今年も新入生達に恵まれている陽海学園だが、在校生達からしたら心配の種にしかならない。
その理由は、去年入学した一人の男――
「去年より公安委員会に所属することとなり、今年は副委員長となりました橙条瑠妃です!
そしてこちらが委員長である青野月音です」
「……………………………………」
一見すればただのヒョロい男。
とてもじゃないけど、正体が強い妖怪とは思えぬ優男。
学園一の美少女と揶揄される者やそれに準ずる女子達の腰巾着よろしくに常に共にいるだけに見える男。
されど在校生達や教師達の殆どは恐怖と共に刻まれている。
「正直やる気なんぞまるで無いけど、御子神典明のボケに言われて嫌々今年も公安委員長にさせられた者だ。
まず最初に言っておくが、俺は先代までの虫けら共と違ってまともに運営させる気なんてない」
この男は――――狂暴だと。
「この学園の外でなら好きなだけ殺し合いをしようが、校則違反をしてくれても構わない。
そのかわり、学園の施設内では控えろ。そして人間を含めた一般人への粗相は決して働くな。
この学園が存在する理由が『人間達との共存』である以上、最低限それだけは貴様等のノミ以下の脳ミソに刻め」
『…………』
「もしこれを破れば、俺がわざわざぶち殺す為に出張らなきゃならなくなるわけだ―――――たかが貴様等みたいな虫けら風情をな?」
『……………』
案の定、眼下に整列する新入生や在校生――はたまた教師達に向かってチンピラムーブをかます、先代公安委員会を崩壊させた後に就任した現公安委員長に、ある程度の反抗精神がある在校生達は睨み、血の気の多い新入生達は殺意すら放っている。
それは当たり前だろう、口調がチンピラな見た目優男なんぞに言われても説得力なんてないのだ。
御子神典明との契約で仕方なく『ある程度』人ならざる存在達への対応を軟化させていることなんて彼等が知るよしもない。
去年の大喧嘩騒動を経た事で、短気を直そうとし始めているなんて余計知らない。
「俺からは以上」
「えーと、公安委員会でしたー……」
『……………』
丸くはなっても破壊の龍帝はまだ残り続けているのだ。
去年のあの夏に、橙条瑠妃はある意味で我が儘が服を着て闊歩しているような存在と出会い、そしてそんな我が儘の極意に到達したような青年によって、師もろとも強引に救われた。
そんな出会いを切っ掛けとする形で知ることになった龍の帝王のあり方は、ある意味人からも妖怪からも拒絶される程に荒れまくっているのだけど、結局の所はそんな青年のお陰で師との『穏やかな日常』を手にすることができたのもまた事実だ。
つまる所、超絶に鬼畜だけど橙条瑠妃は青野月音という青年に対して恩義を感じている。
彼の提案によりひまわりの丘は守られたし、奪われない為の方法も教えてくれたし、昔のような優しい師に戻ってくれた。
………まあ、その月音がどうにも師に対してアレコレとコスプレさせようとするのがちょっと不満だけど。
「そう言えば月音さんは新聞部の部員さんでもあるのですよね?」
「一応はな」
入学式でいきなり全校生徒に喧嘩を売るような台詞を吐いた月音と瑠妃は、今現在もたった二人となる公安委員会に所属し、去年の大喧嘩の果てに新設された校舎の新たな公安委員会室にて、委員会としての雑務を行っている。
というのも橙条瑠妃は正式には生徒ではない。
実は本来の時空軸とは違って去年の時点で、月音の暴虐さ加減にアシストされる形で、生徒として編入する話が持ち上がったのだが、それを瑠妃自身が断ったのだ。
その理由は単純に師であるお館様こと『イリナ』から一般的な学習を教わっていたからなのもそうなのだが、公安委員会を月音単体で運営させたら、間違いなく教師含めた学園所属の妖怪達の半分は謎の失踪を遂げてしまう。
それを防ぐ為にも彼女は学生という立場でなく御子神典明が呼び寄せた協力者としての立場を選んだのだ。
