※ちょい訂正
強ければ何もされない。
強ければ誰にも文句を言わせない。
強ければ、もう誰にも奪われたりはしない。
だから俺は強くなることを決めた。
その為ならば何でもして来たつもりだ。
その為ならば恥になる事をも甘んじて受け入れてきたつもりだった。
くだらない繋がりなんて要らない。
弱点になりかねない他者への情も必要ない。
ただ力を……誰であろうとぶちのめせる比類なき進化を。
それが
進化を求め続ける狂気を胸に、人である事を辞め続ける少年にとって、この不可思議な世界はとても複雑な気分にさせられる。
こちらの返答を完全に無視した形でこの世界に飛ばされた日之影一誠が始めに出会った人間とその人間が形成するコミュニティは、元の世界で彼が世話になっている悪魔の家族達に色々と似ている。
無論、悪魔の家族達とここの人間達の全てが似ている訳ではない。
だがしかし、それでも日之影一誠の目にはこの人間達が悪魔の家族達の影と重なるのだ。
「……………」
だからどうだという訳ではない。
ほんの少しだけ似ているからどうしたという訳ではない。
元からただの他人の指図を拒否するような性格に育ってしまった日之影一誠にしてみれば、似ているから甘くなるという事は皆無。
されど彼は今現在、その似ている者達の下で『元の時代へと戻る為』に働いている。
それは妥協をしたからではなく、彼がよりにもよって負けたからだ。
敗者は勝者に勝つまで従う。
日之影一誠として生きる上で培った彼の中のルールだから。
だから悪魔の執事として生きてきた一誠は、この世界で始めて己に土を付けた女性に対する『借り』を返す為、何より完全に力を取り戻して元の時代へと戻る為……。
同じように鬱陶しい連中達に絡まれながらも今日を生きるのだ。
「チッ……」
色々と難儀しながら。
あの夜突然自分の庭に現れた少年を殺さずに捕らえて何とか話を聞き出せた時から、彼女は自分の遊び相手として彼をこの場所に置くことを宣言した。
無論、彼の異質さと不気味さを嫌って反対する者は多かったが、一度決めた事は意地でも曲げない彼女はそんな反対する者達を黙らせてやった。
結論から言えば、彼は自分の遊び相手として最上の存在であった。
本人曰く、本来の力があればお前なぞ一瞬でバラバラに出来るとの事だが、その戯言にも聞こえる言葉が真実に思える程、彼の力は自分に匹敵するものを感じさせた。
それに加えて彼は『魔力』なる不可思議な妖術まで扱う。
固い岩盤を消し飛ばしたり、広大な湖を真冬のように凍らせたり等々……。
知れば知るほど異質なものを抱え込む彼に彼女はただただ歓喜するだけだ。
本人は『元の時代』という場所に戻りたがっていて、その為に自分達を単に利用するつもりで渋々この場所に留まっているようだが……。
まぁ、その事について追々考えることにして、孫家の王である孫堅こと炎蓮は、今日も元気に自分の事をババァと吐き捨てる少年と遊ぶのだ。
「くくくく……! アッハハハハァ!!! 勝ち勝ち勝ち勝ち勝ち勝ちィ!! 俺の勝ちィッ!!!」
「え……あ……」
「俺の勝ちだ! ぎゃははははっ!! ザマァ見さらせ! 俺を見下しやがって!!」
「べ、別に見下してなんてないけど……。あ、あの大丈夫?」
煽れば煽る程負けず嫌いを爆発させる姿を見るのはある意味退屈しない。
その証拠に、ちょっとした戯れに娘達を巻き込んで参加させてみれば、彼は面白いくらいに普段は無機質である感情を爆発させている。
「大丈夫だと? 大丈夫過ぎて歌でもひとつ歌いたいね!」
「あ、ああそう……」
爆発させ過ぎて娘達全員が困惑するくらいに。
「はぁ……おいババァ、俺が勝ったんだから約束通りにしろよな。
くっくっくっ……!」
「それは構わないが……そんなに嫌だったのか?」
「当たり前だ! 興味がねーって言っただろうが!
