あの日、死に逝く筈であった母と私の運命を捻じ曲げてくれた。
あの日、血に染まりながらも運命を捻じ曲げてくれた彼は私に守ると誓ってくれた。
あの日以降彼はその約束通り、私達と――そして自分自身の運命に勝つ為に進化をし続ける道へと進んだ。
それはとても険しく、そして自分が人で無くなる覚悟をし続けなければならない道。
それでも彼は進化という道を背で示しながら進み続けた。
だから私も同じ覚悟をした。
ただ守られるだけではダメだと。
あの子が覚悟を示してくれたのなら、私もまた覚悟をすべきだと。
その為には、あの日以降大嫌いになった父に頭を下げもした。
どんなに辛くても、どんなに痛くても、どんなに挫折しそうになっても強くなる……。
先に前へと行ったあの子に追い付き、それを並んでこの先を歩き続ける為に。
そして守られるだけではなく、あの子を支えられる女になる為に。
誰かの作為で変わった運命によって到達したこの出会いを無意味なものにしない。
どんな事があろうと『必ず』。
あの子と共にこの先の全てを『超えて行く』。
『その雷はどこにも存在しない。そして必ず届く……!』
どれだけ傷ついても、悪と見なされても私への想いを決して変えないでくれる彼が大好きだから。
約9日間の期間を経て悪魔のゲームに対する鍛練を終えて帰還したリアス達。
リアス達というよりは朱乃を出迎えた一誠は普通の態度だったし、学園が9日の間に変わったといった様子も無い……そう思っていたのも束の間、生徒会の面々が――特にソーナに何かがあったのか、すっかり腑抜けてしまった姿に、リアスは一誠に何があったのか聞きたくて仕方ない気分にさせられた。
「さぁ? お飾り以下の連中の考えなんて知りませんし、知りたいとも思いませんから」
「そ、そう……」
そこら辺に落ちた消ゴムの欠片でも見るような目をしながら、お飾り以下と言い切る辺り、またしても何かがあったのだろうとリアスは思ったのと同時に、よくもまぁそこまで彼の地雷を尽く踏むものだと、ソーナに対して思ったのだとか。
そんな事がありつつの一日を挟み、本日はいよいよゲームとなる。
「いよいよね……」
可能な限りの調整も準備もしてきた。
やれるだけの事もした。
後は勝つ。
勝ってこの先にある『自由』を掴む。
負ければその時点で自由は失われる。
「お嬢様。
何故『彼』がこの場に? まさかとは思いますが、眷属ではない彼を参加させる訳ではありませんよね?」
「それこそまさかよグレイフィア。
彼はただ朱乃を見送りに来ただけだわ。
それくらいの事は許せるでしょう?」
「それなら構いません……」
もし負けた場合、間違っても彼は自分を助けてなんてくれはせず、確実に見限られる。
そして朱乃という女王も居なくなる。
「そんなに警戒しなくても今の彼は朱乃しか見えていないわ」
「その様で……」
数年前にあったある一つの『事件』により、霧島一誠という赤龍帝は一部の悪魔達に『悪夢』という意味で知られている。
「当時、今のミリキャスよりも幼かった人間の子供が我々悪魔に与えたものはあまりにも大きすぎました」
魔王である兄の妻であり、リアスにとっての義姉であり、メイドであるグレイフィアが朱乃と話をしている霧島一誠に対して警戒するような態度を見せているのも、それが理由。
このゲームに負けてしまえばリアスは自身の強味を完全に失う。
だから負ける訳にはいかないのだ。
「人間という種の突然変異体と我々は見なしております。
本当ならばお嬢様もあの様な輩等と関わりを持つ事にも反対です」
「違う。誤解だわ。
彼はどこまでも私達悪魔にはなんの関心も無くて、この繋がりは朱乃が私の女王だからだわ。
朱乃に対して私達が『ミス』を起こさなければ、彼はまだ話がわかる相手よ」
「………」
「だから負ける訳にはいかない。
もしも負ければ、彼は朱乃を連れて帰ると宣言しているから」
リアスは強く決意を固める。
凛は転生者としての力を持っている。
その力を使えばこのゲームに負ける事は無く、また負ける気もなかった。
知識の中では『負けた』のかもしれない。
しかし負けた場合、霧島という姓を名乗る一誠とのほんの僅かな関わりのチャンスを完全に失う。
だからリアスと同じくらいに負ける訳にはいかなかった。
そしてグレイフィアによってゲーム盤になるフィールドへと転移し、いよいよゲームが開始される。
