楽しそうにしているリアスや一誠達を城の城壁の上から気配を消しつつ双眼鏡を使って見続けている、別世界の一誠の成の果てにて姿や名前すら変えている青年ことマコトに対してため息を吐く。
「……………」
(歪まなずに普通に生きたって時点で、兵藤一誠はマコトとは根の部分から別人だし、リアス・グレモリーだって違うってわかってるくせに……)
「……………」
(相変わらず他には目もくれない。
本当にリアス・グレモリーが好きだったのは嫌でもわかってるけど、いくらそうやって見てた所でマコトの思うようなリアス・グレモリーには絶対になりえないのも解ってるのに、何で諦めないのよ……)
成の果てとなっても尚、どれだけ中身が違っていてもリアス・グレモリーの事となるとすぐに何かをしようとする癖に他の事にはまるで関心がない。
つい最近も禍の団なんて三大勢力側からはテロ組織呼ばわりされている組織の長――オーフィスが直々に自分達の前に現れ、マコトに対して直接仲間になれと勧誘した時もマコトは応じなかった。
オーフィス曰く、『自分とは異なる無限』を持つマコトに興味があったのと、異なるとは言え無限という領域に立つ同類故に近くにいると安心する……と小柄な少女の姿で言い出した時はちょっとムカッとなったけど、マコトはといえば寧ろそんなオーフィスの姿と言動に嫌悪でも持っていたのか、外部の存在を八つ裂きにするときに出る罵倒よりもある意味酷い暴言を吐きながら、オーフィスを一撃で殴り飛ばして追い出したのは記憶に新しい。
「あれからオーフィスに集まってる連中からの襲撃もないけど、やっぱり他の連中はマコトの存在を知らないのかな?」
「さぁな……」
「それかマコトに引く程ズタボロにされたから言うに言えないとか? どっちにしてもオーフィス的にはマコトの異常性に対して仲間意識があったっぽいけど……」
「反吐がでる」
「やっぱ辛辣にゃん……」
オーフィスに対して一言で吐き捨てるマコトの辛辣さに黒歌はただただ苦笑いしかでてこない。
まるでチンピラの喧嘩のような荒々しさでオーフィスを八つ裂きにした後、どうしてそこまでしたのかと聞いた時マコトは忌々しそうに話してくれた訳だが、どうやらマコトが一誠として生きていた世界でも少女の姿だったらしく、しかもその姿で外からのお男と宜しくしてたとか、その外からの男の敵だからとリアスや自分に対して殺しにかかってきたかららしい。
確かにこの世界のオーフィスとマコトが生きた時代のオーフィスはそういった男との出会いもないので別物ではあるにせよ、散々殺しにきていた存在から今度は同類で安心するから仲間になってくれだなんて言われたら複雑にも程があるだろう。
よくよく聞けばマコトの世界の自分ですらその男と寝ていたと聞いた時はちょっとどころじゃなく凹んだのだから。
「怖くて聞けなかったけど、マコトがイッセーとして生きてた頃の私ってその後どうなったとかわかる?」
「確か白髪の妹もろとも俺がぶっ殺した気がする」
「あ、そう……」
どうやらその後の末路も碌なものではなかったらしい。
つまり下手をすれば自分だってあの時のオーフィスのように八つ裂きにされていたのかもしれなかった訳で、よくもまあ不安定ながらも今の関係に落ち着けているものだと黒歌自身ですら今の状況を奇跡的だと思う。
「それじゃあオーフィスのように私を殺してやりたいとか思うんだ?」
「いや、お前は白髪の妹と一緒になって奴と寝てた所を襲撃したついでに消し飛ばしたから逆に何も思うものがない」
「安心して良いのか微妙なところだにゃーん……』
印象になさすぎたせいで八つ裂きにされずに済んだ。
逆を言えば居ても居なくてもどうでも良いと言われてると同じと理解した黒歌は複雑な眼差しをマコトに送るも、そのマコトの視線は常にこの世界のリアスに向けられているので届くことがない。
(そうやって割りきれる所は割りきれるのに……)
「チッ、ゴミ共が。
今ちょっとリアスちゃんとこの世界の俺というか――イッセーが良い感じになってたのに邪魔してんじゃねー……」
厄介なカプ厨みたいな事を独り言のようにブツブツ言いながら双眼鏡で覗いている姿は正しく変質者そのものだし、それに付き合ってる自分も正しく頭がおかしいのかもしれない。
「最近白音もどうやら彼に好意を持ってきたみたいだし、このままだと本当にハーレム王ってのになるんじゃない?」
「そこだけはどうしても理解ができない……」
「マコトにしたらそうかもね……」
「俺の場合そういった真似をした奴が奴だったせいでもあるからな……」
しかしそれでも、多分ただの偶然でただの気まぐれで助けられた恩がある黒歌は変質者ムーブを絶賛更新中の、マコトの傍に居ようと思う心は変わらない。
例えこれから先もリアスだけしか見続けなかったとしても……。
「……………」
「なんのつもりだ……離れろ」
「良いじゃん、ちょっとくらい腕組んでも……」
後ろばかりで前どころか横にすら向こうとしなくても、報われぬ真似をし続ける、最早名前すら失った青年に付いていこうと決める黒歌は、ちょっと凭れるように腕を組んだ瞬間冷たく突き飛ばされてしまうのであった。
「敵意って意味じゃなく、リアス・グレモリーを妬ましいと思うにゃん……」
「………」
終わり
補足
生きてる理由がこの世界のリアスを陥れようとする輩をとにかく消しまくるだけ。
平穏に生きたが故に根の部分が『リアスちゃん』じゃないのはわかっていても消しまくる。
その結果は現在変質者のようになっているとか。
その2
そんな彼に律儀にもついていくのが彼女なのだが、ある意味で徹底してるその精神のせいでリアスに嫉妬心すら芽生えている。
その3
直で勧誘にきたオーフィスは可哀想なレベルで八つ裂きにされたらしい。