「それよりお前は結局学生にはならなかったんだな」
「学生よりも公安委員会の顧問兼副委員長という立場の方が色々の動きやすいですからね」
「それって別に学生でも良いじゃん」
「寮生活を回避したかったからなのが一番ですね。
お館様を一人にはしたくありませんから……心配ですし」
「あぁ……」
「月音さんのせいで、最近のお館様はちょっと生活がだらしなくなっちゃったんですよ? ……今日だって春だというのに月音さんが持ってきた炬燵に籠ってみかんを食べながらダラダラしてましたし」
「真冬に炬燵持ってってやったら見事に嵌まってたからなぁ」
「月音さんがそうやってお館様にはかなり甘いというか、甘やかすからですよ……まったく」
そんな公安委員会は委員長と副委員長の二人しか所属しておらず、雑務も基本的に二人で行わなければならなず、せっせと二人で分担しながらこなしていく。
公安委員会なんてやってられないと悪態ばっかり付いているわりには、やはり根がどこか律儀なのと、なにより自分が放置したら瑠妃が一人でやろうとしてしまうのでなんやかんや職務には真面目だ。
執行となると一気に危険が危ない状態になるのがたまに傷だけど。
「話を戻しますと、顧問の猫目先生が引き続きこの公安委員室を新聞部の部室としても使わせて欲しいと言っています」
「………。それ断ったらあの猫女は俺にセクハラかましてきやがるし、了承する他ねーじゃんか」
「前も言ってましたけど、本当にそんな事をあの先生にされるんですか……?」
「前に風呂入ってたら全裸で飛び込まれたなんて事があったりはした。
最初は当然ぶっ殺してやろうとしたんだが、あのアマ、殴ると悦びやがるんだよ……」
「へ、へー……? それで?」
「いや、トラウマを思い出したからそれ以降はなるべく無視を決め込むことにした……。
なんで猫ってのはあんなんばっかりなんだ……」
「じゃあ例えば私が月音さんにセクハラをしたら殴るんですか?」
「……………。その時の気分によるが、キミとか仙童さんやイリナさんの事はなるべくそういう事はしたくないとは思―――」
「なんでですかっ!? そこはシバキ倒すって言ってくださいよ!? そもそも出会った頃の月音さんは私にお漏らしさせてもゲラゲラと笑う素晴らしさ――じゃなくて鬼畜さがあったのに!」
「やっぱマゾなんだな。
イリナさんが最近俺に困った顔して相談してくるんだが、あんま心配させんなよ……」
つまるところ、橙条瑠妃は今の生活に充実感を感じるのだ。
「ぐぬぬ……てっきり副委員長になれば滅茶苦茶な命令とか毎日されると思ってたのに、殆ど自分でやろうとするし……!」
「雑務をやって貰ってるのに、それ以上頼んだら悪いだろ」
「な、なんでそこで変な優しさを出すんですかー!」
『去年の件により、新聞部が正式な部活動として認められたのですが、活動は引き続き公安委員室で行います』
という、妙にハァハァしてる今年も担任となった顧問の猫目静に言われた新聞部の部員達は、意気揚々と『理事長脅して広く作らせた』らしい公安委員室へと入る。
そして入った瞬間――
「…………………」
「はぁはぁ……! あぁん……♪」
死んだ目をしている月音が、どこからどう見ても悦びながら地に伏せる瑠妃の背中をグリグリと踏んでいるという、『公安委員会とはなんぞ?』的な光景が広がっていた。
「る、瑠妃さんが土下座しながら頼んできたからって……」
「イリナさんにコスプレして貰おうとしょっちゅう土下座してたが、された側の気持ちが今わかったわ……」
何事だと騒ぎながら話を聞いてみると、世間話をしている中でマゾ気質を爆発させた瑠妃から土下座されたので、死ぬほど躊躇いながらも応じたというどっちもどっちな事情を聞いた萌香達は、どこか遠い目をする月音に微妙な顔をする。
「瑠妃さん、流石に引きますよそれは……」
