ライザー・フェニックスにとってのかつての眷属達は、其々が社会に阻害されていった力を持った者達だった。
その見た目によって常に誤解されがちであったが、彼女達を眷属にしたのは、あくまでも保護であり、社会復帰を目的にしたものが大きかった。
だが、その根の人の良さが仇になり、彼は地に堕ちた。
全てを奪い取られるという形で……。
「俺達をこの地へと追いやった者達への復讐を達成した事や、無敵の力や、人の頂点に立つことでは決して幸福は掴めない。
その先の何か――そう、悪魔である俺が言葉にするには些か皮肉ではあるが、真の勝利とは即ち『天国』を見た者の事だと俺は思う。
全てを失い、地に這いつくばる事しかできない今の俺達が本当に目指すもの、それが天国だ」
ライザー・フェニックスは地に堕ちた。
しかしその命はまだ尽きていない。
そして弟分である彼と共に外の世界へと追い出された事で彼は目指すのだ。
天国という名のなにかを……。
「誰の干渉も許さず、生きる事こそが天国だ。
俺達はそこを目指す……わかるか?」
「………」
「天国……」
その為には同じ『地獄』を見て、そしてそれでも抗おうとする意思を持つ同志が必要。
弟分である一誠は二度も地獄を見た。
あらぬ風評をかけられ、地位も名の全てを喪っても尚生きる意思を持つ少女二人も同じ地獄を見た。
「ここまで地に堕ちたんだ、後は上を見上げて進むだけだ」
何をしてでも、どんな手を使っても……。
それがライザー・フェニックスの覚悟の炎。
私――月と親友の詠ちゃんが世間的には死んだ事になり、ライザー様のお世話になってそれなりの時が過ぎている。
どうやら世間的には三つの勢力が争う世になっているようだけど、名も地位も失っている私にはそれを静観するしかできない。
そうでなくても、ライザー様の仰っていた事が本当だとするのなら、私は特に二度と表舞台に立たないほうが良いと思う。
詠ちゃんも、ただの月となった私にそうして欲しいと言ってくれているし、なによりライザー様の望む『天国』を探すお手伝いをしたい――それが今の私の夢なのだから。
「それにしても驚いたな。
この時代の事については俺達の元の世界でも歴史書の類いで記録はされているが、まさか記録されていた名の者達の悉くが女性だとはな。なぁ一誠?」
「まあ……」
「前にも聞いたけど、ボクや月もアンタ達の時代では男として記録されているの?」
「ああ……だがまさかこんな少女だとは、名を聞いた時は普通に驚いてしまったよ」
そんな私と詠ちゃんは、今現在をライザー様とその義弟とされる一誠様が作ったらしい山奥の家に住まわせて貰っている。
誰も寄り付かない山の最奥に居を構えてくれたお陰で、殆ど人と出くわす事もないのはある意味でありがたい。
当初こそ野盗のような類に襲われた事もあったけど、その度にライザー様と一誠様が助けてくれる。
お二人はどうしてもこの世界では誰にも存在を知られずに再起を図りたいとの事ですが……。
「…………」
一誠様は未だに私達がライザー様に迎えられた事を快く思ってはいない様子。
ご本人の口からは決してお話はされないのですが、ライザー様が言うには、元の時代において心の底から傷ついたから、他人を信用したがらなくなってしまったとの事で……。
だから常に一誠様は私と詠ちゃんがライザー様を裏切らないかと見張っていて、ライザー様のようにお話しようとはしない。
それでも危うく詠ちゃんが野盗に拐われかけた時は、ボロボロになりながらも助けてくれたのですが……。
「というか一誠よ? そんな離れた所で食べてないで、こっち来て一緒に食えば良いだろう?」
「……外を警戒しながら食っているだけで、他意はないさ」
基本的には私と詠ちゃんを疑っているままだ。
そんな一誠様にここ最近の詠ちゃんはどこかもどかしさを感じているようだし、私の詠ちゃんとライザー様が一緒に食事をしている時も、常に私と詠ちゃんを見張りながら離れた所で食べている。
「本当に意固地な奴だな……。
まあ、アイツの場合は理由が理由なだけあって、俺も強くは言えんからな……」
「いえ、私達を同志と言って迎えてくれたのですから、一誠様の警戒も甘んじて受け入れるつもりです」
「………」
ライザー様と違い、二度も地に落とされ、大切な人達を目の前で奪い取られた。
