どんな地獄を見ても、どんな理不尽という名の現実が押し潰さんとしても、アホのように前向きに生きた三人の少年は、見た目とは裏腹に結構優しい堕天使によった育てられた事で三馬鹿となった。
そんな三馬鹿はある日、育ての親である堕天使が昔発見した異世界という場所の事を教えられることになり、しょっちゅう旅行感覚で連れていかれる事になる。
その異世界では神器は存在しないし、悪魔やら堕天使やらといった生物も想像上の存在となっていた。
だが、そんな事よりも三馬鹿はこの世界の食べ物がどういう訳か自分達の世界の食い物よりも美味しく感じる事が気に入った。
そういう経緯があり、彼等は異世界に度々現れては満腹になるまで食べ歩きをしまくるようになったりもしたし、育ての親である堕天使の生徒と名乗る者達と出会ったりと、皮肉にも元の世界においてはあらゆる生物達から化け物と揶揄されて禁忌されていたことで経験しなかったあらゆる『当たり前』を経験することができた。
そして現在。
育ての親が技術を提供することで条件下でなら可能となった力を密かに学ぶ学校へと通う事になった三馬鹿は、ひょんな理由で急遽入学を決めた少年と共に学生生活を営む事になる訳で……。
「すまないけど、今俺は手持ちの金が30円しかなくてね。
金を払うのなら君たちの飲み物を買ってくるのは構わないのだが……」
「「「…………」」」
「あれ……? 小突いただけで気絶してしまったようだ。
もう少し加減の調整をしないとな……」
異界にて狂気の子供達と呼ばれし異常者は、どこでも平常運転なのだった。
念願であった聖凪に入れたのまでは良かった久澄大賀だが、そこに至るまでは様々な偶然と少々の強引さがあったので、その代償は決して小さいものではないのだと、『魔法』という概念を知れば知るほど思い知らされていくことになる。
「昨日は助かったぜ……えーと、ルシファーだっけ?」
「そっちではあまり呼ばれたくはない。
だからヴァーリで良い」
「え? わかった、えと、改めて昨日はありがとう……。
ヴァーリのお陰で俺と柊が閉じ込められっぱなしにならなくて済んだぜ」
「トモダチの事は何があっても助けろと教えられてきたからな。
キミはそのついでだったし、本当に気にしなくても良い」
「お……おう。(トモダチって柊の事だよな? そういえば兵藤といい、妙に柊と親しいが、どんな関係なんだ?)」
しかしそれ以上に久澄大賀が気になって仕方のない件が、自分がこの高校に入るとなった際に現場にいた三人の少年達が、誰も彼も妙に自分が気になって仕方ない女子こと柊愛花と親しげな事であった。
それも見ている限りではこの暗い銀髪の名前からして外国人だと思われる少年ことヴァーリを含め、同じクラスにて柊父と共に自分の学生生活のフォローをする一誠や、まだ絡みがない神牙と呼ばれる少年の三人の事を愛花自身も親しげに名前で呼びあっているのだから、愛花にそろそろ恋心を抱いている久澄からしたら、戦々恐々なのだ。
「ヴァーリくんこそ大丈夫? クラスで苛められとかいないよね?」
「相変わらず妙な心配をする奴だな? 俺が誰かに苛められた所なんて見たことないだろ?」
「そうなんだけど、なんか心配で……」
「一誠と神牙に笑われるからそういう心配は大丈夫だぞ……まったく、子供じゃあるまいし」
加えて特にこのヴァーリという少年に対しての愛花の態度が他の二人と比べてもどこか違うので、ある理由で倉庫に愛花と閉じ込められたところを助けてくれた恩はあれど、微妙に嫉妬心的なものが沸いてしまう。
「それより聞いたけど、お父さんが満漢全席を三人にご馳走しなくちゃいけないって……。
それって私も行っても良い?」
「金を出すのは柊だから良いんじゃないか?
