続きってか、その後っつーか
俺の精神を食い物にしたから殺してやった。
俺の意思を弄んだから殺してやった。
俺の自由を奪ったから、奪い返してから殺してやった。
要するに、気に入らないからぶちのめして黙らせてやった訳だけど、そこからの俺は何年も、何十年も、何百年も、何千年も――とにかく数えるのすら億劫になる程度には永い年月をかけて人間以外の生物共を絶滅させてきた。
理由は簡単、報復が報復を呼んだから。
別に最初から人間ではない畜生共全体に嫌悪感を持っていた訳じゃないし、殺してやったのもあくまで自分の領域に土足で踏み込んで勝手に荒らしやがったからだった。
だからそいつ等をぶち殺した後にそいつ等の同族共を皆殺しにする気もなかったんだ。別に恨んでもなかったし。
しかし誰かが言っていた通り、報復の連鎖というべきか……。
奴等を肉片にしてやったことでその身内が報復に乗り出した事で、結局俺は皆殺しにした。
悪魔のみならず、人間以外の全ての生物を。
もっとも、人間である俺は他の人間から恐怖されるようになってしまったんだけど……。
とにかく俺はそうやって生きてきた。
その代償に死ぬことができなくなっても曲げることはしなかった。
あの
もう俺の精神は常人から見れば正しく異常者だ。
俺自身も、永いこと気にくわない奴等を殺して黙らせて来たという生き方をしてきた事で、他の命を潰す事に対する罪悪感なんて微塵も感じなくなってしまった。
人間以外の畜生を嫌悪して殺し続けた人間は、皮肉な事にその畜生に墜ちたって訳だ。
しかも、自分で自分の命を終わらせる事も不可能になって……。
まったく……人生って本当に儘ならない。
あのボケ猫を完全に殺し終えた後から尽きない虚しさはきっと永久に埋まることもない。
相棒のドライグは、こうなってしまった俺と一緒に今も俺の中に居続けてくれている。
思えば、畜生に憎悪を滾らせまくってた頃が一番『生きている』って実感があったかもね。
ボケ猫に近い気質を持った、世間知らずの馬鹿女に色々と仕込んでしまったのも、何かしらの変化が欲しかったからなのかも最早わからないしよ。
てか、そもそも俺がどうしてこの妙な世界に来たのかいまいちわかんないままだし。
ドライグ曰く、遥か過去の中国の世界らしいし……。
マジで意味はわからんけど、久々にTHE・人間って感じの人間と会えたのは割りとテンション上がったかなぁ。
もちろん、最高に間抜けって意味でな?
深い眠りにつき、二度と目覚める筈のなかった男が目覚めた場所は、とても不可思議な世界だった。
歴史に名を残した偉人と同じ名だけど、何かが違う世界。
そんな世界に文字通り降ってきた男は、ひょんな事からクーデターの果てに頂点の座から転落した者と特に目的のない生をそれなりに満喫していた。
その者はきっと、これから始まる『物語』の為に表舞台から消える運命にあった者だったのかもしれない。
しかし、そんな運命を知らずに持っていた彼女が神にすら抗った青年と出会ってしまった事で、彼女自身の運命は大きく変わることになったのはなんたる皮肉か。
これは、全てを破壊しつくした男と、運命を変えた女の小さな話。
全てが規格外の男。
その男の前では、富も権力も全てが押し並べて平等。
そんな男を知り、そんな男のこの先を見たいと思ってしまったが故に運命を変えた元皇帝は、皇であった頃とは真逆の生活を営んでいた。
当然皇帝時代のような贅沢は不可能。
皇帝時代のように、命じれば何でも叶えてくれる配下も居ない。
全てにおいて制限された生活を強いられるが、それでも彼女は――かつて劉宏であり霊帝と呼ばれし女性は、今の生活に対して充実感を感じていた。
確かに贅沢はできなくなった。
わがままを叶えてくれる配下も居ない。
されど彼女は知ったのだ。彼女が――いや、間違いなくこの世に生きる者全てが知らない
その領域を教えてくれる彼が――力で全てを黙らせて生き延びてきた男との野生感溢れたサバイバル生活は、意外と楽しいとすら思える。
「えーっと、これがシャンプーで、こっちがリンスで、こっちがボディーソープな」
「???」
聞いたことのない言葉や見たことのない物を――本人曰く、『昔、ドラ○もんみたいな便利道具を作る堕天使から貰った』らしい変な入れ物から取り出して見せてくれるだけでも面白い。
「ひゃっ!? こ、これはなんなの!? い、言われた通り身体につけてみたけど冷たいし……」
「このボディタオルで擦れ――こんな感じに」
「!!?!? い、一誠の身体からもこもこしたものが……!? あ、でも良い香りが……こ、こう?」
「そうそう」
特に湯浴みをする際に渡され、使い方も教わったボディソープは実に良いものだったし、髪をサラサラふわふわにしてくれるシャンプーとリンスなる物も実に良い。
「ふと思うが、この時代の女って天然でこの髪質なんだよな? ……うーん、不思議だ」
