色々なIF集   作:超人類DX

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シーズン1のラスボス戦


辿り着く可能性

 

 

 

 リリスの鏡による紛い物であったとはいえ、学園長は確かにあの時の月音の姿を『本来であり本性』と言っていた。

 

 そして月音の前世とも。

 

 実力自体はただ力任せに暴れまわる獣で、リリスの鏡に意識を乗っ取られただけだった為にギリギリでなんとか出来た。

 けれどあれがもし正真正銘月音の安定した本性だとしたら―――認める他ない。

 

 我々は今頃皆殺しにされていた。

 

 それほどまでに次元の違う力。

 力の大妖という名称ですら塵に等しき差。

 

 人間でありながら、人間の力を遥かに越えた――言うなれば超越者。

 

 

「従姉妹さんはどうするのですか?」

 

「記憶を消して家に帰す。

余計な事をベラベラと喋られても互いに困るだろ?」

 

「妥当ね。

それにしても従姉妹といえど家族なのに随分と信用しないのね……?」

 

「頼んだ覚えも無いってのに、勝手に寄ってきては余計な事しかやらないし、あーだこーだと指図する輩なんて、例えそれが親戚だろうが人間だろうが嫌なものは嫌なんだよ。

ましてやコレはズケズケと人の心に土足で入ろうとしやがった――――そこに関してだけは畜生だろうが人間だろうが許せない」

 

 

 そんな月音は意識を完全に取り戻した後、従姉妹らしき女の記憶を消せと理事長に何故かかなりの命令口調で話している。

 

 

「記憶をシェイクするくらいの事だったら、できるだろアンタなら?」

 

「出来るが、一応私は理事長なので他の者の手前もあるし、もう少し話し方をだね――」

 

「……………あ?」

 

「―――あー、わかった。

折角拾った命をここで失いたくはないし、今のは聞かなかったことにしたまえ」

 

 

 そんな理事長は、爬虫類のような眼になっている月音に無言でメンチを切られたせいか、言い掛けた言葉を引っ込め、素直に了承する。

 

 

「それで、例の状態となった俺のパワーで白音の反応はあったか?」

 

「いいや、残念ながら何の反応もない。

言いにくい事だが、今のキミの力は兵藤一誠の頃よりも大分衰えているのではないのか?

師の白音から聞いた話のひとつの『無神臓』を持つキミなら、そもそもリリスの鏡の精神支配に対しても即時に『適応』してはね除けられた筈が、それもなかった……」

 

「……………………。あの暴食ボケ猫はどこまでベラベラと喋りやがったんだ? だが確かにその通りだ。

俺は今『無神臓』が欠片程まで消えている」

 

 

 無神臓(インフィニットヒーロー)? また聞きなれない言葉が出てきたが……。

 わかる範囲で解釈すると、どうやら月音はその前世とやらの頃よりも遥かに力を衰えさせているらしい。

 

 

「意識を乗っ取るだなんて前までならありえなかった……クソ」

 

 

 あれでも衰えているのか。

 本当だとしたら確かに私のようなバンパイアの事も有象無象呼ばわりするのも少し納得が行く。

 

 

「我が師も眠っていて成長を止めているとはいえ、今のままでは目覚めても勝てる見込みはないぞ?」

 

「…………」

 

「……。これも余計なお世話だったな。

取り敢えず私はこの娘の記憶を消して人間界まで送っておく。

キミは友人達とよく話し合うのだな」

 

「友人じゃねぇ……」

 

「だが借りは出来ただろう?」

 

 

 

 そう言って意識のない月音の従姉妹を連れて去っていく理事長を、どこから忌々しげに睨み続けていた月音は、やがてハァと肩を落とす。

 

 

「腹は立つが、あの狸野郎の言う通り俺はとことん弱くなったな。

まさかあんなクソガラクタのせいで醜態まで晒すなんてよ……」

 

 

 と、自分の不甲斐なさに落ち込む月音を、私達はただ黙って見ている。

 今回の件で知った月音の真実について訊ねたいが、それこそ月音の言う、心の中に土足で入り込む行為になってしまうので、躊躇ってしまうのだ。

 

 