ま、俺が勝ったんだし? 最早関係ねーけどな! フハハハハ!!」
『…………』
そう言ってバカみたいに笑いながら一誠は唖然とする娘達に背を向けて出ていってしまった。
そして残った炎蓮と娘達や配下達の間には微妙な空気が流れる。
「負けたら雪蓮か蓮華のどちらかとナニをしてみろと言ってみたら、まさかあんな必死になって勝とうとするとはな……」
「……。お陰でこっちは凄まじく複雑な気分なのだけど?」
「私なんて終始地味女呼ばわりされたし……」
負けた以上に色々と複雑な姉妹に、母である炎蓮はへらへらと笑う。
「? そう言えば小蓮はどこだ?」
「自分は対象じゃないと知って拗ねてどこかに行っちゃったわよ」
こうして負けたらナニかされるというゲーム的な大会は厳かに終わってしまった。
しかし炎蓮的には面白かったので満足だった。
「はぁ……あのババァ、テメーの娘をなんだと思ってやがるんだ」
そんな炎蓮達からさっさと逃げた一誠はといえば、炎蓮が支配を任されている領域を抜け出し、この世界たなおける彼の修行テリトリーへと訪れていた。
「取り敢えずババァの戯れに付き合ってやったんだ。
暫くはトレーニングに集中できる」
そう言いながら彼にとっての戦闘服にて普段着であり、この世界で暫く留まらざるを得ないと理解させられた時点で必死になって素材をかき集めて複製した燕尾服の上着を脱ぎ、丁寧に畳んで汚れていない腰くらいの高さの岩場に置くと、トレーニングを開始する。
「………」
元の時代の時もそうだが、一誠にとってトレーニングは自分を保つ為の手段でもあり、周りに邪魔されない時間でもあった。
孫堅だの孫策だの孫権だのと、前にどこかで聞いた事のあるような名前と同じ名の女連中に振り回されている彼の憩いの時間。
しかしそんな憩いの時間を満喫している一誠に近付く小さな影がひとつ。
「イッセー!」
孫堅こと炎蓮。
孫策こと雪蓮。
孫権こと蓮華。
やはりどこかで聞いたことがあるような名を持つ親子と同じ髪と肌を持つ先程と戯れ会には姿が無かった小さな少女。
そんな少女が大きな木の枝にぶら下がって筋トレ中だった一誠の背中に飛びつく。
普通自分の時間を邪魔されるとかなり機嫌を悪くするのが一誠なのだが、例外があるらしい。
それは彼にとって『子供』と見なした存在であり、元の世界ではミリキャス・グレモリーがそれに該当される。
そしてこの世界では炎蓮の娘三人の内の末っ子にて見た目からして子供であるこの少女が……。
「おい、邪魔だ降りろ」
「やだー! やっとシャオと二人になれたんだもん!」
孫尚香……と、これまたやはり前にどこかで聞いたことがある名にて、真名を小蓮と呼ばれる少女の登場に、エルード中だった一誠は鬱陶しそうに降りろと命令するが、小蓮は懐いた猫のように背中にしがみついて離れようとしない。
「チッ……」
これが炎蓮ならそのままバトル開始なのだが、子供相手にそんな真似は出来ない。
これもミリキャスに『一誠兄さま』と呼ばれて慕われていた影響だ。
なのでそのまま地面へと降りるとこれまたミリキャスのように目をキラキラさせながらこっちを見てくる――つまり『構って』という目をする小蓮の相手をしてあげることにした。
「イッセーがここに来てくれてから、皆が毎日を楽しそうに過ごしてて、シャオも楽しいよ」
「俺からすりゃあ悪夢だがな」
ニコニコする小蓮に対してぶっきらぼうに上着を羽織ろうと岩に手を伸ばした一誠。
だがその前に小蓮が猫みたいな素早さで上着を取ると、サイズが全く合わないのに羽織始めた。
「えっへへ……イッセーの匂いがする」
「……………」
そんな事を頬を染めながら言う小蓮に、一誠はため息を吐きつつも無理矢理取り上げる事はせず暫く貸すことにした。
これがもし『ヴェネラナが作成したオリジナルの燕尾服』だったら、泣こうが喚こうが奪い返してやっていたが、今小蓮が羽織る燕尾服はそのオリジナルを元に30着は複製したものなので、別に壊されても問題はなかった。
「んで? 何がしたいんだ?」
「んー? 別にないよ? ただイッセーの傍に居たいだけだし」
「なんじゃそら……ミリキャスみたいな事を言いやがって」
こうしてトレーニングを中止し、小蓮の相手をすることにした一誠は、要求することがほぼミリキャスみたいな小蓮に呆れてしまう。
「またその名前……」
「あ?」
そんな一誠の呟きに対して小蓮は一瞬だけ表情を変えた。
「そんなに似てるの? シャオとその子?」
「姿形は全然似てねーよ。ただ、なんか似てる気はする」
「どんな所が?」
一誠がここに来てからどれくらい経つであろうか。
母である炎蓮が捕らえ、気紛れで生かした無口な男というのが当初自分を含めた全員の印象。
されど彼が炎蓮と戦った際は、手負いの獣を思わせる感情の噴火であり、その時は炎蓮に負けたものの、相当な強さを持つことがわかり、また炎蓮自身が彼を気に入った事で迎え入れる事になった。
当の本人は自分に勝った炎蓮の言うことしか聞かないつもりではあるらしく、未だに殆どの者達とはまともに口を聞こうとはしない。
だけど彼は変に律儀で不器用で……。