「そりゃあ月音って鬼畜だろうけど、それって敵に対してだからね? 寧ろ敵って認識から外れた相手には結構律儀だし」
「どうしても出会った当初の頃の月音さんの鬼畜さを再現して貰いたくて……」
最初期以外は月音からの対応が相当に甘い紫や、去年の一件以降はそこそこな対応をされている胡夢は、わざわざ鬼畜な事をされたがる事に引くのだが、みぞれはどちらかというと瑠妃の気持ちもわからないでもないらしい。
「私は暴走した時以外からは月音に殴られたりはされた事もなくて……」
「それを言うなら私もですよ。
ただ、最初に出会ったばかりの頃は『ガタガタ抜かしてると窓から叩き落とすぞクソガキ』と言われましたけど……」
「そうなの!? 私が初めて会った時の月音さんって既に紫ちゃんに相当甘かったから、結構想像つかないかも……」
「逆を言えば『子供』としか見られてないって事なんですけどねー……」
実は密かにマゾに対するトラウマを、主にあの白音のせいでもっていたるする月音はこのタイミングで来てくれた萌香に内心ホッとしながらそそくさと委員長席に座り直す。
「あ……もう少し踏んで貰いたかったのにぃ」
「だったらそういうタイプの恋人でも見つけて思う存分頼めば良いだろ。
俺はどうにも最初っからマゾの奴は苦手なんだよ……」
「そのわりには戦う相手に対しては鬼畜連発じゃない。
主に裏萌香とかに」
「アレは別にマゾではなくて単なるアホだ」
『アホじゃない!』
「俺は逆らう奴とかをぶちのめすのは好きだが、ぶちのめされて悦ぶやつがマジで理解できないんだよ。
あの顧問の猫教師といい―――あの暴食バカ猫といい」
「あぁ……そっちの方だったのね白音ってのは?」
然り気無く裏萌香をアホ呼ばわりした瞬間、ロザリオから憤慨する声が聞こえるものの、月音はスルーしながら白音のせいでマゾが苦手だとカミングアウトするも、向かってくる相手を叩きのめすのは好きだと言う辺り、月音も月音で一誠時代からの精神の歪みを残しているだろう。
「月音も月音で歪んでるわねー?
何にせよ私はそういうのは勘弁ね……。
今さら月音に最初の頃みたいな対応をされたら嫌だし……」
「…………………………………」
「え、なに?」
「不思議だなキミってやつは。
見た目はビッチっぽいのに感性が普通というか……」
「ビッチって失礼ね! た、確かにアンタと最初に会ったときの行動を思い返せばそう思われても仕方ないけどさ」
「貶してる訳じゃないんだが……」
それに比べて、見た目はアレにせよ話してみればみるほど割りと常識人である胡夢は、妖怪とはいえ一種の感激を覚える。
「よりにもよって私を普通の感性と言える辺り、相当変な女としか会わなかったのね……?」
「自分の立場を簡単に捨てて一緒になってくれたイリナとゼノヴィアもある意味変わってたからなぁ。
そう思うとキミはイリナとゼノヴィアを足して2で割ってるって感覚だわ……うん」
「なによそれー? 褒めてるの?」
『人間ではない者に対してここまで言わせてる時点でお前はある意味快挙レベルだな』
「ふーん?」
月音ではなくドライグにそう返された胡夢は顔にこそ出さなかったが、ちょっと嬉しかった。
何せドライグを介して月音の過去を観た事でイリナとゼノヴィアという女性のことも観たのだが、どちらも確かな美少女だった訳で……。
(そりゃあの二人と一緒だったんだから、私達が何しても平然としてられるわね……)
まだ一誠としての過去を知らなかった頃に少しだけ話を聞いた時も、月音はイリナとゼノヴィアという二人の女性を語った表情が寂しげでもありながらどこまでも穏やかだった事を思い出した胡夢は、妖怪である自分達では太刀打ちできないと、密かに胸の奥がズキリと痛む。
(はぁ……。
散々な屈辱を与えられてきたってのに、あの時助けて貰っただけでこうなっちゃうなんて、お母さんが言ってたように、私ってチョロいのかしらね……?)
