覚悟を決めたつもりだった。
世界から消されるかもしれないという恐怖に立ち向かうつもりだった。
それなのに……。
『明日の朝刊載ったぞテメー……!!!』
その覚悟は鬼のような男に砕かれた。
『WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYー!!!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァーー!!!!』
神器という、歌う事を必要としない力を持つ男。
何故か自分に尋常ではない殺意を向けてきた男。
覚悟が一撃で粉砕されても尚辞めなかった殺意の拳を叩きつけてきた男。
『おーやおやァ……? まぁだ生きてるのか? 案外しぶといなァ?
クックックッ! ま、楽に殺さねぇ程度にはかなり手加減してやったからな? まだまだ楽しい楽しい遊びの時間は続くぜ』
命乞いなんて恐らく聞かなかったであろう殺意と狂気。
培った自信を嗤いながら踏み潰す理不尽な災害。
「ひぃっ!? や、やめっ――――――う、あ……ゆ、夢……?」
「ま、マリア……」
「だ、大丈夫デスか?」
全ての終わりと始まりの宣言をしようとしたあの日に起きた出来事は、マリア・カデンツァヴナ・イヴに深すぎるトラウマを植え付けるのだった。
「う、ううっ……! ま、またあの時の夢を……!」
「神器というものを持っている男のこと……?」
「この目で見るまではただの冗談だと思っていたけど……確かにあの時あの男の左腕には見たことも感じたことも無い力を感じたデス」
「ちょ、調査の時点では、あの男にあんな狂暴性は無いって聞いていたのに……な、なんで私がこんな目に……」
「「………」」
仲間によって命は拾った。
けれどそれ以上に心身共に深いダメージを負わされてしまったマリア・カデンツァヴナ・イヴは、現在実質的には再起不能であった。
「マムがマリアは作戦に参加させないと……」
「! で、でも私がやらなければ……!」
「明らかに心が折れてしまっているからって……。
それにこのままだといずれはあの男と戦う事になるって……」
「う……」
「………。まあ、あの男のせいで作戦が完全に停滞してしまったのデスが」
「私、彼に恨まれるような事した? なんで私がこんな……」
トラウマの元となる声と酷似した声を持つマリア・カデンツァヴナ・イヴの悲痛な声に、仲間である暁切歌や月読調は答えること等できなかった。
何故ならあの時何故彼が殺意を剥き出しに襲い掛かってきたのか――その理由を知るわけがなかったのだから。
「………」
「と、取り敢えずしばらくは動けないので傷を癒すべき……!」
「気分転換に面白い動画を観ましょう! ほら、昨日みつけたおすすめの動画デス!」
そして切歌という少女がそんなマリアを慰めるつもりで携帯端末に表示させた動画を見せた時――
「これは、素人の歌とダンス?」
「うん、三日前に初めて投稿された動画なんだけど、凄いことに今の時点での再生数が200万再生」
「それは確かに凄いけど……なによこれ? 男性四人が変な格好しながらローラースケートで滑って踊ってるだけじゃない」
「そうなんデスが、不思議な事に変にはまっちゃうのデス。
ほら、特にこの茶髪の男の人とかちょっとへたっぴだけど、面白くて……」
「茶髪……? ……………………………!? ね、ねぇ、二人とも、私の目がおかしくなければ、この茶髪の男ってあの時の彼じゃないの?」
「「へ?」」
色んな意味で運命が始まる。
謹慎が明け、気持ちを切り替えてアルバイトをしようと出勤した一誠を待っていたのは、妙に張り切った面持ちで呼びつけるヴァーリと、微妙な顔をしている神牙や微妙に戸惑っている司令こと風鳴弦十郎だった。
「歌って踊るだぁ……?」
「ああ、急にひらめいてな。
あの日お前がやらかして以降、世間ではお前が暴れ倒した動画がネットに出回り始めている。
マリア・カデンツァヴナ・イヴを半殺しにしたことへの批判、小日向を庇いながらノイズをぶちのめしている事への疑問やらで、お前は今現在一部界隈では謎の男扱いされている」
「……。それはわかったが、何で歌って踊るんだよ?」
「あの女達に力では無くこの手で対抗してみたくなってな。
ツバサが歌手デビューしたのを見ていて、なんとなくやってみたくなった」