それより一誠の奴はどこだ?」
「兵藤なら同じクラスの伊勢ってのと妙に仲良くなってどっか行っちゃったわよ?」
久澄大賀の物語はまだ始まったばかりなのだ。
柊賢二郎にとってすれば、久澄とは己の生命線に等しきものであった。
彼がもし魔法関連がド素人だとバレたら即刻クビになり、自分がこれまで培ってきた全ては記憶と共に失われる。
それだけは己の誇りとしてきた身として防がなければならない。
故に、教師としてという意味ならば完全にアウトである不正をしてでも久澄大賀を入学したてなのにGプレート保持者になった優秀生徒を演じさせなければならない。
そしてその為には、己の恩師義息子達をも巻き込むのだ。
「一ヶ月先の魔法学試験の件だが、この試験の結果によっては退学もありえる」
「はぁっ!? お、俺はまだ魔法が使えないのに、そんなの最下位決定じゃねーか!?」
「トレーニング後のハニートーストとミルクはうめー……」
娘に妙な事をしようとする辺りがとても気にくわないが、ここで終わられては自分も終わるという事で、ヴァーリによって娘の愛花と久澄が救出された翌日の朝6時に学校の屋上へと久澄と、ハニートーストをもしゃもしゃと食べている一誠を呼び出した柊は、試験の件を話す。
「そんなことはわかっている。
俺とて己の理念に反するし、反吐も出るが、お前が魔法を使っているように周囲に見えるように工夫しようってんだよ。
簡単に言えば、俺が行使する魔法をお前が使ってるように見せるって事だ」
「へ?」
「んめーんめー」
生徒個人のプレートを今の時期に作成することは不可能というのが他の教師達の認識だが、正直言えば切り札を切ればその概念は簡単に覆せる。
だが、肝心の使い手が昨日今日急遽入学したド素人となれば世間的に教師クラスの魔法容量を扱えるGプレート保持者と見られている縛りがある以上、見抜かれる可能性が高いし、何よりこんな茶番の為に恩師の手を煩わせたくはないという本人の意地もある。
最悪、こちらの魔法に関しては素人ながらも事情は知る協力者も他に居るので、今回はこの手で乗り切らせるしかない……と、ハニートーストを食べ終え、瓶の牛乳をガブガブ飲んでいる、凶悪小僧の一人にも釘を刺す。
「わかっているな一誠? 試験は殺し合いではない。
あくまでもこの学園の生徒らしい『魔法』を使え。
『神器』や『スキル』は使うなよ?」
「任せろ、昨日仲良くなったクラスメートからひとつ魔法を教えてもらったからな」
「ほう?」
凶悪小僧と呼ぶ理由は、あまりにもフリーダム過ぎるからだけではない事を嫌でも知る柊の少し真面目な顔に対し、久澄は頭に?を浮かべ、言われた本人はこくりと頷きながら―――――何故かひび割れている最下級型のプレートを見せる。
「この磁力を与える魔法は便利だな。
これのお陰で自販機の下に小銭を落とす心配もないぜ」
「お、おぉ……!?(そ、そういや俺と違って兵藤は普通に魔法は使えるんだったな……)」
「……………………おい、何故プレートに皹が入っている?」
「へ? いや使おうとしたらこんな事になっちまったけど、特に不具合もないから別に良いかなって……」
「………………」
そう良いながら何気に周辺の石ころを磁力に変えて『フォースと共にあれ!!』とジェダイの真似事をしている一誠のプレートを見て、柊はちょっと嫌な予感がした。
というのも、各プレートには容量というものがあって、高ランクになるほど扱える魔法の規模が上がるのだが……。
「ほれ、プレートから出した感でも出せば――龍拳・爆撃ィィッ!!!」
「どわっ!?」
「なっ!?」
さっきから一誠が軽い調子で行使している魔法の容量が明らかに最下級プレートの容量を超えている。
