※設定は流用してますので閲覧注意
色々な意味で成層圏を突き抜けている兵藤にとって、体育は退屈の極みだと思う。
何せぶっ飛び過ぎるが故に孤高なのだ、体育で良くある『二人組を作れ』というパターンに入ると誰も兵藤に声を掛けようとしやしない。
「兵藤はその……」
「はいはい、適当にやってますんで先生はお気になさらず」
なのでこの様に、体育教師ですら及び腰になってしまう程にぶっ飛んでいる兵藤は何時も一人だ。
というかよく考えなくても二人組でやるものにしたって兵藤なら一人で可能なんじゃないかとすら思うし、寧ろ誰かと組むだけで縛りゲー化する訳で。
選択科目であるテニスも、一人でラケット片手に集まっている俺達生徒の輪から外れた兵藤は離れた箇所にあった壁に向かってぽんぽんとつまんなそうに壁打ちを開始している。
「あ、すいません……。
ちょっと調子が悪いんで自分も壁打ちで良いですか?」
正直、顔見知りになる前は特にどうとも思わなかったが、ある程度の顔見知りとマッ缶同盟を組んだ仲になった今、兵藤の見せるつまらなそうな表情は微妙に無視が出来ない訳で……。
寧ろ目立つというのに俺は思わず体育教師に体調が悪いなんて嘘を言うと、同じく輪を外れて兵藤よりちょっと離れた箇所で壁打ちをする。
「しょうがないとはいえ、壁打ちつまんねーな。
一人サッカーよりマシだと思ってたけど、これも中々クソだぜ」
「所詮は体育の授業だからな。
それにお前の場合は数秒でプロすら鼻で笑って蹴散らせるくらいに慣れちまうからだろ?」
「おいおい、俺はターミネーターじゃないんだけどな」
で、気付けば距離が縮まり、互いに何とも冷めた内容の会話をしながらの壁打ちをしていた。
……。兵藤と普通に会話するだけである意味目立つというのに、どういう訳か最近はそこら辺の事を度外視している自分が居る事に驚く。
「つーか良いのか? 俺とくっ喋ってると目立つだろ?」
「あ、おう……。俺もそれは解ってるんだけど、何だか気付いたらこうしてた」
「ぷっ、何だそりゃ? 面白い事言うじゃん比企谷くんは」
妹にも『最近のお兄ちゃんは何処と無く楽しそう』と言われたし……よく解らんわ。
最近はリア充共に対しても無駄に何も思わなくなってきたしな……あ、ボールが飛んで来た。
「ごめんごめんヒキタニ君と……うっ、兵藤君……」
「は、ヒキタニ?」
「何そのリアクション? 俺キミに何かしたっけ?」
「い、いや別に。ボールすまないね……あははは」
ほらな、兵藤はリア充キラーだ。
こういう所はマジで尊敬できるわ。
奉仕部に強制加入させられてから、妙に他人と関わる事が多くなったのは気のせいじゃないと思う。
雪ノ下部長に比企谷君に由比ヶ浜さんだったり、雪ノ下部長の姉ちゃんだったり。
何だかその背後で静ちゃんがニタニタしてる姿が見え隠れしてる気がしてならないのだが、それもきっと気のせいじゃない。
あのお節介さんの事だからな……間違いないだろうよ。困った事に。
「はい? テニスの特訓だって?」
「らしいわ。
しかも驚くことにこの依頼を持ってきたのは由比ヶ浜さんで……」
「はいはーい!」
別に一人が好きって訳でも無いが、それでも煩わしさを感じることはある。
今だって生きる意味がワケわかんなくなってるんだぜ? その上人間関係に気を使うなんてやってらんねーぜ。
「彩ちゃんがねー」
「いや誰だよ?」
「ほら兵藤は知ってるだろ?