以前あと一歩の所で命を失いかけた炎蓮を、自分が傷ついてまでも助けた。
その無言の行動が何時しか周りを認めさせた。
けれど一誠はそれでも『帰る』事を諦めない。
それは自分達よりも以前に一誠と共に居た者達がいるから。
その者達の一人が自分に何となく似ていると言われれば、小蓮としても複雑だ。
だってきっとそのミリキャスという子は自分よりもずっと長く一誠を見てきたのだから。
「そういう所だよ。所詮ガキなんてそんなもんだ」
「ガキじゃないもん」
「そう言ってる内はガキなんだよ。お前も俺もな」
「むー……」
羨ましい。
会ったことも無い存在に対して小蓮は嫉妬にも近い感情を抱いた。
きっと自分よりももっと一誠に優しくされてきたのだと……。
そんな感情を抱くまでになる程度に、小蓮は一誠に懐いていた。
「ねぇねぇ、母様が突然言い出した話は本当に断っているんだよね?」
「あ? ああ、オメーのねーちゃんの次女か長女の方とどうたらこうたらって奴か? 当たり前だろ。
俺自身興味ねーし、向こうだって嫌だろうに」
「……。じゃあどっちかが嫌じゃないって言ったら?」
「普通に断るに決まってんだろ。ありえねーし」
「ふーん?」
だから徐々に姉達をもその行動で惹き付け始めている事も小蓮は嫌だった。
いや、いっそ嫌われてしまえとも思っていた。
「雪蓮姉様にあんな事ばかりするのは?」
「え? ああ、だってアイツはアホだし……」
「…………」
そうすれば一誠は自分だけの……。
「そっか、アホになれば一誠にああしてもらえるんだね?」
「いや、時と事情とそいつによるけど」
「むー! なにそれ!?」
「さぁ?」
執事と孫家・・終わり。
オマケ……頑張れ雪蓮さん。
炎蓮に振り回されるのがデフォルトな執事。
しかしまれにその振り回されっぷりに限界が来てプッツンしてしまう事がある。
プッツンした執事のテンションは……凄い。
例えば――
「な、なんて事をするのよっ!? あ、あんな皆が見てる前で……! わ、私の服だけ吹き飛ばすなんて!?」
「あ? ああ、悪いな。
あのババァを止めるどころか一緒になってヘラヘラ笑ってたそのツラ見てたらイラっとしてしまってね。
まあ、良いじゃねーか、セラフォルーのアホより痴女丸出しな格好してんだし」
矛先を長女に向けて、魔王少女によくやらかしのアレをしている。
「も、もう頭に来たわ! こうなったら母様より先にアナタを骨抜きに――へぶっ!?」
「抜かしてろアホ女が」
「痛い痛い痛い痛い!?」
「くくく………クハハハハーー!!!」
それはもう生き生きとした顔で雪蓮を苛め倒す程に……。
「そこまでにしてやれないか?」
「あ? ………ああ、わかった」
「なっ!? なんで冥琳の言うことは素直に聞くのよ!?」
「だってまともだし。……格好は割りと引くけど」
「悪かったな。それで? 私が課した課題は終わったのか?」
「へ、嘗めんな。そらよ」
「………………うむ、ちゃんと文字の読み書きを理解したようだな。
これなら次の段階に移行できそうだぞ。ここまで結構時間はかかったがな」
「………。悪い」
「良いさ、誰しも向き不向きがあるのだからな」
「ぐ、ぐぬぬ……! 冥琳には本当に素直なんだから……!」
逆にまともな相手には結構素直だった。
けれど……。
「こんなに喋れるのなら、もっと他の者達とも話せるだろうに……」
「結構最近じゃ不満に思うものが居るのよ?」
「は? は?? はぁ??? 話せない訳じゃないけど? 話す理由がないだけだけど?」
それ以外では基本的にやはりコミュ障だった。
「蓮華ともまともに話したりしないでしょう?」
「だって別に話すことなんて無いし……」
「向かい合わせたら急に黙るばかりか、私や雪蓮に介して話すのはどうかと思うぞ?」
「い、良いだろ別に……」
「その癖私にはあんな事するのはなんでよ?」
「それは―――お前がアホだから?」
「………」
そして……。
「て、テメェ!? い、いきなりなにしやがる!?」
「なにって、雪蓮相手に楽しそうだからよ? オレも混ぜてくれよ?」
「ふ、ふざけんなババァ! 何勘違いして――むがっ!?」
「おーおー、元気だなぁ? よーしよし」
「離せコラァッ! やめろ! わぷっ!?」
「…………。どうして母様には負けてるのかしら?」
「何かあるんだろう……。そういえば祭にもあまり強く出れない所を見たことがあったな」
「じゃあ私は?」
「お前は多分……うん」
「うんってどういう意味よ?」
「なんというか……嫌っている訳ではないと思うぞ? ほら、アイツは強がりだし」
「そ、そう? じゃあ仕方ないわね! うん……!」
終わり
補足
多分炎蓮さんはヴェネラナのママン達をフュージョンさせた+に肉食なんでかなり圧される。
雪蓮さんは――魔王少女ポジになってしまわれる。
蓮華さんは――ソーたんかリーアたんポジ……にはなれてない。
そして小蓮ちゃまはミリキャスたんポジ安定。
そして冥琳さんはまともだからとある意味一目置かれてる模様。
他は……祭さん辺りの年上さん達には妙に弱いらしい。