証拠に柊も何度が見たことのあるあの赤い龍の力を纏う事なく龍の形の魔法を放出していて、柊や久澄をぎょっとさせるのだから。
「す、すっげー……もしかして兵藤もゴールドプレートなのか?」
「違う、アイツは一般入試をした者と同じく、最下級のレッドアイアンだが……」
「てことは本物のゴールドプレートだったらあれよりスゴい事が……」
「……………」
誤解する久澄を横に、柊はアザゼルの教え子の一人としてアザゼルの意思を含めた全てを受け継ぐ子供達に劣等感を感じるのだった。
「先日の説明通り、本日から
男女で5人から6人で組み、誰と組むかは自由ですが得意不得意をカバーし合える友達と組むと有利ですので、よく考えて組みましょう」
そんな柊の密かなる劣等感を刺激したことに対してまるで自覚がない一誠はといえば、クラスの委員長らしい女子の説明をシャーペンを回しながら聞いている。
ヴァーリと神牙もきっと今頃は同じ事をしているんだろうなぁとぼんやり考えている内に班決めが始まったらしく、クラスのほぼ全員が久澄と組もうと押し掛けまくるのを『人気者だなぁ』と他人事のようにみていた。
そんな一誠と同じように、久澄に押し掛けることなく眺めている女子三人。
「えらい人気だな」
「そりゃあ彼が居たら有利だもの」
「私たちは同じ班で良いよね?」
柊愛花とその友人である三国久美と乾深千夜が、囲まれている久澄を前に組む。
「男子はどうするよ?」
「一誠くんはどう? あそこで欠伸してるけど……」
「愛花の友達の一人か……」
男子の一人は愛花を介して何度か話をしたことがあり、話す限りでは可もなければ不可もない。
要するに害がなさそうな男子だという印象を持つ二人的にも愛花の提案する一誠と組むのには抵抗感もなく、一人でぼけーっと練り消しで遊び始めている一誠に話しかける。
「ねぇねぇ一誠君、もしよかったら一緒の班になろうよ?」
「んが?」
「組む予定がある人がいるならアレだけど」
「あー……いや、余った誰かと組もうとか思ってたし別に………」
成長して同年代になったが故なのか、女子高生に対する夢がなくなって無欲化してしまっている一誠は、あっさりと組むことになり、その棚からぼた餅感覚で組んでる一誠を見て焦った、既に仕込まれて伊勢なる本来の一誠みたいな男子と組まされてしまった久澄は慌てて一誠と組むと高らかに宣言することで、班は決定するのだった。
友人の愛花が信用しているという事ならばと引き入れてみた兵藤なる、ゴールドプレート持ちの男子と同日に家庭の事情とかでやって来た男子に対する印象は久澄という存在感故に薄かった。
しかし久澄が直接彼と組みたいと宣言した事と、女子に対する粗相ばかりを働く伊勢と嘘みたいに馬が合う様子を見せられた事で、微妙にその印象が変わり始めた。
良い意味でも悪い意味でも。
「てなわけで兵藤~、実は女子更衣室が見えるベスポジを発見したから後で一緒に覗こうぜ!」
「女子更衣室? 女子教師専用じゃないのかよ?」
「いや、そっちじゃないけど……」
「あー……なら興味ねーな。
だって女子高生なんてお子様なんて覗いても面白くねぇ。
やっぱ女性は女子大生からだべ」
堰をきったように伊勢と下品な会話をする兵藤一誠に、愛花が言ったとはいえ組んだ相手を間違えたのかと思ったのだが、当の愛花は苦笑いしている。
「あはは、相変わらずだね一誠くんは……」
「相変わらずって、伊勢とあんな楽しげに話してる時点で地雷の予感しかしないんだけど」
「あー……そう見えるよね? でも大丈夫だよ、一誠くんって本当に好みの対象外の人にはなんにもしないし、寧ろ親切だし」
