ストレスを蓄積させたままで解放しちゃうとこうなるかもしれない、
永久進化の執事にとっての強大なる壁とは、最強の悪魔であり、異常者であり、超越者であるサーゼクス・グレモリーである。
子供の頃にとある人外によって導かれ、紹介されるように出会った赤髪の優男。
当初、誰も信じられなくなった執事は、その優男に引き取られる事を拒否した。
そして自分が勝てば、誰の指図も受けないし拒否することを飲ませると言い――初めての戦闘をした。
人外によって力の使い方はある程度覚えていた。
しかしその程度で勝てる程、人外の対とも呼ばれる人外の悪魔には勝てず、一撃こそ見舞えたが負けてしまった。
そしてそれ以降、彼の家族のもとで進化を重ねながら彼の嫁や母親等から使用人としてのスキルを叩き込まれつつ幾度と無く戦いを挑み続けたが、未だに勝つことはできない。
どれだけ進化を重ねても――サーゼクスという男は常にその一歩先を行っている。
進化の異常を持つ訳でもないのに……。
その理由が執事となった今でもわからない。
子供から大人へとなろうとする現在でもわからない。
サーゼクスはそんな執事に『分かることができたらお前は必ず僕を超えられるよ』と言う。
けれど執事にはそれがわからない。
わからないまま、パラレルワールドへと無理矢理飛ばされ、彼は報復と帰還を目的にコミュ障を拗らせたまま生きなければならない。
一体自分には何が足りないのか。
生き方と考え方の全てが己と相容れぬ――それこそ元の時代で出会っていたら興味すら抱くことなんてなかっであろう、甘ちゃん女性と出会い……そして彼女にコミュニケーション的な意味で助けられながら執事は答えを求めながら今日を生きるのである。
蜀――というよりは北郷一刀の軍となっているこの勢力も、気づけば大きくなった。
性別が逆転している名のある武将や軍師達と理想の為に邁進する日々も悪くないのかもしれない――と一刀は思う。
それはやはり、自分と同じ境遇にある燕尾服を着た無口な青年が一応立場的には味方として居るのが大きいのかもしれない。
何せ彼は無口で無愛想で、コミュニケーション能力が壊滅ではあるものの、戦闘という面に置いてはこの世界の武将に退けを取らぬものがあるからだ。
その力は、唯一彼とまともなコミュニケーションが取れる桃香こと劉備曰く、幼少期から培ってきたものであるとの事なので、これほど頼りになることはないと思う。
……まあ、その桃香以外の者とは一切口を聞こうともしないし、基本的に姿を見せることもないので、他の仲間達からは若干不審がられてしまっているのだが……。
「えーっとだな……親睦を深めるという意味も込めて、是非日之影も今回の訓練に参加して欲しいなーって……」
「……………」
「や、ほら……愛紗達も日之影がどんな訓練をしているのか気になるみたいだし、見たことが今までなかったからさ……」
「……………………………………」
「そ、それにさ! こ、こうして日之影の事を少しでも知って貰えたら色々とある誤解も少しは解けるんじゃないかなーって……」
「……………………………………………………………」
「……と、桃香、頼む」
「あ、うん……えっとね一誠くんは『無意味過ぎて嫌すぎるというか、消してやりたい相手なら何人でも消してあげるからどうか構わないでください、自分の事は道端に落ちた石と思って欲しい』――だって」
「う……そ、そこをなんとかできないか? 最近うちに入ってくれた者達は日之影を不審がってしまっててさ……」
日之影一誠が桃香以外の誰とも口を聞こうとせず、その声すらどんな声なのかわからない者まで居る程度な程周りとのコミュニケーションが死んでいる。
今までならばそれでも済んだのだが、最早単なる義勇軍からひとつの大軍になりつつある今の蜀では、士気に直結しかねない案件である。
………と、最近周りから言われてしまっていた一刀は桃香を介して一誠に頼むのだが、本人はとにかく人前に出ることを拒否したいスタンスを一切崩さない。
そんなに他人と接するのが嫌なのか……とか。
一体元の時代でなにがあったのか、不明過ぎる彼の過去がここまでくると逆に気になるのは仕方ないことなのだろう。
その癖、その衣服に恥じぬ使用人スキルを持つのだから余計である。