『この小娘達にも大分迷惑をかけたのだし、小娘達はお前が何者なのか気になるようだぞ? ……………話してやったらどうだ?』

 

 

 そんな私達の事を察した月音の中に宿る龍ことドライグが提案する。

 基本的にドライグの言うことは月音も素直に聞くのは私達も知っていたので、私を含めたこの場の全員がナイスアシストだとドライグを褒め称える。

 

 

「なにを?」

 

『あの忌々しい鏡に晒された時のお前の姿についてだよ。

あの鬼神とやらが小娘達に話していたらしいではないか? 一誠の姿についてを」

 

「全く違う世界の人間で、悪魔だ堕天使だ天使だ妖怪だ神だを殺すだけ殺しまくったくせに、寸胴暴食妖怪猫に追い抜かれて殺されそうになったと言って信じるか普通? 挙げ句くたばったら青野月音として生まれ変わってましたなんてよ?」

 

「……………」

 

 

 そう悪態つく月音は、わざとらしく――いや多分半分は自棄になって我々でも非現実的な事を話した。

 整理をすると、月音という男の前世の姿と名前があの時の兵藤一誠なる男であり、その男が記憶と経験を持ったまま生まれ変わった姿が今の月音―――らしい。

 

 

「じゃああの時の男の子の姿は月音の――えーと、前世の頃の姿なの?」

「………。信じられる訳もないだろうし、信じて貰わんでも結構だけどそうとしか言えない。

俺は兵藤一誠って名前の人間だった」

 

『だからドライグくんがたまに月音のことをイッセーって呼んでたのは、呼び間違いなんかじゃなかったのね?』

 

「この姿と青野月音って名前にはなっているが、俺はその頃の記憶がハッキリあるからな……」

 

「それでは人間ではない種族を嫌うのは……」

 

「…………色々あって――」

 

『その当時、悪魔という種族に無理矢理使役されたのが理由だ。

……もっとも、月音――いや、一誠の終生の友となる二人の悪魔祓いのお陰でその呪縛から解き放たれたが、それ以降一誠は人間ではない種族への嫌悪を持つようになった』

 

「そんな事が……。

私が人間を怖いと思っていたのと同じ……」

 

「怖いんじゃない。

どうしようもなく殺意しか沸かなくなっちまったんだよ」

 

 

 怖いと言う仙道紫にに反応した月音が訂正する。

 

「そうだよ、ムカついたから殺しまくった。

向こうも主をぶち殺したって事で俺を『はぐれ』として指名手配したから、逆に乗り込んでそれも殺してやった」

 

 

 その末路が今の月音であるとするなら、私は月音の持つ異質な力の根拠がわかった気がした。

 

 

「当初今の俺になった時点で、アンタ等の存在は感知したものの何もする気にはならなかった。

別にこの世界の畜生共―――じゃなくて、人間以外の種族からなんかされた訳じゃないし」

 

 

 畜生共と言ったのを途中で私達がその畜生共の括りになるせいか、訂正しながら話す月音。

 

 

「あの馬鹿猫の気配さえ感じられなかったらな……」

 

「たまに独り言のように呼ぶ馬鹿猫とは誰の事だ?」

 

『猫目先生のことじゃ……ないよね?』

 

「………」

 

 

 

 

 

  ドライグが以前月音が丸くなったと呟いた意味が今ならなんとなくわかったかもしれない……………私には鬼畜だと思うけど。

 

 

『これ以上はかなり長くなるから提案だが、俺の記憶を小娘達に見せてやるのはどうだ?』

 

 

 そんな事を思っていると、またしてもドライグがそんな提案を月音にする。

 ドライグの記憶――つまりドライグから見た過去の月音の姿を知ることが出来るのは確かに名案だと思うし、中途半端に聞くよりはいっそ『どんな残虐な過去』だろうが知りたいと私は思うし、なんなら表の私も知りたがっている。

 

 

「どうやれば見れるんだ?」

 

『月音の腕にある俺に触れろ。そうすれば見ることが出来る……』

 

「いや、ドライグそれは……」

 

 

 ドライグの説明に私達全員が見る気らしく、ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。

 

 

『わかっている。

俺達が過去にしてきた事はとてもじゃないが胸を張れた事ではない。

しかし、だからこそだ………俺達はコイツ等の事をある程度把握しているのに、俺達は何も晒さないのはフェアではない――そうだろう?」

 

