世界が後の群雄割拠の時代へなる頃。
世間では『天の遣い』という存在がそこそこ賑わせていた。
曰く、天の遣いの持つ知識を得ることが出来れば、この世を支配できるとか。
そんな噂が流れ始め、其々の目的の為に探してみたりする者がチラホラと現れたりする中、一応同じように噂を耳した孫呉の者達はといえば――誰も興味を持たなかった。
天の遣いがもたらす叡知よりも、未来から来た少年の動向の方が気になるから。
この世を支配する事よりも、彼という存在を知ることの方が楽しい。
それが彼女達なのだ。
「……それは何処に居る?」
逆に一誠自身はその天の遣いに対して珍しく興味を示していたのだけど。
「そこまではわからないわ。
あくまでも噂だしね」
「………」
「何か気になる事でもあるのか? 珍しいじゃないか、お前が興味を持つとは」
「………いや」
世間が色々と動き始めている頃。
未だに燻り続ける日之影一誠は、ひょんな事から炎蓮達よりも上の立場というべき存在と出会すといった事があった。
とはいっても、向こうからしたら部下が抱えている駒の一つ程度の認識しかしないし、一誠も一誠でその上の存在が金髪だったので、一生関わりたくないと感じる程度には互いに関心がなかった。
事が起きたのは世間を騒がせているある大型略奪軍団の討伐を各勢力が集って行われる時期の時であった。
この時期はまだ一勢力の配下程度でしかない炎蓮達孫呉はその上の者達に命令される形で各地を拠点とする賊を討伐するといった事をしていたのだが、その時偶々その上の連中が見てしまったのだ。
「ver.セラフォルー………
賊が潜伏する山ごと異質な妖術で凍結させる青年を。
「おい一誠! それをやったらオレが狩れねぇだろうが!」
「……。アンタが一人で突っ走らねぇように抑えろって部下共に拝み倒されたんだよ。
ほっとくと勝手に前に出るだろうが」
焦げ茶色から漆黒の頭髪に変化し、紫色に妖しく輝く瞳となる青年が、文句を言う炎蓮に向かって白い吐息と共に一蹴する。
「じゃあ後でお前がオレと遊ぶんだな? だったら譲ってやるよ」
「…………」
凍えるような瞳。
異質な妖術。
人間であるのかすら疑わしき青年をそこで初めて知った時……。
「………」
「どうした一誠?」
「今……誰かに見られていた気がした」
後に始まる戦いの布石となるとはまだ誰も知らない。
「っぎ!?」
「?? 何してんだよ?」
「ぐ……な、なんでもねぇ……」
「何でも無くはねーだろ? 言ってみろ」
「………。魔力を解放したら一気に疲れただけだ。
クソ、まだこの程度なのか俺は……」
一体自分は何時までダラダラとしなければならないのだ。
そんな焦りにも近い思いを抱き始めていた一誠。
「…………」
制限という壁を乗り越え、更に先へと進化しなければ何時まで経っても戻る事ができない。
だからこそその制限を超えようと今までずっとトレーニングをしてきたのだけど、ある一定のラインに踏み込んでから全く進化の気配を感じられなくなってしまった。
「何が足りない?」
思えば元の時代にいた頃にも感じた壁にも近いものを今一誠は――要するに軽いスランプに陥っていた。
そのスランプを克服した時こそ本物の進化を獲られるはずだが、皮肉な事に進化を果たしていくのは彼が紛いなりにも世話になっている相手達ばかりだった。
「はっはっはー!! 極めたつもりだったが、こんな光景があるとは思わなかった! どうやらオレはまだまだ強くなれそうだ!」
特に、何かあれば殴り合いをする相手である炎蓮の成長が著しい。
これは恐らく、一誠の持つ特性に対して最も近くに居た事で、開く事が無かった筈の『扉』を解放してしまったからであろう。
炎蓮だけではなく、彼女の娘達――はたまた彼を知る者達も。
「クソが……!」
あらゆる存在を超える為に、悪魔が持つ魔力すらも手に入れた青年の焦りの声が小さく漏れる。
全てを取り戻し、元の時代へと戻って
「ババァ共が言っていた天の使いとかいう奴がもし『俺が想像している奴』なら……」
そして最近どこかに現れたと言われている天の使いという存在が余計に一誠を焦らせてしまう。
それは、かつて兵藤一誠であることを失った過去を思い出すから。
もし『同じ』であったなら、今の自分では抵抗することも儘ならないから。
「な~に怒った顔してるのよ?」
「ここ最近のお前は妙に怒っているが、なにかあったのか?」
「…………なんでもねェ」
もしまた同じ事が起きてしまえば。
世話になった彼女達の自我が奪われるような事が起きてしまえば……。
そんな気持ちを誰にも晒す事無く抱え続ける執事の様子に気付く者達にすら話すことはできない。
「何でもないって顔じゃないと思うけど?」
「ほっとけ、元からこんな顔だ」
あんなくだらない『茶番』に巻き込む訳にはいかないのだ。
だから一誠は誤魔化すように疑うような顔をしてくる雪蓮から目を逸らしながら、隣に居た冥琳に視線を移し……ここ最近から思っていた事を言う。
「それよりアンタは少しはまともに休め」
「え?」
「………。なんの事だ?」
「とぼけるな、アンタ最近まともに寝てないだろ?