「そういえば恋ちゃんが何度か一誠くんを探してたっけ?」
「ああ。前の戦いの時に真正面から日之影が恋を叩きのめしただろ? だから気になるんだってさ……。
まあ、毎日探してもどこにも居なくて落ち込んでるけど」
「うーん……みたいだよ一誠くん?」
「みたいだよと言われても、そもそもそれは誰の事だ?」
「あ、そっか、恋ちゃんは真名だからわからないんだ。
えっと、呂布さんだよ……前に一回会ったことあるでしょ?」
「呂布……? …………………………………………………ああ、そんなのも居たな」
「そんなのって……。あの時の日之影って結構ギリギリじゃなかったか? それで覚えてないのか?」
「……………」
「く、癖なんだよ一誠くんの。
そんなに悪気はないから……あははー」
彼を不審がる者達の共通する彼へと印象は、無口で無表情過ぎて冷酷に見えるというのもそうだが、とにかく人の顔と名前を覚えようとしない。
だから基本的に顔を合わせると『誰だお前?』と、いったのが顔に浮かび上がるし、その目もとことん『無関心』のそれだ。
だから本当に仲間と呼べるのかと疑問に思ってしまう訳で……。
「恋は基本的に物静かだし、ちょっとだけ話してみたりしないか?」
「………………」
「お、おう、そんな露骨に嫌そうな顔しなくても……」
「でも確かに今までみたいに周りと完全に関わらないままって訳にはいかないよねー……」
「唯一発した言葉が、紫苑に向かって『触んなババァ!』――だしな」
「……」
「だ、だったね……あはは」
今まで出会った人間の中でも最上位に位置する癖のある人物を前に、一刀は四苦八苦するのであった。
こうして有耶無耶にして逃げるように本拠地的な城を後にした一誠は、桃香と一緒にとにかく人の居ない場所を目指して歩く。
「そんなにクレームが来るならさっさと俺をクビにしちまえば良いのに」
「くれーむってなに?」
「……苦情だよ苦情。
俺の性格の悪さに苦情が来てるんだろ?」
「苦情というよりは、他の人達は一誠くんとお話してみたいだけだと思うけど……」
「冗談じゃねぇ、他人と何を話せってんだ?」
「えーっと、最近の出来事とは好きな事ととか?」
先程とは打って代わり、普通に喋っている一誠。
基本的に話せる相手には割りとベラベラと喋れるのが実情であり、この世界ではほぼ唯一桃香がそれに該当する。
まだ義姉妹の誓いをする前から付き合いがなんだかんだ続いた結果といえるのだろうが、それ以上に『反吐の出る理想だ』だなんだと一誠から夢について辛辣に罵倒されても尚、折れずに居たからこうなったともいえる。
「好きな事だと? ……サーゼクスをぶちのめす進化の為のトレーニング――じゃなくて修行だとでも言えってのか?」
「うん、向こうはサーゼクスさんの事は知らないから、鍛練ってだけ答えれば良いと思うよ?」
「そんなことをわざわざ言って何になるってんだ……くだらねぇ」
「もう、すぐそう言うんだから~!」
性格から考え方の全てが真逆な筈なのに、どういう訳かなんだかんだ互いに行動を共にしている。
それは多分、精神的な意味で桃香が大人で、一誠のこの性格を知った上で受け止めているからなのだろう。
逆に一誠は、反吐がでるほど甘い性格をしていて嫌悪すらしていた桃香が現実を前にしても尚夢を捨てないでいる、頑固さは認められる所があるから、律儀に彼女を警護したりするのだろう。
「でもなー、正直ご主人様の提案は良いとは思うけど、ちょっと複雑かも……」
「は?」
「だってもし一誠くんの事を知ったら、ご主人様みたいになりそうだし……」
「は???」
「現に恋ちゃんとか怪しいし……」
「だから何の事だよ?」
だから妙にバランスが取れているように見える。
だから多分、泥酔事件があった時に――
「…………………………ヒック」
「あっ!? い、一誠くんがお酒飲んでる!?」
「だ、誰だ日之影に酒を飲ませたやつは!?」
「い、いやその……どうやら私の杯と間違えてしまったらしくて……」
「星! あれほど日之影殿には気を付けろと言っただろう!? せっかく珍しく宴会に参加してくれたというのに!」
「わ、私のせいか!? 間違えたのは日之影だろう!?」
