そもそもISの存在そのものに興味すら無かったし、自分には縁も何もないと思っていた。
今にして思えば、起動試験に参加するだけで商品券3万円に釣られて参加してしまったことが間違いだった。
お陰で何故か俺は起動できてしまって、起動した瞬間銃持った制服連中に囲まれて拉致られ、あれよあれよとこの陸の孤島と化している学校に通わされる事になり。
その際にプロフィールを洗われて、俺が孤児院を脱走してはグレーゾーンの真似をして一人で生きようとしていたことがバレて……。
ホント、高々三万円の商品券のせいでここまで下手を打つとは思わなかったぜ。
いや、別にしようと思えばこんな場所から脱走して雲隠れできるんだけどよ……。
食うものにも寝るところにも困らないってはやっぱり便利なんだよね。
………リアスちゃんと一緒だったら尚良かったんだけどよ。
午後の授業も無事に終わった訳だが、午前中の授業のせいで一夏に続いて一誠までもがラウラ・ボーデヴィッヒからのヘイトを買うはめになってしまった事についてはあまり宜しくはないのかもしれない。
けれど、どう殺気を飛ばされようが一誠はその全てをスルーするし、何があろうとも彼はラウラという存在そのものに興味がなかったので、ヘイトを買っただけであまり変わらないのかもしれない。
「部屋が変わる?」
「はい! デュノア君が転校するという事で織斑君はお引っ越しになります!」
さて、色々と変わりつつあるクラスの状況の内、一番の変化はこの件であろう。
シャルル・デュノアの転校により男子の部屋の配置が変更になるのだ。
「てことはやっと更識からの監視めいた視線から解放されるのか……!」
「え、監視……?」
「あ、いやなんでもありません! 引っ越しについてはわかりましたけど、一誠はどうなんですか?」
「勿論兵藤君もです。
デュノア君と織斑君と兵藤君は同じお部屋になりますよ?」
「おぉマジですか! だってよ一誠! 今の話聞いてたか!?」
「聞いてたからそんなにはしゃがなくても良いだろ……」
何故か今まで女子との相部屋のままだった一誠と一夏が今回の件により正式に男子同士の相部屋となることになった。
それが余程――具体的には例の件以降、蔑みつつもこちらを探るような視線を寄越し続けていた四組の更識簪から解放される事が嬉しいのだろう、珍しくハイテンションで一誠の背中をバシバシ叩いていた。
「大丈夫か……?」
そんな一誠のすぐ傍に居て話を聞いていた箒な内心とても残念に思いつつも仕方のない事だと納得するも、ここれまで一番一誠のプライベートを見ていただけに一誠が心配だった。
「ちゃんと眠れるのか? ちょっと目を離すと朝御飯ですら水で済ませようとするし……」
「キミは何時から俺の母親か何かになったつもりだ?」
「そういうつもりではない……けど」
心配する箒を突き放すような冷たいもの言いに聞いていた真耶とシャルルと一気まずい気分になる。
それは一夏も同じだったのだろう、少し慌てながら箒に提案する。
「部屋のスペアキーは渡しておくから、心配なら何時でも見に来ても良いぜ?」
入学してから知り合っただけだが、一誠の性格を考えたら女子と同部屋であろうがなんだろうがマイペースなんだろうと思っていた一夏の提案に一瞬一誠が何か言いたそうな顔をしたが、言うと話が余計に拗れそうな気がしたので黙っておくことに。
こうしてやっと男子専用の部屋が出来上がるのであった。
ちなみにその話を聞いた更識簪は一夏との同部屋ではなくなる事自体は良いとしても、一誠との関わる機会が完全に無くなることに焦りを抱いたらしく、その矛先を本音に向け始めたのは後の話である。
更に余談だが、男子用の大浴場が解禁されたという件に喜んだのは一夏だけだった。
男子として入学したのだからこうなるのはわかっていたし、一夏がいい人だから全然耐えられる。
ただ問題はスペア起動者であるこの兵藤という人だ。
事前に見た資料には天涯孤独で日本の孤児院を何度も脱走しては、犯罪ギリギリの真似をして生きていたと載っていたので、正直あまり良い印象はないし、実際に見た感想としても一夏と違って何を考えているのかがわからない恐怖があった。
「しまった、ベッドが二つしかない」
「俺は床でもそこにあるソファでも構わないから好きにしてくれ」
「え、良いのか? だってよシャルル」
「あ、うん……じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな?」
常に生気を感じられない目をしていて、言葉数も多くない。
何よりあの全身に残る無数で異様な傷跡が、まともではない生活をしていたのだという偏見を抱いてしまう。
「あ、俺山田先生に呼ばれてたんだった! すぐ戻るから行ってくるぜ!」
「え、ちょっ―――」
そんな偏見をどうしても拭えないまま部屋が同じなってしまったわけだけど、一夏が間に入ってくれるならなんとかなると僕は思っていた。
けどそんな希望的観測はあっさりと崩されてしまい、先生に呼ばれたと部屋を出て行ってしまったせいで彼と二人きりになってしまった。
「……………………」
「……………………」
気まずい。
僕がまず思ったのはこの沈黙の空気に対する気まずさだった。
そもそも転校してから僕は兵藤君とまともに話した事はない。
スペア起動者で専用機を持っていないという事もあって、一夏の方に僕は積極的なコミュニケーションをとろうとしていただけに、彼に対しては半ば放置していた。
だからどう話しかけて良いのかもわからなず、兵藤君はと言えば僕に一瞥すらくれる事もなく、引っ越しの際に持ってきた荷物の入ったバッグを適当に置いてからソファに横になって僕に背を向けている。
「………………………」
(よ、読めないし何か話しかけた方が良いのかな?)