「??? よくはわからないけど、一誠に髪を洗って貰うのって私好きよ? 優しいし」
「俺も何でこんなことをしてるのかよくわからん」
本人曰く、『このバッグの中は東京ドーム64個分の広さの空間に繋がってて、中に文明が滅ぶ前の俺の時代の日用品を1000年分は買い置きしておいた』――と、イマイチよくわからない事を言っていたけど、とにかく未来の物は実に便利なのだというのだけは空丹という真名を持つ女性は思ったのだとか。
「あ゛~ 天然温泉って最高だねぇ~」
「まさか山の中を全力で走り回っていたら、こんな場所があったなんてね?」
「ああ……ふへぇ……」
とにかく、皇帝時代の時にはまったく教えてもくれなかった色々なことを教わりながら、割りと堂々と放浪の旅をしている空丹と一誠は、途中の山中で発見した温泉に浸かっていた。
二人一緒に。
「ドライグも入らねーかぁ?」
『場所が小さすぎるから無理だ』
「そうかぁ……ふへへ……」
(何時見ても凄い傷ばかりね、一誠の身体って……)
困ったことに一誠は既に精神がイッてるせいか。
そして空丹はただ単純に一誠が平気な顔で拒否もしなかったからという事で、こんな様な事をする。
それこそ一誠がまだ10代の頃だったら、曲がりなりにも美女ではある空丹と入浴するという状況にはしゃぎ倒していたのだろうが、数千レベルで生き続けた現在では限りなく薄くなったらしい。
もっとも、性欲が完全にないという訳ではないらしいのだが……。
逆に空丹はそんな一誠の身体に刻まれている無数の傷跡に興味津々で見ている。
(ほとんどが白音って者がつけた傷らしいけど……)
一誠と宛もない自由の生をしてからそれなりの時は経つし、その間に色々な事を教えて貰った。
そのお陰で空丹は少しずつ人間の枠をはみ出て一誠の領域に侵入しかけていた。
それは、彼女の素質がこれまで何度か一誠から聞かされてきた存在――白音に酷似するほどのものがあったからに他ならない。
当然最初は死んだ方がマシだったと思える厳しい鍛練を、泣こうが喚こうがやらされた。
『ね、ねぇ? こんな重い岩と私を縄で繋ぐ理由は?』
『決まってるだろ? その状態であの川を泳げ』
『……………………さ、流石に冗談――』
『ところがどっこいこれが現実です。
なぁに、溺死したら線香くらいは焚いてやる……よっ!』
『きゃぁぁぁぁっ!?!?!?』
ある時は流れが急すぎる川のど真ん中に重石を縄でくくりつけられた状態で放り込まれたり。
『ひっ!? な、なによあの連中!? ほ、本当に同じ民なの!?』
『ありゃあ集落から無理矢理物を強奪する盗賊みたいな連中だ。
見てわかる通り、奴等は総じて女に餓えてるだろう』
『そ、そうなの……? そ、それで私にどうしろと?』
『今から奴等の根城のど真ん中に落とすから、そこから生還してみな。
そうだな、うまくすりゃあ奴等全員にボロクソになるまで犯されるで済むかもだが……』
『!?!? い、嫌よそんなの!? わ、私は天子様とも呼ばれたことがあるのに、あんな――』
『今はただの女だろうが。そら頑張って――』
『ま、待って!! そ、それならその前に一誠に私の――』
『要らん』
『ひぃぃぃっ!?!?』
いかにも女に餓えてます的な汚ならしい山賊共の根城に放り込まれて『犯されたあげく死んでも墓石くらいは立ててやるよ。
それが嫌ならそいつらを全力で皆殺しにしてみな』と爽やかな顔で言われたり。
『へぇ? 無傷で本当に皆殺しにして戻ってきたのか? くくく、しかもその眼――そうか、あのボケ猫みたいだぜお前?』
『ぐすっ……こ、怖かったよぉ……!』
『む、流石にちょっとやり過ぎたか? しょうがねぇ、ちゃんとやりきれた祝いになんかしてやるよ?』
とにかく鬼畜鍛練の日々だった。
しかしひとつひとつを乗り越えてみせた時の彼はどこか嬉しそうで。
『な、なんだテメ――げぇっ!?』
『な、なにしや――ごべがぁっ!?』
『ひっ!? た、助け――ぎぎゃぁっ!?』
『おっと、虫を間違えて踏み殺してしまった――っと、大丈夫か? …………あんま大丈夫そうじゃねーな。ほれ、乗りな?』
かと思えば、鍛練目的ではない状況で盗賊に囲まれて犯されかけた時は助けてくれるし……。
『え、怖くて寝れない? んー……流石にちょっとこの前の事には罪悪感あるし、えーっと……手でも握るか? ほら、この毛布使えよ? あったけーぞ?』
まるでDV夫がたまに見せる優しさのせいで全く別れられないダメ女のように堕ちていった空丹は、結局の所そんな鬼畜所業を乗り越えた事で到達したのだ。
『この前はどうも? ふふ、私にあんな事をしようとしたという事は、アナタ達は私を知らないのでしょう? 別に知らなくても良いわよ? どうせそのままアナタ達はこの世から消えるから……!』
――樹界降誕!!
