つまり飛ばしてます色々と。
もう先が観えなくなった。
自分という存在がそうさせてしまったことは、解りきっていた。
けれど、それでも自分というものを終わらせる事は出来なかった。
一度迎えた完全なる死の先に手にしたこの命を手離したくはなかった。
何よりも、彼という存在が現実としてある。
彼自身は自分をそこら辺にただ居る物体の一つとしか見ないのかもしれない。
しかしそれでも転生者はこの時代を生きるのだ。
悪魔にとって、光とはそれだけでも嫌悪を催す。
その光を自在に攻撃手段として行使できる存在はそれだけでも脅威となる。
天使しかり、堕天使しかり。
つまるところ、ライザー・フェニックスにとって今回のゲームで一番に気を付けなければならない相手は、対戦相手の王であるリアスではなく、その女王の姫島朱乃だ。
雷鳴の巫女……そう呼ばれる彼女は転生悪魔というくくりだけならば抜きん出た実力があることは聞いていた。
それに加えて彼女は堕天使と人のハーフでもある。
それはつまり、堕天使の行使する光の力を彼女も扱えるというわけであり、それだけでも厄介極まりない。
容姿やスタイルを含めても実に美しいと思うライザーは、それ故に眷属達に命じている。
とにかく相手方の女王を押さえ込め、その隙に自分が直接チェックメイトをかける。
このゲーム、実際の所は朱乃だけが脅威であり他の眷属に関しては問題ではない。
だからこそのこの判断は事実間違いではないだろう。
しかし誤算が一つあった。
もう一人……リアスの眷属にはもう一人、予想だにしない存在が兵士として居た。
それが兵藤凛である。
虫を殺せなさそうな少女で、ライザーにしては眼中にはなかったこの兵士が盤面を少しずつ支配していく事で、対朱乃の戦力が謀らずも削られてしまった。
王である自分がリザインするか敗北しない限りでは負けにはならない。
しかし……。
「…………」
「っ……のっ! 小娘がァ!!!」
兵藤凛がこちら側の戦力を削った事で、朱乃を止められる事ができない。
事実、それでもと残りの戦力を投入し、王であるリアスの傍に居た朱乃への短期決戦を仕掛けても、文字通り雷鳴のごとき速度で叩き伏せられる。
「その雷はどこにも存在しない」
そして指先から放つ見えない雷鳴が『防御』も『回避』も出来ずに貫かれた時……。
チュ……
(こ、これ……は……!?)
チュ―――ミミィィン
その雷から聞こえる鳴き声のような音が耳に入った時。
姫島朱乃の瞳に漆黒に燃える炎が見えた時、ライザー・フェニックスは全身を雷鳴で焼き焦がされ続けながら敗北をするのだ。
勝った。
姫島朱乃もそうだったが、最近リアスが迎え入れたという兵士の思いがけない活躍もあって、リアス達が勝った。
持ち込んだPCを使って生徒会室から観戦をしていたソーナとその眷属達は、同じ学園に通う者として一応の安堵をしたのだが、それと同時に不安があった。
「私たちは果たして自由のままで居られるのかしら……」
『………』
王であるソーナの言葉が何を意味するのか理解している眷属達からの返答は無い。
誰しもが不安なのだ。
自分達には抜きん出た力が無いという不安が。
「私達はリアス達のような
もしこのまま『ゲーム』をすれば、私は負ける。そして――」
「よ、よしてくださいよ会長! 弱気になってはダメです! 絶対に俺たちは勝ちます!」
「わかっているわ。
けれど、負けたら私は今までのようには生きてはいけなくなる。
そうなればアナタ達にも……」
リアスに降り掛かってきた今回の騒動に平行し、実はソーナ自身にも同じような話があった。
当然そんな気の無いソーナはリアスと同じように突っぱね、結果としてゲームでの勝敗で決める事になった。
リアスはどんな形にせよ勝利して自由を手にいれられた。
だが自分は自由を手に入れられるか……。
只でさえ最近は風紀委員長に『虫けら』呼ばわりされて自信というものが破壊されている状態で勝てる気がまるでしなかった。
「姫島さんの異質な強さは、恐らく霧島君が関わっている筈。
そう思ったからこそここ最近の会長は彼に接触を試みたのでしょう?」
「…………結果はこのザマだけどね。
さっきも彼は私達と同じ空間で呼吸するのも嫌だ――と言ったのでしょう?」
「え、あ、は、はい……まあ……」
「多分普通に打ち明けた所で、精々鼻で笑われるだけだわ」
約一ヶ月後に行われるゲームに負けた時、それはソーナ達が学園から消える事を意味する。