「……確かに彼が伊勢みたいな事をしたという話は聞かないかも」
既に伊勢との会話でクラスの女子達から白い目で見られ始めている一誠にそう言う愛花が言うのだから、恐らく本当の事だろうが……。
「取り敢えずそのくだらない話は後でやってくれない?」
「んぁ?」
「よしわかった、その代わり三国の尻を撫でさせろーい!」
「させるわけないだろうが!」
確かに伊勢と違って本当に……興味がない目をしていると三国久美は飛びかかる伊勢を叩きのめしながら確認する。
「おーい大丈夫か伊勢ー? …………良いカウンターだが、キミは何かの経験者か?」
「……?」
地面につぶれた蛙のように倒れて目を回す伊勢をボールペンの先でつっついていた一誠の質問に、少なくとも三国久美の下げまくっていた一誠への印象を別の意味で変えることになる。
「みっちょんはお兄さんの影響で空手をやってたんだよ?」
「ほー……?」
「今はやってないけどね」
「あ、そう」
愛花が代わりに教えた時点で、一誠は特に興味は持たない様子ではあったが……。
すぐ後に気付く一人となることをまだ知らなかった。
「てか、アンタのプレートって何でそんなボロボロ?」
「わかんね。使う度にボロくなってくんだよねぇ……」
「………」
初のチームごとの授業でプレートがオンボロになってることに気づいたり。
「ねぇ兵藤? アンタなんか格闘技とかやってた?」
「いや、ちょっと喧嘩慣れしてるだけだが……なんで?」
「いや……」
動きに素人感がないと察知してしまったり。
そんな彼女はやがて見るのだ……。
「ヴァーリィィ……神牙ァ……!
俺の食後のアイスを食ったのはどっちだァァ……!!?」
「どっちもだ」
「仕方ないだろう? 冷凍庫をあけたらたったひとつのアイスが『私を食べて♪』と誘惑してきたからな。
だからヴァーリと半分こして食べてやったぞ!」
「………………殺す!!」
あれ? 魔法ってなんだっけ? という異次元の領域を。
「アイスひとつで大喧嘩してるけど、あれって止めないとヤバイんじゃあ……」
「あー……その内落ち着くから大丈夫……かな?」
「いやいやいや! 校庭がクレーターだらけなんだけど!?」
見たことないものを腕に、背に、その手に持ちながら殺し合い同然の戦いを展開する様を。
「あ、あのボケ共、二人がかりでボコりやがって……いででで!?」
「そりゃあそうでしょう。
てかアンタがますますわかんなくなったわ」
「んなことはどうでも良い! お、俺のアイス……クソォ!!」
ちょっとの非日常ではない本当の非日常を知った事で、可能性を知ってしまう未来へとなるのか。
「んめーんめー」
「変なところで単純というか……安いアイス買ってあげたら神扱いされたし」
「大体三人の喧嘩の理由って食べ物の事だから……あはは、普段は凄い仲良しさんなんだけどね?」
まだわからない。
「おい一誠、最近その女に肩入れを……」
「だってアイス買ってくれたんだぞ? 良い子確定だろ?」
「そうなのか……?」
「あ、いや……アンタ等と喧嘩した後もまだアイスがってうるさいから、安いの買ってあげたらこうなっちゃって……」
「ぬ!? どうした!? 歩くのがダルいのか!? よっしゃ俺が目的地まで運んでやるぜ!」
「ちょ……!? やめろ! 別にそんなんじゃ――」
「ぬはははは!!」
終わり
「ええぃ今俺はお前程度の合法ロリと遊んでる暇なぞ無いんだ! ……てな訳で三国さんよ、この前のお返しに美味いたこ焼きを奢るから行こうぜ?(ナンパではない)」
「え、えーっと……」
「よ、余計ムカついてきたんだけど……!?」
終了
補足
まあ……なんだ。
これで本当に終わりにしましょう