昨日の昼休みに由比ヶ浜に紹介された戸塚の事だよ」
「は? …………。あぁ、あの生まれてきた性別を間違えてしまった子か」
「というか由比ヶ浜さん? 貴女は部員じゃ無いのに何故そんな事をするのかしら?」
「え!? 私部員じゃないの!?」
まあ、そんな訳で今日も元気にギャルゲーでもしてますかと思っていた所に由比ヶ浜さんが持ち込んできた依頼。
どうやら彼の――いや俺のクラスメートでもあるテニス部の子からの奉仕部に依頼が来たらしく、内容としてはテニスの特訓に付き合ってほしいとか何とか。
ちなみにそんな由比ヶ浜さんは例の彩ちゃんとやらを連れて来たのと同時に、雪ノ下部長に突っ込まれていた奉仕部入部のサインをしてる。
よくわからんけど入るらしい。
「なんだなんだ、結局は体の良い便利屋かこの部活は?」
「そう思われていることは甚だ遺憾だわ。
練習に付き合って欲しいのであるなら同じテニス部の人達に頼めば遥かに効率が良いと思うし」
「え、えっと……」
内容は解ったが、何故わざわざそんな事を素人集団である奉仕部に持ってきたのかが解せない俺は、さっきから比企谷君の後ろに隠れてる戸塚さ――じゃなくて戸塚君に問い掛けてみると、雪ノ下部長も同意するように戸塚君へと視線を向ける。
「色々と凄い兵藤くんが奉仕部に所属しているから……って聞いたからその……」
「は?」
んだコイツ、比企谷君を盾にチラチラビクビクしやがって。
もっとハッキリ言えや。
「成る程。
要するに兵藤くんの変態とも云うべき身体能力から何かを学びたいと?」
「あ、は、はい……」
「おっと? 変態って言われちゃったよ」
普通にしてるだけなのに変態呼ばわりだなんて、そんなん言われたら逆にやる気失せるわ。
つーか他人に教える真似はもうしないと決めてるんだけどな俺。
そんな怠い真似するくらいなら携帯弄ってた方が遥かに有意義だし、何より俺の教え方は百パーセント不正解だし――――とは言える状況でもないよな、この空気だと……ハァ。
「思えば考え無しのバカだったとはいえ、昔の俺はよくこれに似た真似を平然としようとしてたな……」
「? 何か言ったかしら?」
「いやべつに……」
結果はどうなるかは知らないが、依頼というのであればしょうがないな。
結局受けるか受けないかを決めるのは雪ノ下部長であり、その雪ノ下部長が重い腰を上げてしまってる時点でやらなきゃならない。
ハァ……したっぱ部員の辛い所だねホント。
思えば雪ノ下陽乃にしてみれば初めて出会うタイプだった。
理屈が通じない。例え理屈を捏ねてもその理屈ごと真上から圧倒的な力で叩き潰す。
地位、金、コネ……そして人生を無難に潜り抜けるための仮面。
あらゆる武装をしても、それら全てを鼻で笑ってぶち壊す人間というのは、陽乃にしてみれば異次元生命体にも近い訳の分からない存在だし、そんなものはあっても漫画の中の話だけだと思っていた。
しかし雪ノ下陽乃は知ってしまったのだ。
その漫画の中の話みたいに……その全てを体現したかの様な人間の存在を。
「みーっけ!」
常人の理解の外……ただ一人である異常者の存在を。
「…………………………」
「ちょ、ちょっとちょっと無視はよくないかも?」
「失せな不細工」
「うっ、し、しどい……」
自分を含めた世界全てを当たり前の様に見下す。
彼の前では有象無象の力は全て無力となり平伏す。
しかしそれは自分がなりたいと思っている境地にも似た領域。
小うるさい全てを黙らせられる……魔王。
「雪乃ちゃんとの部活は楽しかった?」
「聞きたくば本人に聞けよ。まだ校内に残ってるぜ?」
「あははー……普通に聞けたら苦労はしないんだけどね」
魔王、理不尽、鬼畜、ちひろ。
口を開けば自分を罵倒する言葉の嵐。
負けじと余計な事を言い返せば、尊厳をぶち壊す屈辱プレイ。
おおよそ人として終わってるとしか思えない……しかし雪ノ下陽乃は出会いと偶然による真実の把握以降、こうしてちょくちょく放課後の時間を見計らっては彼を訪ねている。
理由は簡単だ……あまりにも自分にとって新しすぎる人間だからだ。
その暴力を越えた理不尽力と辿ってきた数奇な人生の何もかもが、陽乃にとって新鮮味溢れるものだったのだ。