一夏とはまるで正反対の気難しそうな兵藤君を前に僕はどうしたら良いのかわからずに困ってしまった。
いっそ僕もそのまま黙って自分の事でもすれば良い話なのだけど、相部屋になってしまっている以上、ある程度のコミュニケーションは必要だと思う訳で……。
「あ、あのー……こうしてちゃんとお話するのは初めてといいますか……」
取り敢えず僕は背を向けて横になったまま微動だにしない兵藤君に挨拶がてらに話しかけてみた。
「……………」
「うぅ……」
案の定なんの返答も無かった。
きっと話をするのが苦手なのかなと思いたいけど、多分これは意図的に無視をされている。
だって篠ノ之さんとか……確かのほほんさんって皆から呼ばれていた女子とは普通に話をしてるのを何度か見たことあるし。
「あ、あのさ! ベッドの件だけど日替わりで交代して使うってのはどうかな!?」
余計気まずくなってきたので、少し声を大きめにベッドの件についての提案をしてみる。
「キミと織斑君で使えば良い、俺は別にどこでも寝れるしな」
「あ、そ、そうなんだ? すごいね?」
すると素っ気ないものの返事をされた。
でも話はそれで終わりです的な返され方をされたのでこれ以上話を膨らませられず、僕は意味もなく凄いと言ってしまう。
………なんだろ、全てにおいて僕は何をしているんだろう。
「それはそうと、ひとつ疑問があるんだけど、聞いてもいいか?」
「へ!? あ、う、うん! なにかな!?」
そんな気分に沈む僕だったが、どういう訳か急に兵藤君の方からそう言われ、無機質で生気をまるで感じない目で僕を見ている。
僕に何を聞きたいのだろうか? そもそも僕に関心があったのかとか色々な考えが頭の中で回りつつも、出来るだけひきつらないように努めた笑顔を浮かべようとしたその瞬間。
「……………男のように振る舞うのはキミの単なる趣味か?」
「………………………………は?」
別の恐怖――見透かされているという恐怖が一気に僕の精神を押し潰しにきた。
「な……んの事、かな?」
頭の中が一気真っ白になった僕は動揺なんてしてないように努めようとした。
けれど兵藤君の無機質な瞳は真っ直ぐ僕を見ている。
「織斑君ほどじゃあなかったが、男でISを起動したってだけで俺も世界中にそれなりに騒がれてニュースにすら顔写真付きで晒されたもんでな。
それなのにキミに関する話は全くニュースにでないし……そもそもキミはあまりにもお粗末なんだよ。
男に対する耐性が無いこの学校の女子達やら鈍い織斑君は気付いてないようだが……生憎俺は昔『女にしか見えない男』を見たことがあってね」
「だ、だからなんの事だよ? 僕はちゃんと男―――」
「じゃあその出てる胸はなんだ?」
「っ!?」
兵藤君が視線を僕の胸に向けながら淡々と指摘するせいで、僕は思わず自分の胸に触れた。
ちゃんとめいいっぱい隠していて出てはいない……。
「で、出てなんていないじゃないか……!」
「そうだよ。
けど本当に男なら今の指摘にそこまで過剰に反応なんてしないが? ――――案外間抜けだなキミは?」
「ぐっ……!」
最悪な事にカマをかけられて、僕はそれにあっさり引っ掛かってしまったんだ。
本当に最悪だ……!
