何物にも縛られぬ『自由』を掴み取る為に俺は進化をし続けた。
けれどやっとこさ掴めた自由という名の頂から見えたモノは何もなかった。
共に駆け上がっていた親友達は途中で昇れなくなっても、それでも俺はドライグと共に駆け上がってきた。
そして到達した
何もない。
何も見えない。
そして上を見上げてもこれ以上駆け上がれるものすらない。
確かに俺達は何物にも縛られぬだけの領域に到達したのかもしれない。
その為に俺は悪魔であろうがなんだろうが全てをねじ伏せてきた。
殺して、殺して、殺しまくって――俺を止めてくれていた親友達を失っても尚駆けてきた先に掴んだ『自由』は、果てしなき『不自由』だったと気づいた時から俺は最早生きる意味を見失ってたのかもしれない。
だから俺は最後の最後まであの白音には勝てなかったんだと今なら思える。
はた迷惑な情なんぞを俺に向け続け、それだけを糧に俺と同じ――いやそれ以上の領域へと到達したあのガキの執念に俺は負けた。
そんな俺が生まれ変わった今、果たして勝てるのか。
時間の概念がない場所で眠り続けているとされる、子の世界では神のように扱われているようなあの白猫に。
ハッキリ言えば自信なんてない。
心身共に絶頂期だった頃の
この世界で生きていく内に、この世界の畜生共――いや、人間ではない連中達の中にも『色々な背景』を持ち、人間のように悩んだり絶望したりする者が居ると知ってしまった事で、非情になりきれなくなってきている俺が――比例して少しずつ消え始めている俺の異常なる心を無くして勝てるなんて思えない。
ドライグが言っていた通り、下手をすればあの馬鹿猫にこの世界を喰い壊され、俺は生きたまま奴に飼われ続ける事になってしまうのかもしれない。
散々他人を殺しまくった殺人野郎が迎える末路としては相応なのかもしれないが……。
流石にこの世界の人間達を巻き込む訳にはいかない。
………………ほんの少しだけだけど、この世界を生きる人じゃない連中達もだけどよ。
だがそんな連中の中には、あの馬鹿猫のヤバさを知らないせいか、神聖視するアホが居やがる。
実物を見たらただの寸胴胸なしのクソガキにしか見えねぇってのにな。
奴の弟子を自称する理事長曰く、奴の存在は一部界隈で認識されていて、奴の神にも等しき力を欲する者も居ると聞いた。
その欲する者のひとつが、最近狸理事長から聞かされた組織。
その組織の最終目的が何なのかはまだわからないが、その目的の一つに伝説となっている白音をこの世界に呼び寄せるというものらしいが、俺からしたらバカの極みでしかない。
だから俺は、奴等の行動を封じる為に密かに動いている。
………全盛期よりも先の領域へと到達するまでは他の連中に余計な真似をされては瞬く間にこの世は終わるからな。
不満を大爆発させた裏萌香との予期せぬ雪山ファイトに気を取られたせいでみぞれが何者かに拐われてしまった。
それでもまだ怒って襲い掛かる裏萌香を本気で押さえ付けた月音は、若干の引っ掻き傷を顔のあちこちに作りながら、里に戻ってみぞれの母に事情を説明することに。
「先程こちらにも連絡がありました。
どうやら娘を連れ去ったのはこの里の長である『雪の巫女』でしたわ」
「雪の巫女……?」
流石に自分のせいでみぞれが拐われたせいもあるのか、つららに対してかなり下手に出ている月音は雪の巫女なる存在を聞いて眉を寄せる。
「どうやらみぞれが里の者ではない男性と出歩くのを発見し、拐われそうになっていると思ったようで、保護のつもりで連れ去ったようですわね。
……萌香さんと戦闘を繰り広げていたので簡単に連れ出せたと……」
「…………」
「ふんっ!」
話を聞く限りではその雪の巫女という者は敵ではなく、勘違いでみぞれを保護しようと動いたらしい。
それを聞いて少しだけ密かにホッとなる月音はすぐ隣でまだ怒っていた裏萌香につけられた引っ掻き傷を擦る。
『ご、ごめんね月音? 完全に意識がなかったから止められなくて……』
「随分と派手にやってたのね……?」
「私は悪くない。月音が悪い」
「……………」
生々しい引っ掻き傷が少しずつ消えていく中、あくまでも自分は悪くないと言い張る裏萌香に、月音は敢えて好きに言わせてやることにした。
ここで対抗したら話が余計ややこしくなりそうだったのと……何より裏萌香の力が前より上がっていてそこそこ手を焼かされるだけ今の自分が余計に弱くなっている状態に嫌でも気付かされてしまったからだ。
『適応する力までも弱まっているか…』
「………」
それは確実に月音――否、歪んだ人生を歩んだ一誠としてのアイデンティティが更に小さくなってしまっているという証拠でもあった。
「…………。つまり白雪は無事って事で良いんですか?」
どちらにせよ今はみぞれの安否の確認だと、つららに尋ねる。
「無事は無事でしょう。
しかしみぞれ本人からすれば恐らく――」
「?」
その質問に、みぞれの母である白雪つららは内心ちょっとだけ驚きながらもうなずくがその表情はどこか複雑なものだった。
「みぞれが何故月音さんを外に連れ出したのかの検討はついています。