「ゲームフィールドが学園と知ったら、彼は怒るかしら……?」
「いいえ、イッセー君は学園自体に愛着はありません。
これがもしも先々代の風紀委員長ならば激怒していたのかもしれませんが……」
「確かに『あの人』ならばあり得なくもないわね。
私としては先代の委員長の方が怖かったけど……」
「確かにそれは言えますわね。イッセーくんも彼女達だけは例外的に『敬意』を払っていますから」
『?』
ゲーム会場が駒王学園を模した空間であり、あまりにも精密に再現されているフィールドに、朱乃とリアスはつい学園自体にも愛着を持っていた先々代のおっかない風紀委員長について思い出す。
凛を始めとした後輩達は先々代の風紀委員長については知らないので首を傾げる中、気を取り直したリアスが口を開く。
「序盤は様子を見つつセンターを取りに行くわ。
数は眷属の数がフルメンバーであるライザーが有利だから最小の動きで盤を支配する」
こうしてゲームが始まる。
悪魔達によるゲームが開始された頃、朱乃を見送り、一人現実の学園に残っていた一誠はといえば、決して0ではない確率の事を考えての準備をしていた。
「…………」
『可能性が0ではない以上の事を踏まえてなのはわかるが、もしそうなればどうする?』
「無論、迎えに行くのと同時にガタガタほざく連中は総じて消す」
100%というものがこの世には存在しない。
ほんの僅かな綻びが敗北と破滅に繋がるということを嫌というほど知ってきた一誠にとって、朱乃の実力ならば例え『お荷物』があろうとも悪魔のゲームに負けることは無いとは思っているし、存在こそ最早どうでも良いが、何かしらの力を保持する凛も居る。
普通に考えれば力で負ける可能性はかなり低い。
だがこれは純粋な殺し合いではなく、あくまでもゲーム。
ゲームのルールを逆手に取られての敗北は大いにありえる。
『今回はバラキエルは居ないぞ?』
「この程度の事におっちゃんの手を煩わせる必要なんかないぜ。
俺一人で片付けてやる――もしもの時はな」
負けたら大人しく勝者の言うことを聞くのは真理なのかもしれない。
それに関しては一誠も同意する事ではある。
だが、それ以上に一誠は朱乃がどことも知らぬ連中に触れられる事が堪えられない。
「その為に強くなり続けてきたんだ。
今までも……そしてこれからも」
明かりがついていない風紀委員室の椅子に座り込み、ただ精神を研ぎ澄ませる一誠の瞳には『どんな事をしてでも必ずやり遂げようとする』黒い意思の炎が灯っている。
その『意思』の事をある者はこう表現した―――
『漆黒の意思』
ギャスパー・ヴラディにとって、霧島一誠はまさに絶大なる存在だ。
因果そのものをねじ曲げ、異常なまでの鍛練により限界の無い進化をし続ける。
それはやがて人という種の限界を越え、人ならざる者達の力をも超越する。
それでも尚途方もない進化への渇望を抱き続ける強烈な自我と精神力。
まさに人という種が生み出した突然変異体であり人の持つ欲望の権化。
そういう意味では、特殊な生を受けたギャスパーは一種のシンパシーを感じたのかもしれない。
同族にすら嫌悪されるであろう異常性を持つ者という意味で。
だがギャスパーとは違い、一誠はそんな者達を『所詮は他人』と完全に区別し、どんな事をされても自分を曲げたりはせず、ただ好きな者達の為だけにその力を進化させていく。
一切の妥協も無く。徹底的に。そして破壊的に。
その『我儘で身勝手』とも言える強烈な自我を持つ一誠を知ったからこそ、元来かなりの対人恐怖者である筈のギャスパーは彼には懐いた。
「イッセー先輩、持ってきました」
「……本当にノートパソコンで悪魔のゲームが見れるのか?」
「レーティング・ゲームは観戦者も居ますからね。
当然そういった方々の為にゲームフィールドのあちこちに中継できるカメラなんかが設置されているんですよ。
だからこうしてアクセスすると―――」
『ライザー様の兵士二名がリタイアとなりました』
「―――こんな風にゲームの様子が観れるって訳です。
今ちょうどリアス部長の対戦相手の兵士さんを撃破したようですね」
冷徹で、冷酷。必要ならば相手を血祭りにあげるほどの気性を持つ相手には普通ならば恐怖で近づきたくはないと思うはず。
しかしギャスパーは不思議な事に一誠には恐怖を持たず、寧ろどこまでも揺れる事無く自分を貫く姿に羨望を抱く。