「……………………」
「わかるぞ一誠。
俺もヴァーリの突拍子の無さに引いている。
だが、戦う事かラーメンのことしか頭にないヴァーリが別の事に夢中になるのが珍しいだろう? だからつい協力することに……」
「確かにそうかもしれないけど、だからって何でそんな……」
「F.I.S.と名乗った武装組織に対抗するという意味でもアリな気がしてきたもので……」
「いやあの司令さん? このバカの行動にそんな律儀に付き合う必要なんてありませんからね?」
つい最近になってクリスが転校生枠で響や未来と同じ学院に行くことになり、今現在居ない中、学校どころか義務教育すら受けていない一誠は、ヴァーリの意味不明な話にただただ引いていた。
「マリア・カデンツァヴナ・イヴに人気でも勝てれば、お前だって気は晴れるだろう? ドヤ顔して悔しがらせたいだろう?」
「別にねーよ。
なんだお前? アホに拍車かかりすぎだろ」
「本当はアザゼルやコカビエルも居てくれたらパーフェクトチームになれたのだが、居ないので代わりに司令に頼んでみた」
「そんな事を聞いてるんじゃねーよ!」
天然通り越してアホ丸出しになっているヴァーリのフリーダムさに一誠も思わず突っ込み役になってしまう。
「という訳で衣装も用意した!」
「……………」
「多分諦めて付き合ってやったほうが良いぞ。
現実を知ればヴァーリも諦めてくれるだろうしな……」
「物は試しだよ一誠君」
変な方向に燃えているヴァーリに、結局神牙と弦十郎の言葉もあって渋々付き合う事にしてあげる一誠。
しかし渡された衣装の絶妙なダサさとセンスの古さに、早速後悔することに。
「な、なんだこのダサい服は!? それにローラースケートって、80年代のアイドルグループか!?」
「ありきたりではインパクトは残せないし、ダサいとは心外だぞ」
「俺の世代でも無いのだが、この歳でこんな派手な衣装を着ることになるとは……。それにローラースケートというのは案外難しいのだな」
「くっ、バランスが――ぶへ!?」
80年代に人気爆発したアイドルグループ丸出しな衣装に袖を通させられてしまい、ローラースケートを履かされてしまった一誠。
弦十郎は流石に恥ずかしがるし、神牙はローラースケートに苦戦して何度も転ぶのを横に、クリスや響が今居ないことに心底ホッとしつつ、取り敢えずローラースケートで適当に滑ってみる。
「割りとムズいな……」
「いや、初めてにしては上出来だ……神牙以外は」
普段はトレーニングに使われる部屋にて行われるローラースケートの練習。
適当に考えたダンスの振り付け。
適当に作った曲等々、ヴァーリがプロデュースする妙ちくりんな集団は、各々が無駄にフィジカル高めなのもあって凄まじい速度で形にすると、一度全員で合わせた姿を動画にしてサイトに投稿する。
「まあ、誰にも見られる事無く埋もれて終わりだろうな」
妙に張り切っているヴァーリには悪いが、こればかりは力ではどうにもならないことだと思う。
しかしそんな一誠の思惑とは裏腹に、どういう訳か二日後には初投稿なのに200万再生を叩き出した。
「凄いぞヴァーリ! 二日目にして250万再生されている!」
「これは引き続き動画にして投稿しないとならないな……!」
「「「………」」」
「随分と愉快な事になっていますのね?」
普通ならありえない。
では何故二日で200万再生もされたのか? それはとぼけた顔をしている櫻井了子ことフィーネが密かに世界中のネットワークに拡散させまくったからだった。
「神牙さんを今度はセンターにしてみたらどうでしょうか?」
「お、おい! 何を勝手に……!?」
しかも最近ポンコツ気味なせいか、フィーネ自身が割りとノリノリで神牙をやたら推してきたりする始末。
「…………」
「す、凄いね。
コメント欄に一誠君の事が結構書かれてるよ」
「殆どがこの前のライブでマリア・カデンツァヴナ・イヴをぶっ飛ばしたりノイズをぶっとばしてた男に似てるみたいなコメントだな」
「学院では完全に一誠さんだってバレてましたね」
これにより、チームD×Gの名前は割りと世間に広まってしまうことに……。
そして第2弾として一誠をメインした企画の動画を投稿すれば、子供の層から爆発的な支持を受ける事に……。