だからこそもう二度と他人は信用しない――それは仕方ない事だと思う。
ちょっとだけ悲しい気持ちになるし、もしかしたら私以上に詠ちゃんの方が……。
全てを喪った。
そして再会した二人の男は――いや、ライザーはボクと月を同志と言って死ぬしかなかったボクと月を連れ出してくれた。
そして名を捨てて真名だけとなったボク達は山の奥で細々と生きている。
ライザーの言っていた『天国』というものを目指す為に――そしてライザーと一誠が『再起』するまで。
その天国というものがなんなのかはわからない。
けれど、ライザーの言葉にはどこか魅力を感じてしまう自分が居たことは否定もできない。
誰にも干渉されず、誰からも奪われない場所で生きる。
それは確かに魅力的だった。
だからボク達はライザーの目指す『天国』に賭け、命を預けることになった。
曰く、全盛期の搾りカス以下にまで落ちたらしい二人の力でも、ボクだけではとても守りきれない月を守るには十分だから。
そしてそれ以上に、ボクと月をどこまでも疑う目をする一誠が……。
「良いか、まずは『自分を知って』受け入れるのだ。
己を知り、受け入れ、そしてそれが『できて当たり前』と思え。
空気を吸って吐くことのように、HBの鉛筆をペキッ!へし折る事と同じようにできて当然と思うことが大切だ」
「はい……!」
「HBの鉛筆ってなによ?」
「細い筆のようなものさ……」
「…………」
ライザーが言う個人個人が持つ精神の力を体得するための修行。
曰く、それはライザー達は『
ただ、殆どの人間達はそれに気づかず――自分を知ることなく生涯を終える為に発現はしない。
かつて一誠は誰からの力をはね除けたいという自我を持つことで『無限に成長できる』力を覚醒させたようだけど、今はその力を完全に失ったみたい。
……敗北によって。
「…………」
そんな一誠はひたすら大きな木に向かって拳を叩きつけている。
ライザーが言うには、全盛期の一誠だったらあの程度の木なんて簡単に殴り折れていたようだけど、今の一誠はその力すらも失っている。
だからボクが一人で行動している最中に野盗に襲われ……色々とされそうになった時も助けてくれたけど、ボロボロになってしまっていた。
本当なら、あんな野盗程度、簡単に蹴散らせる筈だったのに。
恐らくきっと、ボク以上の深い挫折と絶望を経験したのだと思う。
力及ばず、奪われ、蹂躙されてしまい、そして追い出された。
そしてもう誰も信じようとはしなくなった。
「………クソ」
その気持ちはよくわかる。
そして、何度も叩きつけた拳から流れ出る血を忌々しそうに睨みながら、力のない自分を恨めしく思うその気持ちもボクにはわかる。
きっとボクが月を守れずに奪い取られた時の気持ちに似ている。
そしてボクが月にすがっているように、きっと一誠はライザーしか信じられないのだろう。
ボクと月は確かにライザーに同志として迎えられた。
でも一誠はボクと月をまだ受け入れてはいない。
……ボクはそれが最近になって少しずつ辛いと思うようになった。
「ライザー、山賊共が居ないか見てくる」
そう言って山の奥へと消えていく一誠の小さく見える背中が、ボクは気になる……。
一誠にとって、一度の這い戻りによって得た繋がりは自分の命そのものであった。
その繋がりを失い、最早ライザーしかいなくなってしまった現在、一誠の精神は完全に消えたともいえるだらう。
だから一誠は無神臓を完全に失った。
無論、ライザーの提唱した天国というものを目指す手伝いは全力でするつもりである。
だが結局の所、その天国とやらに到達したところで、この永遠に消えることのない虚無感から解放される事などはない。
「レイヴェル……」
特に、フェニックス家に連れてこられ、幼い頃から兄妹のように育ち、やがて互いになくてはならないと思い合った筈のライザーの妹であるレイヴェルを失った絶望感は凄まじい。
勿論、レイヴェルのみならず、友と呼べるもの達との繋がりを失ったのも辛い。
けれどやはりレイヴェルを失ったこの心の痛みだけは、他の何物にも代えがたいものであった。
「クソ、クソ……! クソッ……!!!」
全てを失い、醜く生き延びてしまった今の一誠では取り戻す等無理に等しい。