「あ、部長の新しい兵士の人が倒したみたいです。
……へぇ、この人が兵藤凛さんですか」
「………………」
「神器……でしょうかね? 不思議な力で倒しています」
「そんな事よりねーちゃんはどこだよ?」
「あ、はい。副部長は多分本陣で部長と共に居ると思いますけど……ほら」
「よし……! 他の映像はどうでも良いからこの映像だけフル画面で映せ」
「……ホント、とことんブレないですね」
風紀と書かれた腕章と改造長ランを身に纏い、どれだけの顰蹙を買おうとも揺れない姿が。
「これ、もし先輩がゲームに参加していたらどうします?」
「わざわざグレモリーさんの言うことなんて聞かずに開始と同時に敵本陣を潰しに行くな。観てる悪魔共なんぞ一々楽しませてやる必要はねぇ」
「うーん、やっぱり先輩らしいですぅ……」
そしてギャスパーは知っている。
「あ、おい!? 見たいのはグレモリーさんじゃなくて朱乃ねーちゃんだっつーの! おいコラ!」
「そ、そんな事を言われても向こう側のカメラはこっちからは操作できないですし……」
「なに!? ええぃクソが! 邪魔だ赤髪!! どけボケ!!」
「………」
他人にはとことん冷徹なのかもしれないけど、朱乃や朱乃の両親に対してな年相応の姿を見せる事を。
そして朱乃に対しては優しく笑う事を。
「もし学園の部長ファンが知ったら怒るんじゃないかな……」
「あ? んなもん知ったことか。
ファンだなんざどうでも良い。
そもそも朱乃ねーちゃんに変な目をしてる奴等自体、本音言わせて貰うなら八つ裂きにしてやりたいんだ」
「そういえばそういう方達に何もしませんね……?」
「それはただの風紀の執行ではなくて私情になっちまうからな……。
それに朱乃ねーちゃんを二大お姉様呼びする辺り、所詮はただのミーハーにわか連中だぜ」
「いや、素の副部長なんて多分先輩にしか見せないですし……。
確かに素――というよりは先輩と一緒の時の副部長はかなり子供っぽく思いますけど」
「それがねーちゃんだ」
そんな姿がギャスパーを懐せているのだ。
そういう意味では朱乃や朱乃の両親を除けば唯一といえるのかもしれない。
「あ、あのー……?
生徒会の者ですけど、会長が霧島くんに提案したいことがあるとかで……」
「あ? なんだ貴様等? とっくに夜だろ? 何故学園に居る?」
「それがその、グレモリー先輩のレーティングゲームを生徒会皆で観戦して今後の参考にしようって……。
それでもし良かったら霧島君も一緒に見ないかって言ってるのだけど……自分で見れてるよねそれ?」
「ああ。
てか、仮に見れなくてもお前等と同じ空間で呼吸するなんぞ真っ平ごめんだ」
「あ、は、はい……。(見たことない女の子と一緒に観てるって会長に言ったら面倒な事になりそうだから、普通に断られたと言っておこう……)」
「び、びっくりしたぁ。今の人って生徒会って言ってましたけど、それってつまりシトリー様……」
「ああ、名前は微妙に知らんがな。
てかどうでも良いし」
「なんでシトリー様は先輩にそこまで……? なにかありましたっけ?」
「俺が風紀委員だからだろうよ。
どっちにしろ、今の奴等を生徒会と認識すら俺はしないがな」
(ここまで毛嫌いされるって、ある意味才能なんじゃないかな……)
逆に生徒会達を毛嫌いする態度を見れば余計に。
『アナタが噂の雷鳴の巫女ですか』
『リアス・グレモリーの女王・姫島朱乃ですわ。
以後――は、多分ございませんわね爆弾女王さん?』
『……噂に違わぬ生意気な小娘だわ』
「副部長が動き始めました……!」
「だな。相手は――問題ねぇ。素のねーちゃんでも余裕でぶちのめせる。
……もしあの二つの個性を完璧にコントロールできたらあんな悪魔共なんて魔王もろともぶちのめせるんだがな」
終わり
オマケ……
強烈な自我がやがて力へと変わる。
それは個性となり、己のオリジナルとなる。
そしてその領域をかつての『敗北』で学んだ事で、永遠なる挑戦者へと変わっていった一人の男。
「つまりお前はかつての大戦で砕けた聖剣が在りし姿に戻したいと?」
「うむ」
「だが天界側が管理する各地域に保管されている聖剣を手に入れるだけの力は無いから『俺』の協力が欲しいと?」
「その通りだ。
アナタはどこにも属さず、報酬次第ではどんな仕事も引き受けると聞いた」
「…………」
「だから用意できるものは全て用意してた。
