今回も一誠との喧嘩に敗けた。
それは言い訳のしようもない事実。
今回の場合は騒ぎになりすぎた事で千冬姉が止めに入った事で意識こそ失わなかったが、膝を付くのですらやっとな俺と、ふらついていたとはいえ立っていた一誠。
誰が見ても勝者はアイツだ。
だけど俺は諦めない。この先どれだけ敗けようと俺は決して折れたりはしない。
俺が一誠という背中に追い付くという事は勝ち負けの問題じゃあないし、喧嘩に敗けた奴が敗者ではない。
最後まで張り続けられずに折れたその時こそ敗ける――俺はそう思う。
だから絶対に張り続ける。
冷たく、暗い目をしたアイツに戻っても食らい付ける様な男になる為に。
さて、長々と語らせて貰ったが、ISの試合を目前にこんな事をしていて良いのかと言われたら何も言い返せないけど、散々鍛えられてきたせいか俺は昔から回復力だけは『気のせいではなく』高い。
基本的に軽く刺されたとか打撲程度の傷なら飯を食えば大体治る。
小さい時からそうだったし、てっきり他の人達もそんなものだと思っていた時、周りの人達はそんな俺の回復力を見ると異常だと言う。
でも千冬姉とか一誠も同じようなものだし、異常とは思っていないし、これが異常なのだとしても俺は堂々と生きる。
つまる所、試合当日の俺のコンディションは絶好調って訳だ。
「少しは訓練できたみたいね?」
学年のクラス代表同士によるISの試合。
この試合に優勝したクラスには賞品が与えられるという事でクラスメート達に応援された以上、例えまだまだズブのド素人だとしても狙わないといけない。
「おう、結局鈴には借りができちゃったな」
そんな俺の密かな決意を余所に、何の因果か一回戦目の相手は二組――つまり鈴だった。
いきなりの何敵に、思わす笑ってしまったのは昨日の事だが、笑ったところで鈴が相手なのに変わりはない。
つまりところ、一回戦目からエンジンを全開に回さないといけないのだ。
「借りに思わなくていいわよ。
その代わり、一切の手加減は無しだからね?」
試合会場となるアリーナにて専用機に乗った鈴は空中で制止しながら同じく白式に乗って相対する俺に言う。
「おいおい、ISに関して俺はまだ手加減できる程のレベルじゃないっての。
だけど借りはできたがこの試合には勝たせて貰うがな?」
「それで良いわ。
それでこそ私がただの『ちみっこ』じゃないって一夏と――そして見ている一誠に見せられる」
鈴自身は手加減はしないらしい。
ふっ……こうして見ると、一誠の後ろを犬みたいにちょこちょことついて回っていた頃とはエライ成長したよな鈴も……。
その……体型はちみっこのまんまだけど。
「………今失礼な事考えてなかった?」
そんな俺の心の感想にエスパーよろしくに見抜いてきた鈴がジト目になるので俺は適当に誤魔化した。
多分一誠だったからヘラヘラとした顔で『精神は成長してるけど体型はちみっこのまんまだよなぁ?』とでも言って煽るんだろうけど……。
『試合開始』
なんて余計な事を考えている間に試合開始のアナウンスが入る。
「さぁ、始めましょうかっ!!」
開始と同時に仕掛けられる癖に、わざわざゆったりと武器を構えた鈴。
鈴なりの戦いの礼なのだろう――ならば俺も応えないとな。
「オーケー……」
白式の持つ唯一の武器であり、千冬姉が『IS乗りの現役』だった頃に使用していた武装の後継武器である雪片弐型の柄を両手で持ち正眼に構え――
「いざ参る!」
開戦の狼煙をあげた。
ISに関するノウハウがまだ殆ど無い一誠でも、このカードの試合は何時になく真剣に見ていた。
ましてやこの試合はどちらも幼馴染みであり、ISに関しては間違いなく自分の上を行くのだ。