自然の力と身体の力をあわせ持った力――仙術に。
『す、すごい。これが仙術……』
『ボケ猫と比べたらまだしょぼいが、間違いはない。
散々苦しめられてきたからな』
この時点で最早空丹はこの世界を生きる腕自慢の武将を超えたと言えるだろう。
なんなら、時間こそ掛かるものの、かつて自分が堕ちた原因となる連合軍と戦っても勝てるかもしれないレベルに。
「ほれ、バスタオルだ」
「凄い高級な布にしか思えないけど、これが本当に一誠の時代では誰でも持ってたの?」
「そこら辺の店で普通に買えたぜ?」
「未来って凄いのね……」
「滅ぼしちゃったけどな……」
されど空丹の目的は再び皇帝の座に着くではなかった。
そもそも一誠から鍛えられた理由も、一誠の君臨する領域を知り、自分もその領域に入る事であった。
しかもこの領域を知った今となっては、かつての地位などちっぽけなものとしか感じられない。
今の世は自分が消えた事で、その後釜を狙って各勢力が時には殺し合いをしているようだが、空丹はそんな連中が嫌にちっぽけに見えてしまう。
「そろそろ俺は上がるが……お前はどうする? まだ暖まるか?」
「ん、私も上がるわ」
この自由に生きている男を知ってしまった今となっては自分に反逆の戦をしかけてきた連中も――いや、この世界全てがちっぽけだ。
自分とそう変わらない年の見た目をしている男の身体に刻まれた無数の傷跡を眺め、そして思いながら空丹は一緒に風呂から上がるのであった。
そして最近の空丹はそんな一誠と共に眠る。
最初はそんな事なんて無かったのだけど、ここ最近は常に行動を共にする。
それは一誠が特に拒否をしなかったからというのもある。
けれどそれ以上に空丹自身がそうしたかったからだった。
「………………」
その理由は、一誠の過去の大半が白音という存在に塗り潰されているから。
なにかにつけて自分と白音を比較するから。
なにより、白音ができなかった事を自分が果たしたくなったから。
だから空丹は肌寒い洞窟の奥を今日の根城とし、謎の鞄から引っ張り出した毛布にくるまって寝ようとしていた所にもぐり込み身体を寄せる。
「白音って人の気持ちがわかるわ。
この領域を知れば知るほど――いえ、そうでなくてもアナタの事を知れば知るほど強くなる……アナタが欲しいって。
アナタの所有物になりたいって……」
「お前、本当に馬鹿だな……」
「半分はアナタのせいよ? だって一誠って私が滅茶苦茶にしてって言っても何時も優しいもの」
「あのなぁ……」
「だから今日も欲しいの……一誠が。
私はもう誰でも無い、ただの空丹。
アナタに助けられたただの女……。
アナタのものになりたいだけの……」
「はいはいはいはい。ったく、とことん馬鹿な女だよ」
全てを棄てて身軽になり、叩き込まれた元皇帝は破壊の龍の帝王に懇願し、身体を預ける。
彼がそこに存在しているのだと感じながら……。
「あは……♪ お願いだから私を捨てないでね? 逆にもしアナタをそんな目で見る者が居たら、私、その者を殺しちゃうから」
「……わかったからちょっと離れろよ、さっきからお前と胸のせいで息がし辛いんだけど……」
「むぅ、赤子みたいにしてよ? 私、一誠にああされるのも好きよ?」
「……………」
終わり
補足
クソ鬼畜修行と合間にある無自覚の優しみのせいですっかりダメ女さんになってもうた空丹さん。
逆に一誠はといえば、微妙にこっちがわに入ってこれたのでちょっと内心嬉しかったり。
その2
キレるとだんだん口調が荒くなったりはしないけど、彼をそんな目で見る輩への殺意は白音たんとほぼ大差無し。
具体的には微笑みながら八つ裂きする感じ。
その3
……既にそんな関係にまではなったらしい。