そしてアナタの了承を貰うまで私は暫くアナタの近くに潜伏させて貰う。では……」
もっと先へ。もっと力を。己の中に眠る、己も知らぬ領域へ……。
それがどこにも属さぬ堕ちた天使の男の生き方であり、現在。
「ミカエルも所詮はただの天使だ。
清廉潔白を謳ったところで自分の側に居る人間がああなっていては説得力もなにもない。
所詮はただの神を崇めてきただけの男だな……」
そんな男の現在は割りと自由で、割りと充実している。
どこにも属さないからこそ自由に動けるし、どこにも属さないからこそ気儘に好きな事ができる。
極端に言えば他の勢力に喧嘩も自由に売れる。
もっとも、今の彼が求めるのは己と同等以上の領域へと到達する者との、互いの命をかけた本当の闘争であって戦争ではない。
「俺がグリゴリを追われたはみ出しものとでも思ったからこそ話を持ってきたのだろうが……くだらんな」
だからこそ彼は意外なまでに大人しく生きている。
それは命をかけた闘争こそできないものの、己の限界を越えた領域に到達するという目標に賛同してくれる者との切磋琢磨の日々が、充実を与えてくれるのだ。
「そもそもあの人間の老いぼれは知らんのだから仕方ないとは思う。
ただ、真実を知ったらどんな面をするのやら……」
そんな意味ならば彼はとても純粋だ。
そしてそんな純粋さに惹かれた者が居る訳で……。
「ただいま……あら? どうかしたの?」
初老の狂気の目をした神父が去った後の少々手狭にも感じる部屋にて一人ごちていた堕ちた天使の男の元に新たに現れる人物。
それは女性であり、そして目が覚める程の美貌の金髪の女性。
「人の気配が残っているけど、誰か来ていたの?」
「お前の所の人間がな。
なんでも、七つに割れた聖剣を復活させたくて、俺に割れた聖剣を強奪して欲しいのだと」
「は? アナタに? 何故?」
「さぁな、俺がどこにも属してない堕天使だからだじゃないか? それに、そういう事をしたがる顔だとも……」
「顔って、アナタの顔は素敵じゃない?」
「いや……そんな評価を降すのはこの世でお前くらいだぞ」
どこからどう見ても悪人顔の堕天使の顔を素敵と言い切る辺りはかなり変わっているのだと思う。
いや、事実この買い物袋をテーブルに置く女性はかなり変だ。
「無駄に勢力ばかり増やそうとするからだわ。
まったく、ミカエルといいアザゼルといい……」
「アザゼルはともかく、ミカエルはお前の実質的な上司だろうに……」
「別に上司だなんて思った事は無いわ。
そもそも私だってほとんどセラフから抜けているようなものですし」
「その考えが、俺がお前を誑かしたと疑われ、戦争手前までになったな……」
「ええ、アナタに付いていくという『自分の意思』を否定されたようで腹も立つし、アナタが疑われた事にも殺意すら沸いたものよ」
自分の意思で敵対関係である堕天使の男と共に行く事を宣言した。
そして地位も何も手放し、彼と共に質素な生活を楽しみ、共に更なる領域を目指す。
それにより、永遠に堕ちぬ存在となった天使。
「だから、私は今がとても幸せよ?」
「……お前も大分変わったな」
「変わったのではないわ。本当の私に気づいただけ。
アナタの意思に同意することも、好きな人と普通に生きる事も、全部私の意思」
そして、純粋なる探求者に恋した天使。
「初めてアナタと戦い、負けた。
そしてトドメを刺さずに私の前から悠然と去っていったアナタを見たときからずっとそう……」
「………」
「ねぇ、どうしてあの時私にトドメを刺ささなかったの?」
「お前に俺と同じ『可能性』を感じて惜しいと思ってな」
「……」
「その勘通り、お前は見事に殻を破って到達してみせたしな。
まったくもってお前は良い女だ……ガブリエル」
「コカビエル……」
霧島一誠にとって、バラキエル以外は嫌悪と憎悪の対象となる堕天使の中に存在する、一誠自身と同じ考えを持つ堕天使。
それがコカビエルという男であった。
到達せし超戦者・コカビエル
縦応無神なる天使・ガブリエル
終わり
補足
順当に削っていきます。
そしてまあ勝つでしょう。
その2
姉上さんの謎パワーは……
その3
PCでギャー子(今話の状態)と観戦する。
そして万が一に備えて殺る気スイッチも待機。
そして最大の壁がどこかで気儘に生きている模様。
そう、このシリーズ系統ではいつものあのペアが。