確立させていた『心の主柱』が少しずつ壊れていった事で、永続的なる進化という異常を殆ど失った。
決定的だったのは、人ならざる存在を例外無く殺しまくった青年の生まれ変わりの少年が、過去への決着という思惑があったとはいえ、その人ならざる存在達が集う地に踏み込んだ事であろう。
その地にて、変わり種といえるであろう人ならざる者達と知り合い、そんな者達と過ごしていく内に青年の根にあった『果てしなき殺意』が無意識に薄れていき、やがてある一つの『大喧嘩』を経た事で、彼に宿っていた『人ならざる存在達への果てしなき憎悪を糧とした進化の異常が』意味を為さなくなってしまった。
それは明確なる弱体化だ。
されどそんな青年と共に戦い続けた相棒であり、時には父親代わりでもあった龍の意思は、弱くなってしまっ青年の現在の方が、あの歪を極めた頃の精神よりも余程好ましく、ある意味原点に返っていると言っていた。
確かに今後の事を思えば、青年が歴代最強にて最悪で災厄とも揶揄される最後の赤龍帝と恐れられた領域まで到達できた要因たる『無尽蔵の進化の異常』が消えたのは痛手なのかもしれない。
ただでさえ、兵藤一誠から青野月音へと生まれ変わった時点で肉体のレベルも全盛期から程遠く弱体化をしてしまっているのだ。
しかし、あの憎悪にまみれた日々を過ごすよりは、青野月音としての特異性を知っても尚変わらなずに接してくれる人ならざる者達との平和ボケをした日々を見守る方が相棒の龍は好んでいた。
最後の宿主が弱くなり、二度と同じ領域へは戻れなくなってしまったのなら、己がその分宿主の力になって埋め合わせればいい。
凄惨で、救いもなく、誰にも受け入れられない人生を歩み続けていた少年を誰よりも近くで観てきたからこそ抱いた龍は本心からそう願うのである。
それに、そんな少年の力を前に恐怖ではなく挑戦する心を燃やす変わり種の吸血鬼の小娘が、短期間で驚くべき成長を遂げ、月音と大喧嘩をしてみせたのだ。
それは新たな可能性を意味するものなのだと、赤き龍は憎悪による境地ではない新たな境地に最後の宿主であり、相棒である少年が到達してくれると信じて、今日も見守るのである。
「……………。やっぱり戻らないとダメか?」
『ダメだろう。
例の鬼神だかなんだかが唯一あの白音へのてがかりだし、なにより退学したとしてもあの小娘共が毎日のように家に押し掛けて大騒ぎするに決まっている。
無神臓を失い、一誠の頃の領域は取り戻せなくなった今、お前は一誠の時代とは別の観点から進化をしなければならんのだ』
「それだったら別にあんな所にわざわざ通わんでも……」
『この世界で俺達のまともな鍛練の相手になれるのは現状モカ達だけだ。
裏の方のモカにそれを言ったらどうせはしゃぐから言わんが、そうだな……今までは殺して終わりにしてきたのを『利用』する方向に舵を切ってみろ』
「利用ねー……」
そんな青野月音は、去年学園全土を破壊する規模の大喧嘩をしでかした張本人として半年程休校&謹慎処分のお勤めを果たし、新学期となった本日久々の登校をする為に学園行きのバスに乗っていた。
乗客は月音と月音に宿る赤き龍ことドライグのみなのだが、こんな調子で月音は休校&謹慎コンボにより実家に戻った影響か、学校行きたくない病になっており、バスに乗っているのにも関わらず往生際悪く帰りたいと連呼する。
実家に居た時は専ら部屋で寝ては起きて外にでてトレーニングをする日々であり、それ以外の日は去年の夏の騒動で知り合う事になった魔女のもとに乗り込んでは、色々なコスプレをさせまくるという……人間レベルでもニートとしか思えない生活だった。
「正直、ひまわりの丘ん所のイリナさんちに行ってるほうが精神的にも楽しいんだが……」
『あの魔女もお前が色々な服を着させるせいか、丸くなったもんだ。
だがお前がそうやってあの魔女に肩入れするせいで、弟子の小娘が不機嫌になるって気付いてるのか?』
「さぁねぇ……」
そんな月音を相棒として時には口煩く言うドライグのお陰で、嫌々ながら登校をすることになった訳で……。
そうこうしている内にバスは怪しいトンネルを抜け、怪しい山道を抜け……常に天気が悪い陽海学園の近くの断崖絶壁なバス停へと到着しようとした頃、それまで無言で葉巻を吸いながら運転をしていた怪しい運転手が薄気味悪めに笑う。
