必要ならば平然とルールや掟をどこかへと投げ捨てよが信条である我らフェニックスが、人間界の――それも我々を毛嫌いする者が一応の管理をしている地域での生活には無理があった。
わかっていたのだけど、それでも人間界での生活を始めた理由は主に二つ。
ひとつは理由はどうであれ、元は人間であった一誠に人間界での生活の経験をさせる。
そしてもうひとつがその管理を任されている悪魔の眷属となっていた黒歌の妹の様子を確認することであった。
正直に言えばこちらがメインであった。
結果だけを言えば我々の懸念は杞憂だった……と今のところは言えた。
問題があるとするなら一誠と同じ姿形をしたあの男が転生悪魔になっていた事だったが、思いの外黒歌と妹は精神的に自立をしているようで、そういった手合いがやるとされる『仕込み』には引っ掛かってはなかった。
ついでに言うと、ソーナ・シトリーも。
もっとも、あの男が転生悪魔ではなかったら一誠に内緒で『処理』をするつもりだったことを考えたら、安心とはいえないのだけど。
とにかく今のところは大丈夫そうなのは間違いないのだけど、今回の件で物理的に距離が離れてしまった。
理由が理由なので兄と一誠を責める気はないが、あの男が居る以上、悠長に構えてはいられない。
何せ、消えてなくなったと思っていた『本物』が生存していると知ってからはその敵意を向けているし、彼女とついでにソーナ・シトリーがその敵意を向けている存在に対して友好的なのだ。
思い余ってバカな行動に出ないという保証はない。
そうなれば我々は今の立場を捨てなければならないかもしれない。
………それまでは現政権にそこそこ従順なフェニックス家だけど。
冥界に戻って以降、兵藤一誠の存在もあってやはり白音が心配でもあったので、人間界を去る前に秘密裏に交換した連絡手段を駆使して白音自身の近況やらその周りの様子を探るレイヴェルは、今日もやって来た白音からの変わらぬ電話連絡に隣で一緒になって聞いていた黒歌とホッとしていたのだが……。
「は? 一誠が着ていた学園の制服や体操着はどうしたかですって?」
『うん……。
え、えーっとその……多分もう使う事なんて無いから処分とかしたのかなーって……?』
スピーカーモードにして電話をしていた際の白音のこの質問にレイヴェルや横で一緒になって白音と話をしていた黒歌ははて? と一瞬だけ首を傾げるも――なんとなく意図を察した。
「一応まだ保管はしていると思いますがね……」
「なぁに白音? もしかして欲しいの?」
『や、その……うん……』
どう取り繕っても誤魔化せないと思っているのだろう、割りと素直に欲しいと言う白音にレイヴェルは呆れた目をしつつ隣の黒歌を見る。
「本当に今まで会わなかったのかしら? そういう趣向も黒歌さんに似てますわ」
『え……あ、そ、そうなんだ? へー……?』
「いやぁ、そんなに褒められると照れるにゃーん?」
一誠は現在フェニックス家のお屋敷――というか最早お城を使用人として清掃中であり留守だ。
本人も学園の物を何時までも持ってても意味はないと思っているだろうし、くれと言われたら簡単に渡して貰えそうではある。
「ナニに使うかは敢えて聞きませんが、本人に聞いて構わないと言うのならお送りしましょう」
『ほ、本当に!? で、でもレイヴェルは嫌じゃないの?』
「なにがですか?」
『だって、一誠先輩の私物を他の女に渡るのを嫌がりそうだし……』
「赤の他人なら全力で拒否しますけど、別に他人ではありませんし、そういう趣味趣向にはそこそこ理解ができますからね」
「第一、レイヴェルもあんまし言えないもの
主に私が教えたからだけど」
『そっか……』
「こほん! ……そういう事ですわ」
本当の他人ならふざけるなと突っぱねてやるが、白音ならまあ許容できるというレイヴェルは白音のお願いを聞いてあげることにした。
『じゃあその……レイヴェルの制服と体操着も良いかな?』
「は?」
「ありゃ……」
叶えてあげるという事でこの話は終わる筈が、白音はどうやら同じように使わなくなったレイヴェルの服も欲しがっていたらしい。
妙にいじいじした声の白音に、一瞬ポカンとなったレイヴェルは微妙なものでも見たような声になる。
「………そっちの趣味でもあったのでしょうか?」
『ち、違う! れ、レイヴェルのだったら私が着れるし、予備として欲しいと思っただけで……!』
「まあ、少し白音さんには大きいかもしれませんが、着れない訳ではないとは思いますけど、制服はともかく体操着は名前を刺繍してしまってますよ?」
『か、構わない。
ダメかな……? 予備の為ってのも本当だけど……レイヴェルの事も結構好きだから……』
「お、おぅ……」
(レイヴェルもストレートに言われるのに弱いなぁ……。ふふふ……)
好きと言われた時の一誠みたいな狼狽え方をするレイヴェル。