「…………」

 

『それにだ、あんな事故のような理由にせよコイツ等は過去の俺達を見てしまった。

今から見せた後、恐らくお前の想像通りのことになるかもしれない……』

 

「………」

 

『今更俺達が『悔い改める』のは遅すぎだ……』

 

 

 そう諭すように――そして後悔するように話すドライグに、暫く目を閉じていた月音はやがてゆっくりと目を開くと、左腕を私達に翳した。

 

 

「そうだな今更だ。

オーケーわかった、見て精々吐きまくるんだね……」

 

 

 それは心中に入ることへの許可のようにも思えた。

 

 

「………」

 

『見よう。

月音とドライグくんの過去を。そうしないと前に進めないよ?』

 

 

 少し躊躇ってしまう私に表の私がロザリオ越しに背中を押す言葉を言った。

 その言葉は他の者にも聞こえ、意を決した私達は月音の過去を知るためにその左手に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『何でアナタは普通の子じゃないの……?』

 

『すまないイッセー

お父さんとお母さんはこれ以上、お前の親をやっていける自信がないんだ……ゆるしてくれ』

 

『…………………』

 

 

 それは月音ではなく、一誠という名の男の物語。 

 

 生まれながらに宿す龍と……そして一誠自身の心に宿した異常なる力によって肉親に拒絶され、孤独へとなった所から始まり。

 人間の世界で薄汚れながら、汚物で胃を満たしてでも生きていく幼い男児が居て。

 

 

『強くなるんだ。

イリナと約束したんだ……強くなってまた会うって』

 

 

 唯一拒絶をしなかった、あの魔女の真名と同じ名の少女と交わした約束の為だけに泥を啜ってでも生きる意思を燃やし……。

 

 

『アナタの噂は聞いているわ。

赤龍帝に加えて、異質な速さで強くなっていく人間の男の子。

欲しい……その力が欲しいのだけど、ベストなコンディションのアナタだと眷属にはできない。

だからアナタが弱っている今を待っていたって訳』

 

 

 その自由を悪魔の女に奪われ、自由を束縛されたあげく、進化という異質な力をも勝手に使われ……。

 逃げられぬようにとその女悪魔と眷属の女共から強引に―――

 

 ………恐らくこれが人間以外の種族に対する嫌悪の始まり。

 そして何年も力を奪われ、縛られ、人形のように弄ばれ続けた男は、悪魔を祓う者へと成長したかつて約束を交わした女と再会し、その女の相棒であるゼノヴィアなる女と出会うことで呪縛から解かれる。

 

 そして、自分を縛り付けた悪魔の女と眷属達を破壊し、悪魔祓いと共に生き始めるのだが、その悪魔の眷属の中に、一際男の事を占領したいという願望秘めていた白髪のチビが――――男への果てしなく執念により男と同じ領域へと到達する。

 

 その白髪のチビ娘の名は白音――

 

 全てを喰らい尽くしながら無限に成長する怪物は、男への執着と尽き果てぬ情念を以て迫るが、男はそんな怪物を拒絶し、共に生きる女二人と共に蹴散らした。

 

 だがやがて無限の進化によって種族としての寿命の概念が消えてしまった男の領域へと到達することができなかった悪魔祓いの女二人と死に別れる日が訪れた。

 

 何度も謝りながら先立たれた男は―――この日からその精神を破綻させた。

 

 どれだけ蹴散らしても己の強さに近づきながら戻ってくる怪物との殺し合いにより『キレて』しまった男は人間以外の種族を狩り始めた。

 

 それはその者達も男の力を危険と判断して殺そうとしたからなのもある。

 けれど男は根に残る悪魔から受けたトラウマを、二人の女と死に別れた事で癒すことができなくなったが故に――耐えきれなくなり、全てを破壊する道を選んでしまった。

 

 

『弱いだなんだと見下した人間様にブチ殺させる気分はどうだ? 心配するな、お前等全員皆殺しにしてやるからあの世では寂しい思いはしないぜ?』

 

 

 そして男は殺した。

 人間以外の種族ならなんであろうが殺した。

 殺して、殺して……殺し続け――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………なにもかもが救われないな」