いつの間にか入れ替わってた裏萌香に詰め寄られている月音を見ながら小さくため息を吐く胡夢は、去年の一件で未だに残る肩部の傷跡を制服越しに触れるのだった。
一旦認識が変わると、それが妖怪だとしてもそこそこ律儀となる月音の極端さに少し複雑となる胡夢だが、そんな胡夢と月音の『楽しそうに見える』やり取りをロザリオの中から見ていた裏萌香は、とにかく納得いかないので、所謂社長椅子にふんぞり返っている月音に詰め寄っていた。
「い、何時からあのホルスタイン乳女と不埒な事をするようになったんだお前は……!?」
ホルスタイン乳女とは即ち胡夢の事であり、当初月音と胡夢は互いに毛嫌いしていた関係だったというのに、去年の反学派なる集団とのイザコザ以降、裏萌香時点的に相当納得できないやり取りをするようになった。
「そのホルスタイン乳女ってのはやめてよ……」
それを不埒な事と裏萌香は表の自分に我が儘を言って入れ替わって文句を言うのだが、月音はといえばそんな裏萌香を『残念な子を見るような顔』をする。
「おかしいな、俺が謝るまでは口を聞かないんじゃなかったのか?」
そう、表の萌香から裏萌香が勝手に怒ってて、謝るまでは口なんて聞かないと聞いていたので、謝る気なんて更々ない月音は完全に今まで裏萌香をスルーしていた。
「そっ……! そ、それはそうだが、お前は何時まで経っても謝らないし、ホルスタイン乳女に鼻の下伸ばすし……」
痛いところを突かれてしまって語尾が小さくなっていく。
「伸ばしちゃいねーし、仮にそうだったとしてもお前になんの関係がある? あ?」
「だ、だから……」
日増しにポンコツ度が上がっているせいなのか、それともバンパイアとしての運命を忘れて素になれる存在だからなのか……。
『そこまでにしてやれ月音』
『ちゃんとこの子には後で言っておくから、今回の事は許して欲しいわ』
その内泣きそうになっている裏萌香に助け船を出す二人の保護者位置になっているドライグと表萌香に、月音ははぁとため息を吐き……。
「へーへー、わかったよ。実家の両親に変な心配をかけたくなかったから来るなって言った俺が悪かったよ」
世紀の大喧嘩の果てに過去の無尽蔵の憎悪を少しだけ捨てることが出来た月音が初めて人以外の生物に対して折れ、すまんと謝った。
「………っ!」
その瞬間、しょんぼりしていた裏萌香の表情が一瞬で明るくなり……。
「わ……わかれば良い! し、仕方ないから今回は許してやろう! わはははは!」
やっぱりアホの子なことを言って笑うのだった。
「…………。このポンコツ吸血鬼女、いっぺん本気で泣かせてやろうか」
一気に調子に乗る裏萌香に、結局の所精神レベルが似てる月音はイラッとなるのだが、そんな月音と裏萌香のやり取りや、瑠妃が紫とみぞれに何やら力説しているのを見ていた胡夢がまあまあと宥めるのだった。
『そういえばあの子の事は言っておいた方が良いんじゃない?』
「む、妹のことか? そういえば普通に忘れていた」
「妹……?」
去年の春だったら、既にキレ散らかしていただろう月音と裏萌香の子供そのものな喧嘩はこうして奇跡的に平和に終結した。
しかしながら入れ替わってロザリオに人格が入っている表萌香が思い出したように妹の存在について話す。
『うん、私達の妹が実はこの学園に入学してたのよ。
名前は
「なん……だと……? こんなポンコツの妹とか既に地雷の匂いしかしないんですけど」
「私はポンコツなんかじゃないぞ! 妹の方はポンコツかもしれないがな!!」
入学式での『脅し』スピーチの時は全く気づかなかったが、どうやら新入生として萌香の妹が入っていたらしい。
悲しいかな、これがもし『本来のおっぱいドラゴン精神』の一誠だったのなら大はしゃぎでもしていただろうが、主に赤髪の女悪魔のやらかしによって、人格が凄まじくねじくれ曲がってしまった彼にしてみれば、残念ぽんこつバンパイアの妹というだけで露骨にめんどくさそうな顔だった。
「はいはいはい。
で、その妹がなんだって? キミ等の妹だとしても普通に興味とか無いぞ?」
『実はここに来る前にココアと一戦交えたのだけど、その時この子が月音について色々と話ながら返り討ちにしたのよね……』
「…………お前」
四六時中一緒に行動している訳ではなく、公安委員会としての仕事をしている最中に一悶着あったと聞かされる月音は、一悶着はどうでも良いにせよ、その最中に思いきり自分の名前を出されたのは頂けないと、ジトっとした目を表萌香の話を聞きながら裏萌香に向ける。
「わ、私は悪くないぞ? 確かにお前の事は話したけど、別に変な事は言ってないし……」
『変ではないけど、『月音は私と互角に戦える好敵手だ』なんて、互角だった時なんて一回しかないのにペラペラと得意気に話してたじゃない?』
