必要とされなくなる恐怖。
見捨てられるという恐怖。
自分の存在価値を失う恐怖。
人間とは色々な恐怖を感じる生物である。
そして私の持つ恐怖は大まかに言えばこういった恐怖。
だから私は強くなることで己の存在価値を示そうとしなければならない。
だから私は、この学園に通う平和ボケをした連中を見ていると腹が立つのかもしれない。
だから私は、ちっぽけな出来損ないであった私に存在価値を教えてくれた織斑教官の弟である織斑一夏のあまりの腑抜けた姿が許せなかった。
そして何より、スペアという一定の価値だけしかないあの男が織斑教官に良くして貰えている事が憎かった。
ただ織斑一夏より後にISを男で起動したというだけの価値しかない織斑一夏のスペア。
故に国からもそれだけの価値しかないからと専用機すら与えられない。
そしてその事実を知ってか知らずか、それを良しとして価値を高める努力がまるで感じられなかった男。
だというのに織斑教官から妙に贔屓にされているだけの男――そう思っていた。
下手をしたら織斑一夏以上に、篠ノ之束の妹というだけの存在でしかない篠ノ之箒やら呑気な顔をした女子と怠惰に過ごしているだけの、腑抜けた顔をしただけの男だと私は思っていた。
『素人だからお手柔らかに頼むぜ――――
それを知ったのは、織斑一夏に尻尾を振るだけの、他国の代表候補生とも思いたくはない女共共々叩き潰してやろうとした時だった。
織斑教官に止められた私は、その時教官と共にやる気の無い顔をしながら来ていたあの男と教官の立ち会いの下で試合をすることになった。
直前まで教官直々に基礎を教えられていたと聞いていた時点で一度完全に叩き潰したかった私としては好都合だった。
織斑一夏以上にこれまでISに触れて来なかった素人等教官が期待するだけの才などありえないのだと、直接踏み潰してやることで証明をするつもりだった。
だけとその考えは壊された。
私の目では捉えきれぬ速度で翻弄され、私の一撃は悉く虚を切られされ、挙げ句の果てに追い込まれた私にあの男は機体のエネルギーが切れたからと呆気なく降参した。
屈辱だった。
織斑教官の歓心を買うあの男が。
それなのにそれを迷惑がっているあの男の態度が。
だから私は今度は始めから油断せず全力で潰す事を誓った。
その舞台となるトーナメントで。
けれどここでもあの男は『出る気なんて無い』と抜かして私を苛立たせた。
あの男は私のリベンジの心すら嘲笑ったと思った私は何としてでも引っ張り出してやろうとあの男に迫ったが、奴はそんな私の怒りなどくだらないと一蹴した。
それを見ていた篠ノ之箒が機体のダメージが深いから今回は見送るつもりらしいと言ってきた事にも腹が立った。
だから私は、篠ノ之束の妹というだけの彼女に――こんな男に尻尾を振るだけの女に『無能』と言った。
だが私はその瞬間新たな『恐怖』を知った。
『大概にしとけよクソガキ』
それまで腑抜けの男から放たれる強大な殺意。
敵との戦闘によって受けてきた殺気とは根本的に違う、本当に為す術も無く蹂躙され尽くす事を強制的に植え付けられる殺意。
『俺に対してどう思うが、どうほざこうがどうでも良いし流してやるよ。
だがよ、あの先公を崇拝してるからか知らねぇが、テメーの思い通りにならねぇからと織斑君に見当違いな恨みをネチネチほざいたり、八つ当たりしてんじゃねーぞボケが』
男にとって私は最初からその程度でしかなかった。
教官の弟だからと敵意を向け、教官に贔屓にされているからと殺意を抱いていただけの、我が儘な子供。
男にとって私は敵にすらならないだけの、思い通りにならない状況に対して周りに八つ当たりしているだけのガキ。
敵という認識すらされていなかったという事実に私は怒りなんて感じなかった。
『で、挙げ句テメーは今この子になんつった?
オラ、もう一度言ってみろよ? ちゃんと聞いてやるからよ?』
何故ならそんな敵意も殺意も――
『おいどうした? まさか今テメーでほざいた事を忘れたなんて無いよな?
