ただ純粋なる自由を欲した。
馬鹿な真似をして、笑いながら共に前を歩く友を欲した。
何があろうとも揺れぬ強い繋がりを欲した。
間抜けで、アホで、やっていることが一々悪ガキじみている三人の青年其々心の奥底に秘めた思い。
その思いがあるからこそ強くなり続ける。
走り続けるからこそ――立ちはだかる壁を乗り越えていける。
一誠が相変わらず年上の女性からこっぴどく拒否られたり、この世界で知り合った年の近い女子とそこそこ仲良くやっていたり、神牙は逆にとある年上女性に毎度毎度嘘みたいな大事故を引き起こして土下座ばがりしているという、まあまあ普通な異世界生活にも慣れ始め来た。
そんな二人とは違い、自分はとてもしっかりしているし、女性との妙な縁は無いし、というか別に興味も無いと自分では思っている天然馬鹿ことヴァーリは、そのルックスもあって実はお世話になっているバイト先における女性職員さんからの受けは割りとよかったりする。
一誠みたいに、あからさまな下心満載な顔してナンパしないし、神牙みたいにちょっと近寄った瞬間嘘みたいな恥ずかしい事故も起こさない。
好物のラーメンの事になると、麺の細さだのスープのベースだのと語り散らす事はあれど、その程度は二人に比べても大したマイナスにはならない。
ただ、見かける度にズルズルとラーメンを食べているので、偏食家っぽい気はしないでもないが。
「麺の細さは24番くらいだな……。
うむ、塩ベースのスープは悪くないが、麺の持ち上げが悪いな……」
毎日ラーメンでも生きていけると言い切る程に、ラーメンの虜となってしまったヴァーリにとって、新たな店のラーメンを食すことは、聖域で神聖な儀式をするよりも大切なことである。
「実に惜しい、もっと細麺にした方がこのスープとの絡みが良くなるのに」
女よりも戦いとラーメンが大好きなヴァーリ。
端から見れば完全な偏食家なのだが、本人は直す気等一切無く、休日に店を8件梯子するなど当たり前。
「ふっふっふっ……。異世界に突然飛ばされてしまった時はどうなることかと思ったが、俺の知らないラーメン屋がたくさんあるお陰で、割りと悪くないとすら思えてきたよ」
『そんな理由で満喫するのはお前くらいだろ……』
「不満があるとするなら、アザゼルやコカビエルやガブリエルといったレベルの強者と未だ出会せない事ぐらいだな」
『居るとは思えないんだが…』
「まあ、何れは元の世界に帰るし、強者については高望みはしないさ。
それよりも見てみろアルビオン、この世界のラーメンマップが出来上がってきたぞ」
行く度に評価をつけ、自作のラーメンマップを更新していくヴァーリは、ニヤニヤとしている。
気づいたらこんなおとぼけ君になってしまった宿主に白い龍ことアルビオンは時折将来を心配するぐらいだが、本人が楽しいのならと口を挟む気は無いらしい。
第一、一誠と神牙にラーメンの食い過ぎだと言われても直す気ゼロな程に頑固なヴァーリには、ここ最近口を挟む猛者が現れてくれたのだから。
「やっぱりフラフラしてたのね……」
この世界において世話になっている者の一人。
戦う者としてここ最近はよくコンビを組んでノイズを退治する者。
「ツバサ……? どうしたんだ? ノイズが出現したという連絡は無いが」
風鳴翼。世間では相当に有名なアーティストであり、二課所属の装者。
彼女もまた決して明るい幼少期を生きてきた訳でない訳アリの過去があるのだが、それ以上に『祖父がろくでもなく』『持って生まれた力を恐れた父に虐待され』てきたという過去を持つヴァーリの過去を全く気にしない天然さに軽く振り回されたせいと、暇さえあればラーメンしか食わない食生活がちょっと心配になったせいで
あれこれと口を出すようになった。
故にプライベートで翼と出くわすのはヴァーリ的にあんまり宜しくない事であった。