「雪ノ下部長さんにアンタの話を振った時に見た顔からして何かあるとは思ってたが……。
まあ、他人の仲に突っ込む程暇なつもりも野暮で無んでどうぞ勝手に喧嘩なり擦れ違いなりしてくれ。それじゃあ『また五百年後とか。』」
そして何より何年も掛けて完成させた張り付けた仮面に対してもまるで興味を示さない。
というか初見で完全に見抜かれてるので、寧ろ仮面は逆効果ですらある。
嫌味な程に清々しく陽乃の横を通り過ぎ、手を振りながらスタスタと去ろうとする一誠の背は遠く、誰よりも孤独で寂しく見えてしまう。
「五百年後までおねーさん生きてる自信はないなー?」
別に同情なんてしない。そして本人もそれを望んで居るので決して可哀想だなんで思わない。
あの日偶然知ってしまった一誠の数奇で地獄のような人生を知ってしまったとしても、決して同情心で近付いているつもりは陽乃には無い。
なら何故自分を突っぱねる一誠に対してしつこく近づくのか? 答えは簡単だ。
「だから生きている内に、キミから私に『友達になってください』って言わせてあげるからね!」
雪ノ下陽乃もまた『負けず嫌い』なのだから。
「言っておくけど、別に同情心で言ってる訳じゃあ無いので悪しからず」
スタスタと歩く一誠を追い掛けながらそう告げる陽乃。
理屈や理不尽を、真正面から叩き潰す事が可能なただ一人の人間であり、自分の様に仮面を付けた人生ではない……自分としての意思を第一にして生きている一誠は己の中にあった常識を真っ向から否定する存在。
故に……かつて気紛れで救われた妹の様に無いものを持つその姿に惹かれている。
そして消えろと言われたら逆に消えたくなくなるという反骨精神と……この前自分を辱しめてくれた責任を払って貰う為に逃げない。
その言葉に歩みの足をピタリと止め、何処までも読めない冷たい表情で振り向いた一誠に怖じ気付かず、ニタニタしながら真っ直ぐ見返す陽乃に一誠は……。
「良い台詞だ。感動的だな……だが無意味だ」
かつての自分から遠く掛け離れた……ただただ冷たい顔で言い放つと、再びスタスタと歩き出す。
「雪ノ下部長といい、とんだバカだな……」
「ま、姉妹ですから? そんな事より何処か行かない? おねーさんこう見えて羽振りが良いから奢るよ?」
「タイムセールがあるから行かない。それに今日は保護者が特撮物のDVDを買ってくるとかで一緒に見る予定があるんでね。そうでなくともアンタなんかと遊びに行く程退屈してねーよ」
ほんの少しだけ歩く速度を落として……。
一誠が奉仕部に入ってからは、それまで出していた他人を寄せ付けないオーラが若干だが消えた気がする。
が、やはり根本的に人間としての質が違い過ぎるせいなのと一誠自身が過去の喪いで完全にヤサグレてしまっているせいで、友達らしい友達は一人として未だ居ない。
雪ノ下と比企谷と……そして最近は由比ヶ浜と部活仲間として会話をするまでにはなっては居るものの、やはりアイツにとってこの三人は『そこまで』としか思っていないのが解ってしまう。
……。やはり昔一誠の力が逆流して見てしまった意識の中に大きな存在として占領していたレイヴェル・フェニックス、白音、黒歌、木場祐斗、匙元士郎で無ければ、アイツは駄目なのだろうか。
所詮
「あ、おかえり静ちゃん。飯出来てるぜ?」
「すまんな何時も」
世界から否定され、追い出され、そして行き着いたこの世界で傷だらけで倒れていた一誠を拾ってからというもの、どうも私は結婚願望が日に日に薄れている様な気がしてならない。
何というか……出来の良い弟を持ってしまってるせいで、他の男を見るとついつい比べてしまい、結果醒めてしまうというか。
「や、おかえりー静ちゃん!」
「…………。何故お前が此所に居る?」
一誠に慣れすぎたせいで、どうにもこうにも他の男が見劣りしてしまう。
我ながら結構危険な認識力を備えてしまったな……と思いつつも何故か焦る気持ちが全く沸かない気持ちで、一誠の作った晩御飯を楽しみにしていた私だったが、帰るや否や、そこに居ない筈の『元教え子』の出迎えの言葉に私はつい脊髄反射的に言葉を発してしまった。
一誠と同じく、私を某猫型ロボット漫画のヒロインの様な呼び方をしてくる……元教え子に。
「おいどういう事だ一誠?