気にならない訳はないのだ。
「他の生徒と一緒に観戦はしないのか?」
そんな一誠は今現在開戦と共に衝突した両者を女子生徒に混ざってアリーナの観戦席から見ている―――のではなく、千冬が居るアリーナの制御室から見ていた。
「女子人気高めの一夏が試合となれば、観戦してる女の子達から黄色い声が上がりまくるのはわかってますからね。
……ちゃんと集中して観たいし、何より先生に色々と補足が聞けそうなんで」
「……………」
理由は単純に観戦に集中したいのと、わからない事があれば即座に専門家――つまり千冬に聞けるかららしく、その言葉通り二人が互いの武器で打ち合いながら空を旋回していく様が映るモニターを真剣に見つめている。
「先生が言ってた通り、直の喧嘩ならまだ俺が勝ち越せるでしょうが、ISで戦ったら多分敗けるのは俺でしょうね……」
「……」
そう呟きながらモニターから目を離さない一誠の横顔を見ながら、千冬は内心『とことん律儀な奴だ』と思う。
殆ど強引に二番目の起動者という体にしてこの学園に通わせたし、そもそも一誠は全くISに興味がなかった。
だからある程度の学習さえしていればそれで良いのに、試合に出る訳でもないのに毎日ISの訓練をしている。
自分が基礎を叩き込んだ後は、遠慮なくわからない事を聞いてくる程に。
「マジかよ、多分鈴の方は本気出してないとはいえ、実質二日の訓練だけでああも食らい付くのか。これぞ一夏の成長の早さって奴か」
「粗削りだがな。その証拠に凰を見てみろ、最小限の動きのみで一夏の攻撃を捌ききっている」
「そうっすね。あのちみっこがああもデキるようになってる事に改めて驚きます―――ん? 急に一夏がぶっ飛んだ? どうしたんだ?」
「アレは、凰の専用機の本当の武装だ。
よく凰の機体を見てみろ」
「……………………多分ですけど、一瞬鈴の目の前が歪んだ事に関係が?」
「ああ、つまり見えない砲弾……それが凰の機体の本質だ」
「マジかよ? 改めるとなんでもアリかよISって……?」
鈴が真の武器を使い始めた所で徐々に押され始める一夏が、それまでの攻めの姿勢から守りの姿勢に切り替える姿を眺めるつつ、ISを開発した束ってやっぱ天才だったのかと改めて思う。
「束さんって天才だったんだな……。
常にヘラヘラしてるイメージだったけど」
「ほう? 束は持ち上げて私には何もないのか?」
「いや、先生もなんかの大会で優勝してテッペン取ったんでしょう? 普通にすげぇと思いますよ」
理不尽大魔王とちゃらんぽらん女というイメージしか持たない一誠は、今更ながらにこのISという世界では最高峰の存在なのだと理解する。
……まあ、だからと言って態度を改める気はないのだが。
「ん? なぁ先生――」
「今は誰も見ちゃいないし、お前も呼びにくいだろう? 何時もの呼び方で構わん」
「え? あぁ、それじゃあ千冬さんよ、一夏が何か仕掛けようとして失敗してるんだけど、ありゃなんだ? 刀っぽい武器が軽くテカってるし」
「あれは私が現役の時に『
もっと簡単に言えば一夏の乗る白式の単一仕様能力といはう奴だ。
単一仕様能力についての説明は必要か?」
「………。散々アンタにいじめられながら教えられたんである程度は理解してますよ。
そうか……一夏はそこまで使いこなし始めてる訳か」
「いいや、アレでは使いこなしたとは言えん。
篠ノ之とオルコットに挟まれて碌に訓練出来なかったらしいので、私が一夏に使い方だけは教えたからな。そうでないと今の凰になんとか食らい付ける事も出来ん」
「ほうほう」
