キレキレ赤龍帝とバンパイア
人から人でなしになった。
人でなしから怪物となった。
怪物から――無へと帰した。
無から――人へと戻った。
『お前等の目的だとか、お前等の信念だろうが、憎しみだとか恨みだとかの全てがどうでも良い。
あんな悪食のバカ猫を神聖視している時点で、所詮畜生共なんだとしか思わないからな』
そして再び人から人でなしへと戻る刻――
『断言してやるよ。テメー等程度ではあの暴食バカ猫を御せる事なぞ不可能だ。
精々食い散らかされて終わり……だから楽にしてやる』
無限に増幅する憎しみの果てに人ならざる存在を殺し尽くした最後の龍の帝王は――
『オレは赤い龍でも青野月音でも―――そして兵藤一誠でもない。
オレは――テメー等を皆殺しにする者だ……!!』
過去への決別と青野月音としての先の為に……。
『これであの世に送ってやる……!
ウルトラビッグバン――
――――――――――――ドラゴン波ァァァーーーーッ!!!!』
まだ止まる訳にはいかなかった。
学園長だか学園自体に恨みだなんだを抱く不穏分子の襲撃の尻拭いをした結果、反学園派閥の首領格もろとも、人ならざる存在を殺すことにまるで躊躇いがないたった一人の少年によってこの世から消し飛ばされてから始まった学園祭。
既に学園長から依頼された仕事を終えた時点で、学園祭自体には出ずにそのまま寮へと戻って寝るだけだと思っていた、かつて人ならざる存在全てを殺し尽くした青年・兵藤一誠の精神転生体である青野月音は、かつてなら相容れないと断言していた『人ならざる存在』で初めて殺さずに『対話』をした吸血鬼の少女の我が儘に付き合わされ、頗るやる気のない目をしながら学園祭に参加していた。
その途中、その吸血鬼の別人格だと思われる方の人格と月音が宿す龍の意識が、それぞれ主人格と意識の入れ替えをした事で、なにやら不倫現場のような展開を繰り広げる事になったりもしたわけだが、学園祭はまだ終わらないし、なんなら学園OB等の来訪により盛り上がりを見せているくらいだ。
「ま、まったく、どうして表の私とドライグはああいうなんか見たらいけない雰囲気を醸し出すのだ……」
「んな事俺に言われてもな……」
吸血鬼少女こと赤夜萌香、実は人間だけど人間とは思えないパワーのせいで寧ろ人間だと今更言ったところで信じてもらえないだろう少年こそ青野月音は、互いの肉体に宿るもうひとつの人格同士の醸し出す妖しい雰囲気にすっかり胸焼けを起こしていた。
「ドライグが微妙に困ってるぞ?」
「表の私の急に恥ずかしくなったみたいで、呼び掛けに応じてくれん」
「だろうよ。
なんつーか、不倫現場でも見せられてる気分だったし」
そう、裏萌香状態となっている彼女を、史上最悪な凶悪さを誇る青野月音が傍に居るせいで近寄られることもなくマイペースに歩いていると……。
「やっと見つけたぞ月音……」
タイミングと運と状況により、殺戮されることが無く、月音の凶悪さを知っても尚、ストーカーのように後をつけまくる雪女少女ことみぞれが音もなく背後に立っていた。
「む……浴衣なんて着てるが、それは月音に対する色仕掛けか? 油断も隙もあったものじゃないな」
「貴様と一緒にするな。
そもそもこの格好は表の私が無理矢理だな……」
「まあそれは良いとして、月音よ、少し良いか?」
「聞け!!」
力の大妖などと呼ばれて恐れられる吸血鬼の筈だが、困ったことに龍を宿す怪物があまりにも怪物すぎたせいで、最近すっかりカリスマ性が壊れ始めてしまっている裏萌香が、みぞれの適当な態度に腹を立てるが、それでもみぞれはそんな裏萌香を無視して月音に用があると話をする。
「実は学園祭の見学に私の母が来ていてね。
月音に是非会わせろとしつこいんだ」
「あ?」
「母だと? 何故貴様の母親が月音に会いたがる?」
そもそもみぞれとは別にそこまで関わりがあるわけではないというのが月音の認識なのだが、みぞれはそうではないし、何ならその話をしている辺りで物陰からこちらを覗いている者が居る。
案の定その物陰から見ている人物がみぞれの母親らしく、手招きをしてから月音を指して言うのだ。
「出てきて良いぞ母よ。
そして彼が私の彼氏だ」
「………………あ゛?」
「なっ!?」
さも当たり前だとばかりに月音を彼氏と宣うみぞれに、月音は一瞬だけ反射的にドラゴン波をぶちかましかけるし、裏萌香はどういう訳か悔しげに驚きながらみぞれを睨んでいる。