早く言えよ、なぁ? ………………なァッ!!!』
この男の放つ本当の殺意によって踏み潰されてしまったのだから。
あるのはただこの男への恐怖。
助かりたいという生存本能だけ。
それも、私が思わず無能と言った相手が宥めた事で殺されることはなかった。
『だそのまま言わなかったらお前の事ぶっ殺してただろうし、それじゃあ可哀想じゃん――――――――――――――お前のバラバラの肉片だらけの死体見せられるクラスメートの子達と、掃除する用務員さんが?』
けれど、あの時あの男の笑っているようで一切笑っていないあの目だけは、私の中に恐怖の象徴として刻み込まれてしまった。
その後教官からの罰則によって、この男と組んでトーナメントに出なければならなくなった時は死んだ方がマシだったのかもしれないと思ってしまった。
篠ノ之箒に謝罪をした事であの時のような殺意は見せては来ないが、あの男の中での私の評価は最悪だろう。
…………まあ、多分私以上にあの男の中での評価が最悪な生徒会長なる女子が居た訳だが、今は関係ないだろう。
ただ、ソイツの出現によって微妙に私への態度が軟化している気がするので、ある意味助かったような気もしないでもないけど。
長くなったが、罰則により組むことになったこの男――兵藤一誠とは短い間ながらも一応共に訓練をしてきた。
流石に私とて相性最悪な相手とコンビを組んで試合をしても勝てるとは思わないし、どうであれ兵藤一誠は総起動時間からしても素人の枠から出ちゃいない。
教官からあくまでコンビネーションを駆使して勝てと命じられているのだしな。
だが正直私は色々と折れそうだ。
というのも兵藤一誠は確かに異常だ。
まだ総起動時間が50時間にも満たない男が訓練機という名の前世代の機体で訓練相手であった私をボコボコにするのだ。
しかもISの戦闘というセオリーを完全に無視した――言うなればただの暴力で。
私が培ってきた者を根底から嘲笑うような――例えるなら鎖を噛みきって小屋から解き放たれた狂暴な犬のような……。
その癖普段は死んだ目をしながらボーッとしている方が多いのだからよくわからん。
そんな男と組んで、果たして教官の望む勝ち方が出来るか――正直不安だ。
「…………」
「……………」
その組む相手である兵藤一誠と私は、試合前の控え室となる更衣室で試合の順番が来るのを待ちながら、試合会場となるアリーナの様子が映し出されるモニターは眺めていた。
今回のこの試合は生徒だけではなく、各国の政府関係者、研究所員、企業エージェントなど、錚々たる顔ぶれが一堂に会している。
つまりここで上位に入ればそれらの団体から注目されるのだが、軍属である私にはあまり関係の無い話だし、兵藤一誠自身もそういった事に興味が無さそう――いや、逆に無駄な注目を浴びるのを避ける傾向がある。
が、兵藤一誠がそう思っていても向こうはそうではないと思うのが私の考えだ。
恐らく殆どの団体は織斑一夏に注目するだろうが、中にはスペアの――――いや、スペアだからこそ注目する団体もあると私は思う。
ましてや今回の試合によって恐らく兵藤一誠に対する世間の評価は変わる筈。
そう思いながら私達の名と1回戦目の相手となる名前がモニターに映し出された。
「………そう来たか」
「まさか意図的にそうしたのではあるまいな? 少し疑ってしまうのだが……」
その対戦相手の名前にそれまで腑抜けた目をしていた兵藤一誠が少し笑い、私はどうにも誰かの作為を感じてしまう。
というのも、その対戦相手が織斑一夏とシャルル・デュノアだったからである。
……これは多分当日この瞬間まで組み合わせが発表されてなかったので、織斑一夏側も別室で驚いていると思う。
「しかし好都合だ……」
だが私は作為だろうがなんだろうがこの結果を好機と思う事にした。
兵藤一誠のせいで萎まされてしまったとはいえ、私は織斑一夏を認めた訳ではないし、公式の場で私が優れている事を教官に証明する事が出来る。
しかもいがみ合う相手である兵藤一誠との連携をしながらな……。
これだけの完全なる勝利のチャンスがあるだろうか? 恐らく無いだろう。
だからこの勝負は落とすわけにはいかない。
というか、どうであれ兵藤一誠と組んでいる時点で負ける気はしないしな……腹はたつけど。
「おいチビ」
そう心の中で意気込む私だったが、それに水を刺すかのように、生徒会長とやらが絡んで来た以降、私をチビ呼ばわりするようになった兵藤一誠が私を呼ぶ。
「チビと呼ぶな! ……なんだ?」
「勝てる気でいる所悪いが、少し作戦があるんだが付き合えや?」
「作戦だと? それは私の動きにお前が合わせるという話ではなくてか?」