その歯がゆさと焦りが一誠をイラつかせ、八つ当たりのように木に向かって拳を叩きつけるが、基礎の力すらも失った一誠では砕くことすら儘ならなかった。
「俺のせいだ……。俺がもっと強かったら、ライザーも巻き込まずに済んだんだ……!」
自分の力の無さを呪い続ける一誠。
ライザーだって、月や詠の前ではああしているが、自分の大切な眷属を奪われた悲しみと絶望は自分の抱くそれと同じくらいだ。
それもきっと自分がもっと強ければ守れたはずだった。
その後悔が一誠の心を毒のように蝕むのだ。
「………ちくしょう」
いっそ死んでいた方が楽だったのではないかとすら思う。
こんなどこともわからぬ世界で醜く生き延びてしまい、今頃レイヴェル達があの男と何をしているかと思うと吐き気すら覚える。
まさに絶望。
ライザーの目的の手伝いは心の底からしようとは思っているにしても……自分にはもう何もない。
そんな沈みきった気分で、周辺に盗賊の類いが彷徨いていないかと警備しながら歩き、少し休憩しようとした時だったか……。
ふと背中に視線を感じたので、振り向いてみるとライザーが同志と言って仲間にした二人組の片割れ――緑髪の眼鏡少女がこそこそと木に隠れながら付いてきていたらしい。
「………………」
何のつもりなのかは知らないし、察する気も全くないが、前に危うく山賊に捕まって犯されかけた癖に懲りていないのかと思ってしまう訳で。
お陰でこっちは山賊の持った小汚い血で錆びた剣やら槍に斬られまくって死にかけながらも、つい助けてやったのに……なんて思いながらも無視を決め込む事にした。
そもそも自分は完全に今こっちをこそこそと見てくる少女と、虫もまともに殺せなさそうな穏和な少女のことを疑っていてこれまで殆どまともに喋ったことなんてないのだから。
恐らく向こうもこれ以上は近づいては来ないだろう――なんて思いながら竹の筒に入った水を飲んでいると……。
「………」
(は……?)
この世界の時代背景的にはおかしいとは思う――というよりこの世界自体が普通におかしいとしか思えない服装をした詠がおっかなびっくりな足取りで近づいてきたのだ。
ライザーを少しでも裏切るのなら殺すとまで脅しつけてやり、距離もおいておいたはずなのになぜ近寄ろうとしてくるのかが分からない一誠はほんの少し驚いていると、詠はちょっとツンケンとした顔で目の前に立つ。
「ラ、ライザーと月がアナタを手伝ってやれって言うから仕方なく来たのよ……」
「…………………」
なるほど、どうやら警備を手伝いに来たらしい。
ツンとした顔で言う詠に一誠は納得するが、正味今の自分より更に貧弱な少女に手伝われる云われも無い。
「戻れ。
アンタの手伝いなんて要らない」
だから一誠はさっさと戻れと詠に冷たく言い放つ。
「あ、足手纏いなのは認めるわよ……! でもアンタに借りを作りっぱなしなのはボクが嫌なの……!」
「貸しにしたつもりなんて無いから安心しなよ。
だからさっさと――」
「う、うるさい! ここまで来て戻る方が逆に面倒だからボクも付いていく!」
「……」
それでも食い下がる詠。
うー……! と睨んでいるつもりなのだろうが、あまり怖くないその顔に一誠はハァとため息をひとつ。
「勝手にしてくれ……」
元はフランクな性格なせいもあって、結構簡単に折れる。
それを聞いた瞬間、どういう訳か詠が一瞬だけパァァっとした顔をしたが、一誠は気づかないフリをした。
「ふ、ふふん、わかれば良いのよわかれば! ほら、そう決まれば早く見回りをしよう!」
「…………………」
そう言って強引に一誠の手を掴む詠。
何がそんなに楽しいのか……一誠にはわからないままだった。
「この前の事でライザーと一誠が野盗をこの山から完全に追い出したせいか、やっぱり居ないわね」
「……………」
「ボクも今度はこの前のようにはならないつもりだけど、居ないに越したことはないよね」
「……。次、ああなっても助けないからな」
「わ、わかってるわよ。
そ、その……あの時はありがとう……」
「…………」
素養があるにしても、これが再起の役に立つとは思えないな……と、チラチラと一々こっちを見ながら話しかけてくる詠を無視しながら見回りを続けるのであった。
だが一誠は知らない。