「別にキミがなんだろうが背景含めてどうでも良いし、心配しなくても言い触らしもしないよ。
ただ、俺に妙な火の粉が飛んで来なければね」
「……。そこが一番重要な部分だと思わないの?」
「そうだろうが、キミに対してどうとも思わないから気にもならん。
ただ、キミがどっちなのかだけはハッキリしたかっただけだし」
もはや僕に興味を失ったのか、欠伸まじりにそう言ってきた。
「ただ忠告するけど、織斑君は確かに鈍い方だろう。
けど何時までも彼を騙せるとは思わない方が良いぜ?」
そう僕に言った兵藤君は、話は終わりとばかりにソファから立ち上がって部屋の入り口に移動する。
「ど、どこに行くの?」
「野暮用。
心配しなくても誰かにベラベラ喋りに行くとかじゃない」
その言葉と共に部屋を出ていった。
本当に彼は誰かに話したりはしないのだろうけど、僕は遥か彼方の天から見下ろされているような感覚を彼に植え付けられてしまうのだった。
割りと絶望するシャルル・デュノアを放置して部屋を出た一誠だったが……。
(カマかけてみたらマジで女だったのかあの子……)
『最初からお見通しでした』的な態度をしていたのとは裏腹に、実はあの部屋で初めてシャルルの姿を見た時点で軽い疑惑を抱いたので、冗談半分でカマをかけたら引っ掛かった挙げ句本当に女子だったというオチに、誰よりも困惑していたりする。
『主だったリアスを裏切った連中の一人にさっきの小娘とは逆で雌のような雄の半吸血鬼が居たが、そいつとは違ってそういう趣味という訳ではないみたいだが……』
(まさかニュースで見たことすらないもんだからと思ってたのが的中しちまうとはな……。
ドライグの言う通り、趣味とは違うみたいだし、明らかに面倒そうなもん引っ提げてそうだぜ……)
これならまだ箒と同部屋のままの方が、余計な事に巻き込まれないで済んだのかもしれないと思いながら、寮のフロアを抜けて人気の居ない場所を求めてさ迷っていると……。
「あ、いたいた! ほら、みつけたよしののん!」
「うむ、協力感謝するぞのほほんさん」
「あ?」
割りと聞きなれてしまった声が聞こえたので立ち止まって振り向くと、ここ最近ですっかり見慣れた女子二人が駆け寄ってきた。
「や、いっちー」
「ああ言っていたものの、やはり心配になってな。
のほほんさんと話をして様子を見に行こうとしたところ、お前が歩いているのを見つけたんだ」
リアスに声が似すぎな少女こと箒と、ここ最近妙に会話することが増えたクラスメートの布仏本音の二人の登場に、ほんの一瞬ながら妙な安堵を覚える。
「他にすることは無いのかよキミ達は?」
「最近は一誠ありきの生活になっていたからな! やることが無くて困ってしまったよ、あっはっはっは!」
「だからしののんと話していっちーと遊ぼうかなーって」
「……? あぁ、そういや二人は今同じ部屋なんだっけ?」
「うむ、お陰でお前についての話題で盛り上がれて退屈などまったくない!」
「しののんしか知らないいっちーの事とか教えて貰えて楽しいよー」
「……………」
自分が部屋を変わった事で同部屋となったせいか、いつの間仲良くなっていたのか、互いに肩なんて組ながら気持ちの良い笑顔を浮かべてる箒と本音に、自分が理由でという部分に引っ掛かるものの納得することにした。
「一夏とは大丈夫そうだが、デュノアとは上手くやれそうか?」
「………多分」
「? なにかあったの?」
「特にはない」
まさか箒と本音と喋ってる方が気楽だと思う時が来るとは思わなかった一誠は、なにを言うでもなくついてくる二人と色々な話をする。
「そういや織斑君と同室だった例のアレは……」
「あ、うん……かんちゃんは相変わらずかな。
多分今後もおりむーに辛辣なのも、いっちーを探ろうとするのも変わらないと思う」
「一夏は大分喜んでいたがな……」
「まー……仕方ないよ。おりむーも大分我慢してたみたいだし」
どちらの事情を知る本音がなんとも言えない顔をする。
「ウチの会長も相変わらずだし……そういう面は姉妹だなって思うかも」
「よくもまぁ我慢なんてするよ織斑君も。
俺だったら二度と関わりたくないと思わせてやるってのに……」
「のほほんさんのお姉さんの前だからというのもあるな。
問題は気持ちを自覚はしつつも他の者からの好意にはまだ気づいてないから、自覚せず彼女達を煽ってしまっている訳で……」
「正直妹から見てキミの姉さんは織斑君をどう見てると思うんだ?」
「お姉ちゃんも悪い気はしてないと思うよ? お嬢様の手前、それ以上は踏み込めないみたいだけど……」
気づけば一夏の人間関係の話題で割りと盛り上がれる程度には、この三人はそこそこ気安い関係になってきているのかもしれない。
補足
部屋が変わりました。
でもそこで初めてデュノア君みたら疑問が出てきたのでカマかけたら当たってしまいました。
居たたまれなくなったので部屋出たら、同じ部屋に変わってたのほほんさんと箒さんが犬みたいについて来ました。
そして二人相手とくっちゃべってるのが気楽だと部屋変わってから気付いた模様。