身内判定した相手にのみはかなりチョロい所があるので、結局そのお願いも聞いてあげる事になるのだった。
基本的にフェニックス家の使用人としての仕事がメインである霧島一誠が仕事を終えて自分の部屋に戻ってみると、何故かレイヴェルが学校で使ってた体操着をちょっと恥ずかしそうに着ていて、その姿を黒歌が色々なアングルからシャッターを切りまくっているという、中々シュールな光景が展開されていた。
「……………俺の部屋でなにしてんの?」
当然となる一誠のその声に、シャッターしまくりだった黒歌が振り向き、ギラッと目を光らせる。
「戻ってきたのね? じゃあ早速だけどこれに着替えてレイヴェルの隣に立って!」
何時もより二割増しのテンションと共に渡してきたのは、近い内に処分する予定であった一誠の体操着だった。
「いやゴメンだけどなんで?」
当然訳がわからない一誠だが、黒歌は鼻息荒めにとにかく着替えろと言うので、渋々燕尾服から最早着ることなんてないと思っていた体操着に着替えた。
「ん、着替えたね!? じゃあ早速学校の授業の時みたいにレイヴェルと一緒に準備運動をするにゃん!」
「は、はぁ? ―――どういう事だよレイヴェル?」
「い、色々あるのよ。ほら、黒歌さんの言うとおりにするわよ」
そう言いながら手を掴むレイヴェルに、『わけわからん』と思いつつも言われた通り、学園の授業の際にしていた準備運動と同じ事をレイヴェルを相手にすることに……。
「ん……んっ……ぁ……!」
「ちょ、おい……レイヴェル、そうやって準備体操の度にエロい声出すなよ? 途端に如何わしさMAXじゃねーか?」
「か、勝手に……ぁ……ん♪ 出てしまう――ぁ……のだから……仕方――ひぅ……! ない……でしょう……!」
「体育の授業って基本的に男子と女子は別れてたからお前は知らんかっただろうけど、一年の坊主共が女子の授業を覗いてたって知ってたか? その時お前が一々準備運動でそのエロ声出す度に、前屈みになるとかならんとか……」
「それなら――あぅ……! い、一誠は……どうなの……?」
「どう? さぁ……?」
一緒に居ることに慣れすぎた弊害か、思春期男子には毒にしかならないレイヴェルの艶かしい声を聞いた所で特になんともなかったりする一誠は淡々とレイヴェルの背中をグイグイと押して柔軟体操の補佐をする。
盛った黒歌に押し倒されてペロペロされてるレイヴェルとか見せられ続けたせいか、この程度で動揺はしないのだ。
……まあ、直で来られたらその限りではないのだけど。
「良いわ……ふっふっふっ」
そんな光景を今度はビデオカメラで撮影する黒歌は一誠が二着持っていた予備の体操服にいつの間にか着替えており、普段から一誠に『スイカ』なんて言われる胸元がちょっとキツそうだ。
「よし、カメラを固定させたし―――私も混ぜろにゃー!」
「ぐへっ!? ちょ、黒歌!?」
「きゃ!? は、話が違――ひゃん!?」
「こんなの見てたら我慢できないわ!」
「お、俺を巻き込むのは――むががっ!?」
そしてそのままある意味汗のかきそうな『体育の授業』となったのであったとか。
龍と鳥と猫が仲良く遊んでいる頃、この度ライザーと眷属という立ち位置となって新たな人生を歩む事になったアーシアは、冥界での基本的な知識をライザーから教えられていた。
「名目上では俺の眷属という立場にさせてしまっているが、キミがきちんと社会復帰できるまでのサポートをするつもりだ。
だから……まあ気楽に生活してくれたらそれで良い」
「は、はあ……ですかこの本には最近の悪魔の間では眷属を駒に見立ててチェスの要領で腕を競い合うゲームが流行だと……」
「レーティングゲームの事か? 生憎それに関しては上の兄貴達の方が詳しくて、俺はやったことは無いぞ? それにやるにしてもキミを戦わせたくはない」
社会復帰と身を守れるだけの力――そして一誠の『作り替えるスキル』に耐えきれる精神力を養わせるという意味では最近アーシアにもある程度鍛えては貰っているが、それは悪魔同士のゲームやら外との小競り合いの為ではない。
そうはっきりと言いながらフェニックス家の屋敷の裏に面する湖のほとりで器用に石を投げては水面に跳ねさせているライザーに、アーシアは少し寂しそうだ。
「ライザーさんのお役に立ちたいです……」
「こんな拗らせた男一人の為に人生を捨てる必要はないさ
俺は、キミが堕天使に殺される前に助けることもできなかった腑抜けだ」
「でも私は生きています。
アナタが私を悪魔にしてくれたから……」
「キミのこれまでの人生を『否定』したのと同義だ。
恩に感じる必要だってない」
そうとことん自分を卑下しまくるライザーに、アーシアはなんとなく昔の自分に似てると思った。
だからこそ余計に自分の命を拾ってくれた神ではなく悪魔であるライザーの役に立ちたいという想いが強くなる。