知りたがる子供のようにアレコレ聞いてくる一誠につい気分を良くする千冬は、モニターを見つめながら聞き入る一誠に然り気無く肩と肩がふれ合う程度に身を寄せ、顔を近づけさせながら説明をする。
「おぉ、当てれば相手のISのシールドエネルギーを0にするのか! 一撃必殺のロマン技じゃん!」
「凰が大人しく当てられてくれたらの話だがな」
「ん? あれ、確か俺のこの機体ってエネルギーの倍加と消滅が能力だったような……」
「厳密言えば残りのエネルギーを無理矢理倍加させて一時的にブーストをかけるだ。
一定時間はそのブーストが掛かった状態になって無理矢理機体性能を底上げさせられるが、時間切れになれば大幅にエネルギーを失うという、使い所を間違えれば自爆する能力だ。
そして消滅に関しては一夏の単一仕様能力である零落白夜とは違って物理的に消滅させる。
こちらに関しても一度で大量のエネルギーを消費してしまう」
「………燃費悪いのか俺の機体」
「完全な短期決戦仕様だな。しかも通常の機体のように空中姿勢制御機能もない」
「鈴にも言われて思ったんですけど、これって本当にISなのかよ?」
「本来のISのコンセプトの真逆だがれっきとしたISだと束は言っていたから安心はしろ」
「はぁ……」
鈴音と一夏の機体――そして他のISとは外観からしてまるで違う自分の機体を疑問に思う一誠に千冬は頬が当たるくらいに距離を縮め、一緒にモニターを見ながら説明をする。
「と、とてもイケナイものを見てしまっている気がします……!」
実は副担任の山田真耶が最初から制御室に居て千冬と一誠のナチュラルな距離の近さにドキドキしながら見ているということをすっかり忘れながら。
続く
早い話がラウラ・ボーデヴィッヒなる少女は、昔馴染みだからという理由で構われている一誠が嫌いだ。
故に彼が千冬の弟こと織斑一夏に続いてISを起動し、学園に入る事になったという話を知った時は、とにかく自分もその学園に入って一誠をメタメタにしてやるという野望を燃やしていた。
「なぬぅ!? デュノア君が転入したって理由で部屋が変わる可能性があるだとぅ!?」
「はい。ですので本日より――」
「や、やっとあの理不尽大魔王から解放されるのか……! な、長かったぜ」
「――――織斑君はお引っ越しとなり、デュノア君と同室になります!」
「……………………は?」
「あー……そりゃあそうだよなぁ」
「?? ど、どういう事なの? 兵藤くんはどこの部屋なんだい?」
「一誠は織斑先生と同室なんだよ」
「えっ!? そ、そうなの? でもそれって……」
「あー大丈夫大丈夫、織斑先生……てか千冬姉と一誠は既にそんな程度で互いに気まずくなるとか気を使うとかいう仲じゃないし」
例えば敬愛する教官と寮の部屋が同じと聞いて、思わず殺したくなったり。
「? なんだ一誠――じゃなくて兵藤?」
殺すのを我慢して尾行してみれば、興奮した一誠が教室に居た千冬に詰め寄ったり。
その際、目撃していた女子が……
「兵藤君が織斑先生に壁ドンしてる……」
「か、顔が近い! ま、漫画見てるみたい!」
そんな二人を見て興奮していたり。
「何で……何で俺だけ現状維持なんだよ!? 普通におかしいだろうが!?」
「?? あぁ、部屋の事か? 別にいいだろ、何だかんだ普通に上手く行っているし、わざわざお前を野に放つ理由もない」
「いやいやいやいや! 普通にそこは弟の一夏と同室だろうが!?」
「一夏を私と同室にさせたら、一夏は気を使ってしまうだろう? それは流石に可哀想――」
「俺は!? ねぇ俺は!?」
「お前が私に気を使ってくれた事なんてあるのか? 一夏ですら私をゴリラ女呼ばわりはしないぞ?」