「ヒヒヒ、ひとまずは『おかえり』と言わせて貰おうか少年?」
「あ?」
「今年は去年のように学園を破壊するのは勘弁してくれと理事長から伝言を頼まれてねェ……」
「………………。アンタ、そういやあの狸理事長と親しいって感じがしたが……」
「まァ、昔馴染みではあるねぇ」
くつくつと笑う運転手がバスを停め、ドアを開ける。
「さ、到着だ。
今年こそ決着をつけられることを祈っているぞ少年? それと忘れ物だ」
「…………」
『コイツ、どこまで知っているんだ?』
降りる間際、意味深な台詞を吐く運転手に一瞬足を止めた月音は、敢えて言及はせずに運転手から手渡された『公安』と刻まれた腕章を受け取り、バスを降りる。
「チッ、まだ俺にこんな事をさせる気なのかよあの狸野郎……」
『まー……お前が去年、先代連中を皆殺し同然に潰してしまったからだし、仕方ないだろ』
「ったく……」
腕章を渡されたという事は、引き続き学園の公安委員を運営しろという意味であると理解した月音は、ダルそうな顔をしながらも左腕に腕章を付ける。
「俺が風紀を取り締まる側なんてなんの冗談だっつーの」
必要なら平然とルールを破るし、去年の行動を考えたらもっとも公安維持とは程遠いまねばかりだった青野月音は、学園の門を潜り、人ならざる者達の中へと入り込むのだった。
後に学園史に確実に残るであろう、妖怪達の存亡がある意味掛かっていた大喧嘩により破壊された学園の修復の為の休校が決まって以来、直接会うことが出来なかったが、本日のこの新学期に漸く彼が戻ってくる
………と、担任でもあり部の顧問であり、常に彼を前にすると発情全開となる猫目先生に言われた新聞部の部員達は、主に他の生徒や新入生達からの萌香への視線の集中砲火を受けながら、今か今かと彼が来るのを待ち構えていた。
「結局月音が『来たら比喩なしでお前らとは二度と口聞かねぇ』って拒否されたから、実家には遊びには行けずに会えなかったけど、今日やっと月音とドライグなきんに会える……!」
「瑠妃さんからの情報によると、イリナさんとはしょっゅう会っていたらしく、会う度にちょっと恥ずかしいコスプレをして貰おうと土下座しまっくてたらしいです」
「なんであの人にだけは年相応なのよ……」
「その瑠妃はどこだ?」
「理事長となにやら話し合いがあるとかで、後で合流すると言ってました」
学園一美少女と呼ばれる赤夜萌香を筆頭に、妖怪基準でも人間基準でもほぼ間違いなく美少女であろう者達が、時には男子達から下心ありきで話しかけられたりするのもスルーしながら、ただ月音を待ち続ける。
「で、裏萌香は?」
「それが休校中は月音から『絶対に来るな、普通に迷惑だしウザい』って言われた事にまだ拗ねてて……」
『…………』
そんな萌香の首元にはバンパイアとしての本領となるもうひとつの人格が宿っているのだが、所謂裏萌香と呼ばれている彼女は、休校中は一切月音からの連絡が無いばかりか、瑠妃の師である魔女のもとには頻繁に行っている事にたいしてずっと拗ねっぱなしらしく、一言も声を発しない。
本来の青野月音の物語での裏萌香は強くて美しいバンパイアとしてのカリスマ性があったのだが、この物語の裏萌香は、赤き龍帝としての月音の力の波動を間近で浴びた影響で表の萌香との意思疏通どころか電気のスイッチ感覚で入れ替われるようになっている。
その影響もあり、そして当初人以外の生物に対する鬼畜さが半端なかった月音に何度も叩きのめされては負けん気を刺激されまくった事により、割りと残念な子になっていたり……。
寧ろ当初は子供っぽかった表萌香がそんな裏萌香を宥める『母親』のような器の大きさを持つようになったくらいだ。
「拗ねたところで、月音の事だし、多分『あっそ、じゃあそのまま黙っててくれた方が喧しくなくて済む』とか言うんじゃないの?」
「私も同じことをこの子に言ったけど、この子ったら『月音にごめんなさいって言われるまでは喋ってあげない』って……」
「既に負け犬の匂いしかしないなそれは……」
『ふん、何を言われようが私は絶対に月音から『ごめんなさい』があるまで喋ってあげないからな!』