「ほほーぅ? 俺と互角ねぇ……?」
本人が聞いてないのを良いことに、その妹ととやらには随分と調子の良いことを言っていたらしいと、無意識に首の関節を鳴らしながら不気味に嗤う月音に、ドライグも呆れたような声だ。
『お前はどうしてそう残念なんだ?』
「ド、ドライグまで私を残念って言うな! と、とにかく私は嘘なんて言ってない! 言っていないったら言っていないんだ!」
まるで子供の癇癪のように嘘は言ってないと言い張る裏萌香に、月音は一つため息。
「…………。まあ、微妙に納得はできないが理解はするよ」
確かに嘘ではない。
あの大喧嘩があったという事実がある以上、納得はしたくなくないが嘘ではないのだから。
『ありがとう。
それでこの子がそんな風に言うからココアったらきっとアナタに色々と絡む可能性があるのよ。
ココアは強いこの子の事が凄く大好きだから……』
「吸血鬼って無駄にプライドが高そうだから、得体の知れない野郎と互角なんて信じられないし認めません……ってか?」
『十中八九そうなるかも。
この子はドヤ顔しながら月音の事を話してて全然気付いてなかったけど、ココアったらずっと凄い顔してたのよ?』
「へ? あ、あれそうだったか? でも事実だし……」
またぽんこつムーブをかましている裏萌香もある意味鈍く、表萌香に続いて声を出す。
『敬愛している姉が同族ではなく、ましてや正体不明の男について好意的に話されれば、その妹からしたらその男が気に食わんって心理になりやすいだろう?』
『ドライグくんの言うとおりよ。
まだ封印されている人格の私が言ってたら違ってたでしょうけど、アナタが言っちゃえばねー……?』
最近は妙に息もぴったりになっている気がするドライグと表萌香からの説明でやっとわかったのか、裏萌香は遠慮がちな眼差して月音に話しかける。
「う……。あ、あの月音? もしもアイツが絡んできたら、その……ボコボコ程度に押さえて欲しいかなと。アレでも私の妹だし……」
いくらなんでも妹が八つ裂きにされるのは見たくはない裏萌香からの懇願に、月音は微妙な顔だ。
「一応カルシウムを接種してすぐにキレないようにしようって努力はするけど、その妹さんってのの態度次第だろ。
去年の件の手前、そりゃあ無意味に殺したりはしないようにはするけど、確実に喧嘩を吹っ掛けてると判断した時は微妙なんだよ……。
まだ頭に血が昇ると自制心が利かない時があるし」
『月音は人間相手だったら石を投げつけられてもヘラヘラ笑って済ませられるのだが、その反動とばかりに人間ではない生物への短気さは尋常ではない。
そのココアという、微妙に旨そうな名前の小娘がどんなタイプなのかは知らんが、コイツの地雷を悉く踏むタイプだったら……』
「だったら……?」
『…………不幸な事故が発生してしまい、退学して実家にお帰りになられる可能性は高いだろうな』
要するに、殺すまでとはいかないが、全治数十年程度にはメタメタにされる可能性が、その妹の行動や言動次第ではありえると月音の代わりに話すドライグ。
ここでない別の世界のとある少年に生まれ変わり、その世界で生きている内に出くわしたとある宇宙の王女三姉妹の末っ子のような、地雷全爆破踏み抜きさえしなければ今の月音の精神状態的に問題はなくなるだろう。
踏み抜いてしまえば――――
「見つけた! 本当にこんな所に入り浸っているのね! しかも入学式の時に訳のわからないことを言っていたヒョロ男と!!」
「………………」
1050年集中治療室行き・・・っ!! かどうかはまだわからない。
終わり
おまけ・無神臓の先へ……。
頼るべきものがドライグ……そして己の異常性であった月音は去年の大喧嘩を経て限りなくゼロへと消えた己の異常性を『取り戻す』事を放棄する決意を実は休校中に考えた。
『考えてみれば、お前の絶頂期を取り戻した所であの白音を完全に越える事はできない』
「だから無神臓を棄てろと?」
『完全に捨て去る事は無理だろう。
けれど取り戻すのではなく、新たな領域を俺達で開拓すべきだと思う』
「無神臓ではない新しい領域か……」
『今でも可能な『技術』までは棄てる必要はない。
切り札である『融合』とかはな……』
大喧嘩の果てに一誠としての全盛期は取り戻せないと理解した月音は、ドライグの言葉を受けて無神臓ではない新たな領域を掴む為にトレーニングのやり直しをすることに。
「俺は本当に終わらせる事ができるのかな……?」
『わからん。
正直白音の到達した領域は全盛期の俺達よりも更に次元が上だったからな……』
「下手したら殺されて終わりか……」
『いや、殺されるというよりは奴に飼われるだろうな……』
「………………絶望にも程があるぜ」
その2……赤き龍帝の血。