(いやすまん。
後で礼はちゃんとするから、母が居るときの間だけは恋人のフリをしてくれないか? 母にはついお前が彼氏だと言ってしまってね……)
(ふざけろボケ)
こうしてドライグと表萌香の不倫現場を見せられて既に胸焼け気味だった月音の地味に長く感じる学園祭はスタートするのだった。
「初めまして、みぞれの母のつららです。
貴方が月音さんね? 娘から話は伺ってますわ――――あら?」
「……………………………」
奇跡的に一誠時代と比較すれば人ならざる存在への態度が丸くなったのだが、だからといってこんな茶番に付き合える程でもないし、ましてや勝手に言われたともなれば、付き合ってやる義理もない。
という訳で娘のみぞれに実によく似た母親こと白雪つららの丁寧な挨拶を踏み潰すがごとく、青野月音は移動した先のカフェエリアの席にて、チンピラ同然のような座りかたをしていた。
「聞いていた通り、優しそうなお顔に反してワイルドな子ですね」
「アンタの娘に何を聞かされたかは知らんがね、俺は断じてアンタの娘とそんな関係になった覚えなぞねぇ」
「むぅ……」
「ふっ……」
変に誤魔化してやるつもりなんて無いので、開口一番でみぞれとの関係について言ってやる月音に、自分がつい母に言ってしまった事とはいえ、不満そうな顔をし、その後ろで聞いていた裏萌香は密かにグッとガッツポーズをする。
「娘は相当貴方に執心しているし、何度かその手の話をされたかとは思いますが、貴方にその意思はないと?」
その瞬間、カップの自らとても鋭そうな氷が生成されて月音の眉間に突き付けられるが、月音の目はずっと冷めきっていた。
「アンタの娘の話であって、俺は別に何も思っちゃいねぇんでね。
それとなオバハンよ―――」
そして突き付けられた氷を片手で握りつぶしながら月音は言う。
「そうやって俺に言うことを聞かせられると思ったら大間違いだし――――――あんまり調子くれてっと、保護者だろうがブッ殺すぞこのクソボケが」
「………………………………!」
「あ、ちょ……月音、勘弁してくれないか?」
「あっはっはっはっ、残念だったな!?」
生成された氷を握りつぶし、龍が飛翔するかのようなオーラを放出させる月音に、みぞれはオロオロしながら取り敢えず止めようとするのだが。
「は、はい……」
どういう訳かつららが放心したような顔で何度も頷くではないか。
娘からしたら見たことない母の姿に少し驚く訳で。
「す、少し早とりちをしてしまったようです……はい」
「……?」
「ですがその……娘のお友達ではあるのですよね……?」
「あ? 俺にそんなものなんぞ――」
「「……………」」
「………………。チッ、まあこの学校内じゃあ適当に世間話くらいはする間柄という意味ではそうなんじゃねーんすか?」
誰が人間でもない畜生なんぞと友達だ……とつい言いかけそうになる月音だが、裏萌香とみぞれがそれこそ言ってしまえば本気で傷つきかねなさそうだと察知したので言うのはやめて悪態混じりにそう言うと、つららは『そうですか……』と何故か安心した様子で席を立つ。
「少し先走り過ぎました。
今回の所は出直させて頂きますわ月音さん?」
「二度と会いたくねーよ」
「ふふ……なるほどね、娘が気に入った理由が凄くわかりました」
「あ?」
よくわからないが、納得と理解はしたと思う月音が意味深な事を言うつららに眉を寄せていると、みぞれを呼び寄せて何やら耳打ちをし、そのまま丁寧にお辞儀をしてから去ってしまった。
「流石母だな」
「は?」
「何の事だ?」
「殺されてでも諦めるな……だとさ」
去っていった母を見送りながらみぞれが小さく微笑みながら言うその台詞の意味は月音にはわからないし、あまり理解もしたくないものだったが、裏萌香はぐぬぬと唸るのだった。
「まあ、恋人のフリで誤魔化すよりはある意味見通しもよくなった訳だ。
という訳で月音よ、取り敢えず記念に人気の無い場所で裸の付き合いを――」
「寝言は寝てほざけ」
「むむ……私の氷より冷たいが……それも最近は心地良いぞ月音?」
こうして青野月音としての第一関門突破したが、みぞれと裏萌香がなにやらがっつり組み合って喧嘩に発展しかけた時だった。
「あ、いたいたー! 月音~」
はぐれ妖の件で紫のついでにではあったとはいえ助けられて以降、妙に気安くなっている黒乃胡夢がまたしても誰かを連れながらこっちに近づいてくる。