「またアナタがフラフラとラーメンを食べに行ったと二人に聞いてね」
「一誠と神牙め……余計なことを」
「余計な事ではありません! まったくアナタは……!」
「待て待て! 俺は今日まだ8杯しか食べていないぞ! それにアンタが喧しいと思ったから野菜ラーメンだって食ったぞ! 野菜ジュースも飲んだ!」
「意味ないでしょうが! まったく、アナタにお金を持たせるといつも――」
「ぐっ……わかったからここで説教はやめてくれ。
第一そういうアンタだって未だに部屋を片付けられないじゃないか」
「わ、私は良いのよ! それよりアナタの食生活を――」
道行く人が銀髪の美青年と軽く顔を隠しているとはいえ、風鳴翼っぽい女性が言い合いしている光景になんだなんだと集まり始める。
「待て、アンタに気づいた一般人に見られているぞ」
「む……仕方ないわ、取り敢えず移動しましょう」
このままだとクドクドとガブリエルの説教みたいにずっと小言を言われてしまうと思ったヴァーリは、理由をつけて逃げようとするも、逃がす気がないのか、そのまま翼に引っ張られるように移動することに。
「一誠と神牙は勿論、ガブリエルですらここまでうるさくないぞ……」
こうして引っ張られる形で連行されてしまったヴァーリは、ぶつぶつと師の一人である女性天使を引き合いにしながら不満を口にする。
「ガブリエル……?」
何度か聞いた事のある名前に翼が反応する。
「俺達の師の一人だよ。
俺達には三人―――いや、一応あの人外女を含めたら四人の師がいるのだが、ガブリエルは……」
「女の人……?」
「? ああ、強い女だって師の一人であるコカビエルが褒めるくらいに強いな」
「へー?」
「…………?」
地の底まで落とされたコカビエルの仇を討つ為だけに聖書の神のルールを越えた領域まで到達した、永遠に墜ちぬ天使。
その美貌はとある女魔王が勝手にライバル視をする程であるのだが、生憎そのガブリエルはどう見ても悪人顔の堕天使への想いだけで生きている筋金入りの心の強さを持っていた。
かつて一誠をあっさり捨てた悪魔達とは違い、なにがあっても一切揺れなかった程であり、そんな心の強さをヴァーリを含めて一誠も神牙も尊敬している。
ガブリエルの前ではあの一誠ですら完全に大人しくなるし、口説くなんて恐れ多い事もできない。
そもそもコカビエル本人はどうだかわからないが、アザゼルをリーダーにしているチームD×Gの全員がガブリエルはコカビエルの嫁と思われているのだから。
そうとは知らず、ヴァーリはガブリエルについて話すものだから、会ったことも無いし、ヴァーリがそこまで手離しに褒める女性だというのもあって翼的にはちょっと面白くない。
ついでに言うと、先ほどヴァーリが訂正しながら言った四人の師の一人で、散々自分の声に似ている人外なる女についての話を聞くのもあまり面白くない。
「というかどこまで俺を連行する気なんだ?」
「えーっと、それじゃああそこの喫茶店で軽い休憩でも……」
「えー? 喫茶店ではラーメンが食えないじゃないか」
「今はラーメンから少し離れなさいっ! まったくもう……!」
この期に及んでまだラーメンを食おうとしたがるヴァーリを無理矢理引っ張り、レトロな感じの喫茶店に入店する。
放置しているといつまでもラーメンばっかりだからこそ、放任主義の一誠と神牙の代わりに面倒を見ようと、関わってから変に育っている母性めいた気分を燻らせている様子の翼。
「ここなら静かに話ができるわ」
「話す事なんてあるのか? 今後の連携についてか?」
「そうではなくて、普通のお話よ……」
「普通?」
「えーっと、例えばアナタの事とか?」
妙に渋いおじさんマスターが淹れた紅茶を一口飲みながら、普通の話をしようと提案する翼。