切断された腕を、赤龍帝の血を加えた事で接合することができた胡夢は最近思う。
「最近ずっと凄く身体が軽い……」
すこぶる身体の調子がよかった。
どれくらい良いのかというと……。
「せいっ!! ――――あ、あれ?」
萌香と月音の大喧嘩を見て自分の力不足を痛感した事でするようになった、接合した腕のリハビリをかねた自己鍛練の際、冗談半分で大岩を叩いたら粉々に粉砕させてしまったり……。
「遅いっ!!!」
最近よく組んでトレーニングするようになったみぞれ相手に圧倒的な速度で翻弄してみせたり。
「お前、そんなに強かったか? それになんだあの分身の術みたいなのは?」
「それが私にもわからなくて。
最近ずっと身体の調子が良いというか、力がみなぎるというか……。
もしかしたらだけど、腕をくっつける時に使った月音の血に何か関係があるんじゃないかなって……。
前にドライグが言ってたけど、月音の血って取り込んだ者の強さを引き上げられるって言ってたし」
「む……という事は私も月音の血を浴びれば強くなれるのか?」
「多分。
でもドライグも言っていたけど、弱い者が取り込めば逆に毒になりかねないんだって。私が特になにもないのは、イリナさん用に調整した血を取り込んだから……かしら?」
「………イリナというと月音が一誠の頃に仲が良かった二人の女の片割れと同じ名の魔女だな? つまりその魔女も今のお前のようにパワーアップをしているのか?」
「それはわからないけど……」
その異質なパワーアップの理由がひとつしか思い当たらなかった胡夢は、みぞれの提案でお館様と呼ばれし魔女の自宅へと訪問してみることに。
「瑠妃から話は聞いた。
お前がアイツの血を取り込んで腕を治したとな」
「ええ、それでアナタも月音の血で身体を治したって聞いたから気になったから来たのだけど……もしかして腕力とか凄いことになってたりしてない?」
「いや、私の場合は死にかけた肉体がかなり丈夫になってしまった程度だ。
ただ、確かにアイツの血を取り込んでからは私の魔法力が跳ね上がったりはした」
「ということはやっぱり月音の血が……」
「そうなっていると見て間違いない」
月音が持ってきた炬燵にくるまり、お饅頭とお茶を飲みながら語るお館様こと魔女・イリナは、死にかけていた肉体が血によって回復したばかりか、血色等も若い頃と謙遜ないものへと戻っていた。
「それにしてもその格好はなんなの?」
「まるで瑠妃みたいなゴスロリファッションだな……」
「い、いやこれはアイツがどうしても着てくれって言うから瑠妃に借りて……」
「「……………」」
こうして色々と知ることが出来た胡夢は、みぞれと共に暫く彼女のもとで修行をすることになるのであった。
その3――ドラゴンとバンパイアの不倫現場。
新学期にて漸く月音と再会できた妖怪少女達。
それは自動的に表萌香とドライグの再会にも繋がる訳なのだが……。
「うふふ、久し振りにドライグくんとこうして触れあえるわ……♪」
「わかったからそんなに引っ付くな。歩きにくい」
「わかっているけど、暫く離ればなれでお話もできなかったから……」
新学期早々、下手に暫く離れていたせいか余計不倫現場レベルが上がってしまったらしく、美少女というにはあまりにと艶かしい――大人の女性めいた色気を醸し出しながら月音と精神を入れ替えているドライグに身を寄せながら、学園周囲にある海が一望できる崖に二人で腰かけていた。
「こうして見ると、私とあの子みたいに月音とドライグくんが入れ替わると見た目が少し変わるのね?」
「? そうなのか?」
「あと匂いも月音と違うわ……」
「それは流石に気のせいだろ……」
「ふふ、私だけがわかるのよ? ふふふ……♪」
龍であるドライグに対して実に積極的な表萌香なのだが、現在そんな二人と入れ替わっていたりする月音と裏萌香にしてみたら苦いコーヒーか烏龍茶が欲しくてたまらないし、なんというかやはり気まずい。
『こ、コーヒーが飲みたい。ブラックの……』
『初めてお前と意見が一致したよ。俺は渋い烏龍茶とかが飲みたい……』
『べ、別に悪いことではないのだがやっぱり不倫現場を見せられてしまっている気分になるぞ……』
感覚も共有されているので、表萌香がドライグにひっつけばその感覚は二人にも伝わってしまう。
それ故に気まずい。
『っ!?!? い、今表の私がドライグに……ち、ちゅーしたぞ!?』
『一々言葉に出すな!!』
『だ、だってこれでは自動的にお前と私も同じことをしている事に……』
『感覚の話であってそうはならねぇよ! てか嫌だよ! 何が悲しくてお前みたいなぽんこつ吸血鬼女となんぞ……!』
互いの親のイチャコラ現場を見てしまった連れ子同士の気まずさは、きっと今後も続く………か?