つまり、そんなその場のノリで行われた動画投稿だとは知らない武装組織のメインメンバー達は、マリアに言われるまで気づかないままこの動画を発見して、普通にはまっていたのだ。
「い、言われてみたら確かにそうかも……」
「動画に出てる時は何時も笑ってたし、あの時は怖い顔だったので気づかなかったデス」
「い、いやいやいや! 気づきなさいよ!? どう見てもあの男でしょうが!?」
「それはわからないけど、その……意外と面白くてつい」
「イッセーって名前で……ほら、少しへたっぴだけど、ゲーム実況なんかもしてるデス」
『このゲームバグってねーか!? 年上系ギャルゲーなのに何でガキキャラからの好感度ばかりカンストすんだよ!?』
『年上系のギャルゲーで年上ハーレムを作ってみた』的なタイトルで、割りとノリノリに実況をする一誠が、年上キャラではなくて何故か年下キャラからの好感度がカンストしてしまうという事故を発生させている動画の声を聞くマリア。
ギャルゲーというチョイスの時点で報告通りのスケベな性格は間違いないのだが、仲間である切歌と調が妙にはまっているのがどうにも気に入らない。
「ダメよ! この男達は敵よ! こんな下品な動画なんて見ちゃだめ!」
「えー……?」
「確かに露骨にスケベだけど……」
「えー? じゃないわよ! 私はこの男にボコボコにされたのよ!」
「でもマムは一回目の歌って滑って踊っている動画を観た時点でド嵌まりしたけど……」
「何をしてるのよあの人は!?」
「若い頃を思いだしますねぇ……なんて言ってたデス。
ちなみにマムの推しはヴァーリ君みたいデス」
「」
どうやらマリアが気づいた頃には色々と手遅れだった模様であり、自分達の親代わりにも近い老女にすら魔の手が届いてしまったらしく、マリアは別の意味で絶句してしまった。
「お、終わったわ……色々な意味で」
そういう意味では、マリアはどこまでも常識人だったのかもしれない。
終わり。
こうしてフィーネの暗躍のせいで変なバズり方をしてしまった。
それに伴い、一誠のナンパは今まで以上に失敗するし、それでも懲りずにしようとすればクリスにひっぱたかれる。
………という光景を面白がったフィーネが投稿してしまったせいで、大変な事に……。
「誰だよ!? アタシを勝手に動画にしたのは!?」
「雪音についての質問がコメント欄を埋め尽くしているな――主に小学生女子から嫉妬まじりに」
「特にこの『切調』というハンドルネームのユーザーからの質問コメが50も来ているぞ」
「ず、随分と熱心なファンみたいだよ……? だってこれ、コメント内容が全部クリスちゃんへの嫉妬だもん」
「な、なんでアタシが嫉妬されなくちゃいけないんだよ!?」
「逆にこの『歌姫』ってユーザーはイッセーさんを煽ってるコメントですけど、即座に他のユーザーから叩かれまくってます」
ナンパしようとしては失敗を繰り返す一誠をひっぱたくクリスの、二人にしたら何時ものやり取りを隠し撮りした動画を投稿されたせいで、コメント欄が炎上してしまう騒動。
「この女、前に見た装者……」
「ぐぬぬ、イッセーくんと取っ組み合ってるなんて……!」
「………わ、私のコメントが叩かれまくっている」
主に炎上させてるのがこの三人とは当たり前だが知らない。
その後、面白がってるフィーネが更なる燃料を投下し、大騒ぎに発展する訳で……。
「だ、誰だよ!? この時の姿を勝手に撮って投稿してるバカは!?」
「く、クリスちゃんが寝ぼけた一誠くんに思い切り抱きつかれて動けなくなった時の奴だよね……」
「起きたイッセーさんが微妙にテンパってた時のね……」
「いやだって……流石にびっくりしたっつーか、感想としてはやっぱ柔っこかったなーと……いでで!?」
「言うなバカ! ばかぁ!!」
「わ、悪かったっての! そんな事より今は明らかに隠し撮りしてる犯人を特定する事だろ!?」
ある意味今までの仕返しができるようになれて満足なフィーネさんなのだった。
嘘だよ
補足
マリアさん、悪夢になるほどのトラウマ確定。
ただし、小さな仕返しを企める程度には持ち直している。
武装組織? ………うん、初見時点でものの見事に粉砕されちゃったので充電期間に突入。
その2
鬼形相すぎて、動画内の一誠と同一人物と気づかなかったお茶目ちゃん。
その3
寝ぼけるとやらかすアレもあったらしいね……