多くの生徒達は残念に思うことであろう。
だが彼だけは――霧島一誠だけは間違っても自分達に対してそうは思わない。
そして天地がひっくり返っても彼が協力をしてくれる事も無い。
「寧ろ役立たずが消えてマシな後任者が生徒会になると喜ぶでしょうね。
彼の言うとおり、私達は生徒会をなめすぎていたのだから」
『…………』
そうネガティブに言うソーナは思う。
もし今の自分が『夢』について語ったら、きっと彼は塵以下なモノでも観る様な目をするだろう。
「あ、諦めちゃダメっす! 俺だってあの野郎は気にくわないけど、会長が結婚しないで済むなら頭でもなんでも下げてやりますよ!」
兵士の匙元士郎が、密かに想いを寄せる相手でもあるソーナを元気付けようとするが、ソーナが笑みを浮かべる事はなかった。
「……」
何故ならソーナは眷属達の前では言っていないあることを『婚約者候補の悪魔』に言ってしまったのだから。
眷属に恵まれたからこその勝利という自覚をしているからこそ、リアスはこの掴み取れた自由を無駄にしない決意をする。
それこそ、従兄弟の彼のように力を付ける事もこれまで以上にする。
「部長、ギャー君が最近霧島先輩と居るのですが……封印していたのでは?」
「驚いた事に、最近のギャスパーは自分から外に出ようとするようになってきたのよ。
放課後限定で、しかも彼が一緒という条件だけどね」
「ギャー君ってそんなに霧島先輩を慕っていましたっけ……?」
「朱乃や朱乃の両親以外はある意味全て平等に見ているから、ギャスパーの特異体質を前にしても平然としていたということがあの子にとって嬉しかったみたいよ?」
「へぇ……?」
「…………」
婚約の話を無かったことにしてから数日。
戻ってきた朱乃とそれを出迎えた一誠が、それこそその場でおっぱじめてしまいそうな雰囲気でイチャコラしているのを何とも言えない気分で見たり、翌日妙にヘロヘロながらも幸福な顔な朱乃を見てお察ししたりといった事があったわけだが、一番の出来事は放課後で一誠が近くに居るというかなり限定された条件ではあるが、自ら引きこもっていたギャスパーが外へと出るようになった事だろう。
引きこもりで臆病であるギャスパーの行動に、小猫や祐斗といった比較的古参の眷属はかなり驚き、何故か面識のない凛も驚いていたが、リアスとしては一誠を介してギャスパーが自分自身と力を安定させてくれればそれでよかった。
「それよりも最近のソーナ達よ。
大丈夫なのかしら……?」
「大丈夫とは……?」
「いえ、来月の頭にソーナも初めてのゲームを行うのだけど、その理由が私とほぼ同じなのよ……」
「えっ!? シトリー様にも婚約者が!?」
そんなギャスパーの成長を願う一方、リアスはもう一つ気になる事があり、それがソーナの事であった。
自分がそうであったように、ソーナ自身にも望まぬ結婚話がやって来ているという事を実は密かに聞いていて知っており、知らなかった眷属達が驚いている。
「ええ。
ただ、その……見ている限りだと何かを気にしている様子で最近はずっと心ここに非ずで――」
そしてソーナ自身の様子がかなりおかしい事を眷属達に話そうとした時、部室の扉が少し乱暴気味に開けられる。
「リ、リアス……どうしましょう?」
やって来たのは、表向きの顔ではほぼ部室には来ないソーナ――それも一人であり、今にも泣きそうな表情で入ってくるや否や、リアスに泣き付くせいでリアスも凛達も驚いてしまう。
「お、落ち着きなさいよ? どうしたの?」
「わたし……わたしぃ……!」
「朱乃――は、今居ないんだった。
え、えっと、祐斗、お茶を出してあげて?」
「は、はい」
癖で朱乃にお茶の準備を頼もうとしたのだが、生憎朱乃は今担任の教師に呼び出されていて留守だったので、祐斗にお茶の準備を頼む。
そして暫くリアスに泣きついていたソーナも落ち着いたのか、ぐすぐすと鼻を啜りながら椅子に座る。
「それでどうしたのよ? アナタ確か来月にゲームがあるんでしょう?」
「………」
(い、一誠に嫌われているのはわかっていたけど、まさか泣きながら来るとは思わなかった……)
落ち着かせるような声色で訊ねるリアスの後ろで、凛がそんな事を考えていると、暫く黙っていたソーナが口を開く。
「そうよ、ゲームをするわ。
内容はこの前のリアス達と同じ。
もしこのゲームで負ければ私は対戦相手の純血の悪魔と結婚するの……」
『………』