終了
無限の進化ではない道を選ぶ決意をした少年は基礎に立ち返る。
「理事長のボケが金を積んでまで俺にモノを頼むもんだから、様子を見に来てみれば――どういう状況なんだ?」
かつてちっぽけな子供から歩み始めた道とは違う場所を目指して歩む事で掴むバトルスタイル。
「つ、月音!! ど、どうしてここが……」
「言ってて自分でも気色悪さしかないが、腹の立つことにキミ等の気配はドライグと一緒に完全に把握しててね、それを辿って来たんだよ」
カルシウムを摂取することで、短気さを抑えようとしたことで掴んだバトルスタイル。
「で、そこに居るバカそうなガングロ山姥はなんだ?」
「ば、バカそうなガングロ山姥て……、
あ、アタシと萌香ねえさまの姉よ……。
名は――」
「名前なんてどうでも良い、どうせこれっきりだろうし。
その姉ってのが、何で妹をぶっ殺そうとしてるんだよ?」
「は、話せば長くなるんだけどカルア姉さんはうちの家――朱染家No.1の殺し屋なのよ。
そ、それでアンタとは別ベクトルで『話が通じない』タイプで……」
バンパイア一族の姉妹だと聞かされ、右半身がどえらい事になっている姉について、怯えながら話す末っ子。
ある理由でぼろ雑巾にされ、ガン無視され続けていたココアという末っ子と初めてまともに会話をした月音は、裏状態となっている萌香をどう見ても殺そうとしている二人の姉を見据える。
「なぁにアナタは?」
「……………」
あぁ、なるほど話が通じないというのは、キレた時の自分みたいなという意味だと泣きながら殺意を振り撒いている姿を見て鼻で笑う。
「や、やめろ月音。
姉さんは私が止める……! お前は――」
「黙れぽんこつ。
身内の情が乗り過ぎて本気すら出せずに追い込まれてる状況で強がるな」
「ぽ、ぽんこつ言うな!」
なるほど、キレた時の自分はきっと泣きはしないがああなんだなと客観的に理解した気がした月音は、身内への情で本気が出せずに傷を追っていた萌香のもとへと一瞬で移動し、襟首を掴んで共に来た瑠妃に向かってぶん投げる。
「その子達の治療を頼む。
……まったく、よもやこの俺が人間じゃねぇ奴等にこんな行動を取ることになるとはね」
「わかりました月音さん……!」
「ま、待て月音! 姉さんを――」
「心配しなくても事前にのむヨーグルトを飲んだし、今日の俺は実に穏やかだよ。
だから殺しゃしねぇ……ここに来るまでに目についた連中だって、全身をグチャグチャにしはしたが、死んではいない」
「う……うぅ……! アナタも邪魔をするの?」
パキパキと首を鳴らしながらニヒルに笑う月音に、右半身がメタモルフォーゼしている姉が泣きながら殺意を放つ。
「邪魔じゃない。公安委員会の出張サービスだ」
そんな殺意を前に月音は新たな領域を解放する。
「あんな戦い方をする月音は初めて見る……」
「初めて……? というかカルア姉さんが完全に子供扱いって……」
「月音の戦い方に技術はない。
圧倒的なスペックで技術ごと捻り潰す戦いかただった。
だが今のアイツは……」
『ドライグくんが言ってた……。
月音は一誠の時に積み重ねたものを放棄して、別の領域へと一から鍛え直したって」
途中から全開状態となった姉でも子供扱いする月音に、今までまともな月音の『戦闘』を見なかった心愛は、心底驚き――
「ぅ……そ……? あ、アナタは一体……!?」
「? 本当に俺を知らないのか……。
てことは少なくともあのぽんこつはベラベラと余計な事は話さなかったわけか……」