きっと『花納め』の儀式の前に月音さんに打ち明けようとしたのでしょう」
「……。確かに白雪もあの時『時間がない』とは言っていましたが……」
「ええ、花納め儀式には里の大人しか知らない本当の意味がございます。
それは、雪の巫女から授かる予言によって結婚相手が決められるというものですの」
「え!?」
「そ、そんなのって……」
「我々は皆そうでした。
恐らくみぞれは知らずとも予感はしていたのでしょうね。
だからきっと『賭け』で月音さんと……」
『……………』
雪女としての事情を知り、そしてみぞれがそれを回避する為に月音を連れ出したと知った胡夢達のなんともいえない視線が腕を組みながらそっぽを向いていた裏萌香に向けられる。
「な、なんだその目は!? わ、私は悪くないぞ! だ、第一そうだとしても月音自身が断れば破綻していたし、月音の性格上、断っていただろう!? そうだよな月音!?」
「まぁね。
悪いけど事情だなんだを聞いた所で俺は断ってた。
もっとも、それを言う前にこのぽんこつが乱入してきたわけだけど……」
「ほ、ほら見ろ!」
「……。でしょうね、みぞれがどれだけ月音さんに想いを抱いても月音さんの意思がそうではない以上はどうしようもありませんでしたから。
それはみぞれ自身が一番わかっていたでしょう、けれどそれでも――」
「………。置物でも形式でも―――イリナとゼノヴィアの次でも構わないから、傍に居させてくれ……って言ってたなあの子は」
まるで自由を掴む為に形振りかまってられない頃の自分のようだったと密かに思い返しながら、苦い顔でみぞれの事を話す月音に、流石の裏萌香も罪悪感が出てきたのか俯いてしまう。
「ゼノヴィアさんとイリナさんの次でも構わないですか……」
「そこまで言うなんて、相当本気だったのねあの子」
「ちょ、ちょっと悪いことをしてしまったのかもしれない……」
一誠としての過去を知っている胡夢や紫や瑠妃は、月音として生まれ変わった今でも彼にとってその二人が特別な存在であることを知っており、そんな二人の次でも良いから受け入れて欲しいと言ったみぞれが相当なる覚悟をもっていたことを悟り、同じく知る者の一人である裏萌香は叱られた犬のように小さくなっていく。
だが逆にそれを知らない心愛等はゼノヴィアとイリナという名に首を傾げ、つららは知らないと同時に最初から月音に脈なんてなかったのだと密かに絶望する。
「雪女は生殖期間が他の種族よりも極端に短いのです。
10代中頃から20代の中頃……故に種の存続は一族としても個人の恋愛よりも優先されること。
そしてみぞれは賭けに負けた――それだけの事なので皆さんは気になさらないでください」
「………………」
そう、どれだけ想っていても相手が受け入れられなければどうにもならない。
ましてやこの月音という少年にはどうやら思っていた以上に難解な男性であり、その壁を乗り越えられなかったのは娘の力不足だったのだから。
「元々おたくらの事情なんて気にしてもないし、白雪の想いとやらを拒否したことに対する罪悪感もない」
「…………」
『…………』
受け入れなければ悪だとするならそれで良いと完全に割りきっている月音の言葉に空気が沈む。
「俺なんて何百とナンパしても全部拒否られてるしな……」
『………』
「そもそも彼女は多分、俺と云々以上に自由が欲しかったんだろう。
その為に俺を利用したことはちと気に食わんが……正味その気持ちはわからないでもない」
かつてその為に進化をし続けた月音は首の関節を鳴らしながらつららに問う。
「一応の確認ですが、結婚相手とやらが決まったら学園は辞めなきゃならないのでしょうか?」
「え? え、ええ……恐らく。
何分時間がありませんから……」
「……。じゃあ母親として娘である彼女はそれを望んでいると思いますか?」
「………いいえ、あの子はきっとお友だちが出来て楽しそうでしたから」
「………………………」
種族としてではなく、母親としての気持ちを確認した月音は内心ため息を吐く。
下手な人間より人間らしい回答を聞いてしまったので。
しかしその言葉を聞いた月音はある意味で踏ん切りもつけられた。
「じゃあ仕方ない。
彼女が学園の生徒である以上、学園生活を望むというのなら……動くしかない」
彼女も借りがある相手の一人。
受け入れることは無理だけど、自由を獲る為のフォローくらいはできる。
つららや驚いた顔をする萌香達の視線を受けながら月音は裏萌香から受けた引っ掻き傷を癒すと、瑠妃を呼ぶ。
「腕章をくれ」
「は、はい……!」
瑠妃から公安と書かれている腕章を受け取り、左腕に嵌めて席を立つ。
「20代中盤までガキが作れるなら高校卒業くらいまでの猶予はあるだろう? だから彼女は学園に連れて帰らせてもらう。
………借りもあるしね」
『……』
全ては借りを返す為に。
「はぁ……ほんと、最近自分で自分がわかんねーや」
補足
無神臓が少しずつ萎んでいくせいで実は初期より弱くなってたりする。
なので実は内心焦りがあったり。
その2
理由は精神の矛盾なのだが、自覚しつつも借りを返す為に無理矢理な理由で彼女を連れ戻すことに(ちょっと暴れたかったというのもある)