リアスの言っていた通りだと改めて驚く眷属達と、またしても知識とは違う展開に困惑する凛。
「だからここ最近は皆と修行をしたりしているのだけど……」
「ええ……」
「この前その相手の男がこっちに来たのよ。
顔を見に来たとかで……でも私は勿論そんな気なんて欠片も無いからする気は無いと言ったわ。
けど……」
「けど……?」
『?』
言うのを躊躇う様に目を泳がせたソーナ。
それが30秒程あった後、ボソボソとした声で懺悔でもするように告白した。
「私、『既に将来を誓い合った相手が居る』って思わず言ってしまったのよ」
「あら……」
なるほど、それで困っていたのかとリアスは納得した。
思わず言ってしまうほど嫌だったという気持ちこそリアスはよくわかるのだ。
とはいえ、ソーナにそんな相手も存在しないのは知っていた。
恐らく相手側がそれを聞いて、誰なのか、会わせろと言ってきているのだろう。
そう思っていたリアスはお茶に口を付けた時だった。
「つ、つい写真を見せてしまって……霧島君の」
「ぶーっ!?!?!?」
まさか過ぎたカミングアウトに口に含んだお茶を思い切り噴き出してしまった。
「はいっ!?」
そして同時に凛も驚愕し、思わずといった調子でソーナに迫っていた。
「ど、どういう事ですか!? どうして一誠のことを!?」
「お、落ち着いて凛! けほっ! で、でも凛の言う通りよ? な、なんで彼の名前を出すのよ?」
「だ、だってつい言っちゃって、相手側が誰だと聞いてきた時に頭に浮かんだのが彼だったから。
ちょうど写真も何枚かあったし……」
「つ、ついってソーナ、わかっているの!? そもそも彼とアナタはまさに水と油じゃない!」
「だ、だからこうしてアナタに相談しようと。
わ、私と違ってアナタならまだ会話も成立するし、彼と」
「成立するからって私が何を言えと!? バカ正直に彼に『実はソーナが婚約者になっている相手にアナタとありもしない事を言ってしまったの』と言えと!? 間違いなく殺されるわ!」
もっとも過ぎるリアスの言葉にソーナはしゅんとなる。
そもそもリアスが懸念しているのは一誠自身もそうだが、朱乃がこの話を聞いた時の場合だ。
ハッキリ言ってしまえば、朱乃も朱乃でかなり一誠に対してアレなのだ。
例えブラフであろうと――いやブラフだからこそ一誠を交渉の道具のように扱われていると知ったらどうなるか……。
「シトリーさんとイッセーくんが―――――何ですって?」
『あ……』
確実に途中から聞いていたであろう『ニコニコ笑顔』の朱乃を見れば一目瞭然にも程がある。
と、全身から雷を迸らせている朱乃を全力で止めなれればとリアスは席を立つのであった。
「地獄へ行け……!!! 電撃地獄――」
「ストップ!! お、お願いだからやめて朱乃!」
「部室を壊したら一誠の仕事の負担が増えますって!」
時を同じくして、こちらは風紀委員室。
ここ数日、限定的ながらも外へと出るようになったギャスパーの面倒を流れで見つつ風紀委員のお仕事に精を出す霧島一誠はといえば……。
「虫けら眼鏡以外の面子共が雁首揃えて何をしに来たかと思えば……」
『…………』
突如やって来て風紀委員室のど真ん中で全員して土下座をかましてきた会長以外の生徒会の面々に対して物凄く冷めた目をしながら対応をしていた。
「た、頼む……このままだと会長は学園を退学しなくちゃならなくなる。
だから……! お願いだ!」
「今後はきちんと! ちゃんと生徒会を運営しますから!」
「どうか! どうか……!!」
「…………」
「あ、圧巻ですねこれは……」
怖がるギャスパーが足を組ながら委員長席に座る一誠の背中に隠れながら呟く通り、生徒会の面々が挙って一誠一人に土下座をかます姿はある種圧巻であった。
しかしされている本人はといえば、内容を含めて全てが馬鹿馬鹿しいものであった。
「俺は便利屋でもなんでもない。
あの眼鏡がグレモリー先輩と同じような理由でゲームに負けたら結婚するからなんだってんだ?」
『…………』
「俺にどうしろと? 来月までにお前等を鍛える? 馬鹿なのか? 俺は他人に指導できるタイプじゃねぇ」
(普通にできると思うけど……)
他人に指導できるタイプではないと言う一誠だが、後ろで聞いているギャスパーは寧ろ逆だと思ったけど口には出さなかった。
ちなみに今日のギャスパーは先代風紀委員の専用制服で、スノーホワイトと呼ばれた白いブレザーの女子制服を着ていて、左腕には『自称・風紀見習い』と書かれた腕章を付けている―――男の子の日だった。