作戦なんて考えるタイプではないというのはここ最近嫌でも兵藤一誠の近くに居たからわかっていた事だ。
そんな男からまさか考えた作戦に付き合え等と言われるとは思われなかった私としては、ちょっとだけ興味がある訳で。
「…………って感じで油断した所を一気に叩く」
「……………そんな小細工をわざわざ弄する相手じゃないだろ、それに下手をしたら試合を止められるぞ?」
「それくらいのリアリティがあるほうが良いし、別にルールに抵触しちゃいねーだろ? それに、お前は相変わらず織斑君を敵視してるようだが、あんま彼を嘗めねぇ方が良いぞ」
「だがそれは卑怯では……」
「そう言って来た相手に『卑怯もらっきょうも大好きだ』と鼻で笑ってやった方が勝った感はスゴいだろ?」
「…………むぅ」
その作戦内容は正直私のセオリーにかなり反するものだが、今の私達なら簡単に引っ掛けられそうなものではあるし、油断を誘うという意味では正解なのかもしれないし、なによりコンビネーション……には多分なりそうではある。
「まあ良いさ。
単純な罠に引っかかるようならそれまでの男だったと思う事にするし、お前に少し付き合ってやろうじゃないか」
「ああ、一度限りのコンビネーションだ」
そう言いながらくつくつと笑う兵藤一誠に私は、それだけやれるのに何でそんな小細工を……と思うのはやめることにしたのと同時に、多分案外負けず嫌いなのかもしれないと思うのだった。
嘘だろ、いきなり鬼門かよと思ったのは俺だけではなく、一誠をある意味知ってる者達全員が思った事だと俺は思う。
「い、1回戦から一誠とボーデヴィッヒとかよ……」
「いきなりクライマックスだね……」
モニターに表示された1回戦目の対戦カードを前に俺とシャルはかなり不安だった。
「ちょいちょい訓練の様子を見てた限りじゃ、一誠とボーデヴィッヒさんの仲はかなり悪いから、そこを突けばチャンスはあると思うかな?」
「ああ、それは俺も思ったが問題は一誠だよ。
アイツってIS自体は乗り初めてまだ間もないけど、短期間でボーデヴィッヒを追い込めた実績があるし、なによりアイツの動きがまだ完全に読めないんだよな……」
「可能な限り二人を分断させるべきだね。
チャンスがあるとするなら二人はあくまで『コンビネーション』で勝たないといけないって縛りがあるし」
「ああ、逆を言えばそれだけのハンデが向こうにはあるのに妙な凄味のせいで勝てる気がしないって事だからな……骨が折れるぞこれは」
罰則で出場することになって以降の一誠とは部屋で顔を合わせても殆ど会話がなかったし、訓練の様子もあまり見れなかった。
つまり俺達にはデータがまるで無く、ボーデヴィッヒ相手に見せた大立回りだけしかない。
「典型的な短期決戦タイプで、エネルギーをなんとか消耗させてから一気に叩く……くらいかな、僕が考えられるのは」
シャルの言うとおり、一誠はISに乗るに当たってシールドエネルギーをかなり消耗させながら短期決戦で相手を叩く戦い方をする。
となればエネルギーを消耗させながら長引かせて一気に追い込むが一番だ。
どちらにせよ、ボーデヴィッヒとの件もあるし、1回戦目からクライマックスだけど負ける気は無いし、無論勝つつもりだ。
この試合に出るに当たって俺はあの生徒会長にバレないようにこっそり虚先輩に『必ず勝ちます』ってカッコつけたんだ。
その時センパイは微笑みながら『頑張って』と言ってくれたんだ。
俺はどうしても応援してくれるセンパイの前でカッコ付けたい。
その為に俺は錆び付いた剣を取り戻そうと久々に千冬姉と箒に頼んで『剣術鍛練』を再開したんだ。
「虚先輩に応援のメールをして貰えたし、今朝だってモーニングコールまでして貰ったんだ……! カッコつけなければ男じゃない……!」
「あのさ、僕も何度かその人を見たことあるけど、一夏ってその人の事……」
「ああ……それまで恋心を本当の意味で知らなかったけど、あの人を知ってからは分かった。
俺はあの人の前ではカッコ悪い所は見せたくない」
「……そっかぁ」
シャルが何か言いたそうな目をしているのを横に俺は影ながら応援してくれる虚センパイの為に勝ちたいという気持ちを昂らせた。
『私が言える資格なんてありません。
でも……頑張って』
ああ、そうさ……きっと箒が一誠にそうであるように俺は間違いなく虚先輩が好きだ。
確かに先輩の立場的に俺が先輩にそう想うのは迷惑になるのかもしれない。
けれど、それでも俺は……あの日優しく頭を撫でてくれた先輩が。
申し訳なさそうに微笑みながら頬を撫でてくれた虚先輩が好きなんだ。
「剣の錆は取れたぞ……」
だから――勝つ!