「さ、さっきからポンコツってモカちゃんの事を言っているけど……」
「あ? ぽんこつはぽんこつだ。
アンタも大分ぽんこつ入ってるし、この世界の吸血鬼共は総じてそうなのか? まぁ良いや、そろそろ終わらせてやる」
「!?」
全力となっても歯がたたない謎の少年に刈愛という者は初めて心の底から『恐怖』をした。
異界にて最強最悪とまで呼ばれた龍の帝王を……。
「旧・禁手化」
龍の帝王の鎧を纏うその出で立ちと、雲の上に海が広がっているかのような感覚を覚えさせる程に異質な力の波動は、はっきりと彼女に恐怖を植え付けた。
「チッ……ホント弱くなったな俺。
全盛期の京分の一って指摘も強ち間違いじゃないかもな」
「……は?」
しかも小さく毒づいた彼の言葉が本当だとしたら……。
そして思い出す――
「お、思い出した……アナタは確か去年霧亞を殺した―――ぴぎゃ!?」
目の前の男が去年突如現れ、そして『組織』から『出くわしたら命乞いをするか全力で逃げろ』と伝達された者だと。
だがそんな事など知るわけもない月音は、久し振りの旧禁手化の試運転とばかりにカルアを――
「地獄の九所封じのその一! 大雪山落としィィッ!!!」
「ゲゲェー!?」
「その二と三! スピン・ダブルアームソルト!!」
「ごばっ!?」
「その四と五! ダブル・ニークラッシャー!!」
「ひぎぃっ!?」
全身を丹念に破壊していく。
「その六! カブト割りィィッ!!!」
「ギエピー!?!?」
「え、ほ、本当に殺さないのよね? ど、どう見ても殺す気満々だし、カルア姉さんから聞いたこともない悲鳴が……」
「つ、月音は一応言った事は守る方だから大丈夫だろ………多分」
『あ、姉さんが泣いてる……』
「その七! ストマック・クラッシュ!!」
「ごぼべばぁっ!?」
全身の急所を文字通り封じられてしまい、最早この時点で勝負はついていたし、なんなら先にメタクソにされた組織の者が死にそうな足取りでやって来ているのだが、止めることもできずにガタガタと震えているだけ。
そんな中、既に立つことも儘ならなくなっしまった朱染刈愛は唐突に全身に鎧を纏った怪物に手を掴まれ、無理矢理引き起こされる。
「その八……ダイヤモンドパワー!」
「いっ!?」
そして鎧全体がダイヤモンドのような輝きを放ち――
「ラストワン……! 完璧零式奥義――――
「ひぃぃぃっ!?!? も、もうやめ―――
―――――千兵殲滅落としィィィッ!!!!」
「ヤッダーバァアァァァァアアアアア!!!!?」
こうしてまた一人メタメタにされるのだった。
………かはわからない。
終了
補足
大喧嘩の末に『丸く』はなったけど、なったのは丸くなる理由となった子達に対してのみなので、その他には基本塩対応。
ちなみに紫ちゃまとお館様には一番最初以外は例外なしでずっと対応がチョコレート。
次点が瑠妃さんと急上昇で食い込んだ胡夢さんで、対応としては金平糖。
みぞれさんは特に害もないのでミネラルウォーター
最後が裏萌香さんで……塩飴くらい。
ちなみに銀影先輩は状況次第だと突然肩組ながらバカ笑いする関係で、猫目先生は――お察し。
そして例の子は――多分ハバネロなんじゃないかな。
唯一まったくその枠に嵌まってないのが表萌香さん。
理由はドライグと不倫みたいなことばっかりで、そのせいか最近言うことを聞いてしまうことが多くなってるから。
その2
そのハバネロも、お姉さん方と出くわしたら一気に変わる可能性が大。
なにせ、地獄の九所封じから零式奥義ぶちかます程度にはマジになっちまうし。