 

 

 

 私達は現実へと戻った。

 そして私はただ一言、今は月音である彼に言うと、月音は笑う。

 

 

「殺しに快楽見出だす変態野郎に向ける言葉じゃねーな? ま、これがネタバラシの内容」

 

「………」

 

「確かに最初は俺を利用したクソ共への報復だった。

けど見てた通り、途中からは最早そんな理由も関係なく殺しまくった」

 

『月音……あの、白音って子は?』

 

「もううんざりしてた時に、外から見て超越者気取ってた神をぶち殺す為に、一回だけ手を組んだっきり会ってない。

………自分で自分を終わらせたからね」

 

「自殺、ですか……」

 

「………。ゼノヴィアとイリナの二人を失ってからの俺はもう生きてるって実感も自由って感覚も虚しく思ってたもんでね。

でもまさか死んだと思いきや記憶も経験もハッキリ覚えている状態でドライグと一緒に生まれ変わるとは思わなかったな」

 

「じゃあ、今を月音として生きている理由は…?」

 

「ガキの頃からどういう訳か、キミ等も見たと思う、あと暴食バカ猫の気配を感じてたんだよ。

俺という例がある以上、もしかしたらあのガキも居るんじゃないかと思って探そうと思った。

俺を含めて、あのガキとのけじめをつける為に」

 

「月音さん……」

 

「だから人間以外の種族の気配が集まるこの学校を調べようと入ってみたんだが、まさかあの狸理事長があんなバカ猫の餌にならずに弟子なんて名乗るとは思わなかったぜ」

 

 

 今を生きる理由を話す月音は乾いた声で笑う。

 

 

「だから俺は、本当なら人間以外の種族連中と仲良しこよしなんてする気もなかったし、絡まれたらぶっ殺す気だった。

それなのに、そこのバンパイアはアホの子過ぎて俺を全然怖がらないし、俺を毛嫌いしまくってた筈の淫魔……だっけ? それはなんか友達とか言い出すし、魔女はそもそも微妙な立ち位置だし、雪女はなに言っても平気な顔だし……」

 

 

 なんとも言えない顔で笑う月音。

 何気にアホ呼ばわりされたけど、今は反応する気にはとてもじゃないがなれない。

 

 

「確かに俺が過去ぶっ殺してきたバカ畜生と同じようなのは居た。

でも、キミ等のせいで気づかされたよ―――もしかしたら俺が過去に殺した奴等の中には、キミ等みたいな変な奴等も居たのかもしれないってよ……」

 

「「「「…………」」」」

 

「それでも俺はそう思うことから逃げてきた。

そうでないと、俺は俺の全部を否定してしまうような気がしたから。

でも今更思うなんて虫が良すぎるだろう? 所詮俺は根っからの人殺しなんだからよ」

 

 

 自分を根っからの快楽殺人者と表した月音に私はやっと理解した。

 自分の過去と今の違いと矛盾で、己を見失っていたのだ。

 それはきっと……まだロザリオを外さなければ意識すら出せなかった私と表の私との出会いから月音の精神の支柱を壊し始めていたのだ……。

 

 

「無神臓がほぼ消えてるのもそれが理由。

自分の確立させた『精神』が揺らぎまくっちまってるからさ。

昔の俺なら間違いなくキミ達の背景なんて関係なく殺してたってのに、何故か全くその気が起きない――今更遅いってのによ」

 

『…………』

 

「これでわかったろ? 俺は根っからの変態野郎だって。

散々言ったと思うけど、俺に対して妙な親しみを持ってくれてるのも全部ただの誤解だし気のせいだ」

 

 

 そう言って背を向ける月音。

 

 

「ああ、キミ達は今は殺す気になれないからそこは安心してくれ」

 

 

 はっはっはっ、と無理して笑ってるのが丸わかり声で笑いながら月音はトボトボと行こうとするので、私は思わず口に出す。

 

 

「そうやってまた逃げるのかヘタレ……」

 

 

 確信できる。

 このまま月音を呼び止めなければ、二度と会えなくなる。

 きっと月音として――いいや、一誠としての最後の心残りとなる白音という者との決着には私達は不必要だと思っている。

 だから何が何でも捕まえなければならない……。

 