確かにここ最近は鬱陶しい連中共の片付けの後処理やら何やらで忙しいってのはわかる。
だが、このままだとアンタ……ぶっ倒れるぞ?」
「冥琳?」
「………忠告として受け取っておこう」
「勘違いするなよ。イザとなってぶっ倒れられたら意味がねーだろう? 足手まといはごめんなだけだ」
「ああ……」
最近顔色の悪い冥琳にそれとなく忠告する一誠は、そそくさと退散する。
「……。普通に見抜かれていたのか」
「冥琳、アナタ一誠が言った通り……」
「まあ、ほんの少し寝不足である事は否定しない。
だが、お前にすら見抜かれていない事をああも簡単に見抜いてくれるとはね……。
何が『別にお前なんぞに興味はねぇ』なんだか……ふふふ」
「む、ちょっと嬉しそうね?」
「ああ、『ちょっと』だけな? ふふふ……!」
知らず知らずの内に冥琳に起こる悲劇を回避させていた一誠は、慌ただしく城内を動き回る者達に悟られぬように移動をする。
この世界に来てからというもの、文字の読み書きが出来なかった一誠に冥琳といった軍師タイプの者達に教えられた事で最低限の読み書きは可能になった。
しかし格好とは裏腹に頭を使う事は実はそんなに得意ではなく、どちらかといえば炎蓮の様に真っ先に敵へと突撃して暴れ倒すタイプであるため、読み書きを教わった後でもあまりデスクワークはしなかった。
ましてや、本を読むことが趣味の軍師が居るのだが、その者に見つかると余計面倒だ。
「…………」
天の使いという存在がもし想像通りであった場合に備える必要がある。
だが、今の自分一人ではどうにもならない。
だからこそ、せめてもの『抵抗力』をここに居る者達には付けさせるべきだというのが一誠の考えである。
出来れば自分の想像している者ではないことを祈りたいのだけど…。
「って、何故俺が一々ここの連中の事なんて考えなきゃならないんだ」
世話になってしまっている以上は、その借りだけは返す。
それが日之影一誠なのだから。
基本的に普段の一誠を探すのは中々に難しいというのが雪蓮といった若者達の常識だった。
特に彼が普段一人で使う訓練場に居ない時は何処に居るのかすらもわからない。
が、不思議な事に炎蓮といった年長者達は簡単に一誠の居場所を特定できてしまう。
これは一誠本人にもわからない事だった。
それ故に取っ捕まった場合は大概碌でもない事ばかりだった。
というか今回の場合、割りと笑えぬ事だった。
「さ、酒……だと……?」
「ああ、ふと思った事が一つ。
お前は宴に強制参加させても酒を飲んだ事がなかっただろう? でな、良い酒が手に入ったからお前にも飲ませてやろうと思ってな」
「……………」
日之影一誠は元の世界では18となり、恐らくこの世界で19になったばかりのまだ未成年だ。
そうでなくても元の世界にて一度17の時に間違って酒を飲んだ事で最悪の事をやらかした。
だから自分は今後一切酒なんて飲まないと固く誓っていたし、この世界に来てから何度と無く孫呉の面子達が催した宴においても絶対に飲まずに上手いこと避けてきた。
しかしここの連中は化け物のような量の酒を飲んでも平気な程の大酒飲みばかりで、一誠が酒を一滴たりとも飲んでいないことについに気づいたのだ。
「だから飲め」
「…………………………………」
炎蓮達は全く知らない。何故なら見ていないから。
一誠が極度の下戸である事を……そして酔うとえげつないという事を。
「お前もガキじゃないんだ。
飲めねーって事はねーだろ?」
「…………」
「そうじゃそうじゃ。ほれ、儂等が注いでやろう」
「………………」
「さ、遠慮しないで?」
「……………………っ」
それぞれが既にほろ酔い状態で酒の入った瓢箪を片手に一誠に迫る。
「ねぇ、顔色悪いけど大丈夫?」
「まさか飲めない……のか?」