力の大妖ことバンパイアとしての誇りもへったくれもない、ただただ拗ねた子供のような事しか言わないロザリオに待機状態の裏萌香に、萌香の友人達である黒乃胡夢、白雪みぞれ、仙道紫は『月音と会ってないせいで余計残念な人になってる……』と生暖かい気分となっていると……。
「ひぃぃぃっ!? 青野月音がとうとう現れたぞぉぉぉっ!?」
「先代の公安委員会を壊滅させたばかりか、学園の教師まで八つ裂きにした暴君の!?」
「み、道を開けろ! そして身だしなみもきちんとしろ!! さもないと青野に殺させる!」
「一年達もだ! 早くしろー!! 間に合わなくなっても知らんぞー!!!」
何やら恐怖におののいた生徒の悲鳴が聞こえると同時にモーゼの十戒よろしくに生徒達が一斉に道を開ければ……。
「………………………」
左腕に『公安』の腕章を付けた、一見すれは優男な風体の――されど目付きが相当に悪いチンピラの雰囲気満載な少年が、ガタガタと震える生徒達なぞには目もくれず向こうから歩いてくるのが萌香達の目に飛び込んだ。
「月音さーん!」
その瞬間、約半年振りとなる月音に真っ先に走っていくのは、飛び級にて12歳にて高校生であり、12歳の子供にて魔女故に月音かやらは例外的に柔らか対応をされている仙道紫であり、それに続くように萌香、胡夢、みぞれが飛び付く紫を受け止めながら足を止めた月音のもとへと近寄る。
「お久しぶりです!! そして……あはぁ……♪ 半年振りの月音さんの優しい匂いですぅ」
「……少し背が伸びたか」
飛び付くなり、なにやら女児がしていいとは思えない艶かしい顔をしながらスーハースーハーしている紫の頭に手を置きながら、ほんの少しだけ背が伸びた事に気づく月音は、遅れてやってきた知り合い達に視線を移す。
「久しぶり、月音―――そしてドライグくん?」
「……おう」
「まったく、半年も放置するなんてひどいぞ月音?」
「だったらそのまま縁を切ってくれても良かったんだが?」
「それは無いな」
「相変わらずクールというか、色々と自信無くしそうだわ……」
少々髪型が変わってる知り合い達への相変わらず素っ気ない態度に慣れた対応をする少女達。
そんな美少女達とのやり取りを前に、怯えつつも嫉妬する生徒達も居るのだが、本人達はまったくの無視だった。
「………………………」
「? どうかしたの?」
そんな中、まだ胸元に顔を埋めてスーハースーハーしている紫を抱えていた月音の視線が胡夢に向く。
具体的には胡夢の左肩付近なのだが……。
「…………その腕は、生活に支障とかはないのか?」
その理由は、去年の大喧嘩騒動でリリスの鏡により精神が暴走した月音を止めようと萌香達が奮闘した際、暴走していた月音によって胡夢は腕を引きちぎられた。
幸いちぎられた腕は残っていて、月音の血を利用した事で接合することは出来たものの、その後のバタバタで腕がどうなったのかは月音も把握しきれていなかった。
「傷は少し残っちゃったけど、前と全く変わらずに動かせるし、なんならちょっとパワーアップしてる感があるわ。
多分、イリナさんを治療する為に月音が提供した調整済みの血のお陰かも」
「……………」
ぐるぐると左肩を回してなんの問題も無いと宣言する胡夢に、月音は『そうか……』と言うもののジーっと胡夢から視線を切らない。
「なによ? もしかして気にしてたの?」
「……………………」
その視線の意図がなんとなくわかった胡夢は思いきって聞いてみた所、肯定こそしないものの、さっと目を逸らす月音を見て、彼なりに自分に対して『罪悪感』を持ってくれているのだと理解する。
「だ、大丈夫だってば! あ、アンタにそんな事を思われると微妙に調子狂うし、本当に気にしなくて良いの―――へ?」
「……………」
あの月音にそう思われていたと思うと、少し緊張してしまう胡夢は、紫を下ろしたと同時に近付いてきた月音にいきなり手を掴まれて固まってしまう。
そしてそのまま制服の袖を捲られれば、残ってしまった傷跡が露になる。
「…………………」
「こ、このくらいの傷跡くらいで私の美少女度は下がらないし、本当に大丈夫―――ひゃ!?」
「……………………………………」
急な行動を前に、完全にテンパった胡夢がアタフタしながら取り繕おうとするも、今度は月音はそんな胡夢の肩部に残った傷跡を、徐に指でなぞり出したのだから、変な声もででしまう訳で……。