 

「ヘタレか……」

 

「ああ、ヘタレだお前だ。

そうやって過去と今の矛盾から目を逸らし、全てを知られたからと私達の前から逃げようとするお前なんてヘタレ男だ」

 

 

 未だ一度も膝すら地に付かせることすら出来ていないのに、このまま去られて堪るか。

 この男の――月音の領域を超えずして何が力の大妖か。

 

 

「それで? そのヘタレ男にどうしろと?」

 

「……………私と今戦え」

 

 

 強がっているのは認める。

 私はまだこの男に勝つことはできない。

 

 だがコイツの――月音の示した可能性を知ったからこそ私はロザリオという枷から抜け出せた。

 私も、そしてもう一人の私も……。

 

 たどり着かなければならない――人でありながら人でなしとなった月音の立つ領域に。

 だから――こんな事で逃げられてなるものか。

 

 

「戦ってどうするんだ。

散々キミに付き合わされてきた訳だが、キミが一度でも俺に勝てた試しがあったか? 今の――笑えるほど弱くなった俺の相手にすらなれないキミごときが?」

 

「そんなことは私が一番知っている。

だが、お前を叩きのめしてでも引き留めなければ、お前は私達の前から永久に姿を消すつもりなんだろう? 単独でその白音とやらとのケリをつける為に。

そもそも、私はお前に負けただなんて思ってないからな」

 

「………………」

 

 

 私の言葉に月音は何も返さなかったが、図星なのはその表情でわかった。

 

 

「だがお前に勝ってもいないもの事実、だから戦え……!」

 

「…………………………………」

 

 

 そう私は啖呵を切り、自身の身に宿る魔力を月音のように全身から放出するように解放する。

 魔力を力に変換する事こそがバンパイアの真骨頂。

 

 

「も、萌香……アンタ」

 

「手出しはするな……。

ここで月音を逃がしたら――私は死んでも死にきれない……!」

 

 

 勝てる見込み等正直無いが、他の者達に手出しはするなと釘を刺しながら月音を見据え、そして構える。

 ……ふっ、私ともあろうものが随分と熱くなってしまっている。

 

 だが、悪い気分ではない……。

 

 さながら私は強大な壁を乗り越えんとする挑戦者だ。

 

 

「借りがある以上、それで気が済むのなら付き合ってやるよ」

 

 

 そんな私に応じた月音はドライグの力を纏う事なくニヒルな笑みを一瞬浮かべると、リリスの鏡で暴走していた時とは質が明らかに違う力を全身から放出する。

 

 

「そんなに死にたいのならな仕方ないな……。陳腐な言葉になるけど、敢えて言うよ―――

 

 

 そして明確な殺意を私に向け――

 

 

――――――――――恐怖を教えてやるよ」

 

 

 負けるわけにはいかない戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 文字通り大人と子供。

 種族としての力の強さの全てがおしなべて平等となる圧倒的な差。

 

 誰が見ても無謀な戦いであることは明白だった。

 

 

「ごふっ!?」

 

「へっ……!」

 

「うがっ!?」

 

 

 力の大妖であるバンパイアの全力の一撃を以てしても、人でなしである怪物には届かず、嘲笑うように真正面から受けきった上で、バンパイアのパワーを遥かに凌駕した一撃を叩き込む。

 

 

「ごほ……く……!」

 

「どうした吸血鬼? まさかこれで終わりなんてことはないよな?」

 

「そ、それこそまさかだ……!!」

 

 

 傷だらけになっていく萌香とは正反対に、彼女の一撃を受けても傷ひとつつかない月音。

 その時点でどちらが有利であるのか等誰が見ても一目瞭然だ。

 

 しかしそれでも萌香は立ち上がり、月音に挑みかかる。

 

 

「だ、駄目だわ……。

萌香でも月音の相手にならない……!」

 

 

「リリスの鏡に意識を奪われていた時の方がまだ付け入る隙もあったが、何時もの月音にそれが無い……」

 

「月音さん……」

 

「く、コスプレさせたお館様がこの場に居たら、ある意味隙だらけになるのに……!」

 

 

 容赦なく殴り飛ばされ、蹴り付けられ、踏みつけられることでボロボロとなっている萌香でも月音には届かないと胡夢、みぞれ、紫は萌香よりも劣る自分達の力の無さに悔しさを滲ませる。

 

 

「オラァッ!!」

 

「がはっ!?」

 

 

 そんな者達を背に独り挑む萌香も、月音のチンピラ然とした前蹴りによって簡単に吹き飛ばされ、背に立っていた大木に全身を打ち付けながら感じていた。

 

 

(い、今までは誤魔化し誤魔化しでやっていたが、強すぎる……!)