ふふんと、隊に居た頃は絶対に見たことのない楽しげな笑みを浮かべる千冬を見てしまい、ますます崩れ落ちて何故か絶望している一誠に殺意が更に沸いたり。
「…………」
「な、なにをしていますのあのお二人は!?」
「なんでも千冬姉との勝負に負けたんだとよ」
「お、織斑先生に負けたからといって、何故兵藤さんが馬の様に先生に乗られているのですか……? しかも先生は先生でとても満足そうなお顔で……」
「小さい頃から二人の間でよくある光景だから気にするな。
ほら、見てればわかるけど千冬姉に対して真っ向から逆らえるのって一誠だけで、逆らってくる一誠を見てるといじめたくなるんだとよ」
教官に暴言を吐いたり、暴言を吐かれたのに何故か教官は楽しそうにしていたり。
とにかくすべてにおいてラウラの癪に触る存在――それが一誠だった。
「……………………」
「眼帯の狂犬ちゃんには常に殺意向けられるし……」
「一誠と織斑先生の関係って、織斑先生のファンからしたら羨ましいんでしょうね。
ましてやあの子って元々先生の教え子の一人だったんでしょ?」
「らしいな……はぁ」
「い、いい、いっせー!!!」
「お、おうどうした一夏?」
「お、おお、おっぱいがあった!! おっぱいが!!」
「あ、あぁ? よくわからんけどとにかく落ち着けよ? それって俺が言いそうな台詞な気がするし……」
その裏で一夏がバッチリ見てしまって盛大にテンパってしまったり……。
「はぁ……銀髪の狂犬ちゃんに見張られてるせいで微妙に肩身が狭いせいで、まさかこの部屋が気楽な空間になるとは――――」
「や、いーちゃん。
ちーちゃんもまだ戻ってこなくて暇だからシャワー借りてたよん」
「…………………」
監視から唯一解放される部屋に戻れば、生まれたてな姿してる天災が浴室から出てきて、文字通りに全部をバッチリ見てしまい……。
「ぶばっ!?」
日之影一誠であったなら間違いなく全裸の美女やら美少女を目の前にしても平然な顔をするか『バカを見るような目を』していたのだろうが、意外にも初心だったりする今の彼は、そんな束の姿を前にギャグ漫画のように目を回しながらひっくり返ったり……。
「う、うー……ん……?」
「起きたか……まったく」
「あはは、ごめんねいーちゃん?」
「す、すげぇ夢を見た気がしたんだが……夢じゃなかったのか」
「ふん、一々束の全裸を見た程度で意識を飛ばす等軟弱な……」
「な、なに怒ってんの?」
「アレっしょ? 束さんとは逆にちーちゃんはどんな格好になってもいーちゃんはリアクションが薄いからじゃない? まー、ちーちゃんと比べたら束さんのおっぱいの方が―――いだだだだだぁ!? や、やめてちーちゃん!! 束さんのおっぱいがちぎれちゃうぅぅ!?!?」
「……………」
「お、おう……束さんの鷲掴みながらこっち睨まれても、その……困る」
「どうせ私は束やヴェネラナ先生と違って女らしくない怪力ゴリラ女だよ……ふんっ!」
千冬がへそを曲げてしまったので、必死になって機嫌を直そうとする姿をラウラに見られて、狂犬度を上げてしまったりと……。
元執事は元執事の頃のツケが回ってきたかのごとく、女性に苦労するのであった。
終わり
補足
生身の喧嘩では上回れるが、ISでの対戦では確実に負けていると思っている。
その2
この遠慮の無さが気に入る理由であるちふゆんなのだった。
その3
銀髪の狂犬ちゃんになるかは知らん。
そして執事時代ならまずこの状況に血反吐を吐きまくってたし、女性の全裸なんて見慣れすぎて鼻で笑う。
が、記憶も人格もリセットされてしまってる今の彼はそうではなく、健全に意識がすっ飛ぶとか。
ただし、ちふゆんだけ例外。