「な、なな、なにして……!? く、擽ったいし、月音にそんな事されると――あ、あうあう!」
「……………私も腕を引きちぎられれていれば良かった」
「むー……」
「あのー……もう一人の私が大騒ぎしちゃってるのだけど……」
他の生徒達にガン見されまくってる場所での不意打ち確定な月音の行動に、すっかりおかしな事になってしまった胡夢。
その瞬間、表の萌香が困った声で、裏萌香が大騒ぎしていると言うのだが、月音は暫くただただ胡夢に肩に残った傷跡を複雑な表情と共に指でなぞりまくるのだった。
「あ、アンタってわざとやってない?」
「は? なにを?」
「む、無自覚なのね。うぅ……」
「???」
『がーっ!!! 私の事は無視であんなホルスタイン女にかまけるとはどういう了見だ!?』
「そうやって意地を張るからよ……」
終わり
大喧嘩の果てに短気を直す為にカルシウム摂取を心掛けた結果、多少は丸くなった月音。
そのせいである意味被害を受ける胡夢が居たりする中始まる新学期。
早々に萌香の妹が入学したとかいう話を聞いたのだが、丸くはなっても丸くなっている対象が限られているので基本は塩対応なのはご愛敬。
「こんなすました顔してるけど、絶対におねえさまにスケベな事を考えてるに違いないわ!」
「それが本当に無いから困ってるんだけど……」
とにかく裏萌香への誠意の欠片の無さに憤慨し、気にくわないと噛み付いてくるのだが……。
「アンタみたいなヒョロ男なんてバンパイアである私が本気を出したら―――」
ポーヒー……デデーン!!
「汚いから片付けておけよ? そこのボロクズを」
「」
「う、うん……ごめんね? 手加減してくれて……」
まるでサイバイマンに自爆されて天に召したロンリーウルフのように地に伏せる妹を養豚場に居る豚でも見るような目を向ける月音に、萌香は思った。
『あ、間違いなく相性最悪だわ』
と……。
「な、なんなのよアイツ! 私の事をそこら辺に生えてる雑草でも見るような目しかしないし……! 絶対に後悔させて――って、あそこに居るのは鬼畜男とおねえさま!? あのムッツリスケベ! きっとまたおねえさまに変な事を―――――
「はー……良いお天気ねー?」
「天気は良いかもしれんが、こんな所でただ座っているだけの何が面白いのかがさっぱりわからん」
「もう、ドライグくんったら私達を小娘呼ばわりするくせに疎いんだから。
こうやって二人で何をするでもなく一緒に景色を見ながらお話するだけでも私は楽しいの」
「そんなものなのか……」
「そんなものなの。
ふふ……こうやってドライグくんの鼓動を感じたりね?」
「とことんわからん小娘だ……」
――――――え、ええっ!? お、大人しい方のおねえさまと、ムッツリ男が……え!? な、なにあれ!? と、というかムッツリ男が別人みたいに雰囲気違うし……な、なんだか見ては行けないのを見ちゃった気がする……」
『お、おい月音、最近ますますドライグと表の私のやり取りがエスカレートしてないか? は、恥ずかしくて直視ができん……』
『それには同意できる。
しかし、なんでこうも、不倫現場みたいな雰囲気になるんだこの二人のやり取りは――うっ!?』
『っ!? 感覚は共有されている事を忘れてるのか!? こ、これじゃあまるで私と月音が……だ、だ、抱き合ってるような……!』
『一々言うな! 俺も恥ずかしくなるわ!』
『だって……!』
『い、良いか!? これはあくまで表のお前とドライグがヤッてる事であって、俺とお前は関係ねぇんだよ。
でなきゃ誰が悲しくて、お前みたいな残念吸血鬼なんぞと……』
『な、なんだと!? 残念とはなんだ残念とは!? こうなったらもっとやれ表の私!』
そして不倫現場も見られたせいで余計敵視される事になるかはわからない。
終了
補足
シーズン2があるとするなら……
無神臓ではなき新たな領域の模索。
ますます不倫現場化する二人。
それ見て連れ子同士のような気まずさ。
塩対応な妹
逆にどんどん仲良くなるサキュバスさん
コスプレさせられるお館様
ぐぬぬしつつ無理矢理コスプレをさせられる妄想ばっかな弟子
目覚める白い猫。
………的な