 

 

 叩きつけられた衝撃で軽い呼吸不全に陥る暇もなく月音に肉薄されれば、容赦なく顔面を蹴り潰そうと大砲のような蹴りを放つ月音に腕の骨の悲鳴を覚悟でなんとか吹き飛ばされながらガードする萌香は、ダメージにによる全身の痙攣を感じながら、埋められぬ差を痛感していく。

 

 

「は……は……!」

 

「…………………………」

 

 

 強い。

 どれだけかつての頃よりも力を落としても尚、月音と同格の存在はこの世に存在しないのではないかと思ってしまうほどに。

 

 元は力の弱い人間であったという事実が嘘であるかのように。

 

 

『ほ、本当……笑っちゃうくらい強いね月音は。

困ったことに始まってからまだドライグくんの力は使ってすらいないし……』

 

「…………」

 

 

 無機質な目をした月音が、首の関節を鳴らしてから吹き飛んだ萌香のもとへと両手の指を鳴らしながら近づいてくる様はまさにホラーだし、もう一人の己ともいえる存在が困ったように呟く通り、月音自身は本領すら解放していない。

 

 とことんふざけた存在だと、萌香自身も思わず笑ってしまうが、だからといって諦める訳にもいかない。

 

 

(ここで敗けを認めたら、二度とアイツを追い抜く機会は失われる。

だから、敗ける訳にはいかない……!)

 

 

 認めてしまえばもう二度と月音の通った可能性には辿り着けない。

 本当の意味での殺戮マシーンに成り果ててしまう。

 

 

 それを止める為にも……この世界の人ならざる者達の未来の為――――否、月音という存在との出会いによって知る事が出来た可能性に対する借りを返す為にも、ここで敗けて去られる訳にはいかないと、震える己の身体に鞭を打ちながら立ち上がるバンパイア・赤夜萌香。

 

 

「まだやる気か? いい加減無理だとわかってほしいんだがね……」

 

「お前がもし私の立場なら諦めるのか? ……それと同じだよ」

 

「常々キミをアホの子と思っていたが、ここまで来るとただのバカだな」

 

 

 バカ呼ばわりまでしてくる月音に言い返せるだけの力は萌香にはない。

 だが腹は立たないし、この行動がバカであるのならば、バカで構わない。

 

 

「もうよせば? これ以上頑張っても無駄だっての」

 

「誰がやめてやるか……! 誰の指図も受けない。

私の生き方は私が決める……誰かの決めた正しさ等には興味はない……!」

 

 

 肉体はボロボロとなっても衰えぬ闘志を燃やす萌香に、月音は『やっぱりアホだな』と小さく呟く。

 そんな時、それまでロザリオから視ていたもう一人の萌香が語りかける。

 

 

『それなら私の力を使ってちょうだい』

 

「……なに?」

 

 

 魔力も力も自分と比べたら劣るもう一人の大人しい己からの提案に、萌香は訝しげな声を出す。

 

 

『確かに私自身の力はアナタに遠く及ばない。

でも月音とドライグくんのお陰でアナタとこうしてお話できるようになった時からずっとかんがえていた。

ドライグくんが月音と一緒戦うように、私もアナタの力として一緒に戦う方法を……』

 

「だがお前はドライグのように神器としての力は……」

 

『確かにないわ。

私はただの意識であり、ドライグくんのように神滅具と呼ばれる力なんてない。

だから、実はアナタに内緒で色々と特訓したのよ?』

 

「……?」

 

『大丈夫……私を信じて?』

 

 

 自分を力として使えと言う表の萌香の真剣な声に、暫く思案していた裏萌香は、月音が手から赤い光弾を容赦なく無数に投げつけてきたので、他に道は無いと頷いた。

 