それに対してヴァーリはといえば、先程から出てきた紅茶に角砂糖を2個、3個――5個と……大量に入れてかき混ぜて一口飲み――また追加しようとしている。
「………なにしているの?」
「苦いから砂糖を追加しているのだが?」
「あきらかに入れすぎじゃ……」
「苦くて飲めないんだよ」
どうやら一誠とか神牙の影響――とは関係なく、割りと子供舌だったらしい。
思えばヴァーリがコーヒーやら紅茶といったものを飲んでいる姿を見たことがない。
精々緑茶とか水とか……オレンジジュースとかりんごジュースとか。
流石に入れすぎだと止められてしまい、渋々追加の手を止めてチビチビと飲むヴァーリに、翼はよくわからない胸の高鳴りを覚える。
「ラーメン以外では何が好きなの?」
「えーっと、カレーとかハンバーグとか……」
「あぅ……!?」
「は?」
「な、なんでもないわ……! は、はははは……! ち、ちなみにカレーは辛口?」
「??? いや、辛口は無理だから作って貰うときは甘口――」
「はぅ!?」
「は?」
なんだ彼は? 一々ツボに入ることばかりじゃないかと翼はヴァーリが目の前で軽く引いている事に気付かずに軽く悶えていた。
最初の頃、元気が無さそうだからとそこら辺で引っこ抜いてきた花を渡してくるし。
偏食家過ぎて普通に放っておけなくなるし、子供舌だしと、関わりが大きくなればなるほどヴァーリに対する変な母性が育まれてしまっている翼。
片付けられない女と言われてしまう程度に自分にもダメな部分があるし、ここ最近はほぼほぼヴァーリに片付けをしてもらってしまっているという点では、ある意味互いのダメな部分を補い合っているとも言えなくもない。
それはある意味響の前任者である奏に近いようで――ちょっと違うそんな関係。
「ヴァーリって本当に……ふ、ふふふっ♪」
「今日のツバサはちょっと気味悪いな……」
「正直に言わないで……あははは♪」
「………???」
『ここまでヴァーリの天然さに嵌まる奴がいるとはな……』
ある意味で将来が心配になるコンビ。
それがヴァーリと翼なのである。
「……むっ、おい窓の外を見てみろツバサ。
神牙が女と歩いているぞ……確かあの女は」
「あれは櫻井博士だわ」
「ああ、主に毎日神牙のやらかしに巻き込まれる女だな。
なんだ? あの女の荷物を神牙が持っているのか?」
「なにかあったと見て間違いないわね……」
「死んだ目をして荷物を持っている神牙を後ろから実に楽しげに蹴っていることについては見なかったことにしたほうが良いと思うか?」
「………。ええ、色々あるのでしょうし」
「というか、更に向こうの方で一誠が知らん女にナンパしているんだが……」
「………。彼は相変わらずね――あ、雪音に後ろから蹴られた。
よく見たら立花と……確か小日向さんって子も居るわ」
「スゴいなあの三人。
あの状態の一誠を無理矢理連れていってしまったぞ」
「………彼はその内後ろから刺されるタイプね」
終わり。
「く、ま、まだ何か必要なものでも?」
「そうだけど何か文句でも?」
「い、いえ……」
「ならキリキリ歩きなさい」
「は、はい……あの、できれば後ろから蹴るのはやめて頂きたい―――」
「…………………」
「……。ごめんなさい、なんでもないです」
「は、離せぇ!! 今日こそお姉さんと大人の時間を過ごすんだい!!」
「この馬鹿! みっとも無い事すんな!」
「そ、そうだよ! 最近二課にクレームが入っちゃうから、見つけたら止めろって司令に言われてるし!」
「早く連れていきましょう」
「やめろー! 俺のお姉さんがー!!」
補足
互いにダメな部分を自然と補い合うコンビ化し始めている模様。
尚、ヴァーリ本人は悪気無く元の世界における格上女性について語るので、ムッとされるらしい。