困ったことに、ギャスパーは男であろうが見た目の変化が胸と下半身の有無以外はほぼ無いので、パッと見はほぼ女の子で通せていた。
そしてもっとついでに言うと、女の子の日のギャスパーは基本的に小猫より胸があるらしい。
「消えろ。テメー等個人の事で動く程俺は暇じゃねぇ」
「お、お前は会長が結婚させられて学園を退学になっても構わないのかよ!?」
「そんなわかりきった事を今更聞くのかよ? お前らがどれだけ敬愛しているであろうあの眼鏡に対して心を痛めようが―――俺の心は全く痛くねぇ」
『……』
そんなギャスパーの特異体質はさておき、どこまでも冷徹な言葉に匙を始めとした生徒会達の心は折れ掛かっていた。
そもそも何故彼に頼ろうとしているのかについても、彼が冥界の悪魔達にとって『悪夢』だと言わしめるだけの破天荒さがあり、事実ソーナの婚約者である悪魔は彼の名前を出しただけで顔を強張らせたのだ。
「だからって! そんな言い方があるかよ!? 確かに俺たちはお前の考えているような生徒会じゃないのかもしれない! 会長や俺たちを嫌っているのかもしれない! けど、それをわかった上で俺たちはお前に頼んでるんだ! 少しくらい考えてくれても良いだろう!?」
「そ、そうだよ! 私達の事が気に食わないのはわかるけど、そこまで会長の事を言わなくたって良いじゃん!」
「無能とか虫けらとか言い方が酷い!」
「そうよ!」
自分達の実力だけでは今の段階ではソーナの自由を勝ち取れる確率が薄い今、もっとも確実な方法を使うしかないのだ。
だが一誠の言い方も対応も、あまりにも酷すぎた。
だからこそ頼む側であることを忘れて、会長や自分達へのこれまでの態度への鬱憤を爆発させてしまい、立ち上がり、悠然と座る一誠に詰め寄ろうとした。
その時点でギャスパーが軽い悲鳴をあげながら一誠の背中にしがみつく中……。
「Fuck You!!! ぶち殺すぞゴミ共!!!」
それまで無表情であった一誠が机を思い切り叩いて破壊する。
『っ!?』
その破壊に勢いが止められる生徒会達はゆっくりと椅子から立ち上がる一誠に息を飲まされた。
「頼めば何でもして貰えるのが当たり前か? あぁっ!?
さっきから聞いてりゃあ、テメー等はまるでガキのように、自分中心に、求めれば周りが右往左往して世話を焼いてもらえると考えてやがる!!」
『……』
「甘えるな!! 世界はテメー等の母親でもなんでもねぇ!!」
砕けた机から木の欠片が溢れていく中、一誠は続ける。
「お前等はここでも外でも中途半端にした結果、身動きが取れなくなっているだけの自業自得のカスだ! カスには元来権利なんぞ何も無い! 学園の中であろうが、外でもな!」
『………』
「それはお前等の全て自業自得だ。
他に理由など一切無い!」
『………』
「お前らが今やることは、こんな所で頭を下げる事じゃなく、ただ勝つために生きることだ! 勝つこと!
『勝ったら良いな』じゃない、勝たなきゃ駄目なんだよ! 自分で勝ちを拾うための努力すらしない奴がノウノウと生きていることが論外なんだ!」
『』
(ぼ、僕にも色々と刺さるなぁ……)
一誠の言葉を黙って聞くしかない生徒会達と、その後ろで色々と突き刺さる思いで苦笑いするギャスパー。
「これはお前達にとって今後を左右する分岐点。
ここで懲りずに周りに甘えた挙げ句また負ける様な奴? そんな奴らの今後なんぞ俺は知らん。本当に知らん……! そんな奴等はどうでも良い!!
勝つことが全て――勝たなきゃゴミだ!!」
運命が変わった一誠が悟った真理。
守る為には勝ち続けるしかない。
朱乃との未来を歩む為に勝ち続ける。
その為だけに何をしてでも進化をやめない。
それが霧島一誠。
「ったく、ついイラついて机を壊してしまったぜ……あーあ、新しく用意しないと……」
「なんというか、色々と突き刺さりました」
「お前にも言える事だ」
「わかっています。僕も前に進まないといけませんから……」
「…………」
「それにしても、どうしてシトリー様本人は来なかったのでしょうね?」
「さぁな、それこそどうでも良い」
終わり
補足
まあ、うん……負ける理由もないし。
その2
で、数日後にまた生徒会との小競り合い――こっちが本番。
尚、もし会長の余計な一言について聞いた場合、殺戮モードに移行する可能性がヤバイ。
その3
戻ってきた日の夜は凄かったらしい(あけのん談)