 

「どうしたら良い……?」

 

『私を――ロザリオをはずして』

 

 

 地面を破壊しまくる無数の光弾を掻い潜りながら、言われた通り首のロザリオを外す裏萌香。

 

 

「ん?」

 

「っ!?」

 

 

 その瞬間、眩い光が萌香を中心に広が、月音は攻撃の手を止めて目を庇う。

 純粋な悪魔が生理的嫌悪を抱くであろう光が優しく萌香を包み、やがてその光が晴れた時――

 

 

「これは……!?」

 

『ふぅ、成功ね……!』

 

 

 驚愕する裏萌香の右手は十字架が刻まれたグローブに包まれていた。

 

 

『ドライグくんから神器とはなんぞやって聞いてからずっと考えてた。

これでアナタと一緒に戦える……!』

 

「お前……」

 

 

 グローブの甲に刻まれたロザリオから発せられるもう一人の自分の声はまさに月音の左腕に纏われるドライグと同じ。

 

 それは二つの人格が月音とドライグによって早くから互いの存在を認識し、そして遥か先を振り返りもせず歩き続ける姿を追う為に到達した赤夜萌香の新たな領域。

 

 

「っ!? またあの光弾を……!?」

 

『そうね、でも今度は避けずに受け止めて』

 

「なっ!? お、おい……そんな事をしたら……」

 

『大丈夫、私を信じて……?』

 

「! ………………わかった」

 

 

 当然月音は驚いたが、力の度合いは全く変わらなかったのでそのまま攻撃を続行しようと生成した光弾を投げつければ、それまで避けていた萌香がグローブを填めた右手を突き出すではないか。

 

 

「………? なにをする気なんだか」

 

 

 あの妙なグローブにそんな防御性能があるとは思えない月音は訝しげな顔をするが、直後に萌香の行動の意味を知って目を見開く。

 

 

「こ、これは……」

 

『で、できたわ! 正直不安だったけど……。

月音の力を吸収できた!』

 

「きゅ、吸収だと!?」

 

 

 グローブの甲のロザリオの中心の宝玉が赤く輝きながら、月音の放つ光弾を吸収して無効化したのだ。

 

 

 

「…………吸収しやがった」

 

 

 予想外の現象に少し驚く月音は、同じく吸収した後に戸惑っている様子の裏萌香を見据える。

 

 

『本当に自力でそこまでやるとはな……虫も殺せん小娘だと思っていたが』

 

「ドライグ……」

 

『俺が神器とした封じられていた時は、どうやって宿主に力を貸していたのかを聞かれてな。

俺はただの興味だと思って、感覚を教えたのだが……それがまさか神器ではないあの小娘に再現されるとは思わんだろ?』

 

「………」

 

『自分の精神を糧に神器としてもう一人の小娘の力となった……謂わば今の小娘はこの世界初の神器使いだ』

 

「…………なるほどね」

 

 

 グローブとなっている表の萌香と何やら話をしている裏萌香のやり取りは確かに自分とドライグのそれに酷似している。

 恐らくはバンパイアとしても相当特殊な状況である彼女だからこそ――そしてドライグが教えた事で可能にした、謂わば赤夜萌香としてのオリジナル。

 

 

『それにしても月音の力ってやっばり凄いわ。

これなは今すぐ出来そうね』

 

「出来そう?」

 

『ええ、私が思い付いた第二の力。

戦う相手の吸収した力をアナタの力として変換する……』

 

「な、なに!? そんなことができるのか!?」

 

『うん、ドライグくんは宿主の力を『倍加』させることが出来るって聞いて参考にしたわ。

流石にまだ倍加はできないけど、吸収した力をアナタの+にさせることぐらいはできるわ……こんな風に!』

 

「!」

 

 

 戦う相手の『力』を吸収し、吸収した力を使用者の力にプラスさせる能力。

 それが神器化した赤夜萌香の力だった。

 

 

「!!」

 

『小娘のパワーが一気に跳ね上がったな』

 

 

 その力の上昇具合は咄嗟に月音が臨戦体勢に入る程度には凄まじく、その証拠に萌香の全身は先程とは比べ物にならない量の魔力が溢れるとばかりに迸っている。

 