「そ、そんな事よりまずは一誠くんを――」
「うるせぇぇぇっ!!! 酒ッ! 飲まずにはいられないッッ!!!」
『えぇっ!?』
二度あることは三度ある……なのだ。
「うぃー……」
「め、目が据わっている……」
「わ、笑ってるけど怖いのだ……」
「や、やはり酒乱だったのだな……」
ほぼ無理矢理参加させられてしまった宴会の席で、うざいくらいに絡んできた趙雲という女性武将を無視して水を飲もうとした際にやってしまった飲酒。
そしてあっという間に酔っぱらってしまった一誠は、完全に目が据わり、そして誰も見たこと無いくらいにケタケタと笑いながら、唖然とする趙雲こと星から奪い取った酒をガブガブと飲みまくる。
「の、飲んじゃダメだよ一誠くん……!」
「ヒヒヒッ! あっひゃひゃひゃっ!!」
酒に凄まじく弱いのは前の席で知ってはいた。
しかし今の一誠は以前よりも完全にデキ上がってしまっている様で、桃香が止めようとしている横で床に転がりながらケタケタと笑転げている。
「めんどくせー! ちょうめんどくせー! 床がつめてー! すげー! あっひゃひゃっ!!」
「お、おおぅ……」
「わ、笑うんだな彼も……酔っているとはいえ」
「なんだか、見てはいけないものを見てしまっている気分だ……」
無口で無表情な彼とは思えぬ乱れかたに、新鮮さよりも見てはいけないものを前にしてしまった気分である蜀の面々。
いや、別の意味で愉快な席にはなっているのだが……。
「ほ、ほら、ちゃんと座って?」
「あはははー!」
必死になって一誠を落ち着かせようとする桃香が妙に健気に見えてきてしまう。
だがそんな時だったか……無理矢理起こされた一誠が――
「あー……?」
「だ、駄目だ……。
ごめんね皆? 一誠くんだけ先に抜けさせて貰――ひゃ!?」
周りに謝る桃香を後ろから突然羽交い締めするように抱きつきだした。
「ど、どうしたのいっせ―――ぁっ!?」
『!?』
そして驚く桃香の耳たぶを急に軽く噛み始める。
そのせいで桃香から妙に艶かしい声が漏れてしまい、とんだ始まりに、蜀の面々の視線が一斉に二人に釘付けになる。
「や、やめ、てぇ……!
み、耳……あぅぅ……! な、なんで首まで噛むのぉ……?」
『お、おぉぅ……』
なんて大胆な……! と、誰もが思ってしまう。
「あ、あいつなにやってんのよ!?」
「う、うわぁ……桃香さんがあんな顔に……」
「アイツも北郷と変わらなかった訳ね………って、どうしたの恋?」
「恋殿?」
「………なんでもない」
逃げようとする桃香に後ろから引っ付き続ける一誠は周りからガン見されていても関係ないとばかりに今度はヘロヘロになった桃香を無理矢理こちらに向かせ――
「んむっ!?」
初めて泥酔した際にセラフォルー達にやらかしたそれを開始してしまう。
それはもう……基本的にさくらんぼの茎を舌で蝶結した上にさらに固結すら可能にするそれで……。
「あ、あぅ……! あぅぅ……い、いっせーくん……」
「な、なんだ!? 桃香様の顔が……」
「よ、よほど凄いのか……?」
「う、うわぁ……」
結果、逃げるどころかそのまま一誠にもたれ掛かる桃香。
そしてそんな彼女を無言で抱えあげた一誠は据わった目をしながら周りを一瞥し……。
「眠いから帰る」
とだけ言い、そのまま桃香と共に去っていった。
そんな一誠を誰も止められる者はおらず、ただただ呆然と見送るしかできない。
「ありゃ、長い夜になるな……桃香が」
「や、やはりそういう関係なんですねあのお二人は……」
その後、桃香になにがあったのかは定かではない。
ただ、明くる日、目を覚ました一誠は、自分が何故か全裸なのと、横で全裸で寝てる桃香を見て頭を抱えたとかがあったのかもわからない。
「えへへ、酔っちゃってたから仕方ないよ? 私は気にしてないし大丈夫だから、ね? ふふっ……ふふふっ♪」
「………」
妙に自分の腹部を撫でながらニヨニヨする桃香と暫くまともに目が合わせられなかったのだけは真実だった。
「俺を殺す権利がアンタにはある……」
「え、なんで? 酔ってたのだし、一誠くんは悪くないよ?」
「……………」
補足
まともにコミュニケーションがとれる相手が桃香さんしかいない為、そのしわ寄せが一気に彼女に襲い掛かってしまうのであった。