無神臓を失った己の完全再起――いや、更にその先へと到達できたのが、このツンケンした少女にあったことを。
「……。天の使いにボクと月の生存がバレてしまったわ」
「多分、あの時恋さんに見られてしまったせいです……」
「それで、彼は俺達を人拐いの類と思われている訳か……まいったね」
「……………」
「行きたきゃ行けよ。
少なくともアンタ等二人に乱暴な真似はしないらしいしな」
「そ、そんなの……行ける訳がないでしょう!? アンタ達が人拐いじゃないって話して納得させることが先よ!」
「それに私と詠ちゃんはライザー様とアナタに希望を持ったのですから……!」
「クックックッ……だ、そうだ一誠? まったく、こうなったら少しばかり腹を括らなきゃあなぁ……!」
「ぐっ!」
「詠と月を返せ……!」
「ま、待って恋! この二人は人拐いじゃないわ!」
「寧ろあの時助けてくれて――」
「でもご主人様はこの二人は存在しない筈だって言っていた。
だから――」
「それはお互い様だろうがぁぁぁッ!!!」
「!」
「い、一誠……!」
「だ、だったら言う! ボクと月は自分の意思でこの二人についていく! だからボク達の事はほっといて!!」
「もう私はただの月……だから……!」
「……。クソ、借りるのは趣味じゃないんだよ……! それに、こんな所でくたばってたまるかァ……!!」
「さっきまでと違う……!?」
「………………。ちっ、やはり無神臓ではないか。
ライザーの言う通り、敗けた事で無神臓の精神を壊されたからなのか――どちらでも良い。
これでやっと……貴様をぶちのめせる」
「っ!?」
「あぐっ!?」
「お……おぉぉぉぉぉっ!!!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!」
「う、嘘、本当に恋を倒しちゃった……」
「ぜぇ、ぜぇ……に、逃げるぞ」
「え、あ、う、うん……!」
「あ、後少しだから頑張ってよ……!」
「さ、先にライザーの所に戻れ……思っていた以上にダメージが深すぎる。
これじゃあ俺が足手まといに――」
「うるさい! アンタからそんな弱音は聞きたくないし、死んでも置いていかない! 絶対に……なにがあっても……!」
「…………」
「またしても追われる身になったか」
「これからどうするの?」
「変わらんよ、天国を目指す。
一誠が無神臓ではない精神を目覚めさせてくれたお陰でやっと現実味が帯びてきた。
それにキミ達二人もな……」
「ボクと月も……」
「どうやら詠、キミは一誠の新たな異常とかなり相性が良いようだ。
暫くは一誠と組んでみるといい……多分アイツもキミと存在に感謝するだろうしな?」
「そ、そうかな?」
「そうだよ詠ちゃん! 最近の一誠さんは結構話をしてくれるようになったし!」
「え、詠ちゃん……」
「あれま……」
「ち、違う! 違うから! 寝てた一誠が急にボクをこんな……」
「……………」
「癖が出始めたってことは、少なくとも癖を晒せる程度にはキミを認めた訳だな。
まあ、その癖がご覧の通り、寝ている時に人肌を求めて抱きつく癖なのだけど……」
「そ、そんな癖があったって早く言ってよ……!? ぜ、全然離してくれないし、さ、さっきから変な所に顔を……あぅぅ……」
「あ、あわわわ……ら、ライザー様……! 詠ちゃんと一誠さんがすごい事に……!」
「ちょ!? ま、待ってよ!? ボクにこのままで居ろって――ひゃ!? な、ななな、なにをしてるの一誠……!」
「くーくー……」
「………後はごゆっくりー」
終了
補足
ライザーの言う天国とは『誰の要らない干渉を受けずにほのぼのと楽しく生きる場所』みたいな感じです。
その過程でオーバーヘブンみたいなスキルに覚醒したとしても、副産物でしかないのだ。
その2
かなりやさぐれてます。
そして普通にレイヴェルたんを引きずりまくってます。
無神臓も消し飛んでるので盗賊にすら苦戦しまくりです。
その3
その結果新たに覚醒したのが某牙的なスキル。
最終的に絶対の異常化するかは不明。
そして相性がすこぶる良いらしい詠さんの異常がもしかしたらゴービヨンド的それかもしれない。
だとしたら、干渉されない攻撃を絶対に当てるというヤバイコンビ技ががが……。
その4
抱き枕にされるのはいつも通りだね