 

「こ、れは……」

 

『ふふ、どう? 結局はこうして戦えるアナタのアシストでしかないけど、少しはお役に立てたでしょう?」

 

「………………」

 

 

 萌香自身も、無限と錯覚するほどにみなぎる力を自身の両手を介して感じ取り、そして思う。

 

 これなら届くかもしれないと……。

 

 どれだけ走っても届かなかったあの領域に……。

 

 

「…………よし!」

 

 

 折れかけた心に再び芯を取り戻した萌香は、右手に宿る『相棒』を感じながら構え、全力で地を蹴った。

 

 

「え……?」

 

「っ!?」

 

 

 そして先程とは比べ物にならない全身の軽さにより、今まで到達したことない速度で月音の眼前まで接近できてしまった。

 これには萌香自身も一瞬面を喰らってしまったが、それ以上に初めて月音が目を見開いているし、そのまま自慢の足技で思い切り蹴ってみれば、今までは硬い鋼鉄を蹴っていたように微動だにしなかった月音が地面を破壊しながら数十メートル程吹っ飛んだのだ。

 

 

「あ……え……?」

 

『あらー……月音の力をそっくりそのまたアナタに渡しただけでこんな事になるのね……』

 

 

 岩に頭から突っ込んだ月音を見て、蹴った本人である萌香は、異質なまでにパワーを増している己にただ呆然となってしまうし、それを見ていた胡夢達もギョッとした顔だ。

 

 

『気を付けて。

やっと一発当てられただけだし、この程度で終わってくれる月音とドライグくんじゃないわよ?」

 

「あ、う、うん……わかっている」

 

 

 戸惑う裏萌香に対し、まるで『母親』のように話す表萌香の言うとおり、岩に突っ込んで瓦礫の山と化した箇所から瓦礫を派手に壊しながら姿を現した月音は……食らった蹴りのせいで左頬が赤く腫れ上がっているし、軽く頭から流血をしているものの戦闘続行は可能に見えた。

 

 

「は、初めてかもしれない……! 月音にあんなにダメージを与えられたのは」

 

『そういえば精々唇を切る程度だったものね今までは?』

 

 

 結構なダメージに見える月音に対して、裏萌香はここにきてやっと月音の領域に近づけた実感を感じて、思わずニヨニヨしてしまいそうになる。

 

 

「お、おっほん! ま、まぁ当然といえば当然だろう。

私達が本気を出せば、月音なんてちょちょいのちょいだという事さ! ……………ふふっ!」

 

『さっきまで泣きそうな顔しながら戦ってたじゃないの……まったく』

 

 

 相変わらずアホの子みたいな事を言う裏萌香に、表萌香は微妙に懐かしい気持ちを抱きながらため息を吐く。

 

 

『それよりも気を付けなさい。

月音ったら遂にドライグくんの力を借り始めたわ』

 

「っ……! あ、ああ……わかっている」

 

 

 だがやっと月音の意識をこちらに向けさせることが出来た事は、表萌香も同じく嬉しい気持ちだった。

 

 

『アナタと同じで、私だって月音とドライグくんとお別れなんてしたくないもの……』

 

「当然だ……! 私が居ないとアイツはダメになってしまうからな……!」

 

 

 例えどんな過去があろうとも月音とドライグとお別れはしたくない気持ちをひとつにして、左腕に龍の帝王を纏う最強に挑むバンパイアの見つけた道はまだ始まったばかりだった。




補足

散々人外をサーチ&デストロイしまくったという自覚があるからこそ、今の自分がやっていることに矛盾を感じてしまう。

それ故に無神臓はほぼ消える。


その2
しかしそれでもあのネオ白音たんとのケリだけはつけなければならない。

その真実と過去を知った事で、萌香さん達はこのままではどこかへと消えてしまうと危惧し、勝負を挑む。


その3
だがリリスの鏡で皮だけ狂暴化した時と違い、なんの容赦なく潰しに来られて割りと詰みかけた所で、過去を見た事で完成させた表萌香さんが自身を神器化させる。

神器名は不明。

基礎能力は相手の力を吸収し、使用者の力に変換する。
つまり、相手が強ければ強いほど強化の度合いが上がっていく。

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