この前偶然チンピラから助けて若干後悔した……とは聞いていたが、家に上げる程親しかったのか?」
「部活終わって帰ろうとしたら、正門に居たんだよ。
で、無視してたら勝手に入ってきたんで追い出そうとしたら、急に静ちゃんは恩師で挨拶がしたいとか言うから一応仕方なく」
スーツの上着をわざわざ脱がせてくれ、ハンガーにまで掛けてくれた一誠の事情説明に、私は微妙な気分で元教え子……雪ノ下の姉であり私の特等席であるソファを陣取って相変わらずの笑みを浮かべている陽乃に視線を向ける。
一誠の髪を見て鬱陶しいと思って金を渡して切らせに行った帰りに偶然知り合ったばかりか、私の時と同じく一誠の力が逆流して記憶を見てしまった二人目の事情を知るもの……と苦々しい顔で一誠が話していたのは記憶に新しいが、まさか家にまで来る程興味を持たれていたとは思わなかった。
「一誠くんが掃除をしているお陰で随分小綺麗になってるじゃない静ちゃん。
話を聞いてみると中々羨ましい事を思われてるね?」
「何がだ……まったく」
「いやほら……さっきも言われたんだけど、『は? アンタと静ちゃんなら静ちゃんの方が美人だわ』って真顔で言われちゃったからさー?」
「ほう……」
が、一誠的に陽乃の性格というか……真の内面というか……隠しているというかリアリストな面というか……。
とにかく一誠的には陽乃より私の方が良いと思っているらしい。
話を聞きながらテーブルに座った私に、ご飯と味噌汁と瓶ビールを淡々と出す一誠は無言で何も言わないが、どうであれ結果的には異性である男にそう言われると悪い気はしない。
ましてや比較相手は、学生時代から女神だなんだと持て囃されている陽乃なら余計にな。
「今日は鶏肉が安かったから唐揚げにしてみたぜ静ちゃん」
「おぉ、見た目からして既に美味そうじゃないか」
という訳で仕事のストレスはこれにて吹き飛び、いい気分となって大更に盛り付けられた唐揚げに早く食べたい衝動に駆られてしまう。
一誠の主夫スキルはやはり一級品――いや、そもそも記憶の中に悪魔貴族であるフェニックス家で何年も執事としてのスキルを叩き込まれたというのがあったので、その辺の主夫なんぞ話にもならんのだが。
「それ、グラスも冷やしといたぜ」
「まさに至れり尽くせりだ。何時もすまんな」
「あのー……私も食べちゃ駄目かな? 一誠君が作ってる姿を見てたらお腹が空いちゃって……」
やはり慣れすぎてしまってる感は否めないな……と心中思わず笑ってしまいつつもズルズルと甘えてしまう私は、キンッキンに冷えてやがるっ……! グラスに注がれたビールを一気に煽り、仕事疲れの身体に染み渡らせる。
すると、それまでジーッと私と一誠のやり取りを見ていた陽乃が、心底私を羨ましそうに見つめながら一誠作のご飯を食べたいと言い出す。
「私は別に構わんが……一誠は?」
「あ? これ材料とか全部安物だし、金をちらつかせて俺を釣ろうとする無駄すぎる事をしようとした奴の口に合うとは思えねーが?」
「何だ陽乃? お前そんな逆援助交際みたいな真似をしようとしたのか?」
「し、してないよ! それにそこまで味覚が洗練されてるつもりも無いし!」
わーわーと大袈裟に声を張り上げて否定する陽乃とは珍しいな。
やはりいくら陽乃でも一誠相手だと形無しという訳か。
「チッ……静ちゃんの元教え子なら仕方ないか」
「あ、ありがとう」
ふーむ、おずおずとした態度になるとは……レアだな。
しかし一誠の容姿に対する基準はかなりシビアだな。
いやまぁ……あんな整った容姿の友達にかつて囲まれて居たのだから目が肥えてしまっているというのもあるのだろうが……。
「なぁ一誠は雪ノ下……あ、雪乃の容姿はどう思ってるんだ?」
「え? あぁ……良いんじゃねーの? 静ちゃんの方が好みだけど」
雪ノ下と初めて会わせた時に口走った言葉を思い出しつつ、この際なのでちょっと聞いてみようと、まずは雪ノ下雪乃について聞いてみると、極自然に空になったグラスにビールを注いでくれながら一誠は他人事の様に言った。
ふむ……表情から察するに可も不可も無いのか。というかサラッと私の方が良いと言ったのは――今は良いか。
なら――
「それなら姉の陽乃は? 本人を前にして悪いが……」
「む……静ちゃん、私もう一誠くんから評価下されてるからあんまりほじくり返して欲しくないんだけどな?」
所謂ジト目の陽乃は置いておき、私は淡々とした顔の一誠に視線を向けたまま答えを待つ、すると一誠は一瞬だけ陽乃を見ると……。
「普通」
これまたある意味本人にとってかなり辛辣な評価を下した。
「だ、だから言ったのに……酷いよ静ちゃん……!」
「あ、いやスマン……照れ隠しかもしれないだろ?」
「それは無いぜ静ちゃん」
うーん……陽乃は普通か。
ますます基準が解らなくなってしまったな。
「こ、こう見えて結構モテるのに……」
「あっそ良かったねおめでとう、この十人十色」
「ま、また泣きそうになってきちゃったかも……」
意気消沈気味に一誠作の唐揚げをパクパク食べる陽乃と、無関心顔で味噌汁を飲む一誠をビールを煽りながら眺める……。
この光景もまた奇妙だが、それについて突っ込む者は誰もいないし、雪ノ下は姉にこんな姿がちゃんとあると知って欲しい……なんてぼんやり思う夕飯時だった。
補足
異常者故に、誰も理解できない。
そして理解できる者ももしかしたら居ない。
……。本人は理解して欲しいとは微塵も思っちゃいませんがね。
その2
妹の知らぬ所で姉ちゃんがいそいそとしていた……。
まあ、然り気無く妹さんの方が評価が高い訳ですが。