続く。
いきなりの試合カードは各国の政府関係者、研究所員、企業エージェント達の注目を集めるのに十二分なカードである。
メインとスペアの男性起動者同士の対決に誰しもが観る中、二人の男は良い意味でも悪い意味でも予想外だった。
「一誠とボーデヴィッヒさんの罰則に協力できなくて悪いけど、本気で勝たせて貰うよ」
「チッ、分断か……」
「今日は特に一夏のやる気が凄いからね、きっとボーデヴィッヒさんにも一誠にも勝つ気だよ」
「なるほど―――――あ? なんで今俺を名前で呼んだんだ?」
「へ? ……あ、い、いや一夏と呼ぶのに一誠だけ兵藤君と呼ぶのは変というか……だ、だめかな?」
「……………」
開始早々無自覚で精神攻撃をする一誠だったり。
「貴様を叩きのめし、あの男を越え……私は教官がかつて呼ばれたブリュンヒルデになる……!」
「俺はそんな仰々しい肩書きは要らない。
だが―――最強は一人で良い」
「ああ、貴様の言う通りだ……」
「付き合ってやるぜボーデヴィッヒ……そのくだらない戦いに!!」
1回戦なのに何故か最終決戦的な空気な一夏とラウラだったり。
「ぐっ!? 貴様、その剣は……!!」
「お前に言われて鍛え直したのさ。
見せてやるよボーデヴィッヒ……これが俺の本当の剣だ!」
千冬と箒により取り戻した一夏の全盛期の剣はラウラと予想と、なによりかつて見たことのある千冬を彷彿とさせるものがあった。
「行くぜ……!!」
「!?」
織斑一夏(完全復帰)
壱の型・決意
弐の型・競争
参の型・再起
肆の型・侵略
「俺が覚えた型はここまで……。残り三つの型は箒と千冬姉が体得しているが、俺は必ずその型も掴んでやる……!」
「くっ……!」
「そして今はお前に勝つ!!」
伍の型……忍耐
「おっとぉ!! 俺を忘れちゃ困るなァ……!!」
「っ!? そ、その構えは……!?」
「ひ、兵藤……」
「ぐっ!? こ、これはただの伍の型じゃない!?」
「棒持って戦うのは趣味じゃなかったが、彼女の剣術ってのはかなり実戦的だったからな……少し真似させて貰ったというか、それをベースに勝手にアレンジした」
伍の型発展系……忍耐・龍の型。
「は、はは……そう来たか。
ホント、とことん変な奴だよ一誠は――だが燃えて来た!」
嘘です
補足
ある意味で縛りプレイさせられてるこのコンビに主人公はどう立ち向かうのか。
その2
凄まじく皮肉な事に、無意識にリアス馬鹿な精神の一誠によってブレが無くなりつつある一夏は錆び付いた剣の腕を鍛え直した模様。
そして虚先輩の応援による精神ブーストもかかってるんだぜ。
その3
しののん剣術には七つの型があり、内四つを一夏は体得していた。
ちなみに箒とちっふーは七つ全てを極めたとされ、更にちっふーはその七つ目の型を更に発展させた型を現役時代に開発して最強となったらしい。
元ネタはブォンブォン鳴る光る剣の型。
まあ、嘘だけどさ