「チッ、なに?」
「あ、ごめん……機嫌悪かった?」
「う……別にキミのせいではないんだけど、ちょっと面倒なことにな」
今日だけで何回舌打ちしたかわからない月音の素っ気ない態度に当初は寧ろ敵意を抱いていた胡夢も、今では怒りもない様子だし、月音としては敵意を持っててくれた方がやり取りもしやすかった為、今の胡夢は少しやりにくい。
「ふーん? じゃあ少し良い? ほら私のお母さん紹介したいし」
「は? ……またか」
「え、また?」
そんな月音に胡夢は連れてきた母らしき人物を紹介しようとする訳で、随分と派手な格好をしている女性と目が合う。
「初めまして~ キミが胡夢の言ってた初めての男友達の月音くんかぁ………って、どうしたの?」
「いえ……またややこしい話を勝手にされているかと思って身構えただけなんで」
友達として紹介されたので、一気にホッとするのと、同時に、少しだけ胡夢の地味な常識さのお陰で彼女への評価が上げる月音。
「ふーん?」
そんな月音の態度を見ていた胡夢の母は、見た目だけなら初心な少年を少しからかうつもりでヘッドロックして胸でも押し付けてやろうとしたのだが……。
「チャームが通用しないみたいだし、下手な事はやめるわ」
娘からチャームどころか何してもウザがられた話を前以て聞いていたお陰か、悪戯をするのを止め、そのまま嫌そうな顔をしている月音の耳元で囁く。
「あの子ってああ見えても異性の友達なんて居なかったのよ」
「………近けぇから離れ――」
「まあまあ聞いてちょうだい。
そんなあの子が貴方を友達だと言う辺り、間違いなく友達以上の事を思ってると思うわけ」
「それを俺に言ったところで俺にどうしろと?」
「いいえ? つまりあの子って種族柄誤解されるけど、かなりウブってこと。
だから……これからもあの子の友達で居てくれるとおばさんは嬉しいかな?」
「………………………………」
見た目に反して割りと常識的な事を耳打ちした胡夢の母は、にっこりと微笑みながら月音から離れる。
「あ、勿論友達以上の関係になってくれても全然良いけどね? 寧ろキミみたいな見た目に反したワイルドな子って好きだし?」
「ちょ!? お、お母さん!? ご、ごめん月音、ただの冗談だから!」
「あははは! じゃあまた会いましょうね~?」
慌てる胡夢とは逆にマイペースに手を振って去っていく母に、月音は常識的な事を言われた事もあってか実に渋い顔をしている。
「ま、まったくお母さんったら……! その月音……お母さんの言ってた事は話し半分で良いからね?」
「…………」
どいつもこいつも訳がわからない。
月音の気持ちはただそれだけであった。
「そ、それであの……確認なんだけどぉ……」
「なに? 金なんかねーぞ俺は」
「ち、違うわよ! 私達って友達って言えるのかなって……」
「それは俺ももわからないな。
数ヵ月前までなら、そんな台詞をキミ達みたいなのに吐かれたら反吐が出る気分だったんだけど……」
「「「………?」」」
「そう思わなくなり始めている自分が、自分じゃなくなってるようで怖いんだよ」
殺す程毛嫌いする存在達への認識が変わり始めている事を含めた全てが、今の月音にはまだわからないのだ。
「くっそ、モヤモヤすっから家からイリナ(お館様)でも引っ張り出して女子高生のコスプレでもさせてやろうかな……」
「ま、またあの女か!? 奴ばかり贔屓するのはよくないぞ!!」
「土下座して頼むと割りとなんでも着てくれるもんでついな……」
「お前が何故あの魔女に土下座する!? 私にはしないくせに!!」
「そりゃあ前に土下座したら悪魔祓い(イリナ&ゼノヴィア)のコスプレしてくれたし。
そしてあの恥じらい方がまたグッとくる――いてっ!?」
「奴にだけそれなりの欲を出すのも何故かムカつく、一発殴らせろ!」
「殴ってから言う台詞じゃねーだろ……ああもう鬱陶しい!」
今はまだ。
『………』
『月音が心配なのドライグくん?』
『いや、今はまだこれで良いと思っている』
『そっか……ふふ、やっぱりお父さんみたいよ?』
補足
奇跡的なレベルで多少丸くなってるものの、押し付けられる事は嫌いなのでそこはチンピラムーブで蹴散らす。
………逆効果っぽいけど。
その2
何故か妙に母子揃って常識的な事を言うので微妙に困る。
というか、正面から行った事で一度完全にダウンさせたのってなにげに彼女だけだったりするというかね。