そんな一誠の明らかに焦った表情を見ていた雪蓮と冥琳が、割りと心配そうに訊ね……。
「一誠はまだ子供じゃぞ! 無理矢理飲ませるのは良くないからやめぃ!」
雷火は最早完全に一誠を子供扱いして炎蓮、祭、そして程普こと粋怜が止めようとする。
「一誠も飲めないなら飲めないと言ってやらんと、こ奴ら大酒飲み共にはわからんぞ!」
「………」
「ねぇ、本当に飲めないみたいだし、飲ませるのは可哀想よ?」
「…………………」
雪蓮と雷火が三人を止める。
何だか微妙に情けない光景ではあるが、飲んで暴れてしまう事を考えたらこれで良かった。
しかし言われた当人達――特に炎蓮が言ってしまうのだ。
「なんだ、今日は嫌に大人しく守られてるじゃねーか? んー? 情けねぇなぁ?」
「………………あ゛?」
ただの軽い何時も通りの挑発だった。
が、悪いことにその挑発が一誠的にグサリと刺さってしまったらしく、止せば良いのに……。
「じょ……上等だこのババァ共。
だ、誰も飲めねーとは言ってねーぞボケ」
ヘラヘラニヤニヤする炎蓮から酒の入った瓢箪を奪い取ると、ジュースの様に一気に飲んでしまった。
「あ!?」
「一誠!?」
「おーおーおー、これは中々……」
焼けつくような酒の味が舌から喉……そして胃に流し込まれる。
酒の味を美味いとは一切感じた事がなかった一誠は思わず吹き出しそうになるが、最早意地だけで全てを飲み干した。
そして……、
「ほへ……!」
その場に卒倒するのであった。
酒に弱くて飲めない。
今まで酒を飲んで居る姿を見たことが無かった孫呉の面々は、これでやっと一誠が酒を飲めない事を知る。
「おいおい、この程度で倒れるのかよ?」
「やはり弱かったみたいじゃのぉ?」
「少し残念ねぇ?」
顔は真っ赤になり、目を回しながらひっくり返ってしまった一誠を前に、年長者達は平気な顔で飲みながら笑っている。
「一誠! お前等、なんてことをしてくれたのじゃ!」
「そうよ! 母様が挑発するから!」
「オレは一口で良いと言っただけだぞ?
というより、そこまで弱いとも知らなかったしな。
ま、暫く寝かけておけよ?」
詰め寄る雷火と雪蓮に対して、なんの反省もしない炎蓮。
気づけば他の者達もひっくり返って目を回している一誠に挙って集まりだしている。
「あの大酒飲み共は置いておいて、とにかく一誠を介抱しないと……!」
そんな中、すっかり変に一誠に対して過保護になってしまった雷火が、まるで我が子のように一誠を抱きながら介抱をしている。
「いつからそんなに一誠に対して過保護になったんだ雷火?」
「喧しいわこの酔っぱらい共め!!」
愉快に笑う炎蓮に怒鳴り返す雷火。
すると……。
「…………………………」
「へ? 一誠……?」
突然意識を取り戻した一誠が雷火の手を離れてむくりと身体を起こしたのだ。
「……………ヒック」
「だ、大丈夫?」
「取り敢えず水を飲んだ方が良いと思うが……」
雪蓮と冥琳がすかさず話し掛けるも、その目を見て声を詰まらせてしまう。
「………ヒック」
見たこともないくらいに据わっているその目に。
そしてなによりも……。
「んぐんぐんぐ……」
「おっ!?」
「な、なにをしとるんじゃ一誠!!?」
リミッターが外れたのごとく先程以上の勢いで、祭や粋怜から酒を奪い取り、それをガバカバと飲みまくるのだ。
「ふへぇ……ヒック……」
「おおっ!? やるのぅ一誠! どれ、次は儂が注いでやろう!」
「なんだ、やれば出来じゃねーか! はっはっは!」
「燃えてきたわ!」
その色々と間違えてる飲みっぷりに触発された年長者達もやんややんやと持て囃し、豹変したその姿に雪蓮や雷火達は唖然となる。
だが知らないのだ。
こうなった一誠の酒乱っぷりを。
「ひひひ、ひーっひゃひゃひゃひゃ!!!!」