(皆さんのように強くなれたら、ライザーさんも認めてくれるのかな……)
それが身を守ることもできなかった少女が抱いた初めての『力への渇望』となって……。
そして……。
「お前達に対する対応について冷静に考えたら凄まじくムカついたので、寝ションベンのジオティクスの奴に喧嘩を売っておいたぞ! ぬゎはははは!」
『………………は?』
「人間界から戻らなければならない理由は別にしても、普段からライザーと一誠を特に目の敵していたのでしょう? あの赤髪の小娘は? なので私もついビビりのヴェネラナにシュラウドと一緒になって喧嘩を売ってしまったわ……。
けれど反省はしますが、後悔はしません!」
その少女の想いは、思わぬ形で叶う……のかもしれなかった。
「ちょ、待て……喧嘩を売ったとはなんだ? というかレイヴェルと黒歌となんで体操服なんぞ着てる? 一誠もだけど」
「ちょ、ちょっと色々あって……」
「試行錯誤ってやつにゃん」
「……………………………」
「ではなんで一誠だけが少しやつれてる? 若干遠い目だし……」
「い、色々あって……」
「新しいプレイの一貫みたいなものよ」
フェニックスの父と母に呼び出され、アーシアを連れて戻ってみれば、妹と弟達は何故か体操服姿だし、父のシュラウドと母のエシルはグレモリー家の当主夫婦に喧嘩を売ってやったとドヤ顔だし……。
「心配するなライザー! 一応止めようとはした!」
「したけどその場に居たサーゼクス様が困った顔をするだけで逃げようとしたので、つい『ファッキュー、ぶち殺すぞボンボン魔王』と言っておいたぞ!」
「…………」
長兄と次兄に至っては両親を止めるどころか、ついでと云わんばかりに魔王の一人に向かって中指まで立てて罵倒してやったと言う始末にライザーは『あ、アホだ』と思った。
特にフェニックスの中では一番理知的で通ってる長兄までもがはっちゃけ始めたらストッパーが消える。
そうなればフェニックス家の真骨頂である『燃えすぎて周辺を巻き込んで大火事にしてしまう』という特性が止められなくなる。
「結果、喧嘩を買った向こうが自分の娘をライザーとゲームさせろと言ってきたぞ」
「これで合法的にあの赤髪連中をぶちのめせますよ!」
「だ、誰もそんな事頼んでないし、俺は眷属だった今はアーシアさんしか居ないんだぞ!?」
「大丈夫だ、その事を説明したら人間界で生活していた者――つまりレイヴェルと一誠をライザーの眷属として扱わせろと提示してきた」
「え!? わ、私と一誠も参加を!?」
「スイカとメロンはもう要らねぇ……」
がっはっはっはっ! と金髪達が全員して高笑いする。
こうして全く意図せぬバトルが勃発することになったのだが……。
「……………。良いかライザー、理由はふざけているかもしれないがこのゲームだけは必ず勝て。
このゲームに勝てば、黒歌の罪を完全に清算させることを約束させたのだから」
「! まさかその為にわざわざアホを装ったのか……?」
「多少はです。
一応あの赤髪連中にムカついてたのは本当です」
負ける訳にはいかない戦いでもあった。
「向こうは何故そう思ったのかは知らないが、ライザーが勝てばリアス嬢と婚約するというのが狙いなのではと思ってらしいがな」
「は? なんだそれは……?」
「さぁ? アナタがリアス嬢に邪な考えを持ってるとかなんとか思ってたらしいので、アナタの代わりに言っておきましたよ―――『あんな小娘が裸躍りしようが反応なんぞしねぇぞボケ』とね……ふふん」
「………相変わらず素だと口が悪すぎですわお母様」
ちなみに、翌日には白音との約束通り制服と体操服とついでに『体育の授業風景』なんてタイトルの編集動画を送り、即座に電話がかかってきたとか。
『その体育の授業って参加したりはできない……?
シトリー先輩もって言ってて……』
「や、あれは一誠に聞かないと……」
「一誠的にはどう?」
「俺を殺す気か!?」
主に一誠の身が余計危険になる話が……。
2章・燃え燃えフェニックス家
補足
暗黒面のマスターであるソーたんが然り気無く誘導しまくるせいで、欲望ブッパ気味になりつつある白音たん。
そしたらレイヴェルちゃんと黒歌姉さんもノリが良いもんだから、相乗効果で大変なことに―――主に一誠が。
その2
とにかく悪魔にしてはあまりにも欲を感じられないライザーへの恩義から段々彼から感じるトラウマのような背景を察して、力を渇望しはじめるアーシアたん。
その3
キレると口調がチンピラ化する夫人。
普段はストッパーな夫やら長兄さんやら次兄さん。
されどカチコミモード入ると夫人と一緒になって誰であろうが関係なく中指立ててしまう。
特に身内に対する侮辱となると余計に……。
その4
メロンとスイカは暫く要らない……一誠くんはそう遠い目で呟いてたそうな。
……………決して会長さんのひんぬーが癒しになるとかそんなんじゃなくてね?