「そーかそーか! 美味いか楽しいか! そら、どんどん飲め!」
「よ、よせ! それ以上一誠に飲ませるでない! 明らかにおかしくなっておるじゃないか!」
「酒に酔っておるだけじゃろうて」
「そうそう、慌てることじゃないし、アナタも飲みなさいよ?」
「飲めるか! とにかく一誠にそれ以上飲ませるのは許さんぞ!! お主達も手伝わんか!」
「わ、わかったわ!」
「一誠が飲まない理由がわかったぞ……!」
やめさせる処か、次々と飲ませようとする三人から一誠を引き剥がそうとする雷火達。
そしてこの時――事件が発生した。
「っ!?」
それまでケタケタ笑っていた一誠が突然自分の肩に触れてきたその手をがっつりと掴むとその者へと身体を向けた。
「い、一誠……?」
明らかに正気ではない一誠に、彼女は手を掴まれたまま心配そうに声を掛けた。
その声が届いているのか居ないのか――一誠は次の瞬間その掴んだ手を引くと――
「う……ぁ……?」
彼女の身体を抱き止め――
「お……」
「ぬ……」
「あれま……」
『………』
間髪入れずにその者に対して唇を重ねだしたのだ。
これにはそれまで別の賑わっていた場が一瞬にして凍りついた。
「な、なな、何を――ふみゅ!?」
だがリミッターが完全にぶちギレていた一誠は止まることをせずに、ほぼ押し倒しながらその者をめちゃくちゃにし始めた。
「ぁ………ぁへぇ……」
『う、うわぁ……』
戸惑いからやがて完全に『女の顔』にされてしまっているその光景に、一体どんな感じなのだろうかと、逆に興味を抱いてしまう面々。
そして……。
「次はお前だ……ひひひっ!」
「へ? あみゅうっ!?」
リミッターが壊れた一誠は始動してしまう。
完全に眠るその時まで――孫呉の者達全員に襲い掛かりながら。
「俺は何をした?」
「あー……酒飲んで酔っぱらってたか?」
「…………じゃあアンタ等が軒並み素っ裸な理由は?」
「脱がされたからだな?」
「……誰に?」
「一誠」
「……………………………………………………………………………………」
そして皮肉なことに、酒に酔うと制限の壁を一時的に乗り越えられる事を知ることになる。
「あ、い、一誠……大丈夫か? そ、その……うむ、昨日の事なら気にせんで良いぞ。
お前も正気ではなかったしな?」
「……………」
「そ、そのな? お前はまだ若い。
だからこんなババァは止めておいた方がよいぞ? あ、あははは」
「…………………」
「でもあの時のお前が正気でなかったとわかっていても……少し嬉しかったぞ?」
「や、その……ね? 私も気にしないから大丈夫よ? ねぇ冥琳?」
「ま、まぁな。仕方ない事だったし……」
「……………」
「けだもの」
「一生忘れんからな……」
「……………………………」
「えへへ~♪ 最初じゃなかったけど、シャオはとっても嬉しかったよ?」
「………………………」
悪魔の執事・日之影一誠。
パッシブスキル・『制限』
ATK.DEF25%UP
必殺技発動時に更にATK25%UP
アクティブスキル『帰還する無神臓』
条件・泥酔
効果……正気が無くなる程の泥酔により全リミッターが外れて全盛期に限定的に戻る。
限定復活の執事・日之影一誠(泥酔)
パッシブスキル・『酔いどれ無神臓』
登場から6ターンATK DEF350%UP
攻撃する度にATK5%UP(無限)攻撃を受ける度にDEF5%UP(無限)
7ターン経過で再び制限がかかる。
終わり
「ぐぬぬ……それにしても一誠ってやっぱり年上が好みなのかしら?」
「特にババァと呼ぶ相手にばかりだっからなアイツは……」
補足
あの液体接種のみ掛けられている制限をぶち破れる事が発覚、
ただし、バーサーカー化する(色々な意味で)
最初にバーサーカー化した時はセラフォルーさんが最